勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と隠しダンジョン#10

「そういえば昨日のオペラオーちゃんが出てる番組見た?」

「見たぞ、『ボクが現役でドリームトロフィーに出走していれば、アグネスデジタルは悩むことなくドリームトロフィーに出走していただろう』ってスゴイ発言やったな。まるで他のメンバーに魅力が無かったからダートプライドに出走するみたいに聞こえるわ」

「自分が出ればどんなウマ娘も喜んで参戦するって思ってるんだろうね。この自分に対する絶対的自信!痺れる」

「ちなみにオペラオーとドトウが現役で今回のドリームトロフィーに出走することになったら、どないする?」

「……分身の術を覚える」

「めっちゃ悩んでまたそれか。せめて予定をズラすとかにせえや」

「あとサキーちゃんが出てる番組見た?」

「ああ、あの日本と世界の名レースを解説するやつやろ。流石の分析力やったわ。それに今年のドバイワールドカップの解説は色々と参考になった」

「そっちも良かったけど、バラエティーでオペラオーちゃんとサキーちゃんがレースを走ったんだよ。しかもオペラオーちゃんは勝負服着てガチモード、2人ともかっこよかったな~」

 

 2人は取り留めない会話をしながら目的地に向かう。目指す場所はトレセン学園内の第3会議室である。

 デジタルがドリームトロフィー出走辞退発言をしてから1週間が経ったが未だに話題は沈静化していなかった。それだけ国内の頂点のレースに出ないという選択は世間に与えた衝撃は大きかった。

 そんな中中央ウマ娘協会からトレーナーとデジタルに招集がかかった。要件は知らされていないがドリームトロフィー関連だと想像できる。

 

「さて、何も言われるか、逆に楽しみや」

 

 トレーナーは緊張感を紛らわすために軽口を叩きながら扉を開ける。脳内ではトレーナー試験の面接の記憶が蘇りつばを飲み込む。一方デジタルからは全く緊張感が感じられなかった。

 

「失礼します」

「失礼します」

「忙しいなか来てもらってすまない。かけてくれ」

 

 トレーナーの想定としては圧迫面接のように何人もの中央ウマ娘協会の人間に囲まれて、追及を受けると思っていたが人数は1人だった。

 そしてその1人は皇帝と謳われた元トレセン学園生徒会長シンボリルドルフだった。

 引退して中央ウマ娘協会の役職に着いたと聞いていたが、こんな場面で出くわすとは思っていなかった。メガネをかけ黒に若干緑色が入ったスーツを身にまとっており、柔らかい雰囲気を醸し出しているが、以前から感じていた学生離れした大人びた雰囲気がさらに増している。

 デジタルは思わぬウマ娘の登場に対しいつも通り目を輝かせて熱視線を向けている。トレーナーはルドルフに見られないように足を蹴り正気に戻させると2人は席に着く。

 ルドルフとデジタル達は机を挟んだ距離に座る。トレーナー採用試験の面接のように話しかけられると思ったが、どちらかといえば学校の三者面談のような距離感だった。

 

「調子はどうだ、アグネスデジタル?」

「絶好調、ダートプライドに向けて頑張ってるよ」

「そうか、何かトレーニングをしているのか?」

「そうだね。今は目隠しして走ってるよ」

「目隠し?」

 

 デジタルとルドルフは和やかに会話をしている。現役時代はもう少し堅いイメージを持っていたが、出会ってから数秒で打ち解けている。

 こんな距離感を縮められる人物であるとは思っておらず、トレーナーは評価を改めていた。

 

「なるほど、もし良かったらトレーニングの成果を報告書にまとめて、提出してくれないか?それを共有すれば学園のウマ娘達はさらに強くなるだろう」

「まだまだ未完成のトレーニングですよ。今はデジタルを実験台にしてサンプルを取っている段階です。それにリギルやスピカのトレーナーに知られたら、ますます成績に差がついてしまいます」

 

 話を振られたトレーナーは軽い口調で話し、ルドルフも愛想笑いを浮かべる。だがその笑みの奥はいつ本題に移ろうかと機をうかがっているのが見て取れた。

 

「それで話は変わるが、ドリームトロフィー出走者発表の際のアグネスデジタルの発言は驚いたよ。これは内密にして欲しいのだが、慌てふためくさまは少し痛快だった」

「そうなんですか」

「ああ、まさか中央もドリームトロフィーに出走することを辞退するウマ娘が現れるとは全く思っていなかったようだ。かくいう私も全く想定していなかった」

「まあ、考えは人それぞれですし、時には大半の人間の想定を超える変人もいますから」

 

 トレーナーの言葉にルドルフは相槌を打つ。一見理解を示している素振りを見せているが理解できないものに対しての不愉快さや恐怖が僅かに見て取れた。

 シンボリルドルフはレースにおいてもクラシック三冠ウマ娘になり、シニア級でも中長距離路線を歩み、学園生活でも生徒会長を務めていた。

 まさに品行方正であり王道を歩み続けた人間だ。だからこそ権威であり王道の頂点であるドリームトロフィーに対する思い入れが強い。そしてデジタルの考えを本心では完全に理解できてなかった。

 

「それで私は別に構わないのだが、上層部が承認しなくてな、アグネスデジタルにはドリーム…」

「アタシはダートプライドに出走するよ」

 

 デジタルはルドルフが喋り切る前に自分の意見を述べる。その行為は相当失礼であるが、決断的な意志を伝えるという意味では効果的だった。

 ルドルフは一瞬考えこむ仕草を見せる。だがその表情はどこか余裕があった。

 

「なるほど、意志は固いようだ。ならば代案を提案させてもらおう」

「代案?」

「まずアグネスデジタルの目的はサキー、ストリートクライ、ティズナウ、ヒガシノコウテイ、セイシンフブキ、この5名とレースで走る事だな」

「そう」

「それ以外のウマ娘が増えても問題はないな?」

「別に良いよ」

「ならドバイワールドカップで走らないか?」

 

 デジタルはルドルフの提案について全く考慮しなく、目をキョトンとさせる。

 

「ドバイワールドカップならさほど時期が変わらず、アグネスデジタルも不要なリスクを払わず5名と走る事ができる」

「ですがサキー、ティズナウ、ストリートクライは出走できますが、デジタルとヒガシノコウテイとセイシンフブキの出走は厳しいのでは?日本に3つも枠をくれるとは思えません」

 

 トレーナーがルドルフに意見を挟む。ドバイワールドカップに出走する為にはレーティングとUAEウマ娘協会の推薦が必要だ。海外勢は実績もレーティングも持っているので問題ないがデジタル達は事情が違う。

 3人が最後にレースを走ったのは南部杯であり、地方交流GIであるせいかレーティングが貰えず、恐らく3人ともレーティングが足りず出走できない。

 そうなるとレーティングを稼ぐためにドバイワールドカップまでの間にあるダートGIレースに勝たなければならない。

 残りのGIレースは東京大賞典と川崎記念とフェブラリーステークスだけだ。

 東京大賞典までは残り1か月もなく仕上げる時間が足りない。だとすれば川崎記念かフェブラリーステークスになり、貰えるレーティングからして勝者しか出られないと予想される。つまり日本勢3名のうち1名は出走できない可能性が極めて高い。

 さらに仕上げの問題があり、フェブラリーステークスを勝ちに行けばドバイワールドカップに万全で挑めない可能性が高まり、ドバイワールドカップを優先すればフェブラリーステークスに負けて出走できなくなる。

 この問題については悩まされ、今年は何とかフェブラリーステークスに勝利し、ドバイワールドカップには万全の状態で臨めたが、来年は上手くいく保証は全くない。

 

「その点については私が何とかしよう。私が全責任を持ってアグネスデジタル達を出走させる」

 

 ルドルフは問いにハッキリと言い切る。その言葉は決して出まかせではない、恐らく前もって根回しを済ませ、実現可能であるから提案したとトレーナーは判断した。

 

「どうだろう?悪くはない提案だが」

「う~ん、その提案には乗れないな」

「理由を訊かせてもらえないか?」

 

 ルドルフの眉がピクリと動く。デジタルは2つ返事で承諾すると思っていただけに、この反応は完全に想定外だった。

 

「まずドバイじゃダメなんだよ。コウテイちゃんはきっと異国の地で世界一になる姿じゃなくて、地方で世界一のウマ娘達を倒す姿を見せたいと思うんだ」

 

 デジタルはヒガシノコウテイにとって、地方という舞台でティズナウ達を倒すことが重要だと思っていると考えていた。

 外国では大半の人間はレース場に行けない。だが日本なら多くの地方ファンが来られて地方のウマ娘が世界一になった瞬間を見せられる。そしてダートプライドという舞台で走る事で、ドバイで走るより地方に目が向けられると考えているだろう。

 

「そしてフブキちゃんも海外のダートじゃなくて、日本のダートで走りたいんじゃないかな。あとダートプライドはWDTターフと同日だし、そこも外せない」

 

 セイシンフブキはダートプロフェッショナルであるが、海外のダートに適応できるとは限らない。

 そして日本のダートで海外のウマ娘に負けられないという気持ちと同日のWDTターフよりダートの方が強いという反骨心が彼女をさらに煌めかせる。

 

「サキーちゃんも地方の苦しい現状を知って、色々やってくれている。それを無駄にできないし」

 

 サキーは日本に来日し、ゴドルフィンの外厩で調整しているなか、僅かな自由時間を割いてまで日本のメディアに出演し、ダートプライドのPR活動している。

 全ては世界中のウマ娘と関係者が幸せになるためであり、日本の地方も含まれている。ダートプライドで走らなければ地方をPRする機会を失い、幸せにできなかったと悲しむだろう。

 

「ティズナウちゃんもストリートクライちゃんとお互いアウェーの舞台で走りたいって言ってた。そしてコウテイちゃん達の挑戦心を汲み取ってくれた。だからウイナーテイクオール方式じゃないとダメだと思う。そしてストリートクライちゃんも同じ」

 

 以前キャサリロにインタビューした際に、ストリートクライはアウェーの地でティズナウを叩きのめしたいと言っていた。

 仮にドバイで勝ったとしてもホームアドバンテージで勝てたと言い訳されると予想して、中立地で完膚なきまでに勝ちたいのだろう。

 ティズナウは2億円を払うという心意気に惹かれてダートプライドに参戦してくれた。それをノーリスクのドバイワールドカップに変更したら落胆するだろう。それはデジタルにとって避けたいことだった。

 

「これがダートプライドじゃなきゃダメな理由」

 

 喋り疲れたのか、深く息を吐いた後背もたれに背中を預ける。その様子を見ながらトレーナーは感心していた。

 反対するのは分かっていたが、ここまでしっかりと自分の感情を言語化し説明すると考えておらず、もっと感情論や不明瞭な説明をすると思っていた。

 

「なるほど、それが理由か、しかしアグネスデジタルはもっと利己的なウマ娘と聞いていたが、随分と他人を思いやるのだな」

「アタシはサキーちゃんみたいに優しくないよ。全部自分の為、ダートプライドで走った方が嬉しくて煌めいた皆を感じられる。だから選んだ。ドバイワールドカップのほうが煌めいてくれるなら喜んでそっちを選んだよ」

 

 デジタルはさも当然という素振りで語る。その言葉は一見本音を隠していると思うかもしれないが、間違いなく本音だった。

 少しでも煌めいているウマ娘をレースで感じたい。それがアグネスデジタルというウマ娘の行動指針である。

 

「その意志は勁草之節のようだ」

「うん?何って?」

「意志が固いってことや」

「なるほど」

「だが、不本意だが伝えなければならない。中央ウマ娘協会の規定として、中央ウマ娘協会所属のウマ娘は中央ウマ娘協会が出走を認めたレース及び、交流重賞以外のレースに出走してはならないというものがある」

 

 その言葉を聞いた瞬間トレーナーの顔が苦虫を潰したような険しい顔に変化し、ルドルフを無意識に睨みつける。

 

「これは脅しですか?」

「上層部は余程アグネスデジタルをダートプライドに出走させたくないらしい」

 

 シンボリルドルフは思わず視線を逸らす。その姿に威風堂々とした皇帝の面影はまるでなかった。デジタルは訳が分からないと両者の様子を困惑しながら見ていた。

 

「どういうこと?」

「ダートプライドは中央ウマ娘協会が認めたレース及び交流重賞以外に該当するんや。甘かった。この規定は地方重賞だけに該当すると思っておった」

「つまり、アタシは出走できないってこと?」

「ああ、もし出走するなら中央から移籍せなあかん」

 

 デジタルはトレーナーの言葉に自分の置かれた現状の深刻さを知り、トレーナーは己の失念を悔やむ。

 ダートプライドは地方重賞でも交流重賞でもない只のエキビションレースで有り、それ以外に該当する。

 そして言葉から察するに中央ウマ娘協会はダートプライドへの出走を認めないだろう。この事に気づいていればルール改正に向けて動けたはずだった。

 

「私は君の才能を高く評価している。その条件不問の走りは唯一無二だ。中央としても私としても手放したくない。頼む、隠忍自重で耐えて、ダートプライドではなくドバイワールドカップで妥協してくれ」

 

 トレーナーはルドルフの姿を見て湧き上がる怒りを必死にこらえる。机につけている手は震えている。己の不甲斐なさに耐えているのだろう。

 本来ならば前置きも無くこの規定をつき付けてドリームトロフィーに出走するように脅迫もできた。

 だがデジタルの願望を最大限考慮してドバイワールドカップ出走という代案を提示した。それは全てのウマ娘が幸福に暮らせる世界を作るという理想を掲げた理想主義者の抵抗だった。

 ルドルフは人格や政治力も優れていた。だがそれは学園レベルの話である。理想主義者の理想を通させない魑魅魍魎が潜む伏魔殿、それが中央ウマ娘協会上層部である。

 

「なぜここまでのことをするのですか?理由ぐらい訊かせてもらってもいいですよね」

「まずドリームトロフィーへの出走辞退、上層部はアグネスデジタルの行動が権威失墜を招くと危惧している」

 

 その言葉にトレーナーは納得する。ドリームトロフィーは日本における最大のレースであり、中央ウマ娘協会の象徴である。

 出走辞退は謂わば権威を虚仮にすると捉えられても不思議では無く、他のウマ娘が追随することを危惧している。

 

「次にダートプライドへの出走、これは地方が運営するレースだ。ドリームトロフィーと同日に開催されるレースに参加することは背任行為であると考えている」

「もしかすると、デジタルがドリームトロフィーに選出されたのは?」

「選出基準はブラックボックスになっており分からないが、恐らくはダートプライドに出走させないためだろう」

 

 トレーナーは思わずこぶしを握り締める。デジタルもドリームトロフィーに選出されるほどの実力者であり、ファンの数が多い。そしてドリームトロフィーは入場料やグッズ収益で多くの利益を生む。

 もしダートプライドに出走すればファン達の注目と興味が向けられる。そのことによりドリームトロフィーに向けられる金銭がダートプライドに流れる可能性が有る。   

 ならばドリームトロフィーに選出させて、ダートプライドに注目を向けさせず、デジタルのファンにグッズなどを購入させるように仕向ける。金儲けの道具として利用したのだ。

 

「そして最後に日本のパート1の参入」

 

 トレーナーはその一言で中央ウマ娘協会の思惑を理解する。

 レースを開催する国ごとにパート1、パート2、パート3とランク付けされている。

 パート1はアメリカ、イギリス、フランス、アイルランド、UAEなどの国であり、日本はパート2に分類されている。パート1に分類される名誉と利益は計り知れず、中央ウマ娘協会は何としてもパート1になりたいと尽力していた。

 パート1になるためには国に所属しているウマ娘が実績を積みレーティングを得ることである。近年の日本所属ウマ娘の活躍によりパート1入りは目前であった。

 そしてダートプライドはグレードも無いエキビションレースであり、レーティングも与えられず、勝利してもパート1になるために必要な実績と認められない。

 デジタルがダートプライドに出走することは中央ウマ娘協会にとって利益が少なかった。それならばダートプライドではなく、ドリームトロフィーや他の海外GIレースに出走させたほうが中央ウマ娘協会にとって有益であると考えていた。

 

「よし、分かった。アタシ学園辞める」

「は?」

 

 今まで2人の会話を聞いていたデジタルが唐突に言い放つ。ルドルフの思考は一瞬停止し、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 発言の内容も驚愕だが、その態度があまりのも平然としていたことに驚いた。一方トレーナーは諦念を帯びた表情を浮かべていた

 

「正気かアグネスデジタル!?」

「正気だよ。だって中央に居たらダートプライドに出走できないんでしょう。だったら地方に移籍するしかないじゃん。それともダートプライドを中央が認めてくれるレースにしてくれる?」

「恐らく無理だ。中央は何としてもダートプライドに出走させないつもりだ」

 

 デジタルはルドルフに視線を向けると申し訳なそうに首を振った。それを見てそっかとため息をついた

 

「ということだから。あと図々しいけど……」

「柄にも無いこと言うな、最大限のサポートさせてもらう。あっちのトレーナーには悪いが、アグネスデジタルのトレーナーは俺やからな」

「ありがとう。皆を最大限感じる為には白ちゃんの力が必要だからね」

 

 トレーナーはデジタルの肩を叩き言葉をかける。既定の話を聞いた時にデジタルが学園を去るという選択することを覚悟していた。

 デジタルはダートプライドに走ることに執着し、勝利中毒を経てその感情は一層強くなった。その為には全てを投げ出すことも辞さないだろう。

 

「考え直すんだ。規定として中央から地方に移籍した者は再転入するのに1年間は待たなければならないことは知っているだろう。それでいいのか?同甘共苦した仲間やトレーナーと離れることになるのだぞ」

 

 ルドルフはデジタルを諫める。一時期の感情に流されてはならず長期的な視点で物事を見なければならない。きっと地方に移籍したことを後悔する。

 

「いいわけないじゃん」

 

 デジタルの返事は普段とは別人のように声が低く迫力があった。その変化にルドルフは戸惑い唾を飲み込む。

 

「チームの皆やプレちゃんは大好きだし、トレーニング前に下らないこと喋って、一緒にトレーニングして、寮に帰ってプレちゃんとウマ娘ちゃんの映像見たりできなくなるかもしれないなんて嫌だよ。でも1年後には皆とはまた会える。でもダートプライドはこれしかない!最高の場所とタイミングで最高のウマ娘ちゃんと走れて感じられる!これを逃したら一生後悔する!」

 

 デジタルは感情が高ぶっていき声量が大きくなり語気が荒くなる。胸中に渦巻いているのは一種の自己嫌悪だった。

 レースを走る為に苦楽を共にした仲間の元を離れる。その行動にチームメイト達は裏切られたと感じショックを受けるかもしれない。その可能性を考慮してなおダートプライドを走る事を選択した。

 最高のウマ娘達を感じる為に友を捨てる。周りから見たら酷く薄情で自己中心的に見えるだろう。

 己の欲に執着する醜い姿に嫌悪しながら、それでも湧き上がってくる自分の欲望と衝動が抑えきれなかった。

 

「アグネスデジタル、私が言えることは地方に移籍すればそのウマ娘を感じるという行為も満足できなくなるだろう」

「どういうこと?」

「地方に行けば弱くなりサキー達に千切られ、ウマ娘を感じられる物理的距離が遠のく」

 

 ルドルフはデジタル達との話し合いの前にデジタルという人物像を把握する為に調べ、レースを通してウマ娘を感じるという行為に主眼を置いていることを知った。   

 それはレースで意中のウマ娘に出来る限り離されず近づくことである。

 どんな才能が有っても生かすも殺すも環境によるものが大きい。それは中央の頂点に立ったことルドルフだからこそ実感していた。

 最高の設備に東条トレーナーという優秀なトレーナー、そしてチームリギルという実力者達と切磋琢磨してきた。

 もしこの環境が無ければ3冠ウマ娘になれなかっただろう。設備が無ければ鍛えらず、周りの人間が弱ければ競い合えない。いくら才能があっても1人で強くなるのには限界がある。

 ルドルフにはデジタルの行動は稀有な才能を己の我儘で潰す傲慢な行為であった。

 才能とは自分1人の物ではない。栄光を目指し才能を渇望しながらも才能の無さで夢破れた者達、その者達に報いるために才能が有る者は最善を尽くして強くなるのは義務である。

 立場上願いを奪っている立場ながら、その傲慢さに僅かに腹が立っていた。

 

「でも地方にはコウテイちゃんやフブキちゃんみたいに強いウマ娘ちゃんも居るよ」

「確かにそうだ。だが2人が中央でトレーニングしていれば、確実に地方に居る頃より強くなっていたと思う」

「それはそうかもね」

 

 デジタルは納得した素振りを見せる。以前ヒガシノコウテイとセイシンフブキから話を聞く際に船橋と盛岡でトレーニングをしたことがあるが、お世辞にも素晴らしい環境とはいえなかった。

 盛岡ではコースが雪に埋もれ、普通に走る事すら困難だった。

 

「フブキちゃんはダート愛、コウテイちゃんは地方愛、それが強いから強くなれた。アタシにはそんなものは無いから2人みたいに強くなれない。でもアタシにはウマ娘ちゃんLOVEがある。その為なら地方に行ってもウマ娘ちゃんを感じたいという気持ちで中央に居た時よりも強くなってみせる」

 

 ルドルフは思わずデジタルを睨みつける。その言葉はまさに旧時代的な根性論だった。

 精神が肉体を凌駕する例は限度がある。だが精神だけで超えられない壁は確実に存在する。挑むのは世界の頂点であり、それは精神だけでは超えられない壁である。

 

「トレーナーに聞きますが、アグネスデジタルが地方に行って、その願望が叶えられると思いますか?」

 

 ルドルフはデジタルの意志が強固と見るや、トレーナーに話を振る。

 トレーナーなら止めるべきだ。信頼している者から否定的な言葉を言われれば心が揺らぐ、そこから再度説得を試みようと思案していた。トレーナーはルドルフの質問に落ち着いた口調で話し始める。

 

「確かにシンボリルドルフさんの言葉は正論でしょう、ですがデジタルは常識外れのウマ娘で、我々尺度で計り知れないところがあります。何より私は過去の出来事で心底後悔していましてね。優先すべきはウマ娘本人がしたいこと。現時点では中央がデジタルの望むことを実現してくれないのなら、地方に移籍することを全力で後押しします」

 

 トレーナーの脳裏に浮かんでいたのは去年の天皇賞秋のレース前の映像だった。

 競り合いに強いオペラオーとドドウに勝つためには体を合わせず、外ラチに向かって走れと指示を出した。

 だがデジタルの願いは体を合わせてオペラオーとドトウを感じることだった。という願いを考慮せずに、勝利を優先した指示を出してしまった。

 当時のトレーナーは勝利を優先する傾向が有り、デジタルと言い争いになった。

 結局は別の指示を出し、天皇賞秋には勝利し願望も有る程度満たせたが、全て満たせたわけではない。

 その件について深く反省し、本人たちの願望を最優先にすることを心に誓っていた。

 

「優先すべきはウマ娘達の願い。そうですね、それが何よりも優先事項でした。熱くなってすまない」

 

 ルドルフはデジタルとトレーナーに頭を下げる。己の主義と中央での立場を優先して、デジタルの意志を抑え込もうとしたことを内省していた。

 

「では最終確認だ。ダートプライド出走の為に地方に移籍する。それでもよいのだな?」

「うん」

 

 デジタルは力強く返事する。その瞳には決断的な意志が宿り、脳裏には必勝を胸に抱きダービーに挑むウマ娘達の姿が浮かんでいた。

 

「本来ならば言える立場ではないが、地方でのアグネスデジタルの幸運と邁進を祈っている」

「ありがとう、シンボリルドルフちゃん」

 

 シンボリルドルフが手を差しだすとデジタルも応じ握手を交わす。デジタルは触覚を最大限鋭敏化させ、相手に不快感を与えないように感触を楽しみ、部屋を後にする。

 

「改めて謝罪させてもらいます。私の力不足でこのような事態になってしまい、申し訳ありません」

「中央の立場から考えれば一理あります。デジタルのやっていることは1つも中央の利益になっていませんし」

 

 ルドルフはトレーナーに頭を下げ、トレーナーも愛想笑いを浮かべながら恐縮そうに頭を下げる。

 

「ですが、中央の方にはルールの改正を求めたいと思います。今後もドリームトロフィーより別のレースを優先するウマ娘が出てくるかもしれません。その度に中央の利益にならないから出られないと出走できなくなるのは避けたいです」

「そうですね。私の方でも今度の会議で議題として提出したいと思います」

 

 ルドルフはこれまではドリームトロフィーより別のレースを優先するウマ娘は居ないと思っていた。だがデジタルの意見や心情を聞き考えを改めた。

 自分の尺度とは違う考えのウマ娘が居る。そのウマ娘の要望に応えるのが中央ウマ娘協会に入った自分の役目である。

 そして元のルールは一昔前の価値観で作られたものだ。価値観は日々の経過によって変化し、結果従来の価値観とは異なる者が現れることは必然であり、今がルールの変える時だ。

 かつてオグリキャップがクラシック級に登録していないことで、クラシック戦線で走れない問題では新たに追加登録をすれば走れるという制度が作られた。また歴史を繰り返せばよい。

 

「よろしくお願いします」

 

 トレーナーは思いを託すように深々と頭を下げた。

 

───

 

「今日は来てくれてありがとう。乾杯!」

「乾杯!」

 

 デジタルが音頭を取ると周りの人間も乾杯の声をあげる。それを皮切りに其々が食事や会話を楽しみ、賑やかな雰囲気に包まれる。

 デジタル達とシンボリルドルフが面談した数日後、地方移籍が決まった。移籍先は大井となり、正式に大井ウマ娘協会の所属となる。

 そして今行われているのはデジタルの送別会である。チームプレアデスのチームルームにはチームメイトは勿論、エイシンプレストン、スペシャルウィークなどの他チームの選手などが集まった。

 デジタルはそこまで大げさにしなくていいとやんわりと断ったがチームメイト達が強引に開催し、スペシャルウィーク達も招待していた。

 送別会は其々が自由に過ごした後ビンゴ大会などが行開催され、終始和やかなに楽し気な雰囲気で、チームメイト達はいつもより陽気で笑い声も大きかった。

 しばらく時間が経ち、送迎会の終わりの時間が迫っていると参加者は感じ始め、閉会の空気が漂っていた。

 

「デジタル、折角みんなが開いてくれたんや。締めの挨拶ぐらいせい」

「それもそうだね」

 

 デジタルはトレーナーに促され部屋の上座に移動する。

 

「えっと、アタシは明日から中央じゃなくて大井所属になります。でも同じ東京だし、トレセン学園まで電車で1時間ぐらいだし、お別れって感じはしないな。オフになったら皆で遊ぼうね。ダートプライドでは一欠片の後悔が残らないようにウマ娘ちゃん達を感じてくるから」

 

 デジタルが一礼し、チームメイト達から拍手が起こる。言葉を発するたびに脳裏にチームメイトとの思い出が蘇り、後ろ髪引かれる想いを必死に断っていた。

 一方チームメイト達も寂しさや悲しさを懸命に堪えていた。乱暴な言い方をすればデジタルは自分達よりダートプライドを取った。その事実に少なからずショックを受けた者がいた。だがアグネスデジタルというウマ娘は案外欲張りで我儘ということを知っていた。

 レースを走る為に学園を去るという選択肢は理解しづらいものであったが、その振り切り具合はある意味尊敬できるものであった。

 この我儘で尊敬できるチームメイトをせめて笑って送り出そうと言うのが、チームプレアデスの見解だった。

 

「俺も1言いいか?」

 

 トレーナーが挙手するとデジタルが居る場所に歩み寄り喋り始める。

 

「まずデジタルが地方に行くのがおかしいと思うものは考えを改めろ」

 

 トレーナーから発せられた言葉にチームメイトやプレストン達は面を喰らう。

 てっきりやさしい言葉の1つや2つでも送ると思っていた。皆はトレーナーが次に何を言うのかと注目する。

 

「ルールは前から決められたものであり、シンボリルドルフが出したドバイワールドカップで走るという代案は筋が通っておった。だがそれを拒否して選択した。元を正せばデジタルがサキーやヒガシノコウテイやセイシンフブキに少しでも早くリベンジしたいという気持ちから始まった。我慢してればこうはならなかった。己の我を通そうと思えば時には周りと衝突し、意を通せないことがしょっちゅうや。デジタルの今はある意味自業自得や」

 

 トレーナーの手厳しい言葉を送る。言っていることは正論だがもう少し優しい言葉でもかけるべきだ。皆はデジタルの心境を窺おうと視線を向ける。

 デジタルはトレーナーの言葉に対して怒るわけでは無く、真剣な表情で聞いていた。

 

「だが、己の我を通そうと行動しダートプライドが開催され、学園を出るという選択をした結果、ダートプライドに出走できるようになった。その意志は心から尊敬する。限りある選択肢から選ぶのではなく選択肢を作り、道を切り開いた。デジタルは間違いなく勇者だ。お前の帰ってくる場所はここや。大井に行かせておいてなんやがな」

 

 トレーナーはデジタルに手を差しだす。デジタルの今はある意味人生の縮図だ。我を通そうとし、周囲の力に負けて学園を出て行かなければならない。

 我を通す為には力や事態を予測し対策する知恵と知識が足りなかった。今回は最低限の要求は通ったが、もっと悲惨な目にあう可能性は充分にある。それをチームメイト達に伝えておきたかった。

 だが本心は手放しで賞賛し褒めたたえたかった。走りたい相手とレースを走る為にレースを作るというアイディアを思いつき、実行できたウマ娘が何人居る?

 デジタルは手を差しだしトレーナーと握手する。そしてプレストンが近寄り声をかける。

 

「当分1人暮らしを満喫させてもらうわ」

「他のウマ娘ちゃんと同室になるんじゃないの」

「どうせ1年後に帰ってくるんだから、来る娘も引っ越す手間が無駄でしょう」

「ちゃんと部屋を綺麗にしておいてよね」

「デジタルじゃないんだから当然でしょ。あと大井に行ったからって調子落とさないでよね。ダートプライドを走った後はアタシと香港で走るんだから」

「分かってる。そういえば地方所属でもGIに出られたっけ?」

「今更ね、そこは確認してるから。問題ない」

「流石プレちゃん、仕事が速い」

「デジタルが地方に移籍するって聞いた時に速攻で確認したわ。もし走れなかったら全力で地方行きを止めてた」

 

 プレストンとデジタルはいつも通り気の置けない会話をおこなう。プレストンは相部屋から1人暮らしになると言ったが、そのような予定は全くない。

 これは願望だ。その為に多少なひごねるつもりだ、部屋の同居人はデジタルただ1人だ。

 チームメイト達から激励の言葉を受け、最後はスペシャルウィークの番になる。

 

「デジタルちゃん元気でね」

「ありがとう。スぺちゃんもドリームトロフィーターフ頑張ってね」

「うん、2人で合同祝勝会をあげよう」

 

 スペシャルウィークは両手でデジタルの手を力強く握る。レースに出走する為に学園を出るという選択肢、自分に置き換えるならでサイレンススズカと走る為に学園を出なければならないという状況だろう。

 学園ではトレーナーや多くの友人やライバルと出会えた。そんな人々と過ごせるこの場所は最高の環境である。そんな環境を1年という期間限定でも手放せるだろうか。

 デジタルが取った選択に対して尊敬を抱くと同時に目的の為に迷いなく進む吹っ切れ具合に恐ろしさを感じていた。

 

 こうしてデジタルは正式に大井ウマ娘協会の所属になった。

 

 その後いくらかの月日が経ち規定が一部改訂され、中央ウマ娘協会所属のウマ娘は中央ウマ娘協会が認めたレース及び、交流重賞以外のレースに出走してはならない。この条文の中央ウマ娘協会が認めたレースの部分が削除された。

 それによってダートプライドのようなエキビションや中央ウマ娘協会にとって出走させるメリットが無いレースでも本人が望むのなら出走できるようになった。

 このルールは後にアグネスデジタルルールと呼ばれるようになった。

 

 




現実の競馬では中央の馬が地方に移籍することに対する規定はそこまで厳しくありません。
2ヶ月地方に走ってから中央に戻るということも可能です。
この作品では現実の野球やサッカーなどで転校した者は1年間公式試合に出られないという規定を参考にして、地方に移籍したウマ娘は1年間中央に戻れないという規定になりました。

そしてパート1、パート2などのランク付けについてですが、現実の競馬ではもう少し複雑な基準で決めているみたいです。
ただこの作品ではバトル漫画的な単純な強さランキングです

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