勇者の記録   作:白井最強

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ここからIF要素が入っていきます


勇者のサブクエスト#1

 チームプレアデスのチームルーム内でカメラのフラッシュが炊かれ、シャッター音が響き渡る。そしてカメラの先の被写体はアグネスデジタルだった。服装はトレセン学園の制服でもなく、普段のトレーニングウェアでもなく、GIレースの際に使用する勝負服を着装していた。そして左手にはUAEの国旗がついたフラッグを持ちカメラから背を向けている。その後ろ姿をチームプレアデスのメンバーである、フェラーリピサが写真に納めていく

 

「ねえピサちゃん、なんで写真撮ってるの?というより何に使うの?」

「時期に分かる。それよりもっと背筋伸ばして胸を張る感じで」

 

 デジタルは言われたとおり背筋を伸ばすと、後ろから数回ほどシャッター音が鳴った。

 フェブラリーステークスが終わり、休息期間が終えてからのトレーニング開始日。デジタルの携帯電話に通知が届く、チームプレアデスのグループラインでチームメンバーから「放課後勝負服を持ってチームルームに集合」というメッセージが送られてきた。勝負服はGIレースに着る以外は使う事が無いもので、何に使用するのかといぶかしみながらもバッグに服を入れてチームルームに行く。すると勝負服に着替えさせられ写真を撮られていた。

 

「よし、こんなもんか。もう終わったから振り向いて良いよ」

 

 フェラーリピサの指示にデジタルはポーズを解き振り向く、目線の先にはフェラーリピサと話しているチームメイトのライブコンサートが居た。

 

「ピサちゃんにライブちゃんその写真を何に使うか教えてよ。被写体としての権利的な何かで知る権利があると思うんだけど」

「なにそのフワッとした言葉は?まあ悪用しないし楽しみにしておいて」

 

 デジタルの言葉にお茶を濁す。トレーナーなら知っているかと問いただすがトレーナーも知らなかった。まあなんに使うか知らないが言葉通り悪用されることはないだろう。デジタルは僅かしの不安と大きな期待を抱きながら勝負服からトレーニングウェアに着替えてトレーニングの準備を始めた。

 

 

 季節は3月になり暦上春を迎えるが冬の寒さは一向に衰えず、大半の木々花々は寒さにより花は咲いていない。そんななかで梅はちょうど開花時期を向かえ白や薄桃色の花が咲き、冬のコートを着て寒さを凌ぎながらトレセン学園に登校するアグネスデジタルとエイシンプレストンの目を奪う。

 

 チームルームで写真を撮られた数日後経つがこれといった出来事は起きておらず。デジタルの頭の中から写真を撮られた記憶は薄れ始めていた。

 下駄箱につき室内履きに履き替え教室に向かう。それがいつもの行動パターンであるがプレストンの手が止まる。

 

「なにあれ?」

 

 プレストンは階段近くに貼られている掲示物に目を凝らす。

 階段近くには掲示板のようなものが設けられており、チームの勧誘ポスターや学園行事の報せなど様々なものが掲示されている。その場所には貼られているポスターには見慣れたものが映っていた。あの色合いの勝負服にあの姿はデジタルだ。そのデジタルが写っているポスターに文字が書かれている。 プレストンの視力では下駄箱からでは文字が読み取れない、室内履きに着替えポスターに近づくとその詳細が明らかになる。

 

 ポスターにはデジタルがGIレースで走っている姿が正面から写っている。レース中かゲートに向かう前かは分からないが、普段の生活の時とは違う真剣みある表情を見せている。その写真も良いものだったが印象に残ったのは文字のほうだった。

 

――――真の勇者は、戦場を選ばない

 

 2つの国に10にも及ぶレース場を駆け巡り獲得してきたタイトルのバリエーションは、どんな名ウマ娘の追随を許さない。

 芝とダートの垣根を、そして国境さえも乗り越えて、チャンピオンフラッグをはためかせてきた勇者。貴女が刻んだ空前の軌跡、そのひとつひとつが永遠に輝く。

 

「へえ、かっこいいじゃない」

 

 プレストンは思わず感嘆の声を漏らした。 キャッチフレーズの真の勇者は、戦場を選ばないという言葉が良い。 ありとあらゆる状況場所でも戦い抜くという力強さと誇り高さのようなものを感じられる。 戦場を選ばないという言葉はデジタルの為にある言葉なのかもしれない。

 

ダート、芝、地方、中央、海外、右回り、左回り、

 

 それらの要素関係なくレースを走り勝利してきた。ここまでのバリエーションで勝ったウマ娘は記憶に無い。その未開のローテションを歩み切り開いた姿は勇者と言っていいかもしれない。

 

(けど、勇者ねえ)

 

プレストンは勇者と称された友人を見る。 勇者という単語を聞いて想像したのが世界的に有名なゲームの主人公の姿だ。勇ましく凛々しくたくましい正面切って戦い仲間を守る前衛タイプでありパーティーの中心人物。ウマ娘ならシンボリルドルフやナリタブライアンなどのイメージがあるが、デジタルにそのようなイメージはない。

 レースではそうかもしれないが、普段の生活で見る姿はウマ娘が好きという欲望に忠実でウマ娘のことを考えてグフフフと笑っている印象が強く、とても凛々しく勇ましいとは思えない。ゲームで例えるなら遊び人、よくて魔法使いといった後衛タイプだ。

 

「プレちゃんどうしたのって……何これ!?」

 

 プレストンの後を追ったデジタルもこのポスターに気づき感嘆の声を上げる。

 

「誰が作ったか知らないけど、かっこいいじゃない勇者様」

「勇者なんてこそばゆいな、あっもう1つポスターがある」

 

 このポスターに気を取られて気付かなかったが、もう一つポスターが掲示されていた。これもデジタルが写っていた。

 

 背景は暗く月があることから夜にとったのだろう。それに足元は砂だ。砂漠か何かで撮ったのか?そして中央には勝負服を着たデジタルの後ろ姿が写っていた。左手側には5本のフラッグが砂に突き刺さりはためいている。右手にはUAEのフラッグを持っている。そして「勇者約束の地へ」という文字が記されており、その下にドバイワールドカップの日本時間での日時が記されていた。

 

「どう私たちのヒロイン列伝風ポスター?手前味噌だけどかっこいいでしょう」

「あっ。ピサちゃんにライブちゃん。二人がこれ作ったの?」

「そう。うん。我ながらよくできている」

 

 デジタルが振り向くとそこにはチームメイトのフェラーリピサとライブコンサートが居て自慢げに胸を張っていた。

 

「デジタルがフェブラリーに勝って祝勝会やった後風呂場でもしデジタルのヒロイン列伝ポスターが作られたらどんなものになるだろうって考えていたの」

 

 ヒロイン列伝ポスターとは素晴らしい成績や人気があったウマ娘達の功績を称えて作成される。初代3冠ウマ娘セントライト、2代目3冠ウマ娘シンザン、稀代のアイドルウマ娘オグリキャップなどの偉大なウマ娘のポスターが作られていた。

 

「それで頭のなかで『真の勇者は、戦場を選ばない』ってキャッチフレーズを思いついたの。いや~我ながら良いキャッチフレーズだ。で、創作意欲がムンムン湧いて私とピサでデザインや紹介文的なものを考えて作ったわけ」

「本当にかっこいい。デジタルには勿体無いぐらい」

 

 プレストンの混じりっけのない賞賛の言葉を送り、二人は満更でもないという表情を見せ、さらに胸を張った。

 

「それでこの後ろ姿のあたしのポスターがチームルームで撮ったやつか、でも風景違わない?」

「それは加工した。ドバイワールドカップだから夜の砂漠を風景にしたの」

「そして左の5本の旗はデジタルが勝ったGIで右手のフラッグはドバイワールドカップをとるというのは表現したのかな?列伝風ポスターの文に合わせた感じ?」

 

 プレストンの解釈の答えにフェラーリピサが頷く。まさにプレストンが言ったとおりだった。

 

「それでこれはどういうポスター?」

「これは宣伝ポスターかな。これでデジタルがドバイワールドカップに出ることを知ってもらえるし。この2つは学園中に貼っておいたから。これで有名人だ」

 

 ライブコンサートとフェラーリピサはデジタルに向けて親指を立て、それに対しデジタルは少し恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「しかし、そんなに貼っていいの?」

「サイレンススズカが復帰戦やるときだってスピカのメンバーが告知ポスター貼っていた話でしょ、こっちだって貼っていいでしょ」

 

 プレストンは公共のスペースを独占する事に難色を示したが、フェラーリピサとライブコンサートは平然と答える。前例があるのならやってもかまわないという考えだった。

 

「ありがとうフェラーリちゃん!ライブちゃん!こんなかっこいいポスター作ってくれて凄く嬉しい!」

 

 デジタルは二人に満面の笑みを浮かべながら手を握ってブンブンと上下に振り回す。その笑みに二人は苦労が報われたような気がしていた。

 

「ねえデジタル、このポスターを作ったのはネットとかで話題になって私達の承認欲求が満たされればな~とかいう考えもあるんだけどさ。それにアンタのことをもっと知ってもらいから作ったの」

「GI4連勝ってだけで凄いのにさ、南部杯、天皇賞秋、香港カップ、フェブラリーステークスって地方ダート、中央芝、海外芝、中央ダートってめちゃくちゃなローテで勝っちゃうんだから、もう凄いを通り越して笑っちゃうよ」

 

 フェラーリピサとライブコンサートはお互い顔を見合わせて思わず笑みをこぼす。

 

 最近のウマ娘はダートのスペシャリスト、マイルのスペシャリスト、中距離のスペシャリストとそれぞれのテリトリーで走り専門性が高まっている。それだけにそれぞれのテリトリーのレベルは高くなっていることを二人は実感していた。だがデジタルはそのテリトリーにあっさり入っていき、その分野のレースに勝っていく。

 その凄さと異能さはレースに走るウマ娘であるからこそ理解できる。この成績は世間が思っている以上に難易度が高い、だがそれに対してデジタルへの評価は高くないと感じていた。

 

ーーーそれはおかしい、我がチームの勇者は凄い!

 

 ならばデジタルの知名度を上がればこの偉業への評価も変わってくるだろうと考え、その一環としてポスターを作ったのだった。

 

「単純に言えばさ、三冠ウマ娘は数人居るけどこのローテを全部勝ったウマ娘はデジタル以外ゼロでしょ。ということは三冠ウマ娘より凄いってことじゃない」

「確かに、そしたら国民栄誉賞もらえるかも。デジタル選手、国民栄誉賞をもらっての感想をお願いします」

 

 二人は突如リポーターの真似をすると、デジタルもそのノリに応じてインタビューに答えてふざけあう。

 

「でも待って、三冠に挑んだウマ娘はそれこそ数百数千いるけど、デジタルのローテに挑んだのは恐らくゼロ。分母の数が違いすぎるから比較できないんじゃない」

「言われてみるとそうだ」

「それにこの走りも変態、性根も変態のウマ娘を公共の電波に出したら放送事故になるか」

「放送事故ってそれ酷くない!」

 

 プレストンの意見にフェラーリピサとライブコンサートは自分の考えを改める。それに 抗議するデジタルの様子に三人は思わず笑う。そして四人は暫く談笑すると教室に向かった。

 

 フェラーリピサとライブコンサートが作ったポスターは多くの学園にいるウマ娘の目に触れられることになる。作ったポスターをネット上にあげるとデザインの良さは話題になり、特に列伝風ポスターは大きな反響を呼ぶ。そしてデジタルの引退後二人が作ったものが正式にヒロイン列伝に採用されることになったのは後の話である。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 白く塗装された壁は若干黒ずみ、床も所々汚れが目立っている。これは掃除をしていないというわけでもなく、長年使用され続けたことにより生じたもので業者を呼ばなければとれないレベルになっていた。だが業者を呼ぶ金もなく、使用するのに支障はないと放置されている。そして部屋の中央には安い木の長机と7人分のパイプ椅子があった。そのパイプイスに二人のウマ娘が座り、机にスクールバッグを置いた。

 

 一人は栗毛のツインテールを赤いリボンでまとめたウマ娘、もう一人は鹿毛の髪に一部が白色のウマ娘だ。栗毛がダイワスカーレット、鹿毛がウオッカ。チームスピカのメンバーである。

 

「そういえばあのポスター見た?」

「見た。オレもGI勝ちまくってかっこいいポスター作られてえな」

 

 二人は今日目撃したアグネスデジタルのポスターを話題にする。ライブコンサートとフェラーリピサが学園中に貼ったというだけあって学年が違う二人の目にも止まっていた。

 

「特にあの『真の勇者、戦場を選ばない』ってキャッチコピーが痺れるぜ、なあスカーレット、もしポスター作られるならどんなキャッチコピーにする?」

「そうね『明日も、緋色の風が吹く』なんてどう?」

「おっ、スカーレットにしてはまあまだな」

「何よ、まあまあって!じゃあウオッカは何にするの?」

「オレは『その強さに、心酔』だな、どうだカッコいいだろう!」

「アンタにしてはまあまあね。どうせキャッチコピー負けしそうだけど」

「なんだと!」

 

 お互いイスから立ち上がり机をはさんで手四つの状態になる。これは本気で争っているわけではない。お互いライバル視しているが故にこのような小競り合いはしょっちゅうである。

 

「あたしは『史上最強ゴルシちゃん』だな」

「何ですかその恥ずかしいキャッチコピーは」

 

 すると二人の葦毛のウマ娘がチームルームに入室する。ゴールドシップとメジロマックイーンである。二人もスカーレットとウオッカの小競り合いを見ながら同じようにパイプイスに座りスクールバッグを机に置いた。

 

「じゃあマックイーンは何にするよ?」

「そうですわね。『メジロの誇りを胸に優雅に舞う』かしら」

「だっせ」

 

 ゴールドシップはマックイーンの言葉を一言で切り捨てる。マックイーンもこいつには言われたくないと掴みかかりそうになるが懸命に抑える。

 

「みんな盛り上がっているみたいだけど、何話しているの?」

 

 チームルームに鹿毛の髪の小柄なウマ娘が明朗な声を発しながら入室する。彼女はトウカイテイオーである。テイオーはイスに座ると会話の輪に入っていく。その明るい雰囲気にマックイーンは毒気が抜かれゴールドシップに対する怒りは失せていた。

 

「ごきげんようテイオー、もしヒロイン列伝を作られるならどのようなキャッチコピーにするかという話題ですわ」

「僕なら『帝王は皇帝を超えた』だね!絶対会長と同じように、いやそれ以上のウマ娘になるんだ!」

「じつにテイオーらしい回答ですわ」

 

 トウカイテイオーは鼻息荒く高らかに宣言する。マックイーンはその言葉に予想通りといった表情を見せる。テイオーがシンボリルドルフに強い憧れを抱いているのは公認の事実であった。

 

「お疲れ様です!」

「お疲れ様です」

 

 さらに二人のウマ娘が入ってくる。元気よくあいさつしたウマ娘がスペシャルウィーク、物静かにあいさつしたのがサイレンススズカである。二人が入室すると部屋にいた5人の話題はスペシャルウィークとサイレンススズカのキャッチコピーの話題になっていた。

 

「スペ先輩につけるなら何だろう?」

「これなんてどうだ『王道を歩み続ける強さ』」

「いいじゃん。スペちゃんはクラシックと古ウマ娘中長距離王道を皆勤して好成績を収めてたもんね」

「じゃあスズカ先輩は?」

「『異次元の逃亡者』とか『スピードの向こう側の住人』とかどうかしら」

 

 5人は話に熱中するなかスペシャルウィークとサイレンススズカはその様子を眺めていた。

 

「何の話をしているかわかりませんが皆楽しそうです」

「そうねスペちゃん。でもチームルームで皆のやりとりを見ていると落ち着くわね」

「はい、心がポカポカします」

 

 チームメイト達が賑やかに喋る光景、それは日常でありとても心地いいものだった。そしてチームメイト達は家族のような存在だった。

 

「そういえばスペちゃんの次走は何?やっぱり王道路線の大阪杯?それだと一緒に走れるわね」

「えっと……その……」

 

 スズカの言葉にスペシャルウィークは口ごもる。その様子をいぶかしんでいると、またまたチームルームに入室してきた。

 

「楽しそうにお喋りするのもいいが、練習の準備を始めろよ」

 

 入室してきた人物は黄色のシャツを着た男性である。彼はスペシャルウィーク達が所属しているチームスピカのトレーナーだ。

 

「まあ全員揃っているなら丁度良い、今後の日程について話すぞ」

 

トレーナーはホワイトボードを皆の中心に持ってくるとボードに書き始め、全員がボードに視線を向ける

 

 

「まずはスカーレットとウオッカはクラシック路線でチューリップ賞から桜花賞と考えている。まあ王道路線だな」

「おいスカーレット、別にチューリップ賞じゃなくてフリーズレビューやフラワーカップに回避してもいいんだぞ。チューリップ賞でぶっちぎりで勝って格付けを済ませるのも可哀想だし桜花賞まで待ってやるよ」

「冗談!逃げるのはアンタよ!」

「やる気があるのはいいがレースにとっておけよ」

 

 二人は額を合わせながらにらみ合いを開始するがいつも通りとトレーナーは二人の間に割って入り淡々と処理する。

 

「そしてゴルシとマックイーンは阪神大賞典から天皇賞春のローテだ」

「楽勝だな、軽くとってやる」

「させません。再び盾をメジロ家に持ち帰ってみせますわ」

 

 ゴールドシップは挑発的にマックイーンに話しかけるが、それに応じることなく冷静に受け流す。

 

「それで今年からGIになった大阪杯にはスズカとテイオーが出る」

「悪いけど会長に並ぶ為に勝たせてもらうよ」

「私も負けません」

 

 テイオーの不敵な笑みに、サイレンススズカも同じような笑みを見せた。

 

「あれ?スペちゃんは?阪神大賞典にも大阪杯にも出ないの?じゃあ日経賞?」

「いや、そのどれでもない。スペ、オファーが受諾されたぞ」

「はい」

 

 トレーナーの言葉に頷く、その声の声色と所作は力強く何か決意を秘めているようだった。

 

「スペの次走は、ドバイの芝2400のドバイシーマだ」

 

トレーナーの声に一同は驚きの声を上げる。

 

「どういうことスペちゃん!?」

「スペ先輩ついに海外デビューですか!?」

「マジっすかスペ先輩!?」

「お土産はラクダでいいぞスペ」

 

 矢継ぎ早に質問を受けその勢いと数の多さはスペシャルウィークの処理能力を上回り、質問に答えられず気圧されていた。

 

 そしてサイレンススズカは困惑の表情を向けていた。質問に対する歯切れの悪さはこのことだったのか。大阪杯というGIの舞台で、親しいルームメイトと一緒に走れることを楽しみにしていただけに落胆は大きかった。するとトレーナーが間に入ってくれたおかげで質問攻めから逃れたスペシャルウィークはサイレンスズカに向けて頭を下げる。

 

「ごめんなさいスズカさん。黙って次のレースを決めてしまって。本当はスズカさんと走りたいです。でもそれ以上に強くなってスズカさんに勝ちたいんです。ですからもっと強くなる為にはとトレーナーさんと相談して、海外で走ることに決めました」

 

 真剣に話すスペシャルウィークが発するシリアスな雰囲気に、さきほどまでの賑やかな空気は鳴りを潜めていた 。

 サイレンスズカはそのスペシャルウィークの姿を黙って見つめる。強くなる為に海外で走る。その感覚はサイレンススズカには理解できるものであった。以前アメリカに長期遠征をしたが、未知の環境で走る事で心身ともに強くなれたという感覚を抱いていた。

 スペシャルウィークが己に勝つために鍛え牙を研ごうとしていることは複雑な気持ちでもあった。親しい友人が牙をむこうとしていることへの悲しさ。だがそれ以上に嬉しくもあった。スペシャルウィークは大切な友人でもありそしてライバルでもあると思っている。そのライバル全力で挑もうとしている。

 

「わかったわスペちゃん。ドバイのレース頑張ってね」

「はい!頑張ります!」

 

 サイレンススズカは頭を下げ続けるスペシャルウィークの肩に手をそっと置き、優しく語りかける。スペシャルウィークは嬉しそうに返事をした。

 

「え~スペちゃんは大阪杯で僕と走りたくはないってこと」

「いや……そういうわけではなくて……」

「いいよ、スペちゃんがスズカのことが大好きだってことは知っているし、そのかわり宝塚で走ろうよ。ぶっちぎってあげるから!」

「いいえ、大阪杯も宝塚も私が勝ちます」

「よ~し、じゃあオレも桜花賞とオークス勝って宝塚に出る」

「は?何言っているの!私が桜花賞とオークスに勝って出るのよ」

「宝塚の優勝レイもメジロ家に持ち帰りますわ」

「なあスペ。ラクダの唾液には日焼け効果が有るらしいぞ」

 

 重苦しい空気は一転していつもどおりの賑やかな空気に戻っていく。トレーナーはそれを満足げに眺めていた。そして賑わいのなかふとゴールドシップが呟く。

 

「おいスペ、お前ドバイに行くってことはあのド変態と一緒ってことじゃねえか、あれだよ、あれ。ポスターに貼られていた」

「アグネスデジタル?」

「そう、それだよ」

 

マックイーンの言葉にゴールドシップは手を叩き頷いた。

 

 

 スペシャルウィークのアグネスデジタルへの印象で一番強いのは去年の天皇賞秋のレースだった。直線で一人大外に出して埓沿いを走りテイエムオペラオーとメイショウドトウを撫で切ったあのレース。鼻血を出しながら何とも楽しそうに走るその姿は印象に残っている。

 

「でもポスターに勇者なんて書かれている人が変態?そんなわけねえだろ」

「勇者と変態なんて真逆じゃない」

 

 ウオッカとダイワスカーレットがゴールドシップの言葉に反論し、スペシャルウィークも内心で頷く。ポスターで見た表情は引き締まっており、自身のイメージの挙動不審で緩んでいる感じの変態像とはかけ離れていた。

 

「まあ聞け、アグネスデジタルはうちのトレーナーみたいにふくらはぎや太ももを触るなんて変態初心者とはレベルが違うらしいぞ」

「おいゴルシ、俺は変態じゃない」

「女の子の体を無断で触る奴のどこが変態じゃないんだ」

 

 ゴールドシップの言葉に一同はトレーナー方向を向き視線で肯定する。トレーナーも否定しようとしたが事実であるがゆえに反論できない。そして話を続ける。

 

「奴は視姦してくる。じっくり舐めまわすように見つめ、その視線の気色悪さで精神がやられちまうんだ。そのせいでウラガブラックも休養に追い込まれ、香港で走った奴はトラウマを植えつけられ引退に追い込まれたとか」

「まじかよ…」

「スペちゃんドバイ行くのやめたほうがいいよ……」

 

 ゴールドシップの言葉を聞きスペシャルウィークとトウカイテイオーとウオッカは思わず唾を飲む。なんという悪魔的所業。そんな危険人物が野放しになっていることに恐怖を感じていた。 今言ったゴールドシップの言葉の情報ソースはネットでおもしろおかしく書かれたことや、日付しか合っていないと揶揄されるスポーツ新聞から得たものであり、事実無根である。

 少し冷静に考えればそんなことはないと分かるはずだが、ゴールドシップのその場を見てきたかのようなリアリティがある口調はよく言えば純粋、悪く言えば猜疑心が足りないスペシャルウィーク、そして物事を深く考えないウオッカとトウカイテイオーを信じさせるには充分な効果を発揮していた。

 

一方サイレンススズカとメジロマックイーンとダイワスカーレットのスピカの中では比較的に思慮深いメンバーはその言葉を眉唾だと言わんばかりに疑いの目を向けていた。

 

「そんなわけないでしょウオッカ、そんなの誰かが面白おかしく言っているだけでしょ」

「でも最近廊下でグフフフって気味悪い笑い方奴がいたじゃん。そういえばあれ思い出してみるとアグネスデジタルだったぞ」

 

 ダイワスカーレットはウオッカの言葉を頼りに記憶を遡る。あのグフフフと気色悪い笑みと笑い声をあげていたウマ娘。すれ違った瞬間悪寒が走ったのをよく覚えている。そういえばピンクの髪に赤いリボンだった。その姿は今日見たポスターのアグネスデジタルの姿だった。それだったら変態と言われていても頷ける。

 ちなみにダイワスカーレットとウオッカが見た光景はデジタルがサキーのことを考えて妄想し思わず笑みを浮かべた光景だった。

 

「スペ先輩!あの人に関わったらダメです!ドバイ行くのやめましょう!」

「どうしたのですスカーレット、貴女あの与太話を信じるのですか?」

「嘘じゃない本当なの!」

 

 ダイワスカーレットは突如怯えるようにしてスペシャルウィークに怯えながら辞退を勧めるその変化にメジロマックイーンとサイレンススズカは思わずお互いの顔を見る。あの三人なら兎も角ダイワスカーレットが信じるなら本当なのか?二人のなかでゴールドシップの与太話に信憑性が帯び始めていた。するとメジロマックイーンはあることを思い出す。

 

「そういえば聞いたことがありますわ。アグネスデジタルは天皇賞秋の時にテイエムオペラオーとメイショウドトウのイメージ像を脳内で作り上げて走り、あまりに精巧過ぎてゴールを通過しても自身が一着ではなく先に走っていたイメージ像のテイエムオペラオーとメイショウドトウが一着と二着で自分は三着だと言っていたと」

「まじかよ…クスリでもやってるんじゃねえの?」

「ウマ娘協会はドーピングをちゃんとやっていないんじゃない?」

「病院行ったほうがいいよそれ」

 

 メジロマックイーンの言葉に一同は震え上がり、話のきっかけを作ったゴールドシップすら引いていた。この瞬間スピカのなかでアグネスデジタルは変態のヤバイ奴という認識になった

 

「スペちゃん、ドバイに行くのやめましょう」

「だだだ大丈夫ですスズカさん!私は海外に行って強くなります!」

「スペ先輩めっちゃ震えているじゃないですか!?」

「これは……武者震いです!」

「アグネスデジタルと二人きりのスペ、その舐め回すような視線がスペを襲う……」

「おやめなさいゴールドシップさん。スペシャルウィークさんの震えがさらに増していますわ」

「いい加減にしろ!」

 

 スピカのメンバーが騒ぐなかトレーナーが少し声を張り上げる。その声でメンバーは話をやめ静かになる。それを見計らって話し始める。

 

「そんなのデタラメに決まっているだろ。なんだよ変態過ぎて再起不能になるって、白さんが育てたウマ娘がそんなド変態なわけがないだろう。どうせゴルシがテキトーな情報を掴んだだけだ」

「おお、変態がド変態を庇っている」

「うるさいぞゴルシ、それより早く練習に行った行った」

 

 トレーナーはメンバーの背中を押しチームルームから退出させようとし、それに応じるように退出していく。

 

「全く。仮にアグネスデジタルがド変態だとしても、あの白さんがそんなド変態を野放しにするわけないだろ。ないよな……」

 

 トレーナーは携帯端末を取り出し、アグネスデジタルが所属しているチームプレアデスの予定を確認する。

 

「そんなわけはないが、そんなわけはないが……確認するにこしたことはないよな」

 

 トレーナーはチームルームから出ると自転車に乗りチームプレアデスが練習している場所に向かってペダルを漕ぎ始めた。




JRAのヒーロー列伝かっこいいですよね。
特にキャッチコピーはどれも素晴らしく、見たことない方は是非見ていただきたい。

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