勇者の記録   作:白井最強

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勇者と皇帝と求道者#6

『さあ、スタートを切りました。先頭は奪うのは外枠ノボジャック、それに続くのはトゥザヴィクトリー、サウスヴィグラス、ノボトゥルー昨年の覇者です、そして公営のヒガシノコウテイ、その1バ身後ろに一番人気アグネスデジタルはここにいます。そしてその後ろはセイシンフブキだ、これはアグネスデジタルをマークしているのか?』

 

 東京ダート1600メートルは芝スタートしてダートコースに入るまで芝を150メートルほど走る。内と外ではが30mほど芝部分が長く、芝を走るほうがスピードが出る。その利を活かしてノボジャックが先頭に立った。

 

(これぐらいかな。ここならトゥザヴィクトリーちゃんの動きも見られるし)

 

 デジタルはトレーナーの指示通り前目のポジションをとる。

 スタートは上手く飛び出せもう少し前目につけられたのだが、トレーナーの言葉を思い出し少しスピードを落としトゥザヴィクトリーを先に行かせる。この位置ならマークでき、その後ろのヒガシコウテイも見られる。ただ。

 

(勝負服のマントが邪魔でよく見えない……マントが無ければうなじが見えるんだけどな~)

 

 ヒガシノコウテイの左肩に縫い止められたマントがはためきその後ろ姿が覆い隠される。

 気分がわずかに落ち込むが気を取り直して、ヒガシノコウテイの少し外側の誰も前にいない位置に付ける。

 ダートでは芝と違い蹴り上げられた砂が飛んでくる。その影響はバカにはならず当たればそれなりの衝撃であり、目に入ればスピードは一気に落ちる。それだけにポジション取りは重要だった。

 

 ヒガシノコウテイはアグネスデジタルの様子を気にしながら前を行く三人を見据える。トゥザヴィクトリーにノボトゥルー、両者ともにこのレースで好成績をあげている要注意だ。いつでも動けるように準備をする。

 

 セイシンフブキは先頭から七人目、中団とも言えるポジションだった。

勝った南関4冠のレース、そして前走の3着に破れた東京大賞典などはすべて3番手以内につけており、この位置でレースをするのは初めてだった。だが動揺や焦りは一切ない。淡々とレースを運んでいく。

 

『そしてその後ろにはイシヤクマッハ、プリエミネント、その後ろにスノーエンデバーにゴールドティアラにワシントンカラー、その1バ身後ろに川崎記念覇者リージェントブラフに昨年のジャパンカップダート覇者ウイングアロー、そしてイーグルカフェ、ゲイリーイグリットが続きます』

 

 先頭から最後尾まで約20バ身で前半3ハロン35秒1。1000メートル58秒8。緩みのないペースでレースは進んでいく。このペースでは前も後ろ有利不利はなく、どの位置からでも実力が発揮できる流れになる。

 

『さあ3コーナー向こうの大欅を通過し16人が直線に向かう。半数以上がGIウマ娘!ダートの頂点を勝ち取るために体と魂を燃やす。その熱気は冬の冷気をかき消すぞ』

 

 各ウマ娘が府中の直線500メートル、高低差3メートルの坂を駆け上がる。

 先頭のノボジャックが下がってくると先頭にトゥザヴィクトリーが躍り出る。それを追撃するノボトゥルーにヒガシノコウテイ。そして二人分の外からアグネスデジタルが猛然と駆け上がる。

 スタートを上手く切り、道中は不利を受けない良い位置につけ、直線で良い足を使う。

 テン良し、中良し、終い良し。

 

 それはデジタルが恋焦がれるサキーのようだった。ダートで走り先行していてもテイエムオペラオー、メイショウドトウ、キンイロリョテイを撫で斬った切れ味は変わらない。あっという間に差を広げていく。

 

『1番人気がやってきた!アグネスデジタルがトゥザヴィクトリーを抜き去り先頭!その差は2バ身、3バ身ダート王者の称号を手に世界最強に挑むのはアグネスデジタルか!?』

 

(強い……)

 

 あの位置でこれほどの切れ味、これが中央のトップの力なのか。ヒガシノコウテイはトゥザヴィクトリーとノボトゥルーと横一線に並びながら懸命に食い下がっていた。今でも精一杯なのに、これでアグネスデジタルを抜き返そうとするならばさらに力を出さなければならない。無理だそんなこと、体が壊れてしまう。

 

(無理しなくていいよね……私頑張ったよね……)

 

 ヒガシノコウテイの心はデジタルの切れ味の前に切り伏せられていた。

 

―――地方を守るから、中央のいじめっ子をやっつけてあげるから。そして地方のウマ娘は中央に負けないってことを証明してあげるから

 

 突如脳内で声がリフレインする。

 この声はオペラお姉ちゃん?そしてこれはあの時だ。トウケイニセイさんがライブリラブリィに負けて、悔しくて悲しくて。秘密のトレーニングセンターで我武者羅に走って体調を崩した時だ。

 そして視界にリストバンドが入る。目に映る「明」「正」の二文字。

 

―――今の走りが皆を『明』るくさせられるのか?今の走りが『正』しいのか?

 

違う!

 

 トウケイニセイはライブリラブリィに負けた時でも最後まで諦めなかった!メイセイオペラはどんな逆境でも諦めなかった!そして中央のGIを制した。そして中央に挑んだ地方ウマ娘達、結果は散々だったかもしれない。それでも彼女たちは地方の力を示すために一つでも着順をあげるともがいたはずだ。決して今の自分みたいに諦めなかったはずだ!

 こんな走りが正しいわけがない!

 

 皆を明るくさせる正しい走り。それはすべてを懸けてデジタルに挑み1着を勝ち取ることだ!

 そして自分は地方の代表として走っている。2着では中央に勝ったことにはならない、それは敗北であり地方の敗北を意味する。

 

――――所詮地方は中央に勝てない

 

 それを覆したのがメイセイオペラだった。

 メイセイオペラとそのライバルであるアブクマポーロが現役時代はダートの頂点はこの二人であり地方ウマ娘であった。

 メイセイオペラとアブクマポーロは地方が中央の2軍ではないことを証明した。二人のおかげで多くの地方ウマ娘は勇気と誇りをもらった。それはヒガシノコウテイも同じだった。

 ならば今度は自分が地方の力を示し勇気と誇りを与える番だ。レースに勝って次世代のウマ娘が来るまで地方が中央に負けていないと証明し続けなければならない。

 

 

「私はトウケイニセイさん、オペラお姉ちゃん。東北の怪物と東北の英雄の魂を継いだ東北の皇帝!ヒガシノコウテイだ!」

 

 故障しても構わない、この体が砕けてもかまわない!命懸けでアグネスデジタルに勝つ!

 ヒガシノコウテイ今この瞬間走ったレースの中で最も力を振り絞っていた。

 

 命懸けで頑張るという言葉がある。

 

 ただ人は自分のために命懸け直前までは頑張れるが、真に命懸けで頑張ることはできない。自分で自分の命を投げ出すことができないからだ、それが一人の限界である。

だが他者のためになら命を投げられる、限界を超えて命を懸けられる。

 メイセイオペラが作り上げた流れを途絶えさせないために、地方を愛するすべての者に勇気と誇りを与えるために、すべては他者のためにヒガシノコウテイは命懸けで頑張っていた。

 

『ヒガシノコウテイが盛り返す!アグネスデジタルとの差を3バ身、2バ身に縮めていく。そしてこれは?セイシンフブキだ!セイシンフブキが猛然と襲いかかる!東京にブリザードが吹き荒れる!』

 

 ヒガシノコウテイが抜け出すと同時に中団に控えていたセイシンフブキが地鳴りを上げ砂塵を巻き上げながら追い上げてくる。その勢いは凄まじく、ノボトゥルーとトゥザヴィクトリーの3番手グループあっという間にたどり着く。

 

「失せろ芝ウマ娘」

『セイシンフブキがトゥザヴィクトリーとノボトゥルーを抜いて三番手に上がった!』

 

 セイシンフブキはトゥザヴィクトリーに吐き捨てると次なる獲物に意識を向ける。

 

 パドックでダートは芝の2軍と言った奴は血祭りにあげたかった。芝ウマ娘の顔を見ただけで吐き気がした。芝の上に立ちながらゲートに入ったときはあまりに不愉快で気が狂いそうだった。普段だったら数回は爆発し暴れまわっていただろう。

 だがセイシンフブキは耐えた。アブクマポーロのアドバイスを信じその怒りのエネルギーのすべてをこの直線で爆発させる。

 ダートのGIレースというのはダートにすべてを懸けて命を燃やすダートプロフェッショナル18人が集まりおこなうもの、それが本当のダートGIである。いわばダートの聖域だ。

 そのレースに見て感動したものがダートプロフェッショナルへの道を志す。それが正しいあり方であり理想だ。

 

 だが負け続けた芝ウマ娘がダートの才能があるかもという淡い希望を持って挑み破れて、それに懲りず芝ウマ娘が挑んでくる。そして聖域が汚されていく。ダートに本気なものに芝で走っていた生半可な気持ちの者が勝てるわけがない。それが真理であり、そうでなければならない。

 だからこそダートの未来のために勝つ、いや殺す。

 圧倒的なレースで勝ちアグネスデジタルにダートに挑む気力をへし折る。そして次は復活してくるであろうウラガブラックだ。

 それでも挑む芝ウマ娘がいればたたきつぶし、何度でも何度でも息の根を止める。そして芝ウマ娘は誰も寄り付かなくなり聖域は完成し、いつしかダートを芝の2軍という奴はいなくなる。そしてダートは芝と対等の価値になり、いずれダートが上回る。

 

 レース前日、セイシンフブキはファンや地方のためにではなく自分のために走る決意した。だがそれは正確に言えば違っていた。自分のためではない。自分が愛したダートの為に走ることだった。ここにもまた一人、他のもののために命を懸けるものがいた。

 

『そしてセイシンフブキがヒガシノコウテイに並んだ!東北の皇帝と南関の求道者が中央に襲いかかる!』

 

「芝ウマ娘のついでにあいつを擁護するお前もついでにたたきつぶす。これはダートの明日を懸けた戦いだ。お前は盛岡や中央の芝で走っていろ!」

「いやです。私には芝の才能は無い、でもダートの才能はあります!この才能で中央に勝ちます。これは地方の明日を懸けた戦いなんです!地方の総大将は私です。勝たなきゃいけないのは私なんです!」

 

 二人は示し合わせたように接近し、今にも接触しそうなほど近づいた。

地方ウマ娘でありながら一人は地方の為に、一人はダートの為に走る。同じような境遇に生まれながら目指すものは違う。

 こいつには負けられない。その気持ちがお互いの勝負根性を引き出しさらなる力を生み出す。そのためにお互いは無意識に共闘を選んだ。二人の目標は違うがいま達成すべき目的は一つ。

 

打倒アグネスデジタル

 

 

(((アグネスデジタルさんドバイで待っていますよ)))

(うん。勝ってそっちに行くから待っていてねサキーちゃん!)

 

 デジタルの意識にはいま後ろで走るウマ娘は存在しない、意識は前にいる作り上げたイメージのサキーに向けてイメージが話した言葉に返答する。

 これに勝てればサキーと一緒に走れる。どんな素敵な体験が待っているのだろう。楽しみで今からワクワクが止まらない。デジタルは息苦しさを忘れて笑顔を見せる。

 

(((ア……グ……ネ……ス……)))

 

 急に音にノイズが混じりほとんど声が聞こえない。そしてイメージのサキーの姿が崩れていく。それに急に息苦しくなった、それに寒気もある。何が起こっている?デジタルは引き寄せられるように後ろを振り向く。そこには地方とダートのために命を懸ける護国の鬼がいた。

 その護国の鬼達が徐々にそして確実に迫ってきている。息苦しさと寒気はこの二人によるものか、近づくにつれ息苦しさと寒気がどんどん増してくる。

 

――――近寄らないで、こっちに来ないで!

 

『公営二人がアグネスデジタルに迫る!ドバイへの道は閉ざされてしまうのか!?』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『公営二人がアグネスデジタルに迫る!ドバイへの道は閉ざされてしまうのか!?』

 

「どうしたんやデジタル!?」

 

 デジタルのトレーナーは出走ウマ娘のトレーナーが一同に集まっている部屋でモニターを見ながら思わず叫ぶ。デジタルが右に数メートルほど斜行した。レース中にバ場の状態が良いところを走りたいので斜行することもある。

 だが今のは違う。あれは意図せず斜行、寄れるという状態だ。

 寄れるのは主に全力で力を出すあまり真っ直ぐ走れなくなって起こることである。だが見ている限りそこまで苦しいレース展開には見えない。第一どんなことがあっても寄れないように鍛えている。疲れでデジタルが寄れることはないはずだ。

 だとすれば故障?故障したウマ娘が寄れてしまうことがある。するとデジタルのある変化に気づく。デジタルはこのレースではいつも通り笑っていた。だが今はその笑顔は消え失せていた。

 この表情から察するに怪我による寄れではない。怪我であったならもっと痛みに耐え歯を食い縛るはずだ。しかし今のデジタルの表情は何かに追われて怯えているようだった。

 

何が起こっている?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(なにあれ?怖い怖い怖い怖い!)

 

 デジタルが寄れたのは恐怖によるものだった。

 このまま並ぶことがあれば、あの二人に接近して走らなければならない。それを拒絶したデジタルの体は無意識に右に寄れて二人から距離を取ることを選んだ。

 デジタルは他のウマ娘と体を合わせながら走る根性勝負が好きだった。五感で愛しいウマ娘を感じられる極楽スポットが走っているウマ娘の隣であり、そのウマ娘を感じたいという情念がデジタルの勝負根性を生む。

 今迫っているのはヒガシノコウテイとセイシンフブキであることは辛うじて分かっている。レース前ならヒガシノコウテイは推しウマ娘ポイントトップであり、是非とも体を合わせ隣で走ってみたいウマ娘だった。だが今は違う。

 

横顔も見たくない、息遣いも聞きたくない、匂いも嗅ぎたくない。

 

 デジタルは競走生活で初めて根性勝負を拒否したのだった。その結果3人分ほどの横幅を取ることに成功した。だがその代償に僅かなタイムロスを生み二人は差を縮めていく。

 

 残り100メートルを残してデジタルと二人の差は1バ身、だがデジタルにはそのリードはゾロに等しく感じていた。

 脳裏には敗北の二文字が過る。そして同時にサキーの姿が思い浮かんでいた。

 ここで負けたらサキーと会えない。サキーと一緒に走れない。やだ!やだ!そんなの絶対にやだ!

 デジタルはサキーと一緒に走りたいという願望を心の奥底からかき集め自らを奮い立たる。その僅かばかりの勇気で地方とダートの鬼達の恐怖に対抗する。

 

『差が詰まっていくが僅かに残った!アグネスデジタル1着!2着はわずかにセイシンフブキか?アグネスデジタル前人未到のGI4連勝!しかも地方ダート、中央芝、海外芝、中央ダートでの4連勝!』

 

 最後はデジタルの勇気と地力がダートと地方の鬼達の恐怖と猛追を打ち払った。

 二人に煽られながらも何とか粘り込んでの勝利、テン良し、中良し、終い良しのレースで見方によっては完勝に見える内容だった。だが勝ったデジタルは全くそう思ってはいなかった。

 薄氷の勝利、それどこらか勝ったとすら思えなかった。その証拠にゴール板を1着で駆け抜けた後の表情は喜びではなかった。まるで死地から生還したような安堵の表情だった。

 デジタルは観客席にアピールすることなく逃げ帰るように地下バ道に降りていく。

 

「お疲れさんデジタル。直線で寄れたけど大丈夫か?」

「うん……」

 

 デジタルはトレーナーの元にゆっくりと近づくが体が蹌踉めき、トレーナーは反射的に体を支える。その時二の腕に触り異変に気づく。

 体が冷たい。全力で走った体は体温が上がっているはずだ、それなのに想像より遥かに冷たい。それに顔も血の気が失せている。こんなデジタルは初めて見た。

 

「デジタル何があった?」

「あたしは逃げたの……迫り来る二人が怖くて……」

 

 その言葉でトレーナーはデジタルに起こったことをすべて察する。あの寄れは並走を拒否した結果、この体の冷たさは冷や汗によるものだ。

 

「あたしはウマ娘ちゃんが大好きで大好きで、自分に向けられる感情は無関心以外ならどんなものでも受け止められるつもりだった。嫉妬だって、大嫌いって気持ちだって。でもあの二人から向けられる気持ちは受け止められなかった。あれは何なの?分からないけどとっても怖かった……」

 

 デジタルは直線で感じた恐怖を思い出し両手でスカートの袖を強く握った。セイシンフブキとヒガシノコウテイの何に恐怖したのか?それは二人の執念だった。自分が愛するものを守るために絶対に勝利するという殺意にも似た執念。その濃縮された二人の執念をもろに受けたデジタルは萎縮してしまったのだ。

 

「デジタル、本来なら早く家に帰ってゆっくり休めと言いたいところだが、勝利者インタビューとウイニングライブがある。酷かもしれんが何とか気持ちを切り替えてくれ。とりあえず着替えて来い」

「うん」

 

 デジタルは砂で汚れた勝負服を着替えるために控え室に向かう。その後ろ姿はひどく小さく弱々しかった。

 このレースはある意味デジタルがもっとも追い詰められたレースだった。トレーナーにはメンバー強いことは分かっており油断も慢心もなかったつもりだった。だが心のどこかでテイエムオペラオーとメイショウドトウと走った天皇賞秋より楽な戦いとは思っていた。

 そしてデジタルを追い詰めた地方ウマ娘の二人、地方に入る者は能力が低い、体に重大な疾患を抱えているなどという理由で中央のトレセン学園に入れなかった者だ、そして地方のトレーニング設備は中央に比べて劣っている。

 特に施設の差は大きく、普通に考えれば地方のウマ娘が中央のウマ娘に勝てないと考える。だがヒガシノコウテイとセイシンフブキはデジタル以外の中央のウマ娘に先着し、デジタルをここまで追い詰めた。これが地方でしか培えない力なのか。

トレーナーは改めてウマ娘レースの奥深さを痛感していた

 

 そしてデジタルは新しい勝負服に着替え設置されている姿見に向けて作り笑いをする。だがその笑顔はすぐに解けてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ウイニングライブが終わり観客達は家路に着くなか、ヒガシノコウテイとそのトレーナーも関係者口に向かう。

 

「よく頑張った」

「ありがとうございます…」

 

 トレーナーは慰めと労いの言葉をかけるがヒガシノコウテイの耳には届いており機械的に返事をするが、頭には全く届いていなかった。

 

 負けた。絶対に負けてはならないレースだったのに。このレースで地方は中央に負けていないということを証明しなければならなかった。

 だがアグネスデジタルに負けて2戦2敗。これで格付けが済んでしまった思う人もいるだろう、そしてもう再戦の機会は訪れないだろう。

 あそこで一瞬でも心が挫けなければ!もっと上手く立ち回っていれば!

 ヒガシノコウテイの後悔が渦巻く、ふと窓から見える景色を見ると空には満月が浮かんでいる。その模様はいつもなら兎に見えるのだが今日に限って髑髏が自分を嘲笑っているように見えた。髑髏から目線を外すように下を向く

 

「お疲れ様ヒガシノコウテイ!」

「顔を上げてくださいヒガシ先輩!」

 

 俯きながら歩くヒガシノコウテイを出迎えたのは東北の応援団だった。コーンで仕切られ警備員が警備している外側から声をかける。彼らはウイニングライブが終わるとすぐに関係者口に向かい出てくるのは待っていた。東北を代表して懸命に走ったウマ娘に激励の言葉を送る。ヒガシノコウテイは一瞬顔を上げるがすぐに俯いた。

 気持ちはありがたい、涙が出るほど嬉しい。だが今だけはその心遣いが辛かった。みんな貴重な時間を削って東京レース場に来てくれた。それなのに歓喜の瞬間を味あわせることができず、落胆させてしまった。とても合わせる顔がない。

 

「テイちゃん」

 

 暖かみのある優しい声が聞こえてくる、メイセイオペラの声だ。優しいメイセイオペラなら慰めの言葉をかけてくれるだろう、だがその分だけ惨めになる。ヒガシノコウテイは頑なに下を向く。

 するとメイセイオペラはコーンを飛び越え警備員の制止を振り切り近づくとヒガシノコウテイのほっぺを掴み強引に上を向けさせ真っ直ぐに目を見つめる。

 

「テイちゃんは本当に頑張った。今日の走りは多くの地方ファンや地方ウマ娘に勇気を与えたよ。責める人なんて誰ひとりいないよ。もしそんな人がいたら私がやっつけてあげる。だから自分を責めないで」

 

 メイセイオペラは力こぶを作る。その細腕と似つかわしくない姿にヒガシノコウテイの口角が若干上がる。それを見てメイセイオペラは笑みを浮かべた。

 

「そして前を向こう。負けても前を向く姿だって多くの人に勇気を与えてくれるんだよ」

 

 その言葉を聞いてヒガシノウテイは目を見開く。

 そうだメイセイオペラだってアブクマポーロに何度負けても立ち上がり前を向いてきた。強いだけが英雄じゃない、逆境にも挫けず何度でも立ち上がれるのも英雄だ。

 

「ありがとうオペラお姉ちゃん」

 

 ヒガシノコウテイの目に光が宿る。それを見てメイセイオペラは手を離した。そしてヒガシノコウテイは応援団に近づき一礼する。

 

「今日は応援ありがとうございました。そして岩手に優勝レイを持ち帰れず申し訳ございませんでした。ですがこれから私のレースは続きます。かしわ記念、帝王賞で中央から地方を守り、マーキュリーカップ、クラスターカップ、そして南部杯で岩手を守る戦いが待っています。弱い私でも皆様の応援が力になり戦うことができます。負けた私ですがこれからも声援のほどよろしくお願いします」

 

 これかも地方と中央の戦いは続く、フェブラリーステークスに負けた相手が捲土重来をはかり、まだ成長途上の中央の強豪が牙をむいてくる。すべての交流重賞に出走できるわけではない。だが一つでも多くのレースに出て地方を守る。自分は地方の大将格なのだ。下ばかり見ていられない。

 

「当たり前だろう!」

「ヒガシ先輩だけに負担をかけさせません。私達だって頑張ります」

 

 ヒガシノコウテイの言葉に暖かい声援がとびその言葉に涙ぐんでしまい手で涙を拭った。岩手に所属していて本当によかった。ヒガシノコウテイは心の底からそう思っていた。

 すると応援団以外の出待ちのファン達からざわめきの声があがる。何が起こっているのかと辺りを見渡すとその原因はすぐに分かった。

 

 オグリキャップがヒガシノコウテイも元に近づいてきている。その表情は真顔で現役時の近寄りがたい雰囲気は健在だった。一歩ずつ近づくたびに緊張感が増し誰もが言葉を喋らずオグリキャップの様子を見守っていた。

 

「オグリキャップさん。先日の失礼な発言の数々申し訳ございませんでした」

 

 ヒガシノコウテイが45°の角度でお辞儀をして最敬礼をする。あの時は感情に任せて暴言を吐いてしまった。許してくれないかもしれないが謝罪するのは人としての筋だ。そしてオグリキャップはその後頭部を見ながら微動だにしない。その態度がさらに周囲に緊張感を与えヒガシノコウテイも思わず唾を飲む。

 

「良いレースだった」

 

 オグリキャップはぶっきらぼうに言うと踵を返していく。

 これは許されたのか?ヒガシノコウテイは足音で離れているのを察知し頭を上げて深く安堵の息を吐いた。

 一方オグリキャップは今日のレース、ヒガシノコウテイの走りについて思い出していた。

 現役時代、笠松から中央のトレセン学園に転校した。

 そのことについて何一つ後悔はない。多くのライバルに出会い充実した設備で鍛え上げ多くの中央のレースで勝つことができた。そして勝つことで間接的に笠松の知名度をあげることができた。

 中央に入り多くの強さを得られた。それと同時に多くの強さがこぼれ落ちた気がした。

もし笠松に残り『私たち』のオグリキャップとして走っていたとしたら同じぐらいに強くなれたのだろうか?その答えの一端をフェブラリーステークスで見られた。

 ヒガシノコウテイのあの走りを見て誰ひとり弱いと言うものはいない。あの強さは地方に残り『私たち』のヒガシノコウテイとして走り続けたことで得た強さだ。

 

 自分の道も間違っていなかったが、もう一つの道も間違っていなかった。それをヒガシノコウテイが証明してくれた。次の公式ブログで書く記事は決まった。タイトルは

 

―――もう一人の自分が示してくれた強さ

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 体が鉛のように重く節々が痛い。いつもなら軽々と持てるレース道具が入ったショルダーバックがとてつもない斤量に思えてくる。

 セイシンフブキはヒガシコウテイが向かった関係者出入り口とは別の関係者出口に向かっていた。

 トレーナーに荷物を持ってもらえれば楽だがもう居ない。恥さらしと一言告げて一人で帰ってしまった。そのことを責めるつもりはサラサラない。

実際あれだけの口を叩いておきながら負けた、恥さらしの何者でもない。むしろ恥さらしでもまだマイルドなほうだ。自分だったら「かっこよすぎて、あたしなら自殺するわ」ぐらいの罵倒をしているだろう。

 レースに負けたセイシンフブキの心中を占めているのは怒りである。勝ったアグネスデジタルにではない。芝ウマ娘に負けた自分の弱さにだ。

 これでますますダートは芝の2軍という奴が増えるだろう。だが実際反論のしようがない。それに言ったとしても負け犬の遠吠えだ。

 

 関係者口を出ると他のウマ娘を出待ちしていたファンが一斉に目線を向けて、ヒソヒソと話し嘲笑の目線と言葉をむける。それどころか空に浮かぶ満月の兎に見える模様すら遥か上から嘲笑しているようだった。

 

 セイシンフブキは関係者口を抜けて敷地内から公道に出る。ここから駅まで徒歩だ。徒歩10分ぐらいだがこの状態じゃ長い道のりになりそうだ。

 すると一人のウマ娘が寄ってくる。袖は白色で胴の部分は青色、青の部分には横一文字に赤色のイナズマが入っている。背格好からジュニアの一番下か、入学前といったところか。

 

「セイシンフブキさん、いや師匠!私を弟子にしてください」

 

突如そのウマ娘は往来の前で土下座する。行き交う人は奇異の目線をむけるがセイシンフブキはそれに動じることなく見下ろす。

 

「断る。帰れ。それにあたしは負けた恥さらしだ。得るものなんて何一つない。弟子入りしたいならアグネスデジタルのところでも行け」

「嫌です!私はセイシンフブキさんの弟子になりたいんです!」

 

 セイシンフブキの冷徹な言葉を頑なに断る。その強固な意志に興味を示したのか問いかける。

 

「何故あたしなんだ?」

「私は今日のレースを見て…セイシンフブキさんのレースを見て…ダートは凄えと思いました!なんでか分からないですがとにかく凄え!ダービーよりジャパンカップより今日のフェブラリーステークスのほうが心が熱くなったんです!今までダートより芝のほうが好きでした!今では違います!このダートを極めたい!そして中央じゃなくて船橋に入って私を熱くさせてくれたセイシンフブキさんの下で学びたいんです!」

 

その言葉を聞き過去の記憶が掘り起こされる。

 

――――姐さん、アブクマポーロ姐さん

――――しつこいねキミも、もう付きまとうのはやめてくれないか

――――いやです!ダートを極めるまでずっと付きまといます!

 

 今目の前にいるウマ娘は過去の自分だった。

 アブクマポーロはダートを裏切ったカスだ。それは紛れもない事実だ。だが一緒に過ごして学んだことは有益であり、何より志を同じくする同志として過ごした日々は楽しかった。

 あたしはアブクマポーロとは違う、ダートを裏切ることはない。そして目の前のウマ娘に自分と同じおもいを味あわせることは断じてない。このウマ娘がダートを裏切るまで付き合ってやるか。

 

「おい、とりあえずあたしの荷物を持て」

「それは弟子入りしていいってことですか!?」

「勝手にしろ」

「ありがとうございます」

 

 セイシンフブキはウマ娘の前に荷物を置いて駅に向かって歩いていく。するとウマ娘は嬉しそうに目を輝かせ荷物を持ちセイシンフブキの後を追った。

 

「そういえばお前名前は?」

「はい、アジュディミツオーです!」

 

 

「意外な展開に出くわしたな」

「全くだ。これは予想できなかった」

 

アブクマポーロとコンサートガールは一連のやり取りを一部始終見ていた。

 

「これでフブキも少しは救われるかな」

 

 アブクマポーロはコンサートガールに聞こえないように呟いた。

 セイシンフブキの深いダートへの想いと誇りは彼女を孤独にさせた。深すぎる愛と高すぎる誇りは誰にも理解されず周りから人が離れていく。

 だがこうしてセイシンフブキの走りに感化されダートプロフェッショナルへの道を志した若者が現れる。これで一人でなくなった。

 

 コンサートガールはこう言った

――――もっと夢のためとか、仲間のためとか明るい要素を持って走れないのかよ。

 

 今のセイシンフブキは芝への憎しみで走っている。だがいずれアジュディミツオーの存在がそれを変えてくる。今後芝ウマ娘がダートに挑んできても憎しみではなく、アジュディミツオーが憧れたダートの地位を高めるために、弟子にカッコ悪い姿を見せたくないと考えながら走るだろう。かつての自分のように。

 この出来事によってセイシンフブキは弱くなってしまうかもしれない。だがコンサートガールの言うように憎しみを抱えて走るより良いはずだ、むしろアブクマポーロはそうあって欲しかった。

 

「コンサートガール、この後どこかで飲もうか?」

「いいね。どうせお前が喋って私が聞き役になるんだろうけど。それで今日は何を喋るつもりだ」

「ダートのあり方、ダート界の今後の未来と展望、そしてフブキの新しい門出を祝して」

 

アブクマポーロは微笑し、コンサートガールはニカっと笑う。二人は夜の府中の街に消えていった。

 

フェブラリーステークス 東京レース場 ダート1600メートル

着順    名前       着差     人気

 

1   アグネスデジタル          1

 

2  地 セイシンフブキ    クビ    4

 

3  地 ヒガシノコウテイ   ハナ    6

 

4   ノボトゥルー      2     2

 

5  トゥザヴィクトリー    1/2     3

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 フェブラリーステークスから数日後。

 トレーナーは自室で自分のノートPCの電源を入れてメールを立ち上げる。トレセン学園に向かう前に新着メールを確認するのは日々の日課だ。だが毎日メールが何通も来るわけではなく、時々中央ウマ娘協会や雑誌の取材依頼のメールが来るぐらいだ。

 すると一件新着メールが来ていた。件名が英語で書かれており、少しばかり翻訳するのに苦戦しながらもメールを読み終え安堵の息を吐いた。

確率としてはほぼ100%とは思っていたがイチャモンをつけられて弾かれる可能性を危惧していた。だがそれは杞憂だったようだ。

 端的に言うとメールにはこう書かれていた

 

―――アグネスデジタル選手をドバイワールドカップに招待いたします

 

アグネスデジタル、ドバイワールドカップ出走決定

 

 




以上でフェブラリー編は終了になります。

今回は地方対中央、ダート対芝をコンセプトをテーマにして書きました。
地方も中央も芝もダートも走ったアグネスデジタルだからこそのテーマだったと思います。

地方はみどりのマキバオーのサトミアマゾン、ダートについてはたいようのマキバオーのアマゾンスピリットを大いに参考にさせてもらいました。
サトミアマゾンもアマゾンスピリットも本当にかっこいいですよね。

日本ダービーでのアマゾンの「勝負から逃げるなんてそれ以下じゃねえか!」のくだりはかっこよすぎて丸パクリしようかと思いましたが、友人にそれはやりすぎと言われ自重しました。
そしてアマゾンスピリットの「オレたちはオレたちの頂点決めんだろうが!」のくだりのセリフはダートプロフェッショナルとしての誇りを感じる熱いセリフです!

そしてデジタルはいよいよドバイへ!
ドバイ編も現実のドバイミーティングに間に合うようにと書いています

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