いざドバイへ!
「しかし昨日は驚いたわね。まさかテイエムオペラオーさんとメイショウドトウさんがトレーニングに参加しているなんて」
「ああ、思わず2度見しちまったよ」
ウオッカとダイワスカレートは授業が終わりチームルームでトレーニングウェアに着替えている最中昨日のことを振り返っていた。
2人がポリトラックコースに移動している最中にウッドチップコースでテイエムオペラオーとメイショウドトウが準備運動をしている姿を目撃していた。
引退したウマ娘が健康や美容のため、または普段の習慣が抜け切らないからとトレーニングすることは多々ある。
だがそれらのウマ娘は暗黙のルールとしてトレセン学園の施設は使わず施設外で行うことになっている。
施設はレースに本気で走る現役が使うものであり、真剣勝負をすることがない者は使うべきではないという一種の敬意から暗黙のルールに従っていた。
2人もその暗黙のルールは知っており、それを破るということは余程のことであると思っていた。
「しかもレース前さながらの気迫とスピードだったらいしいわよ。見ていた娘も『あれほど走れて何で引退したんだろう』って言っていたわ」
「マジかよ、見たかったな~」
ウオッカは残念そうに呟く。オペラオーとドトウの走る姿を見たいという思いに駆られたが、クラシックの1つである桜花賞に勝つために、目の前に居るライバルに勝つために油を売っている暇は無いと泣く泣く自分のトレーニングを優先したのだった。
「しかしあのアグネスデジタルと一緒にトレーニングに参加してなんて3人は仲が良かったんだな」
「テイエムオペラオーさんは極度のナルシストだし、あの変態と仲が良いということは相当の変人なのかもね、でもメイショウドトウさんは何で仲が良いんだろう?ちょっと引っ込み思案そうな普通の人だと思っていたけど……」
「それはドトウがドMだからだよ」
2人は後ろを振り向く、そこにはゴールドシップの姿があった。
「ゴールドシップ!?どこから話を聞いていたの?それにドMってどういうこと」
「最初から。現役時代はオペラオーに何度何度も負けて、バッキバキに心折られているはずなのに何度も挑むなんてドMだろ。きっと夜な夜なデジタルとオペラオーに責められて悦んでるんだ」
2人はゴールドシップの言葉からボンテージに鞭を持った典型的なS嬢スタイルのオペラオーとデジタルに鞭を振るわれて悦ぶドトウの姿をイメージしていた。
普通ならこの名誉毀損に値するような憶測は即否定されるのだが、アグネスデジタルを変態と見抜いたゴールドシップの洞察力にある程度の信頼を置いており、この言葉は真実になっていた。
無論メイショウドトウの名誉のためにゴールドシップの言葉は全くのデタラメであると明記しておく。
「変態にナルシストのSにドMか。ある意味お似合いかもな」
「アグネスデジタルは勿論だけど、この2人にも近づかないほうがいいかもね。よしトレーニングにいきましょ。今日もチューリップ賞のように完封してあげるわ」
「あれはスカーレットに花を持たせただけだ。本番はそうはいかねえからな」
いつものように言い争いをしながらコースに向かう。こうしてゴールドシップの手によって誤った結論にたどり着いてしまった。
----------------------------
3月の4週目のある日、桜の開花が近づくにつれ気温は温かくなり、晴れということもあって絶好のトレーニング日和だった。
「みんな順調そうだな」
チームスピカのトレーナーはコースで走るスピカのメンバーの様子を見つめながら思わず呟く。陽気のせいか声の調子が明るい。
チームスピカのメンバーのレースは続く。先々週はウオッカとスカーレットがクラシックの前哨戦のチューリップ賞を走りスカーレットに軍配が上がった。
レース後にウオッカは心底悔しがりスカーレットは勝ち誇った。だが2人はすぐに気持ちを切り替え本番の桜花賞に向けてトレーニングに励む。
メジロマックイーンとゴールドシップは今週阪神レース場芝3000メートルGⅡ阪神大賞典に出走予定である。
今年から4月の1週目でおこなわれていた阪神芝2000メートルGⅡ大阪杯がGⅠに昇格したことでメンバーが分散したが、それでも天皇賞春に向けての重要なステップレースであることは変わらず多くの強豪が集まっていた。
マックイーンはもちろんのこと気分屋のゴールドシップもそれなに真面目にトレーニングに励んでいた。だがあの気分屋のことだからレース当日、いや発走した瞬間やる気を無くすことがあるから油断なら無い。
次の週ではスペシャルウィークがドバイの芝2400メートルのドバイシーマクラシックに出走する。
自身が志願したレースだけあって気合も入っており調整も順調に進んでいる。あとは現地入りしてどれだけ今の好調をキープできるかだがそこは自分の腕次第だろう。
その次の週にはGⅠ大阪杯にトウカイテイオーとサイレンススズカが出走する。
「全く嬉しい悲鳴とはこのことかね」
トレーナーは嬉しさ8割気だるさ2割といった具合のため息をつく。
GⅠにベストの状態で迎えるための調整メニューの作成、GⅠに出てくるウマ娘のスカウティング、メンバー達の取材対応、やることは山積みで目が回るような忙しさだ。
その多忙な日々を送っていたせいか不健康な生活を送っており最近わき腹が頻繁に痛む。
本来なら病院に行くべきだがその時間が惜しい。幸いにも我慢できる痛みだ、一段落着いたら病院に行こう。
トレーナーはわき腹に手を当てながらメンバーの様子を観察する。
「スペちゃんはパスポートもう取ったの?」
トレーニングは小休止に入りコースの端で座りながら水分補給をしているスペシャルウィークにトウカイテイオーが近づき座り込む。
「はい。先週取って来ました」
「パスポートか、ボクも取ったほうがいいかも、いずれ会長と一緒に凱旋門賞を走るからね」
テイオーはこの予定は確定事項だと言わんばかりに自信満々に胸を張る。
するとスペシャルウィークの隣に座っていたサイレンススズカは笑い声が出ないように手で口を押さえながら2人から視線を逸らすように下を向く。
「ボクは可笑しい事言ったつもりはないんだけど」
テイオーはスズカの様子を見ており不機嫌そうに言い放ち、スズカは笑いを堪えながら謝罪する。
「ごめんなさいテイオー。別に貴女の事を笑ったわけじゃないの、ただパスポートの話でスペちゃんのことを思い出して……」
「あのことはもう忘れてくださいスズカさん!」
「何かあったの?」
恥ずかしそうに狼狽するスペシャルウィークに興味を示したのかテイオーはスズカに問いかけ、その質問に答えた。
思い出し笑いしていたのはパスポートに写るスペシャルウィークの写真のことだった。
普段では取材などで写真を撮られることに慣れているはずなのだが、海外で使う公的な身分証明書ということを妙に意識してしまい、写真を撮るたびに妙な顔になる。
その度に撮りなおし、四度目の試みでスペシャルウィークは諦め、その妙な顔の写真をパスポートに載せる。その顔写真がスズカの笑いのツボに入っていたのだった。
「へえ~じゃあ今晩部屋に行くからパスポート見せてよ」
「ダメです!」
テイオーがからかう様に言うとスペシャルウィークは力いっぱい拒否する。2人は暫くじゃれているとスズカが心配そうに声を掛ける。
「スペちゃん、本当に大丈夫?」
大丈夫という言葉は海外に行くのは大丈夫だという意味だった。
スペシャルウィークは北海道の田舎から東京のトレセン学園にやってきた。その際に北海道と東京のカルチャーショックに戸惑い馴れるのに時間が掛かっていた。
今回は海外だ、カルチャーショックの度合いはさらに上だろう。
UAEは中東にあり日本人にとってアメリカやヨーロッパと比べて馴染みが薄い。自分もアメリカに行ったときも戸惑ったので気持ちは理解でき、それだけに心配だった。
「そうですね。心配ないと言えば嘘になります。でもやることは日本に居たときと変わりません!どこで走ろうがレースはレースです!それに1週間程度ですから馴れなくても我慢できます!」
スペチャルウィークは力強く答えた。良い意味で開き直っている、これなら大丈夫そうだ。
「その意気よスペちゃん。それにトレーナーさんだって居るし大丈夫……」
スズカの笑顔は一変し、目を見開き動揺の表情を浮かべる。スペシャルウィークとテイオーも話の流れでトレーナーが出たので何気無く視線を向け、スズカと同じように動揺の表情を浮かべていた。
そこには地面に膝をつき脇腹を押さえ蹲るトレーナーがいた。3人は一斉にトレーナーの下に駆け寄り様子を伺う。トレーナーは脂汗を流し苦悶の表情を浮かべていた。
「お~い。何かあったか?」
すると3人の様子が気になったのか、別の場所で休んでいたウオッカ、スカーレット、マックイーン、ゴールドシップが駆け寄ってくる。
「みんな大変だよ!トレーナーがすごくお腹が痛そうで!」
「腹が痛い?どうせ下痢か何か…やべえなこれ」
ゴールドシップのにやけていた表情はトレーナーの様子を見て険しくなる。この痛がり様は冗談やドッキリではない。
「マックイーンとゴールドシップは養護教諭を呼んできて!」
「養護教諭?何だそれ?」
「保健の先生ですわ。行きますわよゴールドシップさん!」
「なら最初からそう言え!」
「スカーレットとウオッカは正門に、テイオーは裏門に向かって。そして救急車が来たらここまで誘導して!」
「わかった!」
スズカは迅速に判断し指示を出す。メンバーもトレーナーの容態の変化に動揺しながらも指示に従い行動に移す。
「スペちゃんは自分か私のでいいから携帯電話を持ってきて!」
「はははい!」
スペチャルウィークは全速力でチームルームに向かう。コース以外での全力疾走は足に負担もかかり行きかう人に接触すれば大事になるので非常に危険だ。だがそんなことは頭の中には全くなかった。
何が起こった?トレーナーは無事なのか?不安と困惑で頭の中がグチャグチャになりながらも、それらを断ち切るように全力で駆けてゆく。
───
制服に身を包んだスペシャルウィークは病院の受付で必要事項を記入し、バッチをつけて階段を上っていく。
足取りに迷いはない、向かっていく先はかつてサイレンススズカが怪我で療養していた病室のすぐ近くそばだ。何度も通った道のりであり体が覚えている。病室の前にたどり着き扉をノックする。
トレーナーが入院している病室はスズカとは違い大部屋だ。中は4床のベッドがあり、目を向けるとそれぞれお見舞いにきた友人や親族と談話をしている。他にはカーテンを閉めて様子がわからない入院患者もいる。それらの人の邪魔をしないよう音を極力たてないよう、ゆっくりとした足取りで病室の奥のベットに向かう。
「トレーナーさん起きてますか?」
スペシャルウィークはカーテン越しに小さな声量で声を掛けるとカーテンが開き病院着のトレーナーが姿を現した。
「おう、スペか。忙しい中わざわざ悪いな」
「トレーナーさん体の調子はどうですか?あと頼んでいた雑誌持って来ましたよ。あと、これは皆からのお見舞い品です」
「助かる。病院だと何もする事が無くて暇で暇で。ついこの間までは休みが欲しいと思っていたが、いざ休みがあるとそれはそれで微妙だな」
「わかります。私もインフルエンザで休んでいた時熱は下がっているのに、あと数日は大人しくしていろと言われてやることがなくて暇でした」
スペシャルウィークはトレーナーにウマ娘の専門雑誌数冊を手渡し、皆で金を出して買った花を花瓶に入れる。トレーナーの様子は普段と変わらない。そのことに胸をなでおろした。
トレーナーは救急車で病院に運びこまれ手術をおこなった。腹痛の原因は虫垂炎、一般的に盲腸として知られている病気だった。
その結果を聞いてスピカの面々は思わず安堵の息を漏らした。
スピカのなかでは盲腸は軽い病気という認識だった。もっと胃に穴が開いたなどの重い病気を想定していただけに拍子抜けな感が有り、ゴールドシップにいたっては『盲腸ぐらいで倒れるなよ、ビビらせやがって』と悪態をついていた。
そして手術から数日後、最初はスピカ全員で見舞いに行く予定だったが、喧しいのとレースに向けてトレーニングに励めというトレーナーの指示を受け、代表者1人が行く事になりくじ引きの結果スペシャルウィークが行く事になった。
「もうお腹は大丈夫なんですか?」
「ああ、痛みはほぼない」
「よかった。それでいつ退院できるんですか?」
「1週間後だ」
「1週間後ですか。それじゃあドバイ入りはレース直前ですね」
「そのことで提案、いやお願いがある」
トレーナーは切り出しづらそうに口を開く、スペシャルウィークはその瞬間察する。
これは自分にとって良くないお願いだ。唾を飲みこみどのような事を聞いても動揺しないように体を緊張させる。
「俺は直前に現地入りするが、スペは1週間前に現地入りして欲しい」
スペシャルウィークはトレーナーの言葉を聞いてから数秒後顔を引き攣らせた。この言葉の意味はUAEで数日間たった1人で過ごし、レースに向けて調整しろということだった。
「私もトレーナーさんと一緒に現地入りじゃあダメなんですか?」
「初めての海外でのレースだ、現地になれるためには1週間前には着いていてもらいたい。直前に現地入りすることになればドタバタして慣れる時間が足りない」
「退院を早める事はできないんですか?」
「俺も何度も頼んだが、最低でも1週間は入院しろの1点張りだ」
懸命に食い下がり代案を出すがすべて却下される。スズカには日本でも海外でもやることは変わらないと強気の発言をしたが、それはある意味虚勢だった。
初めての海外でのレースということで不安が一杯だった。だが信頼できるトレーナーが一緒にいるなら大丈夫と自分を奮い立たせていた。だがその前提条件は崩れた。
「もし、それが嫌ならドバイは回避して大阪杯に出走してもかまわない。今ならまだ間に合う」
トレーナーの言葉に心が揺らぐ、大阪杯なら異国での不安やストレスを抱えることなく気楽に走れる。
そして走る相手にはトウカイテイオーが居る。何よりサイレンススズカがいる。何もそんな困難に向かわなくてもいいではないか、皆も自分の不安も分かってくれるし誰も責めはしない。
だがすぐさまその考えを否定した。サイレンススズカはトレーナーも帯同せずたった一人でアメリカの地で過ごしレースに出走した。
同学年のエルコンドルパサーもフランスに長期の遠征をおこなった。2人も不安や寂しさもあったに違いない。だが電話や手紙などではそんな様子を全く出さなかった。
そのことを思い出すと異国で過ごすことへの不安で弱気になり、レースを回避しようとしている自分が情けなく恥ずかしかった。
「大丈夫です!ドバイに行きます!やることは日本に居たときと変わりません!どこで走ろうがレースはレースです!」
スペシャルウィークはサイレンススズカに言い放った時と同じ言葉をトレーナーに言い放つ。
憧れのサイレンススズカに勝つと心に決めた。それをこの程度の困難で挫けていた勝てるわけが無い!
自らを奮い立たせるように喋ったせいか予想以上に大声になっており、すぐさま病室にいる人間に向けて深々と頭を下げた。
トレーナーはスペシャルウィークの姿を見せて一笑すると、携帯電話を取り出し電話をかける。
話からして何かを頼み込んでいるようで、その真剣な声色にスペシャルウィークは固唾を呑んで見守る。話が終わりトレーナーは電話を切ると深く息を吐いた。
「スペはドバイに1週間前に、俺は直前に現地入りだ。申し訳ないが頼む」
「はい」
「それで俺が現地入りするまでの間は調整や世話は別のトレーナーに頼んだ。その人は海外についての知識も豊富で何回も海外遠征をおこなっていて信頼できる人だ。海外遠征という意味では俺より頼りになるはずだ」
スペシャルウィークは思わず安堵の息を漏らした。てっきり自分ひとりで過ごし調整しなければならないと思っていた。
それだけにスピカのトレーナーではないといえど、別のトレーナーが世話をしてくれるということは不安をある程度取り除いてくれる要因だった。
「ありがとうございます。てっきり自分ひとりでやるものだと思っていました」
「おいおい、外国語もろくに話せないで海外に行くのが初めてのスペを1人でドバイに行かせるわけ無いだろう。そんなことしたらトレーナー免許剥奪だ」
「それで代わりのトレーナーさんは誰なんですか?」
「それはだな……」
───
午前6時
スペシャルウィークは目覚ましを止め、まだ寝ているサイレンススズカを起こさないように少しだけカーテンを開ける外を確認する。
目に飛び込んできたのは雲ひとつ無い青空だった。これなら飛行機の窓から見える景色は素晴らしいものだろう。北海道からトレセン学園に向かう際に乗った飛行機の景色を思い出す。
ベッドから起き上がると洗面台で顔を洗い髪形を整え、クローゼットに向かいスーツを取り出す。
トレセン学園では海外遠征する際はスーツ着用が義務付けられていた。スーツを着て洗面台に向かい姿を確認する。スーツを着て外に出るのはこれが初めてであり、着心地もそうだが鏡に映る自分の姿にも違和感があった。
「スペちゃんOLさんみたいね」
スペシャルウィークが後ろを振り向くと寝巻き姿のサイレンススズカの姿がいた。
「ごめんなさい起こしちゃいましたか?」
「いいえ、それよりスーツ似合っているわね」
サイレンススズカは振り向いたスペシャルウィークを改めて見渡す。妹のようなスペシャルウィークがスーツを着ているだけで何だか年上のように見えてくる。服装一つでこれだけ印象が変わるものなのか。
一方スペシャルウィークも褒められた事が嬉しかったのか、鏡で自分の姿を再確認していた。
「成田までは車で移動だったかしら?」
「はい、正門前に集合でそこから成田空港までです」
「じゃあ、そこまで一緒に行きましょう」
サイレンススズカは寝巻きを着替えて準備をする。自分も海外遠征する時は不安だったが、1週間程度チームメイトが海外に向かうだけなのに、こんなに不安になるものか。普段ならそこまで心配しないが今回は事情が若干違う。
スペシャルウィークも断ることなく、サイレンススズカが着替えるのを待つ。スペシャルウィークも同じように不安と名残惜しさを感じていた。
外に出る準備が整うと2人は部屋を出ると同時に春風が肌を刺激する。
この風を感じると春になったことを実感する、そろそろ正門前の桜が開花する頃だろう、ドバイから帰ったら咲いているかもしれない。
そしたらチーム皆でお花見でもしたいものだ。スペシャルウィークは未来のささやかな楽しみに思いをはせる。
寮の階段を下りると3名がスペシャルウィークを出迎える。ダイワスカーレット、ウオッカ、トウカイテイオーだ。三人もスペシャルウィークを見送るために来ていた。
「うわ~スペちゃんスーツだ」
「かっこいいです」
「OLさんみたい」
3人はスペシャルウィークのスーツ姿に驚き率直な感想を述べる。
どれも好意的なものでスペシャルウィークは思わずはにかんだ。そしてサイレンススズカもはにかむスペシャルウィークの後ろで自分のことのように嬉しそうに笑う。
そこから5人は学園の正門まで歩いていく。時間としてはほんの僅か時間でいつも通りの会話をしていたが、トレーナーが居ないなか海外に行くという不安が和らぐようだった。
10分ほど歩くと正門が見えてくる、正門前にはすでに車が停まっており、50代の男性とスペシャルウィークと同じようにスーツを着ているウマ娘が話している。
するとそのウマ娘はスペシャルウィーク達の存在に気づいたのか、顔をパッと明るくさせ駆け寄ってくる。
スペシャルウィークは体をびくんと震わせ緊張し、テイオー、スカーレット、ウオッカは『ひぃ』など『うわぁ』など『こっちに来るよ~』と悲鳴のような声を漏らしながらスズカの背に隠れ、スズカは眉をピクリと動かし厳しい表情を向ける。
「初めまして、スペシャルウィークちゃん。あたしはアグネスデジタル。ドバイでは1週間チームメイトだね、よろしくね」
デジタルは満面の笑みを浮かべながら手を伸ばす。
スピカのトレーナーがドバイでのスペシャルウィークの世話を頼んだのはデジタルのトレーナーだった。
その依頼にデジタルのトレーナーは了承し、事は上手く運ぶと思ったがそうはいかなかった。
依頼した翌日、トレーナーの下にスピカのメンバーが押し寄せ抗議した。
あのデジタルとそのトレーナーにスペシャルウィークを預け、一緒に行動させるわけにはいかない。考え直せと。
ゴールドシップの言葉から、チームスピカのなかでアグネスデジタルのイメージは偏見や曲解が絡み合い、恐ろしい怪物へと変貌していた。
ど変態、マインドクラッシャー
本人の知らぬところで、名誉毀損級のありがたくない称号が与えられ、デジタルには関わらないでおくことがスピカの共通認識になっていた。
本来ならそこまで過剰に反応する事はないのだが、言霊のせいなのか、チームで一番思慮深いであろうサイレンススズカさえそう思っていた。
トレーナーも以前デジタルに対するネガティブなイメージの話題で盛り上がってたのは知っていたが、ここまで本気で信じ込んでいたとは知らなかった。
デジタルはそこまでひどいウマ娘でもないし、仮にそうであってもデジタルのトレーナーは信頼できる人物であり、スペシャルウィークに害が及ばないように配慮してくれる。そのようにスピカのメンバーを説得し引き下がらせた。
だがメンバーのなかでは不安の火種は燻っていた。
関西のレースに走るために遠征しているゴールドシップとメジロマックイーン以外のメンバーがスペシャルウィークを見送りにきたのは、アグネスデジタルとトレーナーを見定めようという意図もあった。
スペシャルウィークは危険物にふれるように恐る恐るゆっくりと手を伸ばす。
デジタルの噂を信じ込んみ握手することへの抵抗感があったが、握手に応じないのは失礼だという礼儀正しさが勝り、握手に応じようとしていた。
2人は握手を交わす。ごく普通の握手であり、スペシャルウィークは必要以上に触られていないことに安堵する。
一方デジタルはスペシャルウィークの不振な様子を始めて会う人物と海外遠征で緊張していると判断した。
「あっ、ウオッカちゃんに、ダイワスカーレットちゃんに、トウカイテイオーちゃんに、サイレンススズカちゃんだ。スペシャルウィークちゃんの見送り?仲が良くていいね。あたしのチームメイトなんて今頃ベッドでぐっすり寝ているよ」
デジタルはスピカのメンバーを一瞥した後軽い口調で不満を言う。
ウオッカ達はデジタルが視線を向けると『目を合わせるな、見るだけでセクハラしてくるぞ』とこれまた名誉毀損級の言葉を発しながらさらにサイレンススズカの背に隠れ、サイレンスズカはデジタルを鋭い目つきで見据える。
「始めましてスペシャルウィーク君、私はスピカのトレーナーからトレーナー代行から任されたチームプレアデスのトレーナーだ。デジタルのこともあるから、付きっきりというわけにはいかないがドバイでは可能な限りサポートさせてもらう」
デジタルのトレーナーがスペシャルウィークに近づき物腰柔らかな笑顔を向けながら手を伸ばす。その様子をサイレンススズカ達は観察する。
服装、容姿、仕草、表情。
まるで初めて彼氏を家に連れてきた時の父親のごとく審査していく。
スペシャルウィークは年下にも礼儀正しい態度に警戒心を緩めたのか、デジタルの時と比べるとすんなり手を伸ばし握手をした。
「じゃあ、皆さん行ってきます」
スペシャルウィークはスピカのメンバーに挨拶し車に乗り込むと、学園を出発した。
「行っちゃったね」
「スペ先輩大丈夫かな?」
「トレーナーの言うとおり、デジタルのトレーナーがまともであることを祈るしかないわね。今見た限りまともそうだし希望はあるわ」
4人は離れていく車を心配そうに見つめる。だがもう賽は投げられた。できることはまさに祈るのみである。
こうして思わぬ形で結成された急造チームは灼熱の地ドバイへ旅立った。
まさかのチーム白ちゃんにスペシャルウィーク参入!
デジタルのトレーナーのモデルの調教師は数々の名馬を育ててきましたが、私のなかではやっぱりスペシャルウィークとアグネスデジタルです!
ですが漫画でもアニメでも、スペシャルウィークが主人公故にメインキャラと絡みが多く、接点がない!、
ならば自分で接点を作ればいいとIF展開にしました