勇者の記録   作:白井最強

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『』は英語で、「」は日本語で喋っています


勇者と太陽と未完の大器#3

「よし、今日はこれで終いや」

 

 アグネスデジタルとスペシャルウィークは肩で息をしながら、トレーニングコースの外にいるトレーナーの元に近づく。今日の練習はドバイに来てから最もキツイメニューだった。スペシャルウィークは海外遠征では調整程度で済ますと思っていただけに、体力的には疲労困憊だが、精神的には昨日と比べると疲れていなかった。

 

「お疲れ様でした」

「お疲れって、ちょっとやりすぎじゃない?本番まであと三日だよ、このペースでやり続けたら疲れが残っちゃうよ」

 

 デジタルはトレーナーからペットボトル飲料を受け取ると、愚痴をこぼしながら飲み干す。この強度のメニューは香港遠征でもしなかった。これを明日もやることを想像し、若干気が滅入っていた。

 

「心配するな、今日がピークであとは軽く調整程度だ」

「それはそうでしょ」

「私は何だか今日のトレーニングでスッキリした感じですので、明日もこれぐらいでいいですよ」

「やめてよスペちゃん。そんなこと言ったら白ちゃん本気にしちゃうよ」

 デジタルはスペシャルウィークに詰め寄り訂正を求め、スペシャルウィークはどうしましょ~とはぐらかす。トレーナーはその様子を見ながら笑みをこぼす。

 

 二人の関係は良好になった。

 悪いイメージと先入観がなくなり、純情で人懐っこい性格であるスペシャルウィークは、デジタルの好意を素直に受け止めるようになった。

 名前の呼び方にも変化が生じ、デジタルちゃんスペちゃんと呼ぶようになっていた。

そしてスペシャルウィークの爽やかな表情、自身でも充実したトレーニングができた実感があるのだろう。

 昨日までのスペシャルウィークは集中力に欠けていた。だが、デジタルへの誤解が解けたことで、トレーニングに集中できていた。

 その変化に気づいたトレーナーは急遽トレーニングの強度を上げ、併走トレーニングの本数を増やした。それがお互いにとって良い刺激だったようで、スペシャルウィークは調子を上げ、それに呼応するようにデジタルも調子を上げていく。

 本番前に一回強めにトレーニングしたいと思っていたが、スペシャルウィークが集中力をあげたことで強めのトレーニングができた。調整過程はほぼ理想的といえる。これで二人とも何かアクシデントがない限り万全な状態で本番に挑めるだろう。

 

「俺は他のウマ娘のトレーニングを見るが、二人はどうする?」

 

 トレーナーはクールダウン二人に尋ねる。この後の予定は特に決めていないが、二人の行動次第で予定も変わってくる。

 

「あたしは疲れたから、ホテルに帰る」

「私もついて行ってもいいですか?自分で見ることで、分かることもあるかもしれません」

「大歓迎や、ウマ娘の目線も重要だからな。他のウマ娘のトレーニング、特にゴドルフィンならスペシャルウィーク君も得るものがあるかもしれん」

「ゴドルフィン?見るのはゴドルフィンなの?」

「そうだが」

「それなら。行く!行く!」

 

 クールダウンで心身ともに緩んだデジタルだが、ゴドルフィンの名前を聞いた瞬間活力を取り戻す。ゴドルフィンならサキーがトレーニングしている可能性は高い。今まではトレーニングを見られる機会はなかったが、これを機にサキーの姿を拝みあわよくば、会話できるかもしれない。

 

「よし、三人でアイスでも食いながら、ゴドルフィン見学でもするか」

 

 三人の予定は決まり、デジタルとスペシャルウィークのクールダウンが終わると、ゴドルフィンがトレーニングしているエリアに向かった。

 

「アイスといえば何好き?」

「私はトルコ風アイスですね」

「あの伸びるアイスか、いいよね。あたしも好き」

「いつも売っていればいいんだけど、気が付けば無くなっていて」

「そうそう」

 

 スペシャルウィークとデジタルがアイス談義に花を咲かせながら、トレーニングエリアに向かう。目的地に着くと、二人は見たことがない光景に目を奪われる。そのコースには黒い何かが敷き詰められていた。芝の緑やダートやウッドチップの茶色に慣れているだけに、黒は異質だった

 

 

「砂かな?でも砂って黒色じゃないし」

「なんだろう?」

「あれはタペタや」

 

 二人が黒い物体について推理していると、トレーナーがアイスを渡しながら回答する。

 

「タペタ?」

「砂にゴム片と人工繊維を混ぜ特殊ワックスでコーティングしたものが素材らしい。最近ゴドルフィンが開発したそうだ」

「そうなんですか、どんな感触なんでしょう?」

「ここはゴドルフィンしか使えないから、分からない」

「ふ~ん」

 デジタルとスペシャルウィークはアイスを食べながら、タペタについての説明に耳を傾ける。アイスを食べ終わったころには、コースの周りに地元のメディアや見学ツアーに当選したファン達や、出走ウマ娘のトレーナー達が集まっていた。暫くするとゴドルフィンのメンバーが集まり、最後にサキーが現れる。するとメディア陣がカメラのシャッターを切り、ファンたちが黄色い声援をあげる。

 

「うわ~、生サキーちゃんだ!かっこいいな~綺麗だな~」

 

 デジタルもファン達と同様に黄色い声援をあげる。サキーを見るその視線は競技者のものではなく、ファン目線だった。トレーナーはその様子にため息を漏らしながら、スペシャルウィークとトレーニングを見ながら、意見を交わす。

「あっちの大きい茶髪がネイエフで、隣の金髪がトブーグ。スペシャルウィーク君が走るシーマクラッシクに出走予定で、今現在の1番人気と2番人気や」

「トブーグさんって、確かデジタルちゃんが一緒に走った」

「ああ、中々に強い。一緒に走ってどうだったデジタル?」

「え?トブーグちゃん?」

 サキーを観察するのに夢中だったデジタルの意識は、トレーナーの声で二人の方に向けられる。

「トブーグちゃんか、ちょっとヤンチャなところがあるけど、あの柑橘系な良い匂いとハスキーボイスは良いね。レースは楽しかったよ」

「そういうお前しか興味を持たない情報はいい、もっとレースのことや」

「う~ん。レースでは最後まで諦めないガッツはあるかな」

 

 デジタルは香港カップのことを思い出しながら喋る。近くで走った者にしか感じられない何かを話してくれることを期待したが、大した情報は口にしなかった。

 トブーグはこれといった弱点があるウマ娘ではない。故にこれといった攻略法を助言できず、大した情報を持っていないという意味ではトレーナーも同じだった。

「それで、二人の隣を走るのがストリートクライや、前哨戦を圧勝し、本番では2番人気におされるウマ娘や……って聞いているんかデジタル?」

 黒鹿毛色で左側だけ髪が長いという左右非対称のセミロングの髪型のウマ娘、ストリートクライが二人と併走する。デジタルに意見を求めようしたが、意識と目線はサキーに向けられており、返答しない。

 

「スペシャルウィーク君はストリートクライの走りを見てどう思う?」

「どう思うですか?」

「パッと思いついた些細なことでもええ、ウマ娘から見た印象が聞きたい」

「そうですね。何というか……元気がなさそうです。走り自体は力強いですが、何故かそう元気がないと思いました」

 

 スペシャルウィークの言葉にトレーナーは頷く。

 ストリートクライは強い。パワー、スタミナ、レースセンスを高水準に備えている。だがレースに対して淡白というか、物足りなさを感じていた。その物足りなさがスペシャルウィークにとって元気がないと感じていたのだろう。

 前哨戦では圧勝したが、サキーを脅かすかと言えば疑問符が付く。正直に言えばデジタルより人気があることに納得してなかった。

 ゴドルフィンのトレーニングは軽めだったのか、一時間程度で終了する。ウマ娘とそのトレーナー達はトレーニングエリアを後にし、メディア陣はゴドルフィンのウマ娘に取材していた。

「よし、デジタル、スペシャルウィーク君引き上げるか」

「はい」

「あたしはもう少し残るから、二人は先に帰っていいよ」

「残って、何するんや?」

「サキーちゃんのこと見ていく」

「見ていくって、取材受けるだけやろ。そんなの見て楽しいんか?」

「楽しいよ。それに取材が終わったらサキーちゃんに声をかけようと思う」

「それなら俺も残る。失礼なこと言わんように監視しなきゃあかんし、あっちのマスコミに邪推された時に弁明する人間も必要だろ」

「いいよ、それで」

「じゃあ、俺はスペシャルウィーク君をホテルに送ったら、戻ってくる。それまで大人しくしてろ」

 トレーナーはスペシャルウィークと一緒にトレーニングエリアを後にする。デジタルはその後ろ姿を確認すると、取材を受けるサキーの元に近づいていった。

『調子はどうですか、サキー選手?』

『悪くはないですね』

 デジタルは取材陣に紛れながらサキーを見つめる。取材陣はUAEのメディアのようでアラビア語で喋っており、会話の内容はさっぱり分からない。だが取材陣から笑いが起こるなど、和やかで良い雰囲気で行われているようだ。

 取材陣に対し、真剣みのある表情や、はにかみながら答えるサキーの姿はデジタルを魅了する。30分ほど見ていたが、全く飽きが来ない。

 暫くするとトレーニング見学に来たファンたちとの交流が始まり、少し距離を取ってその様子を見つめる。サキーは短い時間ながらもファン一人一人と会話し触れ合う。これもアラビア語で何を言っているか分からないが、ファンの顔を見れば、どれだけ素晴らしい対応したのかがすぐに分かる。

 暫く眺めていると後ろから肩を叩かれ、振り返るとトレーナーがいた。

 

「ちょっと、ゴタゴタして時間喰った。まだ声はかけてないか?」

「まだ。今ファンサービスしているところ。これが終わったら声を掛けようと思う」

「そうか、練習後に長時間の取材にファンサービス。大変そうだな」

「凄いでしょ!」

「お前が自慢するな」

 

 デジタルが胸を張りながら自慢し、それにツッコミを入れる。すると最後のファンとの交流が終わる。それを見計らいサキーに近づいて声をかけた。

『サキーちゃん久しぶり。香港で会って以来だね。覚えている?』

『もちろん覚えています。お久しぶりです』

 

 サキーはデジタルの姿を見てすぐに笑顔を見せ握手する。

 覚えていてくれていた!ネットでのインタビューで自分の名前が出ていたので、覚えているとは思っていたが、それでも不安だっただけに、天に昇るほど嬉しかった。

 

『そちらはデジタルさんのトレーナーさんですね。初めまして、サキーです。すみません、日本語は話せないもので、英語は分かりますか』

『初めまして、チームプレアデスのトレーナーです。ペラペラとはいきませんが、多少は理解できます』

 

 サキーは英語で挨拶し握手を求める。トレーナーも英語で挨拶した。

 

『どうですか、ドバイには慣れましたか?』

『うん、最初はちょっと暑いと思ったけど慣れたよ』

『それは何よりです。それで今日はどうしてここに?』

『サキーちゃんを見に、トレーニング時間が被ったりして、中々生の姿を拝めなくて。それで今日は時間が被らなかったから来た』

『それは偵察ということですか?』

『違うよ。ただ純粋にサキーちゃんのことを見に来たの』

 

 デジタルは自身の気持ちを偽ることなく伝える。その予想外の言葉に僅かに驚く仕草を見せる。偵察でもなく、ただ自分の姿を見に来たのか。何とも不思議なウマ娘だ、だが自分の気持ちを率直に伝える素直さは好感が持てる。

 

『それは、光栄です。そういえばトブーグに「他のウマ娘と仲良くして」と伝えておきました』

『ああ、香港の時の』

 

 デジタルはその時のことを思い出し、手を叩く。香港カップでトブーグにレースに勝ったら、他のウマ娘と仲良くするように約束していた。

 そしてレースに勝利し、約束を思い出し果たしてくれるようにとサキーに伝言を頼んでいた。

 

『それでどうなった?』

『トブーグはヤンチャな性格ですが、義理高いというか、勝負に対する真摯さというか、自分に勝った者の言うことは聞くようで、あれからは態度が軟化しています』

『そっか、ウマ娘ちゃんは仲良くしたほうがいいもんね』

『そうですね』

 

 デジタルは安堵の笑顔を浮かべると、それに釣られるようにサキーは頬を緩ませる。

 

『サキーさん……そろそろ……』

 

 するとサキーの後ろから、ゴドルフィンのジャージを着たウマ娘がボソボソとした小さい声で声をかける。

 長身で黒い長髪を背中に流し、サイドは左側だけ髪が長い左右非対称の髪型だった。背筋は伸びているが、目に覇気が感じないのが印象に残るというのがデジタルの第一印象だった。彼女はドバイワールドカップに出走するゴドルフィンのナンバー2、ストリートクライである。

『わかった。この娘はドバイワールドカップに出走予定のストリートクライです。クライ、こちらはアグネスデジタルさん。挨拶して』

『ストリートクライです……』

『アグネスデジタル、よろしくね、ストリートクライちゃん』

 二人は握手を交わすと、ストリートクライは用事が済んだと言わんばかりに、そそくさとゴドルフィンのメンバーが集まる建物に入っていく。

『申し訳ありません。ストリートクライが失礼な態度をとってしまい』

『いいよ、ストリートクライちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだね』

『はい、寡黙な娘なもので』

 サキーはストリートクライの態度がデジタルに不快な気分を与えてしまったと思い、謝罪する。

『あの性格のせいか、何か物足りないというか、殻を敗れてないというか。本当ならもっとやれる娘なのに……』

『サキーちゃん?』

『すみません独り言です。では、呼ばれているので、失礼させていただきます』

『うん、話出来て楽しかったよ。またね』

 サキーとデジタルはお互いに手を振り別れの挨拶をする。サキーは暫く歩くと、何かを思いついたように後ろを振り向き、デジタルに話しかける。

『デジタルさん。明日のこの時間空いていますか?』

 

 サキーの問いにデジタルはトレーナーに視線を送る。トレーナーは首を縦に振るのを見て答える。

 

『よろしければ、私たちの所でお茶会でもしませんか?』

『する!する!』

 

 デジタルはその言葉を聞いた瞬間、目を輝かせながら駆け寄りサキーの手を握しめる。依然ネットにあったサキーのインタビューで、お茶でも飲みながら話したいと言っていた。まさかそれが本当に実現するとは!

 

「待った!」

 

 するとトレーナーが軽く息を切らせながら追いつき、デジタルに告げる。デジタルは心底嫌そうな顔を向ける。それはトレーナーに向けていい顔ではなかった。

 

「何?まさか乙女のお茶会にオジさんが参加しようなんて言わないよね?」

 

 デジタルはトレーナーを威圧し凄みながら質問する。まさにお目付け役として参加しようと言おうとしたが、その言葉を飲み込む。

 これは本気で嫌がっている。ここで参加すると言ったら、どんな手段を使っても阻止し、嫌悪感をむき出しにして関係は険悪なものになるだろう。それほどまでにサキーとのお茶会を望んでいる。

 

「いや、違う。サキーとのお茶会にスペシャルウィーク君を誘ってくれ」

「スペシャルウィークちゃん?」

「サキーという世界一のウマ娘と話せる機会なんて、滅多にない。世界一のウマ娘と話すことで、スペシャルウィーク君が得られるものもあるかもしれんし、成長するきっかけになるかもしれん」

 

 デジタルはトレーナーの言葉を聞き頷くとサキーに交渉する。するとサキーは二つ返事で了承し、スペシャルウィークが参加するといえば、三人でお茶会をすることになった。

 

「スペシャルウィークちゃん来てくれるかな?」

「わからん。もし参加することになったら、通訳頼んだぞ。喋るのに夢中になりすぎるなよ」

「分かった。それにしても何であの提案したの?」

「それは良いおもいをしてもらいたいからや。スペシャルウィーク君は臨時といえどチームの一員、チームメンバーの益になるために行動するのはトレーナーとして当然やろ」

 

 世界一のウマ娘と話す機会はそうそうない。得られるものもあるし、いい刺激になると思う。

 どの分野においても一流の人間と交流することは少なからず刺激にはなり、そこから伸びるという話も少なくはない。それが同じ分野の世界一なら尚の事得るものも有り、刺激になるかもしれない。

 一時的だがスペシャルウィークはチームメンバーだ。デジタルをダシにするようだが、少しでも得をしてもらいたいという思いがあった。

 

 

 




誤字報告をしてくれた方ありがとうございます。
一応チェックしているつもりなのですが、どうしてもやってしまう

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