ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第五十六話

トリステイン魔法学院の女子寮塔にあるルイズの部屋――

今日は珍しくも、午前から来客者がいた。部屋の主が不在にもかかわらず。

 

「…久しぶりに顔を合わせた、って言ったほうがいいのかしら?」

部屋の主の使い魔である霊夢の言葉に、来客者であるタバサはコクリとうなずく。

それを見た霊夢は、相変わらず口数の少ないやつだと心の中で呟いた。

以前春のフーケ騒ぎで助けてもらったこともあるが、それを差し置いて少しだけ不気味に感じていた。

まるで人形のように色を浮かべぬ表情に、ボー…っと宙でもみているかのような虚ろな瞳。

普通の人間ならばまず、彼女に対して距離を置こうとするだろう。

それほどまでにタバサの体から出ている雰囲気は異様なほど不気味なものであった。

しかし、霊夢だけはまた違った気配をタバサの体から感じ取っていた。

 

(何かしらこれ…他人が距離を置こうとするから自分もそうしようって感じがするわ…)

霊夢が何も言わずまたタバサも無言のままでいると、インテリジェンスソードのデルフが二人の傍にいる魔理沙に話しかけてきた。

『マリサ、あの二人何であんなに黙りこくってるんだ?』

「さぁ?私には見当つかないぜ」

デルフの言葉に、魔理沙はただ肩をすくめる事しかできなかった。

タバサが部屋に入ってきてからすでに一分近くたっており、お互い睨み合ったままだ。

もっとも。『睨み合っている』というより『見つめ合っている』という表現がお似合いだろう。

まるで蛇と蛙が広い原っぱで偶然にも顔を合わせてしまったときのように、両者動けずにいた。

 

しかしその『見つめ合い』は、魔理沙という第三者の視線が入ることによって終わった。

 

ふと横からの視線と声に、霊夢はハッとした表情を浮かべると魔理沙の方へ顔を向けた。

「…ん、どうしたのよ魔理沙?私の顔に何かついてるの」

「え?いや、別に…ただ、ちょっとお前の様子がおかしかったからな…」

突然霊夢に声をかけられた魔理沙は若干驚きながらも、そう言葉を返した。

霊夢はそれに対してふ~んとだけ呟いて肩をすくめると、魔理沙に話しかけた。

 

 

「で、話の続きに戻るけど…タバサがアタシ達を学院に帰してくれたのよね?」

霊夢が何を知りたがっているのかわかっている魔理沙は「そうだぜ」と返し、事の詳細を話し始めた。

 

 

 

時間は遡り、魔理沙の一撃でキメラを葬ってから数十分後の出来事――――

あの後、近くの草むらから自分の杖を見つけたルイズは眠っている霊夢の傍に腰を下ろしている。

魔理沙の方はというとようやく一段落ついたのかルイズ達から少し離れたところで地べたに座り、空を見つめていた。

 

 

幾つもの星が見えつつある空と共に暗くなっていく森の中。

辺りに注意しながらも、毒で倒れた霊夢の様子を見ていたルイズが、魔理沙に話しかけてきた。

「ねぇ、魔理沙…」

「お?……どうしたんだよルイズ、なんか顔色がわるいぜ?」

ミニ八卦炉を持って地べたに座っていた魔理沙はルイズの方へ顔を向ける。

魔理沙の言葉どおり、ルイズの顔は真っ青に染まっていた。

まるで家の戸締まりを忘れたまま外へ出て、後になってからそれに気づいたときのような表情であった。

一体何事かと思いすぐさま魔理沙が傍に寄ると、ルイズかこんな質問をしてきた。

 

「私、ちょっと思ったんだけどね?…ここから学院まで、どうやって帰れば良いのかしら?」

「はぁ?」

予想もしていなかった質問の内容に、魔理沙は目を丸くする。

「何言ってんだよルイズ。心配しなくても、私の箒はこの上にあるからそれに跨って帰ればいいだろう」

そう言って魔理沙は、自分たちが滑り落ちてきた傾斜面を指さした。

斜面を上った先には山道があり、そこにキメラの不意打ちで落とした魔理沙の箒とデルフがある。

幸い斜面自体も緩やかだし、多少服が汚れるかもしれないが登れないこともない。

一体何を心配する必要があるんだ?そう言おうとしたとき、魔理沙の言葉を予知したかのようにルイズが言った。

 

「そりゃ私はあんたと一緒に箒を使えばいいけど……―霊夢はどうするのよ」

「――――あ」

その言葉を聞き、魔理沙はハッとした表情を浮かべた倒れている霊夢の方へ目を向ける。

数時間前、倒したと思っていたキメラからの不意打ちを受けた霊夢の体には毒が残っていた。

今は大分マシになったのか呼吸はそれ程荒くもなく、スースーと眠っている。

そんな彼女を起こして飛ばそうとするのは、危険かもしれないとルイズは判断していた。

 

「参ったな…霊夢の事だから大丈夫かと思っていたんだが」

「大丈夫じゃないでしょう!大丈夫じゃ!」

霊夢の事をよく知っているであろう魔理沙の発言に、ルイズはすかさず突っ込みを入れた。

 

その後、二人はどうしようかと暗くなっていく森の中で考えたが一向に良い案は思い浮かばない。

太陽は時間の経過とともにどんどん沈み、刻一刻と夜が迫ってきていた。

遠くの山からは狼のものであろう遠吠えも聞こえ始めてきた頃―――予期せぬ助け舟がやって来た。

 

「ねぇ…何か聞こえない?」

最初に気づいたのは、魔理沙よりも緊張していたルイズであった。

彼女の言葉に何かと思った魔理沙が耳を傾けてみると、それは確かに聞こえてきた。

 

―――ッサ… ―……ッサ

 

「…何だ?…確かに聞こえてくるな」

それは最初、小さすぎて何の音なのかルイズと魔理沙にはまったくわからなかった。

しかし音の正体はこちらに近づいてくるのか、だんだんと大きくなっていく。

 

――バッサ…バッサ…

 

音を聞くことに集中していた二人は、その音が何の音なのかわかってきた。

「ん、こりゃアレか?何かが羽ばたく音だぜ。コウモリみたいにこう…バッサバッサって」

魔理沙はそういって両手を横に広げてパタパタと軽く振り、羽ばたく動作をしてみせた。

それを見たルイズはこんな危機的状況の中で何をしてるのかと思いつつ、言葉を返そうとした。

「羽ばたく音ですって?それだと大きすぎるんじゃ――あ!」

 

しかし、言い終える前に気がついた。この「羽ばたく音」の正体か何なのか。

それに気がついたルイズは思わず大声を上げてしまい、近くにいる魔理沙が驚いた。

「うわっ!びっくりした…何だよいきなり」

体を小さくのけぞらした魔理沙がそうい言うと、ルイズは体を震わせながらしゃべり始める。

こころなしかその声も大きく震えており、先ほどよりも不安感が募っていた。

「やばいわ…」

「?…やばいって…何がやばいんだよ」

「私、この音が何なのか知ってるわ」

「マジで?じゃあ何の音なのか教えてくれよ」

魔理沙の促しにルイズは冷や汗を流しながら、それに答えた。

 

「ドラゴンの羽音よ…」

「どらごん?」

ルイズの口から出た思わぬ答えに、魔理沙はキョトンとした。

「ドラゴン…っていうと、あの羽が生えた馬鹿でかいトカゲの事だろ?」

魔理沙は、ここハルケギニアに来てから図鑑(文字は読めない)や学院いる生徒たちの使い魔としてドラゴンを何度か見ているのである。

最初見たときは驚いていたがすぐにおとなしいとわかり、今ではそれを良いことに近くまで寄って観察なんかをしていた。

 

「えぇそうよ…こんなに大きい羽音を出すのはそれくらいしかいないもの」

まず最初にそう言ってから、ルイズはこんな事を話し出した。

「ドラゴンは基本肉食よ。普段獲物を襲うときは勢いをつけながらも高度を下げて、獲物を鋭い口の牙を咥え込むの…」

こうグワッと!と言いつつルイズは左手を空から襲い掛かってくる竜の頭に、右手を地上にいる獲物として見立てた。

魔理沙はそれに適当な相槌を打ちつつも、時折暗くなっていく空を見つめて警戒している。

 

「で、今から話すのは森林地帯を餌場にしているドラゴンなんかが行う飛び方の一つについてなんだけどね…」

ルイズはそこでいったん区切ると、一呼吸置いて説明を再開した。

 

「空から獲物を見つけてもすぐには突っ込まないのよ。突っ込んだら大木ひしめく森林に突っ込むわけだから」

「なぁルイズ、ちょっと…いいかな?」

ふと何かに気づいた魔理沙が呼びかけるも、説明するのに夢中なルイズは尚も続ける。

先ほど聞こえてきた羽音は、かなり大きくなっていた。

「だからね、獲物を見つけたらゆっくりと高度を下げていくのよ…丁度船に積んだ風石の量を減らしていくように」

「おーい、ちょっと…聞こえてる?」

魔理沙は尚も呼びかけるのだが、完全にスイッチが入った彼女を止めることは出来ない。

やがて羽音は当たり一帯に響き始めるとともに、上のほうからバキボキと枝が折れる音も聞こえてきた。

 

「そして獲物が動きを止めた瞬間、すぐ近くに着地して―「うわっ!!出たぁ!」―――え?」

言い終える前に突如耳に入ってきた魔理沙の叫び声で我に返ったルイズは、後ろを振り返る。

その瞬間、木々の間を縫うようにして何かがこちらにやってきた。

 

そこにいたのは――青い皮膚を持つ大きなトカゲ…かと一瞬だけ思った。

しかしトカゲにしてはどこかおかしいとすぐに感じる。

何故なら、あれほど大きく成長するトカゲなどトリステインには生息しないし、第一手足が長すぎるのだ。

ほかの動物で例えれば、犬くらいの長さだと思ってくれればいいだろう。

これは、高山や渓谷で巣作りと繁殖を行う一部の幻獣に見られる身体的特徴だ。

そして何よりも特徴的なのは、背中に生えた一対の大きな羽。

コウモリのように薄い皮膜で覆われたそれは、森の中ではコンパクトに折りたたまれている。

頭部事態はトカゲと似ており、頭には一対の小さな角が生えている。

そして口の隙間から―――ありとあらゆるものを噛み、裂き、砕くことが出来るであろう鋭利な歯が見えていた。

 

そして、これらの特徴がすべて当てはまる幻獣は一種だけであろう。

この世界では天災の一つとして恐れられ、戦争となれば歩兵千人分もの力となる幻獣――風竜だ。

 

「――――………………ッキャアァアァアァァァァアアアァァ!!」

魔理沙より数秒送れて何が現れたのか理解したルイズは、大きな悲鳴を上げた。

それと同時に青い風竜も長い手足を器用に動かして前進し、ルイズたちに詰め寄ってくる。

ドスンドスンと足音を立てて進むその姿は、まさに怪獣そのものだ。

「くそっ、霊夢を連れて下がってろ!」

魔理沙は急いでニ八卦炉を目の前の風竜に向けると、ルイズ指示をとばして魔力を八卦炉に込め始める。

先ほどのキメラとは違い殺す気がないので、威嚇射撃として放とうとした。

風竜も何かくると感じたのか、その場でぴたりと足を止めた。

 

まさにこの状況は一触即発。どちらが先に動いても、戦いは免れないかもしれない。

だがそんな時、風竜の背中から少女の声が聞こえてきた。

 

 

「どうしたの。こんな森の中で…」

抑揚はないがしっかりとした発言ができる少女の声に、二人は目を丸くした。

 

「えっうそ…人…ということは」

魔理沙の驚いた声に、ルイズは今になって気がついた―この風竜に見覚えがあることに。

「あんた…まさか…シルフィード?」

 

その言葉に風竜――シルフィードが「きゅい」っと鳴くと、声の主が誰なのかもわかった。

ルイズより低い身長に、身の丈より大きい端くれだった杖。

赤縁メガネに蒼い瞳にそと同じ色のショートヘアー。

 

ルイズと魔理沙…そしてその時は眠っていた霊夢も知っていた。彼女が誰なのかを。

 

 

「…つまり、山で秘薬の材料を取っていたタバサと一緒に帰ってきた。というワケね」

そこまで話を聞いた霊夢の言葉に、魔理沙は「そうそう!」と相槌をうちながらタバサの肩を叩いた。

まるで付き合いの長い友人のように肩を叩かれているタバサはというと、相変わらずの無表情である。

「タバサとシルフィードのおかげで暗い森の中を歩かずに済んだし命―ってほどでもない…がまぁ、恩人は恩人だよ」

「うん…まぁ、確かに恩人と言えばそう言えるわ。まぁ有難うと言っておくわ」

一部自分の言葉を訂正しつつ、魔理沙はまるで自分のことのようにタバサを褒め称える。

霊夢はそんな二人の温度差に生ぬるい視線を浴びせつつ、タバサに歯切れの悪い賛辞を呈した。

そして三人(正確には二人)が暫し無言でいると、我慢できないといわんばかりに霊夢が喋った。

 

「で、話は変わるけど…何の用事でココにきたのかしら?部屋の主は今留守にしてるんだけど…」

やや直球な彼女の質問に、タバサは思い出したかのようにポンと手を叩き、ゴソゴソと懐を探り始める。

そしてすぐに、テーブルに置いてあるティーカップほどの大きさがある濃い緑色の土瓶を霊夢に差し出した。

霊夢はその瓶を見て怪訝な表情を浮かべ、タバサに質問をすることにした。

「…?何よコレ」

「体に良いお茶…どうぞ」

簡潔すぎる問いの答えを聞いて、霊夢は渋々と手のひらを前に差し出す。

タバサはその手に持っていた瓶を霊夢の手のひらに置くと、霊夢と魔理沙に向けてこう言った。

 

「…どうぞ、お大事に」

あまり感情のこもっていない声でそう言うと、ペコリと頭を下げて踵を返して廊下の方へと出ていった。

カツコツと廊下の床に響くローファーの靴音が聞こえてくると、部屋にいた魔理沙は上半身だけを廊下に出してタバサに手を振った。

「また何かあったらいつでも来ていいぜー!なくても来ていいんだぜー!」

廊下中に響く魔理沙の大声にタバサは振り向くことも手を振ることもなく、ただその背中を向けて踊り場の方へと歩いて行った。

魔理沙には見えない、小さ過ぎる彼女にはあまりにも似合わない゛何か゛がある背中を。

 

「風のようにやってきて、風のように去ったわね」

タバサに手を振っている魔理沙の背中を見つめながら、霊夢はポツリと呟く。

あまりにも早すぎる珍しい来客者のお帰りに、霊夢は半ば呆然としていた。

もしかして先ほどの事はすべて幻なのかと思ってしまうが、それは無いなと心の中で否定する。

彼女の体から感じた気配は今もハッキリと覚えているし、浮かべていた表情もすぐに思い出すことができる。

そしてこの部屋に先ほどまでいた来客者の背中に手をふる同居人の姿と――掌の上にある茶葉が入った土瓶。

 

これらの証拠がある限り、タバサという少女がこの部屋訪れたという真実は絶対に揺るぎはしない。

 

 

「最初会ったときは気にしてなかったけど、今見るとスゴイ変わってたわね。アイツ…」

霊夢は無表情なタバサの顔を思い出して呟くとその顔に笑みを浮かべ、土瓶をテーブルの上に置いた。

コトン、という…鈍いながらもしっかりとした音が、主の居ない部屋の中に響く。

「さてと…健康になるのはいいことだし、さっそく試してみようかしら?」

これから体験するであろう未知なる味を想像しながら、霊夢は椅子に座った。

 

彼女は知らなかった。中に入っている茶葉の原料である植物がどんなものなのかを。

それをお茶にして飲むことはおろか、生で食べる人すら少ないといわれるシロモノだということを…。

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