海原を巡って   作:魚鷹0822

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第二話 あの海へ・・・

 数年前の呉鎮守府。あの日も、今日のように、日差しが眩しい時期だった。深海棲艦が現れ、喪失した制海権を奪回しようと、既存の兵器をもって反攻作戦に打って出るが、結果は惨敗。新たな対抗手段として、それまでにない兵器、艦娘が生まれた。対抗手段が見つかったことで、日本は勢いづいた。制海権奪回のため、艦娘の建造、戦力の編成は急務とされ、日々鎮守府に属する艦娘たちは、訓練に明け暮れた。当時呉鎮守府に属していた青葉も、例外ではなかった。

「あづいです~」

例外では、ない、はず。

「もう、重巡が青葉しかいないからって、旗艦や標的を私にばかり押し付けるんだから、神通さんにも困ったものですよ」

青葉の制服は、訓練弾の赤い染料がいたるところについている。艦娘の数が少なく、戦略も手探りだった当時、彼女は貴重な重巡として訓練に引っ張りだこだった。駆逐艦を率いたり、砲撃訓練の標的になったり、そんな日々の繰り返し。あの頃は駆逐艦たちも、貴重な重巡に憧れの視線を向けていた。その視線の前では、演習の誘いを受けて嫌などと言えず、休暇もろくになく訓練漬けの毎日。

「早く着任して欲しいですよ、新しい重巡」

愚痴を言いながら、よそ見をして歩いていたせいだろう。寮に向かおうと建物の角を曲がったとき、なにかに青葉はぶつかり、目から火花が飛ぶような痛みが走った。

「いたた・・・」

青葉は痛みにその場で尻餅をつき、頭を押さえた。

「あ、ご、ごめんなさい。よそ見していて。大丈夫ですか!?」

ぶつかった相手が、青葉に手を差し出してくる。

「大丈夫、です。こちらこそよそ見をしていて、申し訳ないです」

青葉は、差し出された手をとる。引かれて立ち上がり、相手の顔を見る。瞬間、彼女は固まった。自分と同じ色の髪、似た服装。姿形は変わっていても、それが誰であるか、青葉の魂はすぐに答えをはじき出した。

「もしかして、衣笠?」

「え?」

ぶつかった相手と、青葉はお互いしばらく見つめ合う。染料まみれになっている青葉の顔を、ツインテールの少女はまじまじと見つめる。

「青、葉?」

するとぶつかった相手、衣笠は、青葉の首に両腕を回して抱きついた。

「青葉だ!ひさしぶり~」

「久しぶりですね、衣笠」

衣笠は、犬のように青葉の胸に顔を擦り付ける。そんな衣笠の背中に、青葉は優しく腕を回す。鉄の船だった頃以来、久しぶりの再会。青葉にとっては、たったひとりの妹。姿が船から人に変わっていても、彼女は間違わなかった。

「古鷹、加古、青葉見つけたわよ~」

衣笠の声に、青葉は面食らう。衣笠の声に呼ばれ、名前の主二人が駆け寄ってくる。

「古鷹さん、加古・・・」

懐かしい名前を口にすると、青葉の胸の奥底から、何かがこみ上げてくる。

「今日この鎮守府に着任したのよ。これからよろしくね」

笑顔でいう衣笠に対し、青葉はその場で泣き崩れてしまった。感動の再会にいきなり大泣きされてしまい、3人ともどうすればいいのかわからず困惑し、あたふたする。でも、青葉は泣きながらも笑っていた。もう会えないと思っていた。海の底に消えたはずの3人に、再び会えた。しかも、今度は鉄の船じゃない。嬉しさを感じる心に、気持ちを伝える口も、ぬくもりを感じる体もある。青葉は、しばらく衣笠の胸で泣いた。伝えたいことがあった、言いたいことがあった。姉妹艦が続々と着任する中、もし会えたら何を言おうか。いつも彼女は考えていた。なのに、いざその場面に出くわすと、何一つ言葉が出てこない。でも、焦る必要はない。今日からまた、みんなといっしょなのだから。

 

 

「すみません。いきなり、泣いてしまって」

古鷹からハンカチを借り、青葉は涙を拭う。

「では、改めまして」

青葉は、先程までの泣き顔が嘘のように、晴れ渡った空のような笑みを浮かべて言った。

「お久しぶりです、古鷹さん、加古、衣笠。また、よろしくです」

青葉は、心の底からの笑みを浮かべた。再会できた、かつての仲間に向かって。このためなら、2度目の生に意味があったと思えるほどに、彼女は幸福というものを感じた。

「あ、そうだ!?」

青葉は、首から下げていたカメラを手に取る。

「第六戦隊再結成というわけで、一緒に写真撮りませんか?」

誰も反対する理由はなかったようだが、その時になって青葉は自分が染料まみれということを思い出し、疾風のごとく染料をシャワーで流して着替えて戻ってくる。そして、三脚を部屋から持ってきて、高さや角度を調整し、カメラのタイマーをセットする。4人は、肩に腕をまわして横一列に並ぶ。

「は~い、皆さん。笑顔笑顔」

全員が笑顔を浮かべた瞬間、シャッターが切られた。

「写真は現像して、ちゃんと渡しますね」

「なんだか、みんなに再会できたし、もう思い残すこと、ないかも」

「こら加古、不吉なこと言わない」

「あ、古鷹。ごめん、ごめん」

その後、青葉は3人の着任の挨拶をしに、執務室へ案内した。そこで、彼女は思いもしないことを告げられた。

「私が、指導役ですか・・・。3人の」

「ああ」

呉鎮守府の提督は、表情を引き締めていう。

「3ヶ月後、南方の制海権奪回に向けて大攻勢をかける。それにあたって、当鎮守府からも、戦力を派遣することになる」

当時、深海棲艦はまだ駆逐、軽巡、重巡、雷巡、軽空母が確認されていたのみで、戦艦、正規空母は確認されていなかった。艦娘には、戦艦クラスに正規空母クラスが少数ながら存在していたが、戦艦や軽巡、重巡に重きが置かれていた。

「それに、私たちを?」

「ああ。それまでに、3人の練度向上を頼むぞ」

そんなことを告げられてしまった青葉は、帰りの足取りがおぼつかない。3ヶ月で3人の練度をあげ、実戦に参加できるようにする。まして、敵勢力下の南方に派遣できるように。敵に戦艦クラスが確認されていない中、青葉たち重巡クラスを、4隻も遊ばせておく余裕はないということだろうか。でも、青葉の頭の中は、かつての記憶のことでいっぱいだった。南方は、3人の沈んだ場所。そこに再び行かねばならないなど、なんの運命のいたずらなのかと。考えることで頭が処理落ちしそうな青葉は、右手に暖かいぬくもりを感じた。

「青葉、大丈夫だよ」

「古鷹さん、・・・でも」

それでも、青葉の表情は晴れない。

「だって、青葉が鍛えてくれるんだよ。何度傷ついても戦場に舞い戻って、最後まで生き残った青葉が鍛えてくれるなら、きっと今回はみんな帰ってこられる」

古鷹がそう告げると、衣笠と加古も、そうよ、大丈夫だ、と青葉を励ます。3人が、青葉の右手を包み込む。あの時離してしまったものが、今は確かにそこにある。彼女は決めた。

「・・・わかりました」

青葉は、重ねられた手を包む。

「では皆さん、明日から青葉が、皆さんをみっちり鍛えます。ですから、しっかりついてきてください」

全員が頷く。

「ですから、ひとりも欠けることなく、必ず帰ってきましょう」

青葉の言葉に応え、狭い部屋に、少女たちの声が児玉した。

 

 翌日から、青葉は古鷹たちの指導を始めた。基本的な座学から、航法、砲撃等の実技。人の体の扱い方など、自分が知っている限りのことを全て彼女は伝える。雨が降れば海上に出てバランスの取り方を教え、夜間訓練も行った。その甲斐あってか、3人はめきめき腕をあげ、呉鎮守府の期待の星になっていた。

「あ、古鷹砲撃に集中しすぎです、周りをよく見て。衣笠、無駄弾が多いです。加古、航行しながら寝ないでください!」

なっていた、はずだ。訓練に訓練の日々が、ひたすら過ぎていく。日々訓練に明け暮れれば、疲労がたまるのは当然で、訓練をおえ夕食に入浴を済ませると、みんな沈み込むように寝てしまう。

「ふふ」

青葉は、隣で眠る妹、古鷹、加古の布団をなおす。そして、彼らの勉強机に置かれているものを見る。彼らが着任したあの日に撮影した、あの写真を。後日現像して渡していた。

「いつかこの写真を、懐かしく見れる日を、この4人で迎えましょう!」

この写真を渡した日に、彼らはそう誓い合った。青葉は、自分の写真立てを掴み、カレンダーを見る。作戦の決行日は、一週間後に迫っていた。

「でも、今度は大丈夫」

あの地獄の海へと、彼女たちは再び赴く。教えることは全て伝えた。これなら大丈夫。青葉は写真立てを自分の机に静かに戻すと、布団をかぶった。

 それから一週間後、始まった。南方の資源地帯確保のための作戦。貴重な戦艦娘を含め、重巡、軽巡、駆逐まで、投入できる戦力をかき集めて挑んだ大攻勢が、人類の反抗作戦が始まった。

 

 緒戦から、青葉たちは作戦に加わり進撃した。青葉が鍛えた第六戦隊の働きはめざましく、他の鎮守府から派遣された艦娘たちも負けじと戦果をあげる。開戦間もない時は、人類側の連戦連勝だった。快進撃が続き、南方、ショートランドに泊地を構え、連日深海棲艦との戦闘が続いた。何度出撃しても訓練の甲斐あってか、4人揃って帰ってくることができた。それが続くたびに、今度は大丈夫。青葉だけでなく、古鷹に、加古、衣笠も、そう思ったに違いない。泊地での食事を口にするたび、僅かな休息の時間を共に過ごすたびに、青葉は不安を払拭していった。でも、別れの時は、確実にせまっていた。

 ある日の出撃、突如どこからかもわからない砲撃に会い、加古が海の底に消えた。数秒前までそこにいたはずの彼女の突然の轟沈に、青葉たちは声もでず、ただ泊地まで逃げ帰り、呆然とするよりほかなかった。その日を境に、艦娘たちの損害は増大の一途をたどる。原因は、初めて確認された戦艦クラスの深海棲艦、ル級だった。当時戦艦クラスの艦娘は少なく、泊地にいても温存され前線には滅多に出ることはなく、到着まで時間もかかった。加えて、同時期に確認された正規空母級の深海棲艦ヲ級によって、制空権が握られ、本隊に近づくことさえ難しくなった。現状の戦力では厳しいと悟った司令部は、慌てて軽空母、正規空母を問わず、本土から呼び寄せるもすでに遅かった。その間にも減り続ける艦娘、備蓄した資源。残された道は、航空戦力の使えない夜戦をしかけることだけ。その作戦に、青葉たちは赴いた。だが、結果は無残なものだった。   

 ル級の砲撃から青葉を守るため、探照灯を照射した古鷹は集中砲火を浴び、轟沈。青葉も大破。衣笠が懸命に応戦するも、本隊に迫ることはできず、相手に損害を与えられたのかさえわからなかった。沈む古鷹を前にして、青葉は衣笠に手を引かれ、泊地へと逃げ帰った。

「青葉、ちゃんと休んでいてね」

「衣笠・・・」

「そんな顔しないの」

入渠のために病院着のような服に着替えさせられ、ベッドで死人のような顔をしている青葉の頬を、衣笠はつねった。

「安心して。ちゃちゃっと行って、敵の飛行場を破壊してくるだけだから」

空母艦娘の到着を待てない司令部は、敵空母の撃沈と、飛行場の破壊を最優先にしていた。

「でも、私たちには空母がいないんですよ。そんな中いけば、どうなるかなんて・・・」

「こら、不吉なこと言わないの」

青葉の唇に人差し指をあて、それ以上の言葉をとめた。

「安心して。機銃は沢山積んだし、訓練もした。それに、青葉が鍛えてくれたのよ。さっさと任務終わらせて、帰ってくるから」

衣笠の制服の袖を、青葉は掴んで引き止める。

「絶対ですよ。衣笠まで、沈んだら」

「青葉!」

衣笠は、青葉のおでこを軽く小突いた。

「妹のことが信じられないの?お姉ちゃん」

そういわれてしまっては、姉として青葉は何も言えなかった。

「衣笠は卑怯ですよ。こんな時に、お姉ちゃんなんて」

沈んだ表情の青葉に、衣笠は微笑む。

「大丈夫よ。衣笠さんに任せて」

それが、青葉が見た、妹の最後の笑みだった。敵艦載機の爆撃やル級の砲撃によって、衣笠が轟沈した報を青葉が聞いたのは、彼女が出撃した翌日のことだった。

 

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