勇者の記録   作:白井最強

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勇者パーティー魔都香港へ#1

「デジタル、香港ウマ娘協会から香港国際競争のレースに招待されたがどうする?」

 

アグネスデジタルが秋の天皇賞を走ってから一週間が経ち、数日の休養を終え徐々に運動強度を増やし始めていた。そんな矢先トレーナーはトレーニングが終わり制服に着替え部屋に帰ろうとしているデジタルに伝えた。

 

香港国際競争。

香港ウマ娘レースの最大イベントであり、12月に行われる同日複数GIレース競争である。

 

芝1200メートルの香港スプリント。

芝1600メートルの香港マイル。

芝2000メートルの香港カップ。

芝2400メートルの香港ヴァーズ。

これらのGIレースに四競争が一日でおこなわれる。

 

創設されてから日は浅いが関係者の努力により業界内での地位が高まり、今では世界中の強豪が集まるレースになっており、レースに招待されることは世界的に評価されている証でもあった。そのなかでデジタルは香港カップと香港マイルのレースに招待されていた。

 

「香港…香港か~」

 

デジタルは招待されたことを聞き腕を組み悩ましげに首を曲げ唸る。

香港国際競争に招待されることが名誉なことは知っている、だが正直乗り気ではなかった。

 

まず海を越えて見知らぬ土地で走るということに多少なり不安を感じていた。そしてなにより懸念しているのは相手のことをまるで知らないことである。

今まではトレーナーに指定されたレースをそのままに走っていたが、それでも相手のことを調べときめくポイントを知り好感度を高めていくなどしてモチベーションを高めていた。

だが海外のウマ娘となると得られる情報の量も質も国内のウマ娘と比べると劣り、入手できるといえば簡単なプロフィールとレース映像ぐらいだろう。

デジタルが知りたいのはそのような表面的な情報ではなく、もっとディープなものであった。

 

「白ちゃんはあたしの次走は何を考えているの?」

「マイルチャンピオンシップかジャパンカップダートか香港マイルか香港カップ。この四つや。デジタルは何に出たい?」

「そうだね~マイルチャンピオンシップかジャパンカップダートのどっちかかな」

 

天皇賞秋を走ってからデジタルにある心境の変化が生じていた。レースを選ぶ際に重要なのは誰と走るかである。現役ウマ娘のなかで一番好きな選手でありカップリングでもあるテイエムオペラオーとメイショウドトウとのレースは楽しく素敵な体験だった。その体験を基にいかに心ときめく相手と走るかに比重を置くようになっていた。

 

その観点から次走はマイルチャンピオンシップかジャパンカップの二つに候補にしていた。マイルチャンピオンシップにはエイシンプレストンが出走する。ウラガブラックがチームルームに乗り込んできた時はマイルチャンピオンシップを連覇することに興味がないといったがプレストンが出るとなれば別だ。

プレストンは一番の友人であり4回も一緒に走っている。漆黒長髪を2つのお団子にし、その毛先を垂らしている独特のヘアースタイル。その毛先を靡かせ走る姿はレースの度に見とれてしまう。そしてレースでは普段とは全く違う顔を見せてくれ、その度に心をときめかしてくれる。ゴール前で友達と競り合えればそれは幸せな時間だろう。

 

ジャパンカップダートにはウラガブラックが出走する。天皇賞秋の出走の件でもめた相手がレースに出走してきたらどんな感情を向けてくるだろう。それにあの白髪と新雪のような白い肌に美しいプロポーションを誇る体を間近で見てみたい。

デジタルが二つのレースに思いを馳せているとトレーナーはポケットから何かを取り出し手渡した。

 

「USBメモリー?」

「これには香港カップと香港マイルに出走予定のウマ娘のデータが入っている。一応目に通しておけ。それを見てからどのレースに出走するか決めても遅くはないだろう」

「うん。わかった。それじゃあね」

 

デジタルはUSBメモリーをカバンにしまうと手を振りながら寮の自室に帰宅していく。トレーナーは視界から消えるまでその後ろ姿を見送った。

 

「さあ、どうなるかな」

 

トレーナーの希望としては天皇賞秋で現役屈指のウマ娘であるテイエムオペラオーとメイショウドトウを打ち負かしたデジタルには世界に打って出て欲しかった。だが自分の願望をチームのウマ娘たちに押し付けてはならないと骨身にしみている。だが押し付けなくてもデジタルに情報を与えることはできる。デジタルには海外のウマ娘の情報を入手することは難しいが自分が持つ世界各国のコネクションを活かせば入手することは難しくない。

もしかすると香港マイルや香港カップにはオペラオーやドトウのようにデジタルの心をときめかすウマ娘がいるかもしれない。それを知れないのは可哀想だ。

デジタルにはより多くの情報と選択肢を与えた状態で悔いの残らないレース選びをしてもらいたい。それがトレーナーの願いだった。

 

「それじゃあ早速見てみようかな~」

「何を?」

 

ノートパソコンにUSBを差込み中に入っているファイルを見ようした時、誰かがデジタルの肩に手をかける。後ろを振り向くとそこにはエイシンプレストンがいた。勝負服と同じ赤と黒で彩られたパジャマを着ており長髪はタオルで巻かれていた。

 

「香港カップと香港マイルに出走予定のウマ娘ちゃんのデータ」

「香港カップと香港マイルに招待されたの?」

「うん。あまり乗り気じゃなけど、白ちゃんが一応見ておけって」

「へえ~あたしにもちょっと見せてよ」

「いいよ」

 

デジタルは座っている椅子を横に動かしスペースを開けるとプレストンはそこに椅子を入れて二人並ぶように座る。そして香港マイルと書かれているファイルフォルダーを開き、そこからウマ娘の名前が書かれている個人ファイルを順々に開いていく。

 

よく調べている、それがプレストンの抱いた感想だった。

レース映像やレース後のコメントは記録されている。それだけでもよく調べたと思うが目に付いたのはそれ以外の情報だった。

好きな食べ物やマイブームなどパーソナルな情報が細かく網羅されている。しかも活字だけではなく写真やホームビデオのような動画まである。この質と量を見るとレース映像やコメントがおまけのように思えてくる。

しかしレースに関する情報が本当に少ない。もし同期のエアシャカールがレースに向けてこのUSBをもらったら『もっとトレーニング動画とかとってこい!使えない情報よこすな!』とメモリを叩き壊すほどレースに使えない情報ばかりだ。

 

だがデジタルにとってはこれでいい。レースの度に『相手のウマ娘ちゃんを愛でるためにはこういう情報が必要なの』と専門誌で掲載されているインタビューや特集でパーソナルな情報を集めていた。

その甲斐あってかデジタルは目をらんらんと輝かせ食い入るようにファイルを見続ける。そんなデジタルを尻目にプレストンは椅子から立ち上がり髪の手入れを始めた。ちょっと興味が有ったのでデータを一緒に見ようとしたが、悪いがそんな熟読するほど興味が持てない。デジタルはプレストンが離れたのを気づかないままデータを見続ける。

 

「う~ん、読み応えあった」

 

デジタルは画面から目を離し椅子の背もたれに寄りかかり体を伸ばす。読み始めていたから数時間が経っていた。

このファイルを見るまでは次走に香港マイルと香港カップは選択肢に入っていなかった。だがこれを見てパーソナルな部分を知れたことで愛着も湧いてきた。海外のウマ娘で眼福を得るのも悪くないと思い始めていた。

 

「読み終わった?それで気に入ったウマ娘はいたの?」

「UAEのドブーグちゃんがあたしの推しかな。トブーグちゃんはCクラスであのチームゴドルフィンの出身なの。ジュニアBクラスではGIレース2勝したんだけどCクラスではなかなか勝てないの。名門のチームに相応しい成績があげられなくて落ち込むけど、それでもビッグマウスを言い続けて頑張る姿がグッときちゃう!」

「それはよかったわね」

「白ちゃんもいい仕事しますね~」

「本当ね。こんなしょうもな……レースに使えそうにないデータを集めてくれるなんて」

 

プレストンはしょうもないと言いかけた言葉を飲み込んだ。ほかの人にはゴミみたいな情報だがデジタルにとっては宝なのだ。現に一度パーソナルな情報をしょうもないと言って説教を食らったことあった。

 

「しかしこうなると次走をどうしようかな~マイルチャンピオンでプレちゃんと走りたいし、ジャパンカップダートでウラガブラックちゃんと走りたいし、香港カップでトブーグちゃんとも走りたいしな~」

「じゃあいっそのこと全部走る?」

「それいいねプレちゃん」

「冗談よ。そんなローテーションで走ったら間違いなくパンクするわ」

 

デジタルはそうだよね~とうんうんと唸りながら首を傾げ悩んでいる。プレストンはその姿を大変そうだなと他人事のように眺めていた。暫くするとプレストンは世間話のような軽い感じで話を切り出す。

 

「そういえばデジタルって将来はトレーナー志望だよね」

「うん。将来はウマ娘ちゃんとのハーレムを満喫するの。グフフフフ」

「それだったら香港カップに出れば?」

「どういうこと?」

「いやテレビの番組でさ、海外で活躍した日本人のスポーツ選手が指導者になってその活躍を見ていた子供がその人の指導を受けに海外まで来たって話があってさ。香港カップは結構世界的に有名だし。もし勝てば番組みたいなことがおこるかもよ」

 

プレストンはとりあえず思いついたことを言ってみただけだった。だがデジタルは言葉を聞いた瞬間に体中に電流が走ったような感覚が駆け巡る。

 

「それ!それいいよプレちゃん!何でこのシュチュに気付かなかったんだろう!」

 

デジタルは椅子から立ち上がり絶叫する。

現役を引退しトレーナーになった自分のチームに新入生が入ってくる。そのウマ娘は香港出身で自分が勝った香港カップを現地で見ていてその姿に憧れて、はるばる海を越えて日本のトレセン学園に入学してきた。

何と心トキめくシュチュレーションなのだろう。デジタルの脳内ではそのウマ娘を起点にした自分好みのシュチュレーションが次々と思い浮かんでくる。

 

「はいはいドウドウドウ。そしてもう消灯時間だから寝なさい」

 

プレストンは興奮状態のデジタルを一旦座らせ背中をさするようにして落ち着かせてベッドに誘導した。これ以上騒がれたら近所迷惑だし同室の自分も寮長に怒られる。きっと自分の妄想で興奮したのだろう、こういう奇行は珍しいことではない。

そしてプレストンもベッドに入ると消灯時間になり部屋の電気が消えた。二人の部屋に響くのは寝息ではなく、デジタルのグフフフという不気味な笑い声だった。

 

 

「次は香港カップに出ることにしたから、手続きお願い」

 

翌日、デジタルは練習前にトレーナーに自分の意志を伝える。わずか一日でのこの心変わり、あのデータのなかにオペラオーやドトウのように心惹かれるウマ娘がいたのか?香港カップを選んだ理由を尋ねると学生に自らの理論を聞かせる教授のような偉そうな態度で答え始めた。

 

「トブーグちゃんとかそれなりにグッとくるウマ娘ちゃんも居たしね。それより白ちゃん、物事は長期的な視点で見なければダメなのだよ」

「どういうこっちゃ?」

「この国際化社会において国内だけではなく世界にもアピールできなきゃ。その点香港カップなら世界的な知名度も高いし、勝てば一気にあたしの名前が広まる」

「まあ、凱旋門やブリーダーズカップやドバイワールドカップと比べれば劣るが、それでも注目度は高いし、アジア圏やオーストラリアにはかなり名が売れるだろう」

「そしてあたしがトレーナーになったとき世界中の関係者はこう思うの『ヘイ、あの香港カップに勝ったアグネスデジタルがトレーナーになったって?そんな凄いウマ娘がトレーナーになるんだ。きっと名トレーナーになるに違いない。それだったらウチの娘を預けてみるか』『え?あの憧れのアグネスデジタルさんがトレーナーになったって?それならあたしも日本のトレセン学園に行かなきゃ!ママ!あたしは日本に行くわ!』って。そしてあたしのチームの元に世界各国のウマ娘ちゃんが集まってきて、国際色豊かなハーレムができるの!グフフフフ」

 

デジタルは持論を語りながら妄想の世界に入り込み不気味に笑う。トレーナーはその様子に苦笑いを浮かべながらデジタルが言わんとすることを察していた。

デジタルが将来トレーナーになりたいことは知っていた。そして香港カップを勝つことを就職活動の一環と捉えているのだ。

 

日本のウマ娘達の実力は先人の努力の甲斐もあって欧州やアメリカなどのトップに勝るとも劣らないものになっている。だが知名度の面では劣っており、世界的には日本のGIレースに勝つより世界のビッグレースに勝つほうが知名度は上がるのが現実である。

 

そして通説ではウマ娘のトレーナーは人間のトレーナーと比べウマ娘の間に特別な絆を築くことができず、良い成績を出すことができないと言われている。だがそれを知ってなお憧れの名ウマ娘の元で指導を受けたいとチームの門を叩く者は少なくない。

そしてその名ウマ娘が海外のビッグレースに勝ったならば海を越えてやってくるウマ娘もいても不思議ではない。つまりデジタルは香港カップをトレーナーとしての広告塔としようとしているのだ。

デジタルは刹那主義と思っていたがこのような長期的考えができるとは思っていなかった。

 

「そうか、ならマイルチャンピオンシップとジャパンカップダートはいいのか?走りたい相手がいるんだろう」

「それは悩んだよ。プレちゃんとも走りたいし、ウラガブラックちゃんとも走りたいしね。でもウラガブラックちゃんはフェブラリーステークスに出てくるだろうし、プレちゃんは安田記念に出てくるでしょ。なら二人とはそこで走ればいいや」

 

デジタルが香港を選んだ理由は言葉通りだったがそれだけではなかった。香港カップを勝つことで早く心トキめくシュチュレーションを迎えられる環境を整えたい。それだけですでに頭がいっぱいで来年までとても待てる心境ではなかった。

 

「そうか、そう言うなら香港カップに登録しておこう」

「じゃあお願いね。よ~し、未来のハーレムのために練習頑張るぞ~!」

 

デジタルは気合をみなぎらせて練習場に向かう、オペラオーとドトウと走ったことでもしかしたら燃え尽きてしまうかと思ったが杞憂だった。むしろ新しい目標を見つけてモチベーションを上げている、ならばさらに燃料を与えてやろう。恐らく喜んで参加するはずだ。

 

「おい、デジタル。そういえばオペラオーとドトウから一緒に練習してくれないかと誘いがあったぞ。どうする?」

 

デジタルは目を輝かせ即答した。

 

「もちろん参加する!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

11月下旬、寒さも深まり日中でも吐く息は白く身を震わせる。週末にはGIレースジャパンカップが行われる。GIレースの花形である中長距離レースにおいても重要視されているレースであり、トレセン学園もレースが迫るにつれて活気付き騒がしくなる。そして出場者も大一番に向けてトレーニングに励んでいた。

 

「はぁはぁ」

 

ウッドコースで二人のウマ娘が息を弾ませながらウッドチップを跳ね上げながら駆け抜ける。テイエムオペラオーとメイショウドトウである。二人は歯を食いしばりながら全力で走る。心臓を限界まで脈打ち太ももや脹脛が悲鳴を上げる。だが隣で走る相手よりも1センチでも前に、その一心が彼女達を突き動かす。

二人がコーナーを曲がり直線に入るとコーナー前で待機していた一人のウマ娘が二人を追走する。スタート直後でその差は五バ身あったが見る見るうちに差は縮まりゴールまで残り50メートルで半バ身まで迫っていた。二人は粘りこもうと、追走者は差しきろうと力を振り絞り三人は横一線でゴールする。

三人はゴールすると同時に徐々に減速し50メートル先で完全に停止した。

 

「この一本は……ボクのクビ差勝ちかな……デジタル、ドトウ……」

「はい……オペラオーさんが若干体勢有利だったと思います……」

「さすが……オペラオーちゃんは……速いね……」

 

テイエムオペラオーは肩で息をしながら勝ち誇るように二人を見つめる、メイショウドトウはその結果を受け入れるように頷く。そして二人を追走していたアグネスデジタルは満足げに笑った。

 

天皇賞秋が終わって1週間が経ったころ、オペラオーとドトウはチームプレアデスのトレーナーにある打診をした。

 

『ジャパンカップまでデジタルをボク達の練習に付き合せて欲しい』

 

テイエムオペラオーとメイショウドトウが出るジャパンカップには多くの強豪がエントリーしていた。その中にはナリタブライアン、スペシャルウィーク、グラスワンダーなど二人と同じ末脚、それ以上の末脚を持つメンバーも参戦している。その仮想相手として先の天皇賞秋でキレ味鋭い末脚をみせたデジタルが選ばれたのだった。

 

ウマ娘の練習というものは基本的に個人単位あるいはチームメンバー内でおこなうものであり、他のチーム同士で合同して練習するというのは珍しいことである。言動から察するにオペラオーとドトウは一緒にトレーニングをするようだ。そこにデジタルが加われば三チームのメンバーが一緒にトレーニングをすることになる。

それは異例な事態だ。チームのトレーナー同士親交が深い、また弟子師匠の間柄ならあるかもしれないがオペラオーとドトウのトレーナーとはそこまで深い関係でもなく、何よりトレーナーから連絡を受けていない。ということはオペラオーとドトウの独断専行か。

 

トレセン内の暗黙の了解を破るほどにジャパンカップに懸けているということか。トレーナーはチーム練習を終えてから、そしてデジタルが承諾したらという条件でオペラオー達のトレーニングに参加させることを承諾する。

トレーニングには刺激が必要である。そういった意味ではレベルが高く大好きなオペラオーとドトウとトレーニングするのはデジタルにとって良い刺激になるだろう。そしてデジタルに影響されたのか二人を応援してやりたいという気持ちを抱いていた。

 

 

「じゃあ、クールダウンしようか」

 

三人は本日の最終追い切りが終わり、ウッドチップコースの外周をクールダウンのためゆっくりと走り始める。

 

「いよいよ明後日だね。二人とも調子はどう」

「パーフェクト。と言うよりこのボクが調整ミスするなんて有り得ないよ」

「悪くないです。でも相手は強い人ばかりで私が絶好調でもダメかもしれません……それだと一緒に練習してくれたオペラオーさんとデジタルさんに申し訳が…」

「大丈夫!ドトウちゃんは強いよ」

「そうだドトウ。このボクと一緒にトレーニングしたんだ、君は強くなっている。次のレースでも二着に入れるさ。一着はボクだけど」

 

デジタルはじゃれ合うようにドトウに抱きつき、オペラオーは励ますように背中をポンと叩いた。ドトウは二人のエールに応えるように自然と笑みを見せていた。

天皇賞秋、そしてオペラオーとドトウのジャパンカップへのトレーニングで接する時間が多くなった三人は親交を深め友人と呼べる関係になっていた。

 

「そういえばデジタルはいつ日本を発つのだい?」

「事前調整とかイベントとかもあるから明後日には出発かな、本当なら現地で二人を応援したかったけど、白ちゃんが団体行動だから時間はずらせないって言うの。少しぐらい融通利かせてくれてもいいのに」

 

デジタルは頬を膨らませて怒りを表す。その子供っぽい仕草に二人は思わず笑みをこぼした。

 

「それは残念だったね、ボクの晴れ姿が見られないなんて!でも楽しみは有マ記念まで取っておけばいいさ」

「そうだね。どうせ二人のどっちかが勝つんだし現地観戦の楽しみは有マ記念に取っておくよ」

「ドトウじゃなくてボクだけどね」

「じゃあ同着でいいや」

「まあ同着なら百歩譲って認めよう」

 

二人は示し合わせたように笑う。その様子をドトウは不思議そうに見つめていた。

デジタルは二人の勝利を、オペラオーは自分の勝利を前提に話している。何故二人は勝てると言い切れるのだろう?この豪華メンバーで勝利を確信できるなんてよほどのビックマウスか自惚れ屋だろう。自分なら口が裂けてもいえない。

だが二人の会話を聞いていると自分のネガティブな感情を打ち消してくれて不思議と勝てそうな気がしてくる。こんな感覚初めてだ。ドトウは初めての感覚に戸惑いながらも心地よさを噛み締めていた

 

「さようならデジタルさん、香港カップ頑張ってください」

「帰ったら香港カップとジャパンカップの祝勝会だ」

「うん、香港土産と一緒に持ってくるね」

 

三人はトレーニングを終えて帰路に着く。デジタルは帰りの道中の考え事は海外に行くという不安や期待ではなく、オペラオーとドトウが走るジャパンカップのことだった。絶対に勝てると言ったが相手の強さは理解しているつもりだ。厳しいレースになるだろう。

だが二人には勝負根性がある。お互いが体を併せれば二人の友情とライバル心から生まれる勝負根性は凄まじく、その勝負根性がお互いの限界を引き出し超えていく。そうなればレースには勝てる、二人にはそれができると信じていた。

 

「帰ってきたわね。早速準備するわよ」

「ちゃんと準備したよ」

「再確認よ。海外だと忘れ物しても日本みたいに送ってもらったり買うのが難しいんだから」

「は~い」

 

部屋に帰ったデジタルを出迎えたのは床一面に広がる荷物とエイシンプレストンだった。デジタルは渋々と香港行きのために荷造りしたキャリーケースを開き荷物を床に広げ二人は必要な荷物が入っているか指差し確認していく。

 

「ねえプレちゃん。オペラオーちゃんとドトウちゃんジャパンカップ勝てるかな?」

 

デジタルは確認の手を止めて問いかける。二人の力を信じているが、それでも不安を紛らわすために友人にそうだと言って欲しかった。

 

「厳しい戦いになるでしょうね。人気も恐らく六番か七番ぐらいだと思う」

「やっぱりプレちゃんもそう思う?」

「けど、あたし達ができることはあの二人を信じて祈ること。そしてオペラオーさん達のことを気にするあまり忘れ物をしてレースに重大な支障をきたさないこと。もしそんなことになったらオペラオーさん怒るわよ」

「そうだね」

 

デジタルは荷物確認を再開する。もうここまでくればふたりを信じるしかない、そしてプレストンはあたし達と言った。プレストンもオペラオーとドトウも勝利を信じて祈ってくれる、それだけで嬉しかった。

 

「まさか、プレちゃんと一緒に香港に行けるとは思わなかったよ」

「あたしも正直招待されると思わなかった」

 

二人は荷物を整理しながら香港国際競走について話題を変える。

エイシンプレストンは前々走のGⅡレース毎日王冠に勝利し、前走GⅠのマイルチャンピオンシップは2着に入線する。その結果が評価され香港マイルに招待されていた。

 

「しかしマイルに出るんだったら言ってよ。そしたらあたしもそっちに出るのに」

「招待状が来たのがエントリー期限ギリギリだったんだから仕方がないでしょ。それにマイル走ったらトブーグと走れないわよ」

「トブーグちゃんとプレちゃんだったらプレちゃんを選ぶよ。プレちゃんの方が好きだし」

 

プレストンはデジタルの言葉に思わず顔を背ける、当人を目の前によく言えるな。

デジタルの直球な好意を少し戸惑っていた。その戸惑いを隠すために話題を変える。

 

「た…たしか香港ヴァーズにはキンイロリョテイさんが出るんだよね。あの人気性が荒いらしいしちょっと不安なんだけど」

「キンイロリョテイちゃんか、オペラオーちゃんがバカだけど悪い奴じゃないって言っていたし大丈夫じゃない」

「そうだといいんだけど」

 

プレストンは思わずため息を漏らす。

制御不能のウマ娘、肉食。気性難を表すあだ名を数多く、気性難のエピソード挙げていけば両手で足りない。それほどまでに気性が荒いウマ娘がキンイロリョテイだ。何がきっかけで理不尽な目にあうか分からない。極力接しないようにして細心の注意を払おう。

二人は荷物を確認し終えると、早めに就寝した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

日曜日の国際空港となると人が多く、いかにも海外出張に向かうビジネスマン、旅行に行く家族連れだなどがロビーのベンチで待っている。そしてアグネスデジタルのトレーナーも同じように椅子に座り時計をチラチラ見ながら待っていた。

もうそろそろ集合時間だがまだ来ない。デジタルはともかくプレストンが一緒なら問題なく来るはずだが、トレー内に一抹の不安が過る。すると携帯電話が振動する、電話が来ており相手はアグネスデジタルだった

 

「もしもし、デジタル今どこだ?」

「もう着いたよ、真正面にいる」

 

トレーナーは周囲を探るとデジタルが手をぶんぶんと振りながら小走りで駆け寄り、その後を追うようにプレストンも駆け寄る。

 

「ん?どうしたの?」

 

デジタルはトレーナーの視線がいつもと違うので問いかける。

 

「いや、スーツを着ているデジタルってのがな」

 

デジタルとプレストンは黒色のスカートタイプのスーツを着ていた。海外遠征の際にはスーツを着用する決まりだが、普段や制服やトレーニングウェアを身につけているのでスーツ姿に違和感があった。

 

「どう?できるキャリアウーマンみたいでしょ?」

「エイシンプレストンは似合っているが、お前は中坊が背伸びしているようにしか見えん」

「白ちゃんひど~い」

「デジタルが似合ってないのは置いておいて、キンイロリョテイさんはまだ来ていないのですが?それにキンイロリョテイさんのトレーナーは?」

「池さんは前準備で香港に前のりしている。そしてキンイロリョテイは今駅に着いたと連絡があったからすぐに来るだろう。そして噂をすれば……」

 

トレーナーは目を見開きただ前を見つめている。様子もしゃべるのを辞めたというより思わぬ事態に絶句したようだった。デジタルとプレストンも不審に思いながらも後ろを振り向きトレーナーと同じように目を見開いていた。

 

キンイロリョテイがトレーナーの元に近づいてくる。格好は規定通りパンツタイプのスーツを着ているので問題は無いがその着こなしが問題だった。

シャツのボタンを外し胸元が大きくはだけており首元には趣味の悪い金色のネックレスを着け、丸メガネのサングラスを着用しガムをクチャクチャと噛みながら肩を切って歩いている。

その姿は完全にチンピラだった。周りも関わりたくないといった具合にキンイロリョテイを避けている。

 

「うっす。よろしく」

「お…おう」

 

リョテイはトレーナーの元に来ると挨拶する。本来ならその言葉遣いを注意するところだが驚きのあまりにできなかった。するとデジタルの姿を確認すると近づいてくる。

 

「ようデジタル、秋天以来だな。あの時は世話になったな」

「よろしくねキンイロリョテイちゃん」

「マグレでもオペラオーとドトウとあたしに勝ったんだ。気張れよ」

 

まるで威嚇するように睨みつけるリョテイ、デジタルは全く臆することなくいつも通りだったがプレストンはデジタルが何かされるのではと警戒態勢をとる。だが言葉はデジタルを激励するようだった。すると今度はプレストンの元に近づいてくる。

 

「初対面だな、キンイロリョテイだ」

「どうも…」

「マイルCSは二着だったな。死ぬ気でやれ」

 

リョテイはプレストンにも激励のような言葉を贈る。第一印象でチンピラみたいだと思っていたが案外いい人なのではと思い始めていた。するとリョテイは二人の間に立ち啖呵をきった。

 

「デジタル!プレストン!あたし達は日本を代表して香港に乗り込むんだ!『よく頑張ったね』って言われるような温いレースするんじゃねえぞ!最近は日本ウマ娘はなめられているからな!ヴァーズとマイルとカップを三タテして香港国際競DAYをジャックする!これはチームジャパンのカチコミなんだよ!」

 

リョテイの啖呵はロビーに響き渡り人々は何事かと一斉に振り向き、デジタルとプレストンはその啖呵を聞き驚きのあまり口をポカンと開けていた。

これが気性難で名高いキンイロリョテイか。公衆の面前だろうが関係ないといわんばかりに自分の思いをぶつけてきた。そしてこの口上、カチコミだなんて物騒極まりない言葉が出てきた。香港でのレースをヤクザの抗争か何かと思っているのか?

だがその溢れんばかりの情熱は二人の心にしっかりと伝わっていた。

 

「ええこと言うな、キンイロリョテイ」

「デジタルのトレーナー」

「次のレースは国内のレースと違い少なからず国の威信を背負うことになる。不甲斐ないレースをしたらお前たちの評価が下がるだけじゃなく日本ウマ娘界の評価も下がる。そこを覚えておけ」

「はい」

「うん」

 

プレストンの表情は引き締まったものになり、デジタルもほんの僅かだが引き締まった気がする。二人共海外遠征が初めて気持ちの持っていきかたが分からずどこか若干観光気分なところがあったのかもしれない。だがそれはリョテイの言葉で完全に吹き飛んだ。この他人に伝播する溢れる闘争心は短所であると同時に最大の長所で魅力だ。

 

「よしキンイロリョテイ、日本の威信を守るために服装を直すか」

「え?なんで?」

「そんなチンピラみたいな格好で香港に行くつもりか?そんな格好を香港のマスコミに撮られたら日本の恥だ」

「やだよ。かっこいいじゃん」

「ダメだ。俺は池さんに引率を任せとるんや。日本の恥を連れて行くわけにはいかん」

 

そこから搭乗ギリギリまでトレーナーとリョテイの服装を直す直さないの口論は続き、この格好じゃなきゃ飛行機に乗らないという言葉が決め手となりトレーナーが折れる。

こうして四人は香港へ旅立った。

 




変態と狂犬と普通人がいざ香港へ!
現実の競馬ですとダイタクヤマトとメジロダーリングも香港スプリントに出ていますが
話の都合で出てきません。ダイタクヤマトとメジロダーリングのファンの方には申し訳ございません。
あとリョテイも現実ですとジャパンカップの後に香港ヴァーズに出走していますが
この話ではジャパンカップは走らず、天皇賞秋から香港ヴァーズのローテです

ちなみにプレストンのビジュアルは今年放送された某NHKアニメのキャラをモデルにしてます

追記
あとゼンノエルシドも話の都合上香港マイルに出走しません。
コメントでエルシドのことを書いていないとご指摘を受け気づきました。
ゼンノエルシドのファンの方に不快な気持ちを与えてしまい誠に申し訳ございませんでした

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