勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と皇帝と求道者、再び♯2

「師匠…ペース落としましょうよ……このままじゃあ脱水症状になっちゃいますよ……」

 

 アジュディミツオーが息を切らせしながら進言した。季節は夏になり真夏日が続き、今日にいたっては今年最高気温を記録していた。

 現役GIウマ娘のメニューをデビュー前のウマ娘が全部こなそうとすれば冗談抜きで死んでしまう。

 

「お前は休んでろ、アタシは続ける」

「わかりました」

 

 やっとの思いで返事をすると覚束ない足取りで日陰のベンチに向かい、そこに腰掛け水分補給しながらセイシンフブキのトレーニングの様子を眺める。

 セイシンフブキは筋トレや補強運動は一切しない。ただ只管ダートコースを走っている。

 そのトレーニングははっきり言えば異質で現代のトレーニング方法とはまるで真逆だ。以前記者が筋トレや補強運動をしないかと訊いたら、思いっきり見下した顔を見せていた。

 未だに理解できないがセイシンフブキにしか分からない確固たる理由があるようだ。

 しかしよく走りこむ。GIレースは春と秋に比較的に集中し、GIを走るようなウマ娘は基本的には夏は休養にあて、そこまで追い込んだトレーニングをしない。

 だがいつもと変わらずトレーニングに励んでいる。帝王賞で負けたのがよほどショックだったのか、数日間塞ぎこみ部屋に籠っていた。だが突如部屋から飛び出し、南部杯、JBC、ジャパンカップダート、東京大賞典を全て勝つと宣言し、トレーニングに励んでいた。

 アジュディミツオーにもセイシンフブキの敗北はショックだった。勝ったカネツフルーヴは決して弱くなかったが勝てない相手ではない。

 そもそも帝王賞で直線に入ってズルズルと後退したのは不可解だった。

 何か怪我や病気を患っているかもしれないと何度もメディカルチェックを受けるように頼み込み、何とか受けてもらったが特に異常は見られず、ますます不可解だった。

 きっと本人にも分からない原因があるはずだ。それからセイシンフブキのレースをDVDディスクが読み込めなくなるまで何度も見た結果、あることに気づいた。確証はまるでなく根拠は勘のみだ。その勘が正しければ負けた理由の1つであることは分かる。

 だが仮に進言してもデビューもしていないウマ娘の言う事に耳を貸さないだろう。そして聞いたとしても根拠を求めてくる。セイシンフブキの言動は荒々しいが理論派だ、勘と言えば殴られて2度と耳を貸さないだろう。どうする?

 

『おい!いつまで休んでる!デビュー前のガキだからって休みすぎだ。それじゃ芝のゴボウ共と一緒だぞ』

 

 コースからセイシンフブキの檄が飛ぶ。気づけば20分近く休んでいた。これは休みすぎだ。アジュディミツオーは急いでトレーニングを再開した。

 

───

 

「全く、師匠も人使いが荒いな」

 

 アジュディミツオーは汗を垂らしながら体に鞭を打ち、夜の繁華街に向かう。

 周囲の人々はこれから楽しい一時を過ごそうと、ラフでオシャレな格好をしている。

 一方アジュディミツオーは量販店にありそうなTシャツに短パンと近場のコンビニに行くような服装で繁華街をぶらつく。

 トレーニング終わった後セイシンフブキから買い出しを頼まれた。

 体中がバキバキで1歩も体を動かしたくないというのに容赦なく雑用を押し付けてくる。一瞬殺意が湧くがその眼光の鋭さに一瞬で屈していた。

 友人などにはそんな時代錯誤なウマ娘の元に居るぐらいなら、船橋の有力チームや中央に行けばいいと言われたことがあった。

 最初は無視していたがあまりにもセイシンフブキへの罵倒が過ぎたので、手を出して黙らせておいた。

 外野は何も分かっていない。目指しているのは真のダートプロフェッショナルであり、セイシンフブキこそ真のダートプロフェッショナルだ。

 多少なりアドバイスをくれることがあるが意味は理解できていない。だがそれは自分がその域に達していないだけだ。いずれ理解できる日が必ずくる。

 だが世間の目は冷たい。かしわ記念では勝ったが帝王賞の惨敗で評価は下がり、口だけウマ娘と罵られている。

 そして次走の南部杯ではアグネスデジタルが参戦してくる。これで負ければダートプロフェッショナルという言葉は口に出せなくなる。

 セイシンブブキは強い、帝王賞で負けたのはたまたまで、南部杯ではダートプロフェッショナルとしてアグネスデジタルを倒してくれる。

 そう言い聞かせながら繁華街を練り歩いていると肩に衝撃が走る。

 普段なら何でもないのだが、疲労困憊の体に大量の荷物を持っており、情けないほど無様に転倒した。

 

「すまない、大丈夫…君は確かフブキのところの」

 

 ぶつかったウマ娘はアジュディミツオーの顔をまじまじと見ながら手を指し伸ばす。

 行き交う人々とは雰囲気が違い、遊びに来たというわけではななさそうだ。服装もファッション誌に載りそうな服装ではないが、シンプルなシャツとパンツで清涼感のある服装でどこか知的なイメージだ。

 アジュディミツオーは脳内の記憶を検索して目の前のウマ娘の情報を掘り出す。

 あれはアブクマポーロ、南関の哲学者と呼ばれた名ダートウマ娘だ。

 以前はセイシンフブキと仲が良かったが、仲違いがあって今は絶縁状態、1回だけアブクマポーロと何があったか聞いたが、思い出しだけでも身の毛がよだつような恐ろしい顔で2度と聞くなと釘を刺された。

 

「ありがとうございますアブクマポーロさん」

「おや、私を知っているのかい」

「はい、現役時代のレースも見ましたが物凄かったです。それに師匠とは以前は仲が良かったみたいっすね」

「ああ、以前は君とフブキのような関係だったよ」

「え?じゃあアブクマポーロさんが師匠の師匠だったってことっすか」

「まあ、否定はしないよ。あの頃は楽しかった。今は身から出た錆とはいえ絶縁関係だけどね」

 

 アブクマポーロは寂しそうに呟く。セイシンフブキの様子からしてお互い仇のように憎んでいると思ったが、アブクマポーロは憎んでいるどころか、好意すら抱いているような気がした。

 

「これも何かの縁だ。次の休みでも私と茶飲み話でもしてくれないか?」

「アタシっすか?」

「フブキが弟子に選んだウマ娘に興味がある」

 

 突然の誘いにアジュディミツオーは思案する。セイシンフブキの師匠であったアブクマポーロ、とても興味がある。

 何よりセイシンフブキが一切口にしない仲違いの詳細を聞けるかもしれない。そして自身が気づいたセイシンフブキの欠点について何か意見してくれるかもない。

 

「はい、喜んで」

 

 アジュディミツオーは快諾するとアブクマポーロと連絡先を交換した。そして帰り道はフブキにバレたら怒られそうだと言いながら、買い出しの荷物を持ってもらった。

 

───

 

「よし間に合った」

 

 アジュディミツオーは時計を見て時刻を確認する。時刻は集合時間10分前、大師匠にあたる人物の会合で遅刻するわけにはいかない。

 買い出しで出会った翌日にお誘いのメールが来て、日時を指定すると即座に承諾の返信がきた。そんなに会いたいのかと多少戸惑いながら場所などを決めていった。

 扉を開けるとテーブル席にはスーツを着たサラリーマンや大学生らしき人物や主婦など様々な客層の人々が座っている。

 そのテーブル席の1つにアブクマポーロの姿があり、本を片手にコーヒーを飲んでいる。

 服装は薄い水色シャツとパンツと出会った時と似た種類の服装で、普通と言えるが、見事に絵になっていた。 

 他の席がチェーン店なら、アブクマポーロがいる席だけまるで高級喫茶店のようで、そこでお茶を楽しむ有名大学の院生といったところか。

 

「すみません遅れました」

「いやこちらが早く来ただけだ、気にしないでくれ」

「何読んでるんですか?」

「ああ、地学の本だよ」

 

 アブクマポーロはアジュディミツオーに表表紙を見せる。そこには「近年における海砂の変化」と書かれていた。

 

「アブクマポーロさんはこういう分野の勉強しているんですか?」

「まあね。ダートを知るうえで役に立つかと思って専攻している。それなりに役に立っているよ」

 

 アジュディミツオーは思わず感嘆の声を上げる。ダートを知るために地学を専攻するとは流石南関東の哲学者と呼ばれただけある。

 

「アブクマポーロさん、よかったらダートについて聞いていいですか?」

「もちろん、今日は大いにダートについて語り合おうか」

 

 アブクマポーロはこの日初めて嬉々とした表情を浮かべた。いきなり本題に入るのは失礼で、ある程度会話して打ち解けてから切り出すのがいいだろう。そして大師匠が語るダートの話を是非聞いてみたい。

 

「それで不良の時の基本理論は……」

 

 アジュディミツオーは過去の選択を後悔していた。アブクマポーロの話は余りにも広く深く難解だった。

 最初は船橋のダートの話になり序盤は自分も理解できる話で楽しく会話していたのだが、徐々に話は複雑化し今は一方的に話を聞いている。セイシンフブキの話も難しいがこの人の話はそれ以上だ。

 

「じゃあ次は川崎のダートについて…」

「スゴイ詳しいっすね。ひょっとしてダートレースは全部見ていたりして」

「もちろん、中央と地方で行われているダートのレースは全て目に通しているよ。今ではWEBでレースを見られるからね。良い時代だ」

 

 アジュディミツオーは話の腰を折るつもりで話題を変えたが、予想以上の答えが返ってきて思わず感嘆の吐息を洩らす。この人は正真正銘のダートマニアだ。

 

「それだったら師匠のレースも全部見ていますよね?」

「もちろん」

「帝王賞は何であんなに負けたと思います?」

 

 だが上手く本題に聞く流れになったので、すかさず軌道修正して切り出す。

 アブクマポーロなら自分と同じ答え、または別の正解を導き出してくれるかもしれないと期待の目で見つめる。

 

「分からない。私はフブキではないからね、何か不調が有ったのかもしれない。いや本人も分からない疲れが有ったかもしれない。それに位置取りや仕掛けのタイミングの僅かなズレで結果は大きく変わるのがレースだ。アジュディミツオー君もレースを走れば分かるよ」

 

 アブクマポーロは話を区切るように何杯目かのコーヒーを口にする。

 その答えに思わずため息をつく、先ほどの言葉は正しいがまるでレース解説者が敗因を聞かれた時に答える常套句のようだ。聞きたいのは明確な答えだ。

 

「と言いたいところだが、心当たりが1つ有る」

「本当ですか?」

「では答え合わせといこうか、君も何か仮説が有るのだろう?そしてその答えの確証が欲しくて私の誘いを受けた」

「はい、目的の1つはそれです。何で分かったんですか?」

「それは孫弟子の考えは分かるさ、それにフブキと似て分かりやすい」

 

 アブクマポーロは昔を懐かしむようにクスクスと笑う。

 何と言う洞察力だろう。自分も分かりやすい方だという自覚はあるが、ここまで読まれるとは思っていなかった。

 

「じゃあ、言います」

 

 アジュディミツオーは自分の仮説を伝える。出来るだけ明確に理論的に、アブクマポーロのように知的で理論的な言葉ではないが、懸命に説明した。

 

「成程、流石フブキが弟子にするだけのことはある」

「ということは?」

「私も同意見だ、前走のフブキの敗北の大きな要因はそれだ」

「だったら、一緒に説得してくれませんか?アブクマポーロさんなら理論的な言葉で師匠を説得できます」

「無理だろうね。私が言っても、いや私だからこそ無理だ。これは相当デリケートかつ根深い問題で解決するのは難しい」

「そんな、何とかならないのかよ…」

 

 アジュディミツオーは思わず項垂れる。やっとセイシンフブキの不調の答えが見つかったのに修正できないだなんて。

 

「私も覚悟を決めるか」

 

 アブクマポーロはぼそりと自分に言い聞かせるように呟く。その表情は並々ならぬ決意が籠っていた。

 

「フブキの欠点を修正できる案がある。だがアジュディミツオー君にも相当キツイ目にあってもらうが、いいかい?」

「もちろん!師匠の調子が戻るなら何だってやりますよ!」

 

 アジュディミツオーは即答する。師匠の為に尽くすのが弟子だ、その反応にかつての弟子の面影を重ねていた

 

───

 

 1時間前の晴れ間が嘘のように曇り雨が滝のように降り注ぐぎ、身体を容赦なく打ち付ける。

 今日晴れのち雨という天気予報だったが、ここまで急激に天候が変化すると思わなかった。雨を回避しようとウマ娘達は小走りで建物に避難する。だがセイシンフブキとアジュディミツオーは誰も居ない船橋レース場のコースに悠然と歩いていく。

 レースが行われるのは晴れの日ばかりではない。雨が降ろうが雪が降ろうが余程のことがない限り中止にならない。そしてこの豪雨でも行われるだろう。

 ならばこの機会を生かさない手は無い。今は練習することで急激に変化し重くなるバ場と雨粒の衝撃を体験できる。

 

「まずアタシが前を走るから後ろについてこい。砂の跳ね返りのスピードや角度を体験しろ。砂が顔に当っても絶対に怯むな」

 

 セイシンフブキは檄のような脅しのような言葉をアジュディミツオーにかけながらスタートの準備をする。

 

「師匠、アタシは今日限りで船橋から去ります」

「理由は?」

 

 準備をやめると淡々とした口調で尋ねながらアジュディミツオーの方へ振り向く。なんて威圧感だ、思わず唾を飲み込む。

 次の言葉を発すれば人生最大の恐怖を味わるだろう。手を見ると震えていた。今ならまだ引き返せる。だがその考えは即座に打ち消し、最大限の勇気を振り絞る。

 

「中央に移籍して芝で走ります」

「あ!?」

 

 セイシンフブキは顔中に血管を浮き出し、これでもかといわんばかりに目を見開き血走った目で睨みつける。

 

「ダートはスゲエといいましたが、勘違いでした。ダートはしょぼくてダサくて、芝で結果が出なかった奴が走る2軍です。ダートから芝に転向して活躍したウマ娘なんていないでしょ?それが証明です」

 

 セイシンフブキの顔にある血管が怒りでどんどんと浮きあがり、今にも血管が切れそうだった。

 アジュディミツオーの言葉の全てが逆鱗に触れていた。今まで見たことが無い表情に、恐怖で声が震えそうになるのを必死で堪えながら言葉を紡ぐ。

 

「実は芝を走る練習をしてたんですよ。その走りでアンタに勝ってやる!勝負しろセイシンフブキ!」

 

 高らかに叫んだ瞬間爆発音のような音が響く、あまりの音量にアジュディミツオーは体をビクりと震わせ怯む。発生源を確認するとそれはセイシンフブキが地面を踏みつけた音だった。

 

「勝負方法は?」

「ダート1600だ!」

「分かった。スタート地点で待っている」

 

 セイシンフブキは小走りでスタート地点に向かって行く。視線が向いていないのを確認すると深く深く息を吐き心臓に手を当てる。

 その表情は憤怒の顔ではなく、能面のような無表情だ。人は怒りの臨界点を突破するとこんな顔になるのか。

 アジュディミツオーの体は意識に反して震える。今すぐに全速力で実家に帰りたい衝動に駆られるが、太腿を何度も叩き強引に足をスタート地点に向かわせる。

 

「スタートの合図はお前が出せ」

「スタート!」

 

 アジュディミツオーは即座に合図してスタートを切る。セイシンフブキは反応が遅れて後手を踏むが、100メートル地点で抜き去って先頭に立つ。

 これはセイシンフブキが速いのもあるが、アジュディミツオーがわざと足を緩めたせいでもある。道中はペースを緩め直線で末脚にかける。

 

 レースの結果は、いやそれはレースですらなかった。直線に入る前は4バ身だった差は直線でみるみる差が広がり、結果はセイシンフブキの大差勝ちで終わった。

 アジュディミツオーはゴール板を通過すると膝から崩れ落ちる。それに気づいたセイシンフブキは歩み寄り手を差し出す。恐る恐る手を握り返そうとするが、その手は引き込まれると同時に後頭部を掴まれダートに叩きつけられた。

 

「どうした芝ウマ娘!完膚なきまでに負けちまったな!ダートは芝の2軍じゃなかったのか!?」

 

 セイシンフブキはしゃがみ込み何度もアジュディミツオーの頭をダートに叩きつける。

 その罵倒の声と行動は外で雨宿りしていたウマ娘達にも伝わっていたが、流石にやりすぎだろうと止めに行こうとするが、その憤怒の念の前に足を竦ませた。

 

「あとアタシは手を抜いていたのは分かるよな!?レースなら道中のペースはもっと速かった!だけど直線まで手を抜いた!お前がいかにクソ雑魚かって分からせるためだよ!」

 

 アジュディミツオーはピクリとも動かなくなるが、構わず叩きつける。それが暫く続くと唐突に手を放し立ち上がる。

 

「失せろ芝ウマ娘、精々中央で芝の軟弱なゴボウ共とかけっこして遊んでろ、まあ通用すると思わねえがな。あとダートだったら通用するかもって戻ってきたら、両足へし折って走れなくするからな。マジだからな。お前みたいなカスが未勝利だろうがダートレースの枠を埋めるのは我慢できない」

 

───弟子に随分と辛辣だね

 

 セイシンフブキは思わず後ろを振り向き、怒りの感情を喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

「アブクマ!!!てめえの差し金か!!!」

 

 アジュディミツオーはダートに対する情熱はそれなりに認めていた。だが突如の心変わり僅かに不可解とは思っていたが、アブクマポーロの姿を見て察した。

 アブクマポーロが手を引き誑かし芝に引きずり込んだ。もちろん芝に誑かされたアジュディミツオーは悪い、万死に値する。

 だがアブクマポーロがいなければ、このままダートの素晴らしさを教え込みダートプロフェッショナルの道を歩めた可能性もあった。どこまで奪えば気が済むんだ!

 

「その負けイヌ芝ウマ娘を連れて失せろ!!!」

「アジュディミツオー君の走りはどう見えたかい?」

「知るかボケ!!!失せろって言ってんだよアブクマ!!!」

「いいから答えろ」

 

 アブクマポーロは襟を掴まれながら呟く。その声色と発する雰囲気には恐ろしいほどの威圧感が籠っていた。それは我を忘れるほど激怒していたセイシンフブキを正気に戻し恐怖させるほどだった。

 

「無様、本来のこいつの持ち味はスピードの持続力だ。それなのに芝の走りだが知らねえが末脚勝負してどうすんだよ。まるで自分の事を理解してないバカだ」

「実に正しい評価だ。私もそう思うよ」

「答えたぞ、早く失せろ」

「無様で自分の事を理解していないバカはフブキもだよ」

「アッ!?」

 

 セイシンフブキは思わぬ言葉に咄嗟に襟を掴んでいた手を放す。アブクマは襟を正すと淡々と説明を始めた。

 

「まず今年のフェブラリーステークス、スタートが遅れて道中は中団につけた。結果末脚勝負になったが、あれはフブキが1番強かったレースだ」

「は!?あれは最悪のレースだよ!言い訳したくねえけど、先行してたら勝ってた!」

 

 セイシンフブキは嗤いながら反論する。だがアブクマポーロは無視して説明を続ける。

 

「そして今のレースでアジュディミツオー君に力を見せつける為道中は思いっきり緩めた。フブキなら実力差を見せつけるためにそうすると踏んだが予想通りだ。結果上がり勝負になってあの大差だ」

「当然だ!こんなデビュー前のガキ相手に大差をつけられなきゃ切腹もんだ」

「今回は足を溜めすぎたが、仕掛けをもう少し早めればもっと差がついただろう」

「何が言いたい!」

「今のレースを見て確信したよ。フブキの脚質は逃げや先行ではない。差し追い込みだよ」

 

 アブクマポーロとアジュディミツオーが考えた帝王賞の敗因、それは戦法のミスである。

 セイシンフブキは南関東4冠やかしわ記念では逃げや先行で勝ち、大半が前目の位置につけて勝負するウマ娘だと思っていた。

 だが本来は末脚で勝負するウマ娘だ。アジュディミツオーとアブクマポーロは何回もレース映像を見てそれに気づいていた。

 今まで勝ったレースは地力の差でねじ伏せたか、展開のあやで運良く勝ったにすぎないと考えていた。

 

「差し追い込みだ?そんな欠点だらけの戦法を使わなけないだろう!」

「どこが欠点なんだい?」

「ダートなんて基本的後ろにいるほうが不利なんだよ!だから逃げかキックバックがこない位置の先行がベストだ!仮ににキックバックがこない位置につければ外になりやすく、道中で外を回って脚を使っちまうんだよ!そしてそれを嫌って内に入れば詰まる可能性がある!常識だろう」

「模範解答だね。だが先行脚質ではないのに先行するより遥かにマシだ。それに私は差し追い込み捲りで勝ってきたが」

「相手が弱かっただけだろう!」

「嘘はよくないな。コンサートガールやメイセイオペラが強かったのは分かっているだろう」

「違う!弱かっただけだ…」

 

 セイシンフブキの声がどんどん小さくなり歯切れが悪くなっていく。

 メイセイオペラもコンサートガールもダートプロフェッショナルとして尊敬しており強かった。だが本音を偽るためといえど弱いと言ってしまった罪悪感が心を苛む。

 今や怒りによって溢れていたエネルギーはすっかり萎んでいた。それにトドメを刺すように言い放つ。

 

「先行に拘るのは私と同じ戦法を取りたくないからだろ」

「うるせえええ!!!!」

 

 その言葉にセイシンフブキは完全にキレた。アブクマポーロを押し倒し殴りつける。

 拳に伝わる感触がアブクマポーロがドバイワールドカップ出走を辞退し、芝の日経賞を走ると告げた時に激昂して殴った記憶を思い出させる。

 

「そうだよ!!!お前と同じ戦法をとりたくないから先行してるんだよ!!!絶対にお前と同じ戦法なんかするもんか!!!ダートを裏切った!アタシを裏切ったカスと同じなんかに!!!お前と違う戦法で勝ち続けてお前を否定してやる!!!」

 

 無意識に抑え込んで絶対に言わないつもりだった本音、だがそれが決壊したダムのように吐き出され、拳に今まで溜め込んでいた感情を込め殴り続ける。

 

「それで負け続けてもかい?フブキは何のために走っている?勝ち続けてダートの価値を上げる為だろう。私を否定する為じゃないだろう」

「うるさい!うるさい!うるさい!尊敬していたアンタがダートを捨てて芝に行った気持ちが分かるか!?たった1人の同類が!同志が!友達が!アタシがどれだけ悲しくて!どれだけ辛くて!」

「図星を突かれて駄々をこねて暴力を振るう。まるで子供だ!下らない!実に下らない!そんな個人的な感情の為に勝利を放棄するのか!ダートに懸ける情熱と愛はその程度か!何がダートプロフェッショナルだ!今すぐ引退しろ!」

「お前がそれを言うな!!!」

「いい加減にしろセイシンフブキ!!!!!!」

 

 突如空気が震えるような大絶叫が響き渡る。その音に2人は思わず耳を塞ぎ声が聞こえてきた方向を向く。そこには泥だらけのアジュディミツオーが立っていた。

 

「アタシは師匠の走りを見てダートに憧れた!今ではダートが大好きだ!でも師匠がこのままじゃアグネスデジタルや他の芝ウマ娘に負けてダートは芝の2軍って言われ続ける!そんなのヤダ!それに師匠はアタシのヒーローだ!そのヒーローが負けるところなんて見たくないよ!勝って勝って勝ち続けてカッコイイところを見せてよ!」

 

 セイシンフブキの心にアジュディミツオーの言葉が突き刺さる。

 そうだ今度アグネスデジタルに南部杯に負けたらダートの息の根は完全に止められる。そうなればダートは見下され貶され続ける。

 かつての自分と同じ思いを弟子にあわせるつもりはない。そしてカッコイイところを見せてと叫んだ。それは昔の自分が思った感情そのものだった。

 師匠であるアブクマポーロのカッコイイところを見たいと願い続け、それに応えるように勝ち続けた。それにどれだけ救われたか。

 目的遂行のために私情を挟まず最大限の努力をするのがプロフェッショナルだ。

 今の姿はまるで反対ではないか、過去の出来事に囚われ私情を挟み努力をしない。何がダートプロフェッショナルだ。ちゃんちゃらおかしい。

 

「あああああ!!!」

 

 セイシンフブキは絶叫した後自分の頬を全力で殴りつける鼻から血がボタボタと流れ落ち蹲った。その奇行に2人は思わず視線を向ける。

 

「アタシはこれからは差しで勝負する。心配かけて悪かったなアジュディミツオー、これから勝ち続けてカッコイイ姿を見せ続けてやるよ」

「師匠」

 

 アジュディミツオーはセイシンフブキに抱き着き、セイシンブブキは頭をポンポンと撫でる。

 その時の表情は憑き物が落ちたようで、今まで見たことない穏やかなで優し気な表情だった。

 

「アブクマ姐さんも迷惑かけて面目ないっす」

「弟子を導くのは師匠の役目だ。気にするな」

 

 セイシンフブキは頭を下げ、アブクマポーロは同じようにポンポンと頭を撫でた。アブクマ姐さんと呼ばれたのはいつ以来だろう。その言葉を噛みしめていた。

 

───

 

 アブクマポーロはセイシンフブキの部屋を見渡す。床や壁に貼られている書類、パッと見ただけでダートについて書かれているのが分かる。他にも様々な砂が入っている瓶、棚に入っているDVDは各レース場の行われた地方重賞の映像だろう。

 まるで現役時代の自分の部屋にタイムスリップしたようだった。

 

 泥だらけになった体を洗った3人は雨宿りと休憩を兼ねて、セイシンフブキの部屋に向かった。

 だが途中でアジュディミツオーは用事があると挙動不審な動きを見せながらどこかに行った。

 2人で積もる話が有ると気を遣ったのだろう。その心遣いに感謝しなければならない。

 

「まずはアジュシミツオー君への誤解を解いておこう。フブキに言った言葉は本心では無く、私が考えたセリフを一語一句言っただけだ」

「やっぱりか。大根すぎる」

 

 セイシンフブキは悪態をつきながらも安堵の息を漏らす様子をアブクマポーロは見つめる。

 他の者にあのセリフを言われても怒りはするが、あそこまで激怒はしなかっただろう。

 アジュディミツオーを同志であり、未来のダートプロフェッショナルになれる存在であると認めていたからこそ、深く悲しみ烈火の如く怒ったのだ。

 

「しかしあのセリフは効いた。あんなクソムカつく言葉を思いつくだなんて、久しぶりにキレちゃいましたよ。今思い出しただけでムカつく」

「そうだろ、苦労した分だけ成果が有った」

 

 激怒したセイシンフブキが取る行動は相手が最も屈辱を感じる方法をすることだ。

 アジュディミツオーが末脚勝負を選んだなら、同じ土俵に立って叩きつぶす。その為には我を忘れるぐらい怒らせなければならない。

 ダートを愛しているからこそ1番言われたくない言葉も分かる。だが自分で考えているうちに腹が立ち何本もペンをへし折っていた。

 

「姐さん、実は聞きたい事があります。ドバイワールドカップの件です」

 

 セイシンフブキは今までの雑談を話すような空気から一転し、重苦しく話しかける。

 アブクマポーロと仲違いしたのはドバイワールドカップに出走せず、芝の日経賞に出走したのが原因だった。

 今までは裏切られた悲しみと憎しみからダートを裏切ったと決めつけていた。

 だが脚質のことで言い争い、今こうして話しているとダートを捨てているとは思えない。何かしらの事情が有るのかもしれない。

 

「その事か、自分の醜態を晒すようでフブキには言いたくなかったが、話しておこう」

 

 アブクマポーロは息を吐くと覚悟を決めたのか、厳しい表情を浮かべながら語り始めた。

 

「そんなことがあったなんて」

 

 セイシンフブキは唇を噛みしめる。本当は出走する気が有ったが船橋ウマ娘協会がドバイ遠征費を一切出さず、さらにトレーナーまで解雇すると脅迫されていた。そんな事情が有った何てまるで知らなかった。

 

「なんで言ってくれなかったんですか?そんな理由があれば裏切ったなんて…」

「いや裏切りだよ。ドバイに行くなら借金でもして行けばよかった。私にはその覚悟が無かった。フブキならそうしただろう」

「……はい。犯罪してでも金を集めたと思います」

「実にフブキらしい答えだ」

 

 倫理観はともかく、このどんな手段を使ってもやり遂げるもいう決断的な意志、アブグポーロの口角が上がる。

 

「それが私の限界だ。だがフブキは違う。ダートを愛し、ダートの為に全てを投げ出せるウマ娘だ」

「そんな、姐さんのことを勝手に恨んで末脚勝負しなかったウマ娘ですよ」

「確かにね。でも今は違う。フブキはもう道を迷わない。だから師匠として1人のダート愛好家として頼みがある。勝ちづけてダートを守り価値を上げ、ダートプロフェッショナル18人が走る夢のレースを見せてくれ」

 

 アブクマポーロは深々と頭を下げた。自分が達成できなかった理想を弟子に背負わせる。何とも無責任だと自覚しているが、できると信じていた。

 

「任せてください。アタシがやってやりますよ」

 

その願いに力強く宣言した。

 

 

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