ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第五十八話

四方を乳白色の壁に囲まれた広い部屋の中、一人の男が杖を片手に佇んでいた。

顔から判断すれば二十代後半くらいに見えるがそんな風に自分を見せないためか、立派な口髭を生やしている。

手にしている杖は軍の官給品であり、レイピアをモチーフにしたデザインは美しさと実用性の両面を兼ねていた。

平民が着るような薄い胴着を羽織ってはいるが、体から自然と滲み出る雰囲気は彼がただのメイジではないと周りに知らせている。

最も、この場には彼一人だけしかいないので大して意味はないのだが。

 

天井のフックに引っ掛けられたカンテラは微動だにせず、その真下にいる男を照らす。

頭上から降り注ぐ弱い光を浴びながらも、彼は明りが届かぬ前方の闇を見据えていた。

 

――奴を接近戦に持ち込むためには、距離を縮めなければいけない。

 

心の中でそうつぶやいた時、赤く小さな『光の球』が彼の頭上に三つほど現れた。

男の手のひら程もある長方形の赤い『光の球』は出現して五秒ほど空中で静止した後、『光弾』と化なって男に向けて飛んできた。

何の前触れもなくそれなりの速度で飛んできた『光弾』に対し、男はその場で跳躍する事によって回避する。

普通の人間がバッタのように跳躍する事はできないが、メイジならばレビテレーションやフライ、そして『風』系統の魔法をある程度扱えれば跳ぶことはできる。

男がその場から跳びあがったと同時に、彼の両足がついていた床に『光弾』が突き刺さり、三秒ほどして勢いよく爆ぜた。

床に着地した男の顔に爆発で吹き飛んだ木片が顔に当たるも、彼はそれを気にすることなく周囲の気配を探る。

 

―――近づいて一気にトドメとくるか、それともまだ距離をとって慎重に攻めてくるか…答えは?

 

瞬間、灯りの届かぬ暗闇の中から先程と同じ長方形の『光弾』が五つも飛んでくる。

男は再び跳躍して回避しようと試みるが、今度の『光弾』はどうあっても彼に直撃しなければ気が済まないらしい。

跳躍した男が立っていた場所を通過した『光弾』はそのまま直進することなく、大きなカーブを描いて男の方へと戻ってきたのだ。

『火』系統の魔法で同じような追尾機能を持つ『ファイア・ボール』のそれとは威力も凶悪さも桁が違う赤い゛光弾゛は、空中で無防備状態となった男の背中へと突っ込んでくる。

しかし男は焦ることなく軍に所属していた時に覚えた呪文の速読で『レビテーション』を唱え、自身の体を上昇させた。

今いた場所から更に高いところへと飛び上がった直後、音を立てずに五つの赤い『光弾』がスゴイ速さで通り過ぎていく。

男を二度、仕留め損ねた゛光弾゛は今度こそと言わんばかりに再びカーブを掛けようとしたが、三度目を許すほど彼は寛容ではなかった。

 

―――゛ラナ・デル・ウィンデ゛

 

男が脳内で呪文を唱えると、こちらに向かってこようとする゛光弾゛へ風で出来た鎚が振り下ろされる。

俗に゛エア・ハンマー゛と呼ばれた呪文はその威力をもって五つの゛光弾゛を纏めて風で押しつぶし、爆発させた。

赤い光をばら撒いて爆散したそれを空中で浮かびながら見ていた時、頭上からかなりの速さで迫ってくる気配を感じた。

忘れもしない。あと一歩というところで邪魔に入り、自分に敗北の味を教えてくれた彼女の気配を―――確かに感じ取ったのである。

 

―――なるほど、頭上か!

 

心の中で叫んだ直後、今度は白く大きな菱形の゛光弾゛が二つ空中にいる彼へ目がけて降ってきた。

速度自体は先程の赤い゛光弾゛ほどではない。その代わりなのか赤い゛光弾゛よりも大きく、中々の迫力があった。

クルクルと風車のように回りながらゆっくりと自分に目がけて落ちてくるその光景は、いいさか不気味である。

しかし男はそれに惑わされず、冷静な判断でもってスッと後ろに下がる。

一メイル程下がったところで菱形の゛光弾゛が男のいたところを通過し、そのまま地面へと落ちて行った。

だがそれを見届けるよりも先に―――――――相手は剣を片手に仕掛けてきた。

 

―――――このまま仕掛けるつもりか?

 

すぐさま迎撃態勢を取りつつも、男は向かってくる少女の姿をハッキリと捉えていた。

明りが天井のカンテラただ一つだけという暗い闇の中で艶やかに光る黒のロングヘアーと、頭に付けている白いフリルのついた赤リボン。

リボンと同じ色の服やそれと別途になった白い袖、セミロングの赤いスカートと首に巻いた黄色いスカーフ。

そして左手に納まっている三つの赤い゛光弾゛と右手に握られた剣まで、ハッキリと男の眼は捉えている。

しかし…容姿だけを一目見ればすぐさま異国の者だと想像できる彼女の顔だけは、黒い靄のようなモノが掛かっていて良く見えない。

その理由は良くわからないが、男はそれに興味はなかったし調べる気も無かった。

 

だがこの時、男は思っていた。「ようやくこちらに近づいてきた」と。

 

――面白い…その勝負、受けてやろう!

 

彼はこちらに向かって急降下してくる紅白の少女に向けてそう叫ぶと、自身が持つレイピア型の杖に『ブレイド』の呪文を掛けた。

騎士が良く使う、杖に魔力を絡ませて刃とする魔法であり、得意な系統ごとにその色と威力が大きく違ってくる。

『風』系統の使い手である彼の『ブレイド』は強く緑色に輝き、彼の上半身と短くも立派な顎髭を照らし出す。

その間にも紅白の少女は、右手に持った剣を大きく振り上げてこちらに突っ込んでくる。

男はそれに対し突撃するようなことはせず、菱形の゛光弾゛を避けた時と同じく横に素早く移動して回避した。

あと一歩というところで回避された少女の斬撃は空気を切り裂き、そのまま地面に向かって直進していく。

 

―――良し!もらっ…何?

 

こちらに無防備な背中をさらけ出した相手に笑顔を浮かべた男は、そのまま接近して斬りつけようと思ったが、少女の対応はあまりにも早すぎた。

地面まであと三メイルというところで、少女は赤いリボンとスカートを大きくはためかせて空中で一回転し、頭上にいる男へと体を向けたのである。

時間にして僅か三秒。そうたった三秒で再び攻撃の態勢を整えた少女の身軽さに、男はアルビオンのニューカッスル城で感じた戦慄を思い出す。

あの時もそうだった。全てが順調だったというのにあり得ないところで状況を覆された挙句、反撃できぬまま無様な姿を晒した。

こちらに体を向けて態勢を整えた少女は、男が軽く驚いている間に左手に持った三つの゛光弾゛を勢いよく飛ばしてきた。

先程と同じく中々の速度突っ込んでくるそれに気づいた時、男は回避ではなく゛光弾゛を撃破することを選んだ。

 

―――えぇい!始祖の御加護を!

 

彼は心の中で半ば自暴自棄な気分で始祖ブリミルに祈りながらも、迫りくる゛光弾゛を『ブレイド』の掛かった杖で勢いよく切り払う。

魔法に刃によって緑色に光る杖は音を上げることはなかったが、近づいてきた三つの゛光弾゛を見事に切断することは出来た。

長方形から不格好な四角形になり、数も六つに増えた光弾は斬られた場所でその動きを止め、そのまま赤い霧となって散ってゆく。

だが、直撃しかけた゛光弾゛を切り払った彼にとってそんな事は過ぎた事で、どうでも良い事であった。

 

何故なら…霧散していく赤い霧の中から、剣を振り上げた紅白服の少女が飛び出してきたのだから。

 

――――何…だと…!?

今度は回避も迎撃する暇もなく、男はただただ驚愕するしかなかった。

紅白の服をはためかせ、血を求めて鈍く光る刃先が迫ってくるなか…男は見た。

少女の顔を覆う黒靄の隙間から見える赤い瞳と、青白く発光する左手の甲に刻まれた―――使い魔のルーンを。

 

 

「まだだっ!まだ、俺は…」

 

今まで閉じていた口を開き、心の底から叫んだ瞬間。

少女の放った一振りは強力な一撃となって、男の胴体を易々と両断した。

 

 

体中にまとわりつく汗による不快感で、ワルドは暗い寝室に置かれたベッドの上で目を覚ました。

だいぶ見慣れてきた新しい天井が目に入るよりも先に、彼は上半身だけを勢いよく起こす。

ただただ不快な汗に濡れた体と、得体の知れない息苦しさに苦しみつつも、ワルドは唯一自由である両目だけを左右上下に動かす。

明りひとつない暗い部屋の中で彼は壁のフックに掛けられた黒いマントを見つけ、ついでテーブルの上に畳まれたトリステイン魔法衛士隊の制服と自分の杖が目に入る。

悪夢から目覚めてから数十秒ほど経ってから、今自分のいる場所がハヴィランド宮殿の中にある一等客室なのだということを再確認した。

 

あれは夢だったのか。そう呟こうとしたが思うように声が出ない。

恐らくうなされていた時からずっと口を開けていたのか、口の中が異様なほど乾いているのに気が付く。

次いで、喉をジワジワと炙るかのような痛みが襲い、ワルドは堪らずベッドのそばに置かれた水差しへと急いで手を伸ばした。

蓋を兼ねて飲み口の上に被せられていたコップを手に取るとそのままベッドの上に放り投げ、中に入っていた冷水を勢いよく口の中に流し込む。

ゴクッゴクッと勢いのある音と共に冷水は乾ききった彼の喉を通過し、潤いを与えて胃袋へと入っていく。

乾ききっていた喉が元に戻っていくのを感じながら、ワルドはアルビオンの水が与えてくれる祝福を心行くまで堪能した。

 

 

中身をすべて飲み干したワルドはホッと一息つき、ふと空になった容器を見つめた。

底にわずかな水が残っている容器は未だ冷気が残り、彼の右手から温度を奪っていく。

 

「夢…夢の中でも負けてしまうのか…」

手に持った空の水差しを持ちながら、ワルドはポツリと呟いた。

時折、思い出すかのように彼があの夢を見始めたのはそう、゛あの日゛起こった゛ある出来事゛が原因であった。

 

 

゛あの日゛―――それは、彼が今いる国『神聖アルビオン共和国』が旧き王権を打ち滅ぼした日。

全てが順調に進んでいた筈だった。あと一歩で、自分に与えられた任務を完遂できると彼は信じていた。

しかし苦労の末に積み重ねていった涙ぐましい努力という名の塔は、たった一人の少女によって蹴り倒され…呆気なく瓦解した。

 

『努力を積み重ねる事は至難の業だが、それを崩す時はあまりにも容易い』

 

かつて何処かで耳にした言葉の通り、勝者になりかけていたワルドは一瞬にして敗者となった。

任務を完遂する為の過程で右胸を刺して排除した少女は剣を片手に不死鳥のごとく蘇り、驚くべき速さで自分の分身ともいえる遍在を裂いていく。

もしもその時の様子を例えるのならば…そう、一本の゛剣゛が人の形を成して襲いかかってきたようだった。

迷いが一切見えない太刀筋と目にもとまらぬ素早さ、そして遍在達をいとも簡単に切り裂くその姿を目にすれば誰もがそう思うだろう。

目の前の光景に驚いている間に遍在は全て倒され、気づかぬうちに形勢は逆転していた。

そして彼は、目の前で起こった事に対して有り得ないと叫んだ。

 

―――馬鹿なっ!何故生きてるっ!?何故…

 

咄嗟に口から出たワルドの言葉に、少女――博麗霊夢は鬱陶しそうな口調でこう答えた。

 

『うっさいわね。起きたばっかりの私の耳に気に障る声を入れないで欲しいわ』

 

機嫌の悪さが露骨に見えるそんな言葉と、突然の襲いかかってきた強い衝撃を胸に受けてワルドは敗れた。

こちらの過去や事情など一切知らない、二十年も生きていないような少女の理不尽さをその身に感じながら。

 

 

「クソっ…あいつさえ。あいつさえ蘇らなければ俺は…」

回想の中で霊夢の嫌悪感漂う表情と自身の胸に受けた屈辱、そして仕留め損ねた゛元゛許嫁のルイズを思い出し、ワルドは頭を抱えた。

あの後、ワルドは無事に助けられた。胸に直撃したであろう少女の攻撃は強力であったが、不思議な事に傷跡どころか少し大きめの痣で済んだ。

幸い痣の方もクロムウェルのお墨付きで出してくれた水の秘薬で綺麗に無くなったが、それでも彼の胸には今もなお゛跡゛が残っている。

それは不可視の傷。他人には一切理解できない、心の中に未だ存在する屈辱と後悔、それに怒りが加わって傷の治癒を妨げていた。

 

何故あの時、もっと速くにルイズを殺さなかった?何故殺した筈の霊夢が蘇った?

 

彼は自らの傲慢と余裕が生んだ過ちと、自分を敗北に追いやった霊夢への殺意が頭の中をグルグルと流れている。

それは一見緩やかな流れの河に見えるが、一度荒れれば数万のも人々の命を攫っていく死神の河であった。

今の状態の彼を挑発すれば、例え始祖ブリミルであっても彼が放つライトニング・クラウドによって真っ黒焦げの焼死体に変わるだろう。

それ程までに彼は二人の少女に対して異様なまでの殺意を抱くと同時に、そんな自分に苛立っていた。

 

 

「クソ…『閃光』のワルドが…あんな子供に殺意を持つなんて…情けないにも程がある!」

そう言って彼は手に持っていた容器を思いっきり放り投げた。

数秒遅れて、一等客室に相応しい造りの壁にぶつかった容器が音を立てて割れ、ガラスの破片が飛び散った。

窓を通して入ってくる双月の光を浴びてキラキラと輝くガラスの破片は、まるで今のワルドの、自分の情けなさに涙する彼の心を表しているかのようであった。

 

 

 

今日も今日とて平和な魔法学院の休日。

その日、ギーシュ・ド・グラモンは一人食堂にある休憩場のソファーに腰かけ、ボーっと天井を見つめていた。

遥か頭上にある天井には日の光が届いていない所為か薄暗く、その全貌を彼に見せようとはしない。

まるで雨雲のように暗いそれを見続けていたら、不思議とギーシュは得体の知れない憂鬱を覚えた。

「光の届かぬ暗部の先には幸があるのかな?…それとも、破滅?」

何処か哲学めいていてそうでない彼の独り言は、人気のない食堂の中に広がり消えていった。

今の時間帯、食堂には奥の厨房にいるコック長や調理担当の者たちを残して、他の給士やコックたちは使用人宿舎に戻って休憩をとる。

なので今はギーシュだけがポツンと、人を寄せ付けぬ平原に咲く一輪のバラのように、その存在をアピールしていた。

 

しかし、なぜ彼が食堂にいるのかというと別にお腹が空いるからというワケではない。大事な人との待ち合わせをしているからだった。

その人は女子生徒で、ギーシュがこれまで口説いてきた女の子たちの中でも一際輝き、彼にとって特別な存在であった。

ギーシュがいつもの悪癖で他の女の子と一緒にいても、怒ったり暴力を振るったりするが別れるようなことはない。

ある時は別れを告げられたこともあるのだが、自然とよりを戻していつもの様にツンと澄ましながらも優しく接してくれた。

 

それは例えれば゛赤い糸に結ばれたカップル゛ではなく゛磁石の如きカップル゛と誰もが答えるだろう。

例えどんなに離れていても、どんなに嫌だったとしても最終的にはお互いがくっつくしか道は残っていないのだから。

しかしギーシュにそれを問えば必ず「美しき薔薇に囲まれた幸せなカップルさ」という、彼のナルシスト精神がこれでもかと滲み出た答えがでるだろう。

 

それほどまでにギーシュは彼女を…『香水』の二つ名を持つモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシを愛している。

今日はそんな彼女と一緒に休日のトリスタニアでデートをする予定だったのだが、少しだけ問題が発生していた。

朝食を食べ終え一時間ほど自室で休んでからすぐに馬で学院を出るはずだったのだが、肝心のモンモランシーが部屋で香水を作っていたのだ。

 

「ごめんギーシュ、一時間もあるから新作の香水を試しに作ってて…ちよっと食堂で待っててくれない?すぐに行くから」

実際にその様子は見ていないものの、ノックしてすぐに帰ってきた返事とドアの向こうから微かに匂って来た花や薬品系の臭いですぐにわかった。

普通の男なら怒るだろうが、彼女の事を一番知っていると自負するギーシュはドア越しに笑顔を浮かべて了承し、その場を後にして今に至る。

 

二つ名の通り、モンモランシーは香水に関する知識と技術は学院一であり、それはギーシュだけではなくほかの生徒たちも知っている事だろう。

様々な植物や果物の匂いを均等に混ぜて作り上げる彼女の香水は街でも大人気で、時折大量に作った香水を街で売っていることもある。

ギーシュにとってそんな彼女はとても誇らしく、素晴らしい恋人゛たち゛の中でもひときわ輝く存在であった。

 

そして、そんな彼女と街に出かけられる自分はなんと美しい男か。とひとり自惚れしていると、食堂の外から二つの声が聞こえてきた。

ギーシュが今座っているソファのすぐ後ろにある窓を通して伝わってくるその声は、正に青春真っ只中と言える女の子の声である。

最初は誰の声なのかわからなかったが暇つぶしにと思い後ろを振り返ってみると、そこには見覚えのある少女が二人、ここから少し離れたところで何かを話していた。

同級生で『ゼロ』の二つ名を持つ事で有名なルイズが召喚した博麗霊夢と、彼女と一緒にルイズの部屋へ居候している霧雨魔理沙であった。

 

 

「街に行くからついでに誘おうと思ったけど、まさかシエスタも街に出かけたなんて…とんだ無駄足になったわね」

「私はともかく、お前の場合は無駄足というより無駄飛行じゃないか?」

紅白と黒白というハッキリと目に映る二つの少女は話に夢中なのか、窓から覗くギーシュに気づいていない。

シエスタという、何処かで聞いた覚えのあるような無いような名前に首をかしげつつ、興味本位と暇つぶしでギーシュは話を聞いてみることにした。

これは盗み聞きなどという邪な事ではない、偶々耳に入ってきただけだから聞いてみるだけさ。と心の中で思いながら。

 

 

「しっかしあれだな。急に暑くなってきたよな…こう、私たちがこの世界へ来るのを見計らったかのように」

魔理沙は遥か上空にある太陽を横目に、右手をうちわのようにして顔を仰ぎながら呟く。

「本当ね。もし幻想郷でもこんなに暑くなったら、境内の掃除をしてる途中に日射病にでもなっちゃうじゃない」

それに対して霊夢は腕を組み、まるで親の仇と言わんばかりに太陽をジッと睨みつけた。

「もしかしたら月が二つあるせいで、意地を張った太陽が無駄に頑張ってるのかもな」

魔理沙の口から出たトンデモ仮説に、霊夢はやれやれと言わんばかりに首を横に振る。

「そうだとしたら、私たち人間がいい迷惑を被ってるってワケね。全くイヤになるわ」

「同感だ。お互い張り合うのなら、私たち人間様が被害の被らないところでやって欲しいものだぜ」

二人は燦々と大地を照らす太陽を睨みながら、そんな事を話し合っている。

無論彼女らの後ろには食堂の窓からのぞくギーシュがおり、太陽と月の話もバッチリ聞いていた。

 

(何だ、ゲンソーキョーとかケイダイ…聞いたことのない単語だ。それに゛この世界゛って…)

そして霊夢たちの口から出た謎の単語を耳に入れ、目を丸くしつつも覗き見を続けることにした。

二人の話をこのまま聞けば、他人が知らない゛何か゛を知れそうな気がしたから。

 

「それにしても、こんな天気の良くて暑い日に街へ出かけるなんて…曇った日にでも行けばいいのに」

「お前の場合、もしも急須や湯飲みが壊れたりしたら雲の日、雨の日、雷の日、雪の日、吹雪の日、槍の日、弾幕の日でも人里に買いに行くな。これだけは何か賭けてもいいぜ」

自身の満々な魔理沙とは一方的にドライな霊夢は、イヤそんな事は無いと言わんばかりにヒラヒラと手を動かしながらも言葉を返そうとした。

「お生憎さま。私なら急須を捨てざるを得ないようなヘマは――――…したわね」

しかし、言い終える前に先週の出来事を思い出した彼女は最後のところで言葉を変え、恥ずかしそうに右手で自分の後頭部を掻いた。

魔理沙はそんな霊夢を見て軽く笑ったが、その顔には若干の苦味が混じっている。

 

「まぁ…あの時の事は忘れようぜ?もう一週間も前の事だし」

「その一週間前のヘマで暑い街に繰り出す羽目になったのは…元はといえばアンタの所為じゃないの?」

「?…どういうことだ?」

「だってホラ。アンタとルイズが森でタバサと出会わなかったら、あんなお茶と呼べないような呪物もどきを受け取らずに済んだかもしれないし」

「じゃあ言うが、もしあの時タバサと出会ってなかったらお前の命がどうなってたかわからないぜ?」

別に脅してるワケじゃないぞ。と最後に付け加えながら魔理沙がそう言うと。口を閉じた霊夢は目を瞑り、盛大なため息をついた。

 

「じゃあ結局は、アレに対する知識が無かった私が悪いワケねよ?」

気怠さと嫌悪感が混じった雰囲気を体から放つ霊夢の肩を、魔理沙が軽くたたいた。

「まぁ、それに関しては私も共犯だぜ?」

だから気にするなって。と最後にそう言って、魔理沙は笑顔を浮かべた。

その笑顔は夏の海のごとく爽快で、とても涼しげな気配を放つものだった。

 

やけにポジティヴな黒白の魔法使いに対し、紅白の巫女は沼のようなジト目で睨みつけ、文句を言った。

「アンタと共犯ですって…?私はアンタみたいな泥棒はしないわよ」

「何度も言うがあれは一応゛借りてる゛だけだぜ。死ぬまでな?」

最後の言葉を魔理沙が締めくくり、二人はそさくさとその場を後にする。

食堂の窓からジッと二人を眺めていた男子生徒の視線に気が付かぬまま。

 

離れてはいたが、バッチリと二人の話を聞いていたギーシュは遠ざかっていく霊夢と魔理沙の背中を見つめていた。

話の内容から察するに、おそらく二人は街へ出かけるのだろう。それは違いない。

しかしそれよりも彼が気になっているのは、二人の会話の節々から出た謎の単語と言葉であった。

ゲンソーキョー、ケイダイ。…そして゛この世界へ来る゛という魔理沙の妙な言い方。

謎の単語はともかくとして、魔理沙の言葉に、ギーシュは何か秘密があるのではないかと思った。

もしかすると…キリサメマリサという、この学院では゛以前にルイズを助けた恩人゛という事以外謎が多すぎる少女の真実がわかるかもしれない。

 

魔理沙はここへ来て以来、多くの生徒たちに色々な事を聞かれたのだが、持ち前の達者な口ぶりで今まではぐらかしてきた。

無論ギーシュもその一人であり、今まで彼女に関しては「どこか男気のある勇敢で活発な美少女」という感じで見ていたが、今になってそれが変わった。

 

―――こう、私たちがこの世界へ来るのを見計らったかのように

 

―――――――私たちがこの世界へ来るのを見計らったかのように

 

 

       『この世界へ来るのを見計らったかのように』

 

              『 こ の 世 界 』

 

頭の中で彼女の言葉が反芻し、ギーシュの脳内を満たしていく。

そこから導き出される答えは、決して普遍的な人生を歩んできた人間には理解できない答え。

惜しむべくは彼、ギーシュ・ド・グラモンもその普遍的な人生を歩んできた人間の一人に過ぎないという事だ。

多数である彼らの唱える゛常識的な思考゛が少数に支持される゛非常識な答え゛を否定し、全く見当はずれな回答を探そうとする。

 

「キリサメ…マリサ、k―――――ッ…イィッ!?」

彼女は、一体…。と言おうとした瞬間―――――何者かが彼の後頭部を掴んできた。

 

「ォ、オオゥ…!…ウグ!?」

鷲掴み、というものでは比喩できない程の握力で掴まれた彼の頭から、メキメキと縁起でも無さそうな音が聞こえてくる。

一体誰なのかと問いただそうとしても、あまりにも頭が痛すぎて声を出す暇もない。

まだ両足が地面についている分マシだが、このままでは宙吊りにされる可能性も考慮しなければならないだろう。

最も、今の彼にそこまで考えることができるのかどうかは定かではないが。

そうこうしている内に掴まれてから三十秒ほどたった時、後ろから声が聞こえてきた。

 

「へぇ~、やっぱり学院中の女の子に声かけてる男は違うわねぇ」

 

その声は、痛みに苦しむギーシュに――否、ギーシュだからこそ鮮明に聞こえたのである。

いつも何があっても傍にいてくれて、離れていても気づいたら戻ってきてくれる…金髪ロールの素敵な子。

 

「学院の子や゛私゛には飽きたから。次は『ゼロ』の使い魔と得体の知れない居候を試し食いしようってワケね」

 

プライドは高いがそこが素敵で笑顔も気品があり、貴族の女の子として非常に理想的な彼女。

キュルケのように大き過ぎず、かといってルイズやタバサのように小さ過ぎもしない、安定した体のバランス。

趣味で作る香水やポーションは、彼女が得意とする『水』系統の魔法と彼女自身の知識と才能によって生まれた一種の芸術。

これだけだと非の打ちどころのない素敵貴族子女なのだが、彼女には一つだけ欠点があった。

 

それは恋する女の子なら誰もが持っているであろう、『嫉妬』の感情。

気になる相手が他の女の子へと目が向いた時、それが爆発して小さな暴力を引き起こすことがある。

問題はたったの一つ。今ギーシュの頭を掴む彼女の暴力が手でも足でもなく―――文字通りの「水責め」だということだ。

 

「うん…うん決めたわ!今日は街で貴方とお買い物する筈だったけど。予定を変える事にするわ♪」

最後にそう言って、満面の笑みを浮かべた少女――モンモランシーは杖を取り出した。

まるで盛りの付いた野良犬の如く、色んな子に色目を使うダメな彼氏もどきを…これから作る水の柱へと埋め込むために。

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