トレセン学園図書室、トレセン学園には多くの生徒が通い、様々なニーズを応えようとすると自然に蔵書の数は増えていく、またトレーナーも利用可能でトレーナー向けの蔵書も置いてある。
他にも資料室として役割もあり、トゥインクルレース発足してからの中央ウマ娘協会から出版された機関紙や、当時の様子を知るためにスポーツ新聞なども保管されている。その結果トレセン学園の図書室は一般の図書館以上の蔵書量と敷地の広さになっていた。
ゼンノロブロイはカウンターに座りながら全体を見渡す。机にはウマ娘達が集まり教材を広げ小声で相談しながら勉強している。建前として会話はしていけないのだが、小声は許容範囲なので黙認する。ある棚にはトレーナーが本を手に取りパラパラと見ている。その表情は真剣だ。
ゼンノロブロイは図書委員会に所属し、月に数日図書室業務をしている。主にカウンターでの受付や蔵書の整理などである。一応は図書委員として仕事をしているが本職の司書も常勤しているので負担は少ない。
特に異常がないと確認すると文庫本を取り出し読み始める。もし一般の図書館の職員がカウンターで本を読めばクレームの対象になるが図書委員は正規の職員ではなく、何よりこれだけの規模でありながら利用者は学園関係者だけなので基本的に暇である。
その間何もせずカウンターに座っているのは酷であり、暇つぶしでお喋りされるよりマシだろうとカウンターでの読書は容認されていた。
最初は抵抗感があったが暇には勝てず本を読むようになった。だが少しでも職務を果たそうとプライベートの時のように本に没入せず、意図的に没入度を下げ周りに意識を向けながら本を読んでいた。
ゼンノロブロイの耳に扉が開く音が届き反射的に視線を向ける。鹿毛で腰元まで伸びたウェーブヘア―にやたら黄色のリボンがつけた独特の髪型、そしてどこを見ているな分からない瞳、そのウマ娘を思わず凝視してしまう。彼女はネオユニヴァース、皐月賞と日本ダービーを制覇した2冠ウマ娘だ。
ネオユニヴァースは辺りを見渡し後にカウンターに向けってくる。ゼンノロブロイは反射的に視線を外そうと文庫本に視線を向けるが目が合ってしまう。ネオユニヴァースは覗き込むように見つめていた
「感じた事や思っている事を上手く伝える本ある?」
ゼンノロブロイは思わずのけ反り椅子から落ちないようにバランスを取る。そして驚きで動揺した心を落ち着かせながら質問の答えを考える。
利用者が本を探す際にタイトルや作者の名前ではなく、漠然とした質問を投げかけてくることはある。中には何か面白い本あるという質問すらあるのでまだマシとも言える。
「少々お待ちください」
ゼンノロブロイは頭を下げカウンター奥に引っ込み常勤している司書に助けを求める。この質問に答える知識は持ち合わしていない。ならばこの図書室を1番知っているのは司書に任せるのが正解だ。
司書は出てくるとネオユニヴァースを連れて本棚に移動するといくつかの本を取り出し勧めていき、ネオユニヴァースはその本を持って読書スペースに向かって行き読み始める。
ゼンノロブロイは文庫本を読むふりをしながらその姿を見る。パラパラとページを捲っては何度も興味深そうに頷いている。その真剣さは離れていても伝わってくる。
ネオユニヴァースの読書は2時間程続く。するとページを勢いよく閉じると何か覚悟を決めたような表情を見せながらカウンターに向かった。
「返却ですか?図書カードを持っていれば貸し出しも可能ですが」
「私の宇宙は気持ち良い……例えるなら……そう……空を見ていて……最初に見た雲と次に見た雲の形が上手く重なった時のような……違う……そうじゃない」
ネオユニヴァースは突如語り掛ける。人差し指で髪を弄りながら喋り少し苛立ちを見せていた。その姿に図書館では喋らないようにと注意することなく黙って見る。何故突然話しかけたのか分からず話している内容も分からない。それはちょっとした恐怖だった。
しかし時間が経つにつれ行動の意味が分かり始めた。試しているのだ、本で読んだことを実践して伝えようとしている。その後も暫く話は続いた。
「私の言いたい事……宇宙の良さは伝わった?」
「ごめんなさい。分かりませんでした」
ゼンノロブロイは申し訳なさそうに頭を下げながら謝り、ネオユニヴァースはあからさまに肩を落とした。
「あの…ネオユニヴァースさんは貴女の中にある宇宙の良さを伝えたいのですよね?」
「そう」
「なら伝達方法を変えてみてはどうでしょうか?」
「伝達方法?」
ネオユニヴァースは腕を組みながら腰を横に曲げ頭が90度近くまでになっていた。そのコミカルな様子に思わず笑いそうになるのを必死に堪える。
すると周囲の注目が集まっているのに気づき、手招きをして近づかせると小声で話す。
「言葉を使うにしても話すのではなく、俳句や短歌や詩など書いて伝える方法もあります。他にも歌などもありますし、言葉にしなくてもダンスや絵などでもあります。どうでしょうか?」
自信が無いのか最後は尻つぼみになっていく。一方ネオユニヴァースは天啓を得たとばかりに晴れやかや表情を見せていた。
「うん、そうしよう。ありがとう」
ネオユニヴァースは善は急げとばかりに走り扉に向かう。走るなと注意しようとしたがする間もなく図書室から出ていた。
ゼンノロブロイにとってネオユニヴァースは意識する相手だった。前哨戦の青葉賞を勝ち迎えた日本ダービー、勝てば物語のような英雄になれるかもしれないと期待を胸に挑み2着と敗れた。1着はネオユニヴァースだった。
その時の表情は印象に残っている。達成感と自信に満ちた表情でとても嬉しそうだった。だがインタビュー直後にその表情は無かった。
その変化には驚きを覚え何故そうなったのだろうと調べて理由を知った。レースを通して自分の宇宙を伝えたいと思っていた。恐らくだがあのダービー直後に見せた表情は宇宙を伝えられたという自信と達成感によるもの、そして落胆は自信が有ったのに伝えられなかった事だろう。
ネオユニヴァースへの印象は未知による恐怖だった。宇宙を伝えたいという想いを持って走る。その感性はまるで理解できなかった。だが今日の会話で少しだけ理解できた。
読んだ本の感動を伝えたいと人に話し、感想文を書いてレビューサイトに投稿したことが有ったが上手く伝わらなかった。そしてネオユニヴァースも必死に伝えようとして伝わらなかった。そのもどかしさと辛さは理解できる。
今日の出来事は未知の存在に対して少しだけ親近感が湧き共感できた。だからこそアドバイスをした。自分では取らない方法だがどこか芸術家気質を感じたので、もしかしたらと思っての提案だった。
───
「そうだ妥協するな、弱気は癖になるぞ」
老年の男性がダートコースを走るチームのウマ娘に檄を飛ばす。彼は六平、ネオユニヴァースが所属しているチームのトレーナーである。
その檄に応えるようにウマ娘達は1センチでも前に出ようと力を振り絞り白い息を弾ませる。チームのウマ娘が少しでも強くなろうとトレーニングに励む。いつも通りの光景だがどこか寂しさを覚えていた。
「久しぶりだな六平」
六平は後ろから声をかけられ振り向くと思わぬ事態に後ずさりする。後ろにはかつての教え子であるオグリキャップが立っていた。
特に連絡もないなか突然現れたことに驚き、次にその姿に驚いていた。左右の手に紙袋を持っていたが手で持つだけなく、肘から手首までに紙袋が余すところなく吊るされていた。
「久しぶりだなオグリ、そしてそれは何だ?」
「ああ、アンパンと牛乳だ、手ぶらで来るのは悪いと思って持ってきた。美味しいぞ」
「持ってきすぎだ。誰もがオグリみたいに食べられるわけじゃない」
六平は思わずツッコむ。片方の手に紙袋は6個で全てパンパンに膨らんでいる。そうなると1つの紙袋に入っているあんぱんは10個や20個じゃきかない。大所帯のチームなら消費できるかもしれないが、チームメンバーはそこまで多くない。確実に食べきれずに夕食を残す未来が見えていた。
「そうか、余ったら貰おう。食べ物を無駄にするわけにはいかないからな」
「そうしてくれ」
「ウソ~、オグリキャップさんだ」
すると走り終えたチームのウマ娘がオグリキャップの元に駆け寄ってくる。
彼女達も活躍はTVや現地で見ていて、その活躍を見てレースの道に進んだ者も多い。その後トレーニングは中断となりオグリキャップを交えてお土産のあんぱんと牛乳を食べながら雑談に興じる。
チームメイト達はオグリから貰った物を残すわけにはいかないと必死に詰め込むが、六平に無理するなと言われ渋々と食べるのを止めてトレーニングを再開する。チームメイト達はオグリが見ているのかいつも以上に張り切っていた。
「みんな元気だな」
「お前が来てるせいだな。オーバーワークにならないように気を付けねえと」
「それでネオユニヴァースはどうした?姿が見えないが休みか?」
オグリキャップの何気なく話しかける。ネオユニヴァースが有マ記念に出走予定なのは知っていた。であれば本番に向けて猛練習していると思った。一方その言葉に六平は複雑そうな表情を浮かべる。
「オフか、まあ世間的に言えばオフだが、あいつにとってはオフじゃないというか」
「もしかして元気が無いのか?」
オグリキャップはスポーツ紙の一部を六平に渡す。その紙面には『どうしたネオユニヴァース?3日続いてトレーニング場に現れず』と書かれていた。
「もしかして怪我か?」
「怪我ではない」
「なら心の問題か?もし心の問題なら何か出来るかもしれない。有マ記念は3回出走しているから先輩だ」
オグリキャップはアタフタしながら話しかける。六平の元に訪れたのは久しぶりに顔を見せに来たというのもあるが、ネオユニヴァースについて聞きたかったからでもある。
自身が出走できなかったクラシックに出走し皐月賞と日本ダービーに勝った2冠ウマ娘、その姿にもし出走していたらと想いを馳せると同時に目が離せない何かが有るのを感じていた。
そしてトレーニングを休んでいると聞いて六平の元に訪れた。怪我であれば心の持ちようや過ごし方を教えられる。もし有マ記念を出走する事への精神的重圧を感じているならアドバイスもできる。
有マ記念は特別なレースだ、それだけに多くの注目を浴びた結果心の調子を崩してしまうウマ娘も居る。かつては注目を浴びた身として心構えを教えようと思い、余計なお世話かもしれないと思いながら気が付けばトレセン学園に足を運んでいた。
六平はその言葉を聞き僅かに笑う。かつての競技者としての経験をチームの後輩に教えようとする。随分と大人になったものだ。
「心配は無用だ。ネオユニヴァースはオグリ以上にマイペースだ、倍以上の取材があってもケロッとしてるだろう」
「なら何故トレーニングに出ない?」
「色々あるが、あいつはレースに対して見切りをつけ始めている」
オグリキャップは首を傾げる。やる気がなくなるなら分かるが見切りをつけるとはどんな意味か見当がつかない。六平はその反応を見て腰を据えて喋ろうと近くのベンチに誘導する。
「元々はオグリみたいにレースを走るのが好きなウマ娘じゃない。ネオユニヴァースにとってレースを走るのは目的を達成するための手段の1つに過ぎない」
「それは分かる」
オグリは言葉に頷く。現役時代は分からなかったが歳を経た今なら分かる。レースを走るのは好きだから勝ちたいからだけではない。目立ちたいから賞金が欲しいから、そういった者にとってレースは目的を叶える手段に過ぎない。
「ネオユニヴァースの目的は自分の宇宙を皆に伝える事だ」
「時々出てくるが宇宙とは何だ?」
「正直俺にも分からん。話を戻すがレースを走る事が宇宙を伝える最良の手段と思っていた。あいつにとってレースは宇宙を伝える伝達方法の1つに過ぎない」
オグリの脳内で疑問符が何個も浮かび上がる。何故レースが走るのが宇宙を伝える事になるのかさっぱり理解できなかった。その在り方の異質さを実感する。
現役時代は皆勝ちたい、己を証明する為にと魂を燃やし走っていた。だがネオユニヴァースの想いは言葉に聞くだけでは熱を感じない。
そんなウマ娘が世代の頂点に立った。その強さと心に同世代のウマ娘は何を想い何を感じているのか、少しだけ興味がある。
「だが最近になってその価値観が揺らぎ始めたんだろう。最近になって宇宙の伝え方を研究するからトレーニングを休むと言ってきた」
「それを認めたのか?」
「ネオユニヴァースは宇宙を伝えるためにレースを走り、より良く伝えるためにトレーニングしていた。その宇宙の伝え方に疑問を覚えたなら仕方がない」
六平は残念そうに呟く。チームに誘った時は宇宙を伝える手伝いをしてやると言った。レースを走るのが最良だと信じていたからトレーニングを手伝った。
そして今はレース以外が最良だと信じている。手助けは出来ないが、邪魔しないのがせめてもの手助けだ。
「それで何をしているんだ?」
「今は色々な方法を模索して俺に試している。一昨日は創作ダンス、昨日は歌だったな」
「それで六平は宇宙を感じたのか?」
「いや、さっぱり分からない」
六平はオグリキャップに見えないように半笑いを浮かべる。本人は大まじめにやっているのは理解できる。だがあまりにも珍妙でいつも笑いを堪えるのに必死だった。
「レースを辞めるかもな」
「そうなのか?」
「むしろ辞めるのを勧める。もう1度レースに戻ってもレースで宇宙を伝えられるとは思えない。本人にとって時間の無駄だ、ならば別の道を歩ませるのが良い」
「それは酷じゃないか?」
「まあ、勧めるだけで走りたいといえば走らせるがな。自分で納得しなければ一生悔いが残る」
六平は名残惜しそうに呟く。ネオユニヴァースの宇宙については分からない。だが宇宙を伝えるという行為は並大抵の事ではない。それを達成する為には曇りのない信念のようなものが必要だと考えていた。
そしてレースで伝えられるという可能性を疑ってしまった。そんな者がレースで伝えられると思えなかった。
「本当にウマ娘は色々な者が居るんだな」
「ああ、まったくだ」
2人はしみじみと語る。オグリもレース引退後は中央ウマ娘協会の広報として様々なウマ娘と接触したがどれにも全く当てはまらないタイプだった。
また六平も同様でオグリキャップが現れた時はマイペースで変わったウマ娘だと思っていたが、それ以上にマイペースで変わったウマ娘が現れるとは夢にも思っていなかった。
「ネオユニヴァースはレースを走っていて楽しかったのかな?」
「あいつはレースを走るのは宇宙を伝えようとする使命感と、宇宙を共有したいという感情だろう。楽しいとはあまり思っていなかったんじゃねえか」
「そうか」
オグリキャップは同情を覚える。レースを走るのが時に苦痛になった時もあった。だが根底にはレースを走るのが楽しいと思える心が有った。だからこそ最後まで現役を全う出来た。
しかしネオユニヴァースにはそれが無い。宇宙を伝えるという無理難題を達成しようと必死に努力し試行錯誤する。そしていくら頑張ろうが理解者は誰も現れない。それはあまりにも孤独で多くの者が挫折するだろう。使命感でここまでレースを走ってきた。これ以上は辛いだけかもしれない。
2人は突如左を振り向く。そこには練習着を着たネオユニヴァースが居た。他の方法を模索しているのではないのか?やはりレースを走る気になったのか?様々な思考が浮かび上がるが即座に消える。
その姿から圧倒的な存在感が迸っていた。それは全てを焼き尽くすような熱と全てを飲み込もうとする闇が同居した何かが宿っていた。
オグリキャップの背筋に悪寒が走る。現役時代にはタマモクロスやイナリワンやスーパークリークなどのウマ娘と走り、彼女らが発する圧に慄いたこともあった。
そしてネオユニヴァースから発する圧は同等かそれ以上だと感じていた。また六平はこのようなネオユニヴァースを見たことが無かった。
───
誰も居ない教室でネオユニヴァースはキャンパスに筆を走らせる。外からはトレーニングをするウマ娘達の声が聞こえてくるが耳には一切届かない。
宇宙を表現するために全神経を注ぎ込む。暫くして筆を走らせる腕が止まり絵を暫く見つめる。そして絵に手をかけると同時に破り捨てた。
自分の中にある宇宙はこれじゃない、これでは他者に伝えるなんてとてもできない。自分の感情を吐露するように破片を何度も踏みつぶす。
ネオユニヴァースはゼンノロブロイのアドバイスに従うように色々と試す。俳句や短歌を書き、詩を綴り、歌や創作ダンスを作った。歌やダンスは兎も角、俳句や短歌は授業で形式を教わっただけで素人同然だったが不安は一切なかった。
疑念を抱いたのはジャパンカップを走った直後だった。宇宙を伝えられないのは自分の問題ではなく、レースという媒体に欠陥があるのではないのか?その疑念は膨らみ続けレースに次第に疑問を持つようになった。
レースではダメだ、宇宙を伝える方法は別にあると考え思い浮かんだのは言葉だった。だが自他とともに認める口下手だった。そして向かったのは図書館だった。自力でダメなら他者の力と知恵を借りればいい。其処で思わぬアドバイスを受ける。
ネオユニヴァースは喋って宇宙の素晴らしさを伝えようとした。だが伝達方法は他にも有ると教えられた。俳句、短歌、詩、歌、踊り、絵、その発想は目から鱗だった。
喋るのが苦手なら別方法で伝えればいい。それらの方法は試したことが無いが上手くいく。胸中には根拠のない自信に満ち溢れていた。だがそれは所詮根拠のない自信に過ぎなかった。
ゼンノロブロイに教えられた方法は全てダメだった。レースであれば少なくとも他者に伝わらなくても、自分では伝えられたという自信が有った。だがこれらには手応えすら感じられなかった。
ネオユニヴァースの景色が歪む。自力で辿り着いたと思った道に先はなかった。またレースをするか?だがレースに疑問を抱いてしまった以上は伝えられないという疑念がこびりつく。
ネオユニヴァースは覚束ない足取りで教室を出る。他の方法を探す気にもなれなくレースに戻る気にもなれない。何をすればいいか完全に見失っていた。
すると視界に1人のウマ娘が飛び込んでくる。ピンクの髪に赤いリボンのウマ娘、脳内の記憶を掘り出して思い出す。あれはアグネスデジタル、彼女も独自の世界観、宇宙を有しているウマ娘の1人だ。
「私の宇宙は見えた?」
ネオユニヴァースはすれ違いざまに語り掛ける。話しかけたのは気まぐれだった。宇宙を有しているウマ娘なら自分の宇宙を見えているかもしれないとほんの僅かばかり期待していた。
一方デジタルは足を止め自分に話しかけたのかと指さし、そうだと分かると嬉しいのか若干挙動不審になっていた。
「ネオユニヴァースちゃんが話しかけてくれた!ありがたすぎる~、はい!常に宇宙が見えて後光が差してます!」
「そうじゃない、宝塚記念で私の宇宙を見えた?」
ネオユニヴァースの語気が僅かに荒くなる。気が立っているのもそうだが、媚びを売ろうと宇宙が見えたという者は多くいて、発言の真贋を判別できるようになっていた。
そしてその言葉は調子を合わせただけのものだった。デジタルは態度で察したのか真剣に思い出し始める。
「う~ん、あの時のネオユニヴァースちゃんからは負けたくないというピリピリしたものじゃなくて、勝ちたいというゾクゾクしたものじゃなくて。暖かくて優しくて懐かしくて今まで感じたことがない何かを感じた。これが宇宙なのかな?う~~語彙力~~」
デジタルは上手く言葉に表現できないもどかしさから頭をクシャクシャと掻きむしる。その姿を見てネオユニヴァースは嬉しそうに笑う。
その言葉の意味は不明瞭で理解できない。けれど自分が感じている宇宙を僅かながら感じ取っているのは理解できた。宇宙は確かに伝わる。嬉しさが抑えきれないという具合に走っていく。デジタルはその姿を呆然と見ていた。
───
「どうした?もう歌やダンスはしなくていいのか?」
「宇宙を伝える可能性はレースにあった。トレーナー、私は有マで宇宙を皆に伝える」
「分かった。ウォームアップで1周走ってこい。それからタイムを計る」
六平はその言葉の真意を何とか把握してトレーニングの指示を出す。ネオユニヴァースは頷くとコースに入り走り始める。
今まではレースに構造的欠陥が有ると思い他の道を模索し。だがそれはデジタルの存在で間違っていると証明された。
伝わらないのは全て自分の能力不足によるものだ。しかし特定の者にしか伝わらないのにどうやって他者に伝えるか?その解決方法は思いついていた。
宝塚記念はヒシミラクルの宇宙に飲み込まれたレースで上手く伝えられなかった。菊花賞ではザッツザプレンティの、ジャパンカップではタップダンスシチーの宇宙に飲み込まれた。
デジタルには伝わったが、あれはデジタルが特殊なだけであって他の者には伝わらない。ならば他の者が存在を無視できない程宇宙が大きくなればいい。
有マ記念にはヒシミラクルもザッツザプレンティもタップダンスシチーも出走する。それらの強大な宇宙を飲み込む。
それだけでは足りない、シンボリクリスエスもゼンノロブロイもツルマルボーイも出走する全てのウマ娘の宇宙を飲み込み己の宇宙を膨張させる。
そして宇宙を飲み込むには己のキャパシティを増やさなければならない。その為にはトレーニングが必要だ、今までは表現するためにしてきたが今日からは飲み込む為にする。
「ネオユニヴァースはあんな感じか?」
「いや、違うな。今までと明らかに変わった」
オグリキャップはコースを走るネオユニヴァースを見つめる。先程のネオユニヴァースは今まで感じたことが無い異質さが有ると感じた。
しかし間が開き感覚を吟味する時間が与えられたことで微妙に違うと感じていた。
確かに気配に慄いたがあれは現役時代に感じた類のものだ。あのような雰囲気を醸し出す者は大概強く、もしレースで走るとなれば厄介である。
だが恐怖は感じない。正確に言えば恐怖は感じるが想像する恐怖では無かった。そしてネオユニヴァースに感じる恐怖は未知に対する恐怖だ、宇宙を伝えたいという常人では理解できない想いを抱いて走る。そんなウマ娘は完全なる未知だ。
そして今は悪く言えば唯一無二ではなく、あり触れたウマ娘になってしまったような気がしていた。