海原を巡って   作:魚鷹0822

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最終話 海原を巡って

「ごめんです、衣笠」

「なに妹に遠慮しているの」

 衣笠はハンカチを取り出し、顔を上げた青葉の瞳から流れる雫を拭った。

「もう。青葉が私に、妹なんていないって言ったとき、結構傷ついたんだから」

「青葉、そんなこと言ったのか?」

「え、いや・・・はい」

 それは、今の古鷹たちが呉に着任して間もない頃、半ば八つ当たりのように言った言葉だった。青葉は俯き、衣笠に謝った。

「ごめんです、衣笠」

「もういいわよ。でも、時には頼って」

 衣笠は、少し頬を赤らめながらいう。

「たった一人の、妹なんだから」

「そうですね。青葉の妹は、衣笠だけです」

「と、いうわけで・・・」

 衣笠は、青葉の腕を力いっぱい掴んだ。

「お詫びも兼ねて、これから鳳翔さんの食堂に行きましょう。間宮のアイスと羊羹入荷したんですって。3人分おごって、お姉ちゃん」

 片目でウインクをしながら、衣笠は青葉にねだる。

「え!3人分も!?」

「古鷹に加古だって、それで嫌な思いしたんだから3人分。それに、基地中走らされた分も含めてね」

「そ、それは衣笠たちが・・・」

「はいはい。言い訳はいいから。さっさと行くわよ」

 姉妹のやり取りを微笑ましく眺める司令官を一人残し、衣笠は、基地の食堂へ向かって青葉を引きずっていってしまった。

 

 

 

 それから青葉は言葉にしなかったものの、次第に古鷹たちとの時間を増やしていった。3人の嚮導を引き受け、共に鍛え合った。食事を共にしたり、非番の日は彼らと甘味を楽しみ、布団から先にいなくなるということも無くなった。

 中でも大きな変化は、青葉が司令官に基地内での出来事を新聞にさせて欲しいと、申し出たことだった。娯楽が少ない孤島ということもあって、司令官は即座に承諾した。それから、青葉は基地内で手帳やカメラを手にネタを探すようになった。そんな時、彼女は珍しいものを目にした。

 

「え?司令官さんが深夜どこに行くか、なのですか?」

 

 青葉は、司令官と最も付き合いが長いという秘書艦に尋ねた。深夜に司令官を見かけたのは、新聞の編集を行っていた時であった。窓から外を眺めると、白い制服を着た司令官が一人、基地の正門へ向かい、何処かへと行くのを、彼女は偶然目にしたのだった。その後、青葉は同じ時間に同じように外を見た。すると、毎日ではないが、2日から3日に1度の割合であることがわかった。

「記者さんなのですから、司令官さんの後をつければいいと思うのです。或いは、何かネタを掴んで、ゆするとか迫るとか吐かせるとか」

「電ちゃんって、時々笑顔ですごいこと言いますよね」

「それほどでもないのです」

 褒めているつもりは青葉には微塵もないのだが、純度100%に見える笑顔で言われてしまってはそれ以上何も言えなくなってしまう。

「他の人に聞いてみてはどうなのです?」

「それが、皆さん何も知らないって」

 その時刻は、本来は消灯時刻で全員が夢の中にいる時刻。当然知っている人物など、いるはずもない。だが、秘書艦ならもしかしたらと、青葉は一縷の望みを胸に、司令官を一番知る電に聞くことにしたのだった。

「あいにく、電も知らないのです」

「そうなんですか・・・」

「やっぱり、何か弱みを握って」

 それ以上聞いてはいけないと悟った青葉は、秘書艦に頭を下げて駆け足で彼女の元をあとにした。

 

「はあ、誰も知らないなんて・・」

 廊下を歩きながら、彼女はメモ帳片手にため息をはく。実際問題、誰も知らないなら残された手段は、電の言ったように実力行使しかない。でも、弱みを握ってそれをネタに迫ったり吐かせるなんて手段を使えば、青葉の今後に支障をきたすことになる。記事は面白おかしくかいても、情報収集するときはあくまで誠実に。でも、そう言っていてはこれ以上の情報は入らない。

 深夜寝静まった後、一人孤島のどこかへ向かう司令官。何か謎めいた匂いがする。まして、それを誰もしらないというならなおさら。

「仕方ありませんね・・・」

 青葉は、手帳とペンを手に、口元を三日月のように釣り上げた。

 

 

 すっかり日が落ちた頃、青葉は草むらの中に潜んで時計を見つめる。

「情報では、間もなくのはずです」

 結局、聞いて分からない以上、自分の目で確かめるしかない。そう考えた青葉は、司令官を尾行することにしたのだった。これも基地の娯楽のためだと、彼女は自身に言い聞かせる。

「お、来ましたね」

 青葉の予想通り、司令官が司令部棟から出てきた。海軍の白い服装は、暗闇の中にあっても月明かりに照らされ目立つ。これなら、見失う心配はない。

「では、行動開始です」

 青葉は、つかず離れずの距離を保ちながら、司令官の後をつけていく。足音を殺し、呼吸を減らし、物音を極力たてないように。

 彼は基地の正門を出て、はずれにある森の中を進んでいく。こんな場所があるなど、青葉は気にもとめなかった。といより、こんな辺鄙な場所にくる理由がない。孤島に作られたこの基地は、付近に住宅も施設もなく、波止場のような場所があるだけ。基地に所属する艦娘たちの用事は、全て基地の内部で完結できるようになっている。それは、司令官も同じこと。

「気になりますね」

 そんな何もないはずの場所に司令官は、一体何の用があるのか。彼女の疑問は深まるばかり。どこかへ行く司令官、それを追う青葉。その構図がしばらく続くも、ようやく終わりがやってきた。森が途切れ、砂浜が現れた。

 その砂浜の一角には高台が作られ、石碑が建てられている。司令官は石碑の前にやってくると、腰をかがめて手を合わせる。しばらくそのままでいたと思ったら、彼は月を見上げた。その風景が絵になっていて、青葉はいつの間にかカメラを構え、シャッターを切っていた。寝静まった時刻、その音は小さくてもよく聞こえた。青葉にも、司令官にも。

「おや、また油断したな」

「隙が多いですよ、司令官」

「もう消灯時刻は過ぎているはずだが」

「そういう司令官こそ、消灯時刻すぎていますよ」

「そうだな」

 司令官は気にした様子もなく、青葉を手招きした。二人は石碑のある高台の淵に座り、夜空に登る満月を見上げる。

 

 

「よく、ここに来るんですか?」

「まあな。何で知ったんだ?」

「新聞を書いていたとき、たまたま司令官がどこかへ向かうのを、見かけまして」

「ははは。君には色々知られてしまったな」

 司令官は笑うも、すぐにいつもの表情に戻る。

「あの石碑は、何ですか?」

「君が南方への作戦に参加したとき、この基地から出撃して帰ってこなかった艦の名前を刻んだものだ。私が着任してから、過去の記録を調べて作った。流石に、何もないというのは、可愛そうだと思ってな」

 司令官が言った言葉に、青葉は表情を曇らせる。

「この基地は、以前から戦力外や成果の上がらない艦娘の左遷先。ここに来たら、もう行き先はない。そのせいで再訓練場から、いつしか墓場なんて言われるようになった」

 青葉も、この基地に転属になったとき、その噂は耳にしていた。

「でも、そんな基地でも、必死になって訓練する娘はいるし、自分をここに送った提督たちを見返すんだって、奮起する娘もいる。そんな彼らが、最後に確かにここにいたんだということを、せめて残して置きたくてな」

 戦力外とみなされ左遷を命じられた艦娘のことなど、もう誰も気に留めない。だからこそ、ここが最後の居場所だからこそ、司令官は石碑を作った。戦力外とみなされようとも、それぞれの考えや決意を胸に、この国を守るため戦った者がいたことを、残すために。

「彼らのことを忘れないように、ここに来るんですか?」

「それもある」

 他にどんな理由があるのか首をかしげる青葉をよそに、司令官は時計をじっと眺める。

「もうそろそろだ」

 彼は森の方に足を進める。青葉もその後についていく。間もなく、森の中の林に、光の玉が現れ、暗闇の支配する森の中に明かりを灯した。その光景に、青葉は目を奪われる。

「これは・・・」

「蛍だよ」

「・・・蛍?これが」

 普段山や森とはあまり縁のない青葉にとって、蛍は書物でしかしらないものだったのかもしれない。初めて目にする風景を、彼女は凝視する。

「この島には、なぜか蛍がいるんだ」

 二人の周りを、蛍が飛び始める。仄かな光を放つ虫たちが、上に下に、右に左へと動き、一種のイルミネーションを作り出す。

「この島の近くの海域は、私が何度も泳いだ場所でね。いつもこの島の蛍の光が見えると、帰ってきたんだって、ほっとしたものだよ」

 青葉の方を見ることなく、司令官は話し始める。

「蛍の光は、魂の光に例えられることがあるんだ」

 彼は蛍たちに向かって、手を伸ばす。その手のひらに、1匹の蛍が舞い降りる。

「この光の中に、沈んでいったみんなの魂が、もしかしたら会いに来てくれるかもしれない。そう思ってしまってね」

「魂の光、ですか」

 青葉も、司令官を真似て手を伸ばす。彼女の手のひらにも、1匹の蛍が留まる。この中に、あの海に沈んだ古鷹たちもいるのではないか、そう思ってしまう。

「衣笠は・・・」

 青葉は、隣りの司令官を見やる。

「彼女の欠片の一部は、帰ってきてくれたみたいだな」

「・・・はい」

 それは、青葉自身が確かめた。再び彼女の前に現れた衣笠は、沈んだ衣笠しか持っていないはずの記憶をおぼろげでも持っていた。青葉は、彼女の写真の裏に書かれていた、姉を一人にしないという、妹の決意が込められた言葉を思い出す。沈みゆく中、彼女は遺された青葉を思って、たとえ自分の一部であっても、帰りたい。そう願ったのかもしれない。

 でも、だからといって、今の衣笠は、あの衣笠と完全に同じというわけではないことは、青葉自身わかっていた。

「あ・・・」

 青葉の手のひらに止まっていた蛍が、彼女の手から飛び立った。それを合図に数十匹もの蛍たちが、海面の上を飛び回る。二人は、海面をしばらく見つめ続ける。まもなく、蛍の光が集まってまばゆさを増し、次第に像を結び始める。それを見て、青葉は目を疑った。そこには、人の姿をしたものが立っていた。

「青葉、あれは・・・」

「司令官も、見えますか」

 司令官も、見えているらしい。二人は、信じられないものを見ているように、その場で固まってしまっている。青葉は、石碑のある高台から飛び降り、砂浜を走って波打ち際まで急ぐ。間近に迫ってわかった。

 目の前のことが信じられなかった。夢や、妄想の類かと思ったことだろう。でも、それでもいいと。それでも、彼女は信じたかった。

 

 一度、もう一度でいい。どんな形でもいいから、青葉が会いたいと願った彼らの姿が、そこにあった。

 

「古鷹、加古・・・、衣笠!」

 陽炎のようにぼやけているが、海面の上に立つそれは、確かにその3人の姿をしていた。青葉は海に足を踏み入れる。艤装を身につけていないために、普段と違って波や水の抵抗に足をとられ、服が海水を吸って重さを増し、転びそうになる。

 おぼつなかい足取りでも、彼女は一歩一歩進んで、彼らに近づく。青葉が近づくと、3人は海面に膝をつき、浅瀬に体を沈める彼女に視線を合わせた。

「古鷹さん、加古、衣笠・・・」

 幻なのか、幽霊なのか、何なのか何も分からない。青葉は、微笑みかける彼らに、手を伸ばした。それは、確かに触ることができた。あの時感じた懐かしいぬくもりを、彼女は感じることができた。幽霊には実体がないとか、そんな解釈はどうでもよかった。

 目の前の古鷹たちは、あの海に消えた彼らなのだと、彼女は確信めいたものを抱いた。すると、青葉は体の中からいくつもの言葉が泉のように溢れ出すのを感じた。溢れ出した言葉は、瞬く間に胸の中を一杯にし、張り裂けそうになる。何かを伝えなければならない。伝えたいことが沢山ある。でも、その時になると、言葉がうまく出てこないもどかしさを、彼女は感じる。彼女の中には、言葉がこんなにも溢れているのに。

 

「古鷹、加古、衣笠・・・。ごめんなさい・・・、ごめんなさいです」

 

 青葉が最初に口にした言葉。それは、彼らに対しての謝罪の言葉だった。 

「3人の頑張りを無駄にして、一人逃げて。みんなで生き残ろうって決めたのに、また、青葉だけ、生き残ってしまって」

 青葉の瞳に雫がたまり、頬を伝って落ち、小さな波に飲まれる。海面に浮かぶ古鷹たちの表情が、気のせいか曇る。

「今の古鷹たちに向き合わないで、逃げてばかりで。ごめんなさい・・・、ごめんなさいです」

 青葉は、謝罪の言葉を繰り返す。壊れた、ラジカセのように。その青葉をあやすように、彼らは身を寄せ合う。

「でも、それも終わりです」

 青葉の声が、涙声から、芯のあるものに変わる。

「私も、古鷹たちの元に行きます」

 青葉の発した言葉に、目の前の古鷹たちの表情が驚きの色に変わる。その言葉を聞いた司令官は、ただ黙って彼らを見つめる。

「でも、それは今じゃありません」

 彼女は震える口で、しっかりそう言った。古鷹たちは、微笑みを浮かべる。

「古鷹たちの頑張りで、青葉は生き残れました。その古鷹たちのこと、青葉は絶対忘れません。頑張りも、無駄にさせません。そのためにも、青葉はまだ、沈むわけにはいかないんです!」

 

 誰もが、叶えたい夢を、想いを、願いをその胸に抱いて、生まれてから死ぬまで、人生という道を歩き続ける。死んだら、そこで終わるのだろうか。

 

 いや、終わらない。

 

 生きている以上、いつか終わりがやって来る。それがわかっているからこそ、誰かに夢を、想いを、願いを託し、次へつないでいく。

 

 沈んだ古鷹、加古、衣笠は、青葉に後を託した。だから、青葉は沈むわけにはいかない。

 

彼らがいたことを、共に過ごした思い出を、消させないために。

 

戦いを終わらせ、あの写真が懐かしく思える時を迎えるという願いを、叶えるために。

 

彼らの生き、戦った意味を、込められた想いを、無かったことにさせないために。

 

彼らから託されたもの、共に築いたものを胸に、これから先も、彼女は歩いていく。

「ですから、いつか古鷹たちと、胸を張って会えるように、青葉は、この基地で頑張ります!」

 青葉は、とぎれさせながらも、必死に言葉を紡いだ。

「青葉はもう大丈夫です。あなたたちのことは忘れませんし、今の古鷹たちも、今度は沈ませません!ですから・・・」

 青葉は、瞳から流れる雫をこらえながら、できるだけ微笑み、穏やかな口調で言った。

「安心して、眠ってください。青葉が行くまで、待っていてください」

その言葉を聞いた彼らは、頷き、青葉から離れた。古鷹たちの姿が、次第に薄れてくる。

「古鷹さん、加古、衣笠・・・」

彼らにむけて、青葉は最後に言った。胸の中で溢れ出す、様々な想い全てを、その一言に込めて。

 

「・・・ありがとう」

 

 その言葉を最後に、彼らの姿は、闇に溶けた。

 

 

 

 浅瀬をゆっくりとした足取りで歩き、青葉は砂浜に上がった。

「良かったのか?」

「・・・はい。もう大丈夫です」

 司令官は、砂浜に上がった青葉の手をとる。海水に浸かった彼女の手の暖かさは、その水温と同じになっていた。彼は上着を脱ぎ、それを青葉に着せた。

「本当は、一緒に行きたかったんじゃないのか?」

「それも思いましたけど、やっぱりダメです。今のまま沈んだら、古鷹たちに追い返されてしまいますよ」

 笑い話でもするかのように、青葉の口調は明るい。

「さて、では帰って寝るとするか。寝坊したら、加賀と電にどやされる」

歩きだそうとした司令官は、足を止めた。彼の背中に、青葉が顔をうずめていた。

「泣きたいなら、背中貸すぞ」

 青葉は、しばらく司令官の背中で泣いた。彼が見たこともないほど、泣きじゃくった。伝えたかったことが、山ほどあったに違いない。それらを全て伝え切ったのかどうかは、司令官にはわからない。きっと、色んな言葉や想いが、彼女の中で渦巻いたはずだった。青葉の想いの一部でも、彼らに伝わったことを、司令官は心の中で願った。

 そのとき、少し強めの風が、二人の間を吹き抜けた。青葉は、司令官の背中から顔をあげ、風が吹いてきた方向に顔を向ける。

「・・・どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 今度は、司令官にも聞こえなかったようだ。それは、青葉だけに聞こえた言葉。でも、確かに彼女に届いた。彼らの、言葉は。

 

 

 

 あれから数日が経過するものの、未だに二人はあの夜見たものが夢だったのか、現実だったのか信じられないという。司令官は、一つの可能性を言っていた。

 

 海は、地球上すべてをつないでいる。あの南の海で沈んだ古鷹たちは、沈みゆく中であっても、残してきた青葉のことを最後まで気にかけていた。その結果彼らの中にあった欠片が、青葉に会うために、あの日、あの場所に現れたのではないかと。

 

 海の底から、海流に乗り、時間をかけて、海原を巡って。

 

 おおよそ根拠のない、非科学的で、感傷的な妄想の類だと、司令官は最後に言った。もっとも、あれが夢であれ現実であれ、どちらでもいいのかもしれない。青葉は沈んだ古鷹たちに想いを伝え、今の古鷹たちと歩き出すことを決めた。それだけで、司令官にとっても、青葉にとっても十分だった。

 あれ以降、青葉と今の古鷹たちとの仲は良好で、仲睦まじい日々を送っている。また、時折青葉は司令官の元を訪れては、メモ帳やカメラ片手に、他愛ない話をする時間を作っている。だが、仲が良好になったことで、色々青葉は遠慮がなくなり・・・。

 

「待て青葉あああああああああああ」

「嫌ですううううううううう」

「司令官さああああああああああああん。待つのですううううううううううう」

 

 ある日の朝、基地の中を逃げ回る青葉を司令官が追い回し、その司令官を、艤装を身につけた電、響、時雨、不知火たちが追い掛け回すという奇妙な光景がそこにはあった。その彼らの上空に、レシプロ機の発動機の放つ独特の音が児玉する。零戦が、九七式艦攻が、九九式艦爆が、空を埋め尽くさんばかりの数の機数が編隊を組んで現れる。共通しているのは、どれも胴体下に、爆弾を搭載しているということだ。

「全機爆装、準備出来次第発艦。目標、青葉を追跡中の提督!」

「ちょ!加賀、ま」

「殺りなさい!」

 加賀の合図で、一斉に艦載機に乗る妖精たちは機体の高度を下げ、胴体下に吊り下げた爆弾を切り離す。司令官の走った後は、火柱が次々上がり、地面がえぐれ、爆風が吹き荒れる。次いで、電たちの装備する主砲がゆっくり旋回し、司令官に狙いを定め、砲撃音が鳴り響く。艦載機の落とす爆弾が、電たちの艤装の主砲が司令官を狙う。それらを懸命に回避しながら、彼は青葉を追いかける。

 この事態を引き起こした諸悪の根源を、加賀は左手で握りしめている。彼女が左手に持っているのは、青葉の書いた新聞だった。その一面には、大きくこう書かれている。

 

「司令官は実はロリコン!?非番の日に屋上から駆逐艦娘を撮影。衝撃の写真を独占入手」

 

という記事と写真が掲載されている。青葉が新聞を書き始めてからというもの、初めの主な話題は、司令官にまつわる話や鳳翔さんの食堂の新メニュー、艦娘へのインタビューなどだが、次第に司令官に対してゴシップまがいの記事も載せるようになり、面白くはなったらしいが、このような光景が繰り広げられるようになった。

 幸い、基地は孤島に作られたものなので、周辺住民への被害を気にする必要はない。だが、それでも問題無しで済むはずはない。

「爆撃も砲撃もやめてくれ!基地が壊れる!修繕費が!備蓄した資源が!」

だが、彼の必死の叫びも、追撃を続ける彼らには届かない。

 

「盗撮した上にロリコンの司令官に、情けはいらないのです!」

 怒り狂う電。

 

「司令官、止まってくれないか?狙いにくいじゃないか」

 絶対零度の視線で司令官を捉える響。

 

「提督、言ってくれればいつでも良かったのに。僕を差し置いて、隠れて他の子を撮るなんて、ひどいじゃないか」

 暗い笑みを浮かべる時雨。

 

「絶対に、逃しません」

 戦艦クラスの眼光を放つ不知火。

 

「私が対象外なんて・・・。あなたの名誉は守ります。だから、綺麗に消し去ってあげましょう。爪一つ残さず」

 色んな気持ちが混ざったオーラが、体中から溢れ出す加賀。

 

 司令官の味方は、ここにはいない。この状況を一刻も早く終わらせて誤解を解くためにも、彼は目の前を逃走する青葉を、全身体能力をもって追いかけるのであった。

 

「ま~たやっている。青葉も懲りないわね」

 基地内で爆撃や砲撃が繰り広げられる中、その光景を遠目に眺める衣笠たちの姿があった。

「そうだね」

「う~ん。ねみ~」

1名を除き、その日常と化した風景を部屋の窓から眺める。

「でも、最近の青葉、どこか生き生きしているよね」

「そうね。やっと青葉らしくなってきたわね」

 衣笠は、自分の机に置かれた写真立てを見つめる。そこには、真新しく、鮮明に写っている写真が収められている。青葉のカメラで提督に撮影してもらった、4人の集合写真だった。この基地の正面で撮影してもらった、4人で写った初めての写真。彼らの、最初の思い出になった。

「いつか、この写真が懐かしく思える時が、やってくるといいわね」

「じゃあ、そのためにも、その時まで生き残らないといけないね。今度は」

「そうね」

「・・・ああ」

 古鷹の言葉に、衣笠は頷き、加古は寝言で応える。

 

 失ったものは、もう取り戻せない。別のもので、補うこともできない。でも、折り合いをつけ、再び歩き出すことはできる。

 

 青葉は新しい白紙のページに、彼らとの新しい物語を綴り始めた。

 

 かつて失った、彼らとの物語を、胸に抱いて。

 




 最終話になります。短い話数だったかもしれませんが、これで完結とな
ります。読みにくい文章が多分にあった中、基本暗い部分が多かった中、
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。


 もし、また投稿することがあれば、よろしくお願い致します。

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