勇者の記録   作:白井最強

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勇者と太陽と未完の大器#5

 ゴドルフィンのチームハウス内の視聴覚室で、映像を見ているウマ娘と男性が居た。ウマ娘は座っているだけでも長身ということが分かるほど座高が高く、左側だけ髪が長い左右非対称の黒鹿毛色のセミロングの髪型である。彼女の名前はストリートクライ、そして男性はストリートクライのトレーナーである。モニターにはサキーの姿が映し出されていた。

 

「ドバイワールドカップにおける最大のポイントはサキーをいかに封じ込めるかだ。今言った事をこなせれば充分に勝機はあるはずだ」

 

 トレーナーは力強く宣言するのに対し、ストリートクライはただ首を小さく縦に振る。

 

「今日はゆっくり休んで、明日に備えろ」

 

 トレーナーの言葉にストリートクライは席を立ち上がり退室する。その姿を見送ると、トレーナーは再びサキーのレース映像を見ながらため息をつく。

 

 サキーは強い。

 

 スタミナ、瞬発力、レースセンス、メンタル。どれをとっても一流であり、欠点など何一つ無い。そのサキーに勝つためには、その力をいかに削ぐかに掛かっている。

ストリートクライは相手の力を削ぐ技術が抜群に上手く、それはサキーより上手いと断言できる。だがそれだけで勝てる相手ではなく、口では充分に勝機があると言ったが、理想どおり力を削げたとしても、明日の本番は勝てる見込みは限りなく少ないだろう。

 ストリートクライには技術もある、身体能力も備わっている。だが決定的な何かが欠けている。それを見つけない限りサキーにはもちろん、他のビッグレースで勝つ事は無いだろう。

 だが、トレーナーはその何かを未だに見つけられずにいた。レース映像を何回も見ても分からず、ストリートクライに面談しても、その寡黙な性格故かほとんど口を開かない。まさに八方塞である。トレーナーはサキーの映像からストリートクライの映像に代え、レース映像を見始めた。

 

 ストリートクライはアイルランドで生まれた寡黙で無口なウマ娘である、家庭環境はお世辞には良くないもので、両親は表立って喧嘩はしていないが、小言を言い合っていた。その環境を嫌ってか、ストリートクライは友達と遊び、出来る限り家には居ないようにしていた。その友人もウマ娘であり、名前はキャサリロと言う。

 ストリートクライとは幼馴染で彼女もまた家庭環境が悪く、両親はいつも喧嘩をしていた。性格は饒舌で口から生まれたような人物でストリートクライとは正反対の性格だった。

 二人はウマ娘のレースが好きだった、同じ境遇と同じ趣味を持っているということで意気投合し、接していくうちにお互いウマが合うと感じていた。

 キャサリロが喋りストリートクライが黙って聞く、それが二人のいつも光景だった。必要以上に喋らないストリートクライだが、キャサリロとはコミュニケーションが取れていた。口が回らず感情表現が苦手なだが、自分の気持ちを手に取るように察してくれ、一緒にいるのが心地よかった。

 キャサリロは口が滑ってしまいトラブルを招く性格だった。だがストリートクライは自分の長話をじっと聞き時に口が滑っても黙って受け止めてくれ、一緒にいるのが心地よかった。

 

「ねえ、クライ。もっと叫んでみたら?」

 

 レース場でレース観戦を堪能した帰り道、キャサリロが唐突に語りかける。

 

「名前にcryってあるぐらいなんだから、色々叫んでみれば。名は体をあらわすって言うでしょ。叫ばなくてもいいから、もっと喋ってみれば」

 

 キャサリロの突然の提案にストリートクライは頬をかき、困惑した素振りを見せながら視線を泳がす。その様子を見て一笑する。

 

「わるい、私みたいにベラベラ喋るのなんて、クライじゃないか。でも一度ぐらいクライが叫ぶところ見てみたいな。叫ぶとしたら何だろう?アイルランドダービー勝ったら?無口な奴は感情を溜め込んでいるって言うし、叫んだら凄いことになるんだろうな」

 

 キャサリロは一人で喋り続ける。その様子を黙って見ていたストリートクライだが間を見計らって言葉を発する。

 

「キティと二人で凱旋門賞に同着で一着になったら、嬉しくて叫ぶと思う」

「それは最高だ!凱旋門で同着で一着になったら、二人で思う存分叫ぶか!」

 

 その言葉にキャサリロは一瞬目を点にするが、すぐに満面の笑みを浮かべ肩に手を回す。それは素晴らしい光景だ。クライはどんな声で叫ぶだろう?普段声を出さないから思いっきり声が裏返りそうだ。二人はどのレースに勝ちたいかなど、将来の夢をたっぷりと語りながら夜遅くに家路に着いた。

 

 月日が経ち、二人はアイルランドにおけるトレセン学園に入学する為のテストを受け、そこでゴドルフィンのスカウトの目に留まり、二人はゴドルフィンに入ることになる。

 

 世界各国に日本のトレセン学園のようなものが存在し、レースが盛んな国のトレセンにはいくつかのゴドルフィンのチームあり、ゴドルフィンに所属するウマ娘は適性テスト等を受け、各国のゴドルフィンのチームに配属される。二人はアメリカにあるゴドルフィンのチームに入ることになった。

 

「いよいよ、始まるのか」

 

 キャサリロは自らが所属するゴドルフィンのチームハウスを見上げながら、感慨深げに呟き、ストリートクライもキャサリロの気持ちに同意するかのように頷く。

 

「まあ、アイルランドで走って、無敗でアイルランドダービーに勝って、キングジョージや凱旋門賞に勝つ予定だったけどしょうがない。まずは無敗でアメリカ三冠、そしてBCクラシック制覇で良しとしよう」

 

 キャサリロは胸を張りながら大言を吐き、ストリートクライはその様子に笑みを浮かべる。そしてキャサリロに向けて二本指を立て、人差し指で指す。次に一本指を立て、親指で自分を指しながら告げる。

 

「三冠の最後は同着で一着」

「まあ、それでも一応無敗の三冠か、まあ、私は寛大な心の持ち主だから、それで良しとするか」

 

 キャサリロはおどける様に尊大な口調で言い、ストリートクライは静かに笑う。それに釣られたのかキャサリロも笑い始め、二人で一頻り笑い合うと、キャサリロは真面目な口調で語りかける。

 

「まあ、無敗の三冠は無理かもしれないけど、できるだけレースに勝とう。そうすれば長く現役が出来て、あの家に帰らずにすむ。活躍すればお金も貰えるし、引退後も仕事がもらえて良い生活が出来る。勝ってゴドルフィンで成り上がろう」

 

 二人がゴドルフィンに来たのは、レースに走って活躍したいという夢もあるが、親元から離れたいという気持ちもあった。ゴドルフィンにいる間は親元から離れることができる。さらにレースに勝てば賞金もらえ、今後の一人暮らしの貯蓄になる。ビッグレースに勝てば賞金は増え、名声も与えられる。そしてその名声で引退後もウマ娘レース関係の職につけるかもしれない。そのためには勝たなければならなかった。

 

 二人は誓いを立てるように拳を突き合わせ、チームルームに入っていった。

 

 ストリートクライのデビュー戦は二着で勝利を飾れなかったが、次のレースは7バ身差で快勝する。次のGⅡレース2走はともに2着。アメリカのダートジュニアB級最強を決めるGIレースBCジュヴェナイル3着。ジュニアB級の戦績は5戦1勝に終わる。

将来のスター候補と呼べる戦績ではないが、重賞でもウイニングライブ圏内を外さない堅実な走りは評価され、クラシックの2番手グループに位置づけられていた。

 

 キャサリロのデビュー戦は6着に終わる。次のレースでは勝利するも、あとの重賞レース三走はいいところなく、すべて掲示板圏内を外し、ジュニアB級の戦績は5戦1勝に終わる。

 ストリートクライと同じ成績だが、ゴドルフィンにおける将来の期待度は明らかにストリートクライが上であった。キャサリロはC級になってから伸びるタイプと強がっていた。

 年が明けジュニアC級に上がると、ストリートクライは三月末メイダンレース場で行われるUAEダービー制覇のために、ゴドルフィンの本部に戻っていく。そこで2レースを走り、前哨戦のUAE2000ギニーには勝利したものの、本番のUAEダービーではアタマ差の2着に終わった。

 UAEダービー制覇はできなかったが大目標はアメリカ三冠であり、レース内容も見所が有り決して悲観的なものではない。そうトレーナーに告げられたストリートクライは気落ちすることなく、希望を胸に抱きながらアメリカに戻っていった。

 ゴドルフィンアメリカ支部に戻ると、二人が住む部屋でキャサリロが残念会を開いてくれ、かしましく騒ぎながらも労い敗戦を慰める。キャサリロの様子は他の人から見ればいつもどおりだが、ストリートクライから見ればどこか違っていた。その真意を問いただそうとキャサリロの瞳をじっと見据える。最初はそんな熱視線を送るなよとからかっていたが、その視線に込められた圧力に耐えかねて語り始める。

 

「クライがUAEで走っている間に私もいくつかレースに走ったんだけど、全部ウイニングライブ圏外。トレーナーからもクラシックは諦めろってさ」

 

 キャサリロはいつものように明るい口調で語るが、明らかに空元気だった。ジュニアC級のクラシックはレースが行われるどの国においてもレースの花形であり、その一生に一度の晴れ舞台をウマ娘の誰しもが目指す。その晴れ舞台に立てないと宣告されることは、どれほどのショックであろうか。さらに友人はクラシックの舞台に立てるとあればショックはさらに増すだろう。

 

「だからクライはクラシックで頑張ってくれ……どうしたクライ?」

 

 ストリートクライはキャサリロを見据えながら自分の意志を視線に込める。まだクラシックの舞台には間に合う。自分もトレーニングに付き合うから、一緒にクラシックの舞台で一緒に走ろうと。

 

「諦めるな。トレーニングに付き合うから、一緒にクラシックの舞台に走ろうって。……わかったよ。あと少しだけ諦めずに頑張るよ」

 

 キャサリロは無言の言葉を聞き取り、その意志を言語化する。するとストリートクライは無言でサムズアップサインを送る、その姿にキャサリロは思わず一笑する。

 サムズアップサインをするということは自分の言葉が合っていたのだろう。しかし相変わらず寡黙な友人だ。口下手でいつも視線で語りかけてくる。そのせいか目線だけで意志を汲み取るなんてエスパーめいた芸当ができるようになってしまった。

 

 翌日キャサリロはトレーナーに頼み込み、レースに登録してもらった。ストリートクライと違い、このレースに勝てたとしてもクラシックの舞台に立てるかは運次第。可能性は限りなく低い。だが勝たなければ始まらない。

 その日からレースに向けて普段のトレーニングに加え、二人でのトレーニングを始めた。そこでストリートクライは持てる全てのことをキャサリロに教え、その中には自分で培った相手の力を削ぐ走りもあった。これは自分で培った門外不出の技術だ。それを伝えるなんて競技者として甘いと言われるだろうが、それでも一緒にクラシックの舞台に立ちたかった。

 そしてトレーニングを積み、レース当日を迎える運命を決める一戦、それを見届けようとストリートクライもレース場に駆けつけ、ゴール板付近で祈るように本バ場入場してくるキャサリロをみつめる。

 

「心配するな、勝ってくるって」

 

 するとストリートクライの姿気付き、キャサリロが声を掛ける。本当なら自分が声を掛けなければならないのに、立場が逆だ。ストリートクライは少しばかりの気まずさを感じながらキャサリロを観察する。声や立ち振る舞いを見ても緊張も気負いもない。今日はやってくれそうだ。ゲートに向かう後姿に祈りをささげながら、固唾を飲んでレースを見つめる。

 

 結果は6着。キャサリロのクラシックへの道筋は完全に断たれた。

 

「まあ、クラシックがウマ娘のすべてじゃないからな。クライは私の分まで頑張れよ」

 

 レースが終わり、二人が顔を合わせて発した一言。明るい口調だったが、その奥に悔しさを押し込めているのは明らかだった。

 キャサリロの分までクラシックを走る。ストリートクライは心の中で誓いを立てる。だが思わぬアクシデントがストリートクライを襲った。

 右足首負傷により全治3ヶ月。クラシックレースはすべて未出走で終わる。

 

「いくら友達想いだからって、そこまでやらなくていいのに」

 

 キャサリロが怪我の報せを聞き、ストリートクライにかけた言葉だった。キャサリロとしては落ち込まないようにとおどけてくれたのだろう。だがその気遣いがストリートクライの神経を僅かに逆なでする。怪我の原因はキャサリロのトレーニングに付き合ったことによるオーバーワークだった。

 だがトレーニングに付き合ったのは自分の意志であり、断じてキャサリロのせいではない。黒い感情をグッと抑え、キャサリロの軽口に笑みで応える。

 

 ストリートクライの復帰戦の予定は10月となる。その間はリハビリに励みながら引き続きキャサリロのトレーニングに付き合っていた。キャサリロはあれ以降何回かレースを走ったが、どのレースでも勝利どころか掲示板圏内にすら入ることができなかった。レースを重ねるうちにつれてキャサリロの顔は明らかに曇っていく。そしてある日、顔面蒼白にしながら二人が生活する部屋に入室し、声を震わせながらストリートクライに告げる。

 

「次のレースで掲示板に入れなかったらクビだって……」

 

 ゴドルフィンでは成績不振の者は容赦なく切り捨てられる。中には成績が不振でもトレーナーが走りに見所を感じた者や、まだ成長途中であると感じた者はチームに籍を置けるが、キャサリロのトレーナーは見所や伸び代を感じていなかった。

 

「いやだよ……まだ走りたいよ……」

 

 いつも強気のキャサリロだったが、この時ばかりは幼子のように震えていた。その姿を見てストリートクライは肩に手を置きながら顔を見据える。

 

――――嘆いていても始まらない、トレーニングしよう

 

 目線語るがキャサリロは意図を読んでくれず震えていた。

 

 

 トレーナーの宣告から数日、平静を取り戻したキャサリロはハードワークを課した。クラシックの時は、クラシックに出るか否かの問題だった。だが今回は競技人生が掛かっている。その様子はまさに死に物狂いだった。ストリートクライもリハビリの時間を必要最低限に削り、残りの時間をトレーニングの付添いや相手のスカウティングに費やす。

 そして運命を決めるレース、キャサリロは死力を尽くし懸命に走った。後で思い起こせばこのレースがベストレースだったかもしれない。だが結果は7着。この日をもってキャサリロはゴドルフィンから除籍された。

 

 レースが終わってからの夜、ストリートクライは荷造りを始める友人の後姿を黙って見つめていた。

 何と声をかければいいのだろう?慰めの言葉?励ましの言葉?様々な言葉が脳内に浮かぶが、どれも上手く言語化できない。

 

「ねえクライ、私の姿は滑稽だった?」

 

 キャサリロは後ろを振り向き呟く。その一言にストリートクライの目を見開く。言葉も衝撃的なものだったが、驚いたのはその声色だった。負の感情がむき出しで長い付き合いで初めて聞くものだった。

 

「才能が無い私が無様に足掻く様は面白かったでしょ。トレーニングに付き合ってくれたのも、その無様な姿を間近で見たかったからでしょ」

「違う」

 

 ストリートクライは即座に反論し、睨みつけるようにキャサリロを見つめる。たった一人の友人をそんな風に見るわけがない。それどころか最大限のサポートをしたのに、何故そんなことを言う。ストリートクライの睨みは、キャサリロの言葉に対する怒りを表していた。だがキャサリロはその睨みを意に介することなく言葉を続ける。

 

「じゃあ何で励ましてくれなかったの!?何で慰めてくれなかったの!?いつも黙ってさ!言葉にしなきゃ伝わるわけ無いでしょ!」

 

 その言葉にストリートクライの胸中は怒りと悲しみに満たされる。いつも心の中で励ましていた。慰めていた。そしてトレーニングに付き合い、レース相手のスカウティングをするなどして行動で示した。それなのに何故伝わらない。

 

 その会話を最後にキャサリロは部屋を飛び出し、アメリカ支部から去っていく。その後ストリートクライは連絡を取ろうとするが、音信不通になっておりどこで何をしているか知らない。

 普段であればキャサリロはストリートクライの無言のエールや、その行動の意味を正しく受け取れた。だが連敗が続き平常心を徐々に蝕み、理解力の低下を招いた。またストリートクライもキャサリロの理解力の高さに甘え、自分の思いを言葉にすることを怠ってしまった。

 ストリートクライは一番の友人に理解してもらえなかったショックから、益々寡黙になっていく。そして以前より一層トレーニングに励むようになる。

 

 怪我が治ったストリートクライは重賞3レース走ったが、すべてウイニングライブ圏内を確保するが勝利する事はできなかった。以前より相手の力を削る走りに磨き、それはグレーな走りで時には物議を呼んだ。一見その行動は勝利を求めておこなっているものにも見えるが、そういった行動をおこなう者に共通する勝利への執念が全く見えない。それは勝利を目指しているというポーズをとっているようだった。

 だが前走では圧勝しており、メンタル面が改善したかに思えるがそうではない。ストリートクライの身体能力と技術は世界トップクラスであり、その技と体で押し切ったにすぎず心の問題は解決していない。

 

 ストリートクライ自身もモチベーションの低下を感じ取っていた。その原因について自問自答する。

 

 走る理由のせいだろうか?

 

走る理由はある。走るのを辞めれば、あの居心地悪い家に帰らなければならない。だが走ればそれなりの結果がついてきて衣食住に困らない。だがそれはマイナスの理由だ、前はもっと前向きなプラスの理由が有ったはずだ。だが今は失ってしまった。ストリートクライは何かが足りないのを自覚しながら走り続けた。

 


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