ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第七十三話

 エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。

 誇り高きヴァリエール公爵家の長女であり、現在は王立魔法研究所「アカデミー」の研究員として働いている。

 公の場でもない限りは家族や知人、仕事場の同僚や上司からはエレオノールと短く呼ばれている。

 そんな彼女は今、王宮に匿われたという二つ下の妹であるルイズを訪ねて、ここ王宮へ足を運んでいた。

 

 

「御朝食前の訪問、まことに申し訳ありませんでした。アンリエッタ姫殿下…」

「いえ…そんな。家族の為をと思っての訪問ならば仕方がないというものです。ほら、頭をお上げになって…」

 ルイズが寝ていた部屋にいたアンリエッタに向けて、恭しく頭を下げたエレオノールは謝罪の言葉を述べた。

 それをソファに腰かけながら見ていたアンリエッタはそう言いつつも姿勢を楽にするよう促す。

 一方、エレオノールに喧嘩を売りかけた霊夢と傍観していた魔理沙、デルフは部屋の隅っこでそれを眺めている。

 霊夢は先ほどからずっと不機嫌な表情のままであったが、魔理沙の方はエレオノールの後ろ姿を興味深そうに見つめていた。

 

「しっかしな~、意外だったぜ。あのルイズに姉がいたなんてな」

『だな。てっきり一人っ子かと思えば、あんな美人の金髪ねーちゃんがいたとは』

 流石に今は大声で喋る場面ではないと察したのか、二人とも変に小声で会話をしている。

 そんな二人の会話を聞いて、ふとどうでもいい疑問が脳裏に浮かんできた霊夢がデルフに質問を投げかける。

「……じゃあそこの黒白も、アンタの言うところに美人に入るってワケ?」

『馬鹿言え。オレっちは子供になんか興味ねぇよ』

 そんな言葉を返したデルフに、今度は笑いを堪えるかのような表情で魔理沙が話しかける。

「というより、女がいてもそのカッコじゃあ誰にも寄り付かれそうにないけどな」

『だな。何せ外見だけは、単なる剣だし』

 そう言ってデルフは金具の部分をカチカチと震わせ笑うような動作を二人に見せる。

 魔理沙の小声とは違い、カチカチという金属音が緊張に満ちる静かな部屋の中に響き渡った。

 

(あ、アンタたち…何でそんなに暢気な会話してられんのよぉ~…!?)

 そんな二人と一本のやりとりを姉の後ろに立ったまま聞いているルイズは、内心気が気ではなかった。

 何せこんな空気の中でもあの二人と一本は、何の気なしにお喋りしているのだから。

 しかも我がヴァリエール家では゛二番目゛に怖い長女のエレオノールと、敬愛するアンリエッタ姫殿下がいるこの部屋の中で、堂々と。

 

 そもそも、この二人と一本を姉に会わせるつもり気はルイズにはなかった。

 アンリエッタと話している最中、部屋に入ってきた侍女からエレオノールがやってきたと聞かされ思わず腰を抜かしそうになった。

 確かに街中で襲われ、王宮で匿われてると知ればヴァリエール家の誰かが来るという事は予想していた。

 しかしよりにもよってこんな朝早くから、長女のエレオノールが訪問してくるなど思いもしていなかったのだ。

 

 だからルイズはアンリエッタの声を振り切って部屋を出て、霊夢たちに言おうとしていた。

 今日は自分が直接来るまであてがわれた部屋にいてほしい、と…王宮の中を全力で走った。

 

 

 そして…全てが手遅れという状況で――――霊夢たちと姉が、パッタリ廊下で遭遇したという状況に入り込んでしまったのである。

 

 

 あの廊下で出会った後、ルイズは霊夢と魔理沙の自己紹介を簡潔に済ませていた。

 霊夢は自分が春の使い魔召喚の儀式で召喚した使い魔であり、魔理沙はふとした事で知り合った゛ハルケギニアを流浪している、没落貴族の子゛―――だと。

 ルイズとしては家族に真実を教えて巻き込むわけにもいかず、やむを得ず魔理沙の方にはぶっつけ本番のフェイクを入れることになってしまった。

 

―――人間の使い魔、ですって?……それに没落貴族何て…。

―――――ルイズ、変な出自の者と関わるなとお母様に何度も言われたでしょう?

 

 人間の使い魔と聞いてエレオノールは目を丸くしたものの、魔理沙のフェイクに釣られてそちらの方に気を取られてしまった。

 名家であるヴァリエール家の三女ともあろうものが…出自の分からぬ没落者と親しいどころか、共にいるなんて下手すればスキャンダルのネタとなる。

 それを指摘している姉の言葉に、次はどう言おうかと困惑していたルイズへ黒白の魔法使いが助け船を出してくれた。

 

―――いやぁ、実はちょっとした事情で二人が危ないところを手助けしてな、お礼として居候させてもらってるんだよ。…だろ?

―――――…まぁ、そう調子づかれて言われるのは悔しいけど、事実は事実ね

 

 ルイズの意図を察した魔理沙はルイズのフェイクに見事乗っかり、霊夢もそれに便乗して頷く。

 巫女の言うとおりあの森でキメラから助けてくれたのは事実なので、嘘じゃないと言えば嘘じゃないのである。

 

 

 

 そうこうして誤魔化そうとしている内に、部屋に置いてきたままにしてしまったアンリエッタがやってきてくれた。

 流石のエレオノールも姫殿下の前では流石に頭を下げた後、立ち話もなんだと言われ……今に至る。

(ど、どうしよう…?姫さまはもう慣れてるからいいとして、姉さまは…)

 この中でただ一人エレオノールの事を知っているルイズは、ソファに座る彼女が姿勢を正すだけでも失神しそうになる。

 だが肝心の姉はそんな声など耳に入っていないかのように、姫様との会話を続けている。

「まぁそうだったのですか!…わざわざヴァリエール公爵から様子を見に行ってほしいと…」

「はい。無論私も報せを聞いて、このように無礼を承知して妹の様子を見に来た次第であります」

 アンリエッタに進められて向かい側のソファに腰を下ろしたエレオノールは、ここへ来た理由を話していた。

 ルイズたちが襲われたその日の深夜に、ヴァリエール家に向けて竜騎士が伝令の為に飛んだ。

 あっという間にヴァリエール家へとたどり着き、竜騎士から報せを聞いたヴァリエール公爵はあわや失神しかけたのだという。

 それを執事や公爵夫人が何とか支えつつも、公爵は伝令の騎士にアカデミーにいるエレオノールへ見舞いに行くよう伝えた。

 夜を徹してアカデミーへと飛んだ騎士は、何事かと寝床から出てきたエレオノールに…こう伝えたのだという。

 

 

「ヴァリエール家末女のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様が昨晩、旧市街地で何者かに襲われ怪我を負い…現在王宮で治療中とのことです!」

 

 

「……で、血相変えて王宮へ来たのは良いのですが…」

 エレオノールはそう言って振り返り、すぐ後ろで待機しているルイズを見やる。

 それに反応して元々硬かったルイズの姿勢が更に硬くなり、まるでくるみ割り人形の様にかしこまってしまう。

「ま、まぁ…伝達ミス…ですよ…。よくある事です、よね?…ハ、アハハ…」

 恥ずかしそうに両手で胸を押さえつつも、アンリエッタは我が身の事の様に恥かしげな笑顔を見せる。

 大方騎士の方が慌てていて伝令の内容を一部省いてしまった結果なのだろう。

 とすれば今回の事は王宮側のミスであるのだが、それを察したかのようなエレオノールはアンリエッタの方に向き直り、口を開く。

「いえいえ、大切な妹が無傷であったというのなら。故郷にいる家族も胸をなで下ろせます」

 笑顔を浮かべてそう言ったエレオノールであったが、そんな彼女の言葉に続くようにして、後ろから声が聞こえてきた。

 

 

「残念ね。怪我人ならここに一人いるわよ?」

 

 刺々しい声の主は、一人エレオノールに不機嫌な意思を露わにして立っていた霊夢であった。

 腕を組んで仁王立ちという姿勢でルイズの姉を睨み付けるその体からは、博麗の巫女としての威圧感を漂わせている。

 霊夢の声を聞いてビクッと体を震わせたルイズは物凄い勢いで振り返ると、早歩きでの彼女の元へと駆けよる。

 そして腕を組んでいたその両肩を掴むと、この世の終わりが来たかのような表情で詰め寄ってきた。

「ちょっ…あ、アンタ!?エレオノール姉さまになんて口のきき方を…!」

「えっ?な、なによっ…?…ワタシ何か悪いことでも言ったのかしら?」

 一方の霊夢は悪気が無いかのような表情でそう言ってのけるのを聞いてから、ルイズは姉の方へと頭を向ける。

 エレオノールはこちらに後頭部を向けていて表情は窺い知れないものの、それが余計に恐怖を煽りたてる。

 

 しかし彼女の予想に反して、姉の反応は思った以上に淡泊過ぎた。

「あら。そうだったのね?悪かったわ」

 

「……え?…あの……姉、さま?」

 振り向くことは無かったが、穏やかな声で訂正の言葉を述べてから、スクッと腰を上げた。

 あの姉とは思えぬ態度と言葉にルイズは表情が自然と引き攣ったものへと変わり、得体の知れぬ恐怖に身を震わせる。

 一方霊夢と魔理沙、それにデルフもルイズの様子に何か嫌ものを感じたのか、怪訝な表情を浮かべた霊夢がその口を開く。

「何よ?アンタのお姉さんって、キザな奴かと思えば案がい……ムゥッ!」

 しかしその言葉を言い終える前にルイズが付きだした右手で口を塞がれ、思わずその目を見開く。

 自分の口を塞いだルイズの顔には、何かに怯える恐怖の色がこれでもかとにじみ出ている。

 流石の霊夢もこれには何かあると察して喋るのを止め、魔理沙とデルフもそれに倣って暫く黙っている事にした。

 

 一方のアンリエッタは、腰を上げたエレオノールを前に何かを思いついたのか、ふとこんな事を口に出す。

「あの…もし時間に余裕があるようでしたなら、本日の朝食はここで食べていかれませんか?」

 その言葉に霊夢の方を向いていたルイズの顔が驚愕と共に再び姉たちの方へ向けられる。

 姫殿下からの提案にエレオノールはわざとらしく驚いた表情を浮かべ、ついで「よろしいのですか?」と訊ねる。

「えぇ。遥々アカデミーから来られたのですから、久しぶりに姉妹水入らずの食事でも楽しんで頂けたらどうかと思って…」

「あの…えっと…姫さま…」

「有難うございます。ルイズとは入学以来長期休暇の時にしか会えなくなってしまったものですから!」

 蚊の羽音の様な掠れた声でアンリエッタに話しかけようとしたルイズはしかし、姉の快活な声に妨害されてしまう。

 エレオノールの返事を聞いて良しと判断したアンリエッタは、最後にルイズの方へと顔を向ける。

 

「じゃあルイズ、二十分後に朝食の準備に入るよう厨房の者に言いつけておきますね」

 笑顔を浮かべたアンリエッタにそう言われた彼女は、思わず「は、はい…」と頷いてしまう。

 幼馴染の反応を見て満足したのか、一人納得しつつ席を立ったアンリエッタは部屋の出入り口へと向かう。

 それを見計らったかのように部屋の外にいた護衛の魔法衛士隊員がドアを開けて、主が出てくるのを待っていた。

 部屋の外まであと一歩のところで立ち止まると後ろを振り返り、腰を上げたエレオノールとルイズに軽く一礼する。

 それに続いてヴァリエール家の二人がすかさず頭を下げたのを確認して、彼女は霊夢と魔理沙の二人に視線を移す。

「それでは…しばらく暇な生活が続くかもしれませぬが。何かあれば給士を通してお申し付け下さいね」

 白百合の様な美しく清楚な笑顔でそう言われた魔理沙はおぉっ!と片手を上げて応え、ルイズに掴みかかられている霊夢も軽く右手を上げた。

 二人の返答を確認したアンリエッタがもう一度軽く頭を下げた後に、ようやく護衛を伴って退室した。

 

 最後尾にいた衛士隊員がついでのようにドアを閉めると、部屋の中が静寂に包まれる。

 誰も何も言わず、されとて口を開こうともしないので、部屋の中は一気に息苦しい場所へと変わりつつあった。

 そんな時であった…、早朝から王宮を訪問してきたエレオノールが行動を起こしたのは。

 腰を上げていた彼女はルイズたちにその顔を見せる事なく、急に出入り口の方へと歩き出した。

 

 

「……?…あの、エレオノール姉さま…お手洗い…ですか?」

 ドアの閉まったとそこで足を止めた姉に、この空気の中で喋りたかったルイズはふと話しかける。

 霊夢と魔理沙も彼女の後姿を追い、一体どこへ行くのだろうかと思った……その直後。

 

 

――――――カチン、という音と共に部屋のドアノブに付いた内鍵が掛けられたのは。

 

 

『「「「―――――…えっ?」」」』

 三人と一本は、奇跡とも呼べる反応で殆ど同じリアクションをして見せる。

 しかしそんな彼女たちを余所に全く顔色が伺えないルイズの姉は更にもう一つの内鍵であるドアガードも立たせてしまう。

 ドアの上部についているそれを立たせることで二つの内鍵が掛かり、事実上この部屋は密室と化した。

 いまエレオノールを除く三人が王宮の廊下へ出るためには、彼女をどかして二つの内鍵を何とかして開けるほかない。

 しかし今のルイズにはそれを行えるほどの度胸もなく、霊夢たちもまた嫌な何かを感じて動けずにいた。

 そんな三人を無視するかのように、鍵をかけたエレオノール本人は何も言わずただじっと佇んで自らの背中を見せつけている。

 

「えっと、その――姉、さ「ちび。この、ちび…!」――――…っえ?」

 何かしゃべらなければいけない。そう思ったルイズはしかし、直後に自らの選択が間違っていたと知らされた。

 

「………ちび。こ……こ、こっこっこの、ち、ちび…ちびルイズが…っ!」

 

 自分の言葉を遮るかのように、今までうってかわって吃音が激しくも、ドスのきいた姉の声が部屋の中に響き渡る。

 その声に喋ろうとしたルイズは無意識に体が跳ね、ついで生まれたての仔鹿の様にブルブルと体が震えだす。

 ルイズが跳ねたおかげで彼女の手から解放された霊夢も、豹変したかのようなエレオノールの声に思わずその場で軽く身構えてしまう。

「な、なんだ……ちびルイズって、おいおい…」

 魔理沙は状況がいまいち理解できず、ルイズの姉の口から出た゛ちびルイズ゛という言葉に驚いていた。

 先ほどまで自分の妹に対して、あんなに柔らかかった女性の口から出ない言葉だと認識しているのだろう。

 そして気づいてもいない。魔理沙が思い込んでるエレオノールという人間のイメージそのものが、大間違いであるということに…。

 

「アカデミーでの研究が忙しい私どころか、ラ・ヴァリエールにいるお父様とお母様にまで心配を掛けさせて…!」

 

 一人静かに、怒気を孕んだ言葉を口から紡ぎだしながら平らな胸のところまで持ち上げて右手の拳を握りしめる。

 ギリリ…!という音が響くと同時にルイズの口からヒゥッ…!と小さな悲鳴が漏れ、自然と後ずさってしまう。

 流石の魔理沙も本能的な危機を感じたのか、先ほどから喋らなくなったデルフを両手で抱え、部屋の隅っこへと逃げ始める。

 霊夢はその場で身構えたまま動けずにいたせいか、他の二人と比べてエレオノールとの距離が近い位置にいた。

 そして彼女は予想していなかった。エレオノールという人間が、ルイズよりも数段恐ろしい存在だという事を。

 

「挙句の果てに、姫殿下との話に割り込んでくる性質の悪い使い魔を召喚したうえに、没落貴族もどきと友達になるなんて…!!」

 

 その言葉を言い終えた後に勢いよく振り返ったエレオノールの顔を見て、三人は思わずその身を竦ませた。

 アンリエッタと話していた最中…どころか、霊夢と魔理沙に廊下で遭遇した時とも違う鬼のように目を吊り上げた厳しい表情。

 スマートで細い体のドコから出てくるのか分からない程の怒りが魔力となって動かしているのか、眩しいブロンドヘアーが風も無く揺らめく。

 その姿はまさしく、ヴァリエール家三女のルイズが知る長女エレオノールが割りと本気で怒った時の状態であった。

 

 

「…ッ!?ひ、ひぇ…ッ!!」

 激怒した姉に睨まれたルイズは蛇に睨まれた蛙のごとくその場で固まり、悲鳴を上げる事しかできない。

「ま、まぁまぁ…こんな所なんだし、姉妹で仲良くやろうぜ?なっ…?な?」

 魔理沙はそんなルイズを見ながらどうかこの姉妹の騒動に巻き込まれないようにとデルフを抱えたまま部屋の隅っこで苦笑いをしている。

 巻き込まれる事は無いと心の中で思いつつも、万が一の事を考慮してか自然と小声になってしまっていた。

(……あぁ。…あの顔、どこかで似たようなのを見たことがあると思ったら…やっぱりルイズの姉なのね)

 一方、ヴァリエール家の姉妹喧嘩に一番巻き込まれる危険性のある霊夢は、暢気にもそんな事を考えていた。

 

 

 先程の吃音や怒った時の顔といい、成り行きで盗賊を捕まえてしまった時の事を思い出してしまう。

 あの時、フーケを難なく気絶させた後で人質にされていたルイズも、エレオノールと同じような怒り方をしていた。

 怒った時に出る吃音癖なんて珍しいと後になって思っていたが、どうやら姉譲りの癖だったらしい。

(まぁ、今はそんな事考えるよりも…二人の喧嘩に巻き込まれないようにしないと…)

 

 その時であった、今まで仁王立ちしていたエレオノールがその右足を前へ動かしたのは。

 動作、足音ともに普通のなのだがそれすら恐ろしいのか、ルイズの体が更に後ろへ後ずさろうとしている。

 しかし妹の後退よりも姉の前進は早く、丁度彼女にぶつかりそうだった霊夢は「おわ…っ!?」と声を上げて壁に身を寄せた。

 ツカツカツカ…とハイヒールがカーペット越しの床を踏む音と共にルイズの傍へとやってきたエレオノールは、彼女の歩を思いっきりつねりあげた。

「いだい!やん!あう!ふにゃ!じゃ!ふぁいだ!」

 あのルイズが何の文句も言えずに、姉のされるがままという光景に霊夢と魔理沙はただただ目を丸くして見つめている。

 高慢で気が強く、時には二人をその場の勢いで気絶させた事もあった彼女は、涙をホロリとながして折檻に耐えていた。

「ちびルイズ!貴女は一体学院で何を学んできたというのよッ!?」

「あびぃ~~~、ずいばぜん~~~、あでざばずいばぜん~~~~…!」

 

「あ、あれだな?一種の愛情…ってやつだよな?」

『だな。叱咤も折檻も愛情の裏返し…ってヤツだ』

 魔理沙とデルフがそんな会話をひそひそとし始めた中で、霊夢は一人呟いた。

「上には上がいるっていう言葉を作ったヤツは、きっとあぁいうのを見て思いついたんだろうねぇ…」

 

 

 

 朝食の時間が終わり、生徒たちが各々の自室へと戻っていくトリステイン魔法学院の朝の風景。

 街から遠く離れているのだが、騒ぎの概要を耳にしたせいか危機感を抱いている生徒は少なくない。

 その影響か今日の授業は全て中止となり、教師たちは朝食後に全員集合して重要会議を開いている最中である。

 盗み聞きしたという生徒の話では、夏季休暇を前倒しして生徒たちを全員帰宅させた方が良いという意見も出ているのだとか。

 

 更に生徒たちを動揺させ理由の一つに、王宮から魔法衛士隊の一個中隊が魔法学院警護の為にやってきたというのもある。

 これは昨晩王宮へ参内したオールド・オスマン学院長が、魔法学院で起きた怪事件を話したことが原因であった。

 トリステイン王国の明日を担う貴族子弟たちがいる場所である故か、魔法学院がちょっとした軍事拠点になろうとしていた。

 一男子生徒たちは学院のあちこちにいる魔法衛士隊員に興奮やまぬ様子で、中には隊員の一人にサインをせがむ者もいた。

 

 

 

 

 そんなこんなで魔法学院にも不穏な空気が混ざりつつあったが、生徒たちの間では一つの話題が生まれていた。

「ねぇ聞いた?今回の騒動…あの゛ゼロ゛のルイズと使い魔が関わってるんだって」

「使い魔って…あの変な紅白の服着て、見たことない魔法でミスタ・グラモンを倒してのけたっていう黒髪の少女…?」

 この学院で学んでいる少年少女たちは、はやくも昨日の騒ぎを騒ぎを起こしたルイズたちの事を噂し合っているのだ。

 

 朝食の前にこの学院の生徒が巻き込まれた、という話を聞いた当初は動揺していたが巻き込まれた生徒の名を聞いて皆が納得していた。

「あぁ、あの゛ゼロ゛のルイズか…。まぁ最近、使い魔の紅白と怪しい黒白含めて騒がしかったからな」

「何か揉め事起こすような気がすると、前々から思ってたんだよなぁ…」

 良くも悪くも召喚してから話題になっていた霊夢と、急に現れた魔理沙の事も生徒たちの話の中に混じっている。

 この魔法学院では異分子とも言える自由奔走過ぎる二人の性格と名前は、生徒たちの間で瞬く間に知られていた。

 

 そんな風にして、陰でひそひそと悪口を言われている霊夢と魔理沙が居候しているルイズの部屋。

 昨晩のうちに三人分の荷物とデルフを持ち出され、寂しくなったそこにキュルケとタバサが侵入していた。

 

 

「うぅ~ん…やっぱりダメねぇ!粗方向こうに持ってかれてるわ…」

 クローゼットに顔を突っ込んでいるキュルケは、本棚の方を調べている相棒のタバサに聞かせるように愚痴を漏らす。

 ルイズのそれよりサイズが大きい黒のプリッツスカートに隠された尻を振りながら、クローゼットの中を物色している。

 彼女の褐色肌の手は、中に仕舞ってあるルイズのドレスや外出用の高い服を掻き分けて、何かを必死に探していた。

 対してタバサはというと…右手に杖を持ったまま自分の身長より高い本棚を、感情が見て取れない碧眼で見つめている。

 

「タバサぁ~!…何かそっちの方は目ぼしいものとかあったかしら?」

 クローゼットに上半身まで突っ込みかねないキュルケにそう聞かれると、タバサは右手の杖を軽く振った。

 自分の耳にかろうじて聞こえる程度の声で呪文を詠唱していたおかげか、小さな風が吹いて本棚から一冊の本が飛び出す。

 その本は風に巻かれて宙に舞い、風に絡まれてタバサの手の中へとゆっくり落ちていく。

 胸の前に差し出した両手の上にやや小ぶりな、それでいてしっかりと重みのあるハードカバーの本が着地する。

 ルイズの性格なのか、上段にささっていたのにも関わらず埃はそれほどついておらず、手入れも行き届いていた。

 僅かに被っていた埃をフッと息で吹き飛ばし、上から下まで表紙に目を通したの後、彼女はポツリと呟く。

「……あった」

「そうよねぇ…まったく、せめて面白そうなモノ一つくら……って、えぇ!ウソでしょぉ!?」

 友人の言葉に若干反応が遅れたキュルケは勢いよく顔をクローゼットから出すと、タバサの方へと走り寄る。

 燃えるような赤く長い髪を揺らし、自分の頭より若干小さい胸を揺らして近づいてくるその姿にタバサは僅かに慌てつつもその場から右に動く。

 その空いたスペースにキュルケがやってくると、彼女の方を見上げて手にした本の表紙を口にした。

 

「……゛烈風伝説゛」

「―――――――は?」

 タバサの口から出た本のタイトルを聞いたキュルケは、二秒ほど硬直した後にそんな声しか出せなかった。 

 ふと視線を落として友人の持っている本の表紙を見てみると、マンティコアに跨った騎士の絵がデカデカと描かれている。

 その絵の上に先ほどタバサが口にしたタイトルが書かれており、自分の記憶が正しければ実在した騎士が主人公のノンフィクションもののお話だったはずだ。

 友人の視線が表紙の方に向いていると気づいたのか、タバサはいつもの無表情さで聞いてもいない本の説明を始める。

「三十年前に実在していたというマンティコア隊隊長の活躍を綴ったノンフィクションもので、今でも騎士たちの間で絶賛されてる人気作…」

「それぐらい知ってるわよ。第一、そんなトリステインのお国自慢の本なんて今でも重版されてるでしょうに?」

 長ったらしくなりそうだった説明を途中で斬り捨てたキュルケがそういうと、タバサは「違う」と短すぎる返事をした。

 

 

「これは二十五年前に出た初版で。今はもう絶版してる、コレクター落涙ものの一品」

「……え?あ、あぁ…そう、そうなの…」

 駄目だ、ついていけない。タバサの言葉を聞いてそう判断したキュルケは、この部屋へ来た目的を少し忘れそうになりつつもほぉ…と溜め息をつく。

 その時であった。ドアを開ける音と共に、耳に入っただけで誰か分かる知り合いの声が聞こえてきたのは。

 

 

「ちょっとアンタたち…。何勝手にルイズの部屋に入ってんのよ?」

 レアな本と出会いを果たしたタバサと、そんな彼女に呆れつつあったキュルケが何かと思い部屋の入口へと視線を移す。

 そこにいたのは、ドアを少し開けて顔だけを部屋に入れた゛香水゛の二つ名を持つ生徒…モンモランシーであった。

 本人いわくチャームポイントであるブロンド巻き毛の左半分をルイズの部屋に入れて、呆れた表情で二人を見つめている。

「何か騒がしいなぁと思ってドアノブを捻ってみたら…。…ったく、これだからゲルマニアの貴族ってイヤなのよ…」

「あらあら?それはごめんあそばせ。…で、何か用でもあるのかしら?」

 ジト目で睨んでくるモンモランシーに軽く返すと同時に、キュルケは彼女に話しかけてみた。

 それに対して「それはこっちのセリフよ!」と、若干怒り気味の返事をよこしたモンモランシーの巻き毛が逆立っていく。

 しかし、キュルケ相手に怒っても仕方ないのかと感じたのか…大きなため息ついてから「まぁわからなくもないわね…」と言ってから言葉を続ける。

「アンタたちが今のルイズの部屋に入って探してるモノなんて、大体想像がつくわよ」

 巻き毛が元に戻ったモンモランシーの口から出たその言葉に、キュルケはあらあら…と意味深な笑みを口元に浮かべる。

 その笑みに何かイヤな気配を感じたのか、モンモランシーの口から関わり合いになりたくない…という言葉が出ようとした時だった…

 

「何だ何だ?もしかして君たちも、ルイズの使い魔やあの居候の事を調べてるのかね?」

 

 モンモランシーの背後から、これまたキュルケとタバサが聞いたことのある男子生徒の声が聞こえてきた。

 青年合唱団にでも入れそうな程であるが、やや自己性愛な性格の持ち主だと想像できるナルシスト気味な少年の声。

 耳にした二人は突然の事に目を丸くしつつも、モンモランシーはというと慌てて後ろを振り向き「ば、馬鹿!余計な事に首突っ込まないでよッ!?」と注意する。

 先程の声と彼女の様子で、後ろに誰がいるのかわかってしまったキュルケは怪しげな笑みを浮かべて、部屋の入口へと歩き始める。

 モンモランシーは近づいてくる同級生に気づいていない様子で、背後にいる男子生徒をその場から排除しようと奮闘していた。

「もう…っ!さっさと私の部屋へ行って……って、あ!」

 何やら部屋に入ってこようとした誰かを押し出そうとしたところで、キュルケは半開きになっていたドアを開け放つ。

 そしてその先にいたのは、ブロンドのショートヘアーに特注らしいキザっぽい制服を着たギーシュがいた。

 

「おはようギーシュ・ド・グラモン。朝っぱらから彼女とやいのやいのと揉め合ってて楽しそうねぇ?」

 からかうようなキュルケの言葉にギーシュは恥ずかしそうな笑みを顔に浮かべ、モンモランシーは何かを諦めたかのように頭を抱える。

 微笑みをその顔に浮かべる自分のすぐ傍に、本を棚に戻したタバサがやってくるのを確認してから、またもやギーシュに話しかけた。

「……さ・て・と♪あの二人―――――レイムとマリサについて何か知ってそうな感じねぇ?良ければ、この私にご教授してくれませんこと?」

 

 

 モンモランシーの部屋は、一見すれば実験室かと疑ってしまうほどのアイテムが至る所に置かれている。

 ポーションを作る際に用いる調合用の薬品が並べられている棚や、フラスコなどの実験器具が入れられている箪笥。

 そして極めつけには今まで作ってきたであろうポーションの調合レシピが記されたメモ用紙が数十枚ほど出入り口から見て右側の壁にベタベタと貼り付けられている。

 ルイズやキュルケ。タバサとはまた違う異様な内装の部屋だが、主であるモンモランシーは特に気にしていないようだ。

 

 そんな部屋の中で、キュルケとタバサ。そしてモンモランシーとギーシュという四人のメンバーでお茶会を開いていた。

 授業が中止となって暇をもてあそんでいるのだろう。他の部屋にいる生徒たちの何人かが似たような事をしている。

 元々はギーシュと二人きりで楽しむはずだったのだが、彼が余計なことに首を突っ込んでしまったが為に、今はこうしてキュルケ達もお招きしていた。

 彼女たち二人も暇だったので、まんざらではなかった様子だが。むしろだけの理由でルイズの部屋を荒らしている理由にはならないだろう。

 

 そして紅茶を四人分淹れ終え、茶菓子の入った箱を開けたところでようやくキュルケは喋ってくれた。

 昨日の夜に自分とルイズたちが学院にいなかった事と、ルイズたちが何故王宮で匿われているのかというその理由を。

 

「―――…なるほど。アンタたちが校則を犯してまで、ルイズの部屋に侵入した理由が何となくわかったわ」

 話をは聞き終えたモンモランシーは、そう言いながら右手に持っていたティーカップをソーサーの上に置き、ふぅ…と一息ついた。

 隣に座るギーシュもわかっているのかいないのか、「なるほど…」と一人呟きながら自分の杖を弄っている。

 一方のタバサはずっと俯いたままげっ歯類の様にお茶請けのクッキーを忙しそうに食べている。

「信じられないかもしれませんけど、それが私の体験した出来事の全てですわ」

 キュルケはそう言って残っていた紅茶を飲むとホッと一息つき、カップをソーサーの上に置く。

 

 時計の音と閉じた窓の向こうから聞こえる鳥たちの囀りだけが響き渡る部屋の中は、ほんの一瞬だけ沈黙に包まれる。

 このままでは空気が重くなると感じたのか、意外にも杖を弄っていただけのギーシュが声を上げた。

「しかし、そう言われてもねぇ…?あのレイムと、彼女のそっくりさんが戦っていたから、と言われても…はいそうですかとカンタンに頷けるわけないだろ?」

 彼の言う事も最もであろう。ましてや、その話を語ってくれたのが魔法学院でも随一の目立ちたがり屋であるキュルケだ。

 それにどんなにリアルな証言を語ろうにも、証拠となるモノが無ければ誰が話してもそれが実話だと信じきれないだろう。

 だが、そこまで言った時であった。何かを思い出したかのように、ハッとした表情を浮かべたギーシュがブツブツと一人呟きだす。

「いや、まてよ……他人そっくりの……生き写しの様な………」

「ちょっとちょっと?何よ、何々…?アンタ、まさか心当たりでもあるワケ?」

 

 唐突に変わったギーシュの様子に、やや食い気味になったキュルケが身を乗り出して彼の傍に寄る。

 それに反応して「ちょっと…!?」とモンモランシーが怒りつつも、一応彼氏である男の言葉に耳を傾けていた。

 一方のタバサもお茶飲みつつ目だけをギーシュの方へ動かし、彼の次の言葉を待っている。

 

「思い出したぞ…゛スキルニル゛だ」

 ようやく思い出した彼の口から出たその名前に、キュルケとモンモランシーは思わず首をかしげてしまう。

 その二人を見てギーシュはもったいぶるかのような咳払いをしてから、゛スキルニル゛についての説明を始めた。

 

 

 ゛スキルニル゛とは…古代ハルケギニアで作られたマジックアイテムの一つであり、見た目はただの人形である。

 人間の血を与えることによって、人形がその人間とほぼ寸分違わぬ姿に変身するのだという。

 単に変身するだけではなく、性格や仕草にこまかい癖、そして元となった人間が体得した技術まで真似するのだという。

 古代の王たちはこのスキルニルを大量に用いて兵士の人形を作り、文字通りの戦争ごっこに興じたという話まで残されている。

 

 

「人間そっくりに変身できる人形で戦争ごっこなんて、古代の王様たちは随分と良い趣味してらしたのね?」

 ギーシュからの説明を一通り聞き終えたキュルケはそう言って、紅茶をゆっくりと啜っていく。

 それに同意するかのようにモンモランシーも軽頷き、タバサは全く表情を変えないまま紅茶の無くなったカップを持ち続けている。

「少なくとも…僕が思いつくのはそれだけなんだが…。ただ、゛スキルニル゛そのものは入手経路が限られてるんだよ」

 話し終えて紅茶を飲んでいたギーシュは次にそんな事を言いつつ、またもや説明を再開する。

 まず゛スキルニル゛自体は市場などに出回ることはなく、普通は各国の王宮やトリステインのアカデミーの様な厳重な施設で保管されているのだという。

 稀にハルケギニア各地で発掘される古代遺跡や古い墓から出土してくる事があり、墓荒らしに盗られる事もあるのだとか…。

 無論平民はおろか並みの貴族には゛スキルニル゛の所持は許されておらず、発覚した場合には各国ごとに厳しい処罰が用意されている。

 

「まぁ、モノがモノだからね。そりゃ悪用されたら厄介な事件に発展する可能性だってあるんだぜ?」

「ハイハイ、貴方のウンチクはもう充分よ。つまるところ、私は見たらいけないモノに遭遇した…ってワケね?」

 キュルケのその言葉に、今まで黙っていたモンモランシーが「どういう意味よソレ?」と聞いてくる。

 彼女の質問にはすぐに答えず、カップに残っていた冷めた紅茶を飲み干したキュルケはふぅ、と一息ついてから喋り出す。

 

「昨日見たあの紅白の偽モノさんがスキルニルであれ何であれ、

 貴族平民問わず安易に関わるべき事じゃない、…ということよ。

  特に私の様な一学生が、興味や好奇心で首を突っ込むのも…ね?」

 

 最後に軽いウインクをして喋り終えたところで、タバサを除く二人の顔色が変わった。

 ギーシュは迂闊な事を口走ってしまったと思っているのか、気まずそうな表情を浮かべて腕を組んでいる。

 モンモランシーはというと口を小さく開けたままポカンとしていたが、ふと何か思いついたかのような表情になった。

「ま、まぁ…貴女の言う事が本当だとしてよ。何であのヴァリエールと怪しい二人が、そんなのに襲われるのよ…?」

 自身を椅子の背もたれに預けて寛いでいるキュルケを指さしながら、モンモランシーは質問をぶつけてくる。

 

 しかし…部屋の主からの質疑に対し、応答した相手はキュルケではなかった。

「――――…もしかすれば、ルイズの傍にいるその゛二人゛が原因かもしれないねぇ…」

 モンモランシーの隣に座るギーシュが腕を組んだ姿勢のまま、天井を見上げながら一人喋った。

 一応彼氏である男の言葉にモンモランシーははぁ?と言いたげなのに対し、キュルケの顔にはまたも嬉しそうな表情が浮かび上がる。

 いつの間にかカップをソーサーに置いていたタバサも顔を上げて、目の前にいるギーシュをじっと見つめていた。

 三人もの女子生徒に見つめられて思わず顔が赤くなりかけた彼であったが、モンモランシーが目の前にいることに気付いてひとまずは咳払いをする。

 まるで気を直すかのようなその動作をを、三人の顔を見回してからギーシュは喋り始めた。

 

「―――OK。とりあえず言いたいことはあの二人…つまりミス・レイムとミス・マリサの事だ。

 三人ともわかってるとは思うけど、ルイズの部屋にいる彼女たちは何かが僕たちとは゛違う゛。

 無論見た目は人間であるし、食べるものだって同じだ。けれど…僕らと違うのはそこじゃない。

 まず最初の違いに気付いたのは。…恥ずかしい事だが、ミス・レイムとヴェストリの広場で決闘した時の事だ」

 

 ひとまずそこまで言ったところで一息つくように紅茶を一口飲み、話を続けていく。

「あの時僕…いや、僕たちが見たのは彼女が瞬間移動したことと、見たことのない魔法で僕のワルキューレを撃破したことだ」

 そうだろ?三人の同意を求めるかのような彼の言葉にキュルケとタバサは頷いたが、モンモランシーだけは首をかしげた。

 あの時…一年生のケティとギーシュをぶちのめし、夕食の為に部屋へ降りてギーシュと再会するまで、ずっと自室にいたのである。

 だからヴェストリの広場で決闘していた事は知っていたが、その詳細までは知らなかったのだ。

「何よソレ?そんなのアタシ初耳なんだけど?」

 三人の顔を見比べながら怪訝な表情を浮かべる彼女に、ギーシュが決闘の様子を軽く説明する。

 ついでに、負けたあたりのところをキュルケが補完してくれた為、モンモランシーはあの日のギーシュが妙に慌てていた理由が今になって分かった。

「だっさいわねぇ貴方。あんな見ず知らずの子に決闘吹っかけて負けて脅されて、恥ずかしくないの?」

「いやいやモンモランシー!彼女のあの怖い笑顔を見たらそりゃ、いくら僕でもそうせざるを得なかったんだって!第一あれは彼女の方から…」

「はいはい、カップル同士のイザコザはそこまでにして頂戴。今話したいことはそこじゃないでしょ?」

 

 思わず喧嘩になりそうだった二人を仲裁しつつ、キュルケは話を続けるようギーシュに促す。

 とりあえず一旦言い争いを止めたギーシュはもう一度咳払いしつつ、説明を再開する。

 

「え~っと、まぁそれから二日ほどしてからかな、僕は彼女が何者なのか気になったんだ。

 勿論好意的な意味ではなくて…僕のワルキューレを撃破したあの魔法や瞬間移動が何なのか…という事だ。

 ひとまず図書室で調べてみたけど、少なくとも僕の調べた範囲では該当する魔法は無かった。

 ……いや、今になって思い始めてる。あれは本当に僕たちの知る゛魔法゛だったのか?…と」

 

 ギーシュがそこまで喋ると、モンモランシーが横槍を入れるかのような言葉を投げかける。

「゛風゛系統の魔法とかじゃないのかしら。ほら?召喚の儀式のときに空だって軽々と飛んで見せ……あ」

 喋り終える前に、彼女は自分の言った言葉の中にある矛盾に気づいた。

 それを察したギーシュはモンモランシーに軽く頷いてから再び説明を続ける。

 

「――そう、彼女が初めて僕たちの前で空を飛んだ時に、

 瞬間移動をして僕の背中を蹴った時も、攻撃した時にも…杖を持っていなかった。

 僕たちメイジと杖は、使い魔以上に一心同体の存在であり、なくてはならない存在だ。

 杖を失くしたり壊れたりすれば魔法が使えず、文字通りただの人間になってしまう。

 しかしミス・レイムは、杖を使わず未知の攻撃を仕掛けてきた。これが意味する事は何か?

 即ち、彼女が僕たちの゛既知の範囲外の存在゛だという事なんじゃないかな?比喩でもなんでもなく…」

 

 

 そこで話は終わりなのか、ほぉ…と溜め息をついたギーシュは楽な姿勢になって口を閉ざす。

 暫しの間静寂が部屋の中を支配したが、彼に続くようにモンモランシーが口を開いた。

「せ、先住魔法とかはどうなのよ?あれって確か、杖を使わずに―――」

「先住魔法は私達の魔法以上に長ったらしい詠唱が必要なうえに、普通の人間には扱えないそうよ?」

 常識的な結論を導き出そうとする彼女に対し、腕を組んで黙っていたキュルケが退路を断つかのように否定する。

 あくまで教科書レベルの知識であったが、先住魔法を使うのはエルフたちの様な亜人だけ…というのはこの世界の常識だ。

 もはや何も言えなくなってしまったモンモランシーに代わり、ギーシュがまたも喋り出す。

 

「…ミス・マリサも怪しいと言えば怪しいな。何よりも、あの箒で空を飛ぶという事。

 みんなは「そういうマジックアイテムもあるんだろ?」と言ってるが、何でワザワザあんなモノを使って飛ぶんだろうか?」

 

 そこまで言ったところで右手を上げたキュルケがギーシュの口を止め、代わりに彼女が喋る。

 

「それと気になることがもう一つ。彼女がハルケギニアでの基本的な知識の大半を、知らないという事よ?

 例え流浪の身であっても、あの年の娘なら私達と同じような教育をされてるはずじゃない。

 ところが彼女、少なくとも一般的な社会常識は身に着けてるようだけど…多分、『ここの魔法』系統の知識はまだからっきしよ」

 

 一部の言葉を強調したキュルケに、モンモランシーが「どういう事なのよ?」と聞いてきた。

 本日何回目かになる彼女からの質問に、キュルケは落ち着いた様子で話し始める。

 

「あの黒白、以前授業中に使い魔たちに混じってメモを書いてたのよ。

 確か授業の科目は土で…一年で覚えた゛土゛系統『錬金』の説明と、

 人の代わりに軽作業を行えるゴーレムをいかにして作り出すか…だった…かしらねぇ?

 ともかく、黒白は先生の言葉と授業内容を聞き逃すまいと楽しそうにメモしてたわ。

 まるで『異国』から人間が、現地の人々からの面白い話を聞いてメモするかのように…ね?」

 

「僕の様な゛土゛系統専門のメイジはおろか、学院にいる生徒なら充分熟知してた内容だったね」

 キュルケの説明に補足するかのように、ギーシュが一言入れる。

 同じ授業に出席していたタバサがそれに同意するかのように頷いたが、尚も食い下がるモンモランシーが「だったら…」と喋り始めた。

「だったら、何で誰もそれを指摘しないの?学院長は何か知ってそうだけど…どうして誰も気にしないのよ!?」

「そんなの決まってるんじゃない?――――『気にしない』んじゃなくて、『気にしようとしない』のよ、みんな」

 最後は声を荒げつつも言い終えたモンモランシーであったが、キュルケはその顔に笑みを浮かべたまま返事をした。

 自分の言葉にポカンとした彼女を見て軽く満足しつつ、キュルケは更に言葉を続けていく。

 

「確かにあの二人はここでは異質な存在よ。けれど、それ以上の事はしてこない…。

 つまり、私達の様に気付いた人間以外は、彼女たちが無害だから気にせずに『放置』しているのよ。

 紅白は召喚の儀式とギーシュとの決闘以来学院で目立った問題は起こしていないし、基本私達とは関わろうとしない。

 まぁ、ちょっとしたトラブルで私の頭を蹴ってきたことはあったけど…、その借りはいつか返すとするわ…」

 

 そこまで喋ってから一旦軽く息を吐いて吸いなおしたのちに、話を再開する。

 

「黒白は逆に、私たちの中に混じろうとしているわね。自らの異質さを表面に出しつつも、性格と口達者さで誰もそれに気付いてない。

 中には気づいている連中もいるとは思うけど、全体的に見れば私達を含めて少数だし、その少数が動くとは思えないわね。

 あの黒白は正直口が上手いし見た目もそれなりに良いから、一部の生徒たちは好意的だって聞いたこともある。

 それは彼女が自らの異質さで自分たちに危害を加えず、友好的なコミュニケーションとして使ってくれるからよ。

 もしもあの紅白みたいに召喚直後から問題起こしてくれれば、多少なりとも警戒はしていたでしょうけど…ね?」

 

 キュルケがそこまで言ったところで、今まで黙っていたタバサがポツリと呟いた。

「結局のところ、単に゛珍しい゛から誰も問題に触れず…『気にしようとしない』」

 

 

 これでわかったかしら?タバサの一言につけ加えるよう言った後に、キュルケの話は終わった。

 少なくともハルケギニアの常識の範囲内で結論づけようとしたモンモランシーも参ったのか、やや憔悴した顔で頷く。

「結論付ければ何?…つまりルイズや貴女達が襲われたのは、あの使い魔と同居人が怪しいからって事なのよね?」

「まぁ結論付けるには証拠が足りませんけど。可能性は無きにしも非ず…ってところね」

 明らかに厄介な事に気づいてしまったと言いたげな彼女を見て頷きながら、キュルケは茶請けのクッキーを口に入れて頬張っている。

 それを横目に見ながら、項垂れつつある彼女を励まそうとギーシュが優しい声で語りかける。

「まぁ途中で軽く話が逸れつつあったけど…大丈夫だよ、僕のモンモランシー。この僕がいる限り、何も怖い事なんかないさ」

 健気にも励ましてくれる彼に、モンモランシーは「気遣いは嬉しいけど、アンタは頼りないわねェ…」と言われている。

 相変わらずの二人にキュルケはふふっ…と軽く笑い、次いで思い出したかのように頼りないと言われた彼氏に話しかけた。

 

「そういえばギーシュ、貴方に聞きたいんだけど。あの時どうしてあんな言葉が出てきたのよ?」

「ん?何だい、僕が何か君たちの気に障るような事を言ったのかな?」

「いやぁ違うわよ。ホラ、私とタバサがルイズの部屋で二人の事を調べていた時に―――…あら?」

 その時であった、ふと部屋の外から甲高い警笛の音が聞こえてきたのは。

 

 ここ魔法学院では聞き慣れぬその音に四人が窓の方へと視線を向け、何事かと思い始める。

 警笛は一旦止まっては、また吹き続けるという事を何回も繰り返している。まるで何かを集めるかのように…。

 いや、実際に集めているのだ。今魔法学院に駐屯している魔法衛士隊の隊員たちを。

 

 警笛が鳴り始めてから数十秒が経ってから、ドアの向こう側が騒がしくなってきた。

 幾つものドアが開く音と共に何人かの生徒たちが廊下へ出て何処かへと走っていく。

 外では相変わらず警笛が鳴り続け、しまいには火竜に跨った魔法衛士隊隊員が一人窓を横切って飛んで行った。

 流石のキュルケもこれには驚いたのか目を丸くし、部屋の主であるモンモランシー「ちょっとぉ!次から次へと何なのよ!?」と叫んでいる。

 一方のタバサはスッと席を立って窓へと近寄ると、何のためらいもなく観音開きのそれを両手で開け放った。

「た、タバサ…ッ?」

「彼女は、一体何をするつもりで…!」

 友人の唐突な行動にキュルケは声を上げ、いつの間にか部屋の入口近くへと下がっていたギーシュもそれに続く。

 タバサはそれを気にせず窓から身を乗り出して左右の安全を確認してから、竜騎士が飛び立っていった方向へと顔を向ける。

 

 

 警笛が鳴り続ける魔法学院の敷地を、そろいのマントを来た魔法衛士隊の隊員たちが走っている。

 彼らは皆ある一定の場所へと向かっており、空を飛ぶ幻獣を使い魔として使役している者は一足先に急行していた。

 ふと真下から男の怒鳴り声が聞こえてきた為、何かと思い視線を真下へ動かすと、衛士隊の隊長格と思われる貴族が何かを指示している。

 

「庭園にて不審な男を発見した!第二、第三班はここに残って寮塔の警備にあたれッ!!」

 

 

 

 

 

「―――…全く、朝っぱらからこの私を怒らせないで頂戴よルイズ」

 ただでさえ今はイライラしているというのに。最後にそう付け加えて、エレオノールはフォークに刺したオレンジを口に入れた。

 デザートであるクレープの付け合せとして出てきた糖漬けの柑橘類は甘酸っぱく、クレープともマッチしている。

 それを租借し、飲み込むまでの動作は魔法学院の生徒たちと比べれば恐ろしい程に上品だな~と、ルイズは思っていた。

「……ルイズ、返事は?」

 一方で、紅茶の入ったカップを手に持ったまま返事もしない妹に、姉が再びその口を開く。

「ふぇっ?あ、は、ハイッ!エレオノール姉さま!…ンゥッ!」

 我に返り慌てて返事をした彼女はその勢いのに任せ、流れるような動作でカップの中身を口の中に入れていく。

 幸いな事に、中の紅茶がかなり温くなっていたようなのでコメディ劇の様なハプニングは起こらずに済んだ。

 冷えて微妙な味になってしまったソレを全て飲み干したルイズはカップをソーサーの上に置き、ホッと一息つく。

 

 今現在、王宮で匿われているルイズが寝泊まりしている王宮内の客室。

 それなりの家名を持つ者しか宿泊を許されないこの部屋で、ヴァリエール家の長女と三女が朝食をとっている。

 二人とも既にデザートの方へ手を付けており、王宮の専属パティシエが作ったクレープに舌鼓を打っている最中だ。

 しかし長女のエレオノールはともかくとして、三女のルイズはこの朝食が始まる前から物凄い緊張のせいで頭がどうにかなりそうであった。

 

「今回は誤報で済んだから良かったものの、報せが本当だったなら今頃どうなっていたやら…」

 貴女はまだ学生の身なのよ?最後にそう付け加えて紅茶をゆっくりと飲む姉にルイズは謝罪を述べる。

「も、申し訳ありません姉様…」

 朝食が来る前から地味に続いているエレオノールからの説教を、ルイズはただただ聞いていた。

 今日も一日これからだというのに、侍女たちが部屋の壁に控えている中で気まずい朝食が続いている。

 

 そして、その様子を壁一枚越し…つまりは隣に設けられた小さな部屋の中で聞いている二人の少女と、一本がいる。

 本来は侍女の待機室として使われているこの部屋にテーブルが置かれ、そこで霊夢と魔理沙が朝食をとっていた。

 アンリエッタの気遣いか、ルイズたちと同じメニューと二人分のティーセット、それに白パンが何個か入ったバスケットが置かれていた。

 

「それにしても、あのルイズが反論も無しにこう言われ放題とはなぁ。アム…ッ!」

 薄い壁から漏れてくる姉妹の会話に耳を傾けている魔理沙が一言呟き、ナイフで切り分けた厚切りベーコンをフォークに刺して口に入れる。

 頭に被っている帽子は部屋の入口に置いてある帽子スタンドに掛けられており、窓から入る陽光に照らされている。

「見た目もそうだけど、今のルイズを数倍格上げしたような性格してんのよ?そりゃ頭が上がらないわよ」

『第一、魔法学院に入る前からあんな風に叱られてんなら尚更だぜ?』

 何故か苛ついた様子で食事をとっている霊夢が言葉を返し、それに相槌を打つかのようにデルフが喋る。

 部屋の一番奥に設置されたこぢんまりとした椅子の上に置かれたインテリジェンスソードは、二人の食事を淡々と見つめている。

 そんな風に隣の部屋と格差のある朝食が続いている中、苛々を募らせていた霊夢がついに小さな爆発を起こしてしまう。

 今まで堪えていた゛何か゛を開放するかのようにはぁ~っ…、と大きなため息をついて、バスケットに入っている白パンを一個乱暴に手に取った、

「それにしても、何なのよアイツは?私の事を使い魔使い魔って好き放題言ってくれちゃって…」

 あわれ犠牲者となった白パンを両手で勢いよく毟りながら、霊夢はここで朝食をとる理由となった数十分前の事を思い出す。

 

 

 エレオノールの怒りが爆発し、ルイズが頬を抓られてしまったあの後…。

 霊夢や魔理沙たちも巻き込まれる形で五分ほどの説教を聞いてから暫くして、ようやく給士たちが朝食の準備にやってきてくれた。

 時計を見ればキッカリ二十分が経過している。紅魔館の妖精メイドたちが呆れ返る程ここで働く者たちはしっかりしていると、この時の霊夢は思った。

 最初に入ってきた給士がフォークやナイフにスプーン、そしてグラス類などを乗せたワゴンを部屋に入れ、次にテーブルクロスを持ったメイドが入ってくる。

 二人掛かりで部屋の中央に置かれたテーブルにクロスを敷き、素早い動作でワゴンに乗せたスプーンやコップをその上に置いていく。

「ほぉ~こりゃまた見事だな。やっぱり、こういう場所だと下の人間ほどテキパキと働いてるんだな」

 面白いものを見ているかのような顔で魔理沙がそう言うのを尻目に、ふと何かに気付いたエレオノールがクロスを敷いたメイドに話しかけた。

 ガリア沿いの小規模な街から御奉公に来た十代後半の緑髪のショートヘアが眩しいメイドの少女は、何でございましょうかと尋ねる。

「貴女、二人分ほどスプーンやグラスが多いのはどういう事なのかしら?」

「はて…?姫殿下から頂いた連絡では、きっちり四人分の用意をするようにと仰せつかっておりますが?」

「四人分?まさかとは思うけど、あの使い魔と従者の分…ということなのかしら?」

 エレオノールはそう言って横目で霊夢と魔理沙を見やると次いで振り返り、後ろにいるルイズを睨み付ける。

 姉に睨み付けられたルイズはハッとした表情を浮かべ、何て言葉を出していいのか一瞬分からず口をつぐんでしまう。

 

「つまりアンタが言いたいのは…貴族様の素晴らしい食卓に、私達の様な人間が入る余地は無い…って事でしょう?」

 その時、思いも寄らぬ助け舟――――…から大砲を撃ってきたのは、意外にも壁の傍に立っている霊夢であった。

 足元にデルフを立てかけている彼女は、腕を組んだままルイズの姉をジトー、っとした目で睨み付けている。

 だが使い魔のやることに一々腹を立てるつもりはないのか、エレオノールも負けじと「良く分かっているじゃない?」と言い返す。

「この娘がどういう扱い方をアナタ達にしたか知らないけれど。下手に勘違いしてない分、゛人間の使い魔゛としては良くできてるわね」

「…というか、四六時中何かに苛ついてるようなアンタに睨まれながらのご飯なんて、コッチからゴメン被るわ」

 穏やかな一室が不穏な空気に包まれるのを察知したルイズはしかし、エレオノールに横目で睨まれ何も言えなくなってしまう。

 

 そんな一触即発という状況の中で、ルイズの姉と睨み合っていた霊夢は大きなため息をついて、ふと隣の部屋へと続く扉を見やる。

 すぐ横にあるその扉を後ろ手で少し開けて振り返り、中の部屋がどうなっているか確認したの後、動きが止まっていた給士に声を掛けた。

「さて、そろそろお腹もすいてきたし……ねぇ、そこの給士さん?」

「え…あ、は…はい…何でしょうか?」

「隣の部屋が空いてるようだから、私とそこの黒白の朝ご飯をそっちに持ってきてくれない?」

 霊夢からの要求に給士はどう答えていいか分からず、ついついエレオノール達の方へ顔を向けてしまう。

 それに対しエレオノールはメガネを人差し指で掛け直しつつ、ぶっきらぼうな表情で言った。

「今、この部屋の主は私の妹であるルイズよ。返答を乞いたいのなら彼女に聞きなさい」

 姉の口から出た言葉にルイズは一瞬戸惑いつつも、すぐに給士の方へ顔を向けて「わ…分かったわ。持ってきて頂戴」と伝える。

 ルイズの言葉を聞いて恭しく一礼した給士は同伴していたメイドに要件を伝えて、厨房へと向かわせた。

 その後…エレオノールの事は妹のルイズに任せた霊夢はデルフを持って隣の部屋へ移り、

 珍しく何も言わずに黙っていた魔理沙も、愛想笑いをルイズたちに向けながら霊夢の後を追っていった。

 

 ……そうこうして時間が過ぎ、今に至る。

「にしても、あの時私は黙ってたけどさぁ…よくもまぁお互い暴発せずに済んだよな?」

 トマトソースが掛かっていたオムレツを食べ終えた魔理沙に聞かれ、口に放り込んだ白パンを飲み込んだ霊夢が口を開く。

「空きっ腹で怒って朝食が滅茶苦茶になったりしたら、余計にお腹が空いちゃうじゃない」

 向こうだって同じよ。最後にそんな言葉を付け加えながら、左手に持っていた白パンの片割れも容赦なく口の中に入れる。

 学院のそれと比べれば、小麦の風味が濃いそれを口の中で味わいながらも、スプーンで掬った野菜のコンソメスープをゆっくりと啜る。

 

 一口分のサイコロサイズに切ったニンジンやジャガイモはじっくり煮込んでいるおかげか柔らかく、それでいて程よい歯ごたえもある。

 琥珀色のスープの味も申し分無く、一緒に入れている適量の塩コショウが食欲を促進させてくれる。

 厚切りベーコンも焼いた際に余分な油を落としているので、多少分厚くとも最後まで美味しく食べられる。

 流石に隣の部屋のルイズたちと食べているモノは同じなので、料理自体に不満などなく、むしろ太鼓判を押したくなるほどの出来だ。

「――ン、クッ…。それにしても、やっぱりこういう場所だけあってか料理にも金を掛けてるのは、学院と同じなのね」

 スープと一緒に咀嚼したパンを飲み込んだ霊夢はやや満足気味な表情を浮かべて、一人呟く。

 学院の厨房で働いているマルトーの料理と比べても遜色ない出来に、先ほどの苛々も徐々に消えつつあった。

 人間、怒っている時に案外上手いモノを喰ったら上機嫌になってしまうものである。特にお腹が空いているような時には。

 

 

「だな。…でもまぁ、このクレープと比べたらマルトーのアップルパイの方が点数差で勝つなぁ~」

 喉に刺さっていた魚の骨がうまいこと抜けた時の様な安堵感を覚えつつ、クレープを食べ始めた魔理沙が言った。

 クレープなのに何故中に包むべきフルーツやクリーム等を、生地の上へご丁寧に乗せているのかという疑問を抱きながら。

 

 

 そんな風にして二人が和気藹々と食べている一方…。

 デザートも食べ終え、食後の紅茶を堪能しているルイズは姉のエレオノールから色々と聞かれていることがあった。

「それにしても…人間の使い魔だなんて、生まれて初めて見たわね」

 あの巫女の憎たらしい視線を思い出して僅かな怒りを思い出しつつ、エレオノールは率直な感想を述べた。

 一方のルイズも紅茶をちびちびと飲みつつも、ひとまずは静かにして姉の様子を窺っている。

「貴女は色々と昔から変わってたけど…一体全体、何で人間なんか召喚できたのよ?」

「ん~?…どうしてでしょうか?ちゃんと手順通りにコントラクト・サーヴァントをして…あんなヤツが出ちゃったので…」

 自分の口からでた質問に、すぐさまそう答えたルイズを見てエレオノールはため息をついた。

「まったく!幼い頃からまともなコモン・マジックすら使えなかった貴女が、使い魔の召喚であんなのを呼び寄せちゃうなんて!」

 そう言ってエレオノールは、ティースプーンで砂糖の入った紅茶をゆっくりと掻き混ぜる。

 姉の態度にまたもや怒られると感じたルイズは席に座ったまま頭を下げたまま次の言葉を待ち構えた。

 しかし…彼女の口から出た言葉の一言目はルイズの予想を、良い意味で裏切る形となる。

 

「ま、まぁでも…魔法が使えなかった貴女が、召喚に成功して無事に進学できた分…良かったとは、思うべきかしら?」

 顔を僅かに横へ向けつつも放った姉の言葉は罵りではなく、二年生になれた事を褒めるものであった。

 それを聞いて目を丸くしたルイズは顔を上げ、そっぽを向くおエレオノールの顔をまじまじと見つめる。

 てっきり「このおちび!」という言葉と共に叱られるかと思っていたので、色んな意味で面喰ってしまっていた。

 幼少期は事あるごとにおちびおちびと呼ばれ頬を抓られ、叱られていたというのに…。

「え…?あの、姉様…今の言葉は?」

 姉の口から出た自分への褒め言葉が信じられないのか、ルイズはもう一度確認するかのように聞いてみる。

 しかし、その言葉にハッとした表情を浮かべて、慌てて妹の方へと顔を向けた。

「…っ、勘違いしないでちょうだいルイズ。良い?召喚に成功できたからとはいっても、貴女はこれからも努力を怠ってはいけないのよ?」

 先程の褒め言葉を隠すかのように言ったエレオノールは砂糖を混ぜ終えた紅茶を飲み始める。

 そしてすぐに口元から離すとソーサーに置き、コホンと軽く咳払いしてからまたもや口を開いて喋り始めた。

 

「言いたい事は山ほどあるけど…とりあえず朝食が終わったら、

 お母様とお父様に手紙を書いて無事だという事を教えてあげなさい。

 姫殿下に頼んで竜騎士に手紙を届けてくれるよう、私からも進言しておくわ。

 良い?すぐに手紙を書くのよ。二人とも今頃ラ・ヴァリエールのお屋敷で心配していると思うから」

 

 

「あ…ハイ!――――ん、あの、姉様」

 姉からの命令にルイズはすぐさま返事をした後、ふと疑問に思ったことがあった。

 返事をしてすぐ質問をしてきた妹に紅茶を飲みながらも、エレオノールは「何かしら?」と聞く。

 少し考えるよなそぶりを見せてから、ルイズはおずおずと口を開く。

 

「その…勿論、ちいねえさまにも手紙を出した方が良いですよね?」

 ルイズがそんな事を言った瞬間、カップを持っていた姉の右手が微かに揺れた。

 幸い中身をこぼしはしなかったが、その動揺するかのような動きをルイズは見逃さなかった。

「あの、姉様?」

「……あの娘は今、ラ・フォンティーヌにもラ・ヴァリエールの実家にもいない。だから手紙は出さなくていいわ」

「………ッ!」

 ルイズに向けてそう話すエレオノールの表情は、何か悩んでいるかのようなモノへと変わっていた。

 その顔を見て脳裏に嫌な゛何か゛よぎり、彼女の体が無意識に立ち上がってしまう。

 後ろへと押しのけられた椅子は一瞬の猶予の後に、大きな音を立ててカーペットを敷いた床の上に倒れる。

 

 

「ま、まさか…ちいねえさまは…ちいねえさまは…?」

「馬鹿な事を考えないで頂戴ッ!」

 

 

 思わず口から出たルイズの叫びをかき消すように、エレオノールが大声を上げる。

 その声に、そしものルイズも驚いたのだろうか、ひっ…と小さな悲鳴を上げてその場で縮こまってしまう。

 エレオノールのすぐ傍にいた侍女も驚きのあまりか、その場で身体を震わせている。

 そんな事を気にせず、大声を上げたエレオノールはルイズに向かって「人の話は最後まで聞きなさい。良いわね?」と言い聞かせる。

 姉の注意にルイズは先ほどの叫びとは比較にならない小さな声で「ハイ…」と答え、控えていたメイドが起こしてくれた椅子に座りなおした。

 妹が座り直したところで小さな溜め息をついたエレオノールは、教え子に諭すような感じで喋り始める。

「とりあえずあの娘は変わりないわ。良い意味でも、悪い意味でも…」

「そう、ですか…」

 最初の一言目を聞いて、先程嫌な゛何か゛がよぎったルイズの脳裏に、こんどは『ちぃ姉様』の姿が思い浮かぶ。

 物心ついた時からベッドから上半身だけを起こした状態で、幼い頃の自分を可愛がってくれた。

 生まれた時から難病に苛まれ…それでも優しく健気に、誰よりも明るく振舞っていた。

 学院へ入学する前、実家を離れるときにも父と同じく魔法が使えぬとも決して挫けるなと励ましてくれたのである。

『大丈夫よルイズ。貴女ほど気丈な娘なら、きっと始祖ブリミルも微笑んでくださるわ』

 まだまだ小さい自分の体を抱きしめながら頭を撫でてくれたことを、自分は今でも忘れていない。

「ちいねえさま…」

 時間にすればほんの数秒ほどの思い出に浸っているルイズに水を差すかのように、エレオノールは話を話を続ける。

 

「私が両方の領地にいないと言ったのは…、あの娘が始めて旅行をすることになったからなのよ…。

 もっとも、私だって…つい数日前にお父様からの手紙で初めてその事を知ったから、今はどこにいるのやら…」

 

 エレオノールの口から出てきた゛旅行゛という言葉に、ルイズはえぇっ!と驚いた声を上げてしまう。

「りょ、旅行ですか…でも、あの体で…」

「無論。知ってたら実家に帰ってでも止めてたけど…。

 あの娘、いつの間にか上手いこと両親と周りの人間を説得しちゃったらしいのよ。

 まぁ国内だけの旅行だけで済んだし、目的地も手紙に書いてあったから何かあっても動けるとは思うわ」

 エレオノールの説明にルイズは安堵のため息をつきつつ、ふと目的がどこなのか気になった。

 それを察してか、すっかり温くなってしまった紅茶を一口飲んでから、エレオノール言った。

 

「目的地はラ・ロシェール近辺の村であるタルブ…そこの領主アストン伯の屋敷、らしいわ」

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