『さあゲートが空いて、スタートを切った。さあ、まずは3コーナーから4コーナー誰が行くのか?タップダンスシチー、いやアクティブバイオとザッツザプレンティがいった。すぐ後ろにタップダンスシチー、その後ろ2バ身差離れてリンカーン、ゼンノロブロイ、シンボリクリスエス、内を突いてウインブレイズ アグネスデジタルが先行グループ、その3バ身差後ろにチャクラ、ダービーレグノ、ファストタテヤマ、ヒシミラクル、ネオユニヴァース。そして最後尾にはいつも通りツルマルボーイです』
スタートはシンボリクリスエスが好スタートを切ったが、外枠のアクティブバイオとザッツザプレンティは外々を回されるよりも、多少脚を使っても前の位置につけ内を回ろうとハナを主張し先頭に立つ。
最近は瞬発力が増しどのような作戦を取るか注目されていたタップダンスシチーはハナを主張せず、単独3番手の位置につける。
先行グループはリンカーンが先頭に立ち、ゼンノロブロイはリンカーンの半バ身後ろの左横につけ、シンボリクリスエスはリンカーンの真後ろにつけ、ウインブレイズとデジタルは空いた内ラチ沿いを走る。
後方グループは大方の予想通りだが、ヒシミラクルは前走の京都大賞典のように先行するかと予想されていたが、ゲンを担ぐようにGIに勝った時と同じように後方待機で挑む。そして最後尾は指定席だと云わんばかりにツルマルボーイが鎮座する。
「勝負は決まったな」
関係者席でレースを見ていたティズナウが詰まらなそうに呟く。その表情は推理小説の結末を読む前に知ってしまった読者のようだった。
レース中に大勢が決し勝負が見える時もある。先のジャパンカップもタップダンスシチーが4コーナーを回った時点で勝負が決まったと分かった者はいた。だが今はスタートから200メートル程度しか走っていない、通常であるなら分かるはずがない。
しかし他のウマ娘の表情を見て分かった。その表情は不安怯えなどネガティブな感情が帯びていた。何故そんな表情をしているか知らないが、これは雪が降る芝を走る不安などではない。勝者の資格を失った表情だ。
一緒に見ているヒガシノコウテイ達はその言葉に驚きもせず、同意するように黙ってレースを見つめる。このレースの勝者は誰であるか予想出来ていた。それはシンボリクリスエスだ。
レースに勝つうえで重要な要素がある。スピード、スタミナ、展開を読む力などがあるが、それ以上に重要な要素なものがある。それは勝つイメージである。
長年のトレーニングとレースでの成功体験から自信をつけて、どうすれば勝てるかというイメージを作る。つまり勝ち筋である。
タップダンスシチーなら先行押し切り、ヒシミラクルならロングスパート、明確に勝ち筋を持っていない者でも無意識に勝てる可能性がある走りのイメージが出来ている。
それが勝つ為の最低条件であり、持てない者はレース中に天変地異が起きて自分以外は巻き込まれない限り勝てない。それ程までに重要である。
そしてシンボリクリスエスはレースを走るウマ娘達の勝ちのイメージを掻き消していた。
デジタルとレースを走りウマ娘の思念や情念は強大であれば他者に届くと気づいた。それを応用し、天皇賞秋の自分のように周りを弱体化させる。
これこそがトレーナーの理想の走りだ。そしてぶつける思念は絶対的な勝利への自信と相手にとっての敗北のイメージである。
シンボリクリスエスはその走りを実現するためにレースに向けて出走ウマ娘の全てを徹底的に研究した。どのような状況で己が負けるか、どうすれば相手の力を封じ込め勝てるか、それを明確にイメージできるまで寝食以外の全ての時間を費やし研究を続けていた。
言葉にすれば簡単そうに見えるが、実現しようとすれば極めて難しい。まずはイメージすると言ってもデジタルのトリップ走法時のイメージレベルに明確なイメージをしなければならない。
自分の勝ち筋ですら明確にイメージするのは難しく、それを他者の勝ち筋と、その勝ち筋をどのように潰すかも明確にイメージしなければならない。これは相当に難易度が高い。
何より己の勝利を確信し、相手の勝ち筋を潰せられるという絶対的な自信を持つには圧倒的な地力が必要だ。
他者と己を正確に測れる分析力と地力、この2つが備わって理想の走りは体現できる。そしてシンボリクリスエスは2つを備えていた。
(何だこれは?)
タップダンスシチーは己の異変に訝しむ。レースを走る際には勝つイメージを持っている。それは勝利したレースは勿論、負けた時もブービー人気で挑んだ有マ記念でも持っていた。
勝つ為に全力を尽くし勝つイメージを持ってレースに挑んだ。だが今は全くイメージできない。それどころかシンボリクリスエスにどのようにして負けるかというイメージが鮮明に浮かび上がっていた。
条件戦でくすぶり続けたのは成長していないのもそうだが、勝つイメージを持てなかったからだ。
長い月日をかけ自分達のスタイルを確立し、勝つイメージを持てるようになった。だが今は条件戦でくすぶっていた弱い頃の自分に戻ってしまったようだった。
この異常はタップダンスシチーだけに起こっているわけではない。ヒシミラクルは運が味方して勝利するイメージなど、多くのウマ娘が勝つイメージが持てなかった。
シンボリクリスエスは周りに視線を向け己の仕事の成果を確認する。上々だ、ゲート入りの時にイメージをぶつけた。その成果なのか天皇賞秋の時のように他のウマ娘はスタートが遅れ、結果的に1番速くスタートが切れた。
そこからはハナを切った3人を見送り、空いたスペースを使って内側をキープする。大外枠で外を回されるのは嫌だったので、都合の良い展開になった。前にリンカーン外にゼンノロブロイが居て囲まれているのが少し気がかりだが、些細な問題だ。
横を走るゼンノロブロイの表情は勝つイメージを持てず心が挫けている者の顔だ、前に走るリンカーンも背中を見れば同じであると分かる。そんなウマ娘など幾らでもどうにか出来る。
2人の様子から見て出走ウマ娘は全て勝つイメージを失っている。そうなれば弱体化は著しく、碌に実力を発揮できないだろう。この走りは多少神経をすり減らし疲れるが得られる効果は非常に大きい。
これなら相当手を抜いても勝利でき、翌週も同じレースを走って勝てるぐらいに余力を残せる。これがトレーナーの理想とする相手を1まで削って2の力で勝つレースか。
だが今日の目的は若干異なる。相手を1まで削って100の力で勝つレースをする。そうなれば大差では表現できない程の差がつき、世間は絶対的な力を持つウマ娘であるという幻想を抱き、そのウマ娘を育てたトレーナーの名声は一気に上がる。
そして今日のレースで気になる事が1つ有った。それはゼンノロブロイの対処についてだ。
理想の走りをすれば大差をつけられて負ける。それは心を挫かせ、弱いウマ娘を育てたというトレーナーの不名誉になるかもしれない。それを防ぐ為にゼンノロブロイだけにはイメージを当てないという案もあった。
自分が勝ってもワンツーフィニッシュでトレーナーの名声が上がり、自分が負けてもゼンノロブロイの格が上がるので、どちらでも良かった。
そして本バ場入場での態度を見て他と同じようにイメージをぶつける事にした。今日の大敗の屈辱を糧とし、この走りを体験する事でトレーナーの理想の走りが実現できるようになるか可能性が出てくる。そうなれば絶対的な力を持ったトレーナーの作品になれるかもしれない。
サキーは複雑そうな表情でレースを見守る。現役時代で最も恐れたのはシンボリクリスエスのようなウマ娘だ。
現役時代は業界のアイコンになり、レースに携わるウマ娘と関係者を幸せにするために、相手の力を最大限に引き出した上で勝利するレースを望んだ。そういったレースが名勝負と賞賛され、己の理想を達成する近道になると信じていた。
そして理想を体現する為に、相手の力を削ぐような作戦や走りを看破し防ぐ実力と頭脳を身に着けてきた。
かつてのダートプライドではストリートクライが他者をハメて実力を発揮できないようにしたが、その際には他者に策略を気づかせるような走りをした。
そしてシンボリクリスエスの走りはサキーと真逆であり、そして今起こっている現象を防ぐ手段はない。
もし現役時代に走れば他のウマ娘達と同じように挫けはしない。それだけの鍛錬と実績を積んだという自負がある。そして僅差の勝負になるだろう。
観客達は自分とシンボリクリスエスを讃えるだろう。そして遥か後ろで他のウマ娘達がゴールする。その様子を見て不甲斐ないと心無い言葉を浴びせるファンが居るかもしれない。
サキーも圧勝したレースが幾つか有った。それは己の理想の為に全力で走り、結果的に不甲斐ないと貶される負けたウマ娘を見てきた。
その時は理想の為に仕方がないと割り切っていた。しかし今は選手ではないので割り切れず、出走しているウマ娘達に訪れる悲しい未来を憐れんだ。
メイショウドトウは胸が締め付けられ思わず手を当てる。現役時代はテイエムオペラオーの年間無敗の偉業を当事者として目撃していた。そして同じ路線を走るウマ娘達は苦しんだ。
走るたびに敗北を喫し、オペラオーが高らかにウイニングライブを歌う姿を外から、あるいはバックダンサーとして見てきた。そして1人また1人と心が挫け、勝てるイメージが持てなくなっていた。
ドトウは結局のところ勝つイメージを失わずに済み、宝塚記念ではついにオペラオーに勝利した。だが自分が強いからではなく偶然であると自覚していた。
トレーナーやチームメイトのサポートが有ったので、辛うじて心が挫けず踏みとどまれた。1歩間違えれば間違いなく心が挫けていた。そして今レースを走るウマ娘達も心挫けた者と同じ表情をしていた。
心挫けた状態で走るのは辛すぎる。この悲惨な光景を見て心から同情していた。
レースは特に動きはなく、スタート直後に決まった隊列を維持し4コーナーを抜けホームストレッチに入る。レースを走る精鋭14人を応援しようとスタンドからの大歓声で向かい入れる。
ウマ娘の中には歓声を背に闘志を漲らせる者も居る。しかし今はシンボリクリスエスのイメージの前に心挫け、やる気や闘志を漲らせられなかった。
──信じて!
一瞬スタンドからの声援が止む。それはあまりにも予想外の出来事が起こった事に対する困惑だった。今の声はスタンドからではなく、確かにコース場から聞こえてきた。それもかなりの声量だ。一体誰がこんな声を出した。
客達は声の発生源を探し判別する。走っているウマ娘達の様子を見ればすぐに分かった。声の発生源はアグネスデジタルだ。
デジタルはゲートが開きスタートし、足裏に伝わる感触から最適な走りを導き出す。ゲート入りまでに入念に芝の感触を確かめ、今日の芝の状態での最適な走りの大まかな予想を立てる。
だが歩くのと走るのでは踏み込みや体重移動の比率などは異なってくる。本来であれば軽く走れば問題なのだが、今日のレースはその運動量ですら命取りになりかねなかった。
そしてスタートしてからの1歩目で予想とは大きく違っていないと察知し、2歩目、3歩目で誤差を修正し、50メートルを走った時点で最適な走りを導き出し、その完成度は出走ウマ娘の中で最も高かった。
それから意識を走りから左前方向ける。外枠のアクティブバイオとザッツザプレンティが外から切り込んでくる。タップダンスシチーは逃げないが前目、それからリンカーン、ゼンノロブロイ、シンボリクリスエスも上がってくる。
そしてウインブレイズも上がり空いている内ラチ側のポジションを取った。それを見て即座に後ろにつけた。
有マ記念で目的を達成する為に大前提が2つあった。1つは内ラチ側の経済コースを通り続けること、これは1枠を引いた時点でほぼ達成完了だった。
2つ目は道中においてスリップストリームが出来るポジションを取り続けること、レースを走る上で相手の後ろにつけスリップストリームの恩恵を受けるのは基本戦術である。
だが相手の背中に居るという事は視野が狭くなり、勝負所で動いた際にブロックされる危険性がある。それを防ぐ為に前にウマ娘を置かないという戦術も充分に効果的で有る。
しかし2500メートルという距離と不良バ場という状況では後者の戦術を実践する体力的余裕はなかった。
デジタルはトレーナーとの事前の打ち合わせで、ウインブレイズが内側に来ると聞かされていた。彼女は2000以上のレースは走った経験はなく、デジタル程ではないが距離不安があると予想し、出来るだけ内側を走りたいと予想していた。
そしてスタートすると、予想通りウインブレイズが外から来た。5枠7番のウインブレイズは内枠のウマ娘に内ラチ側を取られたくないと、即座に移動しようとして余裕が無いと予想し、それを利用した。
デジタルはコンマ数秒ほど減速し、即座に後ろを取った。ウインブレイズも理想は内側かつ誰かの後ろにつくことだった。だが理想を追い求めれば第1目的の内側を取れなくなる可能性があり、妥協せざるを得なかった。
さらにデジタルは距離を詰める。ウインブレイズとしては横に少し移動して後ろにスリップストリームの恩恵を与えさせたくない。
だが横にはシンボリクリスエスが居るので一旦減速して後ろに下がるか、加速するかして、空いた横スペースに移動しなければならない。
ペースを上げるのは急激なペースアップは体力を消耗する。距離不安があるウマ娘はしたくない。
ならば下がるしかないが、それを防ぐ為に距離を詰める。結果、ウインブレイズはそこに留まり続け、デジタルにとって最高の風よけと化した。
ここまではほぼ100点に近いレース運びが出来ている。だが少しでも間違えれば目的は達成できないシビアな状況だ、即座に心を引き締めると同時にある違和感に気づく。
空気が重苦しい。
それはどのレースでも感じたことが無い感覚で、すぐに違和感に気づく。レースを走るウマ娘達は多かれ少なかれ煌めきを持っている。それを感じることこそウマ娘を感じることであり醍醐味である。
煌めきは希望と言い換えられる。そしてこの場に希望がまるで感じられない。皆が自信を失い心が挫けてしまっている。ただシンボリクリスエスだけは心が挫けていない。
どうする?どうする?どうする?
デジタルは脳をフル回転させる。煌めきを奪ったシンボリクリスエスに対する恨みはない。というより恨む余裕すらない。
思考するだけで体力はもちろん頭のスタミナも消費する。余計なことは考えず走りに集中しなければならない。
だが今のウマ娘達を感じても何一つ嬉しくもなく楽しくもない。煌めきを取り戻すのが最優先事項だった。
思考の全てをウマ娘達の煌めきを取り戻す案を考えることに費やす。時間に数秒程度だったが、脳をフル回転させ頭のスタミナを消費してしまう。だがその甲斐あって1つの案を思いつく。
先頭集団が4コーナーを回りホームストレッチに入る。時間が経てば集団がばらけてしまう。時間がない。デジタルは鼻から限界ギリギリまで空気を取り込み、音として吐き出した。
──信じて!
大きな思念や情念は他者に伝わる。それをシンボリクリスエスとの対話で気づいた。天皇賞秋ではウマ娘断ちによって、ウマ娘を感じたいという欲が膨れ上がり、結果的に相手に伝わり不快な思いをさせてしまった。
デジタルにとって天皇賞秋は2回目の天皇賞秋は良い思い出がなかった。大きな苦労をしたが全くウマ娘を感じられず、衰えを認めて苦しみの日々の始まりだった。しかしその最悪の思い出が1つの光明を示した。
今走っているウマ娘達は最高だ。最初から煌めきが無かったわけではない。一時的に自信を失い煌めいていないだけだ。伝える思念は皆に信じる心を取り戻して欲しいという感情、一縷の望みを託し願う。
トレーナーやチームメイトや友達と紡いだ絆を、積み重ねたトレーニングを、託された想いを、抱いた夢を思い出して!
そうすれば自信を取り戻して、勝利を勝ち取り、夢を叶えることができる。今のままじゃ皆や周りが悲しい思いをしてしまう。
いや、そうじゃない。皆や周りが悲しい思いをするから煌めいて欲しいんじゃない。自分が感じたいから煌めいて欲しんだ!最後のレースがこんなじゃ嫌だ!自分の為にでもなく、周りの為にじゃない。アタシの為に自分を信じて煌めいて!
(何だこれは?)
タップダンスシチーは己の変化に訝しむ。さっきまで全く勝てるイメージが持てなかったのに、今はどうだ?勝てるイメージが幾らでも湧いてくる。
負ける未来がこれっぽっちも浮かばない。力が溢れてきて体が軽い。間違いなく今まででベストだ。突然の変化に戸惑いながらも全能感に酔いしれる。
それは他のウマ娘達も同じだった。体中から力が溢れ、全く消えなかった負けるイメージは消え失せ、勝てるイメージが幾らでも描けていた。
出走ウマ娘の変化にレース場で観戦している者の何人かは気づいていた。先程まで心が挫け勝負の舞台から降りていたはずだった。
だがデジタルが何かを叫んだ直後は、自信に満ち溢れ己の勝利を疑っていない表情をしている。一体何が起きているのだ?
「凄い!やっぱりデジタルさんは私の理想だ!」
サキーはいつもの落ち着いた態度とは打って変わって、興奮を隠すことなく大声を出し、隣に居たストリートクライに興奮気味に語り掛ける。
日本に来た理由は有マ記念を見るためとデジタルの引退レースを見る為と語った。だが実はもう1つの理由が有った。それはデジタルに秘めたる可能性に着目し、調査するためだった。
デジタルが出走するレースは本人も含めコースレコードを更新する事が多かった。バ場の状態や展開によってタイムは大きく変わるので、条件さえ揃えばレコードが連続しても不思議でない。しかし気になったので過去のレースを見て、あることに気づく。
デジタルが出走するレースは総じてレベルが高かった。タイムは遅くとも展開やバ場状態を考えればハイレベルである、もしかする周りのウマ娘の力を引き出す力が有るのではと考える。
レースのレベルが高いと判定したがちゃんとした計算式があるわけでなく、主観が混じった結論だ。だが事実だとしか思えなかった。
デジタルとはドバイワールドカップとダートプライドで走った。ドバイワールドカップでは己の底を引き出して勝利し、ダートプライドは負けたが実力を全ては発揮しベストレースだったという自負がある。
それは追い詰められた事で自らの実力を引き出したのではなく。デジタルによって引き出されたのではないかと思い始めていた。
普通であれば妄想だと一蹴する。だがデジタルはレースにおいてウマ娘を感じることを望む。そして感じたいのはより煌めいたウマ娘、つまり己の全力を出したウマ娘だ。その想いが力を引き出した。
ウマ娘は想いを力に出来る。それは科学的には証明されていないが、自分の願望を叶えるために、他人の為にという想いが普段以上の実力を引き出す。デジタルがやっている事はそれを他人に作用させているのではないだろうか。
その仮説は確信に変わった。普通のウマ娘なら他人が弱体化するのを防がない。煌めくウマ娘を感じたいと願うからこそ、全力を出したウマ娘を感じたいという強大な願いが作用し、他のウマ娘達に力を与えた。
もし現役時代にデジタルの力があれば、出走するレースは全て名勝負になり、多くのファンの心を揺さぶり、興味のない人々の目を向けられたかもしれない。自分が欲しくてやまない力を持っている。心の底から嫉妬していた。
シンボリクリスエスの思念や情念が他のウマ娘の自信を奪い、心を挫いた。これはRPGゲームにおける弱体化魔法、デバフのようなものだ。
そしてデジタルの思念や情念が自信を与え、力を与えた。これはRPGゲームにおける強化魔法、バフのようなものだ。
デバフを使える者はレースの歴史において何人か存在した。だが周りにバフを使える者は誰もいなかった。
RPGゲームにおいてデバフやバフを使うのは敵を倒す為である。デバフで相手を弱体させ、バフで仲間を強化させる。
そしてレースに出走するウマ娘の大半の目的は勝つことであり、個人戦でもある。勝つ為に相手にデバフをかけて弱体化しても、勝つ為に相手にバフを与えて強化する事はありえない。
サキーのように相手にバフを与えたいと思う者も居るかもしれない。それでもウマ娘は勝利を望んでしまう。それは最早本能でそのような者がバフを与えられない。
アグネスデジタルというウマ娘は特殊だ。ウマ娘を愛し、レースにおいてウマ娘を感じることに比重を置く。
多くのレースを走り様々なウマ娘の煌めきを感じ、時には勝利に心を囚われてしまうという勝利中毒に罹るなどして、ついにレースにおいて勝利を目指さず、ウマ娘を感じることに全ての比重を置くという心境に至る。
そして境地に至ったウマ娘だけが他者にバフを与えられる。
ファンの中ではデジタルを異能の勇者と称する者も居る。それはダートと芝、中央と地方、国内と海外の垣根を超えて活躍するオールラウンダーとしての賞賛だった。
だが異能を指す言葉はオールラウンダーでない。勝利を目指さないという特異な精神がもたらした他者にバフを与えられるという特異な技能、それこそが異能だった。
(やはりお前か、アグネスデジタル!)
シンボリクリスエスはデジタルを憤怒の表情で睨みつける。周りのウマ娘の様子が変わった。心が挫けたはずが今や自信を漲らせ己の勝利を疑っていない。トレーナーの理想は破れた。
自分の走りの効果が消されただけではデジタルによるものだと断定できない。しかし確信を抱いていた。
天皇賞秋では不可解な力が沸き、想定以上の走りが出来た。それは嬉しいものではなく、トレーナーの作品として走る自分が穢されたような不快感を抱かせた。そして同じ不快感が這いよっていた。
天皇賞秋の時点でデジタルのバフの片鱗は見えていた。レースでは逃げ争いでローエングリンとゴーステディが破滅的なペースで逃げていた。そのまま行けば勝つ可能性はゼロで惨敗していた。
だがデジタルはそれを望まなかった。より全力で走り煌めくためにはペースを落とした方が良いと思い、それがバフの一種として作用し、結果2人はペースを落とす。
そして今は天皇賞秋のバフ以上に力が増していた。
他のウマ娘はこの溢れる力はデジタルによってもたらされていると分かっていた。
タップダンスシチーは勝利のために環境の変化を利用するのは当然だと。
ヒシミラクルは己の運がバフを与えたと。
ゼンノロブロイは打倒シンボリクリスエスの為にと。
ネオユニヴァースは相手を飲み込み大きくなるために必要だと。
4人は己の目的の為にバフを受け入れる。しかしこのバフの強制力は強かった。他人の力を借りて勝つのは少し卑怯だなと思う程度では拒否できず、強制的に力を与えられる。このバフは慈しみや慈悲の力ではない。デジタルの我儘で自己中心的な欲望によるものだった。
謂わば強制バフ、これを拒否するには強固な拒絶の意志が必要だった。そしてシンボリクリスエスはそれを持っていた。
(ふざけるな!トレーナーの理想を壊し、トレーナーの作品であることすら阻もうとする。絶対に受け入れてなるものか!)
天皇賞秋の勝利は不本意であり、これ以上穢されずトレーナーの作品として勝利する。プロとしての矜持が這いよる力を断固として拒絶していた。
シンボリクリスエスはトレーナーの理想の走りを止める。他者にイメージをぶつけるのは疲れ、デジタルが居る以上は無意味でしかない。
トレーナーの理想は阻まれた。そして大差勝ちするという目標も達成できない。あれは理想の走りが実現している前提での作戦だ。残る目標は勝利のみだ。
例えトレーナーの理想の走りが出来なくとも、今まで教えられた全てを駆使して作品として勝利する。
シンボリクリスエスの圧勝で終わると思われた有マ記念は、勇者の異能によって勝敗の行方は誰にも分からなくなった。