勇者の記録   作:白井最強

26 / 26
ドバイワールドカップ編最終話です!


勇者と太陽と未完の大器#8

 

『さあ、スタートしました。ポンと飛び出しハナを切ったのがサキー、それに続くのがストリートクライ、後にサウジアラビアのセイミ、1バ身離れてアグネスデジタルはここにいます。さらに1バ身離れてクリムゾンクエスト、フランスのケルトス、ベストオブベスツ。ロイヤルライスト。最後尾はステートシントです』

 

 サキーとストリートクライは好スタートを切るが、僅かにサキーのほうが速く先頭でレースを引っ張っていく。

 

『サキーの後ろをストリートクライがピッタリとくっついて行きます。後続を3バ身、4バ身、5バ身と引き離していきます。』

 

 隊形は縦長になっていく、この展開は後続のペースが遅いのではなく、二人のペースが速いからおこっている。明らかにハイペースであり、これについていけば潰れてしまうと他のウマ娘は判断し、ヒートアップして共倒れになったところを差し切る展開を期待していた。

 

 サキーは先頭でよどみの無いペースを刻みながら、後ろにいるストリートクライに意識を向ける。このレースで最も面倒な展開は、ストリートクライが自分の前にいる展開だった。

 歩幅を調整し、土のキックバックを相手の顔に当てる。後ろにいるウマ娘との間隔を詰めて僅かに減速し、そのウマ娘は接触を恐れ反射的に減速する。自分の意思ではない、急な減速は体力を消耗してしまう、また仕掛けどころでそれをされると、致命的な遅れになる。

 ストリートクライはそういった後ろにいる相手の力を削ぐ技術が抜群に長けていた。ラフな走りだが、それについて一切非難するつもりはない。後ろの相手を急減速される技も、相手の技量を正確に計り、接触による転倒がないように調整するなど一線は超えていない。

 反則ギリギリの灰色な走り。だが反則でなければ問題にすることはできない。相手の力を削ぐこともレースに勝つために必要な力だ。

 

 ストリートクライの前に出ることに成功したが、ストリートクライも前に出ようとスピードを上げ、サキーも前に出られないように同じくスピードを上げる。結果、ペースはハイペースになっていく。この展開は最良の展開ではないが、想定し対処できる展開であった。

 

 ストリートクライはサキーの一挙手一投足を観察する。

 サキーの前に出て力を削ぐという作戦は失敗に終わった。だが後ろから煽り、サキーのペースを上げさせ、後続から切り離すという善後策は成功した。周囲にウマ娘がいればいるほど紛れが生じる。それは自分の益にもなり害にもなる。邪魔される展開は避けたい。このマッチレースのような展開でも決して力負けしない自信はある。

 

『さあ、三コーナーを回って、依然ゴドルフィン二人が飛ばします。後続との差は10バ身。後ろはまだ動きません』

 

 依然サキーが先頭でストリートクライがぴったり後ろに付いていく。代わり映えのしない展開のようだが、二人の駆け引きの応酬が繰り広げられていた。

 

 後ろにつく者の欠点は相手が前にいることによる、距離のディスアドバンテージ。利点は前にいる者にプレッシャーを与えられること、そして風よけにできることである。スピードを上がれば上がるほど、風の抵抗が増し体力を削いでいく。それは勝負を左右する重大な要素だ。それ故にストリートクライはサキーを風よけにしようとする。

 無論サキーもその狙いは知っており、僅かに位置を変えながらストリートクライに風よけの恩恵を与えない。

 サキーは距離のアドバンテージをもらい、ストリートクライは後ろからプレッシャーを与えた。二人の道中での駆け引きは五分五分である。

 

『さあ、後続が徐々にスピードを上げ、縦長だった展開が詰まってきました』

 

 ハイペースで飛ばしていたサキーとストリートクライだが、道中の駆け引きや、一息入れたいという思惑でペースを落としていたが、世界最強を決めるレースに集まった猛者達がそれを見過ごさない。後続一団はペースを上げ、前を行く二人に息を入れる間を与えずプレッシャーをかける。3番手と二人との差は2バ身まで詰まっていた。

 

『今4コーナーを回り直線を向いた!残り400メートル!世界最強の称号を得るために、精鋭10人がすべてをかける!先頭はサキーとストリートクライ!』

 

 ストリートクライはサキーの後ろから外にポジションを変えて並びかける。ギリギリまで後ろでプレッシャーをかけようと考えたがここが限界だ。末脚のキレは相手が上だ。仕掛けを遅らされたらキレで負ける。こちらから仕掛けなければ勝機はない。

 

『後続との差を3バ身、4バ身!5バ身!後続との差をジワジワと広げていく!』

 

 前にいる二人は息を僅かに入れたが道中はずっとハイペースで走っていた。その間脚を溜めていた自分たちが有利なはずだ、何故差が広がっている!?二人の驚異的な走りに後続のウマ娘の心は折れていた。

 

『ゴドルフィン2人の一騎打ちで決着か!?』

 

 

――――強い

 

 レース場のスペシャルウィーク、スピカのトレーナー、デジタルのトレーナー、トレセン学園の講堂で見ているオペラオー、ドトウ、プレストン、チームスピカのメンバー、キングヘイローとチームリギルのメンバーとトレーナーの頭に過る。

 

 道中での駆け引き、ハイペースで先頭を走りながらも、直線で後続を突き放す持久力とスピード。まさに世界最強を決めるに相応しいレースだ。流石のアグネスデジタルも太刀打ちできないか?

 アグネスデジタルを応援しているすべての者に敗北の二文字が過る。だがデジタルのトレーナーとスペシャルウィークは肉眼で、講堂にいるオペラオーとドトウとプレストンは画面に映る少しぼやけたデジタルの表情を見て、希望が宿る。

 

――――アグネスデジタルはまだ終わらない

 

『内ラチ沿いから二人との差を猛然と詰めるウマ娘は?…アグネスデジタルだ!アグネスデジタルがゴドルフィンの二人に並んだ!』

 

 

デジタルは道中、他のウマ娘を風よけにしながら、4番手につけ集団の流れに身を任せて進んでいく。前にいる風よけのウマ娘の背中で、デジタルの視界にはサキーは映らない。サキーを見てしまったら、溜め込んでいた想いが解き放れてしまう。デジタルの心の波は凪ぎの様に落ち着いていた。

 

3コーナーを回った頃には集団のスピードが上がっていき、デジタルもスピードを上げる。そして4コーナーを回るころにデジタルは動く、風よけに使っていたウマ娘の後ろから移動し、内ラチ沿いのポジションを位置とる。直線を向かえるとそこにはゴールまでの道が開けていた。

 

(流石白ちゃん、予想ばっちり)

 

デジタルはトレーナーからある指示を受けていた。

 

―――このレースはサキーとストリートクライがハナを主張し、ハイペースになるかもしれん。そうなったら、直線を迎えるとき何としても内のポジションを取れ。直線で内がパッカンと空いているぞ

 

 トレーナーはストリートクライが走るレースで、ストリートクライの後ろにつけていた人気のウマ娘の着順が悪いことに気づく、レース映像をコマ送りで見ると、後ろにいるウマ娘に土が当たるのが確認できた。他にも所々で妙に減速し、他のウマ娘が走りにくそうにもしているレースがいくつもあった。

 

 これは偶然ではなく意図的にやっている。ドバイワールドカップでもこの技術を駆使し、相手の力を削ぐだろう。その相手は本命のサキーだ。そしてサキーもそれを知っている可能性は高く、防ぐ方法はストリートクライより前に位置をとることだ。

 

 ストリートクライは前に行きたい。サキーも前に行きたい。そうなればハイペースになり、そのまま4コーナーを迎えれば、スピードによる遠心力で外に膨れながら直線を走るだろう。そうなれば内が空く。

 

 こうなればデジタルが距離ロスなく走れて有利の展開になる。だが可能性の一つであり、そうなるとは限らない。トレーナーはこの展開に備えておくという意味で、展開予想と指示を与えた。

 

 偶然にもトレーナーが望む展開になっていた。

 

 デジタルと先頭との差は5バ身。偶然にもトレーナーが予想するサキーとの着差だった。その差を埋めるために努力してきた、トレーニングを積んできた。培ったすべてをここで残らず出す!

 内が空いているのを確認した瞬間、脳をフル稼働させ、イメージを構築する。イメージするのは自分を苦しめた東北の皇帝ヒガシノコウテイ、南関の求道者セイシンイブキ。

 

(((ダートは芝の2軍じゃねえ!ダートが一番すげえんだ!ダートの価値はあたしが上げる!アグネスデジタル!芝ウマ娘のお前には負けない!)))

(((トウケイニセイさんが!オペラお姉ちゃんが地方に光を与えてくれた!今度は私が光を与える!地方のために勝ちます!)))

 

 

 デジタルに息苦しさと寒気が襲う。このプレッシャーはフェブラリーステークスで感じたものだ。あの時は二人が発するプレッシャーの正体が何か分からず、恐怖した。だが二人と走り言葉を交わしたこと今なら分かる。

 ダートと地方、二人が愛したものを守るため、その価値を上げるために、死に物狂いで自分に挑んだ。その気迫がプレッシャーの正体だ。今度はそのプレッシャーを受け止め、逃げる力という推進力にかえる!

 

 デジタルはダートと地方の鬼から全力で逃げる。そのスピードは、恐怖し体を竦ませていたフェブラリーステークスの時より明らかに速かった。

 

(((ダートの頂点を取れ、そして、あたしともう一度走るぞ。そのほうがダートの価値を上げるのに手っ取り早い)))

(((勝ってください。そして、南部杯で一緒に走って、地方を盛り上げましょう)))

 

 二人のイメージがデジタルの背中を押す。今まで感じていた寒気や息苦しさはなく、暖かい温もりがデジタルを包み活力を与える。そして二人のイメージは消えていく。

 

(うん、勝って三人で南部杯を走ろう)

 

―――ゴールまで残り400メートル、先頭との差3バ身

 

 デジタルは次のイメージを瞬時に構築する。次に浮かべるのは親友でもあるエイシンプレストン。右隣には併走するプレストンの姿が現れる。

 無駄の無い美しいフォーム、風でなびく艶のある漆黒の髪、風を切り裂くような末脚のキレ味。そこには香港マイルで他のウマ娘を子供扱いにした、デジタルが考える最高のプレストンがいた。

 

(((頑張りなさいデジタル。でないと置いていくわよ)))

 

 最高のプレストンを少しでも感じたい。デジタルは懸命に足を動かす。

 

 アメリカからトレセン学園に入学し、同室になったのがプレストンだった。プレストンとは多くの時を過ごした。他愛のない話で笑い合い、悩み事にも相談に乗ってもらい。時には喧嘩したりした。レースでも何度も一緒に走り、同じレースで一番多く走ったのがプレストンだ。

 レースでも日常でも多くの苦楽を共にしてきた掛け替えのない親友だ。そしてライバルだとも思っている。イメージでもプレストンに負けたくない!そのライバル心がデジタルを加速させる。

 

(((サキーまであと少し、思う存分楽しんできて!)))

 

 デジタルがイメージのプレストンの前に出ると、プレストンがデジタルの背中を優しく押し、イメージのプレストンは消えていく。

 

(帰ったら思う存分にサキーちゃんとの思い出を聞かせてあげる)

 

―――ゴールまで残り300メートル、先頭との差2バ身。

 

 デジタルはすぐに次のイメージを構築する。次に浮かべるのは友人のメイショウドトウ。隣にドトウの姿が現れ、その大きい体に相応しい力強い走りでコースをかけていく。

 

 ドトウは引っ込み思案で控えめな性格だ。でも皆を気にかけて気遣ってくれる。トリップ走法の体に与える負担に気づき、使用することについてトレーナーと口論したと聞いたときは驚いた。それでも昨日は願いを尊重し激励の言葉をかけてくれた、

 トレセン学園にいるウマ娘は自分の体より勝利を求めがちだ。それでも友人をおもい、友人の幸福のために無茶を止めようとしてくれた。そんな優しいドトウが大好きだ。

 

そしてドトウには優しさだけではなく、強さも備わっている。

ライバルのオペラオーに挑み何度も何度も叩き潰された。それでも挫けず一矢報いた。自分がプレストンに連戦連敗していたら、心が挫けていただろう。その不屈の精神には心から尊敬し、その姿に憧れていた。そんなドトウと友人になれて本当によかった。

 

((デジタルさん……、頑張ってください)))

 

 ドトウの声は不安になりながらも、それを押し込み励まそうとする健気さがあった。不屈の走りとその優しさがデジタルの疲れを癒し、活力を与える。

 

 

(((無事に帰ってきてください。そして盛大な祝勝会をあげましょう)))

イメージのドトウは後退しデジタルの背中を優しく押し、その姿が消えていく。

 

 

(ドトウちゃん、勝って無事に帰るからね)

 

――――ゴールまで残り200メートル、先頭との差1バ身。

 

 デジタルはすぐに次のイメージを構築する。次に浮かべるのは友人のテイエムオペラオー。隣にオペラオーの姿が現れ、どのウマ娘も真っ向勝負でねじ伏せてきた王者の走りが再現される。

 

(((さあ、ボクの姿をもっと見たいだろう!ならばついて来るんだ)))

 

 

 競技生活でいくつかのターニングポイントをあげるとしたら、メイショウドトウ、そしてテイエムオペラオーという誇り高き王者と走り、勝利したことだろう。

この勝利が自信になった。何より好きなウマ娘と一緒に走ることがこんなにも楽しいということを教えてくれた。

 

オペラオーを一言で言うなら王道だろう。

 

どんな困難にも立ち向かい王道路線を歩み続け、王者として挑戦者達を迎え撃つ。その姿は憧れであり、変化球の自分とは正反対のその姿にときめいていた。

オペラオーから多くのことを学んだ。敗者としての振舞い方、日本ウマ娘界の主役としての覚悟と責任、主役としての振る舞い。ウマ娘だけではなくファンに対しても気を使うように助言され、以前はウマ娘のことだけを考えていたが、少しだけ視野が広くなったような気がした。そのせいか周りの期待というものを少しだけ力に代える事を覚えた。

 

いつもまででもその誇り高い姿を目に焼き付けたい。

デジタルはイメージのオペラオーを近くで見ようと力を振り絞り、脚を動かす。だがオペラオーが減速すると背中に回り視界から消える。

 

 

(((デジタル、ボクが渡せなかった世界一を取ってきてくれ)))

 

 

(うん、必ず世界を取ってくるよ!)

 

オペラオーの手が力強く背中を押し、デジタルを後押しする。

 

――――ゴールまで残り150メートル、先頭との差0バ身。

 

「追いついた!サキーちゃんのすべてを感じさせて!」

 

 好きなウマ娘をイメージし、そのウマ娘を感じられると錯覚させることで、ドーパミンやエンドルフィンと呼ばれる脳内麻薬を分泌させ、多幸感を味わい疲労感を除去する。そしてイメージしたウマ娘を自分が追いかけられるギリギリのスピードに設定し、ウマ娘を近くで感じるために離されまいと、勝負根性と火事場の馬鹿力を発揮させる。それがトリップ走法である。

 デジタルの鼻からは血が流れていた。これはトリップ走法の際に脳を酷使したことによるものであり、初めて使った天皇賞秋でも同じように鼻血を出していた。その時に再現したのは2人だが今回5人分のイメージ、さらにフェブラリーステークスに感じた悪寒まで再現していている。その脳と体に対する負担は天皇賞秋より、さらに増していた。

 だがデジタルはそれに気にすることなく走り続け、このレースで初めてサキーに意識を向ける。トレーナーの期待、友人の期待、業界の期待、日本中の期待。それらをすべて力に代えサキーに追いついた。期待という燃料はすべて使い切った。

 

 だから燃料タンクという重りは一旦捨てる。ここからはサキーという最高のウマ娘と一緒に交流し感じるという、温存していた自分の欲の為というエネルギーで走る!

デジタルは右隣に並んだサキーに全神経を集中させる。その神経はかつてないほど研ぎ澄まされていた。

 横で併走するサキーの姿は通常であれば見られない。だが研ぎ澄まされた神経は周辺視野を広げ、その姿を捕捉する。

 躍動する体、滴り飛び散る汗、脹脛、腿、腹筋、背筋、すべての筋肉の動きが感じ取れ、毛穴の一つ一つまで認識できそうだ。網膜から送られる映像を脳に刻み込む。視覚情報だけではない。聴覚、嗅覚、触覚、味覚すべてを駆使し、サキーを感じ取る。

 鍛えぬき締まりながら女性的な美しさを損なわない肉体、一切の無駄なく、すべての力を推進力に変える見事な走行フォーム。弾む息遣いから聞こえる声も力強く聞いているだけで活力が貰える。臭いも香水のような香りではなく、学園の近くで咲いている杏の花の臭いのように心地よい。

 

 

すごい!イメージの何倍!何十倍も素敵だ!やはり実物はいい!

 

 

 デジタルの体中に多幸感が駆け巡り、脳内麻薬がさらに分泌される。

 もっと!もっとサキーちゃんを感じたい!時間よ止まれ!

 その願いに呼応するようにデジタルの感覚は鈍化し、スローモーションになっていく。

 

(デジタルさん、期待通り来てくれましたね)

 

 サキーは視線を前方に向け力を振り絞りながら、デジタルに一瞬意識を向ける。

 

 ウマ娘ファンを熱狂させ、それ以外の人を振り向かせるようなレースとは何か?

一番人気による圧勝劇か、人気薄による番狂わせか、そうではない。人々を熱狂させるレースは、上位人気の実力が拮抗したウマ娘達がすべての力を振り絞るレースだ。

 ウマ娘のなかでは、相手の力を十全に発揮させないで、余力を抑えて勝つのが強者のレースだと言う者がいる。

 その考えには一理ある。レースは一戦だけではない、その後もレースは続くので出来るだけ余力を残しておくにこしたことはない。だがそれは主義に反する。

 

 相手の光を消すようなレースでは、例え手に汗握る接戦でも人々の心には届かない。全員が光り輝く接戦こそ人々の心に届く。それ故にサキーは相手が発揮できないような走りはせずに、すべての力を出せるように心掛ける。

 その思いが通じたのか、ストリートクライは殻を破り潜在能力のすべてを発揮し、アグネスデジタルは想像以上の走りを見せる。これはきっと名勝負になり、人々の心に刻まれる。そんな確信を抱いていた。

 

『残り150メートル!日本の勇者!太陽のエース!未完の大器が力を振り絞る!』

 

「アアァァァ!」

 

 もう道を迷わない。もう道を見失わない。私の勝利はキティの勝利、私の夢はキティの夢。これからはキティと二人で私たちの夢を叶える。私たちの夢は誰も邪魔させない!

 ストリートクライは力と思いを開放するように叫び、併走する二人に自分の意思を示すように咆哮をあげながらゴールを目指す。

 三人横一線で並びながら、残り100メートルを切ろうというところで変化が生じる。

 

『あ~っと、アグネスデジタルとストリートクライが抜け出した!サキー苦しいか!?

サキー苦しいか!?芝の世界王者が沈んでいく!』

 

 サキーが二人から徐々に引き離され、その差が一バ身となり、レース場から悲鳴のような声が漏れる。

 ストリートクライもサキーが後ろに下がっていく様子を視界の端で捉える。ゴドルフィンのエースに勝った?これでこのレースに勝てる?一瞬少しの戸惑いと大きな喜びが心に満ちる。だがすぐさまかき消し、レースに集中する。サキーが下がるとともに視界の端に一人のウマ娘が現れた。誰だか知らないが私たちの夢を邪魔する奴がまだいる。ならば蹴散らすまで!ストリートクライは咆哮をあげながらゴールを目指す。

 一方デジタルの視界には依然サキーが隣を併走していた。これは現実のサキーではなく、イメージのサキーである。サキーを真横で感じたいという情念がデジタルを突き動かしていた。だが今サキーが後ろに下がれることに気づけば情念は薄まり、スピードが落ちるとデジタルの脳は判断する。その瞬間無意識にデジタルの脳はサキーのイメージを構築し、サキーが後退したことに全く気付いていない。

 

 

『アグネスデジタルが!アグネスデジタルが1バ身ほど抜け出した!』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 私は負けるのか?

 ドバイワールドカップ、キングジョージ、凱旋門賞、ブリーダーズカップクラシック。この世界4大レースに勝ち、ウマ娘レースのアイコンになり、その後も勝ち続け伝説となる。それは夢であり、使命だ。ここで負けるとなれば、その夢と使命を前に行く二人に託すことになる。

 

 ダメだ!二人に任せてはならない!

 

 これは二人にウマ娘レースのアイコンになる能力がある有無の問題ではない、任せられないではない、この辛い役目を他のウマ娘に任せてはならないからだ。

 周囲に出来る限り嫌われないように、出来る限り好かれるように常に計算しながら振る舞い。自分の時間をすべて犠牲にして、業界の発展のために尽力する。それが業界のトップになった者の責務だ。

 サキーもそのように常に振舞っていたがその日々は決して楽なものではなかった。サキーはその立ち振る舞いと陽性から周囲に好かれており、それが太陽のエースと呼ばれる所以でもある。

 だがその陽性は生粋のものではない。常に立ち振る舞いを計算し演出してきたものである。偽りの人工太陽。それが自分自身の評価である。

 太陽を演じる生活は神経をすり減らし疲弊させていく。何故こんなことをしているのだろう。すべてを投げ出して自由に生きたいと思うこともある。

 だが、自分が放り出したら誰が役目を引き継ぐ?誰にこの辛い思いを味わせる?

 責務を放り出せば、ウマ娘業界の発展は遅れる。その分だけ辛い思いをするウマ娘や関係者が増えていく。

 これは能力を持った自分の責務だ。何よりウマ娘が、トレーナーが、関係者が、ファン達が、ウマ娘レースに携わるすべてが好きだ。いや愛している。自分の犠牲で多くの携わる者が幸福になるなら、喜んで礎になろう。

 

 ここで負ければ年間無敗のグランドスラム達成が一年遅れる。その一年でどれほどのウマ娘業界に携わる者に、与えられるべき幸福を与えられなくなる

 負けてはならない!業界の未来の為に、これ以上足踏みしている暇はない。自覚しろ!もう後はない!常に背水の陣なのだ!

 

責任感、愛情。

それらが尽きかけていた、いや眠っていたサキーの底力を呼び起こす。

 

 

『なんと…サキーが!サキーが差し返しに行く!』

 

 

 残り50メートルでサキーが息を吹き返し、ストリートクライを抜く。

 ゴール前でその加速は何だ!?何故生き返ってくる!?キティの夢を、私の夢を邪魔するな!ストリートクライは夢のために懸命に力を振り絞る。だが無情にもゴドルフィンの太陽は未完の大器を置き去りにしていく。

 

 残り30メートル、デジタルに日本ウマ娘界の悲願の達成、友人や両親達の願いなどの思いはすべて頭の片隅にも残っていない。今は只サキーというウマ娘を感じ堪能する。その一点だけだった。

 

 残り20メートル、サキーの姿に変化が生じる。美しい走行フォームは乱れ、只がむしゃらに走る幼少期のウマ娘のフォームに変わる。そして表情もどこか余裕が有った表情が、目が血走り、体裁も外聞もかなぐり捨てた鬼のような形相になっていた。そのサキーは横並びから抜け出し、デジタルの前に出る。

 

 待ってサキーちゃん。後ろ姿も魅力的だけど今は見たくないの、サキーちゃんの前が見たいの。だから待って。

 デジタルは心の声で呼び止めるが、サキーはその声に応じず、スローモーションの世界でゆっくりと離れていき、後ろ姿を見続けていた。

 

『そしてアグネスデジタルも交わした!!芝の世界王者はダートでも強かった!!死闘を制したのはサキー!ドバイの夜に太陽が燦然と輝いた!』

 

 

 レース場で見ているトレーナー達、日本で見ていたウマ娘たちは放心状態になっていた。残り100メートルでサキーとアグネスデジタルの差は2バ身、これでサキーが後方から猛然と追い込んでいたなら差し切れるかもしれない。だがサキーはハイペースで逃げており、直線半ばで失速した。普通ならズルズルと後退するか、踏みとどまれるぐらいだろう。だがサキーは加速しデジタルを交わし、恐らく半バ身差で差し切った。その加速はまるで後方一気で来たウマ娘のようだった。

 

 

「バケモンが!」

 

 

 デジタルのトレーナーは手すりに手を力いっぱい叩きつけ、恨めしく吐き捨てる。その様子にデジタルの両親たちはビクリと体を震わすが、その様子に気づくことなく、感情のおももむくまま構わず言葉を吐く。

 

 

「デジタルはサキーとの5バ身の差を埋めるどころか、6バ身差を埋めた……普通なら勝てたんや。だがサキーはそれを軽々と超えていった……」

 

 

 トレーナーの見立てではサキーに前哨戦やトレーニングの様子を見ている限り、去年のブリーダーズカップから特別な上積みはなかった。今日のデジタルの走りなら勝っていた。だが現実はサキーが勝ちだ。

 残り100メートルでの再加速。長年レースを見てきたが、あんな再加速を見たのは初めてだ。まるでデジタルの力が、サキーが見せたことない秘めた力を呼び起こしてしまったようだ。

 

 サキーはダートコースを横切り、立ち見のスペースに向かい、ファンからもらったタオルで汗を拭き、幼子を抱き抱え、写真をとり勝利の喜びを分かち合っている。これはサキーが勝利した後におこなういつもの行動だった。

 その様子はターフビジョンに映し出され、その多幸感あふれる映像に観客たちは酔いしれ、サキーの名を大合唱していた。

 あんなレースをしておきながら、このファンサービスをできるのか。その様子に驚嘆しながら、デジタルに視線を向ける。

 恐らくトリップ走法を使い限界まで力を出したはずだ。デジタルの姿を補足すると同時にデジタルの母親が悲痛な声を上げる。フラフラと地下バ道に降りていく姿はどう見ても普通ではなかった。

 

 

「デジタルのところに行きましょう。奥さん、旦那さん付いてきてください」

 

 

 トレーナーはデジタル父母を連れて、地下バ道直通のエレベーターに走るように乗り込み、スペシャルウィークとスピカのトレーナーもついていくように、エレベーターに乗り込んだ。

 

 五人はエレベーターを降りて、急いで地下バ道に向かう。そこには足取りおぼつかなくフラフラと歩くデジタルの姿がいた。

 

 

「デジタル!」

「あ……ママ?」

「大丈夫!?怪我はない!?」

「……大丈夫だと……思う」

 

 

 母親が真っ先に駆けつけ、スペシャルウィーク達も直様駆けつける。母親はデジタルを優しく抱き抱え安否を問う。デジタルはトリップ走法による極度の興奮が抜けきっていないのか、受け答えがはっきりとしていなかった。

 するとトレーナーがストレッチャーを持った医務の人間を引き連れ、デジタルの元にやってくる。医務の人間はストレッチャーにデジタルを乗せると医務室に運んでいき、トレーナー達も後についていった。

 

 

「後日検査しないと正確なことは言えませんが、今のところ極度に疲労しただけで、脚部などに異状はありません。とりあえず点滴を処置しておきました。暫くは安静にしてください」

「ありがとうございます」

 

 

 医師の言葉に一同は安堵する。トレーナーは礼を述べると医師は部屋から退出し、デジタルとトレーナー達だけとなる。

 

 

「とりあえず無事みたいだから、安心してママ」

「本当に無事で良かった……」

 

 

 デジタルはベッドから体をゆっくりと起こすと、疲労困憊ながらも精一杯の笑顔を作り母親に向ける。注射を差し弱々しい姿になりながらも、懸命に安心させようとする娘の姿に涙を堪えながら頭を撫でる。

 

 

「一着になれなかったよ。ごめんねパパ」

「謝ることはない。本当に頑張った。デジタルは世界一だよ」

 

 

 父親も同じく涙を堪えながら、娘を労うように頭を撫でた。暫く親子の語らいが続き、その間存在感を消していたトレーナーが、気を見計らってデジタルに語りかける。

 

 

「レースは楽しかったか?」

「うん!楽しかった!」

 

 

 デジタルはこれ以上ないという満面の笑みを見せ答え、トレーナーは破顔する。トレーナーがデジタルに言った自分のために走れ、初志を思い出せという言葉は、レースを通してウマ娘と交流し感じてこいという意味だった。デジタルの様子を見る限りそれは達成できたのだろう。

 天皇賞秋では内を走るオペラオーとドトウに対し、デジタルは大外を走ることになり、二人と肌を合わせ触れ合うことができなかった。結果的にはレースに勝利できたが、デジタルの表情に一瞬影が差したのを今でも覚えている。だが今はそんな影は一切ない。思う存分楽しんだ顔だ。その笑顔が見られただけで、ここまでの苦労が報われる。

 

 デジタルはトレーナー達に語る。イメージでのオペラオー達との会話、世界がスローモーションになったこと。

 遊園地に行った後の幼子のように喜々として喋る姿に、皆は顔を緩ませる。デジタルはレースに負けた。世間はデジタルを敗北者として憐れむかもしれない。だがトレーナーとデジタル父母はそうは思わない。レースを楽しんだデジタルはサキーと同じように、それ以上に勝者だ。

 

 

「いや~サキーちゃん強かったな~皆見ていた?サキーちゃんの勇姿を」

「そんな余裕あるか。デジタルしか見ておらんかったわ」

「ごめんね。私も」

「すまん私もだ」

「え~?ちゃんと見てないとダメじゃん。特にラストの鬼気迫る表情!綺麗なウマ娘ちゃんが表情を歪ませるのもいいよね!そこもまた魅力的で……」

「悔しくないんですか!!」

 

 

 今までデジタル達のやり取りを見ていたスペシャルウィークが声を張り上げる。その声量に医務室にいた全員が振り向く、スピカのトレーナーは語らいを邪魔するな、空気を読めと止めようとするが、それに構わず自分の意見をぶつける。

 

 

「あとちょっとで……あとちょっとで……世界一だったんですよ!それなのに笑って!悔しくないんですか!」

 

 

 負けた時に周りの者に心配させまいと空元気を出すことはある、自分も皐月賞で負けた時はサイレンススズカに対し空元気を見せ、凱旋門賞に負けたエルコンドルパサーも電話越しで空元気を出していた。だがその奥には泣き叫びたいほどの悔しさを溜め込んでいる。

 エルコンドルパサーも最後には悔しさを吐露し、自身もトレセン学園にある穴に力の限り叫んだ。飄々としているセイウンスカイでさえ、負けた悔しさで涙を滲ませる熱い気持ちを持っている。すべてのウマ娘は皆そうだと思っていた。だが目の前にいるアグネスデジタルは違う。

 負けた悔しさが何一つ感じられず、それが無性に腹が立った。

 スペシャルウィークは普段なら、例えそう思っていても声を荒げることはない。だがこの一週間共に過ごし、レースに向けての努力や、友人たちとの期待や、サキーへの想いを知った。

 

―――あんなに頑張ったデジタルちゃんが負けるなんて間違っている!

 

 スペシャルウィークはデジタルに感情移入していた。今抱いている気持ちが、デジタルが負けたことに対する気持ちだと自覚しておらず、そのモヤモヤした感情を、デジタルが負けたのに悔しがらないことに置き換え、吐き捨てていた。

 

 場は剣呑な空気になるが、デジタルはその空気に影響を受けることなく、あっけらかんと自分の意見を述べた。

 

 

「それはあたしだって負けたら悔しいよ。でもそれはやり残しがあった場合。このレースに向けてトレーニングも万全に行ったし、新しいトリップ走法も完成させた。レースでも展開もあたしに向いたし、新トリップ走法も上手くいった。やり残しなんて何一つない。白ちゃんはどうだった?」

 

 

 トレーナーはデジタルの突然の質問に慌て、数秒ほど考え込んだ後語る。

 

 

「言い訳と言われるかもしれんが、ドバイワールドカップに向けて万全の調整ができた。マスコミに聞かれたら胸を張って答える」

 

 

 手前味噌だが調整は完全にできたという自負があり、それほどまでにデジタルの仕上げは会心のものだった。それに悔いが残るような半端な仕事はしていない。

仕上がりは万全だったが、作戦において勝利を目指すという点で、もっとやりようがあったかもしれない。

 だが勝利を目指し、デジタルの要望に応えるという面において、最適な答えは今日のレースだった。

 

 

「じゃあ、問題なし」

 

 

 デジタルはトレーナーの答えを聞き、満足気な表情を浮かべる。トレーナーのことは信頼している。そのトレーナーが言ったならばそれは真実だ。

 自分もやり残しはなかった。トレーナーもやり残しはなかった。ならば問題はない。一方スペシャルウィークは答えを聞くが、納得できない表情を浮かべていた。

 

 

「そうだ白ちゃん。ウイニングライブは何分後?」

「準備含めて1時間後やろ?」

「じゃあ、白ちゃん……」

「言わんでも分かる。医者を説得するか、疲れを癒す特効薬でも貰ってこいって、言うつもりやろ」

「さすが白ちゃん。わかってる」

「ウイニングライブに出るんですか!?無理です!」

 

 

 デジタルの言葉にスペシャルウィークは再び声を張り上げる。同じウマ娘だから分かる。この疲労度ではとてもウイニングライブに出るのは無理だ。それに出たとしても、この状態では苦痛を伴い只の苦行だ。

 

 

「そんな状態で出る必要はありません。それで怪我したらどうするんですか!?」

 

 

 ウイニングライブのダンスの最中に怪我をするというケースはある。そのことを考慮し、ライブに出るのは義務ではなく、権利となっており、実際体の不調でウイニングライブを欠席したケースはある。

 1着のセンターならともかく、2着3着のウマ娘が無理をする必要はない。ここまで体を痛めて激走したデジタルが出なくても、誰も責めはしない。

 

 

「スペちゃん。敗者が勝者を讃えるライブに出ることは当然だよ」

 

 

 デジタルは何時になく真剣な表情でスペシャルウィークに語りかける。

 1着と2着には大きな隔たりがある。1着は歴史に名を残し、2着は一時期的に人々の記憶に残っても、数年経てば大半の人々の記憶から消えてしまう。それほどまでに扱いが違ってくる。

 ウイングライブでは1着と2着と3着が同時に同じ舞台に立つ、曲や振り付け構成は1着になった者を目立たせる者になっており、2着3着の者は目立たない。

 只でさえ2着で腸煮えくり返っているのに、1着を讃えるライブをしなければならないとライブに参加しないウマ娘もいる。

 だがデジタルが知るオペラオーとドトウなら、デジタルと同じ状態でも誇り高き敗者としてライブに参加するだろう。デジタルも憧れる二人のような敗者になりたかった。

 

 

「というのは、カッコつけた理由。あたしは只サキーちゃんのライブを自分の目で、リアルタイムで見たいだけ」

 

 

 真剣みを帯びた表情から一変し、いつもどおりの表情に戻る。

 サキーは世界中のウマ娘と、関係者とファンの幸福という夢のために、4大レースのグランドスラムを命題としてレースに挑んだ。そしてサキーは勝利した。

 満面の笑みを浮かべているだろうか?それとも課題を達成したことで安堵の表情を浮かべているだろうか?その姿を網膜に焼き付けたい。何より夢に向けて勝利したサキーを心から祝福したい。誇り高き敗者でいたいという気持ちもあるが、本心は後者だった

 

 そのためなら、代償を払ってでもかまわない。デジタルの父が負ければ一生後悔すると言っていたが、デジタルにとって一生の後悔は負けることではなく、ライブに参加できないことである。

 

 

「そんなことだろうと思ったわ。もしカッコつけた理由のままだったら、ツッコミ入れていたぞ」

「バレてた?カッコつけようと思ったけど、シリアスな空気に耐えられなくなっちゃった」

 

 

 トレーナーの軽口にデジタルは戯けるように答え、デジタル父母は笑みをこぼし場の空気は和やかなものになる。

 

 

「ということで、白ちゃんお願いね」

「わかった」

「パパとママはマッサージお願い~」

 

 

 まだ正常な思考に戻っていないのか、スペシャルウィークやスピカのトレーナーがいるという体裁を無視し、実家のように親に甘え始める。その小さな王様の要望に両親は応えるようにマッサージを始める。

 スピカのトレーナーは親に甘える姿を見られるのは恥ずかしいだろうと、気をきかせてスペシャルウィークと一緒に医務室を退出した。

 

 

「納得できないか?」

「……納得できません」

 

 

 部屋を出て開口一番トレーナーがスペシャルウィークに問いかける。

 自分にも友人を祝福したいという気持ちがあるので納得できた。だが負けて、あそこまで悔しがらない理由は納得できない。例えすべてが上手くいっても、自分なら負けたら何かしら勝ち筋が有ったかもしれない悔しがる。というよりただ単純に、負けたら悔しさが自然と湧いていくる。

 

 

「アグネスデジタルは勝利を外に置いているのかもな」

「外に?」

「デジタルは勝利をそこまで重要視していない、勝利より重要なものを目指しているのかもな」

 

 

 トレーナーの言葉がピースとなり、スペシャルウィークはデジタルの心理を理解する。

 デジタルはウマ娘を感じることを重きに置いている。無論勝ちたいという気持ちはあるが、絶対に勝ちたいというわけではないのだ。

 勝負の世界にいながら、勝負にこだわっていない。だからあの大歓声を浴びても平常心でいられたのかもしれない。

 これがデジタルの強さなのか、だが心理は理解できても納得はできない。やはり勝ちたいという気持ちを優先してしまう。デジタルの強さが欲しいが、その強さは得られない。このままでは自分はスズカやライバルを越えられないのか?

 

 

「別に納得できなくてもいい、アグネスデジタルにはアグネスデジタルの、スペにはスペの主義主張がある。そこに優劣なんてない。そしてスペにはスペの強さがある」

 

 

 トレーナーはスペシャルウィークの迷いを見透かすようにつぶやく。そうだ自分には自分の主義主張がある。そこから自分だけの強さを見出せばいい。

スペシャルウィークは力強く頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ドバイミーティングでは計7レースが行われ、そのレースすべてのライブが行われる。となれば時間は押しており、最初のライブはドバイワールドカップが発走してから、30分後に行われ慌ただしくスケジュールが進行していく。

 メインイベントであるドバイワールドカップのライブの時間が迫り、1着のサキー、2着のアグネスデジタル、3着のストリートクライの3名が壇上に上がる。デジタルは点滴投与と両親とトレーナーのマッサージの甲斐あって、ライブに参加できる程度の体力は回復していた。

 すると割れんばかりの歓声が3人を出迎えた。第1レースからゴドルフィンの連敗で始まり、メインレースで地元ゴドルフィンのエースが勝利する。

 ストレスが溜まる展開を続け、最後に皆が望む展開で終わる。まさに万国共通のエンターテイメントの王道、それが目の前で起こったのなら盛り上がらないわけがない。その歓声にデジタルはもちろん、ゴドルフィンのストリートクライやサキーすら驚いていた。

 歌が始まり、会場は熱狂の坩堝と化す。デジタルはサポートに徹しながらもサキーの様子を見る。

 嬉しそうに笑っている。この笑顔は安堵と歓喜が混ざり合ったものだろう。サキーといえど、今日のビッグレースで掛かるプレッシャーは大きかったはずだ。その分だけ安堵と歓喜が大きいはずだ。

 それにしてもいい笑顔だ。この笑顔を思い出せば、どんな辛いことがあっても元気が出てくる。それほどまでの笑顔だった。

 曲が終わると勝利者インタビューが始まり、アグネスデジタルとストリートクライは壇上の隅に移動する。

 

 

「サキー選手、優勝おめでとうございます。厳しいレースでしたね」

「ありがとうございます。とても苦しかった分、勝ててホッとしています」

「ゴドルフィン勢が全敗で迎えたメインレース、プレッシャーはありましたか?」

「はい。このまま私かストリートクライが負けてしまえば、全敗ですからね。ゴドルフィンを応援して下さるファンの方々が喜ぶ結果で終えて、嬉しいです」

 

 

 その一言で観客席から大きな歓声があがり、サキーはゆっくりと間を取って声援に応える。

 

 

「では、最後に一言お願いします」

 

 

 インタビュアーの言葉に、サキーは静かに息を吸い込み言葉を発する。最後の一言はサキーを知るものは誰もが知っていた。その一言を叫ぶために観客達もシンクロするように息を吸い込む。

 

 

「世界中のウマ娘の皆さん。トレーナーなどの関係者の方々。そして、世界中のウマ娘レースを応援して下さるファンの皆様。愛してま~す!」

 

 

 サキーが愛してますと叫ぶと同時に右手を高く突き上げ、観客たちも同じように右手を突き上げ叫ぶ。するとサキーの勝利を祝福するように何百発もの花火が打ち上がり、ドバイの夜空を鮮やかに彩った。

 ドバイミーティングは地元のサキーが勝利するという多くの観客が望む結末を迎え、多幸感と満足感を抱きながら、観客たちは家路に着いていく。特設ライブステージは片付けられ、ライブに出演した三人は地下バ道から控え室に戻っていく。

 

 

「サキーさん……次は勝ちます……勝って……キティと一緒に世界一になります……」

 

 

 ストリートクライはぶっきらぼうにサキーに宣言すると、そそくさと自分の控室に戻っていく。その口調はいつも通りだったが、明確な意志が篭っていた。

 ストリートクライは控室に戻る。誰かが控え室で待っており、慰めの言葉でもかけてくれると、少しばかり期待していたが誰もいなかった。

 まあ今頃サキーの部屋に集まっているだろう。帰り支度をしながら携帯電話をチェックすると、画面を見た瞬間に即座に走り出しレース場を後にした。

 レース場を出ると夜の冷たい風がストリートクライの体を撫で体温を冷やす。だが冷風に意を介すことなく、疲れた体にムチを入れながら目的地までかけていく。

そこはベンチとブランコがある小さな公園で、待ち人はブランコに乗りながらストリートクライを待っていた。

 

 

「レース後に悪い。しかしメールアドレスが変わっていなくて良かった」

「キティ…その……負けちゃった」

「全く、あんな啖呵切って3着だなんて、カッコがつかないな」

 

 

 キャサリロはブランコから降りるとストリートクライに近づき、小馬鹿にするような笑顔を見せる。ストリートクライはその態度に反抗することなく頭を垂れる。

 

 

「まあ、今日はダートコンディションがクライ向きじゃなかった。時計が掛かるダートだったら1着だったよ。勝負は時の運だ、気にするな」

 

 

 冗談のつもりだったが受けたことを悪いと思ってか、慰めの言葉をかけるとストリートクライの表情が少し明るくなる。

 

 

「キティ。私のスタッフになって……そして……私と一緒に世界一になろう」

「スタッフって、私は何もできないぞ」

「メンタルスタッフとか……テキトーに理由を作る……お金は私が払う……イチャモンつけてきたら……どんな手を使っても黙らせる……だから二人で世界一になろう」

 

 

 1着になってキャサリロを雇うという目標は達成できなかった。だが一度願った思いはそう簡単には消えない。キャサリロと一緒に世界一への道を歩みたい。ストリートクライはゆっくりと力強く言葉を紡ぐ意志を伝える。もう二度と言葉が足らずでお互いの想いがすれ違わないように。

 

 

「私でいいのか?ゴドルフィンをクビになった私が、クライの夢に乗っかっていいのか?」

「私の夢は……キティの夢。私にはキティが必要……」

 

 

 ストリートクライはキャサリロの目の前に拳をかざす。キャサリロもゆっくりと自身の拳をストリートクライの拳に合わせた。

 

 

「じゃあ、スタッフとして早速仕事するとするか、残念会に付き合ってやる!どうせ皆サキーと祝勝会しているだろうし」

「うん……私の部屋に来て……前と変わっていないから」

「よし!行くぞ!」

 

 

 キャサリロが意気揚々と部屋に向かい、ストリートクライはその後ろについていく。部屋についたら色々喋ろう。昔のこと、今のこと、未来のこと。そうすれば前みたいな関係に戻れるはずだ。

ドバイの夜空に浮かぶ月は二人の門出を祝福するように、光り輝いていた。

 

 

 

 サキーはストリートクライの後ろ姿を見送る。殻を破って欲しいと思っていたが、ここまで力を秘めていたとは思っていなかった。

 今日の勝ち時計は2分00秒5。ドバイワールドカップでは高速決着と言っていいだろう。そして今日のダートは芝を走れる自分やアグネスデジタルに有利に働き、ダートに適性があるストリートクライに不利に働いた。それでも差は僅かなものだ。もし時計が掛かるダートだったら負けていた。今日の勝利は天が味方しただけにすぎない。

 キングジョージ、凱旋門賞に勝ち、グランドスラムがかかったブリーダーズカップクラシック。そこで最大の敵となるのはストリートクライだ。より一層トレーニングに励まなければならない。サキーは心の中で深く誓った。

 

 

「サキーちゃん1着おめでとう!」

 

 

 すると後ろからかかり振り向くと、アグネスデジタルが満面の笑みを浮かべながら手を差し伸べていた。サキーも笑顔を浮かべながら、差し伸べられた手を握る。

 

 

「これですべてのウマ娘ちゃんを幸せにする計画が、一歩進んだね」

「はい、とりあえずホッとしています」

「それにしても、すっごい歓声だったね。皆サキーちゃんの勝ちを祝福していて、あまりの尊さに涙ぐんじゃったよ。そして最後の「愛してま~す」の締めはあたしもやったけど気持ちよかった。これは是非続けたほうがいいね」

 

 

 デジタルは表情をコロコロと表情を変えながら、サキーに祝いの言葉を述べる。お世辞ではなく、心の底から祝ってくれている。世界一になるチャンスを邪魔したウマ娘を祝えるなんて、何とも不思議なウマ娘だ。これがアグネスデジタルの魅力なのだろう。

 

 

「アグネスデジタルさんの今後のローテーションはどうなっていますか?」

「えっと。安田記念走って、宝塚記念走って。暫く休んで秋に南部杯走って。そこからは未定かな」

「ところで、芝の2400は走れますか?」

「芝の2400は長いかな」

「その南部杯というレースはいつ頃におこないますか?」

「えっと、10月の2週目ぐらいかな」

「もしよかったら、ブリダーズカップクラシックを走りませんか?」

 

 

 アグネスデジタルというウマ娘は、予想を遥かに超えたパフォーマンスを見せてくれた。その力が自分でも知らなかった底力を引き出した。三人が力を振り絞った今日のドバイワールドカップは、多くの人を惹きつけるような名レースとなり、今年のベストレースにあげられるほどのものになった。

 グランドスラムが掛かったレースに、アグネスデジタルとストリートクライが参加するとなれば、今日以上のレースになるだろう。それは間違いなく後世に語り継がれるベストレースになるはずだ。

 何よりデジタルとのレースは今振り返ると楽しいものであり、あの興奮をもう一度味わいたいという思いもあった。

 

 デジタルは思わぬ提案に虚を突かれるが、直ぐ様目を輝かせ二つ返事で答えた。

 

 

「もちろん!走る!走る!」

 

 

 デジタルは飛び跳ねながら喜びを表現する。レースを走りたいという言葉はデジタルにとってプロポーズのようなものだ。そのプロポーズを意中の相手であるサキーから受けたとなれば、テンションは一瞬で最高潮になる

 

 

「では、アグネスデジタルさん。秋のアメリカで会いましょう」

「うん。秋のアメリカで」

 

 

 二人は固く握手し、お互い手を振りながら、それぞれの控室に戻っていく。

 

 

「サキーさん凄かったです!」

「サキーさんおめでとうございます!」

 

 

 サキーは控室に戻るとトブーグやネイエフ達など、ドバイミーティングのレースを走ったウマ娘達の手厚い祝福を受ける。中には涙を流している者もいた。

 彼女たちも自分たちの不甲斐なさに、自分に責任を押し付けてしまったことに苦しんでいたのだろう。

 自分は偽りの太陽だ。太陽であることを演じ続けることが苦しくなることもある。だが偽りの太陽でも彼女たちを苦しみから救うことができる。そして彼女たちの笑みが苦しさを補ってあまりある幸福をくれる。それが太陽で有り続けようとする活力をくれる。

 

 

「さあ、食堂でパーティーの準備が出来ています!今日は夜通し騒ぎましょう!」

 

 

 ネイエフがサキーの手を引っ張り、食堂に向かっていく。明日から夢のために、太陽を演じる日々が始まる。だが今日は使命も夢もすべて忘れて、今日の勝利を喜び、思う存分騒ごう。それぐらいしてもバチは当たらないだろう。

 

 

「ということがあったから、秋はBCクラシック走るから、よろしく」

「また勝手にローテ決めたんか」

 

 

 控え室に戻っての開口一番の言葉にトレーナーは呆れるように呟く。

 一般的にローテーションを決めるのはトレーナーの仕事だ。所属のウマ娘の特性を見極め、相手関係を見極め決めていく。だがデジタルはそんなもの関係ないと言わんばかりに決めていく。余りにも適性が無ければ承認しないが、絶妙に適正のあるレースを選ぶので断るにも断れない。

 

 

「今年のブリーダーズカップは確かアーリントンやったな。色々と準備せな」

「もう準備するの?あと半年も有るんだよ」

「あと半年しかや、半年で完敗したサキーとの差を埋めなあかんやぞ」

「負けて傷心のウマ娘に完敗って言う~?デリカシー無くない?」

「何や?惜しかったと思うのか?」

 

 

 デジタルの軽い口調に、トレーナーはシリアスな口調で聞き返す。その口調に呼応するようにニヤけていた表情が引き締まる。

 

 

「今日のレースで今まで感じたことなかったサキーちゃんの一面が見られた。けど、まだすべてを見たわけじゃないと思う」

 

 

 今日のレースは見ていた者には僅差で10回走ったら5回は勝てるレースに見えるかも知れない。だがデジタルはそうは思えず、10回走って良くて1回勝てるぐらいと感じていた。底に限りなく近づいたが、底を見ていない。デジタルにはサキーとの間に確かな壁を痛感しておりトレーナーも同じように壁を感じていた。

 

 

「デジタル、世界は広いな」

 

 

 トレーナーはポツリと呟きデジタルも無言で頷く。今日は世界に限りなく近づいた。だが近づいた分だけ正確な距離を知り、思ったより遠いことに気づかされた。

 

 

「でも、前に進むしかないな」

「そうだね。いっぱいトレーニングして、BCクラシックでサキーちゃんの一面をもっと引き釣り出して、もっとサキーちゃんを堪能しなきゃ」

 

 

 二人の挑戦は敗北に終わる。だがその敗北は明日の勝利に繋がっていると信じ、前を向く。

 

 

ドバイワールドカップ メイダンレース場 ダート2000メートル

着順    名前       着差     人気

 

1  UAE サキー              1

 

2  日本 アグネスデジタル   1/2    2

 

3  UAE ストリートクライ    1    3

 

4  沙    セイミ       9    7

 

5  仏 クリムゾンクエスト    1/2    4

 

 




やっと書き終わった!
当初より大分長くなってしまいました。
最初はストリートクライは名前だけの予定でしたが、現実での勝ち馬を出さないのは何か違うと思い、キャラ付けをおこない、性格やバックボーンも何回か変更してこんな感じになりました。

もしデジタルがドバイヘの輸送がスムーズに行っていたら?もし当日の馬場がデジタルに向いていたら?そんな未練とデジタルに有利なIFが積み重なったのがこのレースです。
そしてデジタルに有利な状況だったら勝つのはサキーかなと思い、現実と違う結果になりました。

そして割りを食ってしまったのがストーリトクライ……
ストリートクライのファンには申し訳ないです……
これは私の妄想ですので、ストリートクライのファンの方々はそんな訳ないだろうと鼻で笑って下されば、ありがたいです


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。