勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者とラストダンジョン#11

 12月3週になれば有マ記念まで残り2週間となり、年末のグランプリに向けて浮足立つところだが、多くのファンや業界人は朝日杯FSに意識を向ける。

 日曜日には中山レース場で朝日FSが行われる。ジュニア級のGIで先週行われた阪神JFが西のマイル王を決めるとしたら、朝日杯FSは東のマイル王を決めるレースとなる。

 3冠レースの1冠目の皐月賞は中山レース場で起こなわれることもあり、クラッシック路線を目指すウマ娘が参戦してくる。

 過去の勝者を遡ればナリタブライアンやグラスワンダー、近年ではエイシンプレストンやアドマイヤドンなど多くの名選手が勝っている登竜門的なレースであり、年々注目度が高まっているレースである。

 アグネスデジタルはダートコースでのメニューを終える。先週まではトレーナーがトレーニングを見て、併走してくれたチームメイトは今はおらず、メイショウボーラーのトレーニングに付きっ切りである。

 

 メイショウボーラーはデジタルが所属するチームプレアデスのウマ娘で、重賞2勝を含めた無敗の4連勝で朝日杯FSに臨み1番人気が予想されている。

 デジタル以来のGIウマ娘が誕生するかもしれないと、トレーナーやチームメイト達から緊張感が漂っていた。

 その雰囲気を察したのかデジタルは、トレーナーやチームメイトにメイショウボーラーを優先して欲しいと頼んだ。

 精神が完成していないジュニア級で初のGI、しかも1番人気となれば取材陣も多く訪れ、普段の状態を維持するのは難しく、トレーナーやチームメイト達がフォローして平静を保たせて欲しい。

 デジタルはメイショウボーラーがトレーニングしている坂路コースに向かいながら、心境について考える。

 

 GIでの1番人気はやはり特別だ。過去には1番人気でGIに臨んだことが有り、今では全く気にしないが、当時は周囲の期待など様々な重圧を感じた。

 その重圧をジュニア級で受けると思わず心配になる。だが勝てば成長の糧となるのは間違いない。

 現時点での実力はナリタブライアンなどの歴史的名選手には及ばない。だがウマ娘は変わる。この勝利で大きく成長し歴史的名選手になってもらいたい。

 

 坂路コースにつくと多くの報道陣がコース横に陣取っていた。目に付いたマスコミにメイショウボーラーはまだ走っていないかと尋ねると、同時に姿を現し走り始める。

 中山レース場はゴール前に坂がある。過去4戦の全てゴール前は平坦なコースだったので、本番を想定したトレーニングだろう。動きを見る限りキビキビ動いて苦手というわけではなさそうだ。

 今日のメニューは終い重点で残り2Fからスパートを掛け、前に居たウマ娘を一気に抜き去る。その内容はほぼ満点に近く、マスコミ達も同じように感じたのか良い意味で騒めいていた。

 

「忙しそうだね」

 

 トレーニング終了後、デジタルはタイミングを見計らってトレーナーに声をかける。事前の1番人気に今のトレーニング内容で期待が高まったのだろう。いつも以上にマスコミから取材を受けていた。

 

「デジタルか、この感じは久しぶりやな」

「メイショウボーラーちゃんは大丈夫?」

「黒坂君がついて質問数を制限して、マスコミをコントロールしとる。結構沸点が低いというか、カリカリしやすいところがあるからな、それに皆もついとるから大丈夫やろ」

「そう」

 

 その言葉に胸を撫で下ろす。精神的に幼いところがあり、質問の数にウンザリしたのか、内容に癇に障ったのか露骨にイラつき、その後のトレーニングに支障をきたした事が有った。

 それ以降はマスコミの質問を制限し、気心知れたチームメイト達と接することで精神的負担を減らすなどして対策を取っていた。

 

「アタシも声をかけてこようかな」

「いや、それは止めといたほうがええ」

「なんで?」

「デジタルの話題になると反応が大きくなるというか、とにかくレースが終わるまであまり関わらんでくれ」

「わかった。白ちゃんが言うならそうするよ」

 

 デジタルは若干不満そうにしながら了承する。断言は出来ないが、デジタルの話題が出た時のメイショウボーラーは妙に意識している気がし、直接接するのは良くないと漠然とした感覚を抱いていた。

 それ以降はトレーナーの言いつけを守り、メイショウボーラーの様子を遠巻きに眺める日々が続いた。

 

───

 

「メイショウボーラーの調子はどうだ?」

 

 朝日FS前日、デジタルは部屋でいつも通りスマホでウマ娘について調べながら過ごしていると、タップダンスシチーに声をかけられる。

 

「良いと思うよ。どうしたの急に?一緒のレースに走るわけでもないでしょ?気になるの?」

「今後は伸びてくる逸材だからな。早めにチェックしておくことに越したことは無い。それで当日はやっぱり逃げるのか?」

「どうだろ?最近は会ってないから……あっ、もしかしてコスモサンビームちゃんに情報を流すつもりでしょ?」

 

 コスモサンビームはチームラピスラズベリに所属している。つまりタップダンスシチーの後輩にあたる。そして朝日Fに出走する。それを思い出すと同時に狙いを読み取っていた。

 一方タップダンスシチーは問いに対し、返答代わりと不敵な笑みを浮かべる。それは充分に答えを言っているようなものだった。

 

「危ない危ない。情報漏洩してメイショウボーラーちゃんが負けちゃったら切腹もんだからね」

「もう少し鈍かったら助かったのに、まあさほど情報を持ってなさそうだけどな」

 

 タップダンスシチーは悪びれず言い放つ。関係者から思わず漏れた言葉が勝利の切っ掛けとなる。何か失言してくれれば儲けものだったのだが、気質を知っているデジタルには勘づかれてしまった。

 

「しかし意外、他人の為に偵察するようなタイプとは思えなかったから」

「本来ならコスモサンビームが本人に探り入れるべきだけど下手だからな。代わりにアタシがやってやったというわけ、まあ先輩として後輩にプレゼントってところだ。結局意味がなかったけどな」

 

 タップダンスシチーは勝利だけを徹底的に目指す気質から、他者には関心を抱かないと思われがちだが、それなりに他者への情が有り、機会があれば探りを入れるぐらいの思いやりはあった。

 

「じゃあ、アタシも見習って、コスモサンビームちゃんの調子はどう?マイルは久しぶりだけどスタミナ大丈夫?いつもは先行するけど本番は少し下げるの?」

「今後の路線を占うために正攻法でいくけど、スタミナ難に有るから勝つのは難しいだろ」

 

 タップダンスシチーは質問に目を見据えて答える。先程までのくだけた雰囲気とは違い、真面目な雰囲気を醸し出す。一方デジタルは耐えきれないとばかりに口元を緩ませる。

 

「どうせ嘘でしょ。アタシに嘘を伝えさせようとするだなんてズルいな~」

「勝負に徹してると言ってくれ、しかしそんなあからさまに訊かれたら嘘の1つや2つも仕込みたくなる。まあルームメイトへのサービスってことで分かりやすくはしておいたけど」

 

 タップダンスシチーも同じように口元を緩ませる。一応は騙そうと真面目な素振りをしたが、あまりにとってつけた探りの入れ方に笑いを堪えるのに必死だった。

 それに当事者ならもっと真剣に騙そうとするが、他人の為に真面目にやって嫌われるまでの義理とメリットは無いと思い雑にやっていた。

 

「次に来るウマ娘ちゃんに同じ事したら嫌われるよ。それだと居心地最悪だけどいいの?」

「別に~、次のルームメイトはネオユニヴァースとかヒシミラクルとかがいいな。そしたら仕掛けを仕込みたい放題だ」

 

 明快に笑うタップダンスシチーを見て思わず苦笑いを浮かべる。勝つためなら冗談抜きに実行するだろう。もし自分がシンボリクリスエスのように有力ウマ娘であれば、あの手この手で揺さぶりをかけてくる。人として難は有るが、その徹底したスタンスはある意味尊敬でき素晴らしい個性ともいえる。

 

「明日は現地に行って応援するの?だったら小細工無しでレースを楽しもうよ」

「中山に行く。そして小細工じゃなくて勝つために全力を尽くしてると言え、あいつのレースだし、1回は普通に走るも悪くは無いだろう」

「約束だからね。パドックの時にアタシを人質に取って脅すとか無しだよ」

「しねよそんなこと」

 

 タップダンスシチーは冗談を笑い飛ばす。デジタルも釣られるように笑った。

 

───

 

 中山レース場パドック前、メインレースの朝日FS発走が近づくにつれて人が徐々に集まり、10レースのパドックが終わる頃にはメインレースのパドックを少しでもいい場所で見ようとファン達が場所を確保し、遠目でしか見られない状態になっていた。

 朝日杯FSは基本的には出走ウマ娘全てがGI初挑戦である。シニア級の猛者たちの堂々たる姿を見るのもいいが、ジュニア級の初めてのGIで緊張している初々しい姿を見たいと思うファンも多い。

 

 デジタルはパドック前から離れた3階席に移動し、最前列に陣取っているチームプレアデスのウマ娘達を上から眺めていた。

 本当であれば皆の輪に加わりたかったが、メイショウボーラーは自分を意識しているらしく、万が一に姿を見られて調子を崩してしまったら申し訳が立たないので、姿見られない場所に移動した。

 朝日FSのパドックを見るのは2度目だ、最初はエイシンプレストンの応援に訪れた時で、勝負服を着る嬉しさを噛みしめながら、絶対に勝つと闘志を漲らせていた姿は今でも思い出せる。

 

「思った以上に混んでるな。迷うところだった」

 

 すると1人のウマ娘が親し気に声をかけながらデジタルの横に立つ。デジタルはそのウマ娘に缶飲料を渡す。

 

「タップダンスシチーちゃんは中山で見るのは初めて?」

「あんまり生でレースは見ないからな」

 

 タップダンスシチーは缶飲料を受け取りホッカイロ代わりと手でこねくり回す。

 後輩のコスモサンビームの応援に行くつもりであったが、特にすることは無くパドックが始まるぐらいに現地に着けばいいと考えていた。

 そのさなかデジタルから連絡が来て、諸事情でチームの皆とはパドックが見られないので、一緒に見ないと誘われた。

 特に断る理由も無いので誘いに応じこうして肩を並べパドック見学することにした。

 

「初めてのGI出走か懐かしいな。勝負服を着たウマ娘ちゃん達は皆可愛くてカッコよくて眼福でした。タップダンスシチーちゃんはどうだった?」

「ワクワクしたな。アタシがゴールしてどよめく姿が目に浮かんだ」

「でもあの時2桁人気でしょ?よく自信持てたね」

「まあ不安も有ったが出走するからには勝算は有るし、どんなに少ない確率でも絶対に勝つと思う。そうしなきゃ何も始まらない」

 

 タップダンスシチーは力強い言葉にデジタルは感嘆の目を向ける。僅かな可能性を絶対に出来ると信じ込む。容易く言っているが中々にできることではない。

 前走での敗北や周囲の評価によって自信は挫かれていく、それでも信じ込めるのは心の強さの証であり、見習うべきだ。

 

「おっ始まりそうだ」

 

 気が付けばパドック周りが慌ただしくなり始め、アナウンスでパドック開始の合図がされ出走ウマ娘が出てくる。

 出てくるウマ娘達は観客達の多さと声援の前に、目を輝かせると同時に浮足立っている。その光景にデジタルの頬が緩む。

 トレセン学園に入学したウマ娘の中で勝負服を着てパドックに出られる者は1割にも満たない。

 中にはもう2度と勝負服を着られないと、覚悟しているウマ娘も居るだろう。その者達にとっては一生の晴れ舞台だ。

 そしてパドックに居るファン達もそれを理解し、一生の思い出になるように声援を送る。優しさに包まれた素敵な光景だ。一方タップダンスシチーはその様子を不満そうに見つめた。

 

「勝負服を着たのに満足してちゃ、勝負の土俵にすら立ってない」

「まあ、そう言わないで。あっ、コスモサンビームちゃんが出てくるよ」

 

 すると4番人気のコスモサンビームがパドックに現れる。表情は少し硬いが気合いが漲り、動きの節々から調子の良さが窺える。

 

「調子良さそうだね」

「まあ勝負の土俵には立ってるな」

 

 デジタルの言葉に満更でもない表情を浮かべる。GIの舞台に浮かれることなく意識は勝負に向けられている。悪くはない状態だ。

 それから3番人気と2番人気のウマ娘がパドックに現れる。2人もコスモサンビームに負けず劣らず調子が良さを見せていた。

 

「さて1番人気はどんな感じだ」

 

 タップダンスシチーの言葉を合図とするようにメイショウボーラーが姿を現し、観客達も一斉に注目を向ける。

 サイドテールとポニーテールを合わせた独特の髪型だが、GI仕様か右がピンク、左が青色に染められている。勝負服は青とピンクを基調にした和服テイストで下の丈は走れるように短くなり、背中には日輪のマークが描かれている。

 

「絶対に勝つ!」

 

 メイショウボーラーはランウェイの中央に立つと突然吠える。その咆哮に見ていた観客のボルテージも一気に上がっていく。

 デジタルはじっくりと観察する。肌つやも良く歩く動作もキビキビしていて気合も乗っている。

 

「タップダンスシチーちゃんはどう見る?」

「良いんじゃねえの。調子が良さそうなのは分かる。だが少し気合いが乗りすぎてるな」

 

 その言葉にデジタルはだよねと呟く。見ていて少々気負っている感がある。メイショウボーラーの戦法は逃げが予想され、気負った結果暴走して負けるというのはよくあるパターンだ。

 

「もしコスモサンビームちゃんの立場だったらどうする?」

「何に対して気合いを入れすぎてるのか見極めて仕掛ける。1番人気についてだったら皆が期待してるぞと言って、トレーナーの為とかみんなの為とかだったら、お前が負けたらチャンスはないとか、折角来てるんだから良いとこ見せないとなって言う」

 

 メイショウボーラーの気負いは切り崩す突破口に充分である。ジュニアクラスなら自分の事で精一杯になり周り目がゆかず、相手の精神を乱す言葉を投げかけるということは出来ないだろう。だが勝手に自滅しかける可能性は充分ある。

 そしてパドックが終わると出走ウマ娘達がトレーナーの元により最後の打ち合わせをする。

 デジタルはトレーナーの様子を注視する。落ち着きを取り戻すにはここしかない、その想いが通じたのかトレーナーは肩に手を置き時間が許す限り話しかけ続ける。するとメイショウボーラーの様子は若干落ち着き始めた。

 

「アタシはチームの面子と一緒に見るから、じゃあな」

「じゃあね」

 

 タップダンスシチーはデジタルが観察しているのを尻目にスタンドに戻っていく。その後もギリギリまで様子を観察し、地下バ道に入ったのを確認すると急いで移動した。

 

「お待たせ」

「遅いですよ。もうすぐレースが始まりますよ」

 

 デジタルは若干息を切らしながら関係者席に居るチームメイト達の元に辿り着く。中山に来るのは久しぶりで少しだけ道に迷っていた。

 席に着くとファンファーレが鳴り始め各ウマ娘がゲート入りを始め、メイショウボーラーは少しチャカついているが何とかゲートに入り、各ウマ娘ゲート入りが完了しレースがスタートした。

 

『さあ、スタートしました。各ウマ娘揃ったスタートです』

 

 メイショウボーラーのスタートは及第点だが最高ではなく、100メートル時点で先頭から5番目の位置をつける。

 デジタルの頭にはそのまま流れに乗って番手で進めるか、強引にハナを取って逃げるかの2択が浮かび上がる。

 そしてメイショウボーラーはペースを上げハナを取りに行った。そのまま3~4バ身差のリードを維持したまま道中を進んでいき、前半800メートルを45秒8で通過する。

 これは速い。トレーナーとの話で半マイル47秒が理想と言っていたが、明らかにオーバーペースだ、これは今日の芝は時計が出やすいから速いというわけでもなく、何かしらの作戦によるペースでもない。気負いから無意識に力が入りペースが上がってしまった。

 デジタルはトレーナーに視線を向けるとその顔は渋く、好ましいレース展開ではないことは読み取れた。

 

 レースは3コーナー付近で1バ身差まで詰め寄られるが、即座にペースを上げ2番手から2バ身差をつけて直線を迎え、関係者スペースの熱気が一気に高まる。

 直線に入り先行のウマ娘との差は縮まらず、後ろで脚を溜めていたウマ娘達も追い上げるが今の勢いでは届かない、そして残り200を切り問題の坂を向かえる。

 メイショウボーラーは直線に坂があるコースで勝利したことはなく、勝つためには坂をどう克服するかが鍵だ。

 大型ビジョンにメイショウボーラーが歯を食いしばりながら坂を駆け上がる姿が映る。苦しそうだがフォームも乱れておらず、思った以上に差が縮まらない。

 デジタルに勝利の2文字が浮かび上がるなか、着実に差を縮めてくるウマ娘が居る。コスモサンビームだ、先行勢が懸命に粘る中1人抜け出してきた。

 お互い坂を上がった時点でコスモサンビームが差を半バ身差まで詰め寄り、脚色が若干勝っている。

 すると坂で体力を使い果たしたのかメイショウボーラーが左に寄れ、それと同時にコスモサンビームの脚色が若干鈍る。

 ラスト50メートルで2人はほぼ横一線になる。脚色はほぼ同じになり並ぶようにゴールする。

 

「これメイショウボーラーが勝ったでしょ」

 

 チームメイト達が歓喜の声を上げる。場内実況は際どい勝負と言っているが、メイショウボーラーが態勢有利に見え、デジタルも同様だった。そして本人も勝利を確信しているのか何度もガッツポーズを見せていた、

 ジュニア級のチームメイト達が抱き着き喜びを爆発させている中デジタルの表情は険しく、何人かのチームメイトも同じように険しい表情を浮かべていた。

 

「皆、メイショウボーラーちゃんのところに行こう」

 

 メイショウボーラーが観客達の前に勝利をアピールしているなか、チームメイトに呼びかける。

 シニア級のウマ娘は呼びかけに応じ、同級生の勝利に喜んでいるジュニア級のウマ娘達は引きづるようにエレベーターに乗り、選手たちが待機している裁決室に向かう。

 

「あっ、審議がついている」

 

 デジタル達が裁決室に着くとチームメイトの1人が場内のTVを指さす。着順掲示板には「審」のランプが点灯し、レース場でも観客達は審議ランプがついたのに気づき騒めき始め、その声が中まで届いていた。

 

『お知らせいたします。中山レース第11レースの審議についてですが、15番メイショウボーラー選手が直線で1番コスモサンビーム選手の進路が狭めた可能性が有ります』

 

 場内アナウンスにジュニア級のチームメイトが不安の声をあげ、レース場の観客達はさらにどよめく。審議対象は1着に入線したメイショウボーラーでこれは降着になるかもしれない。

 審議のランプは灯り続け、その間にターフビジョンと場内TVではレースの映像が何度も流れる。その間に裁決委員のメイショウボーラーへの聞き取りが行われ、それが終わると、ジュニア級のチームメイトが不安を紛らわせようと大丈夫だと必死に声をかけていた。

 デジタルはトレーナーに視線を送ると静かに首を振る。それを見た瞬間に手を組み祈っていた。

 暫くすると係の者が慌ただしくホワイトボードの前に集まると、審議のマグネットを外し確定のマグネットをつける。そして1着と2着の数字が入れ替わる。

 

『第11レースの審議について知らせ致します。1位に入線した15番メイショウボーラー選手ですが、直線に入り外側に斜行し1番コスモサンビーム選手の進路を狭めたと審議で判断し、メイショウボーラー選手は2着に降着、コスモサンビーム選手が繰り上げの1着になります』

 

 裁決委員が集まったレース関係者に大声で伝えると同時に場内アナウンスが流れる。この瞬間着順が正式に決定する。1着コスモサンビーム、2着メイショウボーラー、その決定にコスモサンビーム陣営が歓喜の声をあげた。

 デジタルは天井を見上げる。メイショウボーラーが寄れてコスモサンビームの脚色が鈍った瞬間に、斜行かもしれないと思ったが、案の定審議になり降着になった。  

 仕方がないとはいえ、手に入れた勝利が零れ落ちた心境を思うと胸が苦しくなる。

 

「どこが斜行なの!」

 

 デジタルはどうやって慰めようかと考えている最中、レース場の全ての騒めきに負けないような怒号が響き渡る。その声に全てのウマ娘関係者が話を止め意識を向ける。

 その怒号を発したのはメイショウボーラーだった。鼻息は荒く目は血走り、今にも襲い掛かりそうな気配を漂わせていた。

 

「斜行したけど結果には影響がなかった!私が勝ってた!1着は私だ!」

 

 メイショウボーラーは大声で訴えながら裁決委員の責任者に詰め寄り、その訴えに不服なのか表情は見る見るうちに険しくなっていく。

 その反応は当然だった。斜行によりコスモサンビームの脚色は明らかに鈍り、あれが無ければ勝っていたのはコスモサンビームであると裁決委員は勿論、同じ陣営のデジタル達も同意せざるを得なかった。

 

「どこに目ついてんの!買収でもされてんじゃないの!?」

 

 右手で裁決委員の襟首をつかみ左手人差し指と中指で自分の目を指す。このジェスチャーと今の言葉は明らかに侮辱行為で罰則を喰らってしまう。

 トレーナーとデジタルはメイショウボーラーを止めようと即座に動き、手にかけ羽交い絞めで引き離そうとする。だがすぐさま引きはがされ倒れこむ。

 トレーナーは兎も角、ウマ娘である自分をあっさり引きはがし飛ばしてしまうなんて何て力だ、思わず驚嘆しているなか罵詈雑言は続く。

 

「目が腐ってんなら、さっさと辞めちゃえ!それがレースの為だ!」

 

 デジタルは起き上がり再び取り押さえに行く。今度はチームメイト達が加わり6人が掛かりで取り押さえる。メイショウボーラーも流石に6人掛かりでは勝てず組み伏せられる。

 それでもメイショウボーラーは地に伏せながら裁決委員を見上げ睨みつける。その視線には怨念すら籠っているようだった。

 

───

 

 デジタルはメイショウボーラーの控室から離れた関係者休憩室で佇む。するとトレーナーとメイショウボーラーの怒鳴り声が耳に届くと耳を伏せ音を遮断した。

 怒りが収まらないメイショウボーラーをチーム総動員で控室に連行するとトレーナーの説教が始まり、流石に居合わせるわけにはいかないとデジタルはチームメイト達を引き連れ、関係者の休憩室に移動していた。

 

「白ちゃん、どうだった?」

 

 暫くすると休憩室にトレーナーが現れる。デジタルがチームの意志を代表するように声をかけ、一同は不安げな視線を向ける。

 

「あかんわ。沸点が低いとは思っておったがここまでとわな。これ以上言っても聞き耳もたんし、暫く放っておくしかないわ」

 

 トレーナーはお手上げと言わんばかりに椅子に腰かけ深くため息をつく。その様子にチームメイト達はそれぞれ顔を見合わす。少し感情的になるのは知っていたが、あそこまでとは思わなかった。

 全てのウマ娘が憧れるGI勝者の栄光が手に入った瞬間に零れ落ちた。その悲しみは分かるつもりだ。

 だがあそこまで怒るとは、余程斜行では無かった、あるいは斜行しても勝てたという確信があったのか。皆は肩を寄せ合い先程のレース映像を確認する。

 

「白ちゃん、話してきていい」

「う~ん」

 

 トレーナーは悩まし気な声を出す。メイショウボーラーはデジタルを意識していた。だからこそレースまで関わらせないようにしていた。

 今のメイショウボーラーは火薬庫のようなもので何が切っ掛けに爆発するか分からない。

 

「お願い、色々と伝えないといけないことが有るの」

「分かった。ただしくれぐれもエキサイトせずに冷静にな」

 

 トレーナーは提案を了承する。ウマ娘の立場に立たなければ共感されない言葉もある。恐らく何か伝えたいことが有るのだろう。上手く伝え諭せるかもしれない。

 デジタルは了承をもらうと控室に向かう。初めての負け、さらにGIに勝ったと思ったら降着処分でぬか喜びの負けだ。そのショックは計り知れない。

 だがあの態度は良くはない。負けを認めなければ前に進めない。そして斜行という行為の重大性に気づかさないとならない。

 

「メイショウボーラーちゃん入っていい?」

「どうぞ」

「失礼します」

 

 デジタルはゆっくりと扉を開け姿を見る。まだ興奮状態が収まっていなく部屋には物が所々に散乱していた。トレーナーと相当やりあったのが見て取れる。

 

「前半45秒8は流石に速かったね。でもそれで半バ身差は凄いよ。普通なら着外に沈んちゃう」

 

 デジタルは近くにあった椅子を手に取り、メイショウボーラーと対面するように座り話しかける。目的は諭す事だがまずは褒める。そこから機嫌を取り徐々に注意に切り替えていく。

 

「それに外枠だったしね、コスモサンビームちゃんは内枠だったし、枠が逆だったら結果は変わってたよ。最初のハナを奪った時の加速力凄かったね。将来はマイルだけじゃなくてスプリントでもGIに勝てるよ」

 

 引き続き褒めながら様子を窺う。メイショウボーラーは視線を合わさず俯いている。暫く褒めたが態度は変わらなかった。

 

「ちょっと小言だけど言わせてもらうね。中山の坂を登りきって無意識に寄れたんだよね。悪気は無いのは分かるよ。でも斜行は相手に怪我させてしまう可能性が有るの。だからこの後コスモサンビームちゃんに謝ろう」

 

 デジタルは子供に諭すように優し気な声で語り掛ける。トップスピードでの急停止、それは脚に相当の負荷をかけ、それが原因で怪我をして引退してしまうウマ娘も居る。

 だからこそ斜行しないように真っすぐ走る事を叩きこまれる。そして起こしてしまったのであれば、被害をかけた相手に真摯に謝らなければならない。

 

「斜行は関係ない、コスモサンビームはブレーキをかけてない。だから問題ないし、結果に影響ない。私の勝ちだった」

 

 メイショウボーラーは俯きながら呟き、それを見てため息が出ないように堪える。斜行も認めないのも全ては勝ちに対する意志の裏返しだろう。負けず嫌いは悪い事ではない。しかし限度がある。

 

「メイショウボーラーちゃん、負けを認めよう。そうしなきゃ次に進めない。負けを認めればもっと強くなれる。それを次に生かそう」

「次何てもう無い!」

 

 メイショウボーラーは裁決室の時以上に声を張り上げる。その声量に体を振るわせ耳を伏せる。

 

「次何て無い!私がこのレースに勝てばアグネスデジタルさんは有マ記念で勝って!引退を取り消して!私と一緒にレースを走るって!だから……」

 

 喋っている最中に涙が止めどなく溢れ、嗚咽を漏らし最後は言葉になっていなかった。メイショウボーラーは今日のレースを走るにあたって願掛けをしていた。このレースに勝てばデジタルは復活してくれると。

 デジタルの衰えは模擬レースで一緒に走り引導を渡した自分自身が分かっている。衰えたウマ娘が力を取り戻すことは無く、全力のデジタルと走るという自分の夢は叶わない。

 心は理解しても感情は納得していなかった。だが世間やチームメイトは引退を受け入れている。そして本人も受け入れている。それが無性に腹が立ち許せなかった。

 デジタルが復活するとすればそれは奇跡としか言えないだろう。ならばその手で奇跡を起こす。その一環が願掛けであった。

 自分の願掛けに効果が有るとは思えない。だが行動しなければ奇跡は起こらない。その想いは負ければ奇跡は起きないという強迫観念に変化していた。

 

 先のレースでの斜行は疲労による体の反応では無かった。瞬間的に敗北を予期し、何としてでも阻止しようと無意識に体が動いた意志による行動だった。

 そして裁決委員に執拗に食い下がったのも、負ければ自分の手で奇跡の可能性を閉ざしてしまうと思い込んでの行動だった。もし平時であればあそこ迄食ってかからず、そもそも斜行すらしなかった。

 一方デジタルは申し訳なさそうに見つめる。自分と周りが引退を受け入れたので勘違いしていた。引退するその瞬間まで納得しない者も居る。それがメイショウボーラーだ。

 容赦のない現実に押しつぶされそうになりながら奇跡を信じ、レースに勝てば奇跡が起きて復活するという一縷の望みに縋っていたのだ。

 今日のレースに全てを賭け負ければ次は無いと思うほど追い込み負けてしまった。

 世間的にとって次は幾らでもあるが、本人に次は無かった。それなのに次が有ると軽率に行ってしまった。そして結果、裁決委員に暴言を吐くという暴挙に及ばせてしまった。

 恐らく重い罰が下されるだろう。もしかしてクラシックのレースに出走できないかもしれない。周りから見れば勝手に思い込んで暴挙に出たと言うだろう。だがデジタルには自分の手で可愛い後輩の未来を奪ってしまったと思っていた。

 

「ごめんね。そしてありがとう」

 

 デジタルは咽び泣くメイショウボーラーの頭を優しく抱きかかえる。好いてくれるからこそ引退の事実に抗い追い詰め暴挙に及んでしまった。その感情を確かに伝わり嬉しかった。

 

「アグネスデジタルさん、抗ってください。奇跡は諦めなければ起きる。可能性はどんなに小さくても消えない。有マ記念で絶対に勝つと思って走ればもしかすれば……常識外れの勇者であれば奇跡は起きる。私のために走ってくださいよ」

 

 メイショウボーラーは辛うじて言葉として聞こえる程の涙声で懇願する。

 願掛けは失敗に終わってしまった。それでもデジタルが心の底からこれからもウマ娘を感じたい。自分と走りたいと望めば奇跡が起きると新しい願いに縋っていた。

 

「ごめんね。それは無理なんだ」

「どうしてですか!復活したくないんですか!?他のウマ娘と走りたくないんですか!?私と走って思う存分感じたくないんですか!?」

「もう復活しない。そして願っちゃアタシの目的は達成できない」

 

 デジタルは一瞬悲痛な表情を浮かべるが、即座に静謐な表情に変わり語り掛ける。力を取り戻し、メイショウボーラーや様々なウマ娘をレースで感じるという未来、その輝かしい未来を幾千も願い可能性を模索した。だが己の身体と対話し熟考した結果無理だと悟ってしまった。

 そして有マ記念で復活を願うことは勝利を願うことに繋がる。持てる力を駆使し可能な限りウマ娘を感じる。それが次善であり目的だった。

 その目的を達成する為には一切の雑念を捨てなければならない。未練も感謝も勝利への渇望、メイショウボーラーの願いすら。

 

「うっ、うう……」

 

 メイショウボーラーは地面に伏して咽び泣く。その表情を見て悟ってしまう、奇跡は絶対に起きない。

 控室には咽び泣く声が木霊し続けた。

 

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