ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第六十六話

 

 初夏の陽が暮れるまで後もう少しという時間帯のトリスタニア。

 その王都にある旧市街地で、霊夢とルイズたちの戦いが始まっていた。 

 得体の知れぬ怒りだけで自分を殺そうとする薄気味悪い自分の偽者との、通算三回目となる戦いが…

 

「クッ…!」

 振り下ろしたナイフを結界で弾かれたもう一人の゛レイム゛―――偽レイムは、その体を大きく怯ませる。

 一度跳び上がってからの攻撃だったおかげか二メイル程吹き飛び、背中から地面に倒れてしまう。

「悪いけどそろそろ夕食時だし疲れてるから、速攻で片付けるわよ」

 当然それを見逃す彼女ではなく、右手に持つ二本あるナイフの内一本を、左手で握り締めながら呟く。

 錆が目立つソレを持った左手の甲には、ルイズとの契約で刻まれた使い魔のルーンが懸命に光り続けている。

 そのルーンは、始祖ブリミルという偉大なるメイジが使役していたガンダールヴという名を持つ使い魔の証。

 ありとあらゆる武器と兵器を使いこなして主を守る矛となり、盾となった伝説の存在だ。

 

(今まで滅多に光った事なんか無かったけど…今ならどうかしら?)

 昼頃から光り続けるそれに一途の願いを込め、霊夢はナイフを握る左手に力を入れる。

 瞬間、ゆっくりと光り続けていたソレに命が入り込むかのように、一瞬だけ眩く輝いた。

 それに気づいた霊夢が目を見開かせると同時に、地面に倒れていた偽レイムがゆっくりと立ち上がる。

 右手のナイフを逆手に持ち替え、じっと佇む霊夢へと再度突撃を仕掛けようとする。

 結界のせいで距離を取らされたが、本物以上の身体能力を持つ偽レイムにとって大した影響はない。

 すぐに腰を低くし、錆びに塗れた刀身を霊夢のわき腹に刺そうと考えた瞬間――――――

 

「レビテレーション!!」

 突如、右の方から鈴の様な声を持つ少女の叫びが耳に飛び込んできた。

 その声に動き出そうとしていた足が止まり、一体何なのかと振り向こうとした直後、足元の地面が爆発する。

 あまり大きくも無い爆発音とともに地面の土煙が舞い上がり、偽レイムの視界を一時的に遮断した。

 何の前触れもなく起こったアクシデントに何も見えなくなった彼女は突撃も行えず、その体制を大きく崩してしまう。

 偽レイムは自分の攻撃を一方的に阻止された事に対し、何の躊躇いも無く舌打すると、煙の向こうから少女の怒鳴り声が聞こえてきた。

「わ、私だって戦えるの!ただ…ぼ、傍観してるだけじゃな…ないわよっ!?」

 多少噛みながらも何とか言い切った少女の声は不幸か否か、敵に居場所を教える事となる。

 優先的に排除しようと決めたのか、整備されていない道路をブーツで擦りつつも、彼女は右の方へと目を向けた。

 ほんの十秒ほどで消え去った土煙の向こうにいたのは、偽レイムへと杖を向けるルイズであった。

 細い体を小刻みに震わせながらも、彼女は自分が召喚した巫女と同じ姿をした存在に攻撃を加えたのである。

 

「ヒッ…」

 そして攻撃の際に舞い上がった煙が消えた時、相手の視線が自分の方を向いたのに気付き、その口から小さな悲鳴を上げてしまう。

 鳶色の瞳を丸くさせたルイズは端正な顔に恐怖の色を浮かべ、ナイフを手にした偽レイムと対峙する。 

 彼女の目は今もなお赤く光り続けており、それを見続けているだけで足が震えてくるような錯覚に襲われてしまう。 

 そんな相手に首を絞められ、死の淵に立たされた彼女であったが、それでも逃げるという選択肢は頭の中に無い。

 恐怖のあまり流しかけた涙をと堪えるように目を無理に細め、杖を持つ手には更なる握力と精神力を注ぎ込む。

 体中から掻き集めた精神力は右手を通して杖に入り込ませると同時に、口を動かし呪文の詠唱を行う。 

 ヴァリエールというこの国の名門貴族の末女としての生を授かり杖を持たされてから、何百回と行ってきた事だ。

 既にその顔からは恐怖が拭い取られ、目の前の相手に断固負けはしないという気合が籠っている。

 その呪文を聞いてまたあの爆発が来ると察したか、偽レイムが攻撃態勢に入る。

 

 獲物に跳びかかる直前の猫の様に腰を低くし、逆手に握るナイフを後ろへと隠す。

 そうしていづても動けるようになった直後、短い詠唱を終えたルイズが杖を振り上げた。

 オーケストラの指揮者が持つタクトと酷似したソレを振り下ろせば、またあの爆発が来る。

 ならば下ろす前にトドメをさす。今が好機と判断してか、身構えていた偽レイムが地面を蹴って接近しようとした。

 

 ――――――しかし。

 

「アタシって、そんなに人の話を聞かない人間だって思われてるのかしらねぇ?」

 そのブーツで地面を蹴り飛ばし、一気にルイズへと近づこうとしたその直前。 

 気怠さを隠す気配も無い言葉を放った霊夢が、偽レイムの左肩に遠慮も無く一本のナイフを突き刺した。

「ガッ!?」 

 気づいたときにはもう遅く、熱いとも言える激痛に偽レイムはカッと目を見開き、その場で大きくよろめく。

 それでも戦えるのか、接近を許してしまった霊夢にせめてもの一撃をお見舞いしようと左手に持つナイフを大きく横に振った。

 しかしそれは読まれていたのだろう。まるでスキップするかように小さく跳躍した霊夢は、その一撃を難なく回避する。

 茶色の靴が地面を三回叩いた時には、霊夢は先程まで佇んでいた場所に戻っていた。

「レイム!」

 時間にして五秒の間に助けられたルイズは、恩人の名前を呼ぶ。

 しかしそれに応える素振りを見せない霊夢は面倒くさそうな表情のまま、空いた左手でポリポリと頭を掻いている。

「流石に二回も刺したら動きが鈍るかと思ったけど…痛みに鈍いんじゃ酷いくらいに面倒だわ」

 右手に持つ最後の一本を左手に持ち替つつも、彼女は敵が健在であることに多少の辟易を感じ始めてしまう。

 彼女の視線の先にいるのは、自分と同じ姿を持ちながらも、自分以上に凶暴な戦士だ。

 肩に刺さったナイフをそのまま放置している偽レイムは、息を荒げつつも既に攻撃体勢を取り直していた。

 加勢として失敗魔法を放ったルイズも、この位置にいたらまずいと察したのか、霊夢の方へ近づこうとする。

 

「ウ…グッ…!」

 やや早歩きで移動する間、偽レイムは肩に刺さったナイフをそのままに呻き声を上げていた。

 呼吸も乱れているのか、体全体が上下に動くかのように揺れてもいる。

 しかしまだまだ戦えると宣言したいのか、その目でもって霊夢をジッと見つめている。

 睨まれている彼女は特に身構えてはいないが、体から漂う気配からは緊張感が混じっていた。

 何時相手が動き出すのか分からぬ状況の中で慎重に移動したルイズは、ようやく霊夢の傍へとたどり着く。

 多少なりとも身構えたままのルイズは、相手を射抜くような視線を逸らさず、そっと口を開いて喋る。 

 

「一体何が起こってるのよ…全然理解できないんだけど」

 まるで誰かに質問するかのような喋り方に、隣にいる自分が話しかけられているのだ霊夢は気づく。

 いつ攻撃を再開してくるかも知れぬ敵を見据えたままの彼女は、肩を竦めながらもそれに答える。

「それは私の方が聞きたいところよ。もうこっちは疲労困憊まであと一歩っていうのにさぁ」

「本当かどうかは分からないけど今のアンタの顔見ると、はいそうですか…って言いたくなるわね」

 連続して降りかかる厄介ごとに辟易してしまった気分を隠さぬ返事に対し、ルイズは肯定的な言葉を送る。

 それどころか、気怠そうな彼女に同意するかのごとく小さく頷いてみたりもした。

 思えば霊夢と出会ってから今に至るまで、確実に五本指に入るくらいの異常な日であるのは間違いない。

 今まで光る所を一回だけしか見なかったルーンの発光や、彼女のそっくりさんに殺されかけたりもした。 

 自分と魔理沙が見いぬところで同等…もしくはそれ以上の体験をしているであろう霊夢の苦労は、その顔を見ればある程度わかる。

 

 夜遅くまで王宮で働き、朝早くに領地の視察を命じられてしまう哀れな下級貴族。

 繊細すぎる彼の心は盛大な音を立てて壊れていくのを感じ取り、叫ぶ。始祖よ!この私に休息をお与えください――――と

 疲労の色が濃ゆく滲む彼女の顔を見ながら、ルイズは脳内で小さすぎる寸劇を鑑賞していた。

 もはや過労死まで五秒前という寸前の状態に苦笑いを浮かべつつも、思い出すかのようにハッとした表情を浮かべる。

 今は妄想を思い浮かべるのではなく、もう一人のレイムをどうにかする時間なのだ。

 そうして現実へと戻ってきたルイズは霊夢の横に立ちつつ、杖の先端をゆっくりと偽レイムに向ける

(とりあえず目の前の敵…を片付けたらお疲れ様とでも言ってあげようかしら) 

 自分以上の苦労を背負背負っている同居人へ、ルイズはとりあえず程度の同情心を抱いた。

 

 

「まぁまぁこれは、随分とごちゃごちゃとした展開になってきたじゃないの?」

 一方そこから少し離れた場所で、イレギュラーのキュルケは能天気そうに二人の霊夢を見つめている。

 ルイズよりも前に首を絞められていた魔理沙は彼女の後ろで蹲り、未だに元気を取り戻せない。

 最初と比べ多少なりとも回復はしたが、苦しそうに咳き込み続ける姿は何処か痛々しいものがある。 

 そんな彼女の前で平和そうに佇むキュルケであるのだが、これから先どうしようかと内心悩んでいた。

 当初の予定としては、こんな廃墟へと足を踏み入れようとしたルイズを問い詰め、何があったのか聞く筈だった。

 しかし今の状況を見れば、すぐに只事ではないと゛何か゛が起こっているのだと察せる。それも現在進行中で。

(どうしようかしらねぇ…飛び入り参加した私はどう動けば良いのか分からないわ)

 魔理沙と交代するようにルイズが首を絞められた時に持った自分の杖は、未だ手中にある。

 傷一つ無く、かといって新品でもない使い慣れたソレは、まだこの場で一度たりとも魔法を放ってはいない。

 メイジにとって己の半身とも言える杖を手に、キュルケは自身の体に力を込めていく。

 それと同時に、今の自分がどう行動するべきなのかも決めていた。

 

 とりあえずルイズと左手が光ってる゛レイム゛に味方をし、血だらけの゛レイム゛と戦うか。

 逃げる事はしないが、とりあえず手出しするのは危険だという事で様子見と洒落込むか。

 

 二つの内一つしか決められぬ選択だが、キュルケはもう答えを決めていた。

 否、彼女の性格を考えればどれが答えなのかはすぐに分かるであろう。

(色々とややこしい事になりそうですけど、知れそうなことを知らないまま過ごすのは不快ですわ)

 もう後戻りはできない。自分へ向けてそう言い聞かせるような決意をした、後ろから声が聞こえてきた。

 声の主が自分の後ろにいる魔理沙だとすぐに気づいたキュルケは、軽い動作で振り返る。

「ゴホッ…よぉ、何だか騒がしいなぁ?…ゲホッ!」

 そこにいたのは、地面にうつ伏せた姿勢から右手だけで体を支えつつ、上半身を軽く起こした魔理沙であった。

 一、二回ほど小さな咳を混ぜつつも聞こえてくる快活な声は、ほんの少しだけ苦しそうに見える。

「あら、無理しなくても良いですのよ?何か本物かもしれないレイムが来てますし」

「かもれしれないって、曖昧…過ぎるだろ。もうちょっと…見極めてから、言ってくれよな…?」

 無理をしているのではないかと思ったキュルケは、今の状況を手短かに伝えつつまだ休んでろと遠まわしに言う。

 だが気遣いは無用と返したいのか、彼女の言葉に魔理沙はニっとその顔に笑みを浮かべながらも返事をする。

 元気そうな笑顔を浮かべたいのだろうがまだ完全に回復してないのか、何処か苦々しい。

 痩せ我慢しているという事が見え見えな彼女の姿を見て、キュルケはヤレヤレと言わんばかりに肩を竦める。

(類は友を呼ぶというモノかしら?あれじゃあ何時死んでもおかしくないわね)

 物騒な言葉を心の中で呟いたとき、霊夢達の様子を見つめていた魔理沙がアッと声を上げる。

 何かと思い振り返っていた頭を前に戻した直後、二対一の戦いが再び激しくなったのだ。

 

 

 暫しのにらみ合いは、偽レイムが体を動かした事によって終わりを告げる。

 先程の様に地面を蹴飛ばした彼女は、何とか視認出来る速度もって突撃を仕掛けてきたのだ。

 右手に握る武器の先端をの真っ直ぐと、目前にいる二人へと向けて。

 その内の一人であるルイズがハッとした表情を浮かべて杖を構えるよりも先に、彼女の隣にいた霊夢の動く。

 

 相手が突き出してくる錆が目立つ刃先は、自分の胸を目指してくる。

 

「よっ…と」

 それに気づいた霊夢は結界を張ることはせず、左手に持ったナイフをスッと構えた。

 まるで自分の宝物だと言って他人に見せるかのように、錆びついたソレを軽い感じで目の前まで持ち上げる。

 ルイズはその事に気づいてか、目を丸くして驚いたが…その口を開いて問いただすことは出来なかった。

「どうし――きゃあ…っ!」

 彼女が喋ろうとした瞬間、それなりの速度で突っ込んできた偽レイムの攻撃を、霊夢はナイフ一本で防いだのである。

 金属同士が勢いよく衝突することで僅かな火花が散り、ついでノイズ混じりの甲高い音が周囲に響く。

 二人の傍にいたルイズはその音に驚き、悲鳴を上げて耳を防ぐ。

 それで両者の争いが止む筈が無いことは当然であり、それどころか益々酷くなっていく。

 両者共にゼロ距離ともいえるくらいに近づいており、互いに押し合う錆びた刀身が、嫌な音を奏でる。

 武器を握る手が小刻みに震えるたびに刀身すら揺れる光景は、正に死霊が踊っているかのようだ。

 

 しかしこの鍔迫り合い、以外にも短い時間で終わりを迎えそうであった。

 一見すれば互角に見えるが、受け止めた直後と比べ霊夢の足がゆっくりと後ろへ下がり始めている。

 対して偽レイムの方は慎重に前へ前へと進んでおり、どちらが有利なのかは陽を見るより明らかだ。

(やっぱ腕力は向こうが上ってところか、段々キツクなってきたわね)

 下手すれば即死していたであろう攻撃を防いだ霊夢であったが、内心では愚痴を漏らしている。

 さっきから頭の中に呟いている声に従い武器を拾ったものの、何も変わったような気がしない。

 ルーンが伝承通りのモノならばありとあらゆる武器を使いこなせるらしいと聞いたというのにだ。

「無理せず結界でも張った方が良かったかしらね?」

「そんな事を言う暇があったら、相手を押し返しなさいよっ!」

 無意識の内に口から出たであろう彼女の言葉に突っ込みを入れたルイズが、杖を振り下ろす。

 両者がナイフ越しに睨み合っていた隙をついて詠唱を終えいたようだ。

「レビテレーション!」

 先程と同じ呪文を力強くハッキリと叫んだ瞬間、偽レイムの足元に鋭い閃光が走る。

 だが相手は本物と同じで、何度も引っ掛かるような人間ではないらしい。

 ルイズの魔法が来ると察したか、傷だらけの体の重心を右へと傾け、ついで足もそちらの方へ動かす。

 地面に食い込まんばかりに力を入れていた両足はあっさりと動き、流れるような動作で偽レイムは移動した。

 結果、足元で発動し彼女を吹き飛ばす筈だった失敗魔法は、ルイズと霊夢に牙を向ける。

「ちょっと、わ…っ!」

「あぁっ…!」

 威力こそ小さいが、爆発で舞い上がる土煙のせいで、霊夢は反射的に目を瞑ってしまう。

 彼女の隣にいたルイズも同様であり、二人仲良く寂れた道路に蓄積していた煙を浴びる事となった。

 両者共に目を瞑って咳き込む姿はマヌケにも見えてしまうが、今の状況では酷いくらいに場違いである。

 何故なら、土煙をやり過ごした偽レイムにとって、この煙は予期せぬ好機を運んでくれたのだから。

 

 爆発が来ると読んで先に目を瞑っていた彼女は、閉じていた瞼をサッと開ける。

 灰色の絵具を三、白色の絵具を二で割ってできあがったような色の煙幕が、辺りを包んでいる。

 爆発自体はさほど大したものではなかったが、爆風だけが強かったせいだろう。

 まるで山間部に出る濃霧の如く濃ゆいソレは、彼女の視界をこれでもかと言わんばかりに殺している。

 このままじっとしていれば土煙は自然に晴れるだろうが、生憎そんな悠長にしている暇は無い。

 煙が消え去る事は即ち自分と同じ姿を持つ相手と、その隣にいた少女の視界も戻る。

 そうなってしまう前に、今の状況を利用するのだ。怪我を負ってしまった自分が二人の相手に勝つために。

 

 

 

「この馬鹿っ…ゲホ……ッ何人の…邪魔してんのよ」

 全てを一時の間隠す煙の中から、声が聞こえる。

 何故か知らないが私と同じ姿を持ち、私自身が倒さなければいけない黒髪の少女、霊夢。

 咳き込みながらもハッキリとした声で怒鳴る彼女に、鈴のように繊細でありながらも激しい声の主が反論する。

 

「コホッ…コホッ…うるさいわね!アンタが変な事して…ケホッ、危機に陥ったから助けただけじゃないの!?」

 まだ会ってから数分も経たないであろう桃色のブロンドが眩しい少女。

 一目見ただけでも彼女はどこか名家の生まれなのだと思ったが、それが勘違いだと思わせるくらいに性格が激しい。

 

 今みたいに怒鳴る事もあれば、いきなり攻撃してきたうえに武器らしい杖を向けてきたのだ。

 挙句の果てに自分を霊夢と勘違いしてか、彼女の名前を連呼してきて一人で泣きそうになっていたのは覚えている。

 このままではヤバいと思い最初に近づいてきた魔法使い同様に首を絞めたのだが、流石にアレはやり過ぎた。

 軽く投げ飛ばしていれば霊夢にナイフを投げつけられる事も無かったし、文字通り手痛い傷も受け――――――あれ?

 

 ――――――霊夢って、誰だっけ?

 

 数分前の事を思い出した私は、霊夢という名前に対しそんな疑問を抱いてしまう。

 以前にも、そうずっと前に何処かで聞いたことのあるのだ。変わっていると思ってしまうその名を。

 霊夢。神仏との関わりが深い言葉を名前に使うような人間は、おそらく一人しかいないであろう。

 その一人しかいないであろう名前を持つ少女が、今自分の目の前にいる。

 

 ―――じゃあ、彼女が霊夢ならば…私は誰なのか?

 

 何故霊夢を倒さなければならず、それどころか自身の体に渦巻く゛怒りの感情゛の原因となっているのか。

 それよりも優先的に知りたいのは、記憶喪失と言われても仕方のない事であった。

 自分の思いを他人に話して頭を打ったかと心配されても仕方ないし、別に話す必要もない。

 他者の力を頼りにしなくとも、私は生きていけるのだから。今も、これられも…

 

 それなら、何で霊夢という他人の名前にこうも引っ掛かってしまうのだろうか?

 

 

 無意識の内に脳裏を過る自身の疑問に自答している最中、私は過ちを犯したことに気が付く。

 傾き始めていた頭を急いで上げると、辺りを覆っていた土煙が薄くなっており、すぐ近くにいるであろう敵の影が見える。

 くだらない事に貴重な時間を使った。思っている以上にボケている自分に苛立ちつつ、身を構える。

 本当なら煙が濃い間に決着を決めたかったが、今ならまだ間に合うかもしれない。

 いつ折れても仕方がない程刀身が錆びたナイフを持つ手に力を入れ、腰を低くして突撃の体勢に入る。

 攻撃への手順を踏んでいく間にも煙は晴れていくが、向こう側にいる相手は未だ口論を続けている。

 

 そのまま続けていて欲しい。せめて、自分が貴女たちを殺せる距離に接近できるまで。

 

 若干血なまぐさい願いを頭の中でぼやきつつ、いざ参らんと足を動かそうとした瞬間―――風が吹いた。

 陽が暮れつつも未だ街中に残る熱気を吹き飛ばすかのような、一陣の突風。

 背後から吹いてきた自然の息吹きは彼女の体を怯ませはしなかったものの、土煙には効果があった。

 周囲の光景を隠していた煙は、まるでその役目を終えたかのように初夏の空気と共に舞い上がる。

 その結果、つい一分ほど前に考え付いた偽レイムの作戦は呆気なく瓦解した。

 

 

 

「ちょ…っ、アイツまた攻撃を…ルイズ!!」

 煙の外にいた二人の内一人であるキュルケが、目を丸くして叫ぶ。

 ルイズの起こした爆発の生で状況を把握できなかった彼女は、口論を続けるルイズたちへ注意する。

 しかし、こんな所で始まった言い合いに夢中になっているのか全く気付いていない。

「はぁ、私の妨害に来るのなら大人しく学院に帰ってくれれば良かったのに」

「うるさい、このお茶巫女!アンタこの私にどれだけ心配させたら気が済むのよ?」

 熱を帯びたルイズとは対照的に冷たい霊夢も、今は相手との会話にご執心のようだ。

 まだ戦いは終わっていないというのに、もう全てが片付いたと言わんばかりに腕を組んでルイズと向かい合っている。

 一応左手にナイフを握っているが、相手はすぐに動けるよう腰を低くしている。

 今の二人は、狼の目の前で血の滴る生肉を振り回す愚者そのものだ。

 これでどちらかが致命傷を喰らったとしても、油断していたお前が悪いと言えるだろう。

「おいおい…あんなときに口喧嘩とか、ルイズも霊夢も暢気な奴らだなぁ」

 地面に座り込み、少し荒い呼吸を繰り返す魔理沙がその顔に苦笑いを浮かべつつ、そう言った。

 そして、彼女の言葉にキュルケは多少の同意はしたのか、顔を前に向けたまま「さぁ」と言って肩を竦める。

 あぁお前もか。魔理沙はそう言いたげな笑顔を浮かべると、偽レイムの方へ目を向ける。

 

 場違いな争いを行う二人とは反対に、自分の知り合いとよく似た姿をした敵の動きは止まっていた。

 腰は低くしたままではあるが、もはや煙とも呼べない土の粒子が舞う空間の中で、ルイズと霊夢を凝視している。

 これは流石に不味いなと思った魔理沙であったが、同時に相手の様子に異変が出始めたのに気が付く。

「なぁおい…、あいつ、何かおかしくないか?」

 魔理沙の口から出た言葉にキュルケはキョトンとした表情を浮かべ、彼女と同じ方向へ目を向けようとする。

 口論を続ける二人へと向けていた瞳がゆっくり左へと動いていく―――その最中であった。

 

 錆びついたナイフの刀身を、砕かんばかりに地面へと叩きつける激しい音。

 不気味だと思えるくらい青白く発光する、痛々しい切創が残る左手。

 まるで獲物を跳びかかる狼の様に、地面を蹴り飛ばす右足。

 キュルケと魔理沙の目では、赤い影だと見えてしまったほどの瞬発力。

 

 

「ッ…!?」

 そして、自分とルイズに急接近する嫌な気配に、霊夢がハッとした表情を浮かべるよりも早く、

 接近を許してしまった偽レイムが、勢いよく殴り掛かってきた。

 先程まで無表情だったとは思えない程、憎悪に満ちた表情を浮かべて。

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