勇者の記録   作:白井最強

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勇者と太陽と未完の大器#6

 ザ メイダン ホテルのフロントは全面ガラス張りで吹き抜けになっており、昼では太陽の光が差し込み開放的な雰囲気を味わえる。夜では一帯は暗くなるが、金色の光がガラスや床に反射しフロントを鮮やかに照らす。時間帯によっては生のピアノ演奏を聴けることができ、客たちを楽しませる。

 スペシャルウィークとアグネスデジタルはガラス張りの壁越しに見えるドバイの星と海を見つめる。

 

「前日祭豪華だったね」

「はい、WDTの前夜祭に出たことがありますが、豪華さと派手さはそれ以上でした」

「本当に驚いたよ」

 

 ドバイミーティング前日には前日祭がおこなわれる。そこにはドバイミーティングに参加するウマ娘と関係者が一堂に会し、健闘を誓い合う。そこでは二人でも知っているような有名歌手のミニコンサートや豪華景品が当たるビンゴ大会などが行われ、まさに祭りに相応しい催しだった。その豪華さと規模の大きさにデジタルたちはただ度肝を抜かれていた。

 

「もう明日は本番で、明後日には帰るんだよね」

「1週間あっという間でした」

 

 デジタルは感慨に耽りながらドバイでの1週間を振り返る。決して順調にはいかなかった。誤解やすれ違いもあり、関係は良好ではなかった時期もあった。だが今はお互いを理解し合い良好な関係を築けている。それだけでドバイに来た価値はあった。

 スペシャルウィークも1週間を振り返る。いつもと違うトレーナーとメンバーでトレーニングをして一緒に過ごした。最初は辛いこともあったが、今は様々な体験ができた。明日の結果がどうであれ、海外遠征に踏み切った価値はあった。

 

「うん、肌ツヤ弾力ともに問題なし、絶好調だな」

 

 感慨にふけっていたスペシャルウィークに悪寒が走る。ふくらはぎに別の体温と触られる感触が伝わる。瞬間的に後ろ足で蹴り上げ後ろを振り向く、そこには見知った顔があった。

 

「トレーナーさん!?」

「この威力、まさに絶好調だな。よっ、久しぶりだなスペ」

 

スピカのトレーナーは体を起こし、手を挙げながらスペシャルウィークに挨拶する。

 

 

「いつここに来たんですか!?」

「今しがただ」

「来るって連絡してくださいよ。明日来ないかもって心配したんですよ」

「悪い、驚かそうと思ってな」

 

 トレーナーの言葉に、スペシャルウィークは呆れと安堵と喜びを綯交ぜにしたように破顔する。いい表情だ。これが本来のスペシャルウィークの表情なのかもしれない。デジタルはトレーナーと再会したことを自分のことのように喜んでいた。

 

「やっぱり、スペシャルウィーク君はスピカのトレーナーと一緒にいるのが一番やな」

「あっ白ちゃん」

 

 デジタルの元にトレーナーが近寄り、手に持っていた二つの缶飲料の一つを手渡す。

 

「そうだね、今まで1番いい顔している」

「これで、お役御免やな」

「寂しい?」

「本音を言えばな」

 

 スピカのトレーナーの代役といえど、自分のチームのウマ娘と同じように愛情を注いだつもりだ。行動を共にしていくうちに、まるで長年自分のチームにいたような感覚に陥っていた。それほどまでにスペシャルウィークとの相性の良さを感じていた。

 だがスペシャルウィークとスピカのトレーナーが話している雰囲気で分かった。スペシャルウィークがいる場所は自分の下ではない、チームスピカだ。暫くするとデジタルのトレーナーに気がついたスピカのトレーナーが挨拶する。

 

「お疲れ様です白さん」

「お疲れ、腹の調子は大丈夫か?」

「それは問題ありません。それよりスペを世話してくれありがとうございます。ふくらはぎ艶と弾力、そして蹴り足の威力。まさに絶好調です。さすが白さんです」

「相変わらずセクハラして、蹴られたんか。それで何でピンピンしてるんや?ウマ娘に顔蹴られたら、普通骨の一本や二本折れるぞ」

「衝撃の逃し方とかコツがあるんですが、それを覚えれば平気ですよ」

「そうか」

 

 スピカのトレーナーの言葉にデジタルのトレーナーは乾いた笑いを浮かべる。そんな技術を習得しているのはスピカのトレーナーだけだろう。それで調子がわかるのだから唯一無二の技術だ。ある意味尊敬できる。そしてスペシャルウィークとスピカのトレーナーの再会を見て、本来の目的を思い出す。

 

「再会といえば、デジタル。お前にもスペシャルゲストが来ておるで」

「えっ?誰?」

「それは来てのお楽しみや」

 

 デジタルは期待に膨らませながら、前方を見つめる。スペシャルというからには予想外の人物だろう。すると近づいてくる二人の人物がいる、背格好からして男女だ。女性は金髪のセミロングで、ピンクのシャツにスラックス、体型もスラっとしておりモデルのようだ。

 男性は赤髪のオールバックでメガネをかけている、身長は180センチ近くの偉丈夫だ。近づいて姿が鮮明になるにつれデジタルの目は見開いていく。

 

「パパ!ママ!」

 

 

 デジタルは二人に抱きつくと挨拶のキスを交わし、両名も同じように挨拶のキスを交わす。

 

「デジタル元気だった?」

「うん!それよりどうしてここに?」

「娘の晴れ舞台に来ない親はいないさ」

 

 父親はデジタルの頭を撫でデジタルは嬉しそうに受け入れる。両親に会うのは前回の帰省以来だった。そしてレース前に会うことはそれ以上に久しぶりのことだった。両親がデジタルのレースを見に来たのはデビュー戦以来である。三人は言葉を交わすと母親はスペシャルウィークに気がつき近づいていく。

 

『貴女はデジタルのお友達?デジタルがお世話になっています』

「ハーワーユー!マイネーム、イズ、スペシャルウィーク!ナイス、トゥ、ミー、チュー!」

『スペシャルウィークさんと言うのね。よろしく』

 

 スペシャルウィークは突然のことに驚きながら定型文の挨拶を交わし、デジタルの母親も笑顔で握手を交わす。そこにデジタルも加わり女性同士で会話に花を咲かす。一方父親はデジタルのトレーナーの元へ向かう。

 

『ご無沙汰しています。Mr.white。デビュー戦以来ですね』

『こちらこそ。アメリカから来て下さりありがとうございます。貴方達の応援はきっとデジタルの力になるでしょう』

『ありがとうございます。ところでデジタルは勝てそうですか?』

 

 デジタルの父親の目つきが鋭くなる。それは勝負事の厳しさを知っている者の目つきだった。

 

『今までで1番強い相手です。今年の初めに勝負したら5バ身差はつけられるでしょう』

 

 トレーナーは当初は当たり障りのないことを言おうとした。だがその目を見て考えを変える。下手に楽観的にことを言うのは失礼に値する。その厳しい予想に父親は息を呑み込む。

 

『ですが、日々のトレーニングに強敵とのレースを経て、デジタルは成長しました。その差は確実に縮まっています。それにデジタルは常識はずれのウマ娘です。今までも私の予想を軽々と超えていきました。きっと明日も私の予想を超えてくれます』

 

 トレーナーは頬を緩ませる。初めてGIを勝ったマイルCSでも、去年の天皇賞秋でもデジタルは予想を超えていった。相手は世界最強だ。だがその相手に勝てる才能とトレーニングをデジタルは積んできた。そしてドバイワールドカップに向けて、自身のすべての知識と技術を駆使し仕上げた自負がある。

 トレーナーの言葉を聞き父親が頬を緩ませる。自分を喜ばせようと強い言葉を述べたのではない。他人と自分たちを客観的に分析し述べた言葉だ。今の言葉には力がある。この人物に娘を預けて本当によかった。

 

『それでスペちゃんの友達のエルコンドルパサーちゃんに勝ったブロワイエがジャパンカップにやってきたの!』

『因縁のレースね。それで?』

 

 女性陣の会話はスペシャルウィークの話題になり、デジタルの熱の入った話を母親が耳を傾ける。するとデジタルの懐にある携帯電話が振動する、電話の相手はエイシンプレストンだ。サイレンススズカと話したとき以来喋っていない。どんな話だろう?

 

「プレちゃんから電話だ。話の続きはスペちゃんよろしく」

「私!?」

 

 突然話を振られて困惑するスペシャルウィークを他所に、デジタルは電話に出る。

 

「もしもし」

「もしもし、プレちゃん」

「いよいよ明日だけど、調子はどう?」

「調子はバッチリ!」

「それは良かった。ところで明日に向けて私たちから激励の言葉があるけど聞きたい?」

「聞きたい!」

「よろしい。じゃあドトウさんに代わるわ、どうぞ」

 

 電話の相手はプレストンからメイショウドトウに代わる。

 

 

「もしもし、デジタルさんですか、ドトウです」

「ドトウちゃん、久しぶり。そっちはどう?花粉症とか大丈夫?」

「ありがとうございます。花粉症は大丈夫な方なので問題ないです。デジタルさんドバイはどうですか?」

「大分慣れてきたよ」

 

 二人は当たり障りのない世間話を話す。声を聞くのは一緒にトレーニングした以来だが、まるで一ヶ月ぶりに聞いたように懐かしい。

 

「それで、ドバイワールドカップではトリップ走法を使うのですか?」

「使うよ」

「私個人としては使って欲しくありません」

 

 ドトウの言葉は穏やかな口調から一転し、真剣みを帯びたものになる。その言葉にデジタルも息を呑み沈黙する。

 

「あの走りはデジタルさんの力を100%、いや120%引き出します。限界を越えた先には必ず代償がつきまといます。サキーさんが魅力的で少しでも近づきたいというデジタルさんの気持ちは分かっているつもりです。けど、それで怪我をしたら元も子もありません」

 

 ドトウは諭すような口調で語りかける。よく限界を超えろと言い、それが良いことのように持て囃されるが、ドトウの考えは違っていた。

 限界を超えることは良い事ばかりではない。限界を超えた先には必ず代償、体に無茶がかかり怪我を招く。そしてそれが引退のきっかけになることになるかもしれない。120%の力に頼るのではなく、鍛えて100%の力で勝てるようにするのが正しい競技者としてのあり方だ。

 刹那的に生きてはいけない。長く現役でいればその分素敵なウマ娘に出会う可能性が上がる。何よりデジタルが怪我で引退するという姿は見たくない。

 

「ありがとうドトウちゃん。でも使わなきゃサキーちゃんに近づけないし勝てない。だから使うね」

 

 デジタルは決断的に言い放つ。ドトウは本当に自分の身を気遣ってくれている。その気持ちは涙が出るほど嬉しい。だが世界一の壁は想像以上に高い、残念ながら代償を払わず勝てる相手ではない。

 

「わかりました。デジタルさんの無事と勝利を日本から祈っています」

 

 ドトウはデジタルの声を聞き、説得は無理であると悟る。自分の考えは現役を退いた者の考えだ。自分も120%の力を引き出す術を持っていれば、テイエムオペラオーと走るときに使っているだろう。その術を持っていれば使うのは当然なのかもしれない。

 

 

「もしもし、ボクだ」

「オペラオーちゃん」

「こっちはドバイミーティングに向けて盛り上がっている。報道量はデジタルが一番で、ボクやドトウ達にもインタビューが来たよ。ちゃんと美辞麗句を並べて置いたよ。ボクの次ぐらいに強いって」

「フフフ、ありがとう。最高の褒め言葉だよ」

 

 オペラオーがおどける様に喋り、デジタルも笑みをこぼす。ああは言っているが、本当に言いそうだ。でもそれを怒る気はない、天皇賞秋だけで格付けが済んだとはこれぽっちも思っていない。

 

「サキーは太陽のエースと呼ばれているようだね。エースか、いい二つ名だ」

「でもオペラオーちゃんは覇王だよ、かっこいいって」

「そうボクはウマ娘の頂点、クイーンだ。そしてサキーはエース。負けているつもりはないがトランプではクイーンよりエースのほうが強い。だがそんなエースより強いカードがある。分かるかい?」

「ジョーカー」

「そう。デジタルはジョーカーだ」

 

 オペラオーは思う。デジタルというウマ娘を一言で表現するなら、変化球だろう。

 距離、芝ダート、地方中央海外不問の能力を持つデジタルは王道とかけ離れたローテーションを歩んできた。さらに人気薄でGIを勝ったと思ったら、次の重賞でコロッと負けるように絶対的な強さがあるわけではない。さらに思考も今まで関わってきたどのウマ娘と異なっていた。掴みどころがなく変幻自在、まさに日本ウマ娘界のジョーカーだ。

 

「だからボクは信じている。エースよりジョーカーのほうが強い」

「ジョーカーか、何だかカッコイイね」

「だが、大富豪ではジョーカーはスペードの3に負ける。本番ではスペード3に気をつけるんだ」

「確かに、あたしも大富豪ではスペ3にやられること多いんだよね。気をつけるよ」

「じゃあ、プレストンに代わるよ」

 

 電話はオペラオーからプレストンに代わる。

 

「もしもし、元気にしている?」

「うん、元気だよ。ドトウちゃんとオペラオーちゃんから心に染み渡る言葉をもらったよ。プレちゃんは何を話してくれるのかな~?」

 

 デジタルの挑発的な言葉に、プレストンの苦笑が受話器越しに聞こえてくる。プレストンはわざとらしく咳払いし話し始める。

 

「じゃあ、今から有難いお言葉を授けるわ。心して聞きなさい」

「ハードル上げるね。ではどうぞ」

「ウマ娘のレースは一期一会。一緒に走った相手と何度も走れるとは限らない。そのウマ娘が長期の怪我をするかもしれない、何らかしらの事情で引退するかもしれない。だからサキーとのレースは悔いが残らないように楽しんできて、レースの結果はとやかく言わないから」

 

 デジタルは勝利至上主義ではない。レースでウマ娘と触れ合い、レースでの交流を楽しむ。それがデジタルの主義である。長い付き合いであるプレストンは知っており、レースを通してウマ娘と交流すること。それが一番に願っていることだった。

 

「どう、有難い言葉でしょ」

「うん、明日はサキーちゃんとのレースを楽しんでくるよ」

「じゃあ、明日に備えて早く寝なさい。お休み」

「お休み」

 

 デジタルは電話を切り、スペシャルウィークと母親のほうを見る。スペシャルウィークが片言の英語と身振り手振りで必死に喋り、母親が食い入るように話を聞いている。その光景に微笑ましさを覚えながら、二人の元へ近づく。

 

「おまたせ、スペちゃん」

「よかった。デジタルちゃんのお母ちゃんに伝わっているか聞いてくれない?」

『スペちゃんの言っていること分かった?』

『ええ、スペシャルウィークさんとブロワイエのジャパンカップでの激闘が伝わってきたわ』

「手に汗握る激闘で、聞いているこっちも興奮したってスペちゃん」

「よかったです」

「あんな『ブロワイエ、ベリー、ファスト』『アイム、ピンチ』なんて英語でも伝わるもんだなスペ」

「トレーナーさんも手伝ってくださいよ」

「これも異文化交流だ」

 

 トレーナーはスペシャルウィークが悪戦苦闘しているのを、助け舟を出さずニヤニヤと笑い眺めていた。その行動が不満だったのか抗議している。

 

『さっきの電話は友達?』

『うん、ドトウちゃんにオペラオーちゃんにプレちゃん』

『よく話題に出るお友達ね。それで何て?』

『掻い摘んで言えば激励の言葉かな』

 

 母親の質問に笑みを浮かべながら答える。

ドトウは自身の体を気遣ってくれ、オペラオーは勝てると励まし、プレストンはレースを楽しめと言ってくれた。

 三人の言葉はそれぞれの性格が出ており、その言葉はすべてデジタルに活力を与えてくれた。

 母親はデジタルの表情を見て察する。友人の言葉はデジタルの琴線に触れ高揚させたのだろう。良い友人に巡り会えたようだ。

 暫くしてお互い積もる話があるだろうと、スペシャルウィークとトレーナー、デジタルとその両親と、それぞれが別の場所に別れていく。そして其々の戦いへの英気を養っていった。

 


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