ルイズと無重力巫女さん   作:1-UP-code

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第七十九話

 ゴンドアはトリステイン王国の領地内にある町でも、特に目立たない中規模な町だ。

 最も近いラ・ロシェールからは徒歩で二時間、トリスタニアから行けば馬で行っても一日半近くは掛かる。

 比較的平らな土地の上にはトリスタニアの三分の一程度の市街地と国軍の小さな砦があるだけだ。

 強いて言えばそこから徒歩二時間もしない場所に『風石』を採掘できる鉱山があり、町に住む男たちの大半はそこで働いている。

 若い者も力仕事ができる者は皆鉱山へ行くので、王都や地方都市へ出稼ぎに行く若者は比較的少ないと言っていいだろう。

 

 採掘された『風石』はそのまま輸出されたり、町の加工場で削ってちょっとした民芸品として売られていたりもする。

 『風石』は加工しだいによっては神秘的な緑色の光りを放つ事もあり、お土産としての人気はあった。

 また知ってのとおり、『風石』は船や一部のマジック・アイテムを動かす素材としても使われているので、町の経済は富んでいると言っていいだろう。

 その為『風石』の買い付けに来る商人は後を絶たず、国内外の貴族たちもラ・ロシェールか王都へ行くついでに足を運ぶことも多い。

 王都や外国で流行っている類の品物も、港町と王都の間に位置しているおかげでそれなりに流通はしている。

 

 王都トリスタニアと港町ラ・ロシェールの板挟みである事、『風石』の鉱脈に恵まれた事。

 この二つがあるおかげで、ゴンドアという町は若者が少ない寂しい町にならずに済んでいるのだ。

 

 だがしかし、その町は未だかつて経験した事のない危機に晒されていた。

 疫病が蔓延したワケでもなく、ましてやドラゴンやオーク鬼などといった『生きた災害』と言われる幻獣や亜人達が襲撃したワケでもない。

 それは遥か上空、白い雲とどこまでも続く青い空の中に浮かぶ゙白の国゙からやっきてた艦隊。

 今や神聖アルビオン共和国からの使いと名乗る暴虐なる軍勢が、この平和な町に攻め込もうとしていたのである。

 

 

 その日、時間は既に深夜だというのに町は日中以上の喧騒に包まれていた。

 普段ならば賭場の店主ですら店じまいして寝ているというのに、街の至る所で大勢の人々が走り回っている。

 無論その中にはこの町に住んでいる人間はおらず、奇妙な事に彼らよりも軍人達の方が多かった。

 町の砦で働いている地元出身国軍兵士から遠い地方から来た者もいれば、王軍所属の若い貴族達もいる。

 彼らは皆必死な表情を浮かべており、肌から滲み出る汗などものともせずに走り回っていた。

 

 

 事が起こったのはその日の昼過ぎであっただろうか。

 町の人々が未明に聞こえてきた大砲の音で何だ何だと目を覚ましてから、数時間がたった頃。

 夜明けの砲撃は、きっと親善訪問に来てるアルビオン艦隊への礼砲だろうと朝食をつつきながら話している最中であった。

 そのアルビオン艦隊を迎えに行っていたトリステイン艦隊が、急に町の方へ飛んできたのである。

 町の者たちは皆驚いてか、食べていた朝食を後に家を飛び出したり窓から身を乗り出すなどして上空を通り過ぎていく艦隊に目をやった。

 やがて艦隊は町のはずれにある草原で一旦停止した後に、その内一隻の小型艦が町の上空を飛び続けながら人々に説明をし出した。

 

 曰く、親善訪問の為にやってきたアルビオン艦隊が我々を不意打ちしようとしてきた事。

 幸いにも、偶然現地で訓練中であった国軍が新しく配備された対艦砲でもって援護してくれたといゔ幸運゙があった事。

 その国軍の訓練を監査中であった王軍が、アルビオンに不可侵条約の意思なしと判断してアルビオンとの戦闘を開始した事。

 敵となったアルビオン艦隊は予期せぬ地上からの砲撃により浮き足立っており、戦況は我が方に傾きつつあるという朗報。

 そして我が艦隊は態勢を整え直すために暫しここで浮遊しているが、この町にまで戦闘が広がる可能性ば限りなく低い゙という報せ。

 

 拡声用のマジックアイテムで伝えられる事実に、町の人々はどう反応していいのか当初は困惑していた。

 無理もないだろう。何せアルビオンとはつい最近に不可侵条約を結んだばかりだと知っていたからだ。

 アルビオンから来る商人達も皆「戦争にはならんさ!」と屈託ない笑みを浮かべながら言ってくれたというのに…。

 とはいえ、一度始まった戦というものは止めようが無いという事は多くの人が知っていた。

 過ぎたことを悔いるよりも、今できる事を思う。それが鉱山での採掘と『風石』の加工で鍛えられた人々の考えであった。

 ならば善は急げと言わんばかりに町中の倉庫で眠っている『風石』を掻き集めて、この町へ来るであろう゛客゙を待つ事にした。

 街のはずれに停泊する艦隊、そしてその艦を動かす為には大量の『風石』が必要なのである。

 

 当然停泊したトリステイン艦隊を指揮する空海軍の使いがやってきて、『風石』の交渉にやってきた。

 そこから先はとんとん拍子に進み、現金払いと小切手の半々で軍が購入した『風石』の輸送で町は朝から忙しくなった。

 『風石』を満載した馬車が町の通りを占有し、ついでと言わんばかりにパンや干し肉にチーズといった食料まで売り始める商魂逞しい者までいた。

 輸送や交渉の為に町へやってくる水兵や貴族の下士官たちは気前よく金を払い、焼きたてのパンやチーズを買っていった。

 

 そんな風にして平時は静かであるこの町の朝は、トリステイン艦隊という思わぬ客のおかげでお祭り騒ぎとなっていた。

 だがしかし、そんな嬉しくも美味しい祭りの気分はラ・ロシェールから撤退してきた国軍と王軍がやってきた事で一変した。

 もうすぐ昼に差しかかろうとしている時間帯――――突如として二群の部隊が慌ただしい様子で町へと入ってきたのである。

 朝の艦隊に続くようにして入ってきた彼らに町の人々はおろか、町にいた空海軍の者たちまで何だ何だと驚いた。

 何せ殆ど無傷の王軍や国軍の兵士たちが、恐怖に染まった顔を冷や汗で濡らしながら町へと入ってきたのだから。

 彼らが乗っている馬や幻獣達は何と対峙したのか、今にも町人や水兵たちに襲い掛からんばかりに興奮しきっている。

 空海軍の兵士たちはもしやアルビオンに艦隊に押し負けられたのかと訝しんだが、それは違った。

 否、正確に言えば半分は正解しており――――もう半分は外れだったのである。

 それを彼らに教えてくれたのは、撤退してきた騎馬隊の中に混じっていた王軍のオリヴィエ・ド・ポワチエ大佐であった。

 

「おい、君!すまぬが、トリステイン艦隊はどこで一時停泊しているか?」

「え…?じ、自分でありますか?」

「当たり前だ、私の目の前でサンドイッチを大事そうに持ったまま呆然としておるのは君だけだぞ」

 大軍を率いてきた彼は、町の入口で軽食を摂っていた水兵の一人に声を掛けたのである。

 水兵はいきなりやってきて声を掛けてきた王軍の将校に「し、失礼しました!」と急ぎ敬礼すると、何用でありましょうかと聞いた。

 ポワチエは当初それを言うのに躊躇したものの、周りにいた将校たちに目配せをしてから水兵にこう伝えた。

 

「至急艦隊指揮官のラ・ラメー侯爵に伝えてくれ!…アルビオン艦隊は未知の怪物を投入!

 国軍と我が王軍は防戦に失敗、ラ・ロシェールとタルブ村の避難民を連れてこの町にまで後退してきたと伝えろ!」

 

 

 ―――そして時間は今に戻る。

 陸上部隊が避難民を連れて町へ来てから今に至るまでも、騒ぎは続いている。

 しかしそれはお祭り騒ぎの様な嬉々とした雰囲気は無く、明日にも世界が滅びそうな切羽詰まった緊張感が漂っていた。

 この町を抜ければ、後は王都トリスタニアへと直行する一本道。遮る山や森すらも無い整備された街道しかない。 

 だからこそ、ここで迫りくるアルビオン艦隊と奴らがけしかけたであろう゛怪物゛を食い止めなければならなかった。

 

「町の人間は残らず鉱山に避難させろ!歩けない者は誰かがおぶってやるんだ!」

「通りという通りにはバリケードを設置するんだ、早くしろ急げ!」

「……って、おいバカ!ゲルマニアがくれた対艦砲は敵艦隊から見えない場所に置けと言っただろうが!?」

「よし、掻き集めた『風石』と黒色火薬はトリステイン艦隊が駐留している場所へ運べ、鉱山の向こう側だ!」

 

 深夜にも関わらず大勢の士官たちが大声で指示を出し、部下たちはそれに従って迅速に動いていた。

 ある王軍の貴族下士官は魔法でもって町の通りに木材と石を混ぜた土のバリケードを作り出し、封鎖作業に取り掛かっている。

 また別のところでは、これまた王軍に所属する若い貴族士官が民家に残っていた老夫婦を優しく諭しては、避難するように指示していた。

 国軍の平民兵士たちも通りに並ぶ建物の中に一旦分解した中型のバリスタを運び入れて、慣れた手つきで組み立てている。

 この中型バリスタは数本の矢を一度に発射する事ができるので、これ数台を屋内に設置すればそれだけでも簡単な要塞ができあがる。

 

 町の住人の避難に合わせて、町そのものを一個の防衛施設として改造するのは容易ではない。

 更に前進してくるかもしれない敵を迎え撃つために、戦力の何割かを町の入口に配置しているのだ。

 元々はラ・ロシェールで足止めしつつ増援を待つという予定であった為に国軍、王軍、そして空海軍共に連れてきた戦力は少ない。

 その結果、昼頃から始めて日付を跨いだ今になっても町の要塞化はようやく三部の二が終わったところである。

 今敵が進攻してきた場合、この町で防衛線を行うのは極めて難しいという状況に変わりは無かった。

 

 

 しかし、始祖ブリミルは彼らに祝福をもたらしてくれたのであろうか。

 この様な危機的な状況の中、今日の昼過ぎに出動した王都からの増援部隊が遂に到着したのである。

 新しい隊長の元に復活したグリフォン隊を含めた魔法衛士隊と、霧が薄まった事で到着の早まった竜騎士隊を含めた第一軍。

 接近戦に特化した槍型の杖で武装した騎馬隊と、金で雇った傭兵たちと共に前進する前衛貴族部隊からなる第二軍。

 貴族の比率がガリアに次いで多いトリステイン王軍ならではの増援に、町で籠城に備えていた者たちは歓喜の声を上げた。

 

 だが、彼らが何よりも喜んだ原因はその軍勢を率いて出陣してきだ彼女゙がいたからであろう。

 百合の国たるトリステイン王国に相応しき人物、先王が残した花も恥じらう麗しき王女。

 そして本来ならば、二日後に迫った隣国ゲルマニアの皇帝と結婚する筈であった花嫁。

 

 

 その゛彼女゛、アンリエッタ王女殿下が自ら部隊を率いてこの町を守りにやってきたのだ。

 トリステイン王国を守る軍人ならば、彼女の姿を見て喜ばぬ者が奇異な目で見られる程であった。

 

 

 ゴンドアからほんの少し離れた場所にある名も無き小高い丘。

 そこで王都から出て、この町に集結しようとしている王軍を見つめるアンリエッタの姿があった。

 彼女は今、民衆の前で見せるドレス姿ではなく慣れぬ軍服を身にまとい、気高き乙女しか乗せぬと言われるユニコーンに跨っている。

 夜風ではためく紫のマントには金糸で縫われたユニコーンと水晶の紋章。それは間違いなく王女である事の証であった。 

「殿下、遅れていた後続が順次到着中との事。このままいけば、夜明けの直前に全部隊の合流は無事終わるでしょう」

 そんな時、黒毛の馬の乗ったマザリーニ枢機卿が、護衛の騎士達を伴って定期報告の為にやってくる。

 人を使えばいいのに、彼直々にやってきたから無下にはできまいとアンリエッタは枢機卿の方へとその顔を向けた。

「…そうですか。到着してきた者たちはどうしていますか?」

 軍服を身に付けた今の彼女に相応しいとも言える、何処か物憂げさと緊張感が混ざり合った表情を端正な顔に浮かべている。

 まるで充分に悩みぬいた挙句に決めた自分の選択を、後になって本当に良かったのかと悩んでいるかのように。

 マザリーニ自身はその表情の原因が何なのか大体わかってはいたが、あえてそれには触れることは避けようと思っていた。

「はっ!到着した部隊は町の中央に着き次第補給部隊から水を貰い、十分な休息をとるようにとの命令を出しております」

「わかりました。…それで、ラ・ロシェールとタルブ村を襲ったといゔ怪物゙の事は何か…」

 アンリエッタからの了承とそれに続くようにして、先に展開していた地上勢力を追い出しだ怪物゛の事について聞いてみた。

 彼女からの質問に待っていたと言わんばかりに彼はコクリと頷いて、スラスラとセリフを暗記したかのように喋り出す。

 

「現在は部隊と共に限界まで前線に留まり続けたポワチエ大佐を含む何人かの将校から情報を得ており、

それを元にイメージ図と対策法を考えていますが、何分全く遭遇したことのない未知なる相手との事で…む?」

 

 町の中央で作戦会議の準備をしているであろう将校たちに代わって、申し訳なさそうに説明する枢機卿。

「いえ、無理もないでしょう…。むしろ、避難民をよくここまで連れて来れたと賞賛するべきでしょうね」

 そんな彼の言葉を遮るように右手を顔のところまで上げたアンリエッタはそう言うと、また町の方へと視線を戻した。

 町から王都へと続く街道には、出発が遅れた後続の部隊が次々と息せき切って入ってくる。

 要塞化の作業に勤しんでいた兵士たちはアンリエッタに率いられてきた彼らを見て、口々に「王女殿下万歳!」と叫んでいく。

 そんな兵士たちの歓声を聞いていると、マザリーニは自分の目を嬉しそうに細めていく。

 

 

 本当ならばもしもの事を考えて、アンリエッタだけでもゲルマニアへ送り届けるつもりだったのだ。

 ルイズ達がタルブへ向けて出発してから一時間後、タルブを放棄してゴンドアに最終防衛線を張ったという報告が届けられのである。

 

 ラ・ロシェールどころかタルブ村まで破れては、王都までの道を遮るのはそのゴンドアという町一つしかない。

 大した防衛設備が無いこの町ではアルビオンを足止めする事は難しいと、宮廷の貴族たちはそう結論づけたのである

 勿論国中の国軍に出動命令を出したのは良いものの、全軍が揃うまでには最低でも四日はかかるという始末。

 同盟を結ぶであろうゲルマニアも、援軍は一週間待ってほしいという回答を送ってきたのである。

 故にアルビオンの魔の手が王都に戦火の嵐を巻き起こす前に、アンリエッタをゲルマニアへ移送しようと考えていたのだ。

 だがしかし…彼女はそれを、あともう少しで移送の準備が済もうとしているところで反対した。

 ウェールズの形見である『風のルビー』を嵌めた彼女は、自らの勇気を振り絞って叫んだのである。

 

―――――私は…やはり私は王都に、いえこの国に残された人々を置いてゲルマニアへは行けませぬ!

 ―――――せめて我が国を侵略しようとするアルビオン艦隊と、奴らが放っだ怪物゛を駆逐してから皇帝の許へ嫁ぎます!

 

 アンリエッタは迫りくる敵に怯えていた宮廷の貴族達に向けて宣言し、自ら軍を率いて前線へ赴く事を決意したのである。

 無論宮廷の貴族達は反対したものの、アンリエッタはその意見を自分の怒りの感情で封殺させた。

 

――――――私はトリステイン王国の王女!貴方達宮廷貴族にとってお飾りであっても、この国の要たる者!

―――――――もしも私の意思で決めた出陣を食い止めようものならば、それ相応の覚悟はできているでしょうね?

 

 いつもの彼女からは考えられない静かに燃える炎の様な言葉に、枢機卿含めその場にいた宮廷貴族たちは何も言えなくなってしまった。

 一方で将軍や魔法衛士隊の隊長達は、やる気を見せてくれたアンリエッタに士気を昂ぶらせて付いてきてくれたのである。

 そんな彼女の怒りに火をつけたのは、ルイズと共にタルブへと向かったあの紅白の少女の言葉であった。

 

―――――ルイズは自分なりに悩んで決めたっていうのに、アンタはただ状況に流されてるだけじゃないの。

         悪いのは自分だって思い込んでるだけで、他の事は全部他人任せにしてジーッとしてただけじゃない。

           ウェールズの事が悲しいんなら、ちょっとはレコンなんちゃらとかいう連中に怒りの鉄槌でも鉄拳でもぶつけてみなさい

 

―――最後はアンタの好きに決めなさい

 

 今思い出せば随分腹の立つ言葉を好き放題に言って、会議室から立ち去って行ったあの少女に惹かれたワケではない。

 ウェールズ皇子を殺し、あまつさえ今度はラ・ロシェールとタルブ村にも牙を向けたアルビオンと彼女の言葉を思い出して、アンリエッタは遂に゙キレ゙たのである。

 アルビオンにここまで攻め込まれる口実を作ったのは自分であり、そしてそれを止める義務を持っているのも自分なのだ。

 この国を旅立つ前に自分が種を蒔き、それから芽吹いた肉食植物を絶対に根絶やしにしなければならない。

 トリステイン王国という大事な百合畑を命に代えてでも守り、侵略者の打倒をこの国で行う最後の罪滅ぼしとする為に。

 

 

 そして今。前線にいる者たちの喜び振りを見れば、彼女の選択は正しかったのだとマザリーニはそう思えて仕方が無かった。

「殿下。貴女がこうして出陣したおかげでほら、兵士たちは皆戦意を取り戻しております」

「上手いお世辞を申しますね?私がいなくともあれ程の大増援を見れば、誰だって喜ぶものですよ」

 つい本心から出てしまったマザリーニの言葉を無意識に世辞と受け取ってしまったのか、アンリエッタはその口を滑らせてしまう。

 言い終えた直後で、ハッと気まずい表情を浮かべたものの一方のマザリーニはただただ苦笑いしているだけであった。

「……すいません、つい」

「なに、この老骨の身には慣れた事です。ただ、そう御自身の事を貶すのは良くありませぬぞ」

 将兵達が見ておりますゆえ。最後にそう付け加えて、彼は後ろで控えている騎士達を横目で一瞥してみせる。

 彼らは王女殿下と枢機卿のやりとりをじっと見つめながらも、不届き者が現れぬよう周囲にも気を配っていた。

 勤勉かつ忠実な彼らの姿を同じく見つめながら、ふとアンリエッタはその口を開く。

 

「それにしても、人はほんの一押しの怒りだけでここまで来れるものなのですね…。

 アルビオン王家の仇であるアルビオン共和国からの刺客を討ち果たすためとはいえ、私がこれ程の軍勢を率いたなんて…」

 

 彼女は眼下に街道を行進していく将兵たちの列を見ながら、不安な雰囲気を見せる言葉を漏らす。

 出陣する直前の苛烈さは大分大人しくなっており、いつもの優しいアンリエッタに戻りつつあった。

 

「お言葉ですが殿下、ここにいる将校たちは皆殿下同様アルビオンを討つが為に集結した勇敢な者達ばかりです。

 例え殿下の命令で傷つき斃れたとしても…、彼らは貴女と共に戦えたことを誇りに思いながら死んでいくのだと思います」

 

 そんな彼女を勇気づけるかのようにマザリーニが言うと、彼の後ろにいる二人の護衛がウンウンと頷いた。

 枢機卿の慰めるかのような言葉にアンリエッタは口をつぐんでしまうと何かを言いたそうなもどかしい表情を浮かべている。

 彼女の顔を見て何か自分にだけ言いたい事があると察したのであろうマザリーニは、自分の馬を彼女の傍へと近づけさせた。

 幻獣の中でも一際目立つユニコーンと、一目で上等だと分かる黒毛の軍馬が横一列に並ぶ光景というものは中々珍しいモノだ。

 そう思っていそうな護衛たちの視線を背後から感じつつも、隣へ来てくれたマザリーニの近くで彼女はポツリポツリと喋り出す。

 

「確かに私はウェールズ様を…アルビオン王家を滅ぼしたクロムウェル一派に報復したいという気持ちはあります。

 けれども…やはり私の一時の恋から生まれたと言える争いに、大勢の人々がこれから死ぬと思うとどうも不安になってしまうのです…」

 

 今の自分の複雑な心境を、隣にいる自分にだけ聞こえるように告白し終えた彼女をマザリーニは真剣な眼差しで見つめている。

 王女の言葉にマザリーニは少し困った様な表情を浮かべながらも、ふと少しだけ考えてみた。

 

 確かに彼女のいう事にも一理あるであろう。

 レコン・キスタがウェールズとアンリエッタの関係を知っていたからこそ、あのタイミングで彼らは王政府打倒を掲げたのかもしれない。

 アンリエッタの嫁入りを条件に、軍事同盟を結ぼうとしたゲルマニアの皇帝を激怒させる恋文を手に入れる為に…。

 貴族派の自分たちにとって目の上のタンコブと化した王政府を倒せるうえに、小国のトリステインを孤立化させれるという一石二鳥の計画。

 結果的には奴らの作戦はミス・ヴァリエールとその使い魔である少女の活躍によって、見事に頓挫する事となった。

 それでも彼女は思っているのだろう。王族である自分が最初から叶わぬ恋を抱かなければ、この様な一連の事件は起きなかったのではと。

 

 成程、確かに一理はあるだろう。

 …あるのだろうが、やはりこの人はまだまだお若いからこそ、そういう風に考えてしまうのかもしれない。

「ふむ、成程。つまりは、自分が過去に抱いた恋心が全ての原因と…そう思っていらっしゃるのですな?」

「えぇ、私が実らぬ恋人に手紙など認めなければ、今頃アルビオン王家の方々も死なずに済んだのではと、そう思ってしまって…」

 三十年近くも政治にその体と時間を費やしてきた彼の目には、今の自分がどう映っているのだろうか?

 不思議とそんな事が気になってしまったアンリエッタに向けて、語りかける様にしてマザリーニが喋り出した。

 

 

 

 

「殿下…―――――殿下は、今日の天気がこれからどういう風になるか知っておりますか?」

 

「――――――…はぁ?」

 彼が呟いた直後、その言葉に反応するのにほんの二秒程度の時間が必要であった。

 全く脈絡も無く、急に明日の天気が気になった彼にアンリエッタは目を丸くして首も傾げてしまう。

 後ろにいる騎士達も姫が首を傾げた事に気が付いたのか、何だ何だと言いたげに互いの目を見合っている。

「天気…ですか?」

「えぇ、そうです。日を跨いでしまいましたし、明日はちゃんと朝日が出るのかどうか気になってしまいましてな」

 本気で天気の事を気にしているかのようなマザリーニに、アンリエッタはどう答えていいのか分からなかった。

 何せこの様な事態を生んだのが自分なのではないかと話している最中に、狂ったのかと思えてしまう程別の話題を持ち出してきたのだ。

 ここはふざけないで下さい!と怒るべきなのか、それとも困惑しつつも適当に明日の天気を言えばいいのだろうか?

 目を丸くし、困惑を隠しきれぬ表情でアンリエッタが悩んでいる最中に、それはやってきた。

 

「―――…殿下!アンリエッタ王女殿下はこちらにおりまするか!!」

 突如彼女たちの背後からそんな事を叫びつつ、グリフォンに跨った魔法衛士グリフォン隊の隊員が来たのは。

 その叫び声に思わず考え込んでいたアンリエッタが後ろを振り返ると、グリフォン隊の者はすぐ近くにまで来ていた。

 鷲の頭と翼に前足、獅子の体と後ろ脚という厳つい幻獣が足音を立ててこちらへ走ってくる姿は、中々怖ろしいモノである。

「そこのグリフォン隊の者、殿下に対し何用か?」

 一体何事かと背後の護衛達が乗っている馬で道を塞ぐと、若い隊員とグリフォンの前に立ちふさがった。

 自分よりもわずかに体格が大きい立派な軍馬二頭を前にして、乗り手と同じく青さが残るグリフォンは思わずその足を止めてしまう。

 騎士たちと比べればまだまだ子供であるグリフォン隊の隊員は、突然止まった相棒からずり落ちそうになるのを何とか堪えていた。

「いかに伝える事があるとはいえ、幻獣に跨ったまま突っ込んでいれば大惨事になっていたぞ!」

「…、ッ申し訳ない。実は至急殿下に伝えたい事があるのだが…よろしいか!」

 入隊して間もないであろう彼は護衛の騎士からの注意に対し素直に謝ると、次いで早口に捲し立てる。

 隊員の要求に二人の騎士はコクリと頷いて、前方を塞いでいた自分の馬を後ろへと下がらせた。

 

 素直に道を開けてくれた事にホッとしつつも、ずり落ちるようにして相棒のグリフォンから降りた隊員は早足でアンリエッタの傍へと向かう。

 彼の焦った表情からは、何となくではあるが良い報せではないという気がしてならなかった。

「一体どうしたのですか?そんなに慌てて…」

「は、はい…!実は先ほど、タルブ村の方からやってきたという少女一名と数名の将兵が…救援を求めて…」

「…!詳しく話して貰えますか?」

 ゙タルブ村゙―――。その単語を聞いて眉が無意識に動いたアンリエッタは、隊員に話を続けるよう要求する。

 彼が言うには、今から十五分ほど前に撤退して無防備状態であるタルブ村の方角から数名の男女がやってきたのだという。

 タルブ村の者は少女一人だけで、後は国軍の女兵士一名と同じく国軍の平民下士官二名、そして王軍の貴族下士官一名の計五名。

 当初は敵の間諜かと疑っていたが、直後にタルブ村で防衛線を張っていた兵士と貴族士官たちの証言で彼らが本物だと判明した。

 村人である少女が言うには件の『怪物』を避ける為に遠回りになる山道を通るために、案内役として兵士たちを先導したのだという。

 余談ではあるが…少女の名はシエスタと言い、これは先に避難させられていた両親が彼女と再会した時に判明した。

 

 そして彼女についてきた兵士たちの証言によると、タルブ村領主の屋敷の地下には未だ多くの人が取り残されているのだという。

 隣町まで歩けない女子供に領主であるアストン伯を含めた年寄りが、当時見張りとして残っていた国軍、王軍の混成部隊と共に籠城している。

 食料や水はあるものの何時『怪物』たちに気付かれるともしれぬ為に、すぐにでも救助部隊の編成をして欲しいと乞うているとのこと。

 

 そこまで報告した後、若い隊員は一呼吸を置いて最後に報告すべき事を口に出した。

 

「そして…現在彼らと共にあのヴァリエール家の次女、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ様もいるとの事!

 偶然にもタルブ村へ旅行で訪れている最中に、不幸にも今回の戦闘に巻き込まれてしまったようです!

 幼少から続く持病のせいで容態は悪く、彼女の健康も考慮して一刻も速い救助部隊の編成と派遣を願う!との事です!」

 

 ようやく報告を終えた隊員が顔を上げると同時に、アンリエッタはふとタルブ村の方角へと顔を向ける。 

 その顔にはアルビオンに対する敵意をより一層滲ませると同時に、方角の先にいるであろう幼馴染の事を思い出していた。

「ルイズ…もう少しだけ待っていて頂戴!」

 誰にも聞こえない程度の声量で一人呟くと枢機卿の方へと顔を向け、すぐに命令を下した。

 

「マザリーニ枢機卿、すぐに救助部隊の編成を!」

 

 

 

 

 ――――――気のせいだろうか、頭が痛い。

 突如乱入してきた謎の女に対する自分の叫びから始まった戦いの最中、霊夢はそんな事を考えていた。

 銀色の軽快な体で槍を振り回してくるリザードマンモドキのキメラを相手するのに集中しながらも、頭の中で疼くような痛みに悩まされている。

 しかし戦いに支障がある程と言われればそうでもなく、かといって無視しながら戦えると言われればそれは嘘になってしまう。

 後頭部の内側、自分の心臓と同じく弱点である頭から伝わってくる痛みは、彼女の神経を静かに逆撫でていく。

 

(別段痛くも無く、けれど無視するにはどうにも鬱陶しい…。ホント、イヤになるわね…)

 心の中で呟きながらも前方のキメラを片付けようとしたとき、ふと頭上から漂ってくる殺気に思わずその場から後ろへと下がった。

 瞬間、体内の『風石』で浮遊していた別の一匹が投げつけてきた槍が、先ほどまで霊夢の立っていた場所へと突き刺さる。

 コイツらをけしかけたシェフィールドという女が言うように、兵器として造られているおかげで随分小賢しい連携をしてくる。

 軽く舌打ちしながらも、右手に握ったお札を一枚上空へ投げつけるが、それはあっさりとかわされてしまう。

 まるで釣り糸で引っ張られるかのように後ろへと下がったキメラの動きは、さながら操り人形の様な不気味さを醸し出している。

「テキトーに造られた化け物のクセに、ちょこまかと動くんじゃないわ…よッ!」

 語尾を荒げつつも、間髪入れずに取り出した数枚のお札を一気に投げつけ、今度こそは上空のキメラに命中する。

 防御力が低そうな白銀の鎧に貼り付いたお札が一瞬の間を置いて、キメラごと巻き込む程の凶悪な霊力を放出した。

 

 哀れ上空のキメラは断末魔を上げる間もなく体の三分の二を失い、細かい肉片となって地面へと落ちていく。

「これで六匹目――――んでアンタで、七匹目ッ!!」

 仲間の肉片で視界を遮られたキメラが足を止めた所を狙って、すかさずお札を取り出して投げつける。

 先ほど投げたのと違い、霊夢の手から離れたソレは紙の媒体からお札の形をした青い霊力の固まりへと変異する。

 そしてキメラの肉片を避けるようにして緩やかなカーブを描き、青いお札――ホーミングアミュレットがキメラの横っ腹を貫いた。

 やられたキメラは咄嗟に金切り声を上げたものの、自分が攻撃を受けたという認識をした直後に体の内側から青い光が迸る。

 体内に入り込んだアミュレットが霊夢の意思に従って暴走し、キメラの肉体は破片一つ残らず青い霊力に飲み込まれていった。

 

 話の通じぬ妖怪や人外には一切容赦せず、通じても容赦する気のない霊夢らしい攻撃である。

 七匹目まで始末し終えた彼女は一息ついてから再び身構えると、背中に担いだデルフが急に口笛を吹いた。

『ヒュゥー!やるねぇ、伊達にガンダールヴとして召喚されてないだけの事はあるよ!』

「そりゃ…どうも、うれしくて溜め息が出ちゃいそうだわ」

 半ば無理矢理に使い魔となった身としてはあまり嬉しくない褒められ方ではあったが、とりあえず返事だけはしておくことにした。

 先ほど数えたとおり今ので七匹始末したものの、残念な事に倒した直後から同じような奴が何処からともなくやってくるのだ。

 それを証明するかのように、霊夢が倒したばかりの二匹の穴を埋めるようにして上空から新しい二匹が着地してきている。

 

 彼女を含めて、今この場で戦っている四人のトータルを合わせれば最初のを含めて十五匹倒してはいるが、一向に減る気配はない。

 今回の元凶であろうシェフィールドの言っていた事が正しければ、そう遠くない何処かに奴らの補充分の源が何処かにある筈なのだ。

 本当ならコイツらを相手にするよりも先にそちらを潰す方がいいのだが、残念な事に今の霊夢にはそれが難しかった。

 

 その理由らしいモノを上げれば、四つほどあると言えばある。

 一つ目は、今彼女たちと戦っているキメラ―――ラピッドが思いの外手強いという事であろうか。

 

 

 霊夢の経験から言えば、単体では大したことは無いものの数が揃えば脅威となる部類の相手であった。

 体を覆っている鎧は薄く、デルフ曰く『体内の『風石』で飛ぶために鎧も体も軽くしてやがる』との事らしいがそれは間違ってないと思う。

 現に今に至るまでの霊夢は何回かコイツラを蹴飛ばしてはいるが、体が紙細工なのかと思ったくらいに吹っ飛んだのである。

 最もそれで与えられるダメージなど殆ど無傷に等しいものであり、時には体の中の『風石』を使ってそのまま飛び上がる奴もいた。

 また『風石』で浮遊しているおかげか、浮いている間の直角的で非生物じみた動きに彼女は不気味さを覚えていた。

 少なくと彼女がこれまで戦って相手や、この世界で戦ったキメラ達も含めてこの様な奇怪な動きをする相手はいなかった。

 

 手に持っている槍もどこで槍術を学んできたのか、少なくとも無視できない程度のレベルだった。

 振り回したり突いてきたりするのはもちろんの事、時にはジャベリンとして思いっきり投げてくる事さえあるのだ。

 しかも宙に浮いている奴もここぞばかりに投げてくるということもあって、頭上と地上で二匹のラピッドを相手にせざるを得なかった。

 背中にある羽根状の薄い六枚羽根みたいなモノは武器なのかどうなのか、それは未だに分からない。

 デルフが言うにはあれも『風石』で浮かんでおり、本体に埋め込まれているモノと連動しているのだという。

 だからアレも武器の一つだと霊夢は思ってはいた。少なくともコイツらを彩る飾りとしてはあまりにも無骨である。

 

 更に言えば、知性の無さそうな怪物のクセにやたらとチームワークが良い。

 最初、霊夢はこいつらの囲いから出ようとしたものの上空で待機しているのと地上のヤツらが、一斉に襲い掛かってきたのだ。

 結果的に奴らの包囲からは逃れられなかったうえ、一度に四体ものラピッドを相手をする羽目になってしまった。

 その後次々と来る敵の増援に痺れを切らした彼女は、瞬間移動で包囲から出ようと考えたがすぐにそれはダメだと悟った。

 学院での戦いで使った瞬間移動は範囲が狭いうえに連発もできないので、逆に窮地に陥る可能性が高かったのである。

 

 

 

 幸い、動きが気持ち悪い事と無尽蔵に飛んでくる事以外を除けば博麗の巫女である霊夢の敵ではなかった。

 ――――――彼女の体調が万全であったのであらば。 

 

「……ウ、クッ!」

 一息ついてまた戦いを再開しようとしたとき、頭の中で疼いている痛みが彼女の痛覚を刺激する。

 まるで俺を忘れるなと囁いているかのように、先程から彼女を悩ます軽い頭痛が一瞬だけ鋭利な刃物の様に痛みを増す。

 その痛みのせいで体の力がフワリと抜け落ち、不甲斐ないと思いつつもその場で片膝をついてしまう。

『おいおい大丈夫か?さっきオレっちに訴えてきた頭痛はまだ痛むのかよ?』

「――――…ッあぁもう、さっきから何なのよこの頭痛は…?」

 心配してくれるデルフの言葉に、霊夢は痛む頭を手で押さえながらもそれを紛らわすかのように呻く。

 二つ目にこの頭痛であった。戦いに集中できないレベルでも無視するにしても少し難しい中途半端な頭の痛み。

 まるで頭の中に文鎮でも仕込まれたかのようにズーンと頭が少しだけ重たく感じられてしまい、そのせいで霊夢自身上手く戦えないでいるのだ。

 急に現れたこの痛みに最初は顔を顰めつつも無視していたのだが、時折今みたいにその痛みが激しい自己主張をしてくるのである。

 そのせいで命に関わるような事にはまだあっていないものの、本調子で戦えない事自体が彼女にとって大きなストレスとなっていた。

 本当ならどこか一息つける場所で休みたいのではあるが、生憎そんな暇すら許されないという状況である。

 

「…こんな奴ら。私の頭痛でもなけりゃ、一掃してやれるっていうのに…」

「そんな事を言える余裕があるんなら、まだまだ大丈夫だと私は思うぜ?」

 悔しそうに呟いた霊夢の背後から、茶化すようにして魔理沙が言葉を返してきた。

 ある意味ルイズ達と比べてこの場を走り回っているであろう彼女は右手にミニ八卦炉を持ち、左手には箒を握っている。

 魔理沙が長年連れているであろう無機質な相棒たちは、複数のラピッドを相手に彼女を大立ち回りの舞台で踊らせていた。

 ミニ八卦炉から発射されるレーザーが相手の体を鎧ごと貫き、見た目以上に硬くて痛い箒は体の軽い奴らを吹き飛ばしていく。

 そして彼女が服の至る所に隠しているであろゔ瓶に詰めた魔法゙という三つの武器で、既に三匹のキメラ達を葬っている。

 霊夢が倒した数の約半分にしか達していないものの、彼女やルイズと比べて激しく動き回っているのにも関わらずその顔には快活な笑みが浮かんでいた。

 まるでアスリートが自分の好きなスポーツに打ち込んだ後の様な笑顔に、霊夢は思わず顔を顰めてしまう。

 

「アンタ…人が頭痛で苦しんでいるっていうのに、随分と楽しそうじゃないのさ?」

「そりゃまぁ、萃香が起こした異変の時みたいに地上で暴れまわるのは久しぶりだしな!」

 楽しさ二倍ってヤツだよ!最後にそう付け加えながら、上空から突撃してきた一体のラピッドに向けてミニ八卦炉を向けた。

 既に黒い八角形の炉の中でチャージされていた彼女の魔力が、直線形の太いレーザーとして勢いよく発射される。

 ご丁寧に真っ直ぐ突っ込んできた相手は霊夢のお札と比べてあまりにも速い攻撃に対処しきれず、そのまま上半身をレーザ―で消し飛ばされてしまう。

 残った下半身は突撃時の勢いを残したまま地面に激突し、血をまき散らしながらあらぬ方向へ激しくバウンドしていった。

「良し!これで五体目…っていうか、コイツらどんだけ用意されてるんだよ」

 ひとまず目の前の危機を追い払ったところで顔の汗を拭いながら、背後の霊夢に向けて言う。

 どうやら自分と同じく、どこからともなく湧いてくるキメラ達にキリが無いと判断したのだろうか。

 そう思った霊夢はしかし、「そんなの知るワケないでしょ?」とぷっきらぼうに返しながらようやっとその腰を上げた。

 

「ただ、あのシェフィールドっていう奴の言った事が正しかったら、どこかにコイツらを送り出してる所か何かがあるはずよ」

「…?確か、゙鳥かご゛だっけか、そんな名前だったような…。けれど、それをどうやって探す気なんだって話だ」

『少なくとも、コイツらの包囲を脱しなきゃならんが、生憎それは無理そうだねえ』

 霊夢の言葉に魔理沙が頭上キメラ達にレーザーで牽制しつつそう返し、ついでデルフも呟いてくる。

 黒白と一本の言葉に霊夢は苛立ちを覚えつつも、左手に持つ御幣へと自らの霊力を注いでいく。

「そんなに無理無理言うんなら…ちょっとは手を動かせ…てのッ!!」

 そして上空から投げつけてきたラピッドの槍に向けて、霊夢は勢いよく御幣の先端を突き出した。

 彼女の霊力を注がれた御幣の先についた紙垂代わりの薄い銀板が、シャララと音を立てながら青白く発光していく。

 直後。その銀板を中心に小さな結界が展開し、迫ってきた槍を投げ返すようにして弾き飛ばしたのである。

 刺されば確実に致命傷となっていたであろう槍は大きく回転しながら、暗い森の中へとその姿を消した。

 

「お見事!本調子が出ないとか何だ言って、本当は手でも抜いてるんじゃないのか?」

 真後ろで嬉しそうに叫んだ魔理沙の黄色い声が痛む頭の中で響き渡り、霊夢の顔をますます険しくさせる。

 思わず魔理沙の形をした悪魔たちが、自分の頭の中で暴れまわってるのを想像してしまい、ついつい彼女自身も声を張り上げてしまう。

「えぇいもう…、一々真後ろで叫ばないでよ!こっちはたたでさえ頭が痛いんだから!」

 そんな事を言いながら、ほんの一瞬だけ背後の魔法使いを睨んでやろうと振り返ろうとしたとき…デルフが怒鳴り声を上げた。

『おい、気をつけろッ!!゙羽根゙を飛ばしてきやがったぞ!』

 よそ見しようとした自分への注意とも取れるその怒鳴りに、思わず視線を戻した彼女は思わず面喰ってしまった。

 背中と背中を向け合っていた魔理沙もそちらへと視線を移し、同時に絶句する.。

 

 その゙羽根゙を飛ばしてきたのは、先ほど霊夢に槍を弾かれた上空のラピッドであった。

 唯一の武器だったであろう槍を失い、少しだけなら大丈夫だろうと霊夢が視線を外した隙にソレを飛ばしてきたのである。

 いつの間にか地上に降り立ち、背中に内蔵された大きな『風石』と連動して自分の背後で浮遊する、六枚の羽根状の゙武器゙。

 『風石』の力で緑色に輝く羽根の形をしたソレが風を切りながら回転し、目を見張って驚く霊夢と魔理沙に迫りつつあった。

 

「げッ、マジかよ!」

「クッ!」

 凶悪な緑の光を放ちながら迫りくる刃に、思わずたじろいぐ二人の姿は珍しい光景であろう。

 避ける暇が無いと判断したのか、魔理沙より先にその凶器の直撃を喰らうであろう霊夢が咄嗟の即席結界を張る。

 録に霊力など込めておらず、完全に防ぎきるとは思えない御粗末な代物ではあったが、それなりに効果はあったようだ。

 次々と飛んでくるブーメランは結界に当たるとその軌道を変えて、二人と一本の周りを音を立てて通り過ぎていく。

 しかし丁度五本目を防ぎきった所で粉々に砕け散り、不幸にも最後の六本目が彼女と魔理沙へその牙を剥いた。

 

「うぁッ…!」

「れ…痛ッ!?」

 『風石』の持つ力で回転する刃は結界を張っていた霊夢の左肩を勢いよく掠り、彼女の血をまき散らしながら回転を続けていく。

 直撃とはいかないものの傷口から伝わる激しそのい痛みに慣れていないせいか、その口から呻き声を漏らしてしまう。

 そんな霊夢に思わず声を掛けようとした魔理沙も、彼女の血を飛ばしながら回転凶器に右手の甲を思いっきり切り裂かれた。

「イテテ、ってうわ…、マジかこれ?スゲー痛いうえに見た目もエグイな…」

 持っていたミニ八卦炉を思わず落としてしまうが、それにも構わず一瞬で血まみれの切創が出来た右手に彼女はその顔を真っ青にする。

 それでもまだまだ余裕は捨てきれないのか、青い顔に苦笑いを浮かべつつも出血する傷口を見ながら呟いた。

「コイツぅ…よくもやってくれるじゃないの?」

『全く、手ひどくやってくれたもんだぜ!』

 一方の霊夢は運よく掠り傷ですんだのではあるが、先ほどの頭痛と重なってしまいまたもや片膝をついてしまっている。

 心なしか呼吸も荒くなっており、素人目に見ても限界が近くなっている事が察せられる程疲弊していた。

 唯一無傷であったデルフはそんな二人を心配しつつも、相手のまさかな攻撃方法にある種の感心を感じていた。

 一方で見事攻撃に成功したラピッドはというと、その背中に収まっている『風石』を力強く発光させている。

 次は何をしてくるのか…?左肩の傷口を押さえつつ様子を見守っていると、ふとその背後からさっき聞いたばかりの音が聞こえてきた。

 鋭い刃物を勢いよく振った時に聞こえてくるあの独特の風を切り裂く音、おもわず霊夢が後ろを振り返つた時―――魔理沙が叫び声を上げる。

「わっ、畜生!また戻ってきやがったぞ!?」

 

 黒白の言うとおり、背後を振り返った霊夢の目にはあの六枚の羽根がUターンして戻って来るのが見えた。

 今や凶悪に見える緑色の光を纏って、再び彼女たちを切り裂かんと悪魔の刃が迫ろうとしている。

「人が怪我してるってのに…!ちょっとは休ませろよな!?」

 魔理沙が話の通じぬキメラ相手にそんな無茶ことを言いながらも、切創の付いた右手で地面のミニ八卦炉を拾おうとする。

 対する霊夢も、今度は撃ち落としてやらんと左肩の傷を今は無視して懐からお札を取り出そうとした。

 そしてラピッドのブーメランも、今度こそ二人の息の根を止めてみせると言わんばかりにその回転を強めて近づいてくる。

 

 本物の殺し合いに慣れぬ幻想郷の少女二人と、人を殺すためだけに造られた怪物の飛び道具六枚。

 決して相容れぬであろう対決、その雌雄は決したのは――――――

 

「『ファイアー・ボール』ッ!」

 

 ――――突如双方の間に割り込むかのように入ってきたルイズの魔法であった。

 

 凄まじい閃光が二人と六本の間で走り、直後にそれが強力な爆風と黒煙と貸して霊夢達ごと周囲を包み込む。

 本来なら゙火゙系統の攻撃魔法なのであるが、ルイズが唱えてしまえば広範囲かつ中々凶悪な爆発魔法へと変わってしまうのである。

「!?、ちょ、うわっ…ぷ!」

「る、ルイズおま…うわッ!ゲホッ!!」

 激しい爆音を耳にしながら黒煙に包まれた二人は悲鳴を上げる間もなく煙に包まれ、咄嗟に目を瞑りつつも激しく咳き込んでしまう。

 彼女たちを切り裂こうとしたラピッドのブーメランは爆風の煽りで槍と同様、六本それぞれがあらぬ方向へと飛んで消え去っていく。

 最後の攻撃手段を吹き飛ばされたキメラは驚いたと言いたげに身を怯ませた直後、再びルイズが呪文を詠唱した。

「『エア・ハンマー』!」

 勢いよく叫んだ彼女は右手握った杖を怯んだキメラの方へと振り下ろした瞬間、ソイツの足元が大きな音と共に爆ぜる。

 ゛風゛系統の呪文であり、本当ならば魔法で固めた空気を不可視の槌として使う呪文だ。

 しかし、それもルイズが唱えてしまえば槌にしてしまう空気ごと吹き飛ばしかねない爆発魔法となるのだ。

 

 哀れルイズの爆発を足元で喰らったキメラは、口から黒煙を吐きだしながら力なくその場で倒れ伏してしまう。

 背中で光っていた『風石』は完全に砕け散っており、武器も無い今の状態では起き上がっても脅威にはならないだろう。

 最も、それは全身煤だらけでボロボロとなったソイツにまだ立ち上がって戦える気力があるかどうかの話だが。

 

「うわぁ~…霊夢も霊夢だが、ルイズもルイズで色々と酷いなぁ?」

 魔理沙は自分と霊夢に不意打ちを喰わせてきたキメラが、ルイズの魔法であっという間にボロ雑巾と化した事に同情心すら抱きかけてしまう。

「それ、数分程前のアンタに掛けてやりたい言葉だよ」

『まぁアレだな?ここは三人とも色々アレって事で済ませとこうぜ?』

「アンタ達!何こんな状況で暢気なやり取りできるのよ!?」

 そんな彼女に霊夢とデルフがささやかな突っ込みを入れていると、自分たちを援護してくれたルイズが傍へと駆け寄ってきた。

 ルイズもまた他の二人と同じく無傷というワケでもなく、魔法学院の制服やマントには幾つもの切れ込みが入ってボロボロになっている。

 その切れ込みから覗く肌にも赤い筋が残っており、場所によっては少しだけ出血が続いているような箇所すら見受けられた。

 しかしそんな彼女の顔は緊張した表情を浮かべてはいたが、決して自分たちを囲うキメラに恐怖しているというワケではなかった。

 

 近づいてきた彼女は魔理沙の右手にできた切創を見て、その目を見開いた。

「ちょっとマリサ!その右手の傷って大丈夫なの…!?」

「よぉルイズ。大丈夫だぜ、問題ない!―――――…って言いたいところなんだが、生憎物凄く痛いぜ…」

 本当ならここで格好よく大丈夫とか言いたかったものの、体は痛みに対しては正直過ぎた。

 右手の切創は最初見た時と比べより出血の量が増えており、ポタリポタリと指と指の合間や先っぽから血が遠慮なく垂れ落ちていく。

 痛みも切られたばかりの時と比べジンジンと頭の奥にまで響くほど激しくなっており、心なしか魔理沙自身の顔色も若干悪くなっている。

 

 ルイズはそんな魔法使いの右手の状態を見て一瞬顔を真っ青にしてしまうが、気を取り直すように首を横に振ると右手の杖を腰に差し、

 空いたその手で王宮を出る際に持ってきていた肩掛け鞄を開き、その中身を必死に漁り始めた。

「もう!秘薬はそんなに持ってきてないんだから、気をつけなさいよね?」

 そんな事をぶつくさ言いながら持ってきていた水の秘薬と包帯を取り出した彼女は、素早く魔理沙の応急処置を始めていく。

「そりゃまぁ、避けれるなら避けてたが…。ていうかコレくらい、包帯巻いてくれるだけで大丈夫だと思うんだが」

『当たり前だろ。娘っ子の秘薬が無けりゃあ、今頃出血多量で一大事だったぜ?』

 一方の魔理沙はこういう生傷には慣れていないのか、止血しておけば大丈夫とでも言いたげな言葉に流石のデルフも呆れている。

 幻想郷の弾幕ごっこでは体が傷つく事はあっても、今の様に大きくて後々命に係わるような傷ができるという事はそうそう無い。

 言葉が通じぬ妖怪を退治する事もある霊夢はまだしも、基本戦いは弾幕ごっこである魔理沙にとって命のやり取りというものは少しだけ漠然とした存在であった。

 だからこそ真剣な表情でキメラと戦っていた他の二人と違って、彼女だけは快活な笑みを浮かべていたのである。

 

 暢気な黒白の態度にため息をつきたくなりつつも、ルイズはタオルを使って傷口周りの血を拭いていく。

 その間にも霊夢は近づいて来ようとしているキメラ達に、お札と針を交互に使って牽制したり撃ち落としたりしていた。

 針で目を潰し、その隙に投げたお札で一匹始末して更に近づいてくる別の個体には最初からお札の集中攻撃で距離を取らせる。

 本来ならばこういう時を狙って一斉攻撃してきそうなもりであるが、生憎キメラ達はもゔ一人゙いる相手にも攻撃しなくてはならない。

 その為霊夢が相手するのは二、三匹程度であり、その程度ならば魔理沙の応急処置が済むまで守る事など朝飯前であった。

 

(確かアイツは素手だったけど…大丈夫かしらね?)

 接触してきたシェフィールドと自分たちの間に割って入ってきたあの巫女モドキは、今は自分たちの見えない場所で戦っていた。

 ここからではあまり見えない森の中から、キメラ達が持っている槍で風を切る音と霊力で青く光る彼女の拳の光が見えている。

 補充されて来るキメラ達の何匹かが彼女のいるであろう場所へ飛んで行っているので、まだ生きているのだろう。

「ちょっと、ちゃっちゃと済ませないよ。ソイツの応急処置に時間なんて掛からないでしょうに」

「分かってるって!…ホラ歯ァ食いしばりなさいよ?染みるから」

 そんな事を思いつつ、魔理沙の手の甲に付いた血の汚れを拭っているルイズに声を掛けつつ、上空から降りてくるキメラ一体に牽制の針を投げつけた。

 一方のルイズも荒い言葉で返しつつ、患者の手に付いた血を粗方噴き終えたところでようやく水の秘薬を塗れるようになった。

 手のひらサイズの壺に入った軟膏にも見えるソレを一掬いすると、痛々しい傷口へと遠慮なく塗り始めた。

 

「おぉ頼む…ぜッ!?うわっ、ちょ…ヒャア!?痛いイタイ痛いッて!」

 わざわざ薬まで塗ってくれるルイズに感謝の意を込めた言葉を言いきろうとしたところで、彼女は悲鳴を上げる。 

 右手の甲にできた一直線上の傷口を包み隠すように塗られた秘薬は、魔理沙自身が想定していた以上に染みる代物であった。

 塗られた直後はヒンヤリとした冷気を感じ、それが一瞬で頭の奥に響くほどの熱いとも例えられる痛みに変わったのである。

 水の秘薬は軟膏の中に入っている『水精霊の涙』と呼ばれる貴重なマジックアイテムが、塗られた個所の傷口を僅かな時間で直していく。

 それ故に傷口に染みた際の痛みも半端なく、それを予想できなかった魔理沙は情けない悲鳴を上げてしまったのだ。

「我慢しなさいって!最初は痛いけどすぐに傷口が塞がって痛みも消えるから」

「イヤイヤイヤ…ッ!これはちょっと…何かに傷口を深く焼かれてるような…イデデデッ!」

 秘薬を塗り終え、傷が開かないよう包帯を巻き始めたルイズの叱咤に、魔理沙は目の端に涙を浮かべながら呻いている。

 滅多に見れないであろうその霧雨魔理沙の珍しい顔を見た霊夢、こんな状況なのにも関わらずニヤリとしてしまう。

 

「ほ~、ほ~…。いつもは粋がってる魔理沙さんも、中々可愛い表情を見せてくれるじゃないの」

 明らかな嫌味とも取れる霊夢の言葉に、恨めしそうな顔をした魔理沙が「そ、そりゃどうも…!」と咄嗟に返事をする。

 そんな二人のやり取りを目にして呆れつつも、黒白の右手に包帯を巻き終えたルイズは今まで援護してくれた霊夢に「終わったわよ!」と告げた。

 自分の右手に包帯が巻かれた事の安堵感と、傷口が軟膏で痛むという二つの思いを感じつつも魔理沙はルイズに礼を述べた。

「おぉイテェ~…!応急処置ありがとなルイズ、でも今度からはもうちょっと優し目で頼むぜ」

「そんな事言える余裕があるんなら、軽く避けて反撃するくらいの事はしてほしいものね」

「まぁまぁそう言うなよ。それに、お前さんの爆発魔法の威力の程も見れたし、私として怪我の功名ってヤツだよ」

 右手を摩りながら立ち上がった魔理沙が口にした゛爆発魔法゛という言葉に、ルイズがキッと目を鋭くする。

 

 正直言って、この様な状況下においてルイズの『失敗魔法』は本人の予想以上にその効力を発揮していた。

 彼女自身は掛けに近い感覚でキメラに杖をふるい呪文を唱えるものの、それ等は威力に差があるものの全て爆発する魔法に変わってしまう。

 しかしその爆発はこれまでの失敗魔法同様何もない空間が突然爆ぜるのでキメラ達も急には動けず、犠牲になっている。 

 ルイズとしては、この二人に守られてばかりではなくこうして共に戦えるという事に不満は無かった。しかし…

「爆発魔法…ね、確かにそりゃアンタの言うとおりだし…ぶっちゃけ今は役に立ってくれてるけど…けれど」

「けれど?」

「やっぱりどんなスペル唱えても爆発しちゃうより、普通の魔法を使ってみたいのよねぇ…」

 ルイズの悲痛な言葉を魔理沙はいまいち理解してないのか「まぁまぁ、そう卑屈になるなって…」とやる気のないフォローをしている。

 そんな二人のやりとりを見て何をやっているのかと溜め息をつきそうになった霊夢であったが、敵はそれすら許してはくれなかった。

『三人とも、敵は待ってちゃくれないぜ!――――…今度は上から一体、あのブーメランを出してくるぞ!』

 デルフの叫びに霊夢達が頭上を仰ぐと、彼の言うとおり上にいるラピッドが背中の『風石』を強く輝かせて背中の羽根を飛ばそうとしていた。

 

「…舐められたモンね。まさか私相手にさっきの攻撃がまた通じるとでも思ってるワケ?」

 一度目ならまだしも、二度目の攻撃を喰らってやる程お人好しではない霊夢は、左手の御幣をキメラへと向けて霊力を溜め始める。

 今度は相手の攻撃を防ぐ結界ではなく、その攻撃ごと相手を葬る為の霊力を放とうとした、その直前であった。

 

「そ…りゃあッ!」

 どこからか聞こえてきた威勢の良い女の掛け声と共に、闇夜でよく見えぬ木立の中から物凄い勢いで一体のラピッドが吹っ飛んできた。

 その影は霊夢達の頭上で攻撃を行おうとしたキメラを丁度良く巻き込み、軽い金属同士が勢いを付けてぶつかりあった時の様な甲高く激しい音が周囲に響き渡る。

 あと少しで羽を飛ばせたラピッドはぶつかってきた仲間のせいで大きくバランスを崩し、同時に発射した六枚の凶器はあらぬ方向へ飛んでいく。

 周囲の木々や同じラピッドたちにその羽根が次々と刺さっていくが、幸いにも丁度真下にいたルイズたちはその無差別攻撃からは免れていた。

「わ…っ!?」 

 秘薬と包帯を手早く鞄にしまい込んだルイズはキメラ同士が頭上で激しくぶつかり合う音と、すぐ近くの地面に刺さった羽根に身を竦ませる。

 何時やられてもおかしくなかった応急処置が終わって安堵した瞬間の出来事であったが故に、ついつい気が抜けてしまっていたのだろう。

 彼女に右手の怪我を処置してもらった魔理沙も目を見開いて驚きつつ、「おぉ…!?激しいぜ!」と苦笑いを見せている。

 一方の霊夢は二匹仲良く揉みくちゃになりながら、木立の中へ消えていくキメラ達を一瞥してから、キッとある場所を睨み付ける。

 それは吹っ飛ばされたキメラがいたであろう場所。あのキメラを威勢よく投げ飛ばしたであろう声の主がいる木立の中を。

 

「全く、どこの誰かは知らないけれど…援護する気があるなら、もっとマシな方法を選びなさいよ?」

 下手すればルイズの努力が水の泡と化していたであろう事を考えながら、霊夢はその木立の方へと話しかける。

 彼女の言葉にようやくミニ八卦炉を拾えた魔理沙と、右手に杖を握り直したルイズもそちらの方へと視線を向けた。

 周囲に浮かぶキメラ達に警戒しつつもすぐ近くの木立を三人が見つめていると、キメラを投げ飛ばしたであろゔ彼女゛の声が聞こえてきた。

 

「…そりゃ悪かったわね?何せ、急に向かってきたもんだから投げるしかなかったのよ…!」

 そう言って三人の前に現れたのは、突然ルイズ達とシェフィールドの前に現れた謎の巫女モドキ―――ハクレイであった。

 長い黒髪と紅い巫女装束、そして霊夢のソレと酷似している服と別離した白い袖という衣出立ちは、確かにそう言われてもおかしくない。

 そんな彼女は今、先ほどまでいたであろう木立から抜け出すようにして三人の前に走ってくると、そこでバッと身を翻した。

「たくっ…!コイツら以外としつこいわねぇ!」

 そう呟きながら三人に背中を見せたハクレイは、次に彼女たちを庇うような形で拳を構えて見せた。

 左手を前に突き出し、右手は腰に触れるか触れないかの位置で止めて先ほどまで自分がいた場所を警戒している。

 一体何事かとルイズ達が思った直後、その彼女を追いかける様にして二体のラピッド達が飛びかかってきた。 

 四人に突き刺すようにして槍を向けてくる相手に対し、ルイズたちが行動を起こす前に先に構えていたハクレイが動く。

 

「せいッ、…ハァッ!」

 腰の横で止めていた右手の拳に霊力を溜めると、彼女を槍で突こうとしたラピッドの胴へと勢いよく右アッパーを叩き込んだのだ。

 丁度相手の頭上から攻撃しようとしたソイツはものの見事に彼女の青い拳を喰らい、その体がイヤな音を立てて鎧ごとへの字に曲がっていく。

 

 

 見事なアッパーカットを喰らったキメラはその口から黒色の血反吐をぶちまけると、そのままぐったりとして動かなくなる。

 攻撃を当てたハクレイはそのまま左足で地面を蹴ると、右の拳で貫いたキメラごとジャンプして一気に二匹目のラピッドへと近づいた。

 一方の二匹目は、やられた仲間を持ったままこちらへ飛んでくる相手を両断しようとしているのか、両手に持った槍を思いっきり振り上げようとする。

 だがそれを読んでいたのか、ハクレイはキメラを持ち上げている右手を少し引いて、一気にそれを前へと突き出す。

 すると胴に刺さっていた彼女の右手がスッポリと抜けて、突き上げられたラピッドの体は勢いを付けて槍を振り上げた仲間と激突したのである。

 

 折角攻撃をしようとした所でやられた仲間と衝突したキメラは大きくバランスを崩し、槍を振り上げたままその場で固まってしまう。

 その隙を狙って作り上げたハクレイは左手に霊力を注ぎ、青色に光るする左の拳でもって二匹目の頬を殴りつけた。

 頭部を覆う鎧が大きく凹み、その内側にある顔の骨が折れていく不吉で乾いた音が、彼女の耳に入ってくる。

 それを気にすることなく左手に更なる力を込めていき、そして一気に殴りぬけた!

「吹ッ飛べ!!」

 そんな叫びと共に左フックで殴り飛ばされたキメラは先にやられた仲間と共に、錐揉みしながら木立の方へと飛んでいく。

 皮肉にも先程自分たちが出てきた所へと戻っていくとは、彼らの少ない理性では到底考えられなかった事であろう。

 仲間がやられた事で補充として前へ出ようとしたもう一匹を弾き飛ばしながら、二匹のキメラは仲良く闇の中へと消えていった。

 

 無事に二匹、余計に一匹殴り飛ばしたハクレイは地面に着地するとふぅと一息ついて右の袖で顔の汗を拭った。 

 魔理沙はそれを見ておぉ…っ!と声を上げたが、霊夢だけは彼女の手を包む霊力を見て顔を顰めている。

 あの荒く、まるで鋸のような相手の体をズタズタに切り裂くかのような霊力で包まれた拳の一撃は、さぞや痛いであろう。

(あんなので殴られるくらいなら、本物の鋸で切られた方が…いや、どっちもどっちか。…でも、あの攻撃の仕方)

 そんな事を考えつつも、彼女はあの巫女もどきの攻撃にどこか見覚えがあった事を思い出す。

 忘れもしない丁度二週間前近くの事。アンリエッタの結婚式だからと言って、ルイズが服を買ってくれたあの日。

 ガンダールヴのルーンに導かれるようにして出会った。自分と瓜二つの恰好をした少女との戦い…。

 そしてあの姿、紅い巫女装束に黒髪。―――――霊夢は二度も見ていたのだ、同じ姿をした女性を。

 ガンダールヴのルーンに導かれるようにしてレストランを出る直前に、そして自分の偽物と相打った直後の夢の中で――――

 

「………ッ」

 チクリ、と後頭部の内側から微かな痛みを感じてしまう。

 どうしてか知らないが、この女がやってきて一緒に戦い始めてから頭痛が起き始めた様な気がする。

 気のせいと言われればそうなのかも知れないが、直前まで何とも無かった事を考えればそれはあり得ない様な気がした。

 少なくとも今自分の体を襲う頭痛の原因に、後ろにいる巫女モドキの存在が関与しているのかもれしない。

 そんな不確かな事を思いつつも、自分の気持ちなど微塵も知らない彼女に対して霊夢は身勝手な不満を抱いていた。

 

「全く、アンタは本当に何なのよ?」

「―――…?」

 顔を顰めた霊夢の呟きが聞こえたのか、顔を拭っていたハクレイはキョトンとした表情を彼女の方へと向けた。

 彼女がここを離れられない三つ目の理由、それは謎の巫女もどきことハクレイの存在である。

 自分とよく似た巫女装束の姿をした彼女の存在が引っ掛って、仕方がないのである。

 

 

 

 ド派手な登場でシェフィールドを逃がしてしまって霊夢に怒鳴られた後、彼女も流されるようにして三人と戦うことになった。

 最初は突如現れた彼女に対してルイズが何者かと聞いてみたのが、あっさりと自分の素性を話してくれた。

 

 

 曰く、自分は記憶喪失で何処で生まれたのかも分からず、名前すら知らないという事。

 そしてこの村から少し離れた川でボーっとしているところを、カトレアと名乗る女性と出会い、色々あって彼女に保護してもらった事。

 今は目の前の屋敷の地下で、村の人たちと一緒に避難している彼女を助ける為に外で戦っているという事を、ハクレイは手短に話してくれた。

 それを聞いたルイズは、ここへ来る動機となった女性の名前を耳にしてキメラに魔法を放つのを忘れて彼女の掴みかかった。

「カトレア…?それじゃあやっぱり、ちぃ姉さまはあそこにいるのね!?」

「うわっ…ちょ!ま、まぁそうだけど…ちょっと危ない、危ない!」

 戦いの最中にも関わらず詰め寄ってきたルイズに慌てつつも、ハクレイは話を続けていった。

 隠れている最中に容態が悪化したカトレアの薬を取りに行く際に、屋敷から出て助けを呼びに行く者たちと一緒に地下を出た事。

 彼らを見送った後、薬を手にしたところまでは良かったが屋敷内部にいたキメラ達に見つかって止むを得ず戦う羽目になったのだという。

 その時はすぐに蹴散らしたが、待っていましたと言わんばかりに他の連中もやってきて戻ろうにも戻れなくなってしまい、

 同行してくれていたカトレア御付の貴族たちに薬を渡して、彼女自身が囮役として屋敷の外に出てキメラ達と戦いつつも逃げていたらしい。

 数時間掛けて奴らを撒いたのは良かったが屋敷周辺には奴らがいて戻れず、仕方なく隠れていたという。

 

 

 それから今に至るまでハクレイは彼女自身の戦い方もあって三人とは距離をとっていたものの、キメラを相手に共闘する事となった。

 ルイズ達は近づいてくる敵を魔法やお札といった飛び道具で撃ち落とし、ハクレイが少し離れた場所で拳を振るう。

 そんな風に戦って約十五分、二十体近くを倒してはいるが未だに終わりは見えてこないという状況であった。

 

「それにしても、殴れど蹴れども幾らでも湧いてくるわねコイツラは…」

「やっぱりあのシェフィールドっていう女を黙らせるか、何処かでコイツラを保管してる場所か何かを潰さなきゃダメみたいね」

「アイツラの動きからしてそう遠くはないだろうけど、離れたら離れたであの屋敷に手を出すだろうし…」

 息を整えつつも三人の傍へと寄ってきたハクレイと霊夢が、周囲にいる敵を睨みつつも何とか打開策を見つけようとしている。

 自分たちの周りを囲うキメラ共は最初こそ無秩序に突撃して来たものの、倒した数が増えるごとに一体ごとの動きが慎重になっている。

 恐らくは何処か自あの分たちの見えない所から、あのシェフィールドが操っているのかもしれないが断定することはできない。

「全く、今回の化け物といいあの女といい…良く分からない連中と戦ってばかりな気がするわね」

「それには概ね同意しますけど。個人的に一番得体が知れないのはアンタだと断言しておくわ」

 ハクレイの愚痴に対し霊夢が言葉を返しながらも懐から新しいお札を取り出し、いつでも戦えるようにと態勢を整える。

 霊夢としてはその見た目からして怪しいとは思っていたものの、ひとまずは信じられる味方として共に戦っているという状況だった。

 一方のハクレイは霊夢の姿を見ても特に何も感じてはいないようだが、少なくとも無関心というワケではないらしい。

 自分たちを囲っているキメラ達を睨みつつも、時折彼女の強い視線がチラチラと横目で見ている程度ではあったが。

 とにもかくにも、今この状況を打開しない以上詳しいことは聞けないと理解しているからこそ、二人は肩を並べて戦っているのである。

 

 そんな二人のやり取りを耳にしていたルイズは、身長と胸囲に差があり過ぎるもののどこか霊夢と似通っていると思った。

 服装にも微妙な違いがあるものの、霊夢の来ている巫女装束と意匠が似ていて…言ってはなんだが、まるでそう―――゙親子゙の様な…。

「…って私、何を考えてるのよこんな時に」

「ん、どうしたルイズ?頭に毛虫でも乗っかったのか?」

 首を横に振って頭の中の思考を払おうとした所で、それに気づいた魔理沙が声を掛けてくる。

 包帯を巻いた右手は少し痛々しいものの秘薬が効いているのか、苦も無く動かしている所を見れば痛みが治まったのであろう。

 自分が持ってきた道具が無駄じゃなかったことを確信しつつも、ルイズは彼女の言葉に「何でもないわよ」と言ってから耳打ちで言葉を続ける。

「ただちょっと…あの女の人の姿が、ちょっとだけアイツに似てるって思っただけよ」

「あぁ~、確かにそうだな。まぁ巫女さんの姿だから似ててもしょうがないと思うぜ、そこは」

 自分の疑問に対して、やや適当な感じで魔理沙がそう答えた事にルイズは「そこが疑問なのよ!」とやや怒りつつ喋り続ける。

 

 

 

「そのアンタんとこの巫女装束を着た彼女が、ハルケギニアにいるって事事態おかしいと思わないの?」

「え?…あ、確かにそうか!ここって私とアイツにとっちゃあ異世界だもんな、バリバリ西洋の」

 一瞬だけ怪訝になりつつ、すぐに明るい表情になった魔理沙の言葉に霊夢も「あっ」と言葉が出て思い出す。

 確かにルイズ魔理沙の言うとおりだ。ここはハルケギニア、東洋の文化など全く見えてこない西洋感溢れる異世界。

 本来なら目の前の巫女モドキが来ているような和風の巫女装束など、お目に掛かる事など無い筈なのである。

 

 それを今更ながら理解した霊夢と魔理沙の二人は、場違いな服を着たハクレイの方を見遣る。

 一方のハクレイもルイズの言葉を聞いて「そうなの?」と自分の事にも関わらず、首を軽く傾げながら言う。

 周囲を囲うキメラにも警戒しなければいけないため彼女の顔は見れないが、その口調からは本当に不思議がっているのが分かった。

「え?…ま、まぁそうだけど…ていうか、アンタ自身の事なのにそのアンタが不思議そうに聞いてどうするのよ?」

「さっきも言ったけど私は何も覚えてないから、こんな姿をしてる理由も思い出せないのよ」

 あぁそうか、さっきそんな事言ってたわね。戦いながら聞いていた彼女のいきさつを思い出して、ルイズ達は納得する。

 けれどもそれはそれで謎がさらに深まってしまい、彼女自身の存在がより不鮮明になってしまう事となった。

 

 しかし、だからといって今共に戦っている彼女に杖を向けるという事にはならない。

 ひとまずはそう納得したルイズは杖を握る右手に更に力を込めて言った。

 

「だけど、今はそんな事を知る前にちぃ姉様やタルブ村の人たちがいる屋敷を守らないと…それが先決よ!」

「だな。確かに怪しいっちゃ怪しいが、だからといって敵を増やしても良いことは何もないぜ」

 ルイズの言葉に魔理沙も同意し、霊夢も「そりゃそうね」と呟きながら御幣を遠くから睨むキメラ達の方へと向ける。

 そして黒白に怪しいと言われたハクレイも、その三人と背中を合わすようにして静かに拳を構えて見せる。

 遠くから様子を見守っていたラピッド達も再び動き出そうとしているのか、彼女たちの周りにいる数体が姿勢を低くしている。

 恐らくあの姿勢から飛び上がるつもりだろうか?軽い想像を頭の中でしつつも霊夢は突き出した御幣に霊力を注ごうとした―――その時だった。

 

 

「………ん?――――何だ、急に肌寒くなってきたような…」

 彼女の後ろでミニ八卦炉を構えていた魔理沙が、唐突にそんな言葉を口から出してきたのは。  

 突然何を言い出すのか?そう言いたかったルイズもまた、彼女と同様にブラウス越しの肌が冷たい空気に触れるのを感じた。

 二人の言葉にハクレイも周囲の空気が冷たくなり始めたのに気づき、もしやキメラ達の仕業かと辺りを見回してみる。

 だが不思議な事にキメラ達もその動きを止めており、姿勢を低くしていた奴らも腰を上げてキョロキョロと頭を動かしていた。

「アイツらも止まってる?ってことは、あのシェフィールドっていうヤツが何かを仕掛けたってワケじゃあなさそうだけど…ねぇれ…あれ?」

 彼女に続いてキメラの異常に気が付いたルイズがそう言いながら霊夢にも話を振ろうとした時に、ようやく気が付く。

 自分たちと同じく空気の異変に気付いたであろう彼女は、それまでキメラを睨んでいた目を頭上の空へと向けている事に。

 

 一体どうしたのかとルイズが訝しんでいる一方で、霊夢は周囲に漂い始めたこの冷気に覚えがあった事を思い出していた。

 かつて地上より遠く離れた雲の中、まるで御伽噺に出てくるような空に浮かぶ巨大大陸で体験した様々な出来事。

 まだ幻想郷から紫が迎えに来る前に、帰る手がかりがないかとあのアンリエッタが持ってきた幻想郷録起を頼りに訪れた『白の国』

 途中入った森の中の村に泊まり、色々あって行先が同じだったルイズと合流し裏口から入ったニューカッスル城。

 アルビオン王党派最後の砦の中で、彼女は感じていたのである、肌を容赦なく刺してくるかのような冷気を。

 そして知っていた。ルイズの護衛として同行し、まんまと王党派の中に紛れ込むことのできたあの男が放つ、この冷気の゙正体゙を。

(この冷気は間違いない、この空気が漂いだしてすぐに…あの後…ッ!)

 目を見開き、あの時の出来事が脳裏を駆け巡っていく中で霊夢は思い出す。あの男の一言を。

 

 

 

―――――何、君には永遠の眠りをあげようと思ってね

 そんな気取った言葉を放つ男には撃てそうにもない苛烈な雷撃に、間違いなく自分は追いつめられていたのだ。

 自身の゛遍在゙を用いて一度は襲い掛かってきた、『閃光』の二つ名を持つ男に。 

 

 

『…………ッ!!?クソ、やべェ!お前ら、その場に伏せろ!!』

 そこまで思い出したところで、目を見開いた霊夢が他の三人へと顔を向けようとした直後。

 不思議とそれまで黙り込んでいたデルフが、まるで堰を切ったかのような怒声で叫んだのである。

 今まで黙っていたかと思えば急に怒鳴ったインテリジェンスソードにルイズ達三人が目を丸くした直後、霊夢が動いた。

 突然叫んだデルフの言葉を一瞬理解できず驚いていたルイズの体を、腰に抱きつくような感じで地面に押し倒したのである。

「え、わ…っちょ!何すんのよイキナリ!?」

「えぇ…?おいおいお前ら、急に盛るのはナシ…ィグエェッ!!」

 突然の霊夢の行動にルイズは赤面しながらも怒り、魔理沙はそれを茶化そうとしたものの上手くいかなかった。

 ちょうど彼女の傍にいたハクレイに、後ろから勢いよく袖首を引っ張られて地面に倒されたからである。

 ハクレイもハクレイで最初こそ唐突に叫んだ剣に驚いたものの、自分と似た姿をした少女の行動に何かイヤなモノを感じたのだ。

 だからこそそれに倣うような形で近くにいた黒白の少女を地面を伏せさせたものの、少々強引過ぎたと伏せさせた後で思った。

 しかし、結果的にデルフの叫びと二人の巫女がとった行動はこの場に居た四人を救う結果となる。

 

 ルイズと魔理沙が無理やり地面に伏せさせられた直後、周囲に漂っていた冷気が更にその冷たさを増した。――――瞬間!

 先ほどまで霊夢が凝視していた上空から眩い閃光と共に、空気が弾け飛ぶ激しい音と共に無数の雷撃が周囲に炸裂したのである。

「!?キャア…!」

 霊夢に押し倒されて赤面していた顔を一変、真っ青にさせたルイズが悲鳴を上げる。

 一方でその彼女を押し倒した霊夢は霊力を溜めていた御幣を頭上に掲げると、その先端部から再び結界を展開させた。

 今度は即席ではなく、あらかじめ攻撃用に練っていた霊力であった為に守りは強固であり、こちらへと落ちてくる雷撃を弾いていく。

 結界に弾かれる度に上空からの雷は激しい閃光と音と共に別方向に飛んでいき、その先にあった一本の木に命中する。

 弾かれた雷撃が直撃した木は、轟音と共にあっさりと折れ曲がるとそのまま勢いよく燃え始めた。

 アストン伯の屋敷にも雷が直撃し、まだ割れていない窓ガラスが割れて甲高い音と共に屋敷の外へ飛んでいく。

 しっかりと整備された屋敷の芝生や周囲に散乱していたキメラの破片や放棄されたトリステイン軍の装備品も上空からの閃光で吹き飛ばされていく。

 その中にはここへ来た時にルイズたちが見つけた王軍騎士達のマントもあり、それらは全て激しい雷撃で呆気なく消し炭と化していった。

 

 そして当然、彼女たちを数の力で包囲していたキメラ達にも雷撃は容赦しなかった。

 上空から走ってくる閃光は容赦なく奴らの体を鎧ごと貫き、目にもとまらぬ速さで黒焦げになったトカゲの丸焼きへと変えていく。

 体をほぼ金属で覆っている事もあり、どんなに動き回っても時間稼ぎにすらならない。

 中には無謀にも『風石』の力で飛び上がろうとした奴もいたが、所詮は無駄なあがきであった。

 結果。自分たちの頭上で激しい音と共に閃光が奔った直後、トカゲの丸焦げ焼きが落ちてきた事に魔理沙は素っ頓狂な声を上げた。

「うぉわっ!…な、何だぜコレ!?一体全体、何が起こってるんだぜ…!?」

 動揺のせいか変な語尾がついた彼女の言葉に答える者は誰もおらず、四人中三人は顔を地面へ向けている。

 ただ一人、結界を張っている霊夢だけは霊力を結界へ補充しつつも、その目で闇夜の空を睨み付けていた。

 

『『ライトニング・クラウド』…!こいつはおでれーたぜ…まさかこのご時世に、ここまで使いこなせるヤツがいたとはな!』

 デルフの言葉に、この雷撃が魔法だと察していたルイズはハッとした表情を浮かべた。

 

 

 

 ライトニング・クラウド――――人口の雲を造り出し、それに冷気を流し込む事で強力な雷撃を発生させる魔法。

 強力な魔法が多い゛風゛系統の中でも特に殺傷能力に秀で、詠唱者に要求される技術も高い上級スペル。

 それをここまで凶悪で無差別な殺戮を行える程の魔法に変えられるメイジは、ルイズの中では少なくとも二人だけ知っていた。

 一人目は我がヴァリエール家の母親。泣く子も黙るどころか踵を返して逃げ始める゙烈風゙の二つ名を持つ武人。

 そして二人目はそのヴァリエール家と領地が近く付き合いもあり、かつては自分の婿と呼ばれ、裏切り者となった男――――ー

 そこまで思い出した時、それまで周囲を攻撃し続けていた雷撃がピタリと止んだのである。

 最後の一撃がついでと言わんばかりに一匹だけ残っていたキメラを黒焦げにした後、その空から何も降ってこなくなった。

 まるで最初から雷撃など無かったと言わんばかりの様に静まり返った空と、それとは反対に惨憺たる傷跡をつけられた大地。

 ルイズ達四人以外を除き、周囲にいたラピッド達は文字通り全ての個体が黒く焦がされ、沈黙させられている。

 治まったか…?誰ともなくそう思った時、雷撃が牙を剥かなかった木立の中から、あのシェフィールドが怒鳴り声を上げた。

 

『私゙たぢを裏切るつもりかい!?―――――ワルド子爵…ッ!』

 

 恐らく安全圏から今までの戦いを眺めていたであろう彼女の言葉は、怒り一色に染まっている。

「ワルド子爵ですって…!?」

 彼女が口にした聞き覚えのある名前に、ルイズが目を丸くして立ち上がってしまう。

 同じく地面に伏せていた霊夢が貼っていた結界の外へと上半身が出てしまった直後、今度は彼女の周囲を風が包み込んだのである。

 ウェーブの掛かったピンクブロンドが揺れ、ボロボロになったマントが風でバタバタと音を立てた時、彼女を見上げていた霊夢は気づいた。

 ルイズの頭上。先程『ライニング・クラウド』が飛んできた上空から一つの大きな影が近づいて来ようとこている事に。

 

「…!ルイズッ…」

「え、あ、わ…ちょ―――キャアッ!!」

 その叫びが届いた直前、意図的な風に体を包み込まれたルイズの身体が宙へと持ち上がる。

 まるで目に見えぬ巨人の手に捕まれたかのように、彼女がどんなにもがいてもその拘束から逃れられない。

 急いで御幣の柄を地面に勢いよく刺し、空いた左手でルイズを掴もうとした霊夢であったが、それは無駄な努力に終わってしまう。

 

 空中でもがくルイズが、こちらへと左手を差し伸べてきた霊夢に右手を差し出そうとした瞬間。

 腰を上げた霊夢が出し抜かれてたまるかと言わんばかりの顔で持って、ルイズの右手を掴もうとした直前。

 雷撃が収まり、周囲の状況を確認していた魔理沙が宙に浮かぶルイズの頭上から迫る巨大な影に気付いた時。

 頭を上げて状況を把握し、これは良くないと認識したハクレイが動き出そうとする前に。

 そして想定していたシナリオへ土足で踏み込み、大事な゙主役゙を攫おうとする不届き者にシェフィールドが手を打つ寸前に―――。

 

 

「――――…ッアァ!!」

「ルイズッ!」

 霊夢が手を掴もうとしたルイズは、物凄い突風と共に降下してきた黒い風竜の手に掴まれてしまう。

 咄嗟に右手のお札を放とうとするものの、それを察知した竜は地面に降り立つことなく森の中へと飛び去っていく。

 あっという間に遠くなっていくピンクブロンドの髪と同時に、彼女の目に゙その男゙が後ろを振り向く姿が映り込む。

 

 かつてニューカッスル城で自分を追いつめてくれた、魔法衛士隊の一つグリフォン隊の元隊長だった男。

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵が浮かべた大胆不敵な笑みを、霊夢の赤みがかった黒い瞳は見逃さなかった。

 

 

 

 油断した…!苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた霊夢は、地面に刺していた御幣を引き抜いて立ち上がる。

 あの竜に乗っていた男…見間違いでなければかつて自分を二度も襲ってきたワルド子爵だと思い出していた。

 ニューカッスル城で痛めつけてやった筈なのだが、どうやらアイツ自身はまだまだ諦めてはいないようだった。

 ルイズを攫ったのも返して欲しくば追いかけて来い!という意味なのだろうが、それにしてもどうしてここにいるのだろうか…?

 一瞬だけそんな疑問を感じた彼女は、すぐにワルドがレコン・キスタのスパイだったという事を思い出す。

 そしてあの男は、その気になれば自分やルイズのような少女の命に手を掛ける事すら躊躇しないという事も。

 スカートに付いた土埃を払いつつ、頭の中をフルで動かしている霊夢に腰を上げた魔理沙が捲し立ててくる。

「お、おいおいッ霊夢!ルイズの奴が竜に攫われちまったぞ…!?ていうか、背中に誰か乗ってたような…」 

「そんくらい、分かってるわよ。とりあえず乗ってた男を止めて痛めつけないと、ルイズの身に何が起こるか分かったもんじゃないわ」

 魔理沙の言葉にそう返しながらも、霊夢はワルドが操る竜が飛んで行った林道を一瞥しつつも周囲の様子を探ってみる。

 周囲を囲っていたキメラ達は既に全滅しており、幸いにも行く手を阻む障害は存在していない。

 

 

 辺りに敵がいない事と、どこへ行けばいいかの確認を終えた彼女はソッと魔理沙に耳打ちする。

「魔理沙、アンタが先行してあの竜を止めてきて頂戴。私もすぐに追いつくから」

「分かった、分かったが…でもどうするよ?あのシェフィールドとかいうおばさんが私達を見逃してくれると思うか?」

『失礼な事言うもんじゃないよ!このガキ!』

「うぉっ…!失敬、聞こえてたか。じゃあ次言う時は、大声にしておくよ」

 霊夢の提案に魔理沙は顔を顰めつつもそう言うと声が聞こえていたのか、闇の中からシェフィールドの怒鳴り声が聞こえてくる。

 まさか聞こえていたとは思わなかった魔理沙が身を竦ませながらも尚も口を止めない所を見た霊夢は、そう簡単に逃がしてくれそうにないという確信を抱く。

 それと同時に、先ほどのセリフとキメラを倒したのがワルドだと思い出した彼女は、闇の中にいるシェフィールドへと質問を飛ばした。

「さっきの攻撃…まさかとは思うけど最初からルイズを攫う為に計画してたワケじゃないわよね?」

『当たり前に決まっているじゃないの?全くあの子爵め、どういうつもりなんだいッ!!折角竜騎士の地位を授けてやったというのに!』

 竜騎士…?アルビオン?ということは、ワルドは今回侵攻してきたアルビオン艦隊と共にやってきたのだろうか?

 怒り散らすシェフィールドの返事を聞いた霊夢は、あのワルドがどうしてこんな所にいるのかを理解した。

 

 まずワルドとシェフィールドは、今艦隊を率いてやってきているレコン・キスタという組織の仲間として繋がっでいだという事。

 そしてどういう事か、本当なら介入してくる事の無かったワルドの乱入によりルイズが攫われてしまった。

 今やるべきことは、あの邪魔をされて激怒しているシェフィールドの目を掻い潜ってワルドの手からルイズを助けに行かねばならない。

 幸いにもキメラはルイズを攫う直前に『ライトニング・クラウド』のおかげで全滅している為逃げる事は苦ではない。

 だがしかし、ルイズを助けにここを離れた場合…彼女の姉を含めてまだ多くの人がいる屋敷を見捨てる事にも繋がる。

 残念な事だが。キメラを操る闇の中の女がわざわざ屋敷に手を出さずに待ってくれるとは思えなかった。

 少しだけ俯いて考えた後、霊夢はスッと顔を上げて闇の中にいるシェフィールドへ声を掛けた。

「ねぇ、少し聞きたいんだけど。もし私と魔理沙がここから消えたら、あの屋敷はどうするのかしら?」

 霊夢はすぐ傍にあるアストン伯の屋敷を指さしながら訊いてみると、彼女は『簡単なコトさ!』と叫んでから喋り出した。

『アンタ達が尻尾撒いて逃げるようなら、あそこに隠れている連中は私の憂さ晴らしで皆殺しにしてやるだけさ。もう釣り餌としての価値はないからねぇ』

「別に逃げるつもりはないんだどさ―、やる事と言う事が過激なんじゃないの?」

 あぁ、やっぱり思った通りだ。予想できていた霊夢は溜め息をつき、魔理沙は゛釣り餌゛や゛憂さ晴らし゛という言葉を聞いて目を丸くしている。

 キメラをけしかけてくる時点で、おかしな人間だとは思っていたのだがまさかそこまで多くの人をぞんざいに扱えるとは思っていなかったのだ。

 そして、あの屋敷を守る為に自分たちより前に戦っていたであろうハクレイは信じられないと言いたげな目でシェフィールドの話を聞いていた。

 

 

 

 三人中二人が似たような反応を見せたのを確認してから、霊夢はまたも口を開いた。

「…ちょっとルイズを助けて戻ってくるまで待ってて―――って言っても、通じないわよね?」

『―――アンタ、それは正気で言っているのかしら?だとしたら…随分巫山戯た言い訳だねぇ!』

 思いっきりバカにしてるかのような嘲笑と共にそう言った直後、再び上空から銀色の影が三つ落ちてくる。

 さっきここにいた奴らを全滅させたばかりだというのに、もう新しいラピッドが霊夢達の前に立ちはだかってきた。

 キメラ達は地面に倒れた黒焦げの仲間たちを踏み潰しつつ、手に持った槍の刃先を向けてこちらに近づいてくる。

「クソっ、次から次へと…厄介事が文字通り空から舞い降りてきやがるぜ!」

 悪態をついた魔理沙がミニ八卦炉を構え、それに霊夢も続こうとした直前…二人の前にハクレイの背中が立ちはだかった。

 突然の事に二人が軽く驚いていると、仁王立ちになったハクレイが「早く行って」と霊夢達に言った。

 

「コイツラとシェフィールドとかいうヤツは私が相手をするから、アンタ達はあのルイズって子を助けに行きなさい」

「……良いの?アンタとアイツラの相性、どうみても悪いような気がするんだけど」

 殿と屋敷の守りを引き受けてくれるハクレイに対して、霊夢は彼女とキメラを見比べながら真顔で言う。

 彼女の言うとおり。相手は『風石』の力で自由に地上と空中を行き来する上に、飛び道具まで持っている。

 それに対してハクレイ自身の武器は自分の手足だけという純粋な格闘家的戦法しか取れず、どう考えても相性が悪いとしか言いようがない。

 先ほどの様に相手から近づけば話は別だが、あのキメラ達相手に同じ戦法が何度も通用するとは思えなかった。

 だが当の本人もそれを理解したうえでここに残ると宣言したのであろう、心配を装ってくれる霊夢に「心配ないわよ」と素っ気なく返す。

 

「何もかも忘れて、得体の知れない私に手を差し伸べてくれたカトレアや、

 何の罪もなくただ避難している人々にも、奴らが容赦なく手を出そうというのなら…、

 それをしでかそうとした事を悔いるまで私は絶対に負けるつもりはないし、死ぬつもりもないわ」

 

 黒みがかった赤い瞳でキメラ達を睨み付け、ゆっくりと拳を構え始めたハクレイは言った。

 その後姿から漂う雰囲気と言葉に二人が何も言えずにいると、黙って聞いていたシェフィールドが甲高い笑い声を上げ始める。

 まるで彼女の語った言葉を駄洒落か何かと勘違いしているかのような、腹を抱えている程の潔い笑いであった。

 

「ッハハハハ!こいつは傑作だねぇ。わざわざその程度の事で、死地に飛び込んできたっていうの?

 だったら教えてあげるよ。この私を怒らせ事に対する、死や屈する事よりも辛い…後悔ってヤツをさぁ…ッ!!」

 

 最後まで笑いと憤怒が詰まったその言葉と共に、槍を構えていた三体のラピッドが一斉に飛びかかってきた。

 銀色に光る槍と真っ赤な口の中を見せて向かってくるキメラ達に、霊夢と魔理沙はそれぞれり獲物を反射的に構える。

 しかし、奴らが三人の方へと落ちてくる前に既に準備ができていたハクレイが急に右足で地面を踏んだのである。

 唐突な行為に霊夢が一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、その行動に理由があった事を即座に知る事となった。

 分厚く、蹴られたら痛いと分かるブーツに自分の霊力を纏わせた彼女のストンプは、地面を爆ぜさせたのである。

 緑の芝生が土と共に宙を舞い、ほんのわずかではあるが突撃しようとしたキメラ達の前に土の障壁を作り上げた。

 結果、突撃しようとした敵はあと一歩という所で動きをとめてしまい、結果的にそれが霊夢達を動かすキッカケとなった。

 

「ッ!魔理沙、行くわよ!」

 わざわざキメラを止めてくれたハクレイに行けとも言われていないし、目配せもされていない。 

 けれども彼女が取ってくれた行動で察した霊夢は、隣で目を丸くする魔理沙に声を掛けつつその体を浮かばせた。

 地面から一メイル程度浮いているだけではあったものの、速く移動するのにはうってつけの飛び方である。

 彼女は林道の方へと体を向けると重心をそちらの方へと向けて、超低空高速飛行で進みだす。

「……!!わ、分かったぜ!」

 

 

 

 声を掛けられた魔理沙もハッとした表情で頷くと、左手で持っていた箒に急いで腰かける。

 一瞬自分の力で浮きつつも箒に腰かけたところで、ふと言い残したことがあったのかハクレイの方へと顔を向けて一言述べた。

「悪いな、名無しの巫女さん。これで死んじまったらアンタのお墓に花の一本でも添えといてやるよ」

 何やら縁起でもない事を彼女に伝え終えた魔理沙は、すでに林道へと入っている霊夢の後を追い始める。

 霊夢と比べ速さには自信があった魔理沙らしく、箒に腰かける後姿はあっというまに闇夜の中へ消えていった。

 

 

 ハクレイがキメラを足止めしてほんの十秒後、彼女たちは無事にここから抜け出せることができた。

 突如やってきてルイズを攫っていったワルドに追いついて、とっちめる為に。

 魔理沙の言葉を聞いた後、今更になって後ろを振り返った彼女は顔を顰めながら先ほどの言葉を思い出していた。

「…花一本て―――――…ガッ!?」

 それは無事に二人を林道を向かわせる事ができた彼女の、唯一の油断と言っても良かった。

 一瞬だけ振り返った直後、彼女の腰部分に一匹のラピッドが抱きつくような形でタックルをしてきたのである。

 回避も間に合わず、諸に直撃を喰らった彼女は肺の中の空気が全て出て行ってしまったかのよう苦しさを味わいつつも、地面に倒されてしまう。

 仰向けになった彼女が空っぽになった肺へ急いで酸素を取り入れつつも、何とかして腰に抱きついたキメラを引き剥がそうとした。

 しかしそれを実行へ移す前に、芝生に付いていた白い袖目がけて左右のラピッド二体が何の躊躇いもなく槍で串刺しにする。

「えっ、ちょ…うわっ!」

 鋭く鈍い音と共に文字通り地面へ釘づけけとなった袖に拘束されるような形で、ハクレイは身動きを封じられてしまう。

 唯一足だけは動かせたものの奴らもそれを理解しているのか、タックルしてきたのも含めて三匹はその場からすっと後ろへ下がった。

 蹴飛ばすこともできず、一瞬の隙を突かれて地面へ釘付けにされたハクレイはバツの悪そうな表情を浮かべて呟く。

 

 

「…あちゃー、言った傍からしくじったわねぇ」

「ふふ…何だい?大見得切った割には、随分な御姿じゃないの」

 彼女が呟いた直後、すぐ近くからシェフィールドが面白おかしいモノを見るかのような口調でなじってきた。

 今まで闇の中から耳にしていたその声は、今度はやけにハッキリと聞こえている。

 今は近くにいるのか?ハクレイがそう思った直後、すぐ目の前の闇から滲み出るようにして黒いローブ姿のシェフィールドがとうとう姿を現した。

 水に濡れた鴉の羽根の様な長い黒髪に死人の様な白い顔に微笑みを浮かべて、地面に倒れたハクレイを見下ろしている。

 嘲笑っているとも取れるその笑みからは、少なくとも友好的とはとても思えぬ念が込められていた。

「うーん、実にいいモノねぇ。私の計画を散々無茶苦茶にしてくれた奴を、地面に釘付けにするってのは…」

 周囲にキメラを侍らせている彼女は一人楽しそうにつぶやきながら、相手をまじまじと睨み付けている。

 対してハクレイの方もこれからどうしようかと考えつつも、時間稼ぎのつもりで何か言おうとその口を開く。

 

「そうかしら?わざわざ槍で地面に張り付けにされてる身としては、あまりいい気分はしないんだけどね」

「アンタの意見なんか別に聞いてもいないよ。それに、平静を装っていられるのも今の内さ」

 ハクレイの言葉に対してキッパリと言い放ったシェフィールドは彼女の傍へ近づくと、ジッと彼女の顔を見つめてきた。

 近づけば近づくほど白く見える顔からは人間らしさが見えて来ず、彼女という一個人を不気味な存在に仕立てている。

 そしてその目は、まるでこれから面白いショーが始まる事を心待ちにしているかのような子供が見せる目つきをしていた。

 この様な状況では場違いとも思える目つきをしているシェフィールドを見て、ハクレイの体は言い様のない不安で強張っていく。

 

 何だか分からないが…とにかく、何かイヤな事が起こる予感がする…!

 心の中でそんな気持ちを抱いた彼女の心を読んだかのように、突如シェフィールドが小さく笑った。

「ふふ…アンタ、さっき言ってたわよね?あそこの屋敷に隠れてる連中には、絶対に手を出させないって」

「…!それがどうかしたのかしら?」

 自分の顔を覗き込む彼女の口から起こり得るであろう出た言葉から、ハクレイは怪訝な表情を浮かべつつも察していた。

 丁寧に作り上げた計画を無茶苦茶にされたという彼女の、それをぶち壊した自分に対する憎しみは並々ならぬモノに違いない。

 だとすればそれに対しての゙報復措置゙は既に思いついており、今はそれを実行に移そうとしている直前なのだ。

 そしてシェフィールドは、ハクレイがその゛報復措置゙の内容を察している事に気づいていた。

 

 何が可笑しいのか、強張っているハクレイの顔を覗き込みながらも、シェフィールドは冷たく嗤う。

 自分の――ひいては我が主が指すゲーム盤を乱した者は、例え誰であろうともそれ相応の代償を払う必要があるのだ。

 そんな思いを氷の様に冷たい笑みから漂わせながら、シェフィールドは口を開いた。

 

「アンタは理解しているんだろ?―――無駄になっだ釣り餌゙は、水槽の魚にあげてやるべきだって。

 丁度今、私の周りには飼っている魚たちがお腹を空かしているだろうから…きっと喜んで食べてくれるだろうねぇ」

 

「――――アンタ…ッソレ本気で言ってるワケ!?」

 とうとう、彼女の口から出てしまった恐ろしい話を耳にして、ハクレイはその目をカッと見開いて叫ぶ。

 彼女の赤い瞳からはこれから怒るであろう惨劇を何とか止めようとする必死さと、自分への憎しみがこもっている。

「ハァ…―――本気も本気よ?じゃなければ、私の怒りは収まりがつかないのよ」

 それに気づいたシェフィールドは、堪らないと言いたげに肩を震わせながら恍惚に染まった溜め息をつきながらそう言う。

 そこまで言った所で、ハクレイは袖に刺さった槍を何とか引き抜こうともがき始める。

 しかし思っていた以上に深く刺さっている槍はビクともせず、逆に彼女の体力をジリジリと奪っていく。

 ヤケクソ気味に自由な両足を動かすものの何の解決にもならず、ブーツが空しく空気を切っているだけであった。

 

 ―――――これだ、これこそ今の私が望む最高の展開だ。

 目の前でジタバタと暴れているハクレイを見ながら、シェフィールドは内心で歪んだ笑みを浮かべていた。

 こうやって最後まで抗う彼女の目の前で、守ろうとした者達に無残な結末を迎えさせる。

 屋敷の地下に隠れている連中は、さぞや耳に心地よい悲鳴を上げながらキメラ達に殺される事だろう。

 そうして思う存分に絶望した所で抗うコイツも八つ裂きにし、そして私を裏切ったあの子爵も始末する。

 そこまですれば我が主のゲーム盤は元に戻る。異端で不要な駒どもは粉々に砕いて燃やして捨てるのが相応しい。

「我が主のゲーム盤に横槍を入れた者は、皆等しく死すべき存在よ。女子供が相手だろうとね?」

 キメラ達を動かす前に一言つぶやいたシェフィールドが、自分を睨み付けるハクレイの顔に触れる。

 それ自体は単に彼女へ送る最期のスキンシップのつもりであり、他意は無かった。

 だが、それが彼女と――――そしてハクレイが今置かれている状況を一変させうる引き金となった。

 

「…?――――――な…ッ!?」

 

 シェフィールドの白い指がハクレイの顔に触れた直後、驚きを隠せぬような声と共にその指がピクリと揺れ動いた。

 まるで今触ったモノが触れる事すら危険な毒物だと気づいた時の様な、明らかな動揺が見て取れる動き。

 それに気づいたハクレイがシェフィールドの方へと顔を向けた時、彼女の表情がいつの間にか一変している事に気が付いた。

 

 それまで笑みを浮かべていた顔は驚愕に染まり、不思議な事に彼女の額が青く発光している。

 額の光を目を凝らして見てみると、どことなく何かの文字にも見えるのだが前髪で隠れていて良く分からない。

 一体どうしたのかと訝しもうとしたとき、カッと目を見開いたシェフィールドが「あり得ない!」と叫びながら後ずさり始める。

 額を光らせ、動揺を隠しきれぬ顔で後ろへと下がる彼女は張り付けにされているハクレイを見ながら、ぶつぶつ喋り出した。

「そんなバカな事…あり得ないわ。……――――には、そんな能力なんて無い筈なのに――――」

 ついさっきまで自分を嘲笑っていた女が、今度は一転して狼狽えている光景にはある種の異様さが漂っている。

 そんな思いを浮かべながらただ黙って見ているしかなかったハクレイに向けて、シェフィールドは一言だけ呟いた。

 

 

「一体、お前の身体に何があったというんだい?――――゛見本゛」

 

 

 ――――――…見本?

 彼女の口から出た一つの何気ない単語にしかし、ハクレイの心は酷く揺れ動いた。

 まるで今の今まで忘れていたかった事を思い出してしまった時の様な、思わず呻きたくなってしまう程の動揺。

 それを今まさに感じているハクレイは、自分の心臓の鼓動が早鐘の様に鳴りはじめた事に気が付く。

「゙見本゛―――――…って、アンタ一体…何を言ってるのよ?」

 頭の中で直接響く鼓動の音に消えてしまう程の小さく掠れた声で、彼女は呟いた。

 

 

 

 ハクレイに殿を任せて、霊夢と魔理沙の二人が林道に沿って飛び始めてから早五分。

 未だルイズを攫って行ったワルドと彼が操る風竜の姿は見えず、ひとまず二人は道なりに飛ぶしかなかった。

 アストン伯の屋敷からタルブ村へと続く林道もまた、その前にいた山道と同じく整備されている。

 馬車が走っても車輪が岩で壊れないよう大きめの石は殆ど除去され、緩やかなカーブを描く平らな道がどこまでも続いている。

 道の幅は十二メイル程で、両端には飛んでいる二人を生け捕りにしようとするかのように鬱蒼とした木立しか見えない。

 

 二人は闇に慣れた目で木立に突っ込まないよう気を付けながら、ルイズの姿を探していた。

 こういう時の灯りではあるのだが、先ほどの戦いで失ったカンテラが自分たちが持ってきていた唯一の灯だった。

 一応闇に慣れたとはいえ、あった方が良いか?と問われれば当然あった方が良いと答えていたであろう。

 しかし無いモノは無く。止むを得ず二人は暗い闇に包まれた道をただひたすらに飛んでいた。

 霧が薄まったとはいえ月は顔を出しておらず、頭上の空には星の光とは思えぬ人口の光が幾つも見える。

 林道に入って少ししてから見えたそれ等の光は、よくよく見てみれば巨大な船に取り付けられているものだと分かった。

 恐らく、あれが今トリステインを侵略しようとしているアルビオンの艦隊なのだろう。時折敵の竜騎士らしきシルエットも見ていた。

 だとすれば敵の集団かキメラの群れが自分たちのすぐ近くにいてもおかしくはないし、それと戦う暇など勿論ない。

 故に二人はこうして、森の外から飛び上がろうとせず渋々といった表情でルイズを探していた。

 

 

「なぁ、ホントにあの巫女モドキさん一人にしておいても良かったのかよ?」

 先頭を進む魔理沙が、腰かけている箒にゆっくりとカーブを掛けさせながら後ろを飛ぶ霊夢に話しかけた。

「……?何よ、アンタらしくないわねぇ。もしかして、去り際に行った自分の言葉に罪悪感でも持ったの?」

「まさか。ただ、いつもはああいうのに疑いを掛けるようなお前さんがアイツの肩を持つのはおかしいと思ってな」

 霊夢の言葉にそう返してから、黒白は箒に微調整を掛けつつ自分がよく知る巫女さんがどんな返事をするのか期待していた。

 てっきり適当な事を言うと思っていた彼女はしかし、五秒ほど経っても霊夢が言葉をよこさない事に気付くと怪訝な表情を浮かべる。

 

「………?霊夢?」

 思わず待ちきれなくなった魔理沙が彼女の名を呼ぶと、少し悩んだ様な表情をした霊夢がポツリと口を開く。

「んぅ~…―――何でなの、かしらねぇ?イマイチ良く分からないわ」

「おいおい、らしくないな。何時ものお前さんならその場で物事をスッパリ考えて、キッパリ決めてるっていうのにさ」

「…こう見えても色々と悩んでるんのよ?まぁ、弾幕はパワーとか決めつけているアンタよりかは悩んでる回数は多いわ」

「お、言ってくれるなぁ~。月が見えない夜には気を付けておけよ?」

「アンタの場合存在そのものが賑やかなんだから、月が無くても平気だわ」

 まるで博麗神社の縁側でしているようないつもの会話を、二人にとっての異世界であるハルケギニアの暗い林道でする。

 今自分たちが置かれている状況を理解しているとは思えない光景であったが、ふと先行していた魔理沙が何かを発見した。

 

 

 林道に沿って飛び始めてから更に十分が経過したところだろうが。

 ようやく出口が見えてきて、タルブ村が見えてくるだろうという所で魔理沙が声を上げた。

「ん?……あっ、おい霊夢!いたぞッ、アッチだ!」

 双方ともに自分のペースで進んでいた為に林道を先に魔理沙の呼びかけで、霊夢は少しスピードを上げる。

 最後のゆるいカーブを曲がり切ったところで、周囲の闇とは違う魔法使いの黒い背中が見えたのでその場で急ブレーキを掛けて止まる。

 靴先が少しだけ地面を蹴る同時に着地し、箒をその場で浮遊させて止まっている魔理沙の傍に寄っていく。

 

 彼女の視線の先、林道出てすぐ近くにできている広場のような草地のど真ん中に、ルイズが倒れていた。

 うつ伏せの状態で倒れている彼女は気でも失っているのか、体が微かに上下している意外動きを見せない。

 周囲には上空の艦隊以外目立つモノは無く、不思議な事に彼女を攫って行ったワルドや風竜の姿はどこにも見当たらなかった。

 何処かで自分たちが来るのを待ち伏せているのだろうが、それにしても罠としてはあまりにも分かりやすい。

「…ご丁寧に気まで失わせて放置してるぜ?どう思うよ」

「ん~確かに、トラップにしちゃ分かりやすいけど。あれじゃああからさま過ぎて近づきにくいわね~」

「とりあえずサッと近づいて助けるか?まぁ何が起こるのか察せるけどな」

「丁度良いところに人柱役の魔法使いが一人いるから、何が起こるか試せるわね」

「それは残念。私は『魔法使い』ではなく『普通の魔法使い』だから、人柱役にはなれませぬで候」

 二人の少女が林道とタルブ村の境界線に立って、うつ伏せになって倒れている貴族の少女をどうするか話し合う。

 周囲の状況から浮きすぎている会話を聞いていてもたってもいられなくなったのか、それに待ったをかける゛物゛がいた。

 

『おいおいお前ら、そんな半ば喧嘩腰な会話してる暇があんなら少し周りでも警戒でもしろよ』

「うわっ!」

 霊夢が背中に担いでいたデルフが、今まで黙っていた分も合わせるかのようにしていきなり喋ってきた。

 相も変わらず錆びついた刀身を少しだけ覗かせてダミ声喋る姿は、やはりというかどうも゛歳をとり過ぎた剣゛という表現がしっくりくる。

 当然その声を間近で聞いた一応の持ち主はそれに身を竦めて驚き、次に恨めしそうに背中のインテリジェンスソードを睨み付けた。

「ちょっとデルフ、喋る時くらい何か合図でもしてから話してよね。一々驚いてたら寿命が縮むじゃないの」

「おぉ、そりゃいいな。デルフ、人間五十年と言う言葉があるから後五十回は驚かせ」

『んな事できるワケねーだろうが。…それはさておき、これからあそこで伸びてる娘っ子はどうするつもりなんだ?』

 霧を掴もうとするかの如く途方もない二人の会話にピリオドを打ちつつ、デルフはいま差し掛かっている問題に話題をシフトさせた。

 まぁコイツの言う事も確かか。そう思った霊夢も気を取り直して、ここから十メイル先で倒れているルイズを凝視する。

 まずもって相手の罠だという認識の上で考えれば、阿呆みたいに近づけば確実に良くない事が起こるだろう。

 

「う~ん、アイツに声を掛けて起きてくれればいいんだけど…おーい!ルイズー!」

 試しに自分の声で彼女を起こしてみようと聞こえる範囲で呼びかけてみるが、ルイズは微動だにせず倒れたまま。

 ルイズの事だから眠っている可能性は低いかもしれないが、ひよっとすると魔法で眠らされているかもしれない。

 そんな彼女の思考を読み取ったのか、霊夢が呼びかけて少ししてからデルフがカチャカチャとハバキの部分を動かしながら喋り出す。

 

『ありゃ恐らく魔法で眠らされてるなぁ。でなけりゃ呼びかけても目を覚まさないってのにも道理が付く』

「そういや、確か風系統の魔法か何かにそういうのがあったよな?確か『スリープ・クラウド』っていうのが」

『それだな。魔法から生み出せる特殊な雲で、上位のクラスが唱えたらドラゴンも一発で眠っちまうんだ。後は朝までスーヤスヤよ』

 デルフの言う魔法に心あたりのあった魔理沙が、見事その呪文の名前を言い当ててみせる。

 二人のやり取りを何となく見ていた霊夢はふと、黒白の頭上に何かがある事に気が付く。

 闇夜のせいでその輪郭は曖昧ではあるが、まるで人の頭一つ分は覆い隠せそうな青白い雲が浮かんでいる。

 不思議な雲は時折僅かに縮んだり大きくなったとまるで生き物用に動きながら浮遊していた。

 

 

「――――ねぇ魔理沙、その頭上の雲って…」

「ん?何だ霊夢。頭上の…って――――うぉわっ!?」

 突然の指摘に魔理沙が頭上を見ようとした直前、その青白い雲がストンと彼女の頭に覆い被さってきた。

 いきなり頭上から降ってきて自分の視界を隠してきた雲に魔理沙は思わず驚き、その場で大声を出してしまう。

 まるで雲彼女の頭がそのまま青白い雲になってしまったような錯覚を霊夢が覚えていた時、デルフが声を上げた。

『―――ッ!不味いぞレイム、そいつがさっき言ってた眠りの雲だ!』

「何ですって?ということは…ちょっと、魔理沙ッ」

 デルフの言葉に霊夢が声を掛けたときには遅く、雲が消えたと同時に魔理沙の体が崩れ落ちる。

 まるで長時間張りつめていた緊張という名の糸が切れて崩れ落ちるかのように、彼女は仰向けになって地面へと倒れた。

 事態が悪化したことに気付いた霊夢が急いで駆け寄ってみると、黒白の魔法使いは目をつぶって安らかに眠り始めている。

「ちょ…魔理沙、ナニ寝てるのよ?起きなさいって、この!」

 急いで叩き起こそうと頬を叩いてみるが、まるで睡眠薬でも盛られたかのように起きる素振りを見せない。

 

 

「無駄だ。『スリープ・クラウド』で眠らされたら、その程度では起きはしないさ」

「―――…!」

 そんな時であった。ルイズが倒れている方向から、あの男の声が聞こえてきたのは。

 アルビオンでウェールズを殺し、ルイズを裏切り…そして自分に手痛い仕打ちをしてくれたあの男の声が。

 地面に倒れ伏した魔理沙の方を見ていた霊夢がハッとした表情を浮かべて、すぐさま顔を上げる。

 先程まで眠りに伏したルイズしか倒れていなかった場所、朝日や月が出ていればタルブ村と広大なブドウ畑が一望できていたであろう広場。

 そこに黒い羽帽子に、金糸で縫われたグリフォンの刺繍が輝く黒マントに身を包んだ貴族の男が立っていた。

 帽子のつばで顔を隠している男は、自身の存在が霊夢に気付いたことを知るのを待っていたかのように、自らの顔を上げた。

 年の頃は二十代半ばといってもいいが、それを感じさせない口ひげのせいで三十代にも見えてしまう。

 だが顔そのものはハルケギニアの基準では十分に美しく、かっこよさも兼ねている美形であった。

 

 黙っていても平民の町娘や貴族の御令嬢まで声を掛けてくれるようなそんな男が、ジッと霊夢を睨み付けている。

 まるで猛禽類の様に鋭く凶暴さが垣間見えるその瞳で、異世界からやってきた巫女さんを見つめていた。

 マントの内側に自らの両手を隠し、これからの一手を読まれぬようにとその体を微動だにさせずに立ち続ける姿は獲物の出方を窺う鷹そのもの。

 そんな相手に睨まれながらも霊夢は決してたじろぐことなく、男もまた自分よりも年下の少女を互いに゙敵゙として見つめ合っていた。

 かつて二人はアルビオンにて戦い、結果として両者は勝ち星と負け星を一つずつ所有し合う事となったのだから。

 

「まさかとは思ってたけど、やっぱりアンタだったようね…ワルド」

「貴様とルイズたちに出会えた事は偶然だったが、これも始祖の定めというモノかな?―――ハクレイレイム」

 眠りに落ちた魔理沙を足元に放置したままの霊夢の言葉に、ワルドはそう言ってマントから勢いよく右手を出した。

 そしてその手で黒く光るレイピア型の杖を腰から抜き放つと、目にもとまらぬ速さで霊夢に突きつける。

 流石魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めた男。その一挙一動には、まるで隙というモノが見えない。

 霊夢もワルドの動きに倣って身構えようとした直前、突拍子も無く彼女の体を風の壁とも言える程の突風が襲い掛かった。

 

「うわっ!?…っとと!」

 突然の突風に彼女は驚いたものの、何とか両足を地に着けて堪えて見せる。

 思わず両腕で顔を隠し、赤いリボンが風に煽られ揺れる音が耳に響く中でデルフが声を上げた。

『今のは風系統の初歩『ウインド』だな。けどあの野郎が放ったレベルのは、久しぶりに見たぜ…ッ!』

「つまり私は舐められてるって事?全く大したヤツじゃないの……って、わっ!」

 デルフの助言にそう返しながらチラリと前を窺った瞬間、霊夢は思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。

 彼女が突風で顔を隠していた間を使って、ワルドが一気に距離を詰めようと飛びかかってきたのである。

 

「随分とヒマそうじゃないかッ!」

 まるで地上の獲物襲い掛かる猛禽のように、頭上から杖を振り上げて迫りくるワルド。 

 デルフと話していた自分を馬鹿にするかの彼の言葉に霊夢は舌打ちしつつも、懐から取り出したお札を右手で投げつけた。

 ありがたいお言葉と霊力が込められた三枚の札はしかし、無情にも頭上のワルドに命中することは無かった。

 もうすぐで当たろうとした直前に、本物のレイピアに当たる刀身の部分が光り輝く刃―――『ブレイド』と化した杖でもってお札を切り裂いたのだ。

 哀れ六枚の紙くずとなったソレを見た彼女は目を見開きつつも、左手だけで持っていた御幣を両手持ちへと変えて後ろへと下がる。

 その直後に先程まで彼女が立っていた場所のすぐ近くにワルドが降り立ち、次に息つく暇もなく霊夢へ切りかかっていく。

 霊夢もまた攻めに来るワルドの動きを止める為に、敢えて横一文字の形に突き出した御幣でもって相手を迎え撃った。

 

 

 瞬間、二人の少女が眠り落ちた空間に激しく甲高い音が響き渡った。

 凶暴な目つきをした男が放つ魔法の刃と、異世界からの少女が張った結界に包まれた一振りの棒が激突している。

 レイピア型の杖を包む緑色に光るワルドの『ブレイド』は、霊夢が御幣に張った青い結界と鍔迫り合いを起こしたのだ。 

 両者互いに地面に食い込まんばかりに足を踏ん張り、今にも押し返さんとしていた。

 魔力と霊力。常人ならざる者たちの力のぶつけ合いは、周囲にこれでもかと凄まじい威圧感を放出させている。

「ッ!いきなりご挨拶な事ね?攻撃してくるんならちゃんと声掛けの、一つでもしろっての…ッ!」

「それは失礼。何せニューカッスル城にいた時の借りがあったものでね。それを返したまでの事さ」

「言って、くれるじゃないのぉッ」

 

 霊夢は奇襲を仕掛けてきたワルドを睨み付けながらも、ローファーを履いた両足に力を込めてワルドの攻撃を防いでいた。

 一方のワルドは必死に鍔迫り合っている霊夢を見下ろしながらも、杖を持つ手により一層の力を込めて御幣ごと叩ききろうとしている。

 結界を張った御幣自体はしっかりと盾の役目を果たしており、ワルドの魔力で形作られた『ブレイド』を押しとどめている。

 しかし魔法衛士隊の者として心身共に戦士として鍛え上げられた男に、自分は押されているのだと霊夢は自覚せざるを得なかった。

 幻想郷では話の通じぬ妖怪相手には本気で挑むものの、これまで人や話の分かる人外とは弾幕ごっこで勝敗をつけてきた霊夢と、

 片や魔法衛士隊の隊長としてこれまで数々の訓練と実戦経験を積み、必要とあらば殺人すらも躊躇しないワルド。

 決められたルールの範囲内か自分より格下の相手と戦ってきた少女と、目まぐるしく状況が変化する戦場や何でもありな組手で場数を踏んできた男。

 

 

 ワルドは知っていた。この様な状況下で、次はどういう一手を打てばいいのか。

 相手の少女よりも長い人生の中で戦ってきた彼はそれを多くの先輩や敵達から受け、そして学んできた。

 

 

「――――ふん、やはり俺の考えは間違ってなかったな」

 瞬きする事すら許されぬ状況の中で、霊夢と睨み合っていたワルド一人呟く。

 その自信満々な言い方に相手をしていた彼女はそれが気に食わず「何がッ?」とすかさず言葉を返す。

 『ブレイド』の扱いに長けたワルドの腕力に押されつつも、下手に動けばバッサリやられてしまうという状態に置かれている。

 元々魔理沙やルイズと比べて体力の少ない霊夢にとって、今の様な鍔迫り合いを長引かせる気は無かった。

 それでも宙に浮いたり他の武器やスペルカードを取り出す…などの隙を見せる事ができず両者互いに硬直状態となっている。

 だからこそ自分と比べて余裕満々な男の言葉に苛立った彼女は、ついついそれに反応してしまう。

 

 ワルドの狙いはそこにあったのだ。

 飛び道具での戦いを得意とする少女を、自分の得意分野である白兵戦に持ち込めたのだから。 

「ある意味ではルイズよりも苛烈なお前ならば、こうして喰らいついてきてくれるッ…とな!」

 怒りに満ちた霊夢の瞳を見つめながらそう言いきった直後、ワルドは彼女の方へ掛けていた力を全て『抜いた』。

 まるで憑き物がとれたかのように霊夢の御幣と対峙していた杖から魔力が抜け、緑の刃がフッと消え去る。

 それと同時に、しっかりと杖を構えていた彼は背中から地面へ倒れるようにして素早く後ろへ下がったのだ。

 一歩、二歩、三歩と早歩きのように足を後方へ動かして下がり出した彼の行動は、対峙していた霊夢にも影響を及ぼす。

「なっ――――うわ…っ!?」

 直前までワルドと鍔迫り合いをしていた彼女は彼の突然の後退に、体が自然と前のめりになってしまう。

 御幣を両手で持って『ブレイド』を防いでいたがゆえに、対峙していた側が急にいなくなった事で体のバランスを大きく欠いてしまったのである。

 結果、御幣を前に向けた姿勢のまま前方に倒れかけた霊夢は、後ろへ下がって態勢を整えたワルドに大きな隙を見せる事となってしまった。

「白兵戦には、こういう駆け引きもあるッ!」

 無防備に自分の方へ寄ってくる霊夢に教えるような口調でそう言うともう一歩下がり、そこから流れるようにして回し蹴りを叩き込む。

 鍛え抜かれた足から放たれる技が彼女の脇腹に直撃し、その体が僅かに横へと曲がった。

「――――…」

 直撃を喰らった霊夢は目を見開き、声にならない悲鳴を上げると同時に突然の息苦しさが彼女を襲う。

 肺の中から空気が…!そう思った時には体が宙を舞い、そしてうつ伏せの状態で草地へと叩きつけられた。

 左手から離れた御幣がクルクルと回転しながら夜空へと飛び上がってから、持ち主から五メイルも離れた地面に突き刺さる。

 地面から生える背の低すぎる植物たちが露わになっている肌に触れて、僅かな痛みとむず痒さを伝えてくる。

 しかしそれ以上に苦しかったのは、蹴られた衝撃で口から飛び出ていった空気を求めて、体が警報を鳴らしていた事であった。

「―――…ッハァ!ンッ…!クハッ…ッア!」

 空いてしまった左手で胸を掻き毟るように押さえながら、何とか体の中に酸素を取り入れようとする。

 無意識に目の端から涙が零れ落ちていくが、それを拭う暇がない程に体が酸素を欲していた。

 体を丸くさせて必死に肩で呼吸する今の彼女の姿を見れば、幻想郷の住人ならば誰もが驚いていた事であろう。

『おいレイム、しっかりしろ!』

 流石のデルフも普段の彼女からは想像もつかない姿に、思わず叫び声を上げる。

 その声の出所が剣だと気付いたワルドは、ほぅ…と感慨深そうに息を漏らすと気さくな言葉を掛けた。

 

「成程。先ほどから聞こえていたダミ声はそれだったか。確か、インテリジェンスソード…とでも言えば良かったかな?」

 口調そのものは、街角で友人と気軽な世間話しをしているかのような雰囲気が滲み出ている。

 しかしそれを口にしているワルド本人は杖の先を蹲る霊夢へ向けて、彼女が次にどう動くのかを見極めている。

 顔もまた真剣そのものであり、弱りつつある獲物に近づく猛獣のように慎重にかつ確実に勝てるよう注意を払っていた。

「しかし悲しきかな、そんな大きな剣は君の背中には不釣り合いに見える。何故君はそんなものを背負っているんだ」

「ゲホ…!ケホッ…悪い、けど…―――乙女の横っ腹に蹴りを、喰らわす奴…には…ゴホ、教えられないわね…」

 大の大人が持つには丁度良いデルフのサイズとその持ち主を見比べながら、彼は疑問を口にする。

 その合間に咳き込みつつも、必死に呼吸したかいもあってようやく落ち着きつつあった霊夢は、怒りを滲ませながら言った。

 蹴られた横腹はまだ痛むものの、肺の中に空気が戻ってきた事である程度喋れるほどの余裕は取り戻せていた。

 こちらの様子を窺うワルドを睨み付けつつ、手放してしまった御幣が丁度右斜めの所に突き刺さっているのを確認する。

 紙垂代わりの薄い銀板がチラチラと鈍く輝いているのは、まるで持ち主にここだここだと告げているかのようだ。

 しかし今の彼女にはそれを取に行ける程の余裕は無く、かといって今対峙している相手は生半可な奴ではないとも理解していた。

 

(コイツ相手には普通のお札や針じゃ対処できそうにないし、かといってスペルカードは…諸刃の剣ね)

 この男は強い。単にメイジとしての実力もそうだが、それを凌駕する程に人間としての強さも兼ね備えている。

 既に二回も戦っているが、相手は確実にこちらの動きをしっかりと学んで、今の戦いに臨んできていた。

 だとすれば、これまでの戦い方では今の相手に勝てるかどうか分からない。無論、勝つ気で戦うのが彼女であった。

 しかしその可能性は良くて五分五分。目の前にいる男は、自分と同じ種族とどう戦えば良いのか知っている。

 妖怪退治を主として来た霊夢は、その人間と戦い゙仕留める゛という事に関しては良くも悪くも素人であった。

 

 魔理沙や咲夜の様な人間とは常にスペルカードで勝ち星を取ってきたが、それ以上の事まではしていない。

 人間を守り、妖怪を退治して幻想郷の均衡を守る博麗の巫女としては、当然の事であろう。

 しかし逆に言えば、妖怪ば仕留め゙られるものの彼女は自らの手で人の命を゛仕留め゙た事はないのだ。

 それはつまり、スペルカードを一切用いない人間同士による真剣な殺し合いを経験していないという事だ。

 互いに自らの命を賭けて勝負し、激しい攻撃の末にどちらかが勝利し、どちらかが命を落とす。

 スペルカードという安全なルールの中で戦ってきた霊夢にとって、目の前にいる男との相性は悪すぎたのである。

 

 色んな意味で一期一会な雑魚妖怪達には有効である攻撃は、人間が相手となると事情が違ってくる。

 知り合いでもある人型の妖怪や人間たち―――この男も含めて、一度見られてしまうとその゛パターン゙を読まれてしまう。

 無論読まれたとしても避けれる程の実力が無ければ意味は無いのだが、運悪くワルドにはそれを避ける程の実力があった。

 だから霊夢は今の相手にはお札や針は効き目が薄いと判断し、スペルカードによる弾幕は危険と安全の隣りあわせと判断したのだ。

(スペールカードなら多少は安全と思うけど…こういう殺し合いの場だと近づかれたら―――死ぬわね)

 今まで編み出してきた結界やお札を併用した弾幕ならば、ごり押しで倒せる可能性はある。

 しかし最悪そのパターンを読まれて回避され、近づかれでもしたらそれで御終い。文字通りのあの世行きなのだ。

 御幣が手元にあればそれと手持ちの武器で何とかイケる気もするが、生憎それは五メイルも離れた所にある。

 今立ち上がって瞬間移動なり飛んで取りに行けば、それを察しているであろうワルドの思う壺だろう。

 

 ならば今の彼女は、ワルドと言う名のグリフォンによって隅に追いやられた猫なのだろうか?

 抵抗もできず、ただただ威嚇しつつも自分より大きい幻獣に身を縮ませるか弱い哺乳類なのだろうか?

 ――――――否、それは違う。彼女は持っていた、今の自分に残されている最後の『切り札』とも言えるモノが。

 幻想郷から遥々このハルケギニアに召喚され、ルイズによって左手の甲に刻まれた『神の左手』と人々に語り継がれる使い魔のルーン。

 六千年前に降臨した始祖ブリミルの使い魔の一人であり、ありとあらゆる武器、兵器を使いこなしたと言われる『ガンダールヴ』。

 そのルーンこそが。今の霊夢が考えうる最後の切り札にして、今の状況を打開できる能力。

 

 

「使う事はまずないだろうと思ってたけど…、使わないと流石に不味いわよね…うん」

「……?一体何をするつもりだ?」

 軽くため息をつきながら一人呟いた彼女に、ワルドは首を傾げた。

 そんな彼を余所に霊夢は痛む蹴られた左の横腹を右手で押さえつつも、ゆっくりと立ち上がる。

 痛みが引いたとは言え完全に消えたワケでもなく、ズキズキと滲む痛みに霊夢は顔を顰めながら苦言を呟く。

「イテテ…アンタねぇ、蹴るなら蹴るでもうちょっと手加減の一つでもしなさいよ」

「それは失礼。魔法衛士隊の組手は常に本気を出すのが鉄則だったのでね」

 少女の言葉にワルドは肩を軽く竦めつつも、動き出した相手に向ける杖を決して下げはしない。

 まぁ当然かと霊夢は思いつつ、ようやく立ち上がれた彼女はふぅと一息ついてから再び身構えて見せた。

 左横腹を押さえていた右手を離し、左手を右肩の方へスッと上げると丁度肩の後ろにあったデルフの柄を握りしめた。

 錆び錆びの刀身に相応しい年季の入ったそれを霊夢の柔らかい手が触れたところで、デルフが話しかけてくる。

 

『……やるか?』

「手持ちじゃあ倒せるにしても危険だし、何より長物も使ってみたいしね」

 今の自分には二つの行動を意味するような彼の言い方に、霊夢はそう答える。

 相手が背負っている剣の柄を握ったのを見計らうかのように、ワルドは改めて杖を握りつめると呪文を唱え出した。

 本当ならばいつでも仕留められたというのに、自分が再び態勢を整えるのを待っていてくれたのだろうか?

「だとしたら、随分律儀な事ね。……なら、そのお返しは倍にして返してやるわ」

 決して隙を見せず、けれども自分を舐めているかのような態度を見せるワルドに贈るかのように霊夢は一人呟く。

 そして柄を握る左手に力を入れると、錆びた刀身と鞘が擦れ合う音と共にインテリジェンスソードを勢いよく引き抜いた。

 

「ほう…随分と年季の入った骨董品じゃないか。売れそうにないがね?」 

 呪文を唱えていたワルドは、霊夢が抜き放った剣を見て、珍しいモノを見るかのような目で感想を述べた。

 耳に障る音と共に鞘から出たデルフの刀身は、鍔から刃先にまでびっしりと黒い錆びに覆われている。

 全体の形は霊夢の良く知る太刀に似ている片刃で、贔屓目に見ても彼女の様な少女が振るえる代物とは思えない。

 しかし、そんな思い代物を今は左手一つで握りしめ、鞘から抜き放ったのは間違いなく目の前にいる少女であった。

「奇遇じゃない。私もコイツの全体を見たのは久しぶりだけど…やっぱりタダでも引き取ってくれそうにないわねぇ」

『うっせぇ!オレっちにだって色々あるんだよ、馬鹿にするんじゃねぇ!』

 ワルドの感想に追随するかのように霊夢がそう言うと、流石のデルフも突っ込まざるを得なかった。

 錆びついた身本隊に相応しいダミ声で怒鳴るインテリジェンスソードに、ワルドは嘲笑を浮かべながら口を開く。

 

「まぁどっちにしろ、私はこの前の借りを返す事も含めて―――全力で戦わせて貰うぞ!」

 その言葉と共にワルドが杖を振り上げると、彼の目の前に風で出来た刃―――『エア・カッター』が出現した。

 緑色に光るソレは出てきた一瞬だけその場で制止した後、かなりのスピードでもって霊夢とデルフに襲い掛かってくる。

 まるで先ほど戦っていたシェフィールドのキメラを彷彿とさせるような攻撃である。ただし一度に出せる枚数はあちらの方が上だったが。

 しかしあれから感じられる魔力と殺気は本物である。直撃しようものならサラシに張っている結界符など一発で消し飛んでしまうだろう。

 幸い避ける事は造作もない程真っ直ぐに飛んできてくれる為、さっそく横へ飛ぼうとした矢先にデルフが叫び声を上げた。

『避けるなレイム!オレっちでエア・カッターを受け止めるんだ!!』

「はぁっ!?冗談じゃないわよ、あんなの受け止めたらアンタの方が負けて…」

『どっちにしろここで避けたら奴は撃ち続けてくるッ!いいからオレっちを信じろ!』

 受け続けてくるのなら避けに避けて錆び錆びの刀身で斬りつけてやるのだが、妙に熱いデルフの言葉に霊夢はデルフの刀身を前へ向ける。

 確証そのものは無かった。だが今まで聞いた事の無いようなデルフの言い方に彼女の勘が働いた。 

(まぁどっちにしろ結界符はあるし、何かあった時は大丈夫よね…?)

 先程の御幣とは違いデルフの柄を両手で持ち、迫り来る三枚の風の刃を待ち受ける。

 それを見たワルドは、普通ならば気が狂っているとしか思えない霊夢の行動を見てバカな…と目を見開いていた。

「何をするつもりだハクレイレイム!そんなボロボロの剣で私の『エア・カッター』を防ぐつもりなのか…!?」

 ふざけた真似を!―――最後に言おうとした一言を口に出す前に、その『エア・カッター』を受け止めるデルフが怒鳴り声をあげる。

 

『うるせぇっ!オレっちの事散々骨董品だのボロボロだの言いやがってぇ!こうなりゃ、トコトンやってやるぜ!』

「いやぁでもアンタ、ワルドの言う事も一理ある…って、―――――うわっ!?」

 剣にしては怒りぼっく饒舌なデルフの吐露に霊夢が突っ込もうとした直前、ワルドの『エア・カッター』が彼の刀身と激突した。

 純粋で鋭利な魔力の塊と錆びた刀がぶつかりあい、金切り声の様な音を立てて風の刃がデルフに食い込んでいく。

 一見すればデルフの錆びた刀身を、『エア・カッター』の魔力が削り取っているかのように見えていた。

 

 

「デルフ…!って、ちょ…本当に―――」

 ―――本当に大丈夫なの!?霊夢がそう叫ぼうとした矢先、驚くべき光景を二人は目にした。

 一度に三枚もの『エア・カッター』を受け止めていたデルフの刀身が、急に光り輝き始めたのである。

 

 まるで水平線の彼方から顔を出す太陽の様に眩しい光に、霊夢とワルドは思わず目をそむけそうになってしまう。

 しかし、そんな二人の目を逸らさせまいと思っているのか、デルフは間髪入れず更なる驚愕の主観を彼女たちに見せつける。

 光り出した自分の刀身と真っ向からぶつかり合っていた風の刃を、まるで吸い込むようにして吸収してしまったのだ。

「な、何だと…!?私の『エア・カッター』が!」

『へっへぇ、お生憎様だな?悪いがお前さんの魔法は美味しく頂いておくぜ』

 目を見開いて驚くワルドに向けてデルフは得意気にそう言った瞬間、その刀身は光り輝くのをやめた。

 光が収まった後、デルフを見続けていた霊夢とワルドは彼の変化に気が付く。

 ついさっきまで見るに堪えない黒錆に覆われていた刀身は、闇夜の中で光り輝くほどに研ぎ澄まされていた。

 まるでワルドの魔力を文字どおり゙喰らい゙、自らの糧としたかのように活き活きとした雰囲気を放っている。

 

 

「デルフ…アンタ、これ」

 磨き抜かれた刀身に映り込む自分の顔を見つめながら、霊夢は驚きを隠せないでいた。

 刀身はもちろんの事、鍔や自身が握りしめている柄も先程とは一変して新品と言わんばかりの状態になっている。

 動揺を隠せぬ彼女の言葉に、デルフは綺麗になったハバキを動かしながら小恥ずかしそうに喋り出した。

 

『いやぁ~…なに、お前さんがオレっちで戦ってくれるというからついつい錆を取っちまったよ。

 何せお前さんはあの『ガンダールヴ』なんだ。お前さんがオレっちで戦ってくれるというのなら、そりゃ本気にもなるさ。

 まぁさっきの『エア・カッター』みたいな魔法はオレっちなら吸収できる。それだけは覚えといてくれよな?』

 

 ―――『エア・カッター』が刀身に飲み込まれたのはそれだったのか。霊夢は先ほどの光景を思い浮かべて納得した。

 成程、そんな能力とあの鋭利な魔力を取り込めるというのなら受け止めろと強く自分に言ってきたのも理由が付く。

 けれどそういう事はあらかじめ言っておいて欲しいものだ。

 

「あんたねぇ…そういう事ができるなら最初に言っておいてくれない?全く…受け止めろとか言われた時は気でも狂ったのかと…」

『悪い悪い、何せオレっちを使ってくれるとは思ってなかったんでね』

 何処か開き直ったように謝るデルフに顔を顰めつつも、霊夢はふと自分の左手のルーンを見遣る。

 手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンは、まるで錆を取り払ったデルフと歩調を合わせるかのように輝き始めていた。 

 

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