勇者の記録(完結)   作:白井最強

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お久しぶりです
ウマ娘アニメが1月から放送、アプリが2月配信決定したと聞いてテンションが上がりまくったので投稿します


勇者と魔王#1

「体の調子はどう?」

「うん。ぼちぼちってところかな」

「そう」

 

 アグネスデジタルとエイシンプレストンが共同で生活しているトレセン学園栗東寮の1室、デジタルはPCで自前のウマ娘資料を見ながら、プレストンはベッドで寝転がりながらお互い視線を合わさず会話する。

 4月を迎え、現在のトゥインクルレースの花形であるシニアクラス中長距離路線のGI、そしてクラシックが始まるにつれてトレセン学園内も騒がしくなっていく。そんな中、ドバイワールドカップに出走したデジタルは帰国した。

 昨年のトゥザヴィクトリーに続いての2着、しかも現役最強と呼び声高いサキーと僅差のレースとあって、世間は賞賛の声を上げデジタルを出迎えた。

 本来であればTV出演や取材などの対応に追われるのだが、ドバイでの疲労が抜けきれないとトレーナーが極力制限する。

 そして先日のサイレンススズカとトウカイテイオーを筆頭に、シニアの猛者たちが激戦を繰り広げた大阪杯。今週はウオッカとダイワスカーレットという、名ライバル関係を予感される二人による桜花賞など、人々の関心を引きつけるレースが続き、デジタルへの興味は薄れていく。

 そのおかげか帰国後も取材を数件対応しただけで、比較的穏やかに過ごせていた。

 

「オペラオーちゃんとドトウちゃんは元気かな。今度遊びに行こうよ」

「そうね。ドトウさんはこの時期は少し忙しいと思うし、5月ぐらいに遊びに行きましょう。オペラオーさんはいつ暇なんだろう?」

「詳しくは分からないけど、当分は忙しいと思うよ」

 

 2人はオペラオーとドトウの生活ぶりを想像し、思いを馳せる。

 3月の卒業シーズンではトレセン学園から多くのウマ娘が去る。

 ある者はトウィンクルレース関係の仕事に従事し、ある者は大学に入学するなどして、それぞれの道を歩んでいく。

 そしてテイエムオペラオーとメイショウドトウも引退を機に学園を去っていく。

 卒業式ではデジタルは2人の別れを惜しみワンワンと泣き、プレストンもデジタルに釣られて涙を流していた。

 学園を卒業後、メイショウドトウは保育士になるために大学に入学し、テイエムオペラオーは芸能界入りしていた。

 

「ドトウさんの将来の夢は保母さんか、ぴったりね。子供たちに慕われている姿が想像できる」

「でも子供たちに振り回されてオロオロする姿もイメージできるな」

「確かに。そしてオペラオーさんの芸能界入りっていうのも驚いた。あれだけの成績をあげたんだから、解説とかいくらでもトゥインクルレース関係の仕事に就けそうなのに」

「もっと目立ちたいんだよ、ドラマとかモデルとか歌手とか目立てる仕事は一杯あるし」

 

 歌はウイニングライブで散々歌っていたから問題ないだろう。

 ルックスは同じウマ娘でも惚れしまうほどの美形であり、プロポーションもトレーニングで鍛えられたスレンダーな体は世間に受けるかもしれない。

 だが演技に関しては不安な点がある。日常でも演技かかった動作が多く、ドラマでも過剰な臭い演技になりそうだ。デジタルは想像し顔がニヤついていた。

 

「ところでツイッターは慣れた?」

 

 プレストンは雑誌を読むのをやめ、自分の携帯電話を取り出しデジタルのアカウントを開く。

 デジタルはドバイから帰ってくると積極的に自身のアカウントでツイートし始めた。以前から他のツイートを見るためにアカウントだけは作っていたが、ツイートすることはなかった。

 突然の心境の変化を問いただすと、ツイートし始めたのはサキーの影響だった。

 サキーの夢である、すべてのウマ娘レース関係者の幸福。そのためには世界でのウマ娘レースの知名度向上が必要であり、夢を手伝う活動の一環でツイートし始めた。

 

「まあ、何とか」

「しかし、フォロワー数を増すために、面白いツイートをしようとネタを考えるのに気疲れする人が多いみたい」

「別にフォロワー何万人欲しいってわけじゃないし、気楽にやっているよ。ただ私はサキーちゃんの夢の手伝いとして、ウマ娘ちゃんファンを喜ばせようかなと思っているだけ。それに私もウマ娘ちゃんの情報を知りたいから、色々な娘のアカウントをフォローしているし、色々な情報が欲しいって気持ちはわかるから」

「流石ウマ娘マニア」

 

 それ以降2人の会話は途切れる。普通なら会話は途切れることによる沈黙は気まずい、だが気心知れている2人にとって沈黙は苦ではない。しかし現在の沈黙には僅かの気まずさを感じていた。

 

―――何か重大なことを言おうとしている。

 

 話のテンポか声のトーンかは分からないが、直感でいつもと様子が違うことに気づいていた。

 今までの会話は本題を切り出す心の準備とタイミングを計るジャブのようなものである。

 言うか相手が話すのをまだ待つか。2人の間で沈黙という駆け引きが繰り広げられる。

 

「ねえ……デジタル。提案というか、お願いがあるんだけど」

 

 プレストンが先に切り出し、視線を携帯電話からデジタルに向ける。デジタルも声のトーンから察し、椅子を回転させ視線を向けた。

 

「確かローテは安田記念走って調子が良ければ、宝塚記念走るんだよね」

「うん」

「それでローテなんだけど…安田じゃなくて、4月4週のクイーンエリザベス2世Cを走ってくれない?」

 

───

 

 プレストンが所属するチームプレセぺのチームルームはチームメイトの気質か、トレーナーの気質なのか、整理整頓されていた。

 靴棚にはチームメイトのトレーニング用のシューズが等間隔に置かれ、本棚には過去レース記録やトレーニング理論が書かれている資料など、すぐに見つられるようにラベリングされている。

 チームルーム内でプレストンは中央にある机にもたれかかり、髪の毛先を指でクルクルと絡めながら深くため息をついた。

 

「はぁ……どうしよう」

「どうしましたプレストン」

 

 見事なまでの典型的なため息の前に、トレーナーはプレストンに問いかける。こんなため息をつかれて声をかけないわけにはいかない。

 

「いや……デジタルに提案したいことあるのですけど、声をかけづらくて」

「アグネスデジタルにですか?そんな遠慮する仲ではないと思っていたのですが」

「いや、大概のことは言えるんですが……今回はフェアじゃないというか…卑怯というか……」

 

 プレストンは歯切れが悪く言いよどむ。その様子にトレーナーは急かすことなく、言葉を待つ。

 

「あたしはデジタルに安田じゃなくて、クイーンエリザベス2世Cに走ってくれ提案するつもりなんです。でも、ドバイワールドカップであれだけの激走をしてダメージが残るデジタルに対し、あたしは中山記念からは十分に間隔が空いている。それだとフェアではないと思って」

「ならば安田記念で走ればいいのでは?」

「それではダメなんです」

 

 トレーナーはプレストンの言葉の意味を理解しかねていた。

 フェアではないと思えば、安田記念で一緒に走ればいい。だが難色を示している。何故?トレーナーの疑問に応えるように喋っていく。

 

「デジタルがドバイワールドカップの時に今まで見たことない表情をしていた。それが何か悔しいというか…腹が立つというか…とにかくデジタルにあたしのすべてを見せたくて、それは香港じゃなきゃダメなんです」

 

 デジタルがドバイワールドカップで見せた恍惚の表情、あれはウマ娘を感じ堪能している顔だ、天皇賞秋でのイメージのドトウとオペラオー、そしてドバイワールドカップでのサキー、意中のウマ娘がいるときにはあのような表情をする。

 今まで何度も一緒に走ったことがあったが、あのような表情を見せてくれたことはなく、そのことを考えると心がモヤモヤした。

 デジタルは親友であり、デジタルも少なからずそう思っているという自負がある。

 だが友人としては好いてくれていても、レースを走るウマ娘としては魅力がないということなのか。そのことに気づき寂しさと悔しさと嫉妬の心が燃え上がる。

 ならばあたしのすべてを見せて、デジタルに興味を持たせてやる!そのためには東京レース場の安田記念ではダメだ。そこではすべてを出せない。

 

 去年の暮れで香港のシャティンレース場で走ったときの感覚は未だに覚えている。

 気温、湿度、ロケーション、コーナーの角度、芝の状態。すべてが自分に合い、まるで体中のすべての歯車がシャティンレース場という歯車にガッチリと合わさったようだった。

 無論デジタルには勝ちたい。だがそれよりデジタルに自分のすべてを見せたい。それができるのはシャティンレース場だけだ。

 特定の場所でしか100%の力を発揮できないというのは、1流のウマ娘ではなく恥ずべきことかもしれない。

 だがシャティンならすべてを発揮できる。デジタルと走るのならここしか考えられなかった。シャティンでお互いが全ての力を出しつくようなレースをしたい。

 トレーナーは腕を組みプレストンの言葉を黙って聞く。説明不足だがシャティンで走らなければならない確固たる理由があるようだ。そしてプレストンが悩んでいる理由もおおよそ理解しかけていた。

 

「なるほど有利な条件で走ってアグネスデジタルに勝って、無駄に体力を消耗させてしまう。そのことを危惧しているのですね」

 

 トレーナーの言葉にプレストンは言葉が詰まる。図星だった。

 トレーナーはウマ娘の脚は消耗品だと考えられ、走れば走る分だけ脚は消耗し、選手としての寿命は縮まっていく。

 さらにGIは極限の戦いであり、GIを走っただけで体力を使い果たし、体調を立て直すのに長い時間を掛けてしまうという事態は珍しいことではない。

 

「その考えは貴女の傲慢です」

 

 トレーナーはプレストンの優しさを知りながら、切り捨てる。プレストンは傲慢という強い言葉に衝撃を受けていた。

 

「確かに、ドバイであれだけの激走をすればダメージはあるでしょう。だがそれはプレストンと私の尺度での考えです。アグネスデジタルが驚異的な回復力で体調を戻すかもしれない。トレーナーの白くんが私の考え及ばぬ方法でアグネスデジタルの体調を戻すかもしれない。なにより負けたことを考えるのは相手にとって失礼です」

 

 プレストンはトレーナーの言葉を聞き反省する。シャティンが自分のベストを出せるレース場だから、ドバイワールドカップで激走したから有利だと思っていた。だがそれはまさしく自分の尺度だ。

 トレーナーが言ったとおり、体調を戻すかも知れない。自分以上にシャティンへの適性の高さがあるかもしれない。デジタルは常識はずれのウマ娘だ。普通に考えてはならない。

 何よりシャティンへの適性の高さからか優越感に浸り、デジタルが負けると考え哀れんでしまった。これは明らかに恥ずべき行為だ。

 プレストンは自分の傲慢さを指摘され気づき落ち込む。その様子を気遣ってかトレーナーは気軽な口調で声をかける

 

「難しいことは考えず、素直に走りたいという気持ちを伝えましょう。その後の判断はアグネスデジタルや白くんに任せるべきです」

「それでダメだったら?」

「今回は縁がなかったと思って、安田記念で走りましょう。そして暮れの香港カップで走ろうと予約しておきましょう」

 

 トレーナーの言葉にプレストンの思考はシンプルになっていく、難しく考えすぎた。まずは自分の思いを伝えて答えは相手に委ねればいい。

 

「ありがとうございます」

 

 プレストンはトレーナーに礼を言うとチームルームを出て行く、その表情はすっかり晴れていた。

 そして部屋に帰りデジタルに意思を伝えようと思ったが、また不安が芽生え始め、話題を切り出すのに時間がかかってしまっていた。

 デジタルは言葉を聞くと目を見開き数秒ほど動きが止まる。そして堰を切ったように笑い始めた。

 

「プハハハ。何だプレちゃんも同じこと考えていたのか。あたしも丁度同じことを言おうと思っていたの。思いつめて損した気分」

 

 デジタルもプレストント同じことを考え、同じようなことで思い悩んでいた。

 当初はプレストンと走るのは安田記念でいいと考えていた。だがトリップ走法のイメージ構築のためにプレストンのレース映像を見続けた日々で気づく。プレストンのベストは香港のシャティンだ。

 一緒に走るなら一番煌めいているプレストンを味わいたい。

 だがプレストンはこのレースに懸けている。もし勝ってしまったらプレストンの努力や情熱を水泡と化してしまう。

 GIに勝利するという価値と重みは知っているつもりで、プレストンにはGIを勝ってもらいたい。それを急な心変わりで変更していいのだろうか、そのことを相談したらトレーナーから叱責を受ける。

 

―――プレストンのこと舐めているのか?お前は『あたしが出たらプレちゃんに勝っちゃうけど、出ていい?』と言っているようなものだぞ。

 

 デジタルの友人の想う気持ちは理解できるし、自身も同じ立場になったら少なからず同じ気持ちを抱くだろう。だがそれは侮辱だ。

 勝負の世界に身を置く以上勝者と敗者が存在する。敗者のことを気にかけていたら切りがない。

 それにプレストンとデジタルは距離適性が似ているので、対決は避けては通れない。これは必然であると割り切るしかないと諭されていた。

 

「デジタルも同じこと考えていたの?」

「うん。プレちゃんが一番輝くのは香港だと思っている。なら香港を走ろうってね、それに安田まで待てないよ」

「じゃあ決まりね。3週間後の香港で走りましょう」

 

 デジタルはプレストンの目を見て頷く、最後に一緒に走ったのは去年の安田記念以来だ。それまでに歓喜も苦悩も経験し、前以上に魅力的なウマ娘になっている。そのプレストンを最高の舞台で感じられる。その至高の時間を想像し、無意識にニヤついていた。

 

「うん?プレちゃんどうしたの?キャリーケースなんて取り出して」

 

 デジタルが想像の世界にいる間にプレストンはキャリーケースを取り出し、衣類などを収納していた。

 するとプレストンはデジタルに顔を向ける、その表情は物悲しさと覚悟を決めた決意のようなものがあった。

 

「暫くこの部屋から出て行く?」

「出て行く!?いつまで!?というより何で!?」

 

 デジタルは突然の言葉に驚愕しながら、肩を掴み正対して真意を確かめようとする。プレストンは一瞬目を伏せた後目を見据えながら答えた。

 

「期間はクイーンエリザベスまで、理由は……全力を出すためかな」

「どういうこと!?何で全力を出すのに部屋を出ていくの!?」

「あたしはクイーンエリザベスですべてを出して走りたい。そのためにはデジタルと一緒に居られない。あたしは弱いからさ、一緒に居たら情が移っちゃうかもしれない。次のレースはそういうものを一切持ち込みたくない。だから離れる。教室でも声とかもかけないから」

「プレちゃん……そんな……」

 

 なんでそんなことを言うの?自分が嫌われるようなことをしたのだろうか?デジタルはうっすらと涙を浮かべていた。その様子を見てプレストンはデジタルの頭にポンと手を置く。

 

「デジタルが嫌いになったわけじゃないから、安心して。これはあたしの我儘、デジタルと走るのに悔いを残したくない。理解してとは言わない、一回だけ我儘を許して」

 

 プレストンは動揺しているデジタルを一瞥し、部屋から静かに去っていく。デジタルはその様子を呆然と見送り、必死に動揺でゴチャゴチャになった気持ちを整理していた。

 

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