「そして、この基地にやってきた、と?」
「・・・はい」
「遅れて、古鷹たちがやってきたのも、君を追いかけてきたからか」
「・・・多分、そうです」
青葉の手に握られた2本目のラムネは、弾ける炭酸の勢いは弱まり、すっかりぬるくなってしまっている。
「青葉は怖かったんです。今の古鷹たちとの新しい思い出を築いていくことで、沈んだ古鷹たちとの思い出が、少しずつでも、消えていってしまうんじゃないかって」
形があろうとなかろうと、どんなものもいずれ寿命が来て無くなる。でも、たとえそうであっても、分かっていても消えて欲しくないものはある。それが、もう手に入れられないものなら、なおさら。
「時間が解決してくれるかも。そう思ったこともあったんですが、このままじゃ、今の古鷹たちとの仲は悪くなるだけです。分かっていても、沈んでいった彼らとつい重ねてしまうんです。昔の古鷹はああだった、加古はこうだった、衣笠はこうしたって」
青葉は体を傾け、司令官にもたれかかる。
「司令官、なんで今の青葉たちは、人の形を得て生まれたのでしょうね?」
司令官は、青葉の方を目だけ動かして見る。
「なんで、鉄の艦の姿じゃなかったのでしょうね?なんで、心なんてものを持ったのでしょうね」
青葉の声には、次第に震えが混じってきた。
「こんな思いするくらいなら、何も変わらないなら、二度目の生なんて、心なんて、何もいらなかったです!司令官が乗っていた、いなづまのように、鉄の艦で良かったんですよ!」
青葉は、司令官の右腕にすがりつく。固く閉じられた二つの瞳から雫が溢れ出し、頬を伝って彼女と、司令官の服に小さな染みをつくる。彼は、司令官は一言も言葉を発さなかった。
人間は、死んだら二度と生き返ることはない。それは、この世界の、自然の摂理だ。でも、それが分かっていても、人々の願いは今も昔も変わらない。
一度でいい。もう一度でいいから、先に逝った人と、もう一度会いたい。話をしたい。声を、言葉を聞かせて欲しい。
科学や医療が発達した現在であっても、復活の思想や死後の世界というものを未だに信じ続けるのも、そう思わなくては、遺された者たちは生きていけない。大事な人の死に区切りをつけることはできても、乗り越えられるほど、人間も、艦娘も強くない。
心をもってしまったが故に生じた、青葉の苦しみ。かつてと同じ歴史を繰り返したくないと願ったが、また同じように仲間を失い、同じように遺された。
他の兵器のように次々生み出される艦娘だが、遺されたものにとって、新たに建造された彼らは同じじゃない。姿形は同じであろうとも、青葉にとって一緒に居たいと願った古鷹たちは、海に消えた古鷹たちであって、今の古鷹たちじゃない。
なぜ同じことを繰り返させるために、何のために2度目の生を受けたのか。青葉は、答えの出ない、先の見えない迷路に迷い込んでしまっている。
「どうすればいいか、わからないんです。司令官・・・」
司令官は青葉の頭に手を置いて、静かに言った。
「じゃあ、どちらも大事にすることだ」
青葉はキョトンとした表情で口を僅かに開けたまま、司令官を見上げる。
「確かに、青葉にとって今の古鷹たちは、かつての古鷹たちとは違うだろう」
青葉は、黙って頷く。
「じゃあ、今青葉と一緒にいる彼らは、誰だ?」
青葉はしばらく考え込むが、少しすると言葉を返した。
「古鷹に、加古に・・、衣笠です」
「そうだ」
司令官は表情を引き締め、青葉と向き合う。
「彼らは、古鷹、加古、衣笠以外何者でもない。たとえ、君の記憶にある彼らとは違っても、それは事実だ。姉妹艦の君が、それを認めないでどうする?」
それを聞いた青葉は、立ち上がって司令官を睨みつける。
「じゃあ司令官は、海に消えた古鷹たちのことは、忘れろというんですか!?」
「そうは言わない」
声を荒げ、今にでも噛み付かんとする青葉に、司令官は静かに返す。
「海に消えた彼らも、古鷹、加古、衣笠だった。それもまた、紛れもない事実だ」
「・・・何が言いたいんですか?なんでそう言えるんですか!?」
青葉の司令官を見つめる視線が、次第に鋭さを増してくる。
「艦娘は、かつて沈んだ艦の記憶をもつ者である。これはわかっているな。当人に聞くのは変だが」
青葉は、険しい表情のまま頷く。
「当時鉄の艦だった君が、どこで作られ、さきの戦いでどんな海戦に参加し、どんな最後を迎えたか。それが君たちのもつ最初の記憶になる」
「はい。それは、今の古鷹たちも、前の古鷹たちも同じ内容でした」
「記憶は、ただの記録みたいなものだ。君の最初の姿、重巡青葉は、この世に1隻しか存在しなかった。それは古鷹に加古も、衣笠も、他の艦娘ももちろんそうだ。なら、その記憶に違いは生じない」
記憶は、起こった事実や経験を、自分の目を通して見たまま記録したもの。青葉という艦が1隻しかないなら、その艦の経験や歩んだ道も1つしかない。
「艦の記憶が同じであること。それが、彼らもまた古鷹たちであるという証拠だ」
「それじゃあ、青葉が感じた、今と、沈んだ古鷹たちとの違いは何ですか!」
青葉は確かに沈んだ古鷹たちと、今の古鷹たちとの違いを目にしている。記憶や姿が同じであっても生じるその違いは、どこからやってくるのか。
「艦が歩んだ道、記憶は一つであっても、そこに込められた想いは、必ずしも一つじゃない」
結論を先に言わない司令官に焦れながらも、青葉は先を促す。
「記録は一つしかない。でも、込められた、宿った想いはそうじゃない。人間の中にだって、喜びや悲しみ、苦しみ、憎しみ。一人の人間の中に、いくつもそういった顔がある。艦娘だって、いくつも顔を持つのは変わらない」
先程まで青葉は、司令官の前で泣いたり、笑ったり、色んな顔を見せていた。
「君たちの心、想いの根本は、当時関わった人々の想いだろう。敵を倒すことに躍起になった乗員もいれば、無念のまま沈んだ乗員、国に帰りたかった乗員、勝つことを信じて君たちを直した、作った者たちだって、いたと思う」
人の数だけ、想いがある。人が集まれば、それだけ想いも増える。この国には、使い込まれた道具には、魂が宿るという考えがある。青葉たちも、乗員たちの数だけ、想いがやどっていたのかもしれない。
「私の私見になるが、艦娘は、一隻の艦に宿った数多の想いの、欠片が作り出したものじゃないか。そう考えているんだ」
「欠片・・・」
「根源となる艦は同じでも、元になった欠片が違う。それが、沈んだ古鷹たちと、今の古鷹たちとの違いを生んでいるのかもしれない」
司令官はあくまで可能性としながらも、青葉は反論をしない。その彼女の頭に、ふと疑問が浮かび上がった。
「それじゃあ、欠片が違えば、深海棲艦にも、なるんですか?」
「なんでそう思う?」
司令官は青葉をじっと見つめ、彼女が応えるのを待つ。
「ル級と戦って海面を漂っていたとき、水の中から、声が聞こえたんです。立って、諦めるな、沈んじゃダメって」
青葉が参加したという南方への侵攻の話を、司令官は思い出す。彼は、その言葉が誰からのものであったのか察した。
「そのとき、もう一つ聞こえたんです。おいで、おいで、こっちにおいでって。水底に引き込まれそうな、そんな声でした」
司令官は、ある噂を思い出す。艦娘に関わる者、艦娘たちの間でもまことしやかに囁かれている。
深海棲艦は、沈んだ艦娘たちの成れの果てであるという噂。
青葉の聞いた、相反する二つの言葉。励ましと、誘い。根源が同じだからこそ、艦娘と深海棲艦が本質的には同じだからこそ、誘いの言葉は、青葉に届いた。根源が同じでも、そこには様々な想いがあるからこそ、一方は鼓舞し、一方は引きずり込もうとする。彼女の聞いた声は、その噂に裏付けを与えているように聞こえる。
「司令官は、どう考えますか?」
「・・・わからない。だが、深海棲艦の出現地点の多くが、かつて海戦があった場所であること。そして、艦娘の建造に躍起になっているのに、相手は底なしのように次々湧いてくる。沈んだ艦娘であるなら、明らかに数が合わないほどに。なら、一つの可能性が考えられる」
青葉は司令官を見つめ、彼が言葉を発するのを、固唾を呑んで見守る。
「深海棲艦は、かつて沈んだ鉄の艦であった君たちに宿った、乗員たちの想いや、遺された者たちの数多の想い。悲しみや憎しみ、孤独、後悔といった負の感情の、欠片が生み出したもの」
あくまで、仮説。司令官は、そう念を押す。
「逆に艦娘は、国を守りたい。大事な人を守りたい。そういった、正の感情の欠片である。そういう可能性だ」
司令官の答えを、青葉は黙って飲み込む。欠片であるのなら、数が合わなくても、多少は理解できる。それに、これに対する反証を、彼女はできなかった。
「青葉も、他のみんなも、そういった想いの欠片の一つなのでしょうか?」
青葉は、胸に手を当てる。自分に宿る、かつての鉄の艦、重巡洋艦青葉の欠片の一つにふれるように。
「かもしれない」
「沈んだ古鷹たちも、今の古鷹たちも、根源は同じ。ただ、宿った欠片が、違うだけで」
青葉は、静かにつぶやいた。静かな声でも、自分に言い聞かせるように、芯のある声で。
「根源の艦が同じでも、姿形が同じでも、君は今の古鷹たちと、沈んだ古鷹たちの違いを目にしている。異なる可能性があるとすれば、そこだと思う」
欠片が違えば、同じになるとは限らない。それが、司令官の推測だった。深海棲艦も艦娘も、根源は同じ。だとすれば、一つの疑問が青葉に生じた。
「でも、欠片の違いで方や艦娘、方や深海棲艦になるとすれば、なんで、この国を、故郷を攻撃するんですか?なんで、守りたかった故郷に、そんなことを?」
青葉の疑問に、司令官は表情を曇らせる。
「たとえ憎しみや悲しみと言った負の感情が宿ったとしても、青葉たちはこの国を守るために作られ、乗員たちだって、そのために戦いました。なのに、どうして・・・」
国を守るために、青葉たちは作られた。敵から何かを守る。それは軍艦に限らず、兵器の存在意義そのものになる。司令官は、俯きながら静かに言った。
「この国は、かつて戦死者たちを、適切に埋葬できなかった」
その言葉の意味がすぐにはわからず、青葉は首をかしげて疑問符を頭に浮かべる。
「でも、各地に慰霊碑はありますし、定期的に法要だって行われていますよ」
「確かにそうだ」
終戦のあった8月。その月が来れば、政府の閣僚も参加して毎年追悼式が行われ、各地の慰霊碑や神社でも行われる。それは、現在も変わらない。
「だが、他の国とは違い、この国は過去の総括や検証をまともにやらなかった。あの戦争は自衛戦争だったと言い張る者もいれば、侵略戦争だったと認めるべきだ。そういう者もいる。アジア解放のためだ等、あげればキリがない。長い時間だけがすぎ、結局統一された見解は出なかった」
青葉は、司令官の口から出た言葉が信じられなかった。
「他国の顔色をうかがい、他国におもね、発言は風見鶏のように変わる。談話を引き継ぐか変えるかで揉め、神社を参拝するかどうかで揉める。戦後数十年以上が経過しようとも、国は過去の総括さえできず、政治上の詭弁しかできなかった。特攻一つとっても、総括ができていない」
「・・・そんな」
青葉の表情は、険しいものから次第に驚きの色に染まっていく。
「結局、時の流れに翻弄され、当時を知るものたちはいなくなり、語り手もいなくなった。かつて戦争があった。君たちが戦ったことは、教科書に収録されている膨大な用語の中に埋もれてしまった。そんな彼らを覚えていて、省みるものたちなど、もういない」
青葉は言葉が出なかった。自分たちの行いを、誰も覚えてくれてない。
自分の人生を、命をかけて戦った乗員たち。
最愛の人を故郷に残したまま、亡くなった者。
軍艦乗りだけではない。
物資輸送という多大な貢献をしながら、歴史の表舞台に記録されることなく消えていった、商船の人々。
勝つことを信じ、日々試行錯誤を繰り返した兵器の技術者たち。
戦場に行った、大事な家族の帰りを待っていた遺族たち。
上げればキリがない様々な人々の想いは、努力は、何のためにあったのか。答えてくれる者は、もうどこにもいない。
「時間が経過してからは、なんであんな馬鹿なことやったんだろう。そんな一言で済まされるご時勢にも、いつしかなっていった」
「じゃあ、青葉たちは、なんのために・・・」
「・・・だからかもしれないな」
司令官は静かにつぶやき、空に、海原に目を向ける。
「深海棲艦が、この国を襲ってきたのは」
青葉は、黙って言葉をまつ。
「自分たちを忘れたことに対する復讐、みたいなものなのかも、な」
真相はわからない。終わらぬ戦いを続けているのか、司令官の言うとおり復讐に来たのか。それは、誰にもわからない。しばらくの間、二人の間に沈黙が訪れた。
「青葉」
司令官は青葉に向き合って腰を屈めて視線を合わせ、彼女の両手を手にとる。
「辛いだろうけど、古鷹たちが沈んだことは事実だ。受け入れるしかない」
青葉は俯き、司令官の手を握る手に力を込める。両手の震えが、彼に伝わる。
「古鷹たちは沈んだ。でも、沈んだ古鷹たちの欠片は、まだ君の中に生きている」
誰もが、死者を記憶の中に留める。それは、人間も艦娘も変わらないのかもしれない。
「青葉は、彼らのことを、覚えているんだろ?」
「も、もちろんです!忘れるわけありません」
青葉は、力強く言い放った。
「なら、彼らをまた殺さないためにも」
司令官は、作戦説明を行うときのような、真剣な眼差しで言った。
「君は、絶対沈んではだめだ」
彼女は、黙って司令官を見つめる。
「沈んだ者は、覚えている者の記憶や思い出の中でしか、生きられない。その君が沈んだら、彼らは本当に消えてしまう」
青葉は、表情を曇らせて俯く。この基地に来たときから今も、彼女は心のどこかで思っている。一緒に沈みたかった。彼らの元に逝きたかった。
「辛いと思う。一緒に逝きたかったと思う。でも、彼らとの思い出を、彼らの想いを抱いて進むことは、君にしか、生き残った青葉にしかできないことだ」
「青葉にしか、できない・・・」
「ここに居る君が、沈んだ古鷹たちにできる、たった一つのことだ。そして、今この基地にいる古鷹たちにとっての青葉は、君だけだ」
司令官は、青葉の両手を重ね、包むように自分の手を重ねる。
「彼らと、このままでいたいか?」
青葉は、首を横に振る。
「自分が沈んで、自分が感じた苦しみを、彼らにも味あわせたいか?」
青葉は一生懸命、首を横にふる。たとえ差異があっても、今この基地にいる彼らも、古鷹、加古、衣笠に違いない。自分が沈んで、遺されたときの悲しみや寂しさを、今度は彼らに味あわせるなど、青葉は耐えられなかった。
「なら、沈んだ古鷹たちとの思い出や想いを無かったことにしないためにも、今の彼らを悲しませないためにも、両方共大事にして、この戦いを、必ず生き残るんだ。それが、生き残った君の、君にしかできないことだ」
「欲張りですね、司令官は」
青葉が、笑いながらいう。
「だって、青葉がどうすればいいか迷っているのに、結局両方共大事にしろ、なんて」
「そうだな。私は欲張りだ」
「あ、開き直りましたね。盗撮犯も、最後は開き直りますよ」
「おま!だから違うって!」
「わかっていますよ」
それまでの沈んだ空気はどこかへ消え、二人はクスクスとしばらく笑いあった。
「司令官は、やっぱり強いですね」
「なぜ?」
「だって、青葉と違って、司令官の仲間は、もう・・・」
青葉の言葉は次第に小さくなり、途中で途切れた。艦娘は建造で生み出せても、違いがあっても、人間に2度はない。あの写真に写っていた彼の仲間たちは、もうどこにもいない。
「そうだな、もうこの世界で会うことはない」
青葉は、かつての記憶を大事にし、今の古鷹たちと歩む道がある。どんなに時間がかかっても、受け入れ、歩むことができる。でも、司令官にそれはできない。
「なのになんで、今でも海軍にいられるんですか?いくら託されたものがあったからって、逃げ出すことだってできたはずです。死んだ人々は、何も答えないのに・・・」
司令官は立ち上がり、青葉に背を向ける。彼は、目の前に広がる海原を見わたす。
「私も、いつかは死んでこの世を去る。今、私は戦場にいることだし、明日かもしれないし、数年先かもしれない。戦場にいなくても、誰にも寿命はやってくる。生きている以上、死は避けられない」
「・・・そうですね」
「だから、いつか死んであの世に行ったとき、先に逝ったみんなに会えた時に、言いたい言葉があるんだ」
楽しい話ではないのに、司令官の口調は沈まず、悲しみは含まれていない。
「君たちのおかげで、私は最後まで生きられたよ。ありがとう、って。あの世で、私を産んでくれた母、育ててくれた家族や祖父母、共に時間を過ごした友人、一緒に戦った仲間、助けてくれたみんなに一言、そう言いたいんだ」
司令官もまた、死後の世界を信じていた。
「関わった人々がいなければ、私は今ここにいない。彼らのおかげで、私はここにいる。彼らにまた会えた時、なんでこっちに来たんだ、とか。こんなところで何やっている、さっさと生き返れ、とか。バカ息子、とか言われないために。自慢の息子だよって、君に託せてよかったって言ってもらえるように、胸を張って会うためにも・・・」
司令官は、空を見上げながら言った。
「私には、へこたれている暇なんて、ないんだ」
青葉は、無言でカメラを構え、シャッターを切った。空を見上げ、なにかを見つめている司令官は、すごく絵になっていた。
「やっぱり、司令官って、言っていることがジジくさいですね?」
「え?そうか?」
「そうですよ」
青葉は、カメラを下げる。
「だって、おおよそ若者のいう台詞じゃありませんよ」
「経験によって、人のいうことは変わる。年齢は、関係ない」
「そうですか」
「そうだ。それで・・・」
司令官は、背を向けていた青葉に向き直る。
「心は決まったか?」
「・・・わかりません、まだ」
「そうか。まあ、時間はある。ゆっくり考えるといい」
後悔しないように。そう付け加える。その時、屋上へ続くドアが勢いよく開かれた。
「・・・ぜえ、ぜえ。やっと、見つけた」
そこには、青葉と同じ色の髪にツインテール、似た制服の少女がひとり、肩で息をしながら立っていた。
「あ、衣笠」
「あ、衣笠。じゃないわよ!もう、基地の中探し回ったんだからね」
衣笠は、肩をいからせ、少々大股で歩み寄る。彼女の制服のいたるところが、汗を吸って張り付いている。
「なぜですか?」
「あ・ん・た・を・探して、よ!」
衣笠は、青葉より若干高めの身長を活かして、彼女の頬を掴むと上に引っ張り上げる。
「いひゃい、いひゃいえすよ、きうがさ」
「全く、いつもいなくなっちゃうんだから」
衣笠は司令官に目を向ける。
「提督も、青葉見つけたら居場所連絡してって言っておいたのに」
「ははは、悪い。いつの間にか話し込んでしまってね」
「もう。・・・ん?」
衣笠の視点が、司令官のカメラに止まる。そして、階下に見える光景にも。
「提督・・・」
「なんだ?」
衣笠は、青ざめた顔で言った。
「まさか、ここでそのカメラで、盗撮を!」
「だから違うって!ほんと姉妹だな、言うことが同じだ!」
「もう。あんな小さな子たちじゃなくて、私たちを撮ればいいのに」
「それはとても魅力的な提案だが、また今度な。今回は海を撮っていたんだ」
「海?」
衣笠は、何かを思い出そうとするように右手人差し指を頬に当て、顔を傾ける。手が離れ、しゃべれるようになった青葉は両手で痛む頬をさする。
「う~ん」
衣笠は、なにかにうなっている。
「どうかしたか?」
「いえ、どうにもすっきりしない疑問があって」
「衣笠が疑問ですか!青葉に聞かせてください!どんなネタですか?」
この基地に来て、初めて記者モードに切り替えた青葉が、目を輝かせながらメモ帳とペンを手にいう。その様子に衣笠は戸惑いつつも、疑問を打ち明ける。
「いやね。青葉って、カメラ持っていても、あまり写真撮らないじゃない?」
「そ、そうですね・・・」
「うん。でも、記憶にある青葉は、カメラ片手にもっと写真一杯撮っていたように思うの」
青葉は、メモ帳に走らせていたペンを止める。
「それに、海。行ったことないはずなのに、南国みたいな砂浜で、4人で笑いながら話しているのを、時々夢に見るの」
「夢に、か?」
「ええ。でも、私たちここ以外は呉鎮しか知らないの。どこなのかなって、いつも喉に引っかかったみたいで、スッキリしなくて。それに・・・」
次の言葉に、青葉は衝撃をうけた。
「古鷹たちと、写真を撮った気がするのよね、4人並んで。でも、青葉が写真を撮っているところなんて見ないし、なんでかなって・・・」
衣笠は戸惑った。目の前の青葉が、固まったまま、涙を流していたことに。
「ちょ、ちょっと青葉、一体どうし」
青葉は、衣笠の胸に顔をうずめ、背中に腕を回した。初めは戸惑った衣笠だったが、同じように姉の背中に腕を回し、背中を優しくさすった。
青葉も司令官も口には出さなかったが、二人は頭の中で同じことを考えていた。
かつて沈んだ衣笠の欠片の一部は、確かに、目の前に帰ってきたのだと。