ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第六十話

トリスタニアの時刻は、既に昼の十二時を迎えていた。

街の各所にある大衆食堂にレストラン、そして露店からは美味しそうな匂いが漂ってくる。

丁度腹を空かした人々は各々が気に入った店へと入り、腹を満たす。

平民や下級、中級の貴族たちは自宅で食べるか、もしくは仕事で得た雀の涙ほどの賃金や年金だけで十分に食べれる場所へと足を運ぶ。

露店や食堂はたちまち賑やかになり、人々は笑顔を浮かべて始祖ブリミルから与えられし糧に感謝の念を送る。

それなりの地位と領地を持つ上級貴族たちは貴族専用のレストランへと足を運び、この国の安泰を願ってフルコースランチを頂く。

三つ星シェフの手によって作られた仔羊のソテーを頬張る彼らの顔にもまた、笑みが受かんでいる。

こうして見ると浮かべる笑みの意味はバラバラではあるものの、誰もが皆笑顔を浮かべて昼食を頂いている。

それは正に、「食べる」という行為が何事もなく行えることを有難いと思っている証拠でもあった。

 

 

気温は高く太陽も眩しくなってきたが、それよりも人々が浮かべる笑顔の方がはるかに眩しい。

もしもこの街に旅の絵描きが訪れているのなら、きっと人々が浮かべる笑顔を一つの絵としてメモ帳に描いている頃だろう。

自分の昼食を食べるのも忘れて絵を描くのに夢中になった彼は、きっとこう思うに違いない。

『あぁ、この国は平和なんだな――――』と。

 

 

そうして街が笑顔で溢れている中、とあるブティックの二階にある一室で、ルイズは落胆の表情を浮かべ項垂れていた。

「あぁ~…駄目だわ。全然、思い浮かばないじゃないのぉ…」

椅子に座った彼女の目の前に置かれた大きな丸テーブルの上には、鞄に入れて持参してきたメモ帳と【始祖の祈祷書】が置かれている。

ルイズは今、幼馴染であるアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式で詠みあげる詔を考えている最中であったが、何を書こうか未だに悩んでいた。

デルフにこの事を説明してから一週間ほどが経つが、一ページ分どころか未だ一文字も書けないでいる。

もしもこの詔が授業でいつも出るレポートや作文であるのなら、ルイズなりの文章で書いたモノを素直に提出するだろう。

しかし…これは幼少のころから共に遊び笑い合った幼馴染が隣国のゲルマニアへ嫁に行く事を盛大に祝う詔だ。

いつも提出しているレポートの様な文章では無理だとルイズは理解していたが、それと同時に自分の文才の無さに嘆いてもいた。

ここへ来てから何とか書こうとしてそれでも書けず、既に四十分近くもの時間が経過していた。

「こんな調子じゃあ、姫様の結婚式に間に合わないっていうのに…」

「わざわざ鞄に入れて持ってきた本は何なのかと思ったが、まさか例の祈祷書だったとはな。感心するなぁ」

苦悩が垣間見える言葉を呟くルイズとは対照的に、向かい側の椅子に座っている魔理沙は面白いものを見るような目で向かい側の椅子に座るルイズに言った。

その言い方にムッとしたのか、不機嫌な表情を浮かべたルイズは魔理沙の方へとその顔を向ける。

「そこまで言うのならアンタが書いて…イヤ、下手に任せたら適当に書いちゃいそうだからやめとくわ」

ルイズは途中まで言って、魔理沙の性格なら自分の代わりに詔「じゃない何か」を書きそうな気がしてきたので、言うのはやめた。

「それは残念だ。今なら何か良い詔とやらが書けそうな気がするんだがな」

魔理沙はニヤニヤと笑いながらそう言うと、最後に確認するかのようにルイズは質問した。

 

 

「…アンタ、この世界の文字とか…もう書けるようになったの?」

ルイズの問いに、魔理沙は軽く頷きながら返事をする。

「意味は分からないが、とりあえず見様見真似で書くことは出来るぜ?」

彼女の口から出た答えに、やはり書かせなくてよかったとルイズは安堵した。

 

 

ブルドンネ街の中央通りから少し外れた所に、今ルイズ達の居るブティックがある。

この店は基本一人の客に対し数人の店員が対応し、服のリクエストからサイズの調整までを身振り手振りで教えてくれるのだ。

客層は主に商家の平民から下級の貴族までとトリステインではかなり幅広いのだが、客層の三分の二が魔法学院から来る生徒たちであった。

将来この国を支える貴族の卵たちはここで舞踏会などの行事用に着る服やドレスを発注したり、店内で販売しているアクセサリーを買ったりしている。

そのアクセサリーの一つ一つも店側で雇っているデザイナー達が作ったモノで、手作りなので値段もそこそこ高い。

しかしそれ故にオリジナリティーに溢れており、値段の方も貴族の子供たちが青春時代の記念にと買える程度に設定されている。

トリスタニアを遊び場とする貴族の子ども達にとって、正に流行の発信場とも言えるところだ。

 

 

その店の二階部分には幾つか部屋があり、今二人がいる控室は階段を上ってすぐ右手にある。

大きな観音開きの窓の傍に丸テーブルと椅子が二つ、そしてテーブルの下にゴミ箱が置かれているだけで他の家具は見当たらない。

精々テーブルの上に羽ペンが数本入ったペンケースとインク瓶、それにメモ帳兼こぼしたインクをふき取るための紙が置かれているだけだ。

部屋の中に明りを灯すものが無いのは基本夕方頃には店を閉めるからであり、決して売り上げが悪いワケではない。

その代わりなのか天井には大きなファンが取り付けられており、魔法によって羽根が回転して風を作り出す仕掛けとなっている。

この部屋は順番待ちをしている客や客の友人などが控える為の部屋であり、無礼がないよう中はちゃんと綺麗にされている。

魔理沙は窓から入ってくる微妙な風を受けながら窓の外から見える通りを眺め、ルイズは回転しているファンのちょうど真下でアンリエッタへの詔をなんとか書こうと奮闘している。

時折思い出したかの様に魔理沙が色んな話を持ち出し、ルイズは羽ペン片手に返事をしたり突っ込んだりしていた。

しかしその部屋にいるのは彼女達だけで、二人と一緒にいる筈の霊夢はどこにも見当たらない。

そもそも何故ルイズと魔理沙がこんなところにいて、あの巫女がいないのか…?

 

 

それにはちゃんとした理由があった。

 

 

ルイズと魔理沙が詔について会話をしてからしばらくして、ふと誰かがドアをノックしてきた。

突然のノックに魔理沙は一瞬誰なのかと思ったが、ルイズは慣れた様子でドアの方へと顔を向け「どうぞ」と言った。

その声が聞こえたのか、ドアの向こうにいた店のボーイが「失礼いたします」と言ってドアを開け、部屋に入ってくる。

利発そうな容姿のボーイは店が用意した専用の服を着た平民で、しっかりとした教育を受けているのかルイズと魔理沙に対し恭しく頭を下げた。

 

 

「ミス・ヴァリエールにミス・マリサ。ミス・レイムの゛着替え゛が終わりましたので、最後のお目通しをお願い致します」

「あら、もう一時間経ったのね…。わざわざご苦労様」

ここにいない巫女の名前を口にしたボーイの言葉に、ルイズはそう言って満足げに頷くと鞄から財布を取り出し、そこからエキュー金貨を二枚ほど取り出した。

ルイズが金貨を手に取ったと同時にボーイも頭を上げるとその顔に笑みを浮かべ、ルイズの方へとスッと白手袋をはめた右手をそっと差し出す。

「やっぱりこの店は最高ね。平民の従業員もしっかりしているから嫌いになれないわ」

彼女はそう言って、差し出されたボーイの手のひらに金貨を置くとテーブルの上にあった始祖の祈祷書やノートを鞄に入れて部屋を後にした。

それに続いて魔理沙も部屋の隅っこに置いていた箒を手に取って出ようとした時、ふとボーイのすぐ横で足を止めた。

足を止めた魔理沙に前方のルイズとすぐ横にいるボーイがキョトンとした表情を浮かべると、魔理沙は何かを探すように懐に手を入れた。

「おぉ、あったあった!」

ゴソゴソという音が辺りに五秒ほど響いたところで、何かを見つけた魔理沙が大声を上げた。

その顔には喜びの色が浮かんでおり、一体何なのかと魔理沙以外の二人は怪訝な表情を浮かべる。

黒白の魔法使いが懐から取り出したのは…小さな包み紙に入った一個の飴玉であった。

白い包みに水色の斑点模様がついた包み紙に入った飴玉は、ゴルフボール程では無いにせよ普通の飴玉よりも若干大きい。

そして、金貨や銀貨どころか銅貨二枚で買えそうなそのお菓子を彼女は先にルイズの金貨が乗ったボーイの手の上に置いた。

 

 

「ま、チップの代わりに食べといてくれ」

魔理沙はその顔に笑顔を浮かべてそう言うと、ボーイを残したまま部屋のドアを閉めた。

パタンという音ともに閉じられたドアの向こうから聞こえてくる二人分の足音を耳に入れながら、ボーイは視線を下に落とす。

キラキラと輝くエキュー金貨が二枚に、何味かも知らされていない正体不明の飴玉…それが彼の手の上にあった。

金貨はともかく、飴玉を渡されるとは思ってもいなかった彼はただただその顔に苦笑いを浮かべた。

「まぁ偶には、こういうのも良いかな?」

ボーイはそう言って金貨と飴玉を、ポケットの中にしまいこんだ。

入れた瞬間、心なしか少しだけ元気になったような気がした。

 

 

部屋を出た後、後をついてきた魔理沙にルイズは開口一番先程の事を口にした。

「全く、何をするかと思ったら飴玉なんてね…」

「別に良いじゃないか。きっと初夏の思い出になると思うぜ?」

対して魔理沙はルイズの後ろを歩きつつ、彼女の言葉に笑顔を浮かべて返事をする。

ルイズはそんな黒白の態度に小さなため息をつきつつも、目の前に見える階段をゆっくりと降り始める。

(さてはて、レイムの奴はどんな姿になったのかしら…?)

ルイズはひとり呟きながら、一階にいるであろう紅白巫女の事を思い浮かべて心の中でひとり呟く。

 

 

背後に魔理沙を従えて歩く彼女の顔には、期待に満ちた笑みが浮かんでいた。

店のメインフロアがある一階に降りてきたルイズと魔理沙は近くにいた女性従業員の言葉に従い、奥にある試着室へと向かう。

そこには既に他の女性従業員が二人いて更にその向こうには姿こそ見えないものの、二階にはいなかった霊夢がいた。

何やら話し合いをしていた彼女らは、やってきたルイズたちに気づいて振り向くと頭を下げた。

「これはこれはミス・ヴァリエール。貴女様のご注文通り、彼女は生まれ変わりましたよ…文字通りの意味でね?」

やけに気取った喋り方をする右の従業員の言葉と共に彼女らはスッと横にどき、ルイズたちに゛今゛の霊夢の姿を見せた。

そしてルイズと魔理沙は…彼女の言葉に嘘偽りは無かったと目を丸くして驚く。

何故ならそこには、文字通り゛生まれ変わった゛博麗霊夢がいたのだから。

 

 

赤いセミロングスカートの代わりに履いているのは、足首まで隠す黒のロングスカート。

スカートと同じ色の服と別離していた白い袖は身に着けておらず、代わりに纏うは新品の匂いが仄かに漂う白のショートブラウス。

そして袖や服と同じく彼女の外見的特徴の一つであった赤いリボンは外されていて、代わりにスカートと同じ色のショートハットを被っている。

黒のロングヘアーを白いリボンでポニーテールにし、以前よりも若干サッパリとした印象を放っていた。

 

 

そんな容姿を持った少女が、つい一時間ほど前まではこの街ではかなり目立っていた存在だったのだ。

もしも着替える前の彼女を知らぬ者たちに、その事を詳しく説明してもすぐには信じないであろう。

霊夢を召喚しもう二ヶ月近くも一緒にいるルイズと、霊夢とは数年の付き合いがある魔理沙がそう思ったのである。

それ程までに彼女のイメージがガラリと変わった。――――否、変わり゛過ぎてしまった゛。

「ご予約の際に承った注文通り、これからの季節に合わせて当店の既製服でコーディネイトいたしましたが…どうでしょうか?」

二人して驚いている姿を目に入れながら、左にいた女性従業員がルイズの顔色を伺うかのように問う。

「これは…もう完全に別人ね」

店員の問いに答えるかのように、ルイズはその顔に苦笑いを浮かべながら呟く。

装い新たな霊夢の姿を見て、やはり彼女に新しい服を着させたのは正解だったと改めて思いながら。

「く、くく…え~っと、どちら様だったっけ?」

一方の魔理沙は、意地悪そうな笑みをその顔に浮かべて霊夢に向けてそう言った。

黒白と同じくモノクロな印象漂う服装とは対照的な、どっと疲れた゛元゛紅白の表情を見て笑いを堪えながら。

「私の服が変わっただけで、何がそんなに可笑しいのかしら…」

着慣れぬブラウスの襟を左手で摘みながら、霊夢は照れ隠しするかのように呟く。

しかし色々と従業員にまとわりつかれた所為なのか、その顔には疲労の色が浮かんでいた。

 

 

 

 

場所は変わって、ブルドンネ街中央に建てられた市中衛士隊の詰所本部。

街の各所にある詰所と比べ二回りもでかい砦の様な外観を持つここには、総勢五十人近くもの平民出身の衛士やその関係者がいる。

市内で有事が起こった際には増援の衛士を派遣し、事件の規模が大きければ大きいほど重要な場所となってくる。

有事を起こした下手人がメイジであった場合は王宮から魔法衛士隊が駆けつけてくるが、その間は衛士たちが命がけで下手人の逃亡を阻止しなければならない。

衛士たちの方も下手人を逃がしては市民の命と自分の給料と出世に関わるので、文字通り命を懸けて日夜街に潜む悪と戦っているのだ。

 

 

その詰所本部の中にある一室で、女性衛士のアニエスがテーブルに突っ伏していた。

彼女の顔にはこれでもかと言わんばかりに疲れの色が浮かんでおり、医者が見れば彼女の睡眠時間が短いことにすぐ気づくであろう。

本来は過去にあった事件の記録などを閲覧する為の部屋で、彼女は空気が抜けて萎んでいく風船のようにため息をついていた。

部屋の中には多数の本棚があり、その棚の中にある本には過去トリスタニアで発生した事件の詳細が事細かに記録されている。

しかし長方形の木製テーブルにはそれらしい本が一冊もなく、テーブルの上には突っ伏しているアニエスの上半身だけが乗っていた。

どうしてここに彼女がいるのかというと、その理由はあるのだが実際のところそれ程大したモノでもない。

ただ、この時間帯には多くの衛士たちが詰所本部の中にいるので、一人でいられる唯一の場所がここだけであったからだ。

まぁこの時間帯ならばこんな部屋に来る者もいないだろうと、アニエスはこの部屋で昼寝をすることにしたのだ。

しかしいざ寝ようとしても中々寝付けず、窓を開けて部屋の中に風を入れても目を瞑って夢の世界へ入る事も出来ない。

誰も呼びに来ないせいか気づけば一時間という貴重な休憩の時間を、テーブルに突っ伏しているだけで終わらせてしまった。

「はぁ~…」

結局眠れなかったか。彼女は心の中でそう呟いてからゆっくりと上半身を起こす。

「…!っうぐぅ…!」

瞬間、腰の方から襲ってきた刺激が脊椎を通って頭に到達し、うめき声と共にトロンとしていた彼女の両目を無理やり見開かせた。

まだ二十代前半だというのに疲労の溜まった腰の関節がパキポキと音を立て、彼女の体に強烈な刺激を与えたのである。

その音がハッキリと耳に入ってきた彼女はハッとした表情を浮かべて部屋を見回し、誰もいないことに安堵してため息をついた。

「なんてこった。まさか二十代にしてこんな体になってしまうとは…」

アニエスは自分の体に向けて「情けない」と叫びながら鞭打ちたい気分に駆られた。

いくら衛士隊として鍛えていると言われても結局は人間であり、体の疲労には耐え難いものがある。

しかも女性である為か男性隊員の倍より努力し、体を鍛えなければいけないのだ。

普通なら女性は男性よりもある程度優しく扱われる筈だが、ここではそんな常識は通用しない。

女性だからという理由で生ぬるい訓練をしていては、街に潜む悪党外道な犯罪者を捕まえるどころか碌に近づく事さえできないのだから。

 

 

だからこそ彼女は努力した。

いつか果たそうと心に誓う一つの゛願い゛を胸に秘めて。

 

 

「本当なら休暇でも貰いたい所だが…貰ったとしても気になって休めそうにないな…」

彼女はそう言って、今からもう二週間ぐらい経とうとしている出来事を思い出した。

あの日…月が隠れた夜に「鑑定屋」がいるという場所を、物乞いの老人゛だった゛者に案内してもらった時の事だ。

 

 

そこは、旧市街地の中にある古びた扉の先にあった。

古びた階段を物乞いの老人を先頭にアニエスとその同僚であるミシェル、そして彼女らが所属する部隊の隊長という順で降りていく。

明りに照らされた階段を降りるのは造作なく、老人を含め誰一人転ぶ事もなく降りた先に作られた部屋へとたどり着いた。

「これはこれは。今夜は少し変わったお客が、三人も…」

扉を開けて待っていたのは、椅子に座って薄い本を読んでいた初老の男性であった。

外見で判断すれば四十代後半から五十代半ばなのだろうが、顔に刻まれた皺の数はそれ程多くもない。

白が混じっている茶色の髪をオールバックにしており、顔に浮かぶ表情も非常に穏やかなものであった。

着ている服もゲルマニアにいる平民出身の上流商人が好むような長袖の白いブラウスの上に黒いベストを羽織り、ズボンは茶色の革モノといった組み合わせだ。

「我が主。ご覧のとおり今日は衛士隊の者が三人…見てもらいたい物品があるとの事で」

ここまで案内してくれた老人がそう言うと、男性はアニエスたちの顔を見てウンウンと頷く。

「逮捕しに来た…って感じじゃあ無いな。ウン」

男はそう言うと座っていた椅子から腰を上げ、机の前にいる老人の傍に立った。

平均的な共同住宅の一室と比べて少し大きめ程度の部屋の中には、人がまともに住める環境が作られていた。

書類や本が置かれた大きな机と比べてやや小さめなベッドをはじめとして洋服ダンスやクローゼットもあり、奥にはキッチンかバスルームへ続くであろうドアが見える。

部屋の両端にそれぞれ二つずつ壁に沿って置かれている本棚は五段もあり、その中に本や書類などがこれでもかと納められている。

もはや年代物と化した古い石造りの床の上に赤茶色の絨毯を敷いていて、その場で座っても苦にはならないだろう。

部屋自体が地下にあるという利点と魔法で動くシーリングファンのおかげで室温は暑過ぎずまた寒過ぎることもなく、申し分はない。

しかし部屋を照らす明りが天井の二箇所から吊り下げられているカンテラだけなので、部屋全体の雰囲気はかなり薄暗い。

もしもここに普通の人が住むのであらば、壁の方にもカンテラを取りつけるべきであろう。

 

 

「まぁお客なら歓迎するよ。ようこそ、旧市街地にある『鑑定屋』――――もとい『私の部屋』へ」

男は目の前にいる三人の客にそう言って、両手を思いっきり横に広げた。

客と認められたアニエスとミシェルは、隊長の言っていた゛噂゛が本当なのだと今確信した。

 

 

『旧市街地の何処かにいるという盲目の老人に金貨を渡すと、元学者がやっているという鑑定屋へと案内してくれる』

 

 

その噂は、何処で誰が言い始めたのかは知らない。

ただ消えることも広がることもなく、チクトンネ街に住む平民たちや下級貴族達の間でハチドリの様に忙しなく飛び回っている。

そして噂というのは人から人へと伝わる度に尾ひれがつくもので、この話もまた例外ではなかった。

曰く…その元学者はガリアで何かの研究をしていたのだが事故により職を失ってトリスタニアにやってきた。

曰く…彼はハルケギニアやアルビオンといった大陸を歩き回った平民で、古今東西の出来事を知っている。…など、飛び回る内に様々な姿へとその身を変えていた。

その変化した噂の中には盲目の老人は幽霊で、彼の後ろをついていくとあの世へ連れて行かれるといったオカルト要素が入り混じったものまで存在する。

ある貴族は単なる怪談話だと笑い、ある平民は実際にいるのだろうと心躍らし、ある浮浪者はその老人を見たことがあると嘯く。

結局はどれが真実かは誰もわからず、今でも真夜中の酒場でそれを話し合う者たちがいる。

何人かは酒の勢いでテンションが上がり、その噂が真実なのかどうか確かめるべく旧市街地へ赴くのだが大抵は何の収穫も無しに戻ってくる。

例え酔っていたとしても廃墟が立ち並び、歩く屍のような姿になった浮浪者や街に住めない犯罪者たちの巣窟にそう長時間といたくはないのだろう。

何せ昼間でも恐ろしい雰囲気を放っている場所なのだ。真夜中ならば尚更であろう。

 

 

「どれくらいかは分からんが…これで足りるか?」

部屋の主人からの歓迎に隊長は懐を漁って手のひらに収まる程の革袋を取出し、机の上に放った。

体を机の方に向けた男がその袋の口を締めていた紐を解くと、中から六枚ほどの新金貨が転がり出てきた。

それに続いて銅貨と銀貨がそれぞれ二枚ずつ袋からその姿を出し、合計十枚の貨幣が机の上でその存在をアピールしている。

たったの十枚だけであるが、この十枚だけで下級貴族が一週間ほど仕事もせずに暮らしていける程の金額になるだろう。

「先月出た俺の給料の残りだ。これで調べてくれるくらいのことはしてくれるだろ?」

隊長の質問に、部屋の主は机の上に出した貨幣を手に取りながらも答える

「コレは趣味でやってるから金は充分なんだが……まぁ、明日のランチは美味しそうなものが食えるよ」

遠まわしに礼を言われた隊長は微かな笑みをその顔に浮かべつつ、今日ここへ来た目的を彼に告げた。

「今日は、アンタに見せたいものがあってここへ来たんだ」

隊長はそう言ってまたも懐を漁り、ここへ来る途中アニエスとミシェルにも見せた゛ある物゛を男と老人の目の前で取り出した。

それは先程貨幣が入っていた革袋と同じサイズのもので、その中には青い水晶玉の破片が入っていた。

破片の大きさはコガネムシ程度しかなく、うっかり落としてしまうとこの薄暗い部屋で見つけるのは困難を極めるだろう。

「実は昨日、ブルドンネ街の方で妙な事件があってな…現場を調べていたらこんなものを見つけたんだ」

隊長はそう言って袋から破片を取出し、男の目の前に突き出した。

男はその破片を見て怪訝な表情を浮かべたが、それを手に取ろうとはしない。

「これよりもっと小さいのを最初に見つけたんだが不思議な事に溶けて無くなっちまってな、それで気になって現場を調べてみたら溶けて無いコイツを見つけたのさ」

訝しむ男を前にして話を続ける隊長に、後ろにいるアニエスは彼が『最初に見つけた破片』の事を思い出した。

 

 

昨日起こった『妙な事件』の現場で見つけた小さな破片は、あの後一分も経たずに溶けて無くなってしまった。

後に残ったのは青色の小さな泡と、それを掴んでいた隊長の指から上がる白い煙だけだった。

あの後、別に火傷の心配はないと隊長自身が言ってひとまずは現場にあった遺体と内通者としての証拠品である書類などを持って詰所へと戻った。

しかし帰ってきて直後…隊長が「スマン、忘れ物をした」と言って現場であるホテルへ戻り、一時間もしないうちに帰ってきた。

その時はなんとも思わなかったのだがその翌日に隊長からの手紙を読み、旧市街地へと来たアニエスとミシェルはその破片を見て驚いた。

何せ最初に見つけたモノよりもおおきい破片を、隊長は一人現場に戻って見つけ出していたのだから。

「あの後部屋のどこかにまだあるんじゃないかと思ってな、箪笥やクローゼットの裏とか下を見てみたらドンピシャッ!ってワケさ」

まるで推理小説に出てくる少年探偵の様な軽い口調で得意げに言った彼を見て、二人は思った。

 

 

あぁ、この人は探偵業とかやりたかったんだろうな――――と。

 

 

そんな風に彼女が回想の最中にいる間に、隊長から詳しい話を聞いていた男はその顔を顰めていた。

先程の怪訝なそれから一変した事を見逃す三人ではなく、この破片に関して彼は確実に何か心当たりがあると察した。

表情を変えた男は顎に手を添えて何か考えた後、横にいた老人に声を掛けた。

「君、右の棚の三段目から四、五年前のレポートを取ってくれ。…あぁロマリアじゃなくてガリアのヤツな?」

「了解です。我がある…―先生」

゛先生゛と呼ばれた男に命令された老人は自分の言葉を途中で訂正しつつ、懐から杖を取り出した。

ここへ通じる錆びたドアを開き灯りを作って階段を照らしてくれたその杖の先を、老人は自らの顔に向ける。

アニエスたち三人は老人がこれから何をするのかもわからず首をかしげると、彼はぶつぶつと呪文を唱え始めた。

 

蚊や蠅のような虫の羽音の如きか細い声で唱えるルーンは五秒ほどで終わり、詠唱を終えた老人は自らの顔に向けて杖を軽く振った。

するとどうだろう。突如老人の顔が青白く光り出して、薄暗い部屋を幻想的でありながら不気味な雰囲気が漂う場所へと変える。

しかしその終わりは早く僅か十秒程度であったが…光が消えた時、老人――否、老人゛だった゛者の姿を見てアニエスたちはアッと驚いた。

そこにいたのは先程まで物乞いをしていた老人ではなく、四十代半ばの男であった。

顔を隠すほどに生えていた白髭は消え失せ、代わりにほろ苦い渋味を漂わせる壮年男性の顔を、驚いている三人の客に見せつけている。

服は老人の時に来ていた物と同じであるのだが、逆にそのみすぼらしい身なりが「学会を追放された賢者」というイメージを作っていた。

「いやぁ、驚くのも無理はないかな?こうでもしないとあの場に溶け込めないものでね」

゛元゛老人であった男性は驚きの渦中にいる三人に向けてそう言うと、自分の顔に向けていた杖を右側の棚へと向ける。

そして『レビテーション』の呪文を唱えて杖を振ると、棚の中から数枚の書類がサッと飛び出してきた。

書類は数秒ほど空中で静止した後、゛元゛老人の操る杖によってフワフワと浮遊しながらも゛先生゛の手元へと舞い落ちていく。

゛先生゛はそれらを一枚も地面に落とすことなく丁寧にキャッチすると、書類に書かれている内容を流し読む。

恐らく探していた物かどうか確認しているのだろう。一通り読んだ後に軽く咳払いをしてから、目の前にいる三人を相手に喋り始めた。

 

「今から丁度数年前かそれよりも少し前までかのガリア王国でキメラの開発が行われていたらしい。

 開発のテーマは、キメラを戦場に投入してどれだけ味方の被害を減らせるかどうか―――というものだったとか」

 

書類を見ながら喋り始めた゛先生゛の前にいるアニエスたちは何も言わず、ただ黙って聞いている。

゛先生゛はそれに対してウンウンと頷きながらも、話を続ける。

 

「軍用キメラの開発…というより研究自体は今から五十年前に始まったが、当初は単なる生物実験としての趣が強かったそうだ。

 しかし当時のゲルマニアやそれに味方する小国との戦争が激化したことによって人的被害が増え、これに対し人の手で兵器にもなれるキメラにスポットライトが当たった…」

 

゛先生゛はそこまで言って一旦言葉を区切ると三人と゛元゛老人の目の前で一息ついた後、話を再開した。

 

「戦争が終わっても開発は細々と続いたんだが、数年前に開発していたキメラどもが暴走して研究所は崩壊。

 そこにいた学者も殺されちまって別のところにいたキメラ研究の学者たちも、責任を追及されて路頭に迷った。

 しかし…噂だとガリアがまたその学者たちを国に呼び戻して、以前よりもずっと安全な場所で研究を行わせてるんだとか」

 

そう言いながら、彼は手に持った書類の中から一枚を取出し、それを隊長たちの前に突き出した。

三人は何かと思い薄暗い部屋の中でその書類に目を通してみると、驚くべきものがそのレポートの右上に描かれているのに気が付いた。

恐らく゛先生゛の手書き思われる文字が並ぶレポートの右上に、生まれてこの方見たこともないような奇怪な姿をした生物たちが描かれている。

それは人間を素体にして、イナゴの頭部をはじめとした様々な昆虫の部位を体中に取り付けた怪物と呼ぶにふさわしい存在であった。

その横には『クワガタ人間』という名前でそのまま通じそうな怪物の絵も並んでいる。

レポートを持っていた隊長はゴクリと喉を鳴らし、ミシェルは驚きのあまり右手で口を軽く押さえていた。

アニエスもキメラの絵に目を丸くしながらも、目の前にいる゛先生゛がその顔に薄い笑みを浮かべたのを見逃しはしなかった。

彼女がその笑顔をチラリと見ていたのに気が付いてか、すぐさま表情を元に戻すと話を再開した。

 

「そこに描かれているのは、追い出された連中が開発していたキメラだそうだ。

 対メイジ戦を想定して作られたそいつ等には見ただけではわからんが、多様な攻撃方法を持っとるという。

 そいで詳しくは知らんのだが、そのキメラを特定の場所に呼び出す為の道具というものも―――あるらしい」

 

゛先生゛は話を続けながらも先程のようにレポートを一枚取出し、それを隊長たちに見せる。

そして、さっきは驚いたものの声を上げなかった三人は用紙の真ん中に描かれていた゛呼び出す為の道具゛を見て、「アッ!」と驚愕の声を上げた。

花の様に綺麗ながらも鋼の様に鍛え抜かれた二人の女性と、今まで数多くの悪党と渡り合ってきた歴戦の勇士の声が、薄暗い部屋の中に響き渡る。

「隊長…こ、これは」

動揺を隠しきれていないミシェルの言葉に、隊長は確信を得たかのように頷いた。

「ウン、間違いない…色が同じだ!」

そう言って隊長は左手に持っていた破片と、レポートに描かれている゛キメラを呼び出す為の道具゛の絵を見比べた。

ご丁寧に色までつけられたそれは、手に持った破片と似たような色をした―――青色の水晶玉であった。

まるで生きた人間を誑かして地獄へ引きずり込もうとしている死者たちが集う湖の様に、何処か恐怖を感じさせる澄んだ青色の水晶玉。

今隊長が手に持っているモノは、その湖に住まう死者たちの怨念を取り入れたかのように濁った青色のガラス片。

そして水晶玉の絵の横には、殴り書きの文字でこう書かれていた。

 

『この゛水晶玉゛は呼び出されたキメラが破壊し、証拠隠滅の為に一部が溶解して消滅する』

 

たった一行だけであったが、そこに書かれていた事はアニエス達ににある確信を持たせるのに充分であった。

まるで頭上に雷が落ちてきたかのようなショックを受けた三人は、目を見開かせ口をポカンと開けたままその文章に目が釘づけとなる。

『溶解して消滅』…。それは正に、隊長が最初に見つけたあの破片の末路とあまりにもソックリであったからだ。

「はははは…どうやら、気になっていた物の正体が何なのかようやく分かったようだね」

゛先生゛は驚愕の表情を浮かべたまま固まった三人を見て、乾いた笑い声を上げる。

明りの少ない部屋の中に響き渡るその声は、予想もしていなかった意外な真実に直面した三人の体を包み込んでいた。

 

 

回想を終えたアニエスは、開いた窓から見える人ごみと街の様子を見つめて呟く。

「ガリアの、キメラか…」

あの後、早々に退室を促された彼女らは゛元゛老人に『ここでの事は他言無用でお願いします』と釘を刺されてあの場を去った。

時間にすればほんの十分程度の話し合いであったが、とてもそんな短い時間では知る事の出来ない゛何か゛を三人は知ってしまった。

神聖アルビオン共和国の内通者を殺害した存在が人間ではなく、『何者かが用意したガリアのキメラであった』という可能性があるという事実を。

しかしそれと同時に、『何故ガリアのキメラがトリステインにいたのか』、『そもそも何故キメラを使ってまで殺したのか』という疑問も浮上してきた。

退室する前に部屋にいた゛先生゛にその事を聞いても、流石にそこまでは分からないと首を横に振るだけであったが、付け加えるかのようにこんな事を言っていた。

『案外、地上で起きた妙な事件ってのは…君たちの想像よりもずっと大きな事件なのかもね』

まるで何もかもお見通しと言わんばかりの言葉であったが、確かに彼の言う通りであった。

最初こそアニエス達は、捜査の中止を要求した連中だけがこの事件に関わっていたと思っていた。

しかしそれは単なる予想に過ぎず、実際にはもっと複雑な構造をしているのかもしれない。

「確かに隊長の言う通りだ。もう私たちではどうしようもない…」

アニエスはそう言って、自分の上司がこれ以上の詮索をしてはならないと警告してくれた時の事を思い出した。

 

あの部屋を訪れてから翌日、アニエスとミシェルを部屋に呼び寄せた隊長は言った。

『昨日の事は忘れろ。俺たち三人だけでは手に負えない』

常に市民を守るのは自分たち衛士隊だと豪語して自身に満ち足りた表情を浮かべていた彼の顔には、諦めの色が浮かんでいた。

その事に納得がいかなかったミシェルとアニエスはその判断に対して食い下がりたかったが結局は隊長の心情を察し、大人しくその言葉に従った。

動けるのであれば彼は動いていたであろう。内通者といえど、殺人を行った者たちが誰なのか探るために。

勿論それが雲を掴む様な行為だとしても彼は躊躇うような事は無く、例えこれまで積み重ねてきたモノが崩れようとも真実を確かめたであろう。

いくら殺した相手が国を売ろうとした者で、殺せば国益になったとしても…殺人は立派な犯罪、それに変わりは無い。

それを知っていて尚自分たちの゛正義゛を信じてやまない者たちは俗にいう゛正義の味方゛ではなく、単なる犯罪者だ。

彼ならば決して許しはしないであろう、゛正義゛という名の無秩序な暴力をトリスタニアの中で振るう様な輩を。

 

しかし、もしも――――もしもの話だ。

この事件の黒幕が『王宮の一部』ではなく、『王宮そのもの』だとすればどうだろうか。

そしてそこに、大国であるガリアの手も加わっているというのならば――――もはや自分たちが抗っても何の意味もない。

だから隊長は二人に教えたのだ。この世には、どうしようもない事が沢山あるという事を。

「キツイものだな…ただ黙って見過ごすというのは…」

まるで不治の病に侵された患者が呟くような言葉とは裏腹に、彼女の顔には憎しみが浮かんでいた。

彼女は許せないのだ。人の命を奪っておきながらも、それで利益を得るような奴らを。

例え相手が大貴族や国家そのものだとしても――――その様な行為を平気でする輩は滅ぶべきなのだと。

東の砂漠に住まうエルフですら思わず怯んでしまいそうな目つきで、アニエスは窓越しに空を見上げた。

彼女の今の心境など関係ないと言わんばかりに、天気は快晴であった。

 

時刻が午後十二時を過ぎて丁度午後の一時半になったところ。

昼の書き入れ時が終わり、働いている人々は夕方や夜まで続く午後からの仕事に戻るため急ぎ足で街中を歩く。

その為かブルドンネ街やチクトンネ街の通りは朝や昼飯時以上に混み合い、酷いときには暴力事件という名の喧嘩が起きる。

暴力事件の元となるトラブルは多種多様で。コイツが俺の足を踏んだといった愚痴から財布を盗もうとして殴られたといった自業自得なものまである。

王都トリスタニアで夜中に次いで暴力事件が多発するこの時間帯は衛士隊の市中警邏が強化され、夜中よりも若干人数が増えるのだという。

善良な人々はそんな彼らに無言の賞賛を送りつつ、自分たちが暴力事件の容疑者や加害者にならないよう注意して通りを歩く。

トリスタニアで暮らしている人たちにとって何てことは無い、休日の午後の風景であった。

 

そんな時間帯の中、比較的人の少ない通りにあるレストランにルイズ達が訪れていた。

新しいティーポット探しや霊夢の服選びに購入したソレを学院に届ける為の手配で想定以上の時間が掛かってしまい、今から遅めの昼食を食べるところであった。

大通りにあるような所とは違い中はそれなりに空いてはいるが、それがかえって店全体に物静かな雰囲気を醸し出している。

店内の出入り口から見て右側にある台の上にはショーケースが置かれており、中に入っている演奏者を模した小魔法人形のアルヴィー達が手に持ったミニチュアサイズの楽器で演奏をし、店内に音という名の彩りを加えている。

演奏している曲は今から二、三年前に流行った古いモノだが、静かで優しい曲調が店の雰囲気とマッチしており、ガラス一枚隔てた先から聞こえてくる街の喧騒とは対照的であった。

いらっしゃいませぇ!という女性店員の声と共に最初に入店した魔理沙は、入ってすぐ横にあるショーケースの中身に見覚えがあることに気付く。

「おっ、アルヴィーじゃないか。こんな所にも置いてあるんだな」

大の男が握り締めるだけで壊れてしまいそうな小さな体とそれよりも少し小さな楽器で演奏をこなす人形たちの姿に彼女は興味津々と言いたげな眼差しを向けている。

そんな魔理沙に続いて入ってきたルイズは、見たことの無い玩具に夢中な子供の様にアルヴィーを見つめている黒白に呆れつつもそちらの方へと足を運ぶ。

 

この店にあるアルヴィー達は見た目からして大分古くなってはいるが、それでもまだまだ現役だと意思表明しているかのようにキビキビと動いている。

きっと彼らの手入れをしているのだろう。店長である五十代半ばの男性がカウンター越しに、ショーケースの前で立ち止まっているルイズと魔理沙を見て微笑んでいた。

彼らの姿をショーケース越しに五秒ほど見ていると、ルイズはふとアルヴィーと同じ類の人形が学院にもある事を思い出した。

「そういえば、ウチの学院にも幾つかあるわね。アルヴィーとかガーゴイルが…」

「知ってるぜ。確か食堂の中にある人形だろ?あれって、真夜中に踊ってるよな」

「あら、知ってたのねアンタ」

意外な答えに少しだけ驚いた振りをして見せたルイズに、魔理沙は当然だぜと言わんばかりに肩をすくめる。

「この前シエスタが教えてくれてな。それでまぁ真夜中の暇な時に見に行ったんだ」

魔理沙がそう言った時、ふとルイズは聞きなれぬ言葉を耳にして首をかしげた。

「真夜中の暇な時って…そんな時間に何もすることないでしょうに?っていうか一体なにをするっていうのよ」

「何言ってるんだ、真夜中にする事っていえば寝るだけだろ?」

黒白の口から出た予想の遥か斜め下を行く答えにルイズは、何だそんな事かと小さなため息をつく。

「つまり寝付けない時に見に行ってたって事よね?」

「まぁいつもは本とか読んでるんだがな。珍しいものが見られるならそれを見に行くだけの事さ」

興味のある物の為なら夜更かしも平気だと言わんばかりの彼女に対し、ルイズは勉強熱心な奴だと感心した。

しかし、それと同時にいつかアルヴィー手を出すのではないかと内心心配もしている。

霊夢から魔理沙の普段やっている事をある程度聞かされていたルイズは、どうにも不安になってしまう。

「…念のため言っておくけど、もしも食堂のアルヴィーに何かしたら怒るわよ?アレは学院の物なんだし」

「それなら大丈夫だよな?何かをする代わりに持って帰るつもりでいるから」

警告とも取れるルイズの言葉に、魔理沙はイタズラを企てた子供が浮かべるような笑顔を見せてルイズにそう返した。

 

「あ、あのお客様…は、三人でよろしいですよね?」

「そうねぇ…。あぁ、でもあの二人は喋るのに夢中だから放っておいてもいいわよ」

そして最後に入ってきた巫女服姿の霊夢が、隣にいる二人を見つめつつ目の前の女性店員に三人で来たことを教えていた。

ルイズたちに声をかけて良いか迷っていた彼女は「で、ではこちらの席へどうぞ…」と言って窓際のテーブル席へと霊夢を案内する。

「やっぱり盗む気満々じゃないの!」

「盗む?相変わらず人聞きの悪いヤツだぜ。手土産として一つ二つ持って帰るだけさ」

「絶対に駄目!駄目だからね!」

二人の後ろでは、ルイズと魔理沙が物言わぬアルヴィー達の目の前で言い争いをしていた。

 

霊夢が一足先に席に着いてちょっとメニューを見ていたところで、ようやくルイズと魔理沙がやってきた。

それに気づいた彼女はため息をつきながら、読めない文字だらけのソレから目を離すとルイズの方へ顔を向けた。

「全く、楽しそうな話し合いも程々にしなさいよね。ここはアンタの部屋じゃないんだから」

「何処が楽しそうに見えたのよ、何処が」

「ルイズの言う通りだ。やっぱりお前は冷たい奴だぜ…っと」

嫌味が漂う紅白巫女の言葉にルイズは軽く毒づきながらも反対側の席に座り、魔理沙も続いて言いながら彼女の隣に座った。

二人の返事に霊夢はただただ肩をすくめると、全く読めなかったメニューをルイズの手元に置く。

しかし目の前に置かれたソレを取ることは無く、狭く混雑した通りを歩いてきてようやく腰を落ち着かせる事の出来たルイズは、まず最初に軽い深呼吸を行った。

 

店内に舞う微かな埃と厨房から漂う食欲をそそる匂いを鼻腔に通らせて、それをゆっくりと吐き出す。

そうすることで気休め程度ではあるものの何となく落ち着く事が出来たルイズは、霊夢が置いてくれたメニューを手に取る。

比較的分厚い紙で作られたそれは二、三ページしかないが、そこに書かれている品目はバランスがとれていた。

前菜代わりのスープやサラダをはじめ肉料理や魚介料理も数多く。ロマリア生まれのパスタ料理もある。

他にもバケットやサンドイッチなどのパン類も申し分なく、デザートやドリンクも豊富であった。

(クックベリーパイが無いのは贔屓目に見ても駄目だけど…まぁ初めて入った店にしてはアタリといったところね)

デザートの品目を見て目を細めていたルイズは心の中で呟きながらも、何を食べようか迷ってしまう。

ルイズ自身こういう店に入るのは初めてではないが、自分でメニューを選ぶのは実のところ苦手であった。

いつも行くような所は上流貴族たちが集うような高級レストランで、今日のお勧めメニューをオーダー・テイカ―がとても優しく教えてくれるのだ。

だが、そういう所は貴族だけではなく従者にもそれなりの品位を求めてくるものである。

(どう見たって…二人を連れて行くとなれば、十年くらい掛けて再教育でもしないと無理ね)

ルイズはメニューと睨めっこしつつ、厄介な異世界の住人二人をチラリと横目で見ながら物騒な事を考えていた。

何の因果か知らないが、召喚して使い魔契約までしてしまった空を飛ぶ博麗の巫女。

そして彼女の知り合いであり、おとぎ話に出てくるメイジの様に箒を使って空を飛ぶ普通の魔法使い。

先程訪れた高級雑貨店ではなんとか従者扱いしてもらったが、きっと誰の目から見てもそういう感じには見えなかっただろう。

(友人…って呼ぶにしてはどうなのかしら?二人の事は大体わかってきたけど友人としては…何というか、作法を知らないというか)

メニューを選ぶはずがそんな事を考え初めたルイズが考察という名の渦に飲み込まれようとしていた時、彼女の耳に霊夢の声が入ってきた。

「とりあえず適当に冷たい飲み物を三人分持ってきてちょうだい。あぁ、料金はコイツ持ちで頼むわ」

何かと思い顔を上げると、いつの間にかウエイトレスを呼んで勝手にドリンクを頼もうとしている博麗の巫女がそこいた。

貴族であるルイズを気軽に指差して「コイツ」呼ばわりする霊夢の態度にある種の恐怖を感じているのか、ウエイトレスの体が若干震えている。

 

―――ナニヲシテイルノダロウカ?コノミコハ。

 

流石に許しかねない無礼な巫女に対し決心したルイズは、右手に持っていたメニューを素早く振り上げ…霊夢の頭頂部目がけて勢いよく下ろした。

下手すれば相手が気絶しかねない攻撃をルイズは何も言わず、そして無表情で繰り出したのである。

「え?…うわっ!!」

トリステイン王国ヴァリエール公爵家三女の放った恐怖の一撃はしかし、直前に気づいた霊夢の手によって防がれた。

流石の博麗の巫女もテーブルを一枚挟んだ相手が突然攻撃してくる事など予想していなかったのか、その表情は驚愕に染まっている。

渾身の一撃を防がれたルイズの隣にいた魔理沙は今まで外を見ていたせいか「な、何だ…!?」と声を上げて驚き、その勢いでまだ手に持っていた箒を床に落としてしまう。

霊夢の隣にいたウエイトレスが悲鳴を上げ、それに気づいて店にいた店員や他の客達はルイズたちのいる席へとその顔を向ける。

時間にして僅か五秒程度の出来事であったが、その五秒はあまりにも衝撃的であった。

「ちょっ…ちょっと!何すんのよイキナリ!?」

突然攻撃されたことに未だ驚きを隠せない霊夢は、自分の頭を叩こうとするルイズの魔の手を何とか防いでいた。

彼女の言葉を聞いてルイズの表情が一変、怒りの感情が色濃く見えるモノへと変貌する。

「人が食べるモノ選んでる最中に、何で私の許可なく勝手に注文してるのよアンタは!?」

「アンタがモタモタしてるから先に飲み物を…―イタッ!」

爽快感と痛快感を同時に楽しめる景気の良い音が、店内に響き渡る。

ルイズの文句に対し霊夢も反論をしようとしたのだが、いつの間にか左手に持ったもう一つのメニューで見事頭を叩かれてしまったのである。

 

 

「今更言うのもなんだし言っても無駄だと思うけど…ちょっとは遠慮ってものを考えなさいよね!」

痛む頭頂部を両手で押さえている紅白巫女を指差し、ルイズは声高らかに叫んだ。

一体いつの間に持ち出したのよ…と霊夢はルイズの早業に驚きつつも、頭を押さえながら机に突っ伏した。

その様子をウエイターと並んで見ていた魔理沙は軽く咳払いした後、一連の出来事を纏めるかのように呟いた。

「…流石霊夢だぜ。何があってもその厚かましさは変わらないもんだなぁ~」

「そんな事言える暇あるなら、コイツを止めなさいよね…」

「だ・れ・が…コイツよ!誰が!!」

強力な一撃を食らってダウンしても一向に口の減らぬ紅白に向けて、ルイズはとうとう怒鳴り声を上げた。

もはや店中の人間に注目されてしまった二人を遠い目で見つつ、魔理沙は他人事のようにまたも呟く。

 

「まぁ、こればっかりはルイズに分があるよな」

やれやれと首を横に振りながら、黒白の魔法使いは目を逸らすかのように窓の外へと視線を移す。

窓越しに見える空模様は、店内のバカ騒ぎにピッタリ似合うくらいに晴れていた。

 

 

『あなたの記憶は、誰のモノ?』

 

また声が、聞こえてくる。自分の頭の奥にまで響く程の声が。

それは決して大きくはなく、どちらかと言えば小さな声だ。

きっと自分が声の主を一度見たからだろう。あの小さな体には相応しいと思える程小さいが、ハッキリと聞こえる。

しかし、その声が聞こえてくると無性に頭が痛くなるのは、何故だろうか。

まるで自分の頭の中をキツツキが突いているかのようにコンコンと痛みが自らの存在をアピールしている。

追い払いたくても追い払えないその声を意識するたびに痛みは酷いものになり、無意識の内に頭を掻き毟ってしまう。

クシャクシャと音を立てて掻き毟る度に黒い髪が一、二本抜け落ちて地面へ向かって舞い落ちる。

 

『あなたのキオクは、ダレのモノ?』

 

それでも声は頭の中で響く。誰にも理解されない痛みに一人苦しむ自分をあざ笑うかのように。

どうして苦しまなければいけないの?どうしてこの言葉をすぐに忘れられないの?

痛みに悶えながらも、頭の中でそんな疑問がフワフワと浮かんでくる。

そしてその疑問を解決するために考えようとすると痛みが酷くなり、口から苦しみの嗚咽が漏れてしまう。

この声が一日に数回聞こえるようになってからもう一週間近くも経つが、未だに解決の方法は見つからない。

それどころか、日増しにこの痛みが強くなっているような気もした。

 

『アタナノ記憶ハ、誰ノモノ?』

 

まただ、また聞こえてきた。

どうしてそうしつこく食い下がる?私に何か恨みでもあるのか?

 

私はこの声に対し、次第に途方も無い゛怒り゛が込み上げてくるのを感じた。

まるで二、三メートル程の高さがある柱の上に置かれた角砂糖を狙うアリの様に、脇目も振らずに私の頭へと゛怒り゛が登ってくる。

そして最初からそれを待っていたかのように痛む頭がその゛怒り゛をすんなりと認め、頭を中心にして自分の体へ溶け込んでゆく。

森の中を走り、逃げ回ってきた私の体はボロボロであったが、その゛怒り゛を受け入れられないほど疲弊してはいなかった。

不思議なことに゛怒り゛が頭の中を駆け巡ると、ゆっくりとではあるがこの一週間自分を苦しめていた頭の痛みがどんどん和らいでいくのを感じる。

どんなことをしても治りそうになかったソレがあっさりと治ってしまったことに、私は拍子抜けしてしまう。

なんだ、こんなにも簡単に治るとは―――――と。

しかし、痛みが和らいでいくと同時にその゛怒り゛が私に教えてきた。

 

『お前は今から、ある場所へ行け』と。

 

アナタノキオクハ、ダレノモノ?――――

 

また声が聞こえてきたが、もう頭は痛まない。痛みはもう消えた。

どうしてあの時の言葉がずっと頭の中で響き続けていたのかは知らないが、実害が無いのなら無視すれば良い。

それよりも今は、゛怒り゛が示す場所を目指すことが先決だ。幸いにもここから見える所なのですぐにたどり着けるだろう。

何故そこへ行かなければ行けないのか、という新しい疑問が一つできてしまったが…それはすぐに解決できるかもしれない。

きっと゛怒り゛の示す場所に、その答えはある筈だから。

 

あなたの記憶は、誰のモノ?―――――

 

「それはこっちのセリフよ」

先程と比べ殆ど聞こえなくなった声に対し、私はひとり呟いて歩き出した。

午後の喧騒で大きく賑わう街へ向かって。

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