勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と魔王#5

『今スタートしました。おっとグランデラが出遅れた。それ以外はまずまずのスタートです』

 

 1番人気のグランデラがスタートに失敗し、喚き散らしながらポジションを上げていく。

 クイーンエリザベス2世Cは香港カップと同じ条件で、スタートから200Mでコーナーを迎えるコースであり、前目のポジションを取ろうとスピードを上げペースが速くなる傾向がある。そしてプレストンは中団から後方に位置し、デジタルはプレストンの1つ前に位置づけた。

 デジタルは同じ条件のレースに先行策で勝利しているので、今日も先行すると思っていたファンも多かった。スタートミスしたのかと懸念していたがこれはトレーナーの指示通りだった。

 香港カップと今日は状況が違う。今日は逃げや先行脚質のウマ娘が多くある程度ペースは流れると予想し、何よりプレストンが居ることで、香港カップの時のように早めに仕掛けて粘り込みを図るレースでは差されてしまうと考えていた。

 

『今第1コーナーを曲がって、先頭はアイドル、続いてヘレンヴァイタリティとグランデラが一気にポジションを上げてきました』

 

 第1コーナーを曲がり、第2コーナーを迎えたところで、プレストンとデジタルはペースが遅いことに気づく。

 出走ウマ娘達はスタートを失敗し、道中で強引に前目のポジションを取ったグランデラのレース展開を見て警戒心を弱め、人気のデジタルとプレストンの末脚に警戒心を向け、その結果レースの重心は後ろに向きスローペースになっていく。

 

(ある程度流れるんじゃないの白ちゃん)

 

 デジタルは予想とは違うレース展開に思わず愚痴をこぼす。

 だがトレーナーも全知全能ではない、予想外の出来事は幾らでも起こると納得しレースを進める。

 ここまで警戒されると道中捲っていけば一緒に付いてこられ、最終コーナーでは遠心力で外に膨らんで距離ロスしてしまう。末脚に賭ければ蓋をされて仕掛けが遅くなってしまうかもしれない。

 このような状況での打開策は知っている。それは待つことだ。レースが動くか隙ができるのを待ち、隙ができたらそこを突く。

 その為に心と体をジタバタさせず体力を温存する。デジタルは隙を見逃さないよう神経を研ぎ澄ましながら、道中を進んでいく。

 

(ペースが遅い……)

 

 プレストンはデジタルの動きを注視しながら、体内時計でペースを測っていく。

 ウマ娘には自分に合ったペースというものがある。ハイペースが好きなウマ娘もいれば、スローペースが好きなウマ娘もいれば、ミドルペースが好きなウマ娘もいる。

 そのペースのレース展開には滅法強く、それ以外はてんで駄目というウマ娘も少なくはない。それほどまでにペースとはレースにおいて重要な要素である。そしてプレストンはスローペースが苦手だった。

 このまま捲ってスパートをかけたいという衝動に駆られるが必死に堪える。

 それだけならいいが、前にはアグネスデジタルが居る。

 今最も意識が向いている相手が目の前に居ることでプレストンは興奮し脈拍数は上がっていく。その2つの衝動を必死に押さえ込みながらレースを進める。

 レースに勝つためにはデジタルばかり気にしてはいられない。1番人気のグランデラは勿論他のウマ娘も気にしなければならない。だがプレストンは意識の大半をデジタルに向けた。

 グランデラはドタバタしたレースをしているので垂れる。他のウマ娘は大丈夫だろう。恐らく1着になるのはデジタルだ。

 調子を上げ、ドバイワールドカップと同様のパフォーマンスを見せるに違いない。ならばマークするのが最良。

 プレストンは自分の行動を分析し正当化する。その分析は間違ってはいないが付け加えるなら、デジタルが気になって他に意識を向ける余裕がなかったからだ。

 

『今バックストレッチから第3コーナーに進みますが、隊列はそこまで変わりません』

 

 先頭を進むウマ娘の順番は変わっていないが、ペースは変わっていた。スローペースで進むがこのままでは前残りになると判断した中団から後ろにいるウマ娘がペースを上げていき、前のウマ娘もそれに呼応するようにペースを上げていく。レースは一気に動き始めた。

 だがデジタルとプレストンはペースを上げず、取り残されるように後ろに下がっていき、気づけば後ろから3番目と4番目の位置に落ちていた。

 

『さあ、第4コーナーを曲がって直線コースにへ向かいます!』

 

 直線に入る50メートル前、デジタルは直線に入ってからスパートにかけては間に合わないと判断し、ここでスパートをかける。

 するとデジタルの前にいたユニバーサルプリンスが外に膨らみスペースがポッカリと空く。ゴールまでの道が見えた。そのスペースに飛び込もうとしたが、脳が警鐘を鳴らす。

 これは罠だ。そのスペースに飛び込んだ瞬間ユニバーサルプリンスは自分の左側にピッタリ付き併走する。併走状態で走っていると空いていたスペースに前に居たウマ娘が割り込んで蓋をする。内に行こうとしてもスペースはないだろう。

 レースはチーム戦では無いがGIに出るウマ娘なら初対面でも連携を見せて、有力ウマ娘を潰しにくる。

 蓋をされればそのウマ娘より前に出ることは決して出来ない。

 ここは距離損しても外に回すべきだ。デジタルはユニバーサルプリンスより外に回しコーナーに侵入する。遠心力で外に膨らむが仕方がない。デジタルは外に膨らみながら直線を迎える。

 ゴールまで前には誰もいない、進路をカットしようにもここまで外にいる選手の進路をカットすれば斜行で失格だ。

 そんなことをする選手はいない。後は走り抜けることに全ての力を使うのみ、全ての力を注ぎ込もうとする前に右を見る。

 足音だけでも聞き間違えるはずがない、だが居るという確証は欲しかった。

 

「来てくれたねプレちゃん」

「お待たせデジタル」

 

 デジタルが右を見ると同時にプレストンも左を向き、お互いの視線が合う。

 デジタルが外の進路を選択した際に、ユニバーサルプリンスはデジタルについていくメリットは無いと判断し内側に進路を取る。それによって生じた1人分のスペースにプレストンは迷わず突っ込んだ。

 その時にプレストンの右腕とユニバーサルプリンスの左腕がほんの僅かに接触し、プレストンの二の腕の部分は摩擦熱で焦げていた。

 プレストンには2つの選択肢が有った。1つは距離損してもデジタルと体を併せる外側の進路、もう1つは閉ざされるリスクが僅かにある内側の進路、そして即決で外側の進路を取った。蓋をされて力を出し切れずレースが終われば一生悔やむ。

 だがそれは建前だ。本当の理由はデジタルに1番近い場所で全力を見てもらい勝利したいからだ。

 それが取るべきルート、それが取るべきシナリオ。それで負けても後悔はない。いや必ず勝つ!

 2人は言葉を交わした後1着でゴールを駆け抜けるために、全ての力を振り絞る。

 

『グランデラが来た!先頭は逃げていたアイドルからクランデラに!エイシンプレストンとアグネスデジタルは外に回した!』

 

 1番人気のグランデラが先行から押切ろうとする。スタートミスから道中ドタバタしたレースをしながらも、まだ力を残している。

 その地力に驚嘆しながらも他のウマ娘達はグランデラを目標にスパートをかける。

 だが他のウマ娘達の意識はグランデラから外を走る人のウマ娘に向いてしまう。

 まず音が違っていた。それは地鳴りの様な足音を響かせ強力な蹴り足により、掘り起こされた芝は宙に舞っていく。そして存在感やオーラと呼べるような圧倒的な圧、その圧が意識を強制的に向けさせられる。

 完全に脚色が違う、意識する相手を間違った。ゴドルフィンのグランデラではなく、多少ロスが有ろうと徹頭徹尾この2人の力を出させないことを考えるべきだった。

 2人以外のすべてのウマ娘に後悔の念が過る。だがそれは後の祭りだ。大外を回し脚色上回る2人を止める手立ては存在しない。

 

『外からアグネスデジタルとエイシンプレストン!物凄い末脚だ!』

 

 デジタルとプレストンは全ての細胞から力を掻き集めゴールへ向かう。

 他のウマ娘達の意識は2人に向いているが、2人の意識は他のウマ娘達には全く向いていなかった。

 デジタルとプレストンの意識にあるのはお互いのみ。肌を焦がす灼熱も耳を劈くような歓声も、他のウマ娘達の勝利への執念も情念も、2人だけの世界には入り込めない。

 

『残り200Mで日本の2人がゴドルフィンのグランデラを捉えた!』

 

 残り200Mで粘り込みを図るグランデラを捉え、デジタルとプレストンは先頭に躍り出る。だが2人はそのことには全く気づいていなかった。

 

 デジタルは天皇賞秋の時のように、ドバイワールドカップの時のように歓喜の表情を浮かべながら走り続ける。

 好きな相手をイメージし、その相手と併走し勝負根性と底力を引き出すトリップ走法、今は使っていない。正確に言えば使う必要がなかった。

 今隣にはエイシンプレストンという親友であり、極上のウマ娘が居る。現実に居るのに何故他のウマ娘をイメージする必要がある?

 約1ヶ月間顔も合わせず声も聞かず色々なものを溜め込んできた。それを今解き放ち5感でプレストンの全てを感じ取る。

 デジタルの脳内では多幸感によって生じた脳内麻薬が大量に分泌され、トリップ走法を使用している時と同様の力を発揮していた。

 

 幸せだ!幸せの絶頂だ!この時間が何時までも続けばいいのに!

 

 デジタルの思いが反映したように自身の感覚が鈍化しスローモーションになっていく。これはドバイワールドカップでサキーと走った時と同じ感覚だった。

 

――――あたしの感覚ありがとう。時間をゆっくりにしてくれて、これで思う存分プレちゃんを感じられる!

 

 デジタルは己の感覚に感謝した。

 

 プレストンは自身の感覚に戸惑っていた。全細胞から力を引きずり出し消費している。それでも力が無尽蔵に溢れてくるようだ。

 全力で疾走し筋肉は悲鳴を上げ心臓は限界寸前まで脈打つ。普通なら苦しいはずなのに、それ以上に快感や多幸感が上回る。

 そして隣を走るデジタルの状態が手に取るように分かる。走行フォームがビデオ録画で見ているように鮮明に浮かび上がり、呼吸や筋肉の動きも手に取るように分かる。

 そして歓喜の表情を浮かべているのだろう、自分と同じように。

 この感覚はたトリップ走法を使用した際に感じる感覚と似ていた。これがデジタルの見ている世界か、これは病みつきになりそうだ。

 すると感覚に変化が生じる。取り巻く世界が鈍化しデジタルの動く姿もスローになっていく。

 これはデジタルがドバイで走った時の感覚だ。日本に帰った後ドバイワールドカップでの思い出話で話してくれた時には自分には理解できない感覚だったが、デジタルがとても楽しそうに話していたのをよく覚えている。自分も同じ世界に入れたということか。

 ならば同じようにこの感覚と瞬間を楽しもう。そして感覚が鈍化すると同時に脳内の謎の声が自身に指示を送る。

 

―――右腿を4センチ上げて、右足はもう5センチ深く踏み込め、左足の着地地点を2センチ右に軌道修正しろ

 

 このような詳細な指示等普段なら実行できるわけがない。だが今なら実行できるという自信に満ち溢れ、体を動かす度に脳内の声の指示を実行できているという確信があった。

 これは所謂ゾーンというやつか?正直半信半疑だったが、今のこの感覚はそう形容することしかできない。ならば脳内の声に従って走るのが最良だろう。

 プレストンは脳内の声の指示に忠実に従い駆けていく。

 

『残り100M!完全に抜け出した!完全に抜け出した!』

 

(凄いよプレちゃん!1年前の安田記念の時とは別人だよ!プレちゃんがどれだけ頑張って、どれだけこのレースに向けて調子を整えて、どれだけこのレースに懸けているか分かるよ!楽しいよプレちゃん!最高のレースだよ)

(凄いねデジタル。1年前の安田記念の時とは別人だよ。今までどれだけのトレーニングを積んで、色々なレースでどんな経験し学んだのか分かる。そしてドバイからここまで体調を整えてくれてありがとう。最高のレースだよ)

 

 2人の脳内にお互いの声が聞こえてくる。2人はお互いの動きだけではなく、お互いの心理状態も理解できていた。

 まるでエスパーのように心を通わせる2人、だが超能力ではない。

 2人は多くの時間を過ごし、お互いの事を想い理解していった結果、声として聞こえていた。

 もしデジタルがテイエムオペラオーとメイショウドトウとサキーと一緒に走ったとしても、この現象は起きなかっただろう。長年苦楽をともにしたプレストンと走ったからこそ起きた現象だった。

 

(残り100Mで終わりか、もっと走りたかったのに)

(あたしも同感。でも楽しい時間はいつか終わる)

(だから)

(だから)

 

((あたしが勝って終わる!))

 

『これは日本所属のワンツーフィニッシュだ!エイシンプレストンとデジタルの叩き合い!デジタルか!?プレストンか!?デジタルか!?プレストンか!?』

 

 この最高のレースを勝って終わって締めくくり、最高の充実感と多幸感を味わう!

 ここからは1つのミスも許さない、プレストンは全細胞から絞り出したエネルギーを無駄に消費しないよう、全神経を集中させ脳内に響く声の指示に従い最適なフォームで走る。

 

 もっとだ!もっとプレちゃんを感じろ!それがエネルギーになり力になる!

 デジタルはプレストンを感じることに全神経を集中させ、全細胞からさらなるエネルギーを掻き集める!

 

 

『プレストンか!?デジタルか!?プレストンか!?デジタルか!?プレストンが抜け出した!』

 

 残り50Mでプレストンが抜け出す。

 プレストンもその事に気づき勝利の喜びに浸ろうとするが、刹那で気を引き締め直す。相手はあのデジタルだ。ドバイワールドカップの時のサキーのように有り得ない加速を見せるかもしれない。

 デジタルのトリップ走法のように力を引き出し、脳内の声に従い冷静に力を使いこなす。プレストンは冷静と情熱の間に身を置き1着を目指す。

 デジタルの視界にも抜け出したプレストンの姿を確認できた。

 やはり強い。その強さに驚嘆し、ライバルが1着で自分が2着という結末を受入れかける。

 テイエムオペラオー、メイショウドトウ、ヒガシノコウテイ、セイシンフブキ、サキー、今まで走ってきた素晴らしい相手達と走っていたなら、この結末を受け入れたかもしれない。だが全力でこの結末を拒否する。

 プレストンはライバルだ。オペラオー達もライバルだが、プレストンは特別だ、特別なライバルだ!

 負けたくない!勝ちたい!勝って最高の気分を味わいたい!寄越せ!勝つための力を全て寄越せ!

 デジタルの鼻から血を噴き出し、勝負服を血で染め上げる。

 

 2人は全力で駆け抜ける。その情熱と煌きは未来を消費し今につぎ込んでいるようだった。

 観客達も2人の熱に呼応するように歓声を上げ、テレビで観戦していたスペシャルウィークにも空間を超えて熱が伝播し声を上げる。

 関係者席で見ているトレーナー達も声はあげないが手の平を力一杯握り締める。そして結果は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エイシンプレストン先頭1着ゴールイン!2着はアグネスデジタル!香港でまたしても快挙達成!日本所属ウマ娘のワンツーフィニッシュ!』

 

 エイシンプレストン1着、アグネスデジタル2着。

 魔都香港で行われたクイーンエリザベスⅡ世Cはエイシンプレストンの末脚が勇者を切り伏せるという結末で終わる。

 2人はゴール板を駆け抜けると外埓に進路を取りスピードを弱めていく。

 完全に止まると崩れ落ちるように仰向けで倒れ大の字になる。その様子に会場は響めくが、2人はそんなことは関係ないと謂わんばかりに、燦々と輝く太陽と芝生の感触を感じながら体内に酸素を入れ冷却する。

 2人の荒い息遣いが聴覚を支配する。するとプレストンが息を切らしながら喋り始める。

 

「勇者は……各地を旅しながら……敵を倒していく……でも魔王は1つの地に留まり……勇者を待ち続け……勇者を倒す……あたしは香港の魔王……香港のマイル中距離GIを全部取る……悔しかったら……挑んできなさい……勇者さま……」

 

 デジタルは日本全国世界を飛び回り、マイル中距離芝ダート中央地方海外のGIを取ってきた。

 その姿はまさに勇者だ。だがデジタルのように様々カテゴリーでも走れる適性は無い自分は勇者になれない。  

 だが特定の場所で特定の条件で強さを見せる魔王にはなれる。デジタルに勝ったのだ。魔王という仰々しい二つ名を名乗っても文句はないだろう。

 

「魔王……プレちゃんが魔王ね……」

 

 デジタルは噛み締めるように魔王の名を呟く。魔王はラスボスで勇者が倒すべき相手、プレストンは何時までも憧れでありライバルであり壁だ。そういった意味ではピッタリかもしれない。

 何より勇者と魔王はセットでありお互いにとって特別な相手だ。自分達もそんな関係になれたようで嬉しかった。

 

「デジタル起きられる?そろそろ起きないと皆が心配するから起きよ」

「そうだね」

 

 デジタルは起き上がろうとするが全力を出し切ったせいで蹌踉めく。プレストンは咄嗟に支えるが力が入らず、2人は蹌踉めきながら立ち上がった。

 

「勇者が魔王に肩借りちゃダメでしょ」

「そうだけど、力出し尽くしてフラフラだよ」

「あたしも」

 

 立ち上がると観客席から健闘を称える大歓声が上がる。2人は歓声と光景を刻み付けるように客席を見ていた。

 

「ねえデジタル?あたしは特別になれたかな?」

 

 プレストンにはこのレースに向けて2つの目標が有った。

 1つはデジタルがサキーに向けた恍惚の表情を自分に向けさせ、興味を持たせること。

 それはレース中の歓喜の表情や、今の悔しいが楽しかったと充実感を感じている表情を見せているので、達成できただろう。

 2つ目はこのレースに勝って特別になること、これで香港GI2勝目になり現時点で日本所属のウマ娘では誰も成し遂げていない記録だ。

 それに健闘を称えるこの大歓声、これは自分を特別と認めてくれた証であり、記録としてもファンの記憶の中でも特別になれただろう。

 そして今3つ目の理由を思いついた。それはデジタルにとって特別になることだ。

 プレストンの2つ目と3つ目の目標を叶えられたかという意味を込めて問う。デジタルはその問いになれたと力強く答えた。

 

「凄いレースだった」

 

 スペシャルウィークは率直な感想を漏らす。

 中盤は動いたがレースはスローペースで進み、後方に位置取ったデジタルとプレストンには厳しい展開だった。

 さらにデジタルは相手の罠を回避するために外を回し、プレストンも同等に外に回した。それでも差し切り3着との着差は1バ身半ぐらいだろう。

 着差はそこまで離れていないが、この展開でこの着差なら、プレストンとデジタルとその他のウマ娘の差は着差以上に有ると言える。

 何より2人は全力を出し切った。その笑顔を見ればそれは見て取れる

 

 エイシンプレストンは最高の姿を見たいデジタルのために全力を尽くし、デジタルもプレストンの為に全力を尽くした。

 お互いが相手を思いやる心が生んだ全力だろう。素敵で素晴らしいライバル関係だ。

 自分もチームスピカのメンバーと、セイウンスカイと、グラスワンダーと、エルコンドルパサーと、そしてサイレンススズカとそんな関係を築いていきたい。

 

 トレーニングに戻ろう。良いレースを見ると体を動かしたくなってくる。

 スペシャルウィークは席を立ち今すぐに走りたい衝動を抑えながら、ゆっくりとトレーニング場に向かっていく

 

 

「北さん、おめでとうございます」

 

 デジタルのトレーナーはプレストンが1着でゴールした瞬間に手を伸ばし、プレストンのトレーナーはその手を握り握手を交わす。

 するとプレストンとデジタルがコースに大の字に倒れこみ、トレーナー達は手を離すのを忘れ固唾を飲んで見守る。

 暫くすると2人はお互いを支え合うように立ち上がり、トレーナー達は安堵の息を漏らした。

 

「お互い脚に怪我はなさそうですね」

「ええ、倒れたのは恐らく極度の疲労でしょう」

「改めておめでとうございます」

「ありがとうございます。ですが勝負は時の運です。それにあと1週間有ればアグネスデジタルはさらに仕上がり、際どい勝負になっていたでしょう」

 

 プレストンのトレーナーは謙遜しながら礼を述べる。

 あと1週間有れば、それはデジタルのトレーナーも考えていたことだったがその考えを打ち消す。

 勝負にもしもは無い、決められた条件で全力を尽くすのが勝負だ。そこに仮定は何の意味も持たない。

 

「しかし、嬉しそうな顔しとんな」

 

 デジタルのトレーナーは教え子の満足気な表情を見て思わず破顔する。

 プレストンは想像通り、いや想像以上の強さだった。その強さは日本所属のウマ娘で勝てる者は居ないと思わせるほどだ。その最高の姿を特等席で感じられたのだ。本人は満足しているだろう。

 

「そろそろ、2人を迎えにいましょう」

「そうですね」

 

 トレーナー達は手を離し、デジタルとプレストンを出迎えるために地下バ道に向かっていく、

 すると2人は肩を並べながら歩いていた。トレーナー達は2人に近寄ると肩を貸し、其々が念の為にということで医務室に向かっていった。

 

「お疲れ様ですプレストン。素晴らしいレースでした。貴女の走りは私の心に深く刻まれました」

「ありがとうございます」

 

 プレストンは診察台に寝転びながらトレーナーからタオルを受け取り汗を拭く。

 素晴らしいレースでした。この言葉は1着になった時にかけてくれる言葉だ。この言葉を聞きプレストンは勝利したことを実感する。

 

「何とか勝てました。デジタルは強かったです。本当に」

「そのデジタルに勝てたのです。誇りに思いましょう」

「はい」

「この勝利で貴女が望む特別になれたでしょう。ですが覚えていておいてください。このレースに勝つ前、それよりもずっと以前から貴女は私にもチームプレセペの皆にも特別でしたよ」

 

 その言葉にプレストンは顔の汗を拭くようにして表情を隠した。

 自分は出来るだけ多くの人の特別になりたいと思い、その想いは今でも変わらない。

 だが身近な人々達に特別であると言ってもらえることがこんなに嬉しいものだったのか。

 

「お疲れさん。惜しかったな」

「いや~強い!流石魔王様だね!」

「何のこっちゃ?」

「いや、こっちの話」

「そうか、それで堪能できたか?」

「うん!堪能できたし、楽しかった!」

 

 デジタルは医務室で点滴を受けながらこれ以上ないという満面の笑みを見せる。その表情はドバイの時と同じように満足気だった。

 これで2戦連続2着。本当なら悔しがらなければならないのかもしれないがトレーナーの表情は明るかった。

 ドバイでは世界最強のサキーに、今日のレースでは香港では無類の強さを発揮するプレストンに2着。特に今日はドバイの激走のダメージから回復しての2着。悔しさより達成感の方が勝っていた。

 

「楽しかったけど、勝ちたかったな~勝てばもっともっと、楽しくて気持ち良かったんだろうな~」

 

 デジタルはあっけらかんと言っているようだったが、表情から悔しさを滲ませているのを見逃さなかった。

 もしデジタルがドバイワールドカップで負ける前だったら、プレストンを存分に感じられたことで満足していただろう。

 だがサキーにより久しぶりに敗北を味わせられた事でより勝利を望むようになったのだろう。人間は欲深い生き物だ。競技者としてはそれで良いのかもしれない。

 いや、デジタルの感情は只単純にライバルに負けたことが悔しいだけだ。レースを走る前のオペラオーとドトウはデジタルにとって憧れでありアイドルだった。

 セイシンフブキとヒガシノコウテイはそこまで意識していなかった。サキーは恋焦がれる相手だった。

 今はライバルと認識しているが、レース前ではライバルとして認識していなかった。

 だがプレストンはこのレースを走る前からライバルだった。ライバルに負ければ悔しいのは当然だ。

 

「白ちゃん、あたしのタブレット取って、プレちゃんのライブ映像を確認しなきゃ」

「なんや。プレストンのウイニングライブは完コピできるんじゃないんか?」

「できるけど、億が1でもミスしちゃうかもしれないでしょ。プレちゃんの晴れ舞台なんだがらミスは許されないよ」

 

 デジタルはトレーナーからタブレットを受け取ると、真剣な眼差しで見つめながら時々顔を緩ませる。

 あれはこの後行われるウイニングライブをシミレーションしてニヤけているのだろう。

 頭の中はレースに負けた悔しさは吹っ飛び、ウイニングライブをミスせず如何に素晴らしいライブにするかで頭が一杯になっている。

 

───

 

 ウイニングライブでは主に2曲歌う。

 1着から3着のウマ娘が歌う固定曲と1着のウマ娘が歌う個人曲である。

 固定曲はどの世界のレースでも歌われる万国共通であり、どの国でのファンも知り、鉄板と言えるほどの盛り上がりを見せる名曲である。

 そして個人曲ではウマ娘ごとに作ってもらった曲を歌う。

 これらはラップだったり演歌だったりロックだったりと様々な曲が歌われる。

 盛り上がりはその状況ごとに異なり、ある場所では盛り上がったが、別の場所では盛り上がらないということも往々にしてある。

 

 ウイニングライブは固定曲が終わり、個人曲の準備が始まる。アグネスデジタルと3着のインディジェナスは舞台から降りて、デジタルは舞台袖に残りプレストンの様子を見守っていた。

 準備が終わりプレストンは舞台のセンターに立ち、眩いばかりのフラッシュと拍手が出迎える。拍手とフラッシュが治まるのを見計らい喋り始める。

 

『レース中の声援、そしてあたしの曲を聞くために残ってくださりありがとうございます。では歌わせてもらいますRIVALS!』

 

 前奏が始まるとともに会場がどよめく。この曲名と前奏のメロディーは個人曲とは違う。何かトラブルか?会場の動揺とは裏腹にプレストンは全く動揺せず足でリズムをとる。

 一方デジタルは舞台袖でハッとした表情でプレストンを見つめる。

 この曲はプレストンのお気に入りの曲だ。最近はヘビーローテーションで流し耳にタコができるぐらい聞いているので完璧に歌えるほどになっている。

 

「デジタル!一緒に歌おう!」

 

 プレストンは舞台袖のデジタルを見つめ日本語で叫ぶ。その瞬間デジタルはプレストンの元へ向かって行った。

 

『一瞬で差をつけて風は過ぎ去った

なびく風のAfter imageグッときたんだ

曲線美は日々積み重ね

現状じゃどうやってPie in the sky』

 

 プレストンは一瞬ライブを見ているトレーナーが居る方向に視線を向ける。もしレースに勝ったらこの曲を歌うつもりだった。

 従来の個人曲ではなく、しかも新曲ではない。これは日本で発表された曲だ。

 それをウイニングライブで歌うとなれば権利関係などかなり面倒くさいことになるだろう。

 でも歌いたかった。ダメ元で頼んでみるとトレーナーが動いてくれ今こうして歌えている感謝の極みだ。

 

『ぶつかっては開いてく距離

傷つけたり傷ついたり

本気の頑張りはきっと言葉よりも(伝わるよね)

One for allの精神でReach for the top

もっと!Kick ass!』

 

 プレストンとデジタルは交互に歌う。

 個人曲は勝者の晴れ舞台だ。1人で歌うもので他の者が混じるべきではない。だが勝者が指名したのだ。歌わないわけにいかない。

 なによりプレストンと一緒にウイニングライブを歌えるのが嬉しかった

 

『『壊されちゃって何もない

そんなでも立ち止まっていらんない

迫ってくる焦燥がひりつくから

見せつけたいんだ圧倒感

君にだけは絶対Ah

(Let’s fight Rivals! Rivals!)』』

 

 

 サビに入り2人はハモりながら歌う。歌いながらのダンスは完全な即興だ。だが歌とダンスは見事に調和がとれていた。

 デジタルとプレストンは歌詞に今日のレースの気持ちを乗せる。

 直線でお互いが迫ってきた時は本当に焦燥でひりついた。そして自分の力を見せつけて圧倒したいという気持ちがあった。

 

『『「負ける気はないの」ほんと気が合うね!』』

 

 2人は指を指しあい歌う。

 ライバルだから絶対に負けたくない。お互いがそう思っていることは分かっていた。本当に気が合う。

 

『追い越して追い越されてそれさえ楽しんでる

でも結果的に勝ちじゃなきゃ

目的地は君の向こう側

計算じゃいいかんじにHappy end』

 

 お互いデビューして切磋琢磨していった。

 プレストンが朝日杯FSに勝ってデジタルを超えて1歩先に行った。

 そしてデジタルがマイルCSと南部杯と天皇賞秋を勝ってプレストンの1歩先に行った。

 2人は先に行かれて悔しがっていたが今思えばそれすら楽しんでいた。そして最終的に超えるHappy endを目指して引退まで切磋琢磨は続くだろう。

 

『分けあっては倍になるもの

この両手でつかみたくて

センチメンタルになってちょっとうつむく日も(あってもいい)

Shake your handsのルーティンでI’ll catch up

もっと!Kick ass!』

 

 プレストンはマイルCSで負けた時デジタルに握手して次は負けないと言った。だが今思えば儀式的にやっていたかもしれない。

 今思えば大人だなと思う。もし次のレースで負けたら悔しすぎて握手しないかもしれない。それはガキくさいかもしれないがそういう自分も悪くはない。

 

『『邪魔はしないで泣いたって

助けてなんていうつもりはないし

ありったけのパワーでうちのめしたい

逃しはしないよ好敵手

私だけに君の隣はしらせてよ、ゾクゾクする真剣勝負』』

 

 サビに入り再びハモる。

 もしお互いが落ち込んで挫けても助けてと言うつもりはないし、レースでは全力で打ちのめす。

 それはそんなことで潰れないし絶対に這い上がってくると知っているからだ。

 今日のレースは本当に楽しくてゾクゾクした。プレストンとデジタルは適性が異なるので毎回一緒のレースを走ることは無いだろう。

 だが願わくば毎回今日のようなゾクゾクするような真剣勝負をしたかった。

 

『あと少し届きそうで

やっと自信が持てるよ』

 

 去年の香港マイルに勝って今まで離れていた距離が縮まって自信を持てるようになった

 

『Youライバル?Meライバル!Yesライバルなんだ

Yesライバル!Yesライバル!Yesいまさらちょっと照るね』

 

 プレストンは自分と相手を指さし歌い、デジタルも同じ動作をする。

 デジタルには多くのライバルがいる。サキー、ストリートクライ。ヒガシノコウテイ、セイシンフブキ、このレースに勝つまでは自信を持っていえなかった。だが今は自信を持って言える。

 デジタルのライバルはエイシンプレストンだ!まるで告白のようだ。そう思うと少し恥ずかしい。顔が少しだけ赤く染まりデジタルから視線を外す。その時のデジタルも同じ気持ちで顔を赤く染めていた。

 

『Ah…We are 最強RIVALS みつけた』

 

 日本に来たのは特別になりたかった。それは叶いつつある。そしてそのなかで最強で最高のライバルを見つけた

 

トウショウボーイとテンポイント

ビワハヤヒデとナリタタイシンとウイニングチケット

スペシャルウィークとグラスワンダー

そしてテイエムオペラオーとメイショウドトウ

 

 ウマ娘の歴史には数々のライバル関係がある。ファン達はライバルと言われても自分達の名前をあげないだろう。

 だが胸を張って言う!エイシンプレストンとアグネスデジタルは最強で最高のライバルだと!

 

『はじめてなんだ感情がこんなにも一途に熱くなったのは』

 

 本当にそうだ。こんなに一途に熱くなったのはデジタルが初めてなんだ。

 

『『壊されちゃって何もない

そんなでも立ち止まっていらんない

迫ってくる焦燥がひりつくから

見せつけたいんだ圧倒感

君にだけは絶対Ah

(Let’s fight Rivals! Rivals!)』』

 

 最後のサビに入り2人は残りの力を込めるように歌う。あと少しでこの幸せな時間が終わる。一抹の寂しさを胸に抱く。

 

『『負けたくない、ださくてもいい

ボロボロになったって誇らしい』』

 

 勝つために己を顧みずボロボロになり、その姿が世間から笑われようと堂々と胸を張るだろう。そしてお互いの姿を見て最高にカッコイイと言うだろう。

 

『『あぁ速くあぁ高くいけるんだ君となら

いけるさ、いけるさ、もっと遠くへ』』

 

 この最高のライバルと一緒ならばもっと速くもっと高く行ける。2人の気持ちは完全にシンクロする。

 

『『負けたくない「「ライバルにだけは」」ほんと気が合うね!』』

 

 お互いに指しあい改めて宣戦布告と決意表明をして曲が終わる。

 普段のウイニングライブはトレーナーや応援してくれたファンの為に歌っている。だがそれは後日改めて感謝の意を示そう。

 今日のライブはデジタルだけに向けた曲だった。私物化もいいところだが今日だけは容赦してもらいたい。

 

「プレちゃん……」

「何?……」

 

 デジタルが息を弾ませながらプレストンに話しかけ、プレストンも同じように息を弾ませながら尋ねる。

 

「次は絶対に負けないからね!」

「あたしもよ」

 

 お互いに指を指して喋る。そして数秒ほど経つとお互い指を下ろして吹き出した。

 

───ほんと気が合うね

 

 

クイーンエリザベスⅡ世C 香港シャティンレース場 GI芝 良 2000メートル

 

着順 番号    名前        タイム     着差      人気

 

 

1   5  日 エイシンプレストン  2:02.5           2       

 

 

2   13  日 アグネスデジタル   2:02.6    1/2     3

 

 

3   12  香 インディジェナス   2:03.0    2       12

 

 

4   3  英 ユニバーサルプリンス 2:03.1     1/2      5

 

 

5   10  UAE グランデラ     2:03.6   2.1/2     1   

 

 

───

 

 そこは奇妙な空間だった。ギンギンの色彩で装飾された不思議な動物達の彫刻像が所狭しと並んでいる。

 彫刻像一つ一つが強烈な存在感を放ち、それが集合すれば圧倒的な圧力になる。

 そして奇妙な色彩の動物達は見るものに生理的嫌悪感を呼び起こさせる。これはもはや色彩の暴力と言っていいだろう。異界、魔界と呼べるような世界に隔離されたような空間、ここはタイガーバームガーデン。香港にある観光地の1つである。

 レース翌日、積もる話も有るだろうとトレーナー達が1日だけ帰国を伸ばしてくれ、それを利用してデジタルとプレストンは香港観光を楽しんでいた。

 この観光はプレストンの主導で行われた。予め観光計画を立て、限りある時間を惜しむように効率良く観光地を回ってく。そして観光の終わりとして訪れたのがタイガーバームガーデンだった。

 はしゃぐプレストンを眺めながらの観光は楽しかったが、プレストン程興味がなく疲労は蓄積していく。そんな中訪れたのがこの奇妙な空間だ。疲労度は一気に増していく。

 一方プレストンはお気に入りの映画の舞台に来られたことで、テンションはさらに上がっていく。

 

「で、ここで主人公と敵の幹部が対峙してバトルが始まるの!」

「そう……」

「主人公が貫手を繰り出して、敵はいなす。デジタルいなして」

「こう?」

 

 プレストンは映画のワンシーンを再現しようと殺陣を始め、デジタルも渋々付き合う。一通り再現したことで満足したのか、殺陣を止めて庭園を散策する。

 

「グロいと言うか何というか、凄い所だね。悪い夢に出てきそうだよ」

「確かに、映画で見るより何倍も奇妙だった」

 

 2人は一通り散策するとデジタルの提案で高台に上り、茜色に染め上がる香港の街並みを眺める。

 景色は建物ばかりが見え然程良い景色と言えないが、奇妙な彫刻を見続けたことで破壊されかけた感覚を癒すのにはちょうど良かった。

 

「そういえばプレちゃんメッチャ怒られたんだって」

「ええ、トレーナーと一緒に香港の人に怒られた。あの曲歌うのに結構強引な手を使ったみたいで、あたしのせいでトレーナーに迷惑をかけてしまってそこは本当に申し訳ないと思っている」

「まあ、いいんじゃない。若気の至りってことで、笑って赦してくれるよ」

「他人事だと思って」

「だって他人事だし」

「一緒に歌ったデジタルも同罪だから。アンタが歌わなければ曲が違うソロライブって体は保たれたんだから。参加してせいで体がくずれちゃった」

「え~。プレちゃんから誘ったじゃん」

「でも決めたのはデジタルでしょ。決断には責任を持たなきゃ、人のせいにしない」

 

 お互いに軽口を言い合うと会話はなくなりお互いは景色を見つめる。暫く景色を眺めているとデジタルがポツリと呟いた。

 

「レース楽しかったね」

「ええ、楽しかった」

「あたし達レース中に喋ってたよね?」

「うん、喋ってた」

 

 デジタルの奇妙な問いにプレストンは平然と答える。

 レースの時、確かに相手の心の声を聞いた。だがそれは錯覚かと思っていたがどうしてもそう思えず、訪ねてみると期待した答えが返ってきた。

 

「皆に喋ったら頭おかしい人扱いされるから、2人だけの秘密にしておきましょう」

「うん」

 

 プレストンの提案にデジタルは頷く。この体験を語っても、また与太話だと一蹴されるだろう。

 世間からは真面目な人物と見られているプレストンの口から言っても、やはり信じられないだろう。だが例え信じられたとしても話すつもりはない。

 

 この体験は奇妙で神秘的で、そして心地良かった。もし話してしまえば、神秘性による神通力的な何かを失ってしまうという感覚が2人にあった。

 

「また一緒に走ろうね」

「ええ、香港で」

「また香港?今度は別のところで走ろうよ」

「勇者なら魔王のいる場所に来なさい。魔王が勇者のいる場所に来るなんて変でしょ。何より3勝2敗であたしの勝ち越し、謂わばチャンピオンでデジタルが挑戦者。挑戦者がチャンピオンのホームに来るのが筋じゃない」

「え~」

 

 デジタルが不満そうに呟くとプレストンはクスクスと笑い、デジタルも釣られるように笑った。すると2人は再び茜色に染まった香港の街並みに視線を向ける。

 レース前に袂を分かった苦悩、レース当日の暑さや芝の感触、レース中の不思議な体験、レース中に感じた高揚感。それらを思い出し心に刻み込むように景色を見つめる。    

 これらは10年後20年後会うたびに語り合い、生涯忘れることはないだろう。こんな体験を出来たのは隣にいる最高の親友でライバルのお陰だ。

 2人は感謝の念を抱きながらふと横を向く。するとお互いの視線がバッチリ合い、恥ずかしそうにはにかんだ。

 




実は勇者と魔王は大分前に書いていました。
しかしアニメが終わり一向にウマ娘アプリの続報も来なくテンションが下がり
アプリ配信が正式に決まったら掲載しようとほぼアプリ配信を諦めながら思っていました。

そして19日にアプリ配信の正式発表があり、テンションが上がって載せました。そしてこれからこの話の続きを書いていきたいと思います。
書き溜めは一切ないので時間はかかるとおもいますが、よろしくお願いします。

そしてプレストンがウイニングライブで歌った曲は田所あずさの「RIVALS」という曲です。
神田川JET GIRLSというアニメのEDでアニメは全く見ていなかったのですが、曲は聞いてとても良い曲だなとヘビーローテーションで聞いていました。
そして暫くしてこの話にピッタリだなと個人的に思い、いっそのこと歌ってもらうかと歌ってもらいました。

使用楽曲コード 248-9813-9

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