――駆け出しの街アクセルのギルドにて、二人の男女が話している。
少年の方は平凡という言葉が似合うのに対し、少女は人形のように整った顔に、華奢な体。美少女と言うに相応しい少女だ。
少年は落ち着かない様子で、キョロキョロと辺りを見渡していたが、少女に問う。
「な、なあめぐみん。お前のお姉さんって、どんな人なんだ?」
「何をソワソワしているんですか。……一言で言うなら、究極のシスコンです。……あと胸が大きいです」
「なるほど! 巨乳か!」
「何故そっちが聞こえたんです!? やはりカズマは救いようの無い変態です」
めぐみんと呼ばれた少女は、目の前で鼻息を荒くするカズマと呼ばれた少年に侮蔑の目を向ける。
やはり年頃の少年だからか、女性の胸については人一倍反応してしまうようだ。"巨乳"と聞いて興奮していたカズマは、精神を落ち着かせるためにめぐみんの胸を一瞥し、ホッと息を吐く。
「……今、私の胸を見て、何を思いました?」
「え? ……生きてたら良いことあるよ、まだ諦める時期じゃないよ」
「……確か、この前実験と称してダクネスに『
「わーっ!? やめてくださいめぐみん様俺が悪かったです!」
比較的大きな声のめぐみんの言葉が聞こえていたのか、周囲の女冒険たちが冷たい目を向ける。男冒険者はむしろ興奮しているが、皆一様に女性たちの視線に屈服した。
カズマは必死に弁解しようと身振り手振りするが、その必死さが逆に怪しいと、絶対零度の視線に晒されている。
カズマが半泣きになった所で、めぐみんは話題を切り替える。
「そういえば、カズマは一人っ子なのですか?」
「アイリスと言う妹がいるぞ」
「アイリスは別です……。というか、王女様を妹扱いしている人なんて、世界の何処を探してもカズマだけだと思いますよ」
「良い響きじゃないか、オンリーワン。ナンバーワンよりオンリーワンなんだぜ」
「む……よく分かりませんが、何となく良いことを言っているのは分かります」
そうして談笑をしていると、ギルドの扉が開かれる。
カズマとめぐみんが扉に視線を投げると、そこには、
「めぐみん〜、愛しのお姉ちゃんが来たわよ〜」
先端に赤黒い球体が取り付けられた杖に、同色のマントを羽織った、おっとりとした雰囲気の美女だった。
見た目に反しない言葉遣いで、ニコニコしながらギルドを見渡す。
カズマが、めぐみんに耳打ちする。
「おい、あれがお前のお姉さんか? 凄い美人じゃないか」
「ええ。下手に手を出すと半殺しにされますよ」
何それ怖い……、と慌てて身を引くカズマ。そんなことをしているうちにめぐみんを見つけたのか、パタパタと小走りで向かってくる。
その際に立派なスイカが揺れ、カズマがガン見していたのを横目で確認しためぐみんは、杖の石突きで脛を突く。
脛を押さえて呻くカズマをよそに、めぐみんの姉がめぐみんの頭を抱く。
「
「んもう、硬いこと言わないでよ〜。久し振りに会ったんだから良いじゃない〜」
「デカイ……」
めぐみんがスイカに挟まれるのを見て、ぼそっと呟くカズマ。耳聡くもそれを聞いためぐみんの姉は、カズマの存在に気づいていなかったのか、笑顔を浮かべる。
「どうも〜、あなたがめぐみんの言ってたカズマ君〜? 私はめぐみんの姉のまりりんよ〜。よろしくね〜」
「よ、よろしくお願いします!」
今まで会って来た中で言うと、ウィズに近いか……、と考えながらも、その視線は常にまりりんの胸に向けられていた。
それに気づいたまりりんは、悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「ふふふ〜。このスケベさんめ〜。そんなに触りたいの?」
「はゃぇ!? い、いや、決してそんなことは無いことも無いですが、良いと仰るなら是非とも――」
顔を真っ赤にして取り乱すカズマを、微笑ましそうに見るまりりん。大人の余裕というモノを感じたカズマは、いつもの屑っぷりが何処かへ行っている。
まりりんのスイカに挟まれていためぐみんは、なんとか抜け出して、カズマにゴミを見るような目を向ける。
「人の姉を視姦するのはやめてもらえますか? 通報しますよ」
「あらあら〜。嫉妬かしら〜? めぐみんったら、やっぱりカズマ君のことが――」
「ちょっと黙っててください! それ以上言ったら、いくらお姉ちゃんでも許しません!」
瞳を輝かせながら詰め寄り、まりりんの口を押さえる。
「ごめんね〜。めぐみんが可愛いから、つい揶揄いたくなっちゃって〜。お姉ちゃんを嫌いにならないで〜」
「えっ。ちょっ、そんなこと絶対にありませんから、泣き止んでください!?」
「良かった〜。私もめぐみんのこと大好きよ〜」
しくしくと泣き真似をするまりりんの頭を撫でると、次の瞬間めぐみんは再びスイカに囚われていた
10分ほど続いたそれを、カズマはひたすらガン見していた。例の如く女冒険者たちから蔑まれていたが。
※※※
「はあ……はあ……。ようやく落ち着きましたか」
「んん〜。めぐみん成分を存分に補充できたわ〜」
「……何というか、アグレッシブなお姉さんだな……」
めぐみんが反撃できないという状況は滅多に見られない。それをあっさりと行うとは、相当な手練れか……、と戦慄するカズマ。
「何故、こんな急に会いに来たんですか? こめっこは大丈夫なんですか?」
「こめっこなら逞しく生きてるから大丈夫よ〜。そ・れ・よ・り・も〜……めぐみんったら、いつの間に彼氏なんて作ったの〜?」
「「かっ!?」」
まりりんの言葉に、揃って赤くなる二人。純粋にそう思っているだけだが、残念ながら二人はそんな関係では無い。
「いや、俺とめぐみんはただの仲間ですよ?」
「そうです。カズマとなんて、そんな……」
「お前のそういう心無い発言が俺を傷つけてるって理解してる?」
「おや、確かこの前金髪のチンピラが、"カズマが罵倒されて感じてた"と言っていたのを聞いたんですが」
「あのチンピラ牢にぶち込んでやる」
この場に居ない人物に怒りを滾らせるカズマの頰に、まりりんが両手を添える。
「ぇうわっ!?」
予期せぬ事態に叫ぶが、まりりんはじっとカズマの目を見つめる。
めぐみんがあわあわと右往左往するが、暫くすると離れる。
目を閉じて何かを待っているカズマを見て頷くと、
「うんうん。カズマ君なら、めぐみんを託しても大丈夫そうだね〜」
「……はっ!? な、何を言っているのですか!」
「……アレ?」
めぐみんの声で目を開けると、慌てふためくめぐみんと満足そうに頷くまりりんが視界に入る。
キスじゃないのか……、と落ち込んでいると、
「馬鹿なんですか」
「辛辣ゥ!」
「――せっかくですし、お姉ちゃんとクエストに行ってみませんか?」
「え。まりりんさんも爆裂魔法習得してたりしないよね?」
「流石に無いですよ。ですが、お姉ちゃんの魔法の才能はバグってると言ってもいいので安心してください」
「そこまで言うか……」
めぐみんの才能を身を以て体感しているカズマは、そのめぐみんをしてもバグと言う才能に興味を惹かれた。
野菜スティックをポリポリと齧っているまりりんを見る。おっとりほんわかな雰囲気の彼女が、そこまでの才能を持っているということが信じられないと思うが、めぐみんの姉ならば納得できた。
「というわけです、お姉ちゃん。どうせ暇なのでしょう? 一緒にクエストに行きましょう」
「むふふ〜。めぐみんの頼みなら断れないわね〜。良いわよ〜」
張り切っちゃうぞ〜、と杖を持つまりりん。
適当なクエストを受けようと掲示板に向かっためぐみんの背中を見送り、席を立つ。
※※※
「結局カエルかよ」
「うっ……仕方ないじゃないですか。マンティコアやグリフォンの依頼もあったのですが、お姉ちゃんに頼ってクリアしても、それは私たちの力では無いのですから。……大丈夫ですよ。ジャイアントトードでもお姉ちゃんの出鱈目さはよく分かると思いますよ」
「めぐみんがそんなに言うとはな……」
静かにまりりんを見つめる二人。
三人がいる場所から100メートルほどの距離に、ジャイアントトードたちの姿が見える。魔法を当てようとするならば近づかなければならないが、まりりんはその場で魔力を練り始めた。
ビリビリと空気が震え、巨大な火の玉が出現する。熱気が背後のカズマたちを襲い、手で顔を覆う。
「はっ!? この距離から当てるつもりか!?」
まりりんの意図を察したカズマが、驚愕のあまり叫ぶ。
『インフェルノ』という、決して少なくない魔力を必要とする上級魔法でありながら、並みの《アークウィザード》を凌ぎ、更には対象は100メートル先にいるのだ。威力を減衰させないためにも、消費魔力は通常の3倍ほどあるだろう。
そのはずだが、涼しい顔であっさりと発動する。
杖を前に出し、魔法名を口にする。
「『インフェルノ・ブースト』」
「はいっ!?」
めぐみんの驚きの声をよそに、火の玉が視認不可能な速度で射出され、あっという間にジャイアントトードを燃やし尽くす。
カズマはもちろんのこと、めぐみんですら捉えられない速度の『インフェルノ』が霧散する。
焦げたジャイアントトードが無数に転がっており、魔法の威力を物語っていた。
唖然とするカズマとめぐみんに振り返ると、マントをバサッと翻す。
「我が名はまりりん! 紅魔族随一の天才にして、魔法の申し子と呼ばれし者!」
・まりりん
めぐみんの姉。めぐみん以上の才能と魔力を持ち、様々なオリジナル魔法などを開発している。
紅魔族の中ではゆんゆんと並ぶ常識人。
かなりシスコンであり、認めた相手以外がめぐみんに手を出すことを許さない。痴漢なんてした日には、4分の3殺しにされる。
・インフェルノ・ブースト
馬鹿みたいな魔力量に物を言わせて魔法を加速させる。
本来のインフェルノとは色々と違う、半オリジナル魔法。