勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と隠しダンジョン♯11

 1月1日午前3時30分、アグネスデジタルは布団を剥がし体を起こす。布団で守っていた体はむき出しになり、冷気が一気に襲う。その寒さと眠気にやる気が一気に削がれるが、必死に気力をみなぎらせ部屋を出る。

 外に出ると辺りは暗闇に包まれ、風が吹き先程とは比べ物にならないほどの冷気が襲い、少しでも早く温まろうとウォーミングアップを開始する。

 午前4時になるとコースが解放され、アップを済ませたると1番乗りでコースに入り、誰も居ないコースを見て苦笑した。

 こんな元日の朝早くにトレーニングするなんて、いつの間にこんなに真面目になってしまったのだろうか、それに他のウマ娘が居ないというのも味気ない。

 きついトレーニングでもウマ娘の姿を見れば活力が湧いてくるのだが、そんな状況に内心で不満を漏らしていると30代ぐらいの男性トレーナーがやってくる。彼が今のデジタルのトレーナーである。

 トレーナーが機器をセットしている間にデジタルも腕周りに機器をセットしながら、ゴールから残り1000メートルの地点まで向かい、走り始める。コースに一番乗りしてトレーニングしているのには理由があった。

 

 今のデジタルはトリップ走法改良のために目隠しをして走っていた。

 中央在籍時のトレーニングと大井に来てからも何度も走ったこともあり、蛇行や斜行もせずに走れるようになったが。

 しかし目隠し状態では突発的な事態が発生した場合に対応できないので、できる限り人数が少ないこの時間に行っている。

 そしてダートプライドは大井左回りで行われる関係で今のは左回りでトレーニングしている。

 大井レース場で行われるレースは全てが右回りであり、他のウマ娘は右回りでトレーニングする。そんななか他のウマ娘が右回りでトレーニングしているなか、1人左回りで逆走するのは邪魔である。以上の理由でこの時間帯にトレーニングしていた。

 デジタルは即座にイメージを構築する。ヒガシノコウテイ、セイシンフブキ、サキー、ストリートクライ、ティズナウの姿が限りなくリアルに再現され、多幸感が体中を駆け巡り活力を与える。

 砂を巻き上げながらゴールに向かって突き進む。すると突如ゴールという大音量の声が耳に届く。脳内からイメージが消えると同時に速度を落としながら目隠しを外すとトレーナーの元に向かい、録画された自分の姿を確認する。

 画面には人型の映像とデジタルの姿が映りその姿は僅かにぶれていた。デジタルは映像を見ながらブツブツと独り言を呟きながらその場で走る動作を行う。

 

 このトレーニングには3段階の目標が有る。

 

 1段階目は目隠しした状態でランニングし、理想的なフォームを維持する。

 2段階目は目隠しした状態で普通に走り、理想的なフォームを維持する。

 3段階目は目隠しした状態でトリップ走法で走り、理想的なフォームを維持する。

 

 デジタルは中央在籍時と大井でのトレーニングで2段階目はできるようになり、今は最終段階のトリップ走法で走りながら理想的なフォームを維持することに向けて試行錯誤を繰り返していた。

 この後も同じ距離で何本か走り、1時間半後経過すると他のウマ娘がトレーニング場に現れてコースに入り始めるのを見てトレーナーと別れ、別のトレーニングに切り替える。

 このトレーニングは集中力を必要とし、短時間で終わらせたほうがトレーニングの効果が高いというデータが中央在籍時代に出ていた。トレーニング場から出るとシャワーを浴びて汗を落とし、自室に向かった。

 

 大井に移籍してから生活は大きく変わった。中央で当たり前にあった設備が存在せず、トレーニングも人数の関係で時間制限が設けられている。量も質も中央と比べていると劣り、中央の時のようにトレーニングしていれば能力は衰えていただろう。

 だがトリップ走法で走りながら理想的なフォームを維持するトレーニングは幸運にも中央の設備がなくてもできるものだった。むしろそれしかやれることがない状況だった。

 トレーニング時間以外でも思考し、アイディアを思いついてはトレーニングでトライ&エラーを繰り返す。セイシンフブキは他の設備が乏しいが故にダートコースを走り、誰よりもダートについて深い理解を会得した。

 ヒガシノコウテイは岩手という地は時には豪雪に見舞われ、時には練習が不可能になり、時間が削られていく。だが工夫を凝らし、少ない時間だからこそ実のある練習をしようと集中力を研ぎ澄ましていた。

 デジタルは無意識に地方ウマ娘が強くなった要素を取り入れていた。

 

 それから1時間程補強運動をしながら時間をつぶす。本来ならトレーニングを切り上げても良かったのだが、今日だけは事情が違った。

 コースをライトの光以外のもう1つの光源が照らし始める。トレーニングしていたウマ娘達も足を止めて空を見上げ、初日の出を拝み、デジタルも同じようにトレーニングを中断し、太陽を見て拝んだ。

 

───

 

 デジタルの横を次々と人が通り抜け、前方にある鳥居を抜けていく。年明けの高揚感のせいか、人々の声が弾みどこか浮かれている。

 その様子を眼で追いながら手をコートのポケットに入れて、寒さを紛らわせながら鳥居をくぐっていく。

 今年の元日はいつもとは違っていた。幼い頃は両親や友人と過ごし、トレセン学園に入学してからはチームメイトやプレストンなどと過ごしていた。だが今は傍に友人は居ない。

 チームメイト達から初詣に一緒に行かないとか誘われたが断っていた。理由としては願掛けの一種である。

 ダートプライドまでチームメイト達や友人達と顔を合わせない、そうすれば願いが叶うかもしれない。迷信を信じる方ではないが大井に移籍した際にそんな考えがふと浮かんでいた。それからは電話やラインでは会話したが、直接顔を合わしていない。

 

 南参道から奥の宮を目指す道中で、晴れ着姿のウマ娘を多く見かけ目が奪われる。

 この神社に来た目的の何割かは晴れ着姿のウマ娘を見るためだった。姦しくはしゃぎながら必勝稲荷に向かうウマ娘達を気取られないように眺める。

 ここの神社でかつて大井所属のウマ娘がビッグレースの前にお参りし、勝利したという言い伝えが残っている。そのご利益にあやかろうと初詣に多くのウマ娘が参拝に来ていた。

 デジタルもお参りしようかとするが思いとどまる。ダートプライドは勝ちたいのではない。最高のウマ娘達の全てを感じて堪能したいだけであり、ここで祈っても意味がないどころか、何か悪いことが起きそうな気がした。

 必勝稲荷で真剣に拝むウマ娘達を横目に見ながら千本鳥居を通り過ぎる。流石に千本は無いが何十本もの鳥居を潜りぬけて進むのは初めてで、まるで別世界に誘われるようなミステリアスな感覚に陥っていた。

 千本鳥居を抜けると稲荷山の頂上を目指す。実際の山では無く人工物であり、備え付けられている階段で登っていく。1分程度で頂上に着き、社の前で手を合わせて目を瞑りながら願う。

 

───どうかダートプライドが最高のレースになって、最高の体験ができますように

 

 目を開けてお参りが終わると同時に、ふとダートプライドに出走するウマ娘達が頭に過る。

 

──年明けはどう過ごしているのだろう?

 

──────

 

 岩手山、別名岩鷲山とも呼ばれ、盛岡レース場からも一望でき、その素晴らしい景色はレース観戦に疲れた観客の疲れを癒し、また岩手ウマ娘協会所属のウマ娘達のトレーニング場所でもある。

 ヒガシノコウテイは刺すような寒さに耐えながら登っていく。辺りは暗闇に包まれ光源は皆が持つライトだけである。辺りをライトで照らしながら注意深く進む。

 1月1日午前1時、岩手山麓にヒガシノコウテイを初めとする岩手ウマ娘協会のウマ娘が集まった。目的は山頂で初日の出を拝むためである。

 十数年前にあるウマ娘がしてから元日の伝統行事となり、強制参加ではないが多くのウマ娘達が集まっていた。

 岩手山はトレーニングの一環で登っていたが、夜中に登るのと慣れ親しんだ山がまるで別の山のような錯覚に陥っていた。

 山頂までは歩いて約3時間、その道中は高揚して騒いでいるウマ娘達をやんわりと注意しながら、皆に事故がないように細心の注意を払いながら登っていく。

 山頂を登ると他の登山客もいて、邪魔にならないようにそれぞれが地面に腰掛け談話しながら日の出を待った。

 

「うわ~」

「キレイ」

 

 雲間からオレンジ色の一条の光が皆を照らす。初めて見た者はその美しさに思わず歓声をあげ、何回か見ている者もその美しさを噛みしめる。

 

「岩手ダービー絶対勝ってやる~!」

 

 突如1人のウマ娘が大声で叫び、その声はやまびこになり反響する。

 その突然の行動に他の登山客と全てのウマ娘が視線を向ける。その声の主は今年ジュニアC級に上がるウマ娘だった。

 

「何してんの、急に隣で大声ださないでよ」

「いや、初日の出ってご利益有りそうだし、大声で願い事言えば神社で願うより叶いそうかなって」

「普通は黙って願うものでしょ」

 

 隣に居た同級生が頭を軽く叩きながら注意し、ヒガシノコウテイが代表して他の登山客に頭を下げる。

 すると深夜時間ずっと活動し、初日の出を見たことでテンションが上がっているのか、高揚感に身を任せるようにジュニアC級のウマ娘達が次々と願いや決意を太陽に向かって叫ぶ。

 

「だったら私はダイヤモンドカップに勝ちたい~!」

「私はひまわり賞~!」

「オータムティアラ~!」

 

 ヒガシノコウテイはアタフタしながら止めるように諫める。こういう学生っぽい雰囲気を嫌う人も多く、何より岩手ウマ娘協会の品性が疑われる。

 

「クラスターカップに勝つ!」

「マーキュリーカップに勝ってやる!」

 

 次第に諫めるべきシニア級のウマ娘も己の目標や願いを叫んでいく。何をやっているのだと怒鳴りたくなるのを抑えて、引き続き諫める。

 すると叫び終わったウマ娘達は妙にスッキリとした顔をしながら次々と期待を込めた目線でヒガシノコウテイを見つめ始め、すぐに視線の意味を察する。

 

「私はやりません」

「いいじゃん、やろうよ」

「やりません。他の方に迷惑です」

「いや、迷惑してないみたいだよ」

 

 ヒガシノコウテイは辺りを見渡す。他の登山客はどこか生暖かい視線を向け、まるで孫か何かが騒いでいるのを見ているようだった。観念したようにため息をついた後大きく息を吸い込む。

 場の空気に当てられた、日の出を見て高揚した、普段ではしない行動をして振り切れたかった、様々な理由が脳内に浮かび上がる。それらは行動を後押ししたが決定的な要因ではなかった。

 

「私は!ダートプライドに勝って!世界一になって!オグリブーム以上のブームを湧き起こして!地方にお客様を集めます!」

 

 ヒガシノコウテイは最大限の声を出す。その声量の大きさに周りの者は思わず耳を塞ぎ、やまびこが周囲に大きく響き渡る。

 これは決意表明だ、自分の願いと想いを声に出して周りにと山に居るだろう神様に伝える。口に出したのはあまりにも大きい目標である。今までなら思うことすら憚れる事だった。

 だが酸いも甘いも経験し、地方を背負って走り続けたヒガシノコウテイにはその大言を背負える決意と覚悟が宿っていた。

 

「うるさいですよ」

「加減してください」

「これだから大人しい奴は、声の調節のネジがバカになってるんだから」

「すみません」

 

 周りのウマ娘から一斉に非難される。皆と同じことをしたのに何故ここまで言われなければならないのかと、若干の理不尽さを感じながら叱責を粛々と受ける。

 

「そして声に負けないぐらい大きなこと言ったな。期待してるよ」

「ヒガシノコウテイさんならやれます」

「世界の皇帝になってください」

 

 誰もがこの大言をバカにも否定せず激励する。もし他の誰かが言ったとすれば心の中で否定し冷めた目で見ていただろう。

 ヒガシノコウテイは地方を愛し尽力し苦悩しながらも前を進み続けた。彼女なら世界一になって地方に明るい未来を与えてくれる。何より報われて欲しいと心の底から思っていた。

 

「ありがとうございます」

 

 ヒガシノコウテイは皆の言葉を噛みしめる。激励の言葉をかけられるたびに想いが胸の内に蓄積され、燃料になっていく。

 誓いを立てるように太陽に向かって手を合わせて拝み、皆もそれに倣うように手を合わせて拝んだ。

 

───

 

 ライトで照らされた船橋レース場に2人の息遣いが聞こえる。1人はアジュディミツオーだ、遠心力に耐えながら最短距離をコーナリングする。その表情は苦痛と焦りが浮かんでいた。

 

 アジュディミツオーも耳には1つの息遣いとダートを踏みしめる音が徐々に近づいてくるのを聞こえていた。もう1人の息遣いの主であるセイシンフブキは食らいつく間も与えずアジュディミツオーを抜き去り、ゴール板を通過する。

 

「あ~、これでもダメか」

 

 アジュディミツオーは息を乱しながら天を仰ぐ、ハンデを10バ身の差を与えられてのマッチレースだったがそれでも差し切られた。

 実力差は有るのは分かっているが、大きなリードを貰いながら何度も差し切られるのはほんの僅かな自尊心が傷つけられる。セイシンフブキは腕を組みながらその姿を見下ろす。

 セイシンフブキは盛岡でヒガシノコウテイにある程度の技術を教えると船橋に戻っていた。

 こちらもフィジカル強化の方法はある程度教えてもらい習得した。後は自力で何とか出来るので、こちらもこれ以上教えることは無いと判断していた。

 あくまでも利害関係であり同盟関係ではない。同じダートプロフェッショナルとして健闘してもらいたいが、必要以上に塩を送るつもりはなかった。

 

「甘い、けどコーナリングは傾斜や砂の状態を把握して少しはマシだった」

「あざっす!自分でも手応えよかったんですよ」

 

 アジュディミツオーは滅多に褒められないセイシンフブキから褒められて、尻尾や耳の動きで無意識に感情を表す。

 

「ところで、師匠は何時からコースに居たんですか」

 

 2人はトレーニングを中断し、ゴール板付近のラチに背を預けながら座り込み休憩する。時刻は午前4時でこの時間にトレーニングする予定は全くなかった。

 元日は初日の出を見るのが恒例行事として、早めに就寝して初日の出に備えていたが、午前3時に目が覚めた。

 もうひと眠りしようかと考えたが寝過ごしそうな予感が過り、このまま起きていようかと思考しようとした時に隣で寝ているはずのセイシンフブキが居ないことに気づく。

 どこに出かけたのだろうと考えながら何となくコースに向かうとその姿が有った。そしてアジュディミツオーはセイシンフブキに見つけられ、トレーニング相手に駆り出されていた。

 

「0時」

「0時って、アタシが向かうまでずっとコースに居たんですか?何やってっすか?」

「スクーリング」

「スクーリングって、このコースで何百回は走ってるじゃないっすか!?する必要なくないっすか」

 

 アジュディミツオーは驚きの声をあげる。スクーリングとはコースを把握する下見のようなもので、主に初めてのコースで走るウマ娘がおこなうものだ。

 世界で1番このコースを知っているセイシンフブキがやる必要が有るとは思えない。

 

「まあ、年間行事のようなもんだ。これは姐さんがやってたんだよ」

 

 砂を手で掬いながら懐かしむように語り始める。一年の計は有り、1年の初めに船橋のダートの情報を更新しなければならない。アブクマポーロはそう言いながら、元日の0時からスクーリングしていた。

 

「だったら起こしてくださいよ。師匠に付き合うのが弟子ですよ」

「嫌だよ。めんどくさい」

 

 セイシンフブキは不満を切り捨てながら、自分も同じようなことをアブクマポーロに言って、同じように切り捨てられたことを思い出す。そして切り捨てた理由も理解した。

 元日の翌日にアブクマポーロを見習ってスクーリングをおこなったが、当時のダート理解度では新たな発見も見いだせず、何一つ面白くなく10分程度で止めた。だが今はダート理解度が深まり、3時間スクーリングしても新たな発見が有り飽きも来なかった。

 理解度が低い状態で何時間も付き合わせるのは一種の苦行だ、それを味合わせるのはかわいそうだと1人でスクーリングをおこなった。

 何よりダートを愛し全てを懸け、誰よりも早くダートに触れるのは自分であるべきだ。

 そんな愛着と独占欲が綯交ぜになった感情が弟子でも自分より早くダートに触れることを許さなかったのだろう。今ならその感情が手に取るように分かる。アブクマポーロも案外子供っぽいところが有ったのだな。

 

「よし、休憩終わり、マッチレーストレーニングを続けるぞ」

「分かりましたよ。というより何で元日にこんな追い込むんですか?」

「それはすぐに分かる」

 

 アジュディミツオーは若干不満げな態度を見せながらトレーニングを再開する。その後いつも以上に追い込まれコースに大の字になって倒れこんだ。

 

「すみません、もう無理っす」

「そろそろだな、おい体を起せ」

 

 セイシンフブキは時刻を確認しながら東を見つめる。アジュディミツオーは釣られるように体を起こし見つめる。

 

「すげえ」

 

 アジュディミツオーは感嘆の声をあげる。毎年見ている初日の出のはずなのだが、いつも以上にキレイに輝いて見えていた。

 

「どうだ。年初めに追い込んで地元のダートで砂まみれになって見る初日の出はいいだろう」

 

 セイシンフブキはその反応に満足しながら明朗な笑顔を向ける。かつての自分もアブクマポーロにトレーニングに連れ出され、限界まで追い込まれた後に初日の出を見て同じような感想を抱いていた。

 

「師匠、世界一になってください」

「当たり前だ」

「それで勝ちづけてください、アドマイヤドンもゴールドアリュールも叩きつぶして王者で居続けてください。アタシは無敗で南関4冠とJBCとジャパンカップダートを取りますんで、東京大賞典でダート世界一を決めましょう」

「随分と大きく出たな」

「アタシは世界一のダートプロフェッショナルに育てられたウマ娘ですよ。師匠以外のダートウマ娘にはダートへの愛や懸ける情熱は負けない。だから負けないです。それに師匠を超えるのが弟子の務めでしょう」

「確かにな」

 

 セイシンフブキはその言葉に頷く。かつての自分はアブクマポーロと公式戦で走ることはできなかった。

 もし走ったらどうなっていたか?常々想像しているが、永遠に答えは出ることはない。それは心残りとして胸の中に居座り続ける。その辛さを味わせないのも師匠の務めだ。

 2人は其々の決意を固めるように太陽を見つめ続けた。

 

───

 

 携帯から鳴るアラームがサキーの意識を覚醒させる。朧げな意識のままアラームを止めて画面を見る。

 1月1日午前5時、特に年明けの感慨は湧かないまま、布団を剥がして起き上がり体を動かす。身体が若干重い。

 12月からドバイから日本にあるゴドルフィンの外厩に移動して調整を進めた。

 そこではトレーニングの他にもダートプライドの宣伝活動をおこない、出来る限りのイベントやテレビ番組に出演した。

 その活動量は目が回る忙しさという言葉では足りない程多忙で、プライベート時間はほぼ無かった。

 さらに今までは欧州やアメリカのメディアには出演したことはあったが、日本に来たのは初めてであり、どうすれば日本のメディアに好感が持たれるように演じるかに苦心し普段より疲労が大きかった。

 今後のPR活動を減らすかと考えながら窓を開ける。そこには暗闇が広がっていた。本来ならばトレーニングまで眠っているのだが、理由が有って貴重な睡眠時間を削って起きていた。

 

 UAEや母国のアメリカではない文化として、日本では新年に出る初日の出をありがたる。

 サキーも太陽のエースと呼ばれ、太陽については少しだけ興味を持ち、日本の文化を体験しようとしていた。

 暫くすると東の空から太陽が上がり暗闇を打ち消すように地上を照らす。それを見ながら感傷にふける。

 太陽は強大な熱と光を発し地球を照らす、だがその圧倒的な光でも太陽が沈んでしまえば暗闇が訪れる。

 サキーは永遠に輝く太陽になりたかった。そしてその道は果てしなく遠いことに気づく。時間が許す限りダートプライドのPR活動を行ったが想定した認知度には遠かった。これでは地方のウマ娘達に光を与えられない。

 

 皆を照らす為にはより大きな光が必要だ。ダートプライドに勝ち世界4大タイトルを勝つ。この偉業を達成できればより大きな光を持つ太陽になれる。そうなれば善戦した相手として地方の2人は注目される。

 世界4大タイトルを取った後は出来る限り多くの国で走る。主要国以外でも走っているウマ娘達は多く居る。そこで走る事で彼女達に光を浴びせ、懸命に走る姿を世間に知らせる。

 そして引退した後は現役時代の知名度を生かして、PR活動を行いレースの素晴らしさを死ぬまで伝え続ける。そうなれば永遠に輝ける太陽になれる。

 そのためにはダートプライドに勝たなければならない。走るレース全てが背水の陣である。太陽を見ながら自身を戒め必勝を誓った。

 

───

 

 カン、カン、カン、カン

 

 元日の朝、雲一つない青空に木材で何かを叩いた澄んだ音と何人かの女性の楽し気な声が響く。ゴドルフィン外厩の正門前、そこのスペースは駐車場も兼ね普段は多くの車が駐車しているが、今は2人の女性がそのスペースを占拠していた。

 お互いが何か木製のラケットのようなものを持ちピンポン玉を打っている。彼女達は行っているのは羽根つきである。

 

 カンカンカンカンカン

 

 澄んだ音が鳴る感覚が明らかに早くなっていく。一般的なラリーを長引かせるように打ち合う和やかな羽根つきと違い、高速のラリーの応酬は遊びではなく何かのスポーツ競技のようだった。

 暫くするとピンポン玉が地面に落ち、チクショーという女性の声が辺りに響く。

 

「できた…」

 

 ストリートクライはペンを持ってキャサリロの顔に何かを書き込み、顔を見て笑いを堪える。キャサリロはストリートクライの様子を見て不安が過りながらピンポン玉を拾い、打ち合いを再開する。

 2人は起床し、大晦日にアイルランドの風習でカベに投げつけたパンを朝食として食べながら今日の予定を考える。

 ゴドルフィンの外厩でトレーニングしていたウマ娘達の大半は帰郷し、寮にはダートプライドに向けて来日にしているサキーとストリートクライと付き添いのキャサリロしかいなかった。

 そしてスタッフも最低限の者のしかいなく、トレーニングは休みになっていた。

 ストリートクライは休日をどうやって暇をつぶすかと考えているとキャサリロがラケットのような木製の何かを取り出す。それはキャサリロが自作した羽子板だった。

 

 キャサリロは暇つぶしに羽根つきをやろうと提案し、特に予定のないストリートクライはあっさり了承する。

 最初は和やかにやっていたのだが、キャサリロが羽根つきにはミスしたものは顔を落書きされるというルールを知り、敗者は落書きされた状態で街に出向き、買い物をするという罰ゲームが追加された。

 

 ストリートクライは深く考えず了承した。落書きと言っても簡素なもので、そこまで人の目を気にしないタイプなので問題無いと思っていた。

 だが最初のミスで描かれた落書きを見て考えを変える。右頬に描かれただけだったが自分の基準でも恥ずかしいもので、街に出れば全ての者がこちらを振り返り失笑するだろう。

 それからは遊びの範疇を超えた真剣勝負になり、勝負は接戦の末ストリートクライが勝利した。

 

「プッ……お帰り」

「ほらよ。クソ、全員こっちを見やがって」

 

 1時間後、キャサリロは街での買い物を終え自室に戻る。その表情は街で体験した羞恥を思い出したのか若干紅潮していた。

 

「次はこのけん玉って玩具で勝負だ。負けたら落書き状態で街で買い物だからな」

「いいよ、今度も勝つから」

 

 けん玉勝負はキャサリロが勝ち、ストリートクライは入念に落書きされた状態で街に向かい、周りの人間に好奇の目で見られ、顔から火が出るような思いを味わった。

 それからだるま落としなど日本の遊びをして元日を過ごしていく。

 

「今までのって日本の遊び?」

「そう。日本では1月1日はこういう遊びをして過ごすらしい。良い暇つぶしになったろ」

「キティってそんなに日本に好きだったの?」

「別にそういうわけじゃないけど、他国の文化はとりあえず体験しておこうかなって。ゴドルフィン辞めた後プラプラと周ってさ、そこでその国の風習や遊びを体験するのが結構刺激的だったから、外国に来た時は色々やろうって思ったんだ」

 

 キャサリロは懐かしむように語る。ゴドルフィンを辞めて家にも帰る気になれず、逃げるようにして海外を放浪した。

 そこで様々な体験をして、今まで目を背けていたストリートクライのレースを見に行こうと決心してドバイに向かった。

 

「今までどこの国に行ったことあるの?」

「プエルトリコ、メキシコ、ウルグアイとか中南米をぶらっとした。途中でドバイに行って現在に至る」

「じゃあ、これからは色々な国に行くから」

 

 ストリートクライがボソリと呟き、キャサリロは言葉の意味を問うが何も答えなかった。

 その態度を見て察する。ストリートクライは何かを秘めている。親から無口な奴は大きな想いを溜め込んでいると教わった。

 再び一緒になって昔と比べてよく喋るようになったが、年の瀬になってからあまり喋らなくなった。

 きっと大きな感情と想いを溜め込んでいるのだろう。そしてそれはいずれ爆発する。それが何か楽しみにしておこう。

 しばらくの間2人の間に沈黙が訪れる。だがそれは気まずいものでは無く、心地よいものだった。

 

───

 

 ティズナウは起き抜け特有の倦怠感に抗いながらベッドから起き上がる。時計を見ると時刻は12時を回っていた。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し渇きを癒す。

 12月31日のカウントダウンパーティーでは大いに騒ぎ楽しんだ。

 パーティーでは日々のストレスを発散し、活力を得たと同時に非常に有意義なものだった。そのパーティーには野球やバスケやアメフト等で頂点に立つと言われる選手とも言葉を交わし、親交を温めた。

 彼らはストイックで責任感が強く、その分野の頂点としての誇りを持って強くあり続けようとしている。

 その姿は尊敬に値するもので、見習うべき点が多くあった。他にも欧州のチームでプレイしているサッカー選手とも会話し、日々の体験も聞けて学ぶべき点があった。

 

 彼らトップの選手に共通しているのは挑戦心だ。アメフトやバスケなどアメリカがその分野で頂点なら他国に逃げるようなことをせず挑み続けた。サッカーなどの他国が頂点の競技ならレベルが低いアメリカに留まらず、レベルが高い国に挑戦した。

 アメリカから逃げて他国で弱者を倒し悦に入っているウマ娘や、ヨーロッパで引きこもり世界一になったと勘違いしアメリカに挑戦しないウマ娘達に改めて憤りを覚えていた。

 

 ティズナウは怒りを発散しようと部屋を出て、ホテルにあるジムに向かう。更衣室で着替えると、ウマ娘用の重りを装着しランニングマシーンを最速にセットし走り始めた。

 ジムにはウマ娘用のランニングマシーンは存在せず、重りを装着することで運動強度を上げていた。トレーニングにしては物足りないが軽く汗を流す程度としては充分だった。

 ランニングマシーンで走っていると隣のランニングマシーンを男性が使用すると同時に声をかけてくる。彼はカウントダウンパーティーに参加し、アメフトで最年少リーグMVPを獲得したフレイディーだった。

 

「ヘイ、ティズナウじゃないかい。新年早々ワークアウトかい」

「そんなものじゃないですよ。フレイディーさんは?」

「昨日の飲みすぎてね。酒を抜かないとスーパーボウルの調整に間に合わなくてね」

 

 フレイディーは陽気に話しかけティズナウは笑みで応える。暫くの間会話を交わしながら汗を流す。すると今まで陽気に話していたフレイディーが真剣みを帯びた声に変る。

 

「そういえば改めて礼を言わせてもらうよ」

「何がですか?」

「去年のシーズン、チームは絶不調で例の事件があって失意に落ち込んでいた。そんな時にティズナウのBCクラシックの映像をコーチから見せられた。魂が震えたよ。明らかにサキーが差す流れなのに喰らいついて勝った。そんな走りに私達はガッツを貰い、チームはスーパーボウルに勝って、私もMVPを受賞できた」

「ありがとうございます。私も怪我の治療中の際にスーパーボウルの逆転劇を見て、心が震え勇気を貰いました。そのお陰でリハビリに励みこうして現役に復帰できました」

「お世辞でも嬉しいよ」

 

 ティズナウは喜びを嚙みしめる。偉大なアスリートたちが自分の走りを見て勇気を貰ったと言ってくれた。

 それだけではない。多くの人々がBCクラシックでジャイアンツコーズウェイやサキーやガリレオを退けたレースを見て勇気を貰ったと言ってくれる。

 そういった人々にレースを通して勇気を与え挑戦する気力を与える。それがアメリカレース界のトップとしての使命であり喜びでもあった。

 

「ダートプライド期待してるよ。勝ってアメリカの誇りを守り多くの人々に勇気を与えてくれ」

「はい、スーパーボウル頑張ってください」

 

 フレイディーは先に切り上げて出口に向かう。ティズナウはその姿を見送りながら考える。

 アメリカから逃げたウマ娘及びアメリカに挑戦せず自国や別の国に挑むウマ娘達、彼女は哀れである。

 大きな壁に挫け、挑戦し続ける先にある栄光を知らず妥協してしまった。そんな者達の目を覚まさせるのがトップとしての責任である。

 

 こうしてダートプライドを出走するウマ娘達はそれぞれ時間を過ごす。 

 ダートプライドまで残り1か月を迫っていた


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