ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第七十七話

 大抵の人間は、突然の形勢逆転というものに対してかなり弱いところがある。

 それが自分の得意分野――――例えば研究や芸術作品、そしてギャンブルなどであるならば尚更だ。

 順調に勝ちを進め、あと一歩で勝利を我が手に…というところでそれを他人に掠め取られた瞬間、多くの者が動揺してしまう。

 何故?どうして?一体何が…?冷静さというモノが消え失せ、燃え盛り延焼する山火事の如き焦燥が頭の中を縦横無尽に駆け回る。

 中には的確に状況を把握し、何が勝ちを取られた原因だったのかを探れる者たちもいるが、それはほんの一握りの人々だけだ。

 大多数の者達は焦燥から錯乱へと名前を変えた山火事に頭の中まで焼かれて、無様な醜態を見せる事となる。

 

 そう…今目の前で大人たちが繰り広げている、会議という名の醜悪な口喧嘩の様に。

 霊夢はそんな事を考えながら、自分が頭の中で組んでいた予定が音を立てて崩れていく事にため息をつきたくなった。

(何でして今日はこう、…大人たちの酷い口げんかを見なきゃならんのかしらねぇ?)

 彼女は心の中で呟きながら、立ったまま激しい論争を繰り広げるトリステイン王国の貴族たちを眺めている。

 彼らが今話している事というのは、ラ・ロシェールで戦闘となったアルビオン軍との戦いが逆転されつつあるという事態に関してのモノだ。

 

「諸君!だから私は言ったのですぞ?今はスパイの事など大目に見て、大人しくしていれば良いと。

 そうすれば此度の様な事態にもならず、親善訪問も上手く進み、全てが丸く収まっておったのじゃ」

 

 高等法院長であるリッシュモンの言葉に同じ高等法院に属する貴族たちがそうだそうだと頷く。

 しかしそれに対して将軍たちがふざけるな!と喝を入れ、その内の一人がリッシュモンに掴みかからんばかりの勢いで反論する。

 

「黙れ!みすみすこのこの国を内側から食い破ろうとしたネズミ共など駆除して当然ではないか!?

 …そんなことよりも、今は一刻も速く国中の軍隊を動員し、タルブにいる友軍の応援に行くべきではないのか!?」

 

 好戦的な彼の言葉に、同じ将軍や一部の大臣たちも賛同の声を上げている。

 既に事態はアルビオンとの交戦状態にあり、勝つか負けるかの二者択一の状況なのだ。

 先ほどまで戦闘を出来る限り避けたいと提案していた大臣たちも、その中に混じって賛成、賛成!と声を張り上げていた。

 

 その様子をドアのすぐ横で見つめていた霊夢は、ふと自分の横にいる他の二人へ視線を移す。

 魔理沙は会議室に広がる喧騒と、貴族たちから立ち込める苛立った気配にただただ苦笑いを浮かべている。

 空気の読めない所を結構見せてくれる彼女であっても、流石にこの部屋に渦巻く不穏な気配に気まずさの一つでも覚えたのだろうか?

 

 本人が聞いたら軽く怒りそうな事を思いつつ、その魔理沙の横にいるルイズへと目をやる。

 流石にこの国の人間である為か、周りの貴族たちが口にしている言葉を耳にしてその端正な顔が青ざめていた。

 とはいえ彼女が青ざめている理由は、この会議室の事だけじゃないと霊夢と魔理沙の二人はあらかじめ知っている。

 それをアンリエッタにサッと伝える為にここへ来た筈が、面倒くさい事に巻き込まれてしまった。

「全く困ったものね、私達はアンリエッタに用があるから来ただけだっていうのに…」

「だよな?こんな事になると知ってたら、デルフも連れてきてやった方が良かったぜ」

 軽く愚痴をこぼしてみるがそれに答えてくれたのは魔理沙だけで、ルイズは青ざめた顔を俯かせたまま黙っている。

 先程騎士や衛士隊の者達と一緒に医務室へ行った伝令の言葉を聞いてから、ずっとこの調子なのだ。

 空気の読めない魔理沙もルイズの様子を見て流石に何かあったのだと察しているようだ。

 

 そんな時であった。黙りこくっているルイズを救うかのようにして、アンリエッタが彼女たちに話しかけてきたのは。

「申し訳ありませんルイズ、それに貴女達も…。こんな醜い論争の場に足を運ばせてしまう事になるとは…」

「あっ…姫さま」

 マザリーニ枢機卿を傍に従えた王女の声に、視線を地面に向けていたルイズもスッと顔を上げた。

 敬愛するアンリエッタの顔色は今にも憔悴してしまいそうな程、苦渋と葛藤の色が滲み出ている。

 それを無理に作り上げている笑顔で抑え込んでいるのだが、傍からみれば明らかに無理していると一目でわかる。

 二週間前に、彼女の今のアルビオンへ対する気持ちを知ってからというもの、その顔を見ると自分の心まで苦しくなってしまう気がした。

「御免なさいねルイズ、今日はゲルマニアへ行く日だというのに…私がせいで、こんな…」

「いえ、そんな…姫さまのせいではありませんよ。悪いのは不意打ちを仕掛けてきたアルビオンでは…っあ…」

 アンリエッタの自虐の言葉にルイズは苦し紛れとも言える様な擁護をつい口から出してしまう。

 だが今の彼女にとって、その゛アルビオンの不意打ち゛という言い訳すら自分の責任だと思い込んでいる。

 言い終えたところでそれに気が付いたルイズは気まずい表情を浮かべてしまい、アンリエッタの顔に陰が差す。

 

「イヤだねぇ?あんな暗い雰囲気の会話を見聞きしてると、こっちの気分まで滅入る気がしてくるぜ」 

 その二人を見ているとこっちの気分まで参ってしまうような気がして、それを誤魔化すかのように魔理沙が喋った。

 流石にこの場では空気を読めたのか、隣にいる霊夢にだけ聞こえる出来るだけ声を絞っている。

「アンタが暗くなるところなんて、一度もお目に掛かった事がないんですけど?」

「そりゃお前さんの前で下手に態度を崩せないからな。もし見られたりしたら、一生の不覚さ」

「弾幕ごっこだと、私相手に毎度の如く不覚を取ってる癖に良く喋る…っと、まぁこうしてアンタと無駄な話をするより…」

 魔理沙の会話をそこで終わらせた霊夢はスッとルイズの傍へ寄ると、彼女の肩を軽く叩いた。

 まるで太鼓を叩くかのような軽くて少々荒い叩き方に、叩かれた本人はハッとした表情で叩いた本人の顔を見る。

 肩を叩いた霊夢はアンリエッタと同調して落ち込みかけていたルイズを、いつものジト目で見つめながら言った。

「悪いんだけど、感傷に浸る暇があるならさっさとお姫さまに゛本題゛を言ったらどうよ?」

「れ、レイム――――……ッ!わ、わかってるわよそれくらい!」

 ここへ来た本当の目的を頭の隅っこにおいやってしまっていた自分と遠慮の無い霊夢に怒りつつも、ルイズは鋭く言い返す。

 それから改めてアンリエッタの方へ向き直り、一体何事かと訝しんでいる彼女の前で軽く深呼吸をした。

 息を吐いて、吸う。生きていく上で最も当たり前な行動だというのに、緊張からか首筋から汗が滲み出てきてしまう。

 いつもならハンカチで真っ先に拭う筈のソレを気にしない風を装いつつ、ルイズはその口を開く。

「あの…その、実は…姫さまに私の口から直接お伝えしたい事がありまして…」

「伝えたい事?大丈夫よルイズ、何か言いたいのなら遠慮せずに言って頂戴」

 アンリエッタの許しを得たルイズは、意を決して彼女に伝えるべき事を口にした。

 

 

「その、私とレイム…それにマリサの三人で、タルブ村へ行きたいのです」 

 ジッと自分の顔を見据え、冷や汗が流れ落ちる顔でそう叫んだルイズの言葉を、アンリエッタ達が理解するのには数秒の時間を要した。

 

 

 アンリエッタの傍にいたマザリーニや他の大臣たちもそれを耳にしたのか、一斉にルイズたちの方へと視線を向ける。

 それを耳にした直後は何を言っているのか分からず、三秒ほど経ってからようやく彼女の言いたい事を理解した者たちはその目を見開いた。

「なっ…何を言っているのルイズ…!貴女正気なの…!?」

「…私も何を言っているのかと自分で思っているのですが、残念ながら至極正気のつもりなんです」

 真っ先に反応したアンリエッタが動揺を露わにした顔でそう言うと、ルイズは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。

 それからスッと懐に左手を伸ばし、ソコから便箋の入った封筒を一枚取り出してアンリエッタに手渡した。

 突然手渡された可愛らしいデザインの封筒に彼女は怪訝な表情を浮かべたが、その封筒に掛かれていた単語には見覚えがあった。

「フォン、ティーヌ…フォンティーヌ?まさか、この手紙は貴女の…」

「はい、その手紙は私の一つ上の姉であるちぃ……、カトレア姉様がしたためてくれた手紙です。…読んでみてください」

 危うく公共の会議室で「ちぃ姉様」と呼びかけたルイズは速やかに訂正しつつ、アンリエッタに手紙を読むよう促した。

 タルブとは天と地ほど離れているフォンティーヌ領に住む彼女の姉の手紙と今回の件、どういう関係があるのだろうか?

 アンリエッタはそれが分からぬままルイズの言葉に応えて、既に糊をはがされていた封筒から一枚の便箋を取り出した。

 紙の端っこに星やらヒトデの小さな押絵が目立つ素敵な便箋に書かれている内容に、アンリエッタは目を通しながら読み始める。

 

「……拝啓。元気かしら?私のかわいいルイズ。この手紙を書いている場所は――――」

 

 

 ――拝啓。元気かしら?私のかわいいルイズ。

 この手紙を書いている場所は、私の領地であるフォンティーヌではありません。

 今私がいるのは、ラ・ロシェールの近くにある長閑で平和なタルブという名前の村です。

 

 そこの村を収めているアストン伯という、この村にぴったりな優しいお年寄り貴族のお屋敷に泊まっているわ。

 ここには村の特産物の大きなブドウの畑があって、今はまだ収穫時期ではないけどもう大きなブドウの実がたくさん成っているの。

 秋になるとそれの収穫時期が来て、老若男女様々な人たちがブドウを採って、それを美味しいワインにしてくれるそうよ。

 

 私達はヴァリエール家でも飲んだ事があるけれど、あの美味しいワインはこの村に住む人たちが一生懸命作ってくれているのよ。

 その事を村の人たちに頭を下げて感謝したのだけれど、皆慌てた様子で頭をお上げ下さいっ!て哀願されちゃったの。

 何か良くない事でもしたのかしら?最初はそう思ったわ。

 でも、彼らの顔には一様に笑顔が浮かんでいたから私の誠意は伝わったのかもしれないわね。

 

 私の体調が急変でもしない限り、タルブ村には収穫が終わるまで滞在するつもりよ。

 ルイズ、何か私宛てのお手紙を送りたいのならアストン伯の御屋敷に手紙を送ってね。私の屋敷やラ・ヴァリエールに送っても読めないから。

 何か辛い事や抱えている事があったら遠慮なく手紙に書いて送って頂戴、出来る限り相談に乗るわ。

 私の方も、ここへ来る前に色々大変な目にあったり少し不思議な人と出会っているけど、それくらいの余裕はあるわ。

 

 

 それと、最後に書くのはちょっと変だと思うけれど…

 進級おめでとう、私の小さなルイズ。貴女ならきっと出来ると信じていたわ。

 

 貴女の親愛なる一つ上の姉。

 カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌより。

 

 

 追伸

 そういえば、風の噂で貴女が変わった使い魔を召喚したって聞いたわ。

 手紙を送ってくれるなら、その変わった使い魔さんの事も書いてね。約束よ?―――――

 

 

「――――…使い魔さんの事も書いてね。約束よ………」

 追伸の所までしっかり読み上げた時点で、アンリエッタの顔には数滴の冷や汗が噴き出ている。

 最初の行を読んだ時点で、ルイズが言いたい事の意味を既に理解していたものの…結局最後の追伸まで読み上げていた。

 偶然とは末恐ろしいものよ。そう言いたげな表情を浮かべたマザリーニ枢機卿が、ルイズの方へと視線を向ける。

「ミス・ヴァリエール…この手紙が届いたのはいつで?」

「…一昨日の夕方です。竜籠便の速達という事なので余程私に読んで貰いたかったのかと…」

 枢機卿からの質問に答えたルイズはスッと顔を俯かせると、キュッとその両目を閉じた。

 何かが目から溢れて零れそうな気がして、けれど今は流す時ではないと思った彼女は、その気持ちを紛らわす様に両手を握りしめる。

「あぁ、ルイズ…御免なさい…まさかこんな事になるなんて…」

 アンリエッタはそんなルイズの傍に歩み寄ると、今にも泣き出しそうな表情で彼女の背中を優しく摩った。

 後ろにいる大臣たちは彼女たちから少し距離を取って、何やらコソコソと相談し合っている。

 その内容までは聞こえてこないものの、それに関してはどうでもいいと霊夢は思っていた。

 

「何か重たかった空気が更に重くなってきたなぁー…」

「そうねぇ、このまま重たくなり過ぎたらその内二本足で立ってられなくなるかもね?」

 アンリエッタが手紙を読んでいる最中に魔理沙の方へと戻っていた彼女は、どんどん沈んでいく会議室の空気に対して呟いた。。

 この魔法使いの言葉もあながち間違ってはいないと思いながらも、ルイズたちの方へと視線を向ける。

 手紙を送ったであろうカトレアなる人物がどうなったのか少しは気になるものの、まだ死んだと決まったワケではない。

 そもそもルイズたちがここまで来たのは、タルブの近くにあるラ・ロシェールでトリステインとアルビオンが戦い始めたという話を聞いたからだ。

 以前エレオノールからカトレアがタルブへ旅行に行ったと聞いたルイズは、居ても立ってもいられずに手紙を片手に部屋を出たのである。

 何やら面白そうな事が起きると察した魔理沙が後に続き、話の中に入っていた゛怪物゛という単語が気になっていた霊夢もそれに続いた。

 そしてアンリエッタの居場所を廊下に倒れていた騎士から聞き出し、連れて行き――――そうして今に至っている。

 

 だがしかし、彼がもたらした情報はルイズの心をかき乱すには十分の威力があった。

 タルブ村がトリステイン軍の防衛ラインに入ってしまったという事と、その軍隊をアルビオンの゛怪物゛とやらがメッタメタにしているという報せ。

 流石のルイズも姉の滞在する村が戦火に巻き込まれたという情報には、冷静さを保つ事はできなかったようだ。

 霊夢にはその焦りというモノが良く分からなかったものの、ここが異世界であろうとも博麗の巫女としては放っておけない所があった。

 しかも今回の騒ぎに、人間以外の゛何か゛が確実に関わっているであろうという事を知ったのならば、尚更に。

「これ以上空気が重たくなって動きづらくなる前に、ルイズの意見とやらを聞いてから出るとしましょう」

 魔理沙にそう言った後、もう一度ルイズの傍まで近づくと俯いている彼女の肩をヒシっと弱く掴んだ。

 肩を掴まれた事に気が付いたルイズはハッと顔を上げて、霊夢の方へと見やる。

 いつも部屋の中でお茶飲んで暢気にしている幻想郷の巫女さんは、いつもの気怠さを顔に浮かべながら彼女に言った。

「アンタが行かないつもりでも私達は勝手に行くつもりだから。…さっさと決めちゃいなさい」

 霊夢の言葉に一、二秒ほど置いて頷いたルイズは、顔を顰めながらも自分の肩に乗っていた彼女の手をソッと退ける。

 どうせ私が言う事を知ってるくせに…。思わず口から出かけた言葉を心の中に吐きだしてから、ルイズはアンリエッタの方へと顔を向けた。

 背中を摩ってくれていた無二の親友であり敬愛する王女殿下は、顔を上げたルイズの表情が変わっているのに気が付く。

 まるである種の決意を胸に秘めて、閉じた口の中で歯を食いしばっているかのようなその表情。

 これから前線へ赴かんとする者が浮かべるようなそれに、アンリエッタは「ルイズ…」と親友の名を呟く事しかできない。

 

 

「姫さま…。確かに今のタルブ村がどうなっているのか詳しいことは知りませんが…けれど、恐ろしい程に危険だというのは分かっているつもりです」

「それならどうして…?どうして貴女は死地に赴くような真似をしでかそうとしているの…!?」

 アンリエッタの質問は最もであろう。いくら貴族と言えど学生の身分であるルイズが霊夢達と共にタルブへ行くのは危険すぎるのだ。

 報告の通りならば、正規の訓練を受けた軍のメイジたちがラ・ロシェールから追いやられている程なのだ。

 しかしルイズはそれを承知でそこへ行こうとしている。下手をすれば自分の命がどうなるのかも知れない場所へ。

「先に言いますが、別にコイツらの事が気になるからという理由はほんのさ…四割程度ですから」

「おっ待てぃ、今三割って言おうとしたな?」

「アンタなら二割でも高い方よ」

 彼女は自分のすぐ後ろの巫女と、ちょっと離れた所にいる魔法使いの方へと顔を向けながら言った。

 すかさず魔理沙の返事とそれに対する霊夢の突っ込みを無視しつつ、ルイズは更に言葉を続けていく。

 

「私はカトレア姉様の安否を確かめに行きます。…きっとあの人なら、村の人たちを集めて何処かに避難しているはず…。

 ついでにレイム達がアルビオン軍の放ったという゛怪物゛とやらを見に行って、片付けてくれるのでそれについていくだけです」

 

 それはルイズ自身が決めた、一つの決断であった。

 

 彼女にとってカトレアは、物心ついた時からメイジの落ちこぼれとして扱われていた自分を心の底から愛してくれた人。

 どれだけ失敗をしても笑顔で励まし、慰めてくれて…そして魔法学院への入学が決まった時に一番喜んだ二番目の姉。

 そして生まれたときから儚い彼女が初めて遠出した場所が、今や戦場となりつつあるのだ。

 

「あの人…姉様なら、目の前で苦しんでいる人がいたら自らの命を投げ打ってでも助けてしまうかもしれません

 だから私は行くんです。もしカトレア姉様が疲労困憊した時に、あの人の手を握ってあげられるように…

 陸路ではタルブ村まで相当な時間は掛かりますが…何、霊夢達に連れてってもらえば明後日の未明ぐらいには戻ってこれますから」 

 

 トリスタニアからタルブまで陸路だと一日以上かかるが、空を飛べれば大幅に時間を短縮できる。

 無論霊夢達に頼る事となるが、いつも学院の部屋を好きに使っているのだ。それくらい頼んでもバチは当たらないだろう。

 帰ってこれる時間については明後日の未明とは言ったものの、正直に言えばそれは相手の出方次第だろう。

 話ではアルビオン軍の艦隊もいるらしく、もしも件の゛怪物゛を倒したとしても奴らが尻尾を見せて逃げなければ…。

 最悪、ハルケギニア一の強さを誇るアルビオンの艦隊と一戦交える事になるのかもしれない。

 

「でも…ッ!そんなのは危険過ぎるわ!?貴女はまだ学生だというのに…!」

 それでもアンリエッタは危険な場所へ行こうとする幼馴染を引き留めようとして、首を横に振りながら叫ぶ。

 ルイズもそんな彼女の気持ちは痛いほど理解できるが故に、それを振り払ってしまうような事が出来ずにいる。

 けれども、こうして会議室に留まり続けている限りタルブ村は…ひいてはそこにいるカトレアに危機が及ぶかもしれないのだ。

 姫さまか、ちい姉さまか?二つの内一つしか選べない決断を迫られているルイズは、不覚にも悩んでしまう。

 

「じゃあ、アンタはどうするのよ?」

 そんな時であった。そんな彼女の代わりにその決断を決めるかのような霊夢の横槍が入ってきたのは。

 咄嗟に振り向いたルイズは彼女の言葉が自分ではなく、アンリエッタに向けられたものだと気づいた。

 突然そんな事を聞かれたアンリエッタは「な、何がですか?」と困惑気味な表情を浮かべている。

 赤みがかった黒目を鋭く細めて、いつものぶっきらぼうな表情を浮かべながら面倒くさそうにしゃべり出した。

 

「ルイズは自分なりに悩んで決めたっていうのに、アンタはただ状況に流されてるだけじゃないの。

 悪いのは自分だって思い込んでるだけで、他の事は全部他人任せにしてジーッとしてただけじゃない。

 ウェールズの事が悲しいんなら、ちょっとはレコンなんちゃらとかいう連中に怒りの鉄槌でも鉄拳でもぶつけてみなさい」

 

 そこまで言った所でルイズの肩を強く掴むと、「ホラ、行くわよ」と後ろにいた魔理沙に声を掛けた。

 今まで蚊帳の外と中の間にいた魔法使いは「おっ、そうか」とだけ答え、スタスタとドアの方まで進んでいく。

 霊夢に肩を掴まれたルイズは申し訳なさそうな表情を浮かべてアンリエッタに一礼し、背中を向けて歩き出す。

 大臣やマザリーニ枢機卿等は呆然とした表情でもって、会議室を去ろうとしていく三人の後姿を見つめているだけだ。

 彼らとしては三人は部外者であり、出ていってくれればそれでも良かったのである。

 

「ま、待ってください!」

 

 しかし、そんな三人の背中に向けて制止の叫び声を上げたものがいた。

 

 

 

 ドアを開きかけた魔理沙や、霊夢を追い越そうとしたルイズが足を止めて、声のした方へ振り返る。

 そして霊夢もつい足を止めてしまい、面倒くさそうなため息をついてからサッと後ろを向く。

 案の定声を掛けてきたのは、ルイズをなんとかと留まらせようとしたアンリエッタであった。

 何処か追い詰められている様な焦燥感漂う表情に、見開いた両目でじっと霊夢の姿を凝視している。

 お姫様が自分の方を見ていると気づいた霊夢は、これまた面倒くさそうな言い方で「何よ?」と問いただしてみた。

 それに対しアンリエッタは霊夢をじっと見据えたまま、ゆっくりと喋り出す。

 

「貴女は…貴女はどうしてルイズを止めようとしないの?…いえ、それは貴女達にも言えるわ。

 どうして自ら危険な場所へ赴こうとするの?もしかすれば、命を落とすかもしれない場所へ…。

 私にはそれが理解できません…何故、どうしてそんな場所へ足を運ぼうと思えるの…?」

 

「何でっ、て…?う~ん…」

 やけに長く感じたアンリエッタからの問いを聞き終えた霊夢は、左手で後頭部を掻きながら悩みだす。

 恐らく何て言うのか考えているのだろうか?魔理沙とルイズ、そしてアンリエッタは彼女の言葉を待ち構える。

 マザリーニ枢機卿や他の大臣たちも先ほどのアンリエッタの叫びに軽く驚いてか、じっと二人のやり取りを見守っている。

 そして時間にして十秒ほど経った頃であろうか、後頭部を掻いていた巫女さんはポツリと呟いた。

 

 

「人外共を安全な場所から操ってる様な連中の出鼻をへし折りたい。…私の理由は、ただそれだけかしらね?」

 それだけ言うと再びアンリエッタ達に背中を向けた霊夢は、しっかりとした足取りでドアの方へと歩き出す。

 一方で、霊夢の理由を聞いたアンリエッタはたったそれだけの為に死地へ赴こうとする彼女に複雑な気持ちを抱いてしまう。

 自らの感情に身を任せ、けれどそれに流されるのではなく制御できている巫女の自由奔走ともいえるその意思。

 王族であるが故に、幾重もの鎖で縛られているような我が身とは対照的過ぎる、異国情緒な紅白服に黒髪の少女。

 そんな事を一度でも思ってしまうと、自分がどんなに惨めな存在なのだろうと…ますます思考が否定的になっていく。

(仕方ないのよアンリエッタ…ワタシの力では、今の状況を打破する事なんてできないのだから…)

 いっその事消えてしまいたい…。視線を絨毯へと向けてそう思った時、再び霊夢の声が耳に入ってきた。

 

「…一応言っとくけど、ルイズは家族だけじゃなくて、アンタの為にもタルブへ行く事を決めたのよ」

 その言葉を聞いた瞬間、アンリエッタはえっ?と言いたげな表情を浮かべて顔を上げた。

 喋った張本人である霊夢はあと一歩で会議室のドアに手を掛けれるというところで足を止め、ジッとアンリエッタを見据えている。

 突然自分の名前が出てきたルイズはアンリエッタに言っていなかった事を暴露され、「ちょ…レイム!」と声を上げてしまう。

 一方の魔理沙も巫女の口からそんな言葉が出ると思っていなかったのか、キョトンとした表情で彼女を見つめていた。

 大臣たちも霊夢の言葉にどういう事かとどよめき、何人かがルイズの方へと視線を向けた。

 この国を支える重鎮たちの視線を受ける羽目になった侯爵家の末女は少し怯みつつも、恨めしそうな視線を霊夢に向ける。

 

「アンタねぇ…、その事は部屋を出る前に私の口から言うつもりだったんだけど?」

「ここで喋るのと部屋を出る前に喋るのとじゃあ、そんなに差は無いじゃないの」

 まるで綿密に計画していたドッキリをばらされたかのようなルイズの言葉に対し、霊夢はあっさりと言い返す。

 その態度を見てこれ以上突っかかるのは時間の無駄と判断したルイズは、ため息をつきつつアンリエッタの方へと顔を向けた。

 アンリエッタは先ほど霊夢の口から出た事実に対し、信じられないと言いたげな表情を浮かべて唯一無二の親友と向き合う。

「ルイズ…?貴女、本気なの?こんな私の事を思って…アルビオンと戦いに行くというの?」

「姫さま…御自身の事をそう簡単に卑下しないでください」

 ネガティブな雰囲気が滲み出るアンリエッタに、ルイズは先程霊夢に向けたものとは違う柔らかい声で言った。

 彼女はそっと、壊れ物を扱うかのようにアンリエッタの右手を自分の両手で包み込み、胸の前まで持ち上げていく。

 悲しいくらい平坦すぎるそこまで持ち上げた所で、ルイズは話しだした。

 

 

 

「姫さまのお気持ちは、痛いくらいに理解しているつもりです。そして…それが大きく揺れ動いていることも。

 二週間前はそれで心を悩ませていた姫さまのお力になれない事を、私はとても悔やんでいました。

 けれども、此度のタルブの件…いよいよゲルマニアへ嫁ごうとしているこの時になって、ようやくチャンスが巡ってきました」

 

 そこまで聞いたところでアンリエッタは「けれど…!」と叫んで首を横に振った。 

 しかしルイズはほっこりと、けれど何処か緊張感が漂う柔らかい笑みを浮かべて話を続ける。

 

「私にとっての幸せの内一つは、これからも姫さまが花も恥じらう程の笑顔を、多くの人々に見せて下さる事です。

 その笑顔を失くしたままゲルマニアへと嫁いだとあっては、あの国の皇帝はへそを曲げてしまう事でしょう。

 だから私は行くんです。ちい姉様を助ける為に…そして、姫さまに代わってアルビオンへ怒りの鉄槌を下すために」

 

 そこで話は終わりなのか、両手で包んでいたアンリエッタの右手をそっと放す。

 右手を包んでくれていた暖かさが離れていく空しさを感じたアンリエッタはしかし、もうルイズを止める事などできなかった。

 自分で種を蒔き、芽吹かせ…そしてこの国の者たちに害をなそうとしているレコン・キスタという名の毒花。

 ラ・ロシェールとタルブ村に戦火の雨を降らせ、今なおそこにいる者たちを苦しめている貴族至上主義者達の集まり。

 本来ならば自分の手で刈り取るべきであろうソレを、ルイズはタルブ村にいる姉を助けに行くと同時に始末してくれるというのだ。

 だが…いくら名門ヴァリエール家の者と言えども未だ魔法学院に通う子供。常識の範囲で考えれば逆立ちをしても不可能なのは明白である。

 

 しかし…今はそんな無謀とも言える彼女に、手助けしてくれる少女がいる。

 アルビオンへと一人で赴き、そしてルイズを連れて帰ってきた霊夢という名の少女が。

 

「だから…その、ちょっと遅れるかもしれませんが姫さまの結婚式には間に合わせますので…先に行って待っていて下さい」

 ルイズは最後にそう言ってまた一礼すると踵を返し、今度こそ出ようと言わんばかりに早足でドアの方へと歩いていく。

 その背中からは、先程まで大臣たちの言い争いを聞いて青ざめていた彼女とは思えない程の覚悟と緊張感が漂っていた。

 アンリエッタと大臣たちはそんな背中を見せるルイズに何も言えぬまま、じっと佇んでいる。

 そして扉の前で足を止めたルイズは最後にもう一度体をアンリエッタ達に向けると一礼した後、静かに退室した。

 ドアボーイならぬドアガールとなっていた魔理沙もそれに続いて出ようとすると、霊夢に「ちょっと待ちなさいよ」と声を掛けられる。

「せめて私が出るまでドアを開けとくって義理は見せないのかしら?」

「悪いが、お前さんが来るまでドアを開けとくほどの義理は無いんでね。…それじゃ、ルイズと一緒に部屋で待ってるぜ」

 そう言いながら、体に続いて部屋を出ようとした左腕を振りながら、魔理沙も会議室を後にしていった。

 ドアの前にいながら、一人会議室に残された霊夢はため息をついた。

 一方でアンリエッタは首を傾げる。先程タルブへ行くと言った彼女はなぜこの会議室に残ったのだろうかと。

 されに先ほどの魔理沙の言葉。彼女にとって何かやり残したことがあるのだろうか?

「あの…?貴女もタルブ村へ行くはず…なんでしたよね?」

「勿論そのつもりよ。だけど…ちょっとアンタに向けて一言伝えておこうと思ってね。でも、それをルイズの前で言うと…」

 アイツが無駄に怒るかもしれないからね?最後にそう付け加えながら、霊夢はアンリエッタに向けてこう言った。

 

「アンタは誰が決めようともアンタよ。…だから何処へ行こうが、最後はアンタの好きに決めなさい」

「…え?」

「ルイズはそうした。だから私達と行くって決意したのよ」

 その言葉にアンリエッタが首を傾げる前に、霊夢はスッとドアを開けて出て行った。

 赤いリボンがドアの隙間から見えなくなった時、会議室には久方ぶりと錯覚してしまう程の静寂が満ちていた。

 アンリエッタ達はその会議室の中で、ポツンと佇んでいる。まるで最初からこの部屋に置かれた石像の様に。

 

 

 

 

「と、まぁ…そんな感じで私たちはわざわざタルブへ行く羽目になっちゃったワケよ」

 霊夢は学院から運ばれてきた自分のカバンから針束の入った包みを取り出しつつ、デルフにこれまでの経緯を話し終えた。

 時間にすればそれ程長くは無かったが、その間誰にも相手にされず暇を持て余していた剣はブルブルと刀身を震わせる。

 何がおかしいのか分からないが、刀身を震わせている事は笑っているのだろうか?

 ひとしきり震え終えたデルフに霊夢がそう思っていた時、デルフが楽しそうな声色で喋り出した。

 

『へ~、成程なぁ~。…お前さんたちも随分思い切ったもんだねぇ~?』

「まぁ…なっ!お前さんも会議室に連れて行けば良かったと…思ったが、まぁいてもいなくても変わりなかったなッ…と!」

 デルフと他愛もないやり取りをしながら、魔理沙は旅行用の大きな鞄から小さな肩掛けリュックを取り出そうとしている。

 幻想郷からハルケギニアへ行く際に持ってきた鞄の中には、彼女の私物がこれでもかと詰め込まれていた。

 そして今は、一体何をどうしたらここまで詰めこめたのかと思う程物で溢れた鞄の中から、必要としているモノを何とか引っ張り出そうとしている。

 

「あんた…まさかその鞄の中まで物で溢れさせるとか…」

「ん?何だルイズ。もしかしてお前も私の様な鞄にモノ詰め込めるのが上手になりたいのか?」

「イヤ…でもアンタを反面教師にして、物の片づけは積極的にやるようにするわ」

 それを見ていたルイズは少し引きながらも、軽い勘違いをした魔法使いの言葉に丁重な拒否の意を示す。

 あっさり拒否されてしまった事に対して、そんなにショックではなかったのか、魔理沙は軽く肩を竦めた。

 けれどまだ喋り足りないのだろうか、今度は既に準備万端と言いたげな霊夢に向かって饒舌な口を開いた。

「しかしあれだな?何か会議室の貴族たちも言ってたけどアルビオンとかいう国の軍隊も向こうにいるんだっけか?」

「まぁ、そうらしいわね。…数は忘れたけど、こっちの国の軍隊よりもずっと多かったような気がするわ」

「アルビオン側は艦隊を含めると四千近い戦力で、ラ・ロシェールに展開していたトリステイン軍は王軍、国軍含めて二千よ」

 霊夢が曖昧に言うと、すかさずルイズが荷造りの手を止めないままそう呟いた。

 ルイズの言葉に二人はスッと彼女の方を一瞥してからまた視線を戻すと、魔理沙が意味深な笑みを浮かべた。

 

「四千の敵に対して二千で迎え撃つ気だったのか?随分と勝ち気じゃあないか」

「元々は国軍の砲兵隊がラ・ロシェールの郊外にある森から艦隊を砲撃して、降下される前に地上戦力を減らす予定だったらしいのよ」

「なるほど、敵が地に足着く前にその足の骨を折ってしまうつもりだったのね」

 何か妙に痛そうな例えねえ…?物騒な例え方をした霊夢にそう思いながら、ルイズは自分のリュックの中を覗きこむ。

 魔理沙と同じような肩掛けリュックの中には、今の自分が考えうる持っていくべきものを詰め込んでいた。

 携行食糧に水の入った革袋に、傷薬と替えの着替え一式。それに自分が誰か分かるように学生証もリュックの奥に入れている。

 そして、その中でも最も貴重な゛モノ゛を二つ――アンリエッタからもらった大切な゛モノ゛を入れていた。

 本当なら何かがあった時の事を考えてここに置いていくべきなのだろうが、お守りの意味を込めて持っていく事にした。

 

「よし、これで全部ね」

 最後に地図と方位磁針を入れると一人呟き、リュックを閉めてから四つ付いたボタンでしっかりと蓋をした。

 持っていきたいものを全て詰め込むことのできた鞄は、詰め込んだ彼女らしくスッキリと纏まっている。

 試しにそれを実際に肩に担いで軽く体を揺らしてみるも、多少重たいものの移動に支障が無いかキチン確認もしていた。

『娘っ子は中々律儀だねぇ、お前さんたちも見習ったらどうだい?』

「別に、こんなの誰だってするんじゃないの?」

 デルフの言葉にそう返しつつも、テーブルに置いていた杖を手に取るとそれをジッと凝視した。

 物心ついた時から、今日に至るまで自分と共に居続けてくれた一振りの小さな相棒。

 以前は霊夢に傷つけられたこともあったが、一度修理をしてからは彼女を召喚する前よりもずっと綺麗に見える。

 

(これから向かう先で酷使するかもしれないけれど、壊したり手放したりしないからね…)

 心の中でそう呟いて、杖を腰に差そうとしたときに―――――それは起きた。

「え…?て、手が…」

 杖を持っていた右手。これまで幾千万もの物を掴んできた手がワケもなく突然に震え出したのである。

 まるで右手だけ地震に遭遇したかのようにブルブルと震え、それにつられて杖が左右に大きく揺れ動く。

 ルイズは焦った。まさか今になって体が怯えているのか?自分の意思とは裏腹に。

 あんな事を姫さまや霊夢達の前で言ったというのに、今更怯えてどうするというのだ?

(じょ、冗談じゃないわよ…こんな時に!)

 無意識に震える自分の体にいら立ちを覚えつつも、その震えを抑えようとした時…突如視界に入ってきた何者かの手が彼女の右腕を掴んだ。 

 思わず視線を腕が伸びてきた方へ向けると、入ってきたのはまるで晴天の雪原の様に白い袖。ルイズの震える右腕を掴んだのは霊夢の左手であった。

 その事に気付いたルイズが彼女の名を呼ぶ前に、いつもの面倒くさそうな表情を浮かべた霊夢が口を開く。

 

「そう無理に自分の感情を抑えてたら、後々響くことになるかもよ?」

「……ッ!わ、分かってるわよそれくらい!」

 心よりも体が正直だと言いたげな霊夢の助言めいた言葉に、ルイズは霊夢の手を振り払いながら言う。

 そして軽く咳払いしつつ右手に握ったままだった杖を腰に差すと、改めて震えていた右手をマジマジと見つめる。

 先程と比べて大分震えは治まったが、それでも微かに体感できている程度に震えていた。

 ルイズはいら立ちを隠しきれない様な表情でため息をついていると、腰を手を当てた霊夢が話しかけてきた。

「その顔、武者震いだって言いたげな顔してるわね」

「えぇ…?ん、まぁそりゃ…そう言いたいのは山々なのよ」

 霊夢の言葉にルイズはそう答えると、より一層大きく息を履いて天井を仰ぎ見る。

 部屋の灯りを点けてない事と、外が濃霧という事もあってか薄暗いソコはどんより暗い雰囲気を放っている。

 その天井がまるで、今の自分の心境にそっくりだと彼女は一人思いつつも、ポツリと呟く。

 

「…正直、これが本当に正しい選択なのかどうか今も迷っちゃってるのよ。

 もっと他に良い方法があったかもしれない。どうしてこの選択を取ったんだろうって…」

 

 そんなルイズの呟きに対して、巫女ではなく荷造りを終えたばかりの魔法使いが言葉を返した。

「成程、まぁ確かにそういう事ってあるよな?右の皿のクッキーを食べた後に、左の皿のシュークリームにしとけば良かったていう様な後悔する気持ちは」

「アンタの場合、その後に左の皿のシュークリームを強奪するっていう話が付いてくるでしょうに」

 霊夢の辛辣な突っ込みに「ひでぇぜ」と肩を竦めつつも、魔理沙はルイズの方へ顔を向けるとその口を開いた。 

 

「まぁ私の話はともかくとして…。

 どっちにしろどれが正しかったなんていう事は、結局のところ自分自身が決めるしかないのさ。

 霊夢は化け物退治を兼ねた人助けで、私も一応右に倣え。で、ルイズは自分の家族を助けに行きたいんだろ?」

 

 それとアルビオンとかいうのを倒しに。最後にそう付け加えてから、魔理沙はルイズの返事を待った。

 魔法使いの言葉にルイズは「えぇ、そうよ」と頷くと、魔法使いもまた嬉しそうな表情を浮かべてウンウンと頷く。

 

「それなら自分の信じた選択を最後まで信じて突き進んでみな、

 例え誰かに咎められたとしても一生懸命進み続けて、悔いのない結果を残せたらそれに越した事はないさ」

 

 励ましとも取れる魔理沙の言葉に、しかしそれで良いのかどうか悩むルイズはひとまず頷くことにした。

 ルイズの困惑気味な表情にそれもまぁ良いかと言いたげな表情を浮かべると、彼女は物をパンパンに入れたリュックを肩に担ごうとする。

 しかし予想以上に重たかったのか、紐が肩に食い込むと同時に素っ頓狂な声を上げて数歩よろめいて見せた。

 それを見てデルフが刀身を震わせながら笑い、霊夢が呆れた様な表情を浮かべてため息をつく。

 ルイズもまた目の前でよろめく魔理沙を見て、クスリと微笑んだ。

「何よ、それで私を笑わせようとしたの?」

「いやッ…あの…これはマジで、重すぎたっ、…ぜ!」

 呆れた様なルイズの言葉に、ようやくよめろくのを止めた魔理沙が苦々しい表情でそう言った。

 

 外側に開かれた窓から湿っ気を帯びた濃霧が、部屋の中へ垂れこんでくる。

 もう夏だというのに薄ら寒ささえ覚えるそれに動じる事無く、窓を開けた張本人であるルイズは空を見上げていた。

 霧の所為で太陽すら判別できず、辛うじて朧げに見えるソレはまるで出来たてほかほかの蒸しパンの様である。

 今からこの霧の中を通って、今いるトリスタニアからかなり離れているタルブ村まで飛んでいくのだ。

 凛とした表情を浮かべて後ろを振り返った彼女の目には、これから自分を連れて行ってくれる使い魔と居候の姿が映る。

 居候である魔理沙は箒を片手に、そして肩にリュックを掛けてこれからの事に興奮しているのか楽しそうな笑みを浮かべている。

 その笑顔にルイズは一つの疑問を感じていた。これから危険な場所へと行くというのにどうして笑っていられるのか?

「アンタ、さっきから何でそう嬉しそうな顔してるのよ?」

「な~に、これから久しぶりに本気を出して戦えそうだしな。まぁ、武者震いならぬ武者笑いというヤツさ」 

「わかったわ。聞いた私がバカだったわね」

 真っ直ぐな笑顔のままそんな答えを言われたルイズは首を横に振って礼を述べると、今度は使い魔の方へ視線をやる。

 黒白である魔理沙とは対照的な紅白である使い魔の霊夢は、ルイズたちと比べて持っていく物は少なそうに見えた。

 左手に学院の物置から勝手に頂いたという御幣に、背中にはインテリジェンスソードのデルフを担いでいる。

『しっかし、おまえさんは随分手ぶらだねぇ~?もうちょっと何か持っていきゃあいいのによ?』

「お生憎様、私の持っていくものは服の中に納まるサイズなのよ」

 デルフの言葉にぶっきらぼうな表情で返した霊夢の言葉通り、彼女の紅白服の中にはこれでもかと武器が詰まっている。

 両方の袖には針とお札を仕込んでおり、懐にはそれ等の予備とスペルカード一式を入れている全身武器状態の有様。

 しかしそんな状態だというのにいつもの彼女らしさが残るせいで、そうには見えないのが中々不思議なものであった。

 

 そんな二人同様、もっていくべき物を肩に掛けたリュックに詰めているルイズは二人を見ながら頷いた。

「さてと…それじゃあさっきも言ったけど、タルブへ行ってからするべき三つの事を確認しておきましょう」

 彼女の言葉に二人はルイズの方を見やり、まず最初に魔理沙が口を開いた。

「一つ目は出来る限り速く、無理せずにタルブとかいう村へ到着したらどういう状況なのか知るんだったよな?」

「そう。多分村にはまだトリステインの王軍、国軍がいる思うから彼らの誰かから情報を聞き出せばいいわ」

 先程教えた通り真剣に答えてくれた魔理沙に対して、ルイズもまた真剣な表情を浮かべて言う。

 次に霊夢が御幣の先端を弄りつつも、ルイズの言葉に続くようにして喋り出す。

「で、村人が避難している場所があったらそこへ行ってアンタのお姉さんがいるかどうかの確認…よね?」

「…えぇ、そうよ。…きっとあの人なら、村の人たちを助ける為に一人だけでも留まっている筈だわ」

 霊夢の言葉にルイズはやさしい二番目の姉の顔を思い出しつつ、コクリと頷いた。

 先程決めた目標の内二つを言い終えた霊夢と魔理沙は、ルイズの方へと顔を向ける。

 最後は私か…。何か言いたそうな目を向ける二人でそう察した彼女は、コホンと咳払いしてから喋り始める。

 

「三つ目は、二つの目標を達成し終えた後…トリステイン軍を襲う怪物の正体を確かめる事。

 そしてもしも、その怪物にアルビオン軍が深く関わっていて、最初から戦力として使うつもりだったのなら――――」

 

 そこで一旦言葉を止めたルイズを合図にして、霊夢が口元に笑みを浮かべた。

 幻想郷で異変解決と妖怪退治を職業の一つとし、何の因果かこの異世界で異変解決をする羽目になった博麗の巫女の笑み。

 まだ年齢が二十歳にも達していないであろう彼女の浮かべる笑みは、並の妖怪すら震え上がらせるほどの凶暴さに満ちていた。

 

「怪物を使って何の罪もない人々まで殺そうとするアルビオンの連中を、完膚なきまでに退治してやりましょう」

 ルイズの後を継ぐようにしてそう言った霊夢の声に、背中のデルフは刀身を激しく震わせる。

 それはまるで、これから始まるであろう大舞台での活躍に胸を震わせている役者の如き、歓喜からくる震えであった。

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