勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と覇王と怒涛♯3

『ゲート開いて各ウマ娘一斉にスタートしました。さあどのウマ娘が飛び出るか。お~っとサイレントハンター出遅れた!』

 

観客席のファン、そしてレースに出る全ウマ娘に思わぬ展開に動揺が走る。

サイレントハンター

逃げの戦法を得意とするウマ娘であり、どのレースも果敢に逃げを打っていた。だが今日は大きく出遅れてしまう。ここから先頭まで駆け上がり逃げをするのは不可能ではないがそれだけで力の大半を使いレースに勝つ可能性はほぼ0%になる。それ故にサイレントハンターは後ろから走ることになる。

このまま予定通りレースをするか、それとも変更するか。ここでの方針決定が勝負を左右する場面であり各ウマ娘に判断が迫られていた。

 

『サイレントハンターの代わりに先頭に立つのは…メイショウドトウです』

 

ドトウは本来なら逃げをするウマ娘ではない。だがスタートが思ったより上手くいったこと、そしてサイレントハンターが逃げに失敗してスローペースが予想され、この状況ではいつもの位置取りより不慣れでも前にいったほうが、むしろ先頭に立った方がいい。瞬時に判断したドトウは先頭に位置付けた。

そのすぐそばにテイエムオペラオーが二三番手につけ、オペラオーにすぐ後ろ四五番手にキンイロリョテイがつける。そしてその3バ身後ろにアグネスデジタル。三強が前に、デジタルは中団に位置を取った。

 

『今、1000メートルを通過し1分2秒02といったところでしょう。先頭から最後尾まで約八バ身そこまで差が開いておりません。一団となっております』

 

これはバ場が重としても遅いペースだった。だがドトウは逃げウマ娘ではないのでこれはある意味必然なのかもしれない、直線のために力を温存するように溜めて逃げる、このペースで行くから前に行きたい奴は行け。それがドトウの主張だった。そして他のウマ娘達もドトウの主張に従うように後についていく。ペースが遅いならば前に位置したほうが有利でありドトウより前に、むしろ早めに仕掛けたほうがよいと思うかもしれないがことはそう簡単ではない。

ドトウを含めすべてのウマ娘達がこのスローペースに折り合うために行きたい気持ちを抑えて必死に我慢している。もし我慢できずスパートを掛けてしまえば予想以上に体力を消費していることに気づかず直線で力尽きてしまうだろう。

 

 

「ああ!うぜえ!」

 

 

『おおっと!ここでキンイロリョテイがなんと三角で仕掛けた!』

 

 

キンイロリョテイが三コーナーからドトウを抜き去り二バ身三バ身と差をつけて先頭に躍り出る。そして誰ひとり追走せずその様子を集団は見送った。リョテイは元々気性が荒いウマ娘だ、このスローペースに我慢できずに飛び出したのだろう。それに東京レース場ではタブーと言われる三角からの仕掛け、持つわけがない。これでこのレースから脱落した、それが集団の見解だった。

 

 

(オペラオーさんは……動かない)

 

 

オペラオーは王者としての誇りを持っており、相手を動いたのを見送ってそのままゴールされるというレースは絶対にしないウマ娘だ。もしオペラオーが動くなら動く準備をしていたが動かない。これは最後に垂れる、もしくは差し切れる自信があるということだろう。ならばこちらも動かない。マークするのはオペラオーでありキンイロリョテイではない。

 

 

『最終コーナーに入りキンイロリョテイ先頭!このまま押し切ってしまうのか?』

 

 

キンイロリョテイが内ラチ沿いにピッタリとくっつくように最終コーナーを曲がり直線に入る。その五バ身後ろからメイショウドトウを先頭にした集団がコーナーを抜けて直線に入った。

そしてメイショウドトウは道中ペースを抑え溜めていた力を一気に解放し宝塚記念と同じようにオペラオーより先に仕掛けた。そのスピードは集団を一気に置き去りにしみるみるうちにキンイロリョテイとの差を縮め残り300メートルで並んだ。

 

「てめえドトウ!あんなどスローにしやがって!こっちとはイライラして血管切れそうだったわ!レース後シメる!」

「ひい!ごめんなさい……」

 

 

キンイロリョテイは並んだドトウに睨みをきかせ噛み付かんばかりの形相を見せる。ドトウもその形相に驚くが、態度とは裏腹にスピードは全く衰えずリョテイを抜き去り半バ身リードした。

 

 

『ここでメイショウドトウがキンイロリョテイを抜き去り先頭に立った!』

 

 

「あっという間にリョテイさんを捉えました。すごい反応とスピードです」

「常識破りの三角からの仕掛けだが、並みの奴ならあの展開のリョテイを捉えられないし、捉えられても追い抜けない。強いウマ娘だ」

「本当にドトウは運がないデス。オペラオーが居なかったら覇王の称号はドトウだったデス」

「それはどうかな」

 

 

観客席上部の関係者席で観戦していたブライアンとグラスワンダーとエルコンドルパサーが私見を述べているとトレーナーのハナが口を挟んだ。

 

 

「オペラオーがいたからここまで強くなれたのだろう」

「なるほどオペラオーが引っ張り上げたってことデスね」

「いやドトウ自身が押し上がった。宝塚と天皇賞秋でオペラオーの二着になり周りからオペラオーのライバルと認知され始めた。本来ならオペラオーのライバルになれる器はなかったがそうあろうとした。その覚悟と自覚が彼女を押し上げオペラオーに一矢報いるほどになったんだ」

 

 

ハナの言葉を受け自らの体験を振り返る。シンボリルドルフとナリタブライアンは3冠ウマ娘として、エルコンドルパサーはダービーウマ娘として、グラスワンダーは周囲から怪物と賞賛されるウマ娘として周囲の期待にこたえようと努力してきた。それぞれがドトウの姿をどこか重ねていた。

 

 

「だが、覚悟と自覚なら彼女だって負けてない」

 

シンボリルドルフは呟いた

 

『残り300メートル、このまま二人の一騎打ちか?』

 

 

「一騎打ちだってよドトウ。それだったらお前相手なんて楽勝だ」

「それはないです。あの人は来ます」

「だよな」

 

 

残り300メートルとなり抜け出した二人の一騎打ちの様相を見せていた。後続を引き離しお互い雌雄を決しようとしているように見えるがまだ余力を残していた。

 

これで決まれば楽なのだが、そんな考えが一瞬過るがすぐさま打ち消した。あいつは必ず来る、そのために力を残しておかなければならない。二人は全く同じことを考えていた。そして二人は同じタイミングで後ろを振り返る。キンイロリョテイはうんざりとした顔を、メイショウドトウはどこか嬉しそうに笑う。予想通りそのウマ娘はやってきた。

 

『そしてやはり上がってきた!テイエムだ!テイエムオペラオーだ!真打登場だ!』

 

 

「やあ、リョテイにドトウ。露払いご苦労」

「来たなバカ王子!今日もあたしの方が強いってことを思い知らせてやる!」

「今日は真っ直ぐ走ってくれよ。このまま斜行したらドトウが巻き込まれる。まあキミの小さい身体じゃあドトウに弾かれるけどね」

「ハハハ!あの無駄に重い体重とデカイ胸で弾かれそうだ」

「私はそんなに重くありません……」

 

遅れてくるようにテイエムオペラオーが集団を抜け出し二人に迫り並んだ。二人はオペラオーが並んだのを見てすべての力を解放する。

だがそれでもテイエムオペラオーの速度は二人を上回りクビ差ほど前に出た。だがそこから差が広がらない。ドトウとキンイロリョテイはオペラオーに懸命に食い下がった。

 

 

三人による叩き合い。そのデッドヒートに観客は興奮し握りこぶしを固め、声を張り上げる。

 

『残り200メートルで三人の叩き合い!やはり三強で決まるのか!?』

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

『最終コーナーに入りキンイロリョテイ先頭!このまま押し切ってしまうのか?』

 

 

四コーナーを回り各ウマ娘が直線に入る。チームプレアデスのトレーナーは上部にある関係者スペースからアグネスデジタルの動きをただ静かに見守っていた。

あの時はあのようなことを言ったが時が経ち冷静に考えればかなり無謀で無茶、いや実現不可能なことをデジタルに課したのかもしれない。

仮にそれができたとしてもデジタルの願いが叶えられるかと言われればかなり怪しい。自分がやった行動は詭弁を弄してデジタルを騙しただけかもしれない。

あの時はデジタルに勝ってもらいたいから外を回れと言った。だが本当は自分が天皇賞の盾が欲しいから言っただけではないのか?

だとしたら何とも未熟だ。優先すべきはウマ娘であり己は二の次三の次なはずではないか!

結局作戦だけを伝えどのように走るかの最終決定はデジタルに委ねた。

だがデジタルにはオペラオーとドトウと併走して欲しいとすら思っていた。己の過ちで本意ではない走りで勝つぐらいなら、好きなように走ってもらいたい。勝利だけがすべてではない。何を目標にして何を重きに置くかはそれぞれの自由だ、それは他者が押し付けるものではない。そんな当たり前で重要なことを今さら思い知った。

 

『残り200メートルで三人の叩き合い!やはり三強で決まるのか!?』

 

そして直線に入って暫くして二人の人物がデジタルの異変に気づいた。一人はトレーナー、もう一人はウラガブラックだった。多くがオペラオーとドトウとキンイロリョテイの動向に注視しているなか二人はデジタルに注視していたから気づけた。

 

――――鼻血を出しながら笑っている!?――――――

 

『いや?外から?大外から?アグネスデジタルだ!』

―――――――――――――――――――――――――――

 

「外埒ぞいを走りながら限りなくリアルなオペラオーとドトウのイメージを作り出し併走しろ、それができれば実在する二人と一緒に走るのと変わらない。これでオペドトも堪能できるしレースにも勝てる」

 

この言葉を聞いた時はトレーナーの正気を心底疑った。まるで一休さんの頓智ではないか。いや頓智どころではない、強引にも限度がある。だがトレーナーはお前の妄想力ならきっとできると懸命に説得していた。

ふざけるな!もう少し真面目なことを言え!

この言葉が喉まで出かかったその時ある考えが頭をよぎる。これは試練ではないのか?

もし自分のオペラオーとドトウへの想いが本物なら現実と変わらないイメージ像の一つや二つぐらい作り出せると。

外に出せと言われたときはトレーナーに失望した。何故あたしの想いを理解してくれない。だがあの時の表情は魂を鑢がけされたような苦しく悲痛な表情だった。トレーナーも自分の想いとあたしの想いとの板ばさみで苦しんでいるのだ。

そしてトレーナーは苦しんで第三の方法を考え出し、そして最終決定はあたしに委ねた。

 

それは方法とすら呼べないものかもしれない。だが自分には到底考え付かないアイディアだった。そしてこの荒唐無稽な方法を世界中でもお前にしかできないと心の底から信じてくれた。

確かにオペラオーとドトウの間近で走りたいという想いは、勝ちたい、トレーナーやチームメイト達の気持ちに応えたいという想いより勝っている。だがそれは天と地の差ではない。ほんの僅かな差だ。

そしてトレーナーの提案を聞き想いに対する妥協が生まれた。現実と変わらないイメージを作り出しその二人と併走すればオペドトを堪能できるし問題は無い。それで勝てれば皆も喜びあたしも嬉しい。

デジタルは外埒に向って走りながら、今まで知りえた二人の情報を脳内からすべて引きずり出しイメージを構築する。だが二人の姿は目の前に現れない。

あたしの想いはこんなものか?もっとだ!もっと深く想像しろ!

さらに詳細なイメージを構築しようと脳を酷使する。そのせいかデジタルの鼻から血が流れていた。

 

(((……私は……たくない……たい)))

(((……い…トウ……ル……だ……く……くで)))

 

すると耳に誰かの声が届く、それはノイズが酷く聞き取りにくかった。だが次第にその声はハッキリと聞こえてくる。

 

(((私はオペラオーさんに負けたくない。勝ちたい)))

(((こいドトウ。ボクのライバル!今日もワンツーフィニッシュだ。ボクの一着、ドトウの二着で)))

 

聞こえた!

デジタルの耳には本来なら聞こえるはずの無い二人の声が鮮明に聞こえていた。するとそれと同じくして半バ身先にオペラオーとドトウの姿が現れていた。

息遣いの音、流れる汗の臭い、躍動する筋肉、一心不乱に走る表情。デジタルが作り出したイメージは圧倒的なリアリティを有しており、それは自分自身すらも錯覚に陥れていた。

これでオペドトを思う存分堪能できる!

デジタルは嬉しさのあまり無意識に笑っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――

『アグネスデジタル!大外からアグネスデジタルが三強に襲い掛かる!』

 

「あのチビ!」

「え!?」

「一応警戒していたが、本当に来るのか」

 

三人も大外から猛然と迫り来るアグネスデジタルを視界の端に捉えていた。まさかそんな場所から来るのか!?思わぬ強襲に三人に動揺が走る。それぞれは全力で走っているが故に大外に視線を向ける余裕は無く詳細な情報を得られない、だが視界の端に映るアグネスデジタルの走りは三人に敗北の予感を与えるには充分だった。

 

「うぉおおお!」

 

負けてたまるか!勝つんだ!勝つんだ!勝つのはあたしだ!

キンイロリョテイは吼えながら体に鞭を入れる。限界、いやそれ以上の力を出す為に。その形相その威圧感はまさに獲物を狙う肉食獣のそれだった。

 

ーーーブロンズコレクター、シルバーコレクター

 

 

それが周囲からキンイロリョテイに与えられた称号だった。

数多くのGIレースに出走し多くの二着、三着。シルバーメダルとブロンズメダルを得てきた。

多くの精鋭が集まるGIレースで二着や三着に何度も入着できるということはそれだけで高い実力を持っている証であり、純粋に賞賛の意味で言う者もいる。だが多くのものは皮肉の意味を込めていた。

当然本人はこの称号は不名誉そのものだった。何とかその称号を払拭しようとするものも勝ちたいという気持ちが空回りしさらにGIで負け続ける。さらに同じシルバーコレクターと言われていたメイショウドトウですらついにGIを勝ち取った。

もうこれ以上負けられない!

 

周囲への嫉妬、自分の不甲斐なさ、世間への反骨心。それらを起爆剤に変えキンイロリョテイは一着を狙う。

 

『残り150メートルを残しメイショウドトウ食い下がる!懸命に食い下がる!』

 

メイショウドトウはすぐ内側を走るキンイロリョテイ、大外から迫り来るアグネスデジタルの存在を意識からかき消した。そしてクビ差ほど先に走るテイエムオペラオーだけに意識を集中させる。

最初はオペラオーのことは好きではなかった。超がつくほどナルシストで勝つたびに自分相手に自画自賛してくるのは本当に嫌だった。何度も何度も負かされ、オペラオーとのレースのたびに胃が痛む日々で最終的には悪夢で出てくるほどだった。

 

だが今では嫌いではない。

一年通してGIの舞台で何回もウイニングライブを歌ったことで親近感も沸いてきた。そのせいかナルシストぶりも生暖かい目で見られるようになり、良い所も目に付くようになった。何よりそのうんざりするほどの強さは尊敬できるものであり憧れていた。

オペラオーは本当に強い。キンイロリョテイやアグネスデジタルより速く走るだろう。だからオペラオーに先着することだけを考えればよい、そうすれば勝利はついてくる。

宝塚記念で勝利したときは本当に嬉しかった。オペラオーと一緒に主役としてライブを行ったときは本当に楽しかった。だから今日も勝って主役としてオペラオーと一緒にライブをするんだ。

 

宿敵への憧れ、勝利への欲望。それらを推進力に変えメイショウドトウは一着を狙う。

 

『オペラオー先頭!オペラオー先頭!このまま押し切れるか!?』

 

アグネスデジタルの姿を視界の端に捉えたとき嫌な記憶が強制的に呼び起こされた。同じ東京レース場でおこなわれた日本ダービー、あの時も直線で先頭に踊り出た。このまま押し切れると思ったが結果的には早仕掛けであり直線半ばで同期の天才アドマイヤベガに差し切られる。あのレースは今でも夢に出てくるほど悔しかった。リベンジしようにも天才は一等星のように輝き瞬く間に駆け抜けてしまい今はトレセン学園にいない。

 

後方のウマ娘が猛然と迫っているこの状況はダービーの状況と似ている。だがあの時の自分ではなく多くの敵と激戦を繰り広げ成長してきた。今なら押しきれる。

 

宝塚ではウイニングライブを望んでいるボクのファンの期待を裏切ってしまった。そして何より悔しかった。長く味わっていなかった敗北の味がこんなにも苦く苦しいものとは思っていなかった。もうあんな思いはたくさんだ。そして世界に行く為に秋のGIも全部勝って春のGIも勝って日本の王者として世界の舞台に行く!ファンのために、ボクのために勝つ!何よりドトウには負けたくない!

 

応援する者の期待、王者としての誇り、過去の清算。宿敵へのライバル心。それらを燃料に変えテイエムオペラオーは一着を目指す。

 

『しかしアグネスデジタル凄い脚!凄い脚!このまま三強を差しきれるか!?』

 

(((待って!待ってくださいオペラオーさん!私を置いていかないでください!)))

(((頑張れドトウ。今日のレースも、ジャパンカップも、有マ記念も一二着はボクたちのものだ。二人のライブで観客達を虜にしよう)))

(((はい!)))

 

(キテるキテるキテるキテる!オペドトキテる!)

 

脳内で作り上げたオペラオーとドトウの心の声はナレーションとしてデジタルの耳に届く。これだ!これがオペラオーとドトウの絡みだ!レースに出て本当に良かった!けどもっと近くで見たい!感じたい!

デジタルは一バ身先をいる作り上げた理想の二人に近づこうと全力で走る。だがチームメイトやトレーナーの為に勝ちたいという勝利への願いが無意識に作用し永遠に縮まらない一バ身差を作り上げていた。それに気づかないデジタルはニンジンをぶら下げられたウマ娘のように永遠に追いかけ続ける。

その結果本来のキレ味と二人に追いつくために発揮する勝負根性が合わさりデジタルは圧倒的な速度で三人に迫っていた。

二人への執着、個人的願望、周囲の期待。それらをエネルギーに変えアグネスデジタルは一着を目指す。

 

『さあ、残り100メートル、勝つのは誰だ!誰なんだ!?』

 

キンイロリョテイ、メイショウドトウ、テイエムオペラオー、アグネスデジタル。

それぞれが思いを秘め天皇賞の盾を勝ち取る為に全力で駆け抜ける。それぞれの心情を知る者がいれば四人全員に勝って欲しいと思うだろう。だが現実は勝つのは唯一人。そしてその審判は下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勝ったのは……アグネスデジタル!二着にテイエムオペラオー、三着にメイショウドトウか?オペラオードトウ王朝崩壊!アグネスデジタル三強を見事に撫で斬った!これでウラガブラック陣営も納得でしょう』

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「まさか」

「すげえ切れ味」

「ワオ!ファンタスティック!」

「これは予想外です」

 

チームリギルの面々から困惑、驚嘆、賛美の声が漏れる。まさかアグネスデジタルが勝つとは。フロックの勝利ではと頭を過ぎったがすぐに打ち消す。確かにアグネスデジタルは三人を出し抜いたと言っていいかもしれない。だが出し抜いたからといって勝てるほど三人は弱くは無い。これはアグネスデジタルが強いのだ。

 

「トレーナーはこの結果の予想はできたか?」

 

ルドルフの言葉にハナは言いよどむ。

データとしては勝つ可能性はあったが交通事故レベルの話だった。

アグネスデジタルが2000メートルでこれほどの切れ味を発揮するとは思ってもいなかった。そして通ってきたルート、結果的に見れば切れ味を生かす為に大外を通ったのだろうがあそこまで極端に外を回すとは。なんと斬新な発想だろう。

 

「勝っちゃった……」

 

ハナとルドルフ達と離れた処でウラガブラックは呆然とレース場を見つめながらポツリと呟いた。

まさか、本当に勝つとは。今日この場に来たのは秋の天皇賞に出られなかった鬱憤をデジタルが負ける姿を見て晴らすためだ。デジタルがマスコミに色々と言われていたのは知っている。その様子を見てもいい気味だ、ざまあみろと内心で嗤っていた。

だがデジタルは前評判や世間の罵倒を跳ね除け見事に勝利した。この結果を見せられれば世間も黙らざるを得ない。そしてウラガブラックも。

ウラガブラックは無意識に賞賛の拍手を送っていた。

 

「うおおお!スペ!スズカ!オペラオーとドトウが負けたぞ!アグネスデジタルが勝ったぞ!」

「はい!アグネスデジタルさん凄かったです!」

「まさか二人が負けるなんて」

 

アグネスデジタルの勝利で困惑に包まれる東京レース場でスズカは会場の空気と同じように困惑し、反対にスピカのトレーナーとスペシャルウィークはレースの様子を見て興奮を抑えきれないという様子を見せていた。

アグネスデジタルは外埒に向かうように走った。その姿はスペシャルウィーク達がいた最前列からはもっとも近く見えていた。泥しぶきを巻き上げながら間近で走るその姿はスペシャルウィークに今までの観戦で味わったことのない迫力と興奮を与えた。

そしてスピカのトレーナーはそのレース内容に興奮していた。

アグネスデジタルのトレーナーは奇策をうってくる。逃げを打つか?それとも常識破りの三コーナーからの捲りか?

 

だがその予想すら外れていた。文字通り大外に出しての強襲。誰も通ってない真っ新なバ場のところまで外に出す。これで切れ味を発揮できオペラオーやドトウの根性もすかすことができる。結果を見れば合理的考えと言えるだろう。だが大半のものは常識が邪魔し思いつかないだろう。

このルートはオペラオー達に比べ恐らく50メートルは余分に走っている。

仮にオペラオー達が全くロスなく走ったと仮定すれば20バ身のハンデを背負うことになる。20バ身とはとてつもない差である。20バ身差あればデビューしたばかりのウマ娘でもGIウマ娘に勝つことが可能であり、それほどまでの差でもある。

 

レースの道中は距離損をできるだけ無くすのが鉄則だ。それを20バ身の大回りをして外に回せと勝算があったとしてもどれほどのトレーナーが言えるだろうか?

トレーナーのアイディアと胆力、そしてそれを実行したアグネスデジタルの実力。その二人が合わさりあのオペラオーとドトウに勝った。トレーナーはその勝利に酔いしれていた。

「デジタル!」

 

チームプレアデスのトレーナーはアグネスデジタルが一着で駆け抜けた瞬間、すぐさま地下検量室に向かう直通エレベーターにすぐさま飛び乗った。デジタルが一着になった時は人生で最高の感動と興奮が去来した。だがその興奮はあっという間に引き後悔が押し寄せる。

 

デジタルは自分の意志を曲げてまで走った、いや自分が曲げてしまった。トレーナーの胸中に後悔と懺悔の気持ちが渦巻く。どんな顔であいつと顔を合わせればいい、何と言葉をかければいい。様々な言葉が脳裏に過る、そしてその多くの言葉のなかでかける言葉は謝罪の言葉だけであると悟った。誠意を持って謝りどんな対応を受け入れる。それが自分の見せる誠意だ。

トレーナーは地下検量室にたどり着き地下バ道から降りてくるデジタルを待つ。デジタルは怒っているだろうか?悲しんでいるだろうか?トレーナーは自分に向けられる表情を想像する。すると地下ウマ道に歩行の反響音が聞こえてくる、デジタルが来た。トレーナーはどんな表情や罵声を向けられても挫けないように深呼吸する。だがトレーナーに見せた反応は完全に予想外のものだった。

 

「白ちゃん!」

 

デジタルがトレーナーを見つけると満面の笑みを見せながら駆け寄る。その様相は興奮覚めやらぬ。いや極度の興奮状態といっていいものだった。

 

「いや~オペドト最高!あんなに間近で見れちゃった!このレースに出られて本当に良かった!ありがとう白ちゃん!」

「デジタル……お前その鼻血は大丈夫か?」

「ああ、これ?それは二人の走りを間近に見られたんだから鼻血の一つや二つ出るよ!」

 

 

デジタルは今気づいたというように無造作に鼻血を手で拭いとる。一方トレーナーはデジタルの極度なハイテンションに戸惑っていた。そしてその言葉に違和感を覚えていた。

あんな間近で見たと言ったが道中はそこまで近くにいなかった、それに直線でも大外に出たからオペラオーとドトウとは離れていたはずだ。まさか自分が言った突拍子もないアドバイスを実行し実現させたというのか?

 

その時ある考えが過る。

デジタルは指示通りオペラオーとドトウのイメージを作り出し一緒に併走した。そしてそのイメージを作ったことで催眠術をかけられた状態のように強い自己暗示をかけてしまった。その結果オペラオーとドトウと一緒に走ったと思い込んでいるのだ。

確かにデジタルはオペラオーとドトウに対する執着が強く。そして思い込みが強く妄想癖がある。そういった性格を踏まえてイメージを作り出せるのではと作戦を提案した。だがここまで効果を発揮するとは思っていなかった。

 

「デジタル…その……」

「お互い一緒にウイニングライブ歌いたかったみたい!そうレース中に言っていたの!だからずっと一着二着を取れたんだよ!いや~あの二人の愛の力は偉大だね!あたしも頑張ったんだけどね~たぶん三着かな?二人の愛の力には勝てなかったよ!」

 

デジタルはどこか嬉しそうに笑顔見せる。だがまるで薬物中毒者のように目は血走っておりその笑顔はどこか薄気味悪さを醸し出していた。

確かにアグネスデジタルは一着でゴールを駆け抜けた。だがその目の前にはイメージで作り上げたオペラオーとドトウの姿があった。そのイメージはデジタルにとって真実であり、ゴールを一着で駆け抜けたのはオペラオーとドトウだった。

 

「それでね!それでね!」

「デジタル!」

 

なおも喋ろうとするデジタルをトレーナーが遮るように声をかける。その声は計量室に響き渡りそこにいた人たちは思わずトレーナー達に視線を向ける。

 

 

「デジタル。お前は勝ったんや」

「え?違うよ。一着と二着はオペラオーちゃんとドトウちゃん。あたしは三着以下だよ」

「違う。それはお前が生み出した幻や。オペラオーとドトウが内側で走るところお前は大外に出して全員を差し切った。あれが答えや」

 

デジタルはトレーナーが指を指したほうに視線を向ける。ホワイトボードには書かれているのは1着の場所に10番、2着には6番、3着には2番。10番はアグネスデジタル、6番はテイエムオペラオー、2番はメイショウドトウだ。そして数字の下には確定の文字。これは着順が確定した証しである。

 

「あ…あたしが勝った?」

 

デジタルは事実を再確認するように呟く。

レース中の興奮状態と2人に対する執着と強い思い込みがデジタルに自己暗示をかけさせた。ただ時が経ち興奮が治まってくることで解けていき、それと同時に記憶が鮮明になっていく。

そうだ、直線に入りトレーナーの指示通り外埒に向ってそして二人の姿をイメージしたのだ。

 

「うん。そうだ。そうだった。オペラオーちゃん達は内を走ってあたしは大外を走ったんだ」

「すまなかったデジタル!」

 

物悲しそうに頷くデジタルの姿を見てトレーナーは90度近く頭を下げて謝罪した。

妄想で幻覚を見るほどにデジタルは二人と一緒に走ることを望んでいた。それを自分の指示でぶち壊した。デジタルの表情を見て後悔と罪悪感がトレーナーを責めたてる。

 

「顔を上げてよ白ちゃん。あたしは……怒っていないよ。勝てたことは嬉しいから。これを選んだことに悔いはないよ」

 

デジタルは少しばかりの後悔を押し込めるように白い歯を見せるような笑顔を作った。

オペラオー達の近くで走らなかったことに後悔が無いと言えば嘘になる。だがチームメイト達やトレーナーの為に勝てたことは嬉しく、選手としてオペラオーとドトウに勝てたことは嬉しい。

 

それに自分が作り上げた二人のイメージ。あれは我ながら良いものだった。だがあれはチームメイト達がオペラオーとドトウの資料を集めてくれたから。そしてトレーナーが天皇賞秋に出走を許可してレースに集中できるようにしてくれたから。だからこそレースに向けて二人を想い、前々日会見で二人と会話できた、パドックなどで間近で見られてより精巧なイメージを作り上げることができた。天皇賞秋に出られなければここまで二人を想うことなくこんな体験はできなかった。

 

「ほんまか?」

「ほんま!ほんま!それより少しは褒めてよ『お前はほんま凄いやっちゃやな!』とか『天才ウマ娘』とかさ!」

「ああ、お前はほんまに凄い奴や。こんなアホみたいな作戦実行できるのは日本中、いや世界中探してもお前だけや」

 

デジタルの明るい口調に合わせる様にトレーナーは軽口を言い放つ。しかしトレーナーはデジタルの一瞬表情が曇るのを見逃さなかった。デジタルは許してくれたがその好意に甘えてはならない。今回のようにチームのウマ娘の要望を切り捨てるようなことはならない。要望に応えつつ勝たせる。それができるように鍛え作戦を考えるのがトレーナーの仕事だ。

デジタルの一瞬曇った表情、それを脳裏に深く刻みつけた。

 

「あ……」

「どうした?」

「あたしが勝ったっていうことは……オペドトのワンツーフィニッシュが途絶えたんだよね」

「そうやな」

「あたしが……オペドトの…あの美しい関係を壊しちゃった……」

 

突然デジタルの目から涙が流れ思わず手で顔を覆った。

オペラオーとドトウのワンツーフィニッシュ。それは二人の想いの、友情の、愛の結晶である。成績に並ぶ1着テイエムオペラオー2着メイショウドトウ、もしくはその逆の結果は美しくすらあった。レースに勝つことはその美しい結果を壊すことになる。それは分かっていたつもりだったが、いざ目の当たりにすると罪悪感と悲しみがデジタルを襲う。

 

「なあ、デジタル。永遠に続くものはそうあらへん。お前が1着にならなくてもいずれは誰かが1着になっていたかもしれん」

「そんなことないもん!」

「それに二人のワンツーフィニッシュが崩れたからこそ、二人の関係に変化が生じ生まれるものがあるんやないか?それもお前の言うキテる要素なのかもしれんぞ」

「なるほど……」

 

確かにそうかもしれない、デジタルは思わず頷く。

3着になったことに不甲斐なさを感じるドトウ、その負い目からオペラオーと会っても思わずその場を立ち去ってしまう。それを不審に思ったのかドトウの後を追うオペラオー。考えるだけ色んな展開が予想できる。

二人のワンツーフィニッシュは美しい関係だと思っていたがそれはマンネリ、倦怠期を生むこともある。時には刺激も必要だ、それによって二人の関係はより素晴らしいものに変わっていくかもしれない。

 

「じゃあ、あたしは少女漫画で出てくる恋のライバルキャラってことね」

「よくわからんがそういうことや」

「二人の関係に関われるなんて光栄だな~グフフフ」

 

トレーナーはデジタルが元気になった様子を見て胸をなで下ろす。

デジタルの態度は敗者に対する憐れみに見られてしまうかもしない。だが憐れんではいない、本気で悲しんでいるのだ。

例えば憧れの選手と対戦しその選手に勝ってしまった、越えてしまったと悲しむことはあるかもしれない。だがデジタルにはそういう気持ちはなく、ただ二人のワンツーフィニッシュを壊してしまったことに本気で悲しんでいる。こんなことを考えるのはデジタルだけだろう。本当に不思議なウマ娘だ。

 

「やられたよ。アグネスデジタル」

 

 

二人が声をかけられた方を振り向くとそこにはオペラオーが立っており、勝負服と顔は泥にまみれていた。右手に着いた泥をふき取り差し延ばす。デジタルもそれに応じる様に右手を差出し握った。

 

「あの末脚は凄かったよ。じゃあウイニングライブで」

 

オペラオーは手を振ると自分のトレーナーのもとに歩を進める。その後ろ姿は背筋がピンと伸び凛々しさすら感じられた。

 

「オペラオーの手を見たか?」

「うん」

 

右手を差出し握手し何気なく会話をしているなか、左手は握りこぶしのまま震えていた。あれは悔しさの抑える為に力一杯手を握っていたのだ。本来なら悔しくて口を利きたくないはずなのに、己の流儀か敗者としての流儀かは分からないが勝者に賞賛の言葉を送ったのだ。

 

「今回は紛れもない不意打ちや2度目は無い。あんな負け方したオペラオーにとってたまらないのに一切言い訳を言わずお前を讃えた。強いウマ娘や」

「うん。本当にかっこいいよ」

 

グッドルーザーという言葉があるがテイエムオペラオーの姿はまさにそれだった。

誇り高き王者。デジタルはオペラオーに尊敬の念を抱いていた。一方ドトウは背中を丸め悔しそうにしておりトレーナーが慰めている。その刹那デジタルに恨めし気に視線を送りそれを受けて思わず身震いする。

ワンツーフィニッシュを崩されて相当悔しかったのだろう。再び罪悪感が去来し胸が苦しくなるがそれを懸命に耐えた。二人にはこれを糧にして強くなってもらいたい。そしてジャパンカップや有マ記念。そしてウインタードリームトロフィーに出てくる強敵からワンツーフィニッシュをもぎ取ってもらいたい。それが二人のファンとしての切なる願いだった。

 

「ところでデジタル、代えの勝負服持っているか?」

「うん、持っているよ」

 

デジタルは質問に答える。GIレースに出走するウマ娘達は不測の事態に備えて予備の勝負服を持っていた。

 

「なら、表彰式が始まるからすぐに着替えて来い」

 

 

トレーナーの言葉を聞き自身の勝負服を確認する。バ場が荒れていないところを通ったのでオペラオー達のように泥まみれにはなっていないが、道中の他のウマ娘達が蹴り上げた芝などでそれ相応に汚れていた。デジタルは着替えてくると言い残すと足早に控室に戻っていった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

『これより秋の天皇賞の表彰式を行います』

 

厳かな音楽をBGMにデジタルは真新しい勝負服、トレーナーは一張羅といえるスーツを身に纏いコースの中央に設けられた表彰台に上がる。するとプレゼンターが促すとともに観客席から盛大な拍手と多くのフラッシュ光が二人を出迎える。トレーナーの表情は緊張の色を見せ、デジタルはいつも通りの日常と変わらないといった具合の平静とした表情だった。

 

『それでは中央ウマ娘協会理事長より天皇盾の贈呈を行います』

 

 

理事長が白手を装着しデジタルも係員から白手を受け取り装着する。GIレースに勝利すると優勝トロフィー、またはそれに類するものを受け取るが天皇盾のみ白手を装着する。素手で盾に触れてはならず白手を着けるのが慣例になっている。

盾を渡す前に両者が握手を交わしその後に盾を渡すという流れになっており、予定通り握手を交わす。するとデジタルが理事長に何か喋りかけている。トレーナーは聞き耳を立てるがデジタルから距離が遠く雨の音のせいでよく聞き取れない。理事長は一度首を横に振りデジタルは尚も懸命に頼み込む。すると理事長は首を縦に振った。するとデジタルは白手を外しトレーナーに渡した。

 

「あたしはいいから、白ちゃんが盾を受け取りなよ」

 

普通ならトロフィーはレースの主役であるウマ娘が受け取るものであり、トレーナーが受け取ることはまずない。それをトレーナーが受け取ることは異例の事態でもある。

 

「あかんやろ、お前が受け取れ」

「だって小さい頃からずっとずっと欲しかったんでしょ。ならあたしより白ちゃんが先に受け取るべきだよ」

「あかん。理事長が許さん」

「さっき頼んだらいいよって言ってくれたよ」

 

さっき何か二人で話していたのはこのことだったのか。トレーナーは理事長に視線を送ると無言で頷き早くしろと視線で語る。天皇賞秋でのマル外出走枠は増やさないのに、こういうところは融通が利くのか。デジタルに視線を向けると行ってこいとばかりにウインクを見せる。

 

観念したトレーナーは白手を装着し天皇盾を受け取る。それは想像していたより重かった。これが歴史の重みなのか。すると脳裏に様々な記憶が蘇る、三冠ウマ娘シンザンが勝った天皇賞のレースを始め数々の激闘、そしてトレーナーになってからの日々。楽しいことも嬉しいことも辛いこともあった。そして今日アグネスデジタルという素晴らしいウマ娘によってこの天皇盾を受け取ることができた。トレーナーの目には一瞬涙が浮かぶ、だがそれは雨粒で見えなくなった。

 

その後表彰式はつつがなく終了する。するとチームプレアデスの面々がコースに集まってきた。GIレースでは表彰式の後に記念撮影を取ることが許されており、参加者としては本人、トレーナー、所属チームのメンバー。優勝ウマ娘の親族などである。

 

「やったなデジタル!」

「あのオペラオーとドトウに勝つなんて凄いです!」

「会場のあのどよめき。痛快だったよ!」

 

チームのメンバーがデジタルに抱きつき祝福の言葉を送り時には手荒く祝福した。その様子をトレーナーは嬉しそうに眺めていた。皆の喜びがオペラオーとドトウの近くで走れなかったデジタルの悲しみを癒してくれればいいのだが。

そしてデジタルはそれに満面の笑みで応えていた

デジタルへの祝福が終わると記念撮影を取るために列を作り、デジタルとトレーナーが中央で天皇盾を二人で持ちそれを囲むようにチームのメンバーが並んだ。トレーナーは中央にいくことを拒んだがチームメンバーが強引に位置取らせ写真を撮らせる。写真に写るすべての者は満面の笑みを浮かべていた。

 

 

天皇賞秋 東京レース場 GI芝 重 2000メートル

   

着順 番号    名前       タイム    着差      人気

 

 

 

1   10  アグネスデジタル   2:02.0           4

 

 

 

2   6  テイエムオペラオー  2:02.2    1       1

 

 

 

3   2  メイショウドトウ   2:02.2   クビ     2

 

 

 

4   4  キンイロリョテイ   2:02.3   クビ      3

 

 

 

5   8  トイキガバメント    2:03.1    5      5

───

 

 

「フフフ~ン。フフフ~ン」

 

アグネスデジタルは授業が終わり鼻歌交じりで自室に向かう。本来は天皇賞秋での激走によるダメージで体中が傷んでおり歩くだけで痛みが走る、だが昨日のオペラオーとドトウと一緒に行ったウイニングライブのことを思い出しただけで顔はニヤケ痛みが消える。あのオペラオーとドトウと一緒にライブができた。二人のライブを外から見るのもいいが二人と一緒にライブをするというのは格別の体験だった。改めて天皇賞秋に出走した己の決断と周りのサポートに感謝の念を抱く。

 

デジタルは自室に着くと制服をクローゼットにしまい部屋着に着替えるとベッドに飛び込んだ。今日明日は体を癒すために完全休養日である、いつもだったらトレーニングをしているのに部屋でゴロゴロしているのは妙な気分だ。だがせっかくの休日を思いっきり満足しよう。とりあえず昨日のライブをじっくり見ようと手持ちのタブレットを起動するとトップ画面にライン通知が届いていた。

 

 

「白ちゃんからだ」

 

送信相手はトレーナーからだった。メッセージには『16時に視聴覚室に行け』と端的に書かれていた。『何があるの?』とメッセージを送っても返信は帰ってこない。デジタルは数十秒ほど悩み制服に着替えなおし視聴覚室に行くことにした。多少怪しいが特にやることもないし、ライブは後でも見られる。デジタルは痛む体を労わるようにゆっくりと起こし、ゆっくりとした歩調で視聴覚室に向かう。

 

「白ちゃん何の用だろう」

 

 

デジタルは視聴覚室に着くと扉をゆっくりと開ける。最初に考えたのは祝勝会が開かれることだが、祝勝会はチームのメンバーとレースが終わったその日の晩に行った。だとしたらそれ以外の人物か?友人のエイシンプレストンはチームプレアデスの祝勝会に参加していたし目ぼしい人物は思いつかない。だとしたら天皇賞秋の取材か?まあ開けばわかるだろう。

デジタルが扉を開き飛び込んできた光景に目を見開く、そこには思わぬ人物がいた。

 

 

「やあ!よく来たねデジタル!つつつ」

「こんにちはデジタルさん……」

 

 

テイエムオペラオーとメイショウドトウの二人がデジタルを出迎える。二人は挨拶をするがどこか動作が重くレース中に感じたようなオーラがなく弱々しい。彼女らも天皇賞のレースの激走でダメージを負っていた。その様子を見てデジタルは思わず微笑んだ。二人も自分と同じ状態なことに親近感を抱く。

 

 

「オペラオーちゃんにドトウちゃん!イタタタ…どうしたの?白ちゃんに呼ばれたの?」

「白ちゃん?デジタルのトレーナーのことか。企画したのは彼だが、ここにはいないよ」

 

 

企画した?ここにいない?デジタルはオペラオーの言葉に疑問符を浮かべる。

そうしている間にドトウが部屋のカーテンを閉め電気を消しプロジェクター下ろし映像を再生する。画面には昨日行われた天皇賞秋のレース前映像が流れていた。

 

 

「昨日はデジタルのトレーナーに『ドトウとデジタルとの三人で昨日のレースを見てくれないか』と頼まれてね。まあ勝者と反省会をすることは有意義だろう。さあ見るぞ」

「私も一人でいても塞ぎこむだけだってトレーナーに行ってこいって言われました」

 

 

オペラオーとドトウは席に座りデジタルも二人の隣の席に座る。そして映像ではゲート入りが終わりレースは始まっていた。

 

 

「まさかサイレントハンターが出遅れるとは思わなかったな、そしてドトウがハナを主張したと」

「どうしようかと迷ったんですけどペースが遅くなりそうですし、慣れていなくても逃げたほうがいいかなと。それに宝塚では前に位置づけて勝てたので」

「デジタルは何を考えていた」

「えっと、とりあえず二人より後ろに位置取ろうと思っていて細かいポジションを気にしてなかった」

 

 

オペラオーが映像を逐一止めてそれぞれが心境を語っていく。

正直言えばこの反省会は一人で行いたかったし当時の心境を語りたくもなかった。ただデジタルのトレーナーにレース当時の心境を詳細に語ってくれと頼まれた。断ろうと思ったが中年のトレーナーが小娘相手に何の躊躇もなく頭を下げて頼み込む真摯さと真剣さに心打たれて提案に承諾した。

ドトウも同じようにそれ以上にこの反省会に来たくはなかった。だがオペラオーと同じように頼み込まれて、押しに弱いということもあるが同じように心打たれていた。

 

オペラオーは包み隠さず当時の心境を語った。アドマイヤベガを思い出したこと、レースに勝って世界に打って出たいということ。ドトウには負けたくないということ。

 

ドトウも包み隠さず語る。レースに勝つのはオペラオーだからオペラオーだけを意識していたこと、勝ってオペラオーと一緒にウイニングライブをしたいということ。

 

そしてデジタルもレースの二人と同じように語った。本当は二人と叩き合いに参加したかったこと、けどトレーナーに外に出せと言われ突拍子もないアイディアをもらったこと。ゴールしたときは自分が一着ではなかったと思い込んでいたこと。

 

 

「へえ~二人はそんなことを考えていたんだ!オペドトキテる!」

「デジタルさんも凄いですね。あたしだったらそこまで思い込めません」

「妄想のボクはさぞ美しかっただろう。でも実物のボクのほうがもっと美しいだろうデジタル」

「もちろん」

 

 

三人はレース映像を見終わりそれぞれの心境について感想を述べる。

オペラオーもドトウもお互いについてここまで本音を赤裸々に語ったのは初めてだった。本来なら気恥ずかしくて言わないのだが、デジタルがあまりにも目をキラキラと輝かせて聞いてくるのでつい喋ってしまった。だが妙な開放感と心地よさがあり今以上に親密になれた気がする。

 

そしてアグネスデジタルというウマ娘。オペラオーとドトウを想うあまりに精巧なイメージを作り出し一緒に併走した。そのあまりある想いは一歩間違えれば相手にドン引きされてしまうものだ。だがオペラオーとドトウは不思議とそうは思わなかった。そこまで純粋に想えることはある意味凄いことであり、何よりレースで戦った者同士だけがわかる奇妙な友情のようなものを感じていた。

 

 

「さあ、前座はここで終わりだよ。ここからは美しく強くて速いボクの輝かしい栄光の記録と少しだけドトウの勝利の瞬間の上映会だ!今日はオフだし特別にたっぷりと語ってあげよう!」

「本当に?!やったー!」

「ドトウ早く準備をするんだ」

「はい……」

 

 

ドトウは渋々とディスクを切り替える。こうなったオペラオーは止められない。今逃げようとしても捕まえて椅子にくくりつけてでも参加させられるだろう。それに元々おこなう予定でもあった。

二人で走ったレースの回顧をできればやって欲しい。それもデジタルのトレーナーのリクエストだった。元々自分のことを語るのが好きなオペラオーは二つ返事で了承し、ドトウもオペラオーの勢いに押され渋々と了承していた。そしてオペラオーの独演会が始まった。

 

 

 

「夜遊びかデジタル。っていうより今までどこで何をしていたの?」

「オペラオーちゃんとドトウちゃんと一緒にDVD見てた」

「もう22時回ったわよ。こんな時間まで見てたの?それに何見てた」

「二人のレース!」

 

デジタルは上機嫌で同室のプレストンに返事をする。16時から寮の門限の22時ギリギリまで食事休憩を挟みながらも6時間ぶっ続けでオペラオーのレース回顧はおこなわれた。大概の者にとって一種の苦行であり、オペラオーの自慢話になれているドトウすら終盤はぐったりとしていた。だがデジタルにとっては苦ですらなく、好きなタレントのトークイベント並みに楽しいものだった。雑誌のインタビューでは語られなかった心境や当時の背景を数多く知れ二人の連絡先も教えてもらい一気に親密になれた。まさに最良の一日だ。

デジタルはパジャマに着替え携帯のアラームをセットしようとし思い出す。そういえばまだお礼をしていなかった。ラインアプリを起動しトレーナー宛にメッセージを送る。

 

 

ピロロロ~ン

 

部屋で明日のトレーニングメニューを考えていたトレーナーの携帯から着信音が流れる。作業を中断し手に取るとデジタルからのラインメッセージが送られてきた。

 

『白ちゃん、今日はオペラオーちゃんとドトウちゃんを呼んでくれてありがとね。楽しかったよ』

 

トレーナーはメッセージを見て顔を綻ばせる。今朝方レース中にオペラオーとドトウと併走させられなかった罪滅ぼしとして二人にレース中のことを語ってもらおうと思いついた。そこでオペラオーとドトウのトレーナーに連絡を取り二人に会わせてもらい二人に交渉した。負けた直後でレース中の心境を詳細に語ってくれるかという不安があったが、どうやらデジタルは喜んでくれたようだ。

するとメッセージの後に画像が送られる。ファイルを開くと自撮した三人の写真が写っていた。

オペラオーはばっちりとポーズを決め、ドトウは疲れているのか引きつった笑顔を見せている。そしてデジタルは満面の笑みを見せてピースサインをしている。この画像だけでデジタルの心境が手に取るように分かった。

 

 




これで天皇賞秋編は終了です。
白ちゃんがどんな作戦をデジタルに授けるか注目していた方。
すみません!精神論でした!
筆者の頭ではモデルの調教師が考えた作戦を超えるアイディアを考えるのは到底無理でした!

レース描写は書いていて楽しかったです。
最初に書いたものとは結構内容が変わり、展開も史実のレース通りに書いていたのがキンイロリョテイが三コーナーから捲ったり、レース中も最初と比べキャラクターたちが多く喋っています。そして好きな競馬漫画のセリフとかもそっくり引用してしまいました。
大好きなセリフだけにどうしても入れたかった!

天皇賞秋編が終わり、次は香港編の予定です。

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