勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と隠しダンジョン♯12

 アグネスデジタルは正門に設置されている表札をマジマジと見る。

 

───日本ウマ娘トレーニングセンター学園

 

 約1カ月程度離れただけなのだが随分と懐かしく感じる。脳内では在籍時の思い出が鮮明に蘇り、過去を振り返る。

 思い出に浸りながら時計を確認すると時刻は14時丁度を回っていた。今頃学園のウマ娘達は授業を真面目に聞いたり、眠気に懸命に耐えたり、授業そっちのけでトレーニングのことを考えたりしているのだろう。

 受付の守衛に入場許可書を貰い敷地内に入る。窓際の席から景色を見ているウマ娘と目が合わないだろうかと期待しながら校舎を眺める。

 

「中央の雰囲気にビビっちゃった?地方ウマ娘さん」

 

 デジタルの後ろから声をかけられる。失礼な物言いだなと思いながら後ろを振り返ると懐かしい顔を見て、口角を上げた。

 

「なんだプレちゃんか?あ~あ、願掛けがが破れちゃったよ」

「久しぶりに会って1言目がそれ?それに願掛けって何?」

「ダートプライドまでプレちゃんやチームの皆とは顔を合わせないって決めてた」

「まずトレセン学園に来てる時点で守るつもりないしょ」

「それもそうだね」

 

 デジタルとエイシンプレストンはじゃれ合うようにして手を合わせながら再会を喜ぶ。

 

「じゃあ、案内してあげる地方ウマ娘さん」

 

 プレストンはおどけるように声をかけデジタルはその後ろをついていく。プレストンが迎えに来るとは考えていなく、嬉しいサプライズだった。

 後ろから風で靡く黒髪や手入れの行き届いた尻尾を無意識に目で追う。

 

「何か粘着質な視線を感じるんだけど」

「いや~相変わらずプレちゃんの髪や尻尾はキレイだなって。それにトレセン学園の制服を着たウマ娘ちゃんを見るのも久しぶりで、改めてカワイイ制服だなって。そんなに洩れてた?」

「少しね。アタシは慣れてるけど、他のウマ娘には向けないでよ」

「わかってるよ。空気になってウマ娘ちゃんを愛でる。それがマナーだからね。でもそんなだだ洩れだったかな」

 

 デジタルは己のミスを反省しながらブツブツと独り言を呟く。ウマ娘を観察するさいに滲み出る特有の情念、その気配を抑えられ、長年付き合っていたプレストンだから感じられたものだった。

 

「そういえばデジタルの制服も結構似合ってるよ」

 

 プレストンは振り返りデジタルの姿を改めて見る。白のタイに深緑を基調にしたセーラー服でスカート丈は膝下より10センチ程度下に調整されている。一昔前のミッション系女子高の制服を思わせるデザインだった。

 

「そう?最初は違和感あったけど、今は慣れたよ」

「黙ってればどこぞのお嬢様に見えるよ。黙ってれば」

 

 プレストンはアクセントを強調して二度言う。外見はお嬢様に見えるかもしれないが中身はおしとやかさも奥ゆかしさもない欲望に忠実な我儘な少女だ。

 2人は正門を抜けて敷地内を進む、その間に何人かのウマ娘とすれ違う。トレセン学園と違う制服を着てるせいか、皆がデジタルに視線を向ける。

 

「たまには見られる側になるのも悪くないね」

「それでトリップ走法の改良はどうなってるの?」

「ほぼ完成、トレーニングでは出来るけど本番ではどうなるかってところ」

「へえ~、あっちでも頑張ってたんだ」

「それに身体操作能力もかなり上がったよ。ほら」

 

 デジタルは歩きながら目を瞑り腕と手を目一杯広げ、勢いよく閉じて手を合わせる。右手と左手はぴったりと合わさり、誤差は1センチも無かった。

 

「やるんじゃん」

 

 プレストンは演技がかった口笛を吹き称賛する。中央に居た時はこのスピードで精密に手を合わせることはできなかった。

 言葉通りトリップ走法の改良型に必要な体を精密に動かす身体操作能力が向上しているようだ。

 2人は目を瞑って人差し指同士だけを合わせるなど、お互いの身体操作能力を競い合いながら歩く。

 

「じゃあ、トレーニング頑張ってね」

「プレちゃんもね」

 

 プレストンは左に曲がり自分のチームルームに向かい、デジタルは右に曲がり進んでいく。向かう先はチームプレアデスのチームルーム、迷いない足取りで歩を進める。

 右に見える木は春になると桜が咲き、トレーニング終わりに皆で花見をした。左の空き地で何故か相撲をすることになって、チームメイトに見事に投げられた。脳内でたわいなく煌びやかな思い出が蘇る。

 チームルームの扉の前で立ち止まり、ドアノブに手をかけようとするが気恥ずかしさや他所他所しさが動きを鈍らせる。まるで他人の家に入るような緊張感を覚えていた。

 一応は地方所属だし入る際はノックをしたほうがいいのか?逡巡するが即座に自嘲的な笑みを浮かべ笑い飛ばす。ここは自分のチームルームで有りホームだ。何を遠慮することはない。

 

「おつかれ~」

 

 デジタルはノックせず部屋に入る。おつかれという挨拶はチームの皆が部屋に入る際に口にする言葉だ。部屋に居たチームメイト達は一斉に目を向ける。

 

 驚き、緊張、動揺。其々に様々な感情が浮かび上がっていた。

 

「おつかれ~」

 

 返ってきたのはいつもの挨拶だった。その挨拶はデジタルがここに居るのは当然であると雄弁に語っていた。この言葉で感じていた他所他所しさは完全に消えていた。

 

「デジタルはトレーニング終わったらすぐ帰るの?」

「うん」

「時間あるんだったら、駅前の本屋行かない。買いたい本有るんだよね」

「いいよ。アタシも欲しいのあるし」

「その後あそこのパン屋行こうよ。新商品発売されたし」

「あそこの新作当たり外れが大きいんだよね」

 

 皆は着替えながら他愛の無い雑談に興じる。それはかつての日常そのものだった。

 

「入るぞ」

 

 ノックと同時に聞き覚えのある声が聞こえてくる。チームメイトがどうぞと呼びかけるとトレーナーが入室してくる。

 電話やメールなどでトレーニングの指示を受けたりしていたが、面と向かって会うのは中央から離れて以来だった。

 トレーナーはデジタルを一瞥すると特に声をかけることなくミーティングを始める。そのいつも通りの対応に心地よさを感じていた。

 

「デジタルちゃん元気だった?」

「元気だったよ。スぺちゃん今日はよろしくね!」

 

 デジタルはウッドチップコースにいるスペシャルウィークを見つけると、一気に駆け付け尻尾をぶんぶんと振りながら話しかける。スペシャルウィークもデジタルの以前と変わらない姿を見て安堵の笑みを浮かべていた。

 

「無理な頼みを受けてくれてありがとう」

「こちらこそ、良いトレーニングになりそうです」

 

 スピカとプレアデスのトレーナーは2人の姿は眺めながら握手を交わす。デジタルがトレセン学園に来たのはスペシャルウィークとマッチレース形式の模擬レースをするためだった。

 単走ではトリップ走法を使用しながら理想的なフォームを維持できるようになった。

 だがトレーニングと本番のレースは別物であり、緊張感や精神状態や疲労度も違ってくる。出来る限りレースに近い状態で、ダートプライドに出走するウマ娘と近い実力の持ち主と走り完成度を確かめる必要があると考えていた。

 

 最初に思い浮かんだウマ娘はスペシャルウィークだった。ダートプライドと同日に行われるWDTターフを走るウマ娘なら仕上がりに差は無く、実力も折り紙付きだ。

 何よりデジタルはスペシャルウィークに好意を抱き、ダートプライドに出走するウマ娘と同等にレースを通して感じたいウマ娘である。地方に移籍したデジタルへの労いとご褒美としてはこれ以上ないウマ娘である。

 プレアデスのトレーナーは早速スピカのトレーナーに連絡を取り交渉する。

 基本的に地方所属のウマ娘はトレセン学園の施設は使用できないが、格闘技でスパーリングパートナーを他のジムの選手を借りるように、模擬レースの相手としてコースを走ることは許可されていた。

 地方のウマ娘が練習相手に呼ばれることは今までなく、殆どの者はこの規定を知らず、トレーナーも調べて初めて知った。交渉は滞りなく進み、トレーニングを時間と場所を決めて手続きをして招集していた。

 プレアデスのトレーナーはデジタルのはしゃいでいる姿に微笑ましさを覚える。するとコースに複数人のウマ娘が入ってくるのを見つける。

 サイレンススズカやトウカイテイオーとチームスピカのメンバーが勢ぞろいだ。スペシャルウィークのトレーニングでも見学しにきたのか?だがこの時期に他人のトレーニングを見学する余裕はないと思えない。

 するとスピカのトレーナーはプレアデスのトレーナーが訝しむ様子を見て、失念していたと手を叩き伝える。

 

「白さんすみません。今日のトレーニングはスぺじゃなくて他のメンバーも一緒に走っていいですか?」

「こちらとしては大歓迎や、あいつ嬉しすぎて血管切れそうやな。お~いデジタル、こっち来い」

 

 プレアデスのトレーナーはデジタルを呼んで改めて今日のトレーニング内容を伝える。デジタルはうひょ~と奇声をあげながら狂喜乱舞していた。

 

「なあトレーナー、模擬レースするのはいいけど、アレと一緒に走んの?」

 

 ウオッカは騒いでいるデジタルを親指で指しながらげんなりとした表情を浮かべていた。

 デジタルについてはスペシャルウィークがドバイでの遠征で良くしてもらったと聞き、当初の低評価を改めていた。その後もスペシャルウィークも友達付き合いをしているので、悪いウマ娘ではないという評価が固まっていた。

 だがクスリをキメたようなヤバイ表情をしながら学園を徘徊していたという噂を聞き、良い人というのはスペシャルウィークの好意的な評価に過ぎず、当初の評価は間違っていなかったと判断していた。

 他のスピカメンバーもウオッカと似たり寄ったりの表情を浮かべ、スピカ1の変人であるゴールドシップですら顔を顰めた。

 

「やだ~。模擬レースならアグネスデジタルじゃなくて、エルコンドルパサーとかグラスワンダーとかでいいじゃん」

「そうよ、何か走ったら調子狂いそう」

「そうだそうだ~。あんな環境型セクハラ的存在と走られるか~。我々労働者はストをおこすぞ~」

 

 スピカのメンバー達は次々と不平不満をぶちまける。予想以上の嫌われぶりに戸惑いながらもメンバーを宥め説得する

 

「ダメだ。まずリギルのメンバーが模擬レースで手の内を見せるわけないし、おハナさんが貸してくれるわけないだろう。それにアグネスデジタルだってサキーをあと1歩まで追い詰めたウマ娘だ。実力はWDTターフに出るウマ娘と引けを取らない」

 

 トレーナーの言葉にメンバーは納得しかねるという表情を見せる。ドバイワールドカップの映像は見て、実力は認めているが諸手を挙げて賛同させなかった

 

「それに何回か一緒に走ったリギルのメンバーよりアグネスデジタルの方が色々な意味で刺激的だぞ」

「刺激的すぎてもはや劇物だと思いますわ」

 

 メジロマックイーンが思わずツッコみにトレーナーはその言葉に思わず吹き出す。劇物とは言い得て妙である。

 チームのメンバーがこのコースに集まっていれば模擬レースをすると察する陣営もいて、情報を見せるというデメリットがある。

 それでも久しぶりにチームメンバー同士で競い合わせて、刺激し合うメリットを選んだ。その刺激にアグネスデジタルと言う劇物を入れることでどのような化学反応を示すか楽しみでもあった。

 

「良かったなデジタル、正月とゴールデンウィークと盆とクリスマスが一緒に来たな。後でスピカのトレーナーに礼言っておけよ」

「グフフフ、まさにそれだよ!幸せすぎて明日辺り車に轢かれちゃいそ~」

 

 興奮冷めやらぬと尻尾をブンブンと振りながらウォーミングアップをする。デジタルにとっては棚からぼた餅だが、トレーナーにとっても嬉しい誤算だった。

 逃げのティズナウはサイレンスズカ、先行のサキーとヒガシノコウテイとストリートクライはダイワスカーレットとメジロマックイーン、追い込みの捲りや後方一気のセイシンフブキはスペシャルウィークとウオッカとゴールドシップ。仮想ダートプライドとしてはこれ以上ないメンバーである。

 

「俺からの指示は1つ。トリップ走法を出せ。あっちでのトレーニングの成果を見せえ」

「了解、どっちみち出さないと存分に感じられないし」

 

 デジタルは浮かれ気分といったぐあいに気のない返事する。トレーナーも嬉しいのは分かるが流石に浮かれすぎであり、気を引き締めろと注意しようが思いとどまる。

 

 本番では出走メンバーを余すことなく感じたいという一心で走るだろう。そう考えれば今の精神状態に近い。

 これでどれほどスピカのメンバーに通用するのか、通用すればそのままでいいし、通用しなければ気の持ちようを変えなければならない。これは今後を占う重要な試金石となるだろう。

 デジタル達がウォーミングアップを進めるなか、コースの近くにあるスタンドには情報を聞きつけたマスコミや他の陣営が集まり始める。その中にはリギルのトレーナーの東条ハナとシンボリルドルフも居た。

 

「久しぶりだなルドルフ、いやお久しぶりですねシンボリルドルフさん」

「畏まらいでくださいトレーナー、中央ウマ娘協会の役職についても貴女の教え子であることは変わりないのですから。それで今日はスピカの偵察ですか?」

「ああ、折角本番前に全員が走ってくれるのだから遠慮なく見せてもらう。ルドルフは?」

「私も気になるウマ娘がいるので、時間を作って見に来ました」

 

 東条はルドルフの視線を見て目当てがスピカのメンバーでは無く、アグネスデジタルであることを察する。

 先のアグネスデジタルの地方移籍には何かしら関与していたと聞いていた。ルドルフの思考として地方に行くのは賛成しなかったはず、目的は分からないが思うところが有るのだろう。

 2人は会話を止めコースに眼差しを向ける。コース場ではデジタル達がアップを終えスタート地点についていた。

 

「よーい、スタート」

 

 スターター役のトレーナーがフラッグを上げると一斉にスタートをきる。

 サイレンスズカが先手を取りハナを主張し、そのすぐ後ろをトウカイテイオーがつき、2バ身離れてダイワスカーレット、その1バ身をメジロマックイーン、その3バ身後ろにウオッカとスペシャルウィークとデジタル、さらに後ろ2バ身後ろにゴールドシップという隊列を形成する。

 前半3ハロンを過ぎてサイレンススズカとトウカイテイオーがさらに差を広げていき、ダイワスカーレットとの差は3バ身まで広がっていた。

 サイレンスズカを風よけにしてプレッシャーを与え続ける。逃げウマ娘を潰す為に効果的な方法の1つである。

 だが天性のスピードを持つサイレンスズカにその戦法を実行するのは困難であり、並のウマ娘なら風よけの恩恵に与れず足を無駄に消費させられる。しかし後ろにつくトウカイテイオーは並では無く、この戦法を実行できる。

 サイレンスズカには2つの選択肢があった。ペースを上げてトウカイテイオーを引きはがすか、ペースを落として風よけの恩恵の効果を下げるか、そして己のスタイルを貫き通さんとペースをさらに上げる。

 先行グループのダイワスカーレットとメジロマックイーンは追走せず、後方グループのスペシャルウィーク達も同様に追走せず、逃げグループとの差は開いていく。逃げグループは1000メートルを通過し明らかにハイペースを刻んでいた。

 

 残り800メートルとなり第3コーナーに差し掛かったところでダイワスカーレットの2バ身後ろに居たメジロマックイーンがスパートをかける。

 メジロマックイーンは2000メートルに勝てるスピードはあるが、ステイヤーとしての高い評価を得ていて、このメンバーの中では最もスタミナがある。普通の中距離ウマ娘ならここからスパートすればバテるがメジロマックイーンなら可能である。

 ここからレースは一気に動く。ダイワスカーレットがメジロマックイーンの仕掛けに気づきペースを上げ、メジロマックイーンと同じタイミングでスタミナ豊富なゴールドシップが捲り、それを見たウオッカも同じようにペースを上げる。レースはロングスパート合戦の持久戦と化す。

 4コーナーに入り後続が逃げグループとの差を詰め襲い掛かる。一方スペシャルウィークとアグネスデジタルはウオッカの2バ身後ろの最後尾の位置で直線を迎える。

 先頭までの距離は8バ身差、スペシャルウィークは溜めていた末脚を一気に爆発させ仕掛ける。それと同時にスペシャルウィークの外からデジタルも仕掛ける。

 デジタルはコンマ数秒でダートプライドに出走する5人のイメージを構築すると同時にスペシャルウィークに意識を向ける。

 日常の素朴さと一転して歯を食いしばり険しい表情を見せる。そこにはトレーニングでもスピカやサイレンスズカに負けないという意志が垣間見えた。

 ジャージ越しからでもハッキリと見える鍛えられた肉体が生みの親と育ての親と約束した日本一のウマ娘になるという尊い意志に推進力を与える。

 

 良い!凄く良い!レースで感じるスぺちゃんは最高だ!

 

 デジタルはイメージの5人とスペシャルウィークの姿に激しくときめき脳内麻薬が大量に分泌し、多幸感と力を与える。

 さらに感じようとスペシャルウィークに体を寄せる。その距離はあと数センチで接触するというとこまで密着していた。

 2人は一気に加速し前に走るスピカのメンバーに詰め寄り、並ぶ間もなく抜き去っていく。最後はデジタルがクビ差でスペシャルウィークを上回りゴールする。3着のウマ娘に3バ身差をつけていた。

 スタンドから騒めきの声が上がる。WDTターフに出走する強豪ウマ娘達を撫で切ったあの末脚、例え本番のレースではないといえあの芸当は出来る者がいるだろうか?

 

「よし、反省会だ」

 

 スピカのメンバーは息を整える間もなくトレーナーに集められる。皆は脳に必死に酸素を提供し思考を纏める、彼女達の耳にはスタンドの騒めきが届いていなかった。

 

「テイオーを振り切ろうと少しオーバーペースでした……もう少しペースを落としても良かった……」

「ボクもスズカを潰そうとムキになっちゃった……これだったら泳がせてよかったかも…」

「ロングスパートを意識するあまり仕掛けどころを間違えましたわ……」

「マックイーンが動いたから……私も釣られて早く仕掛けすぎたわ」

「ゴールドシップが動いて……スカーレットを捕まえようと意識しすぎた……」

「今日100歩目でスパートする日だったんだよ……」

 

 スピカのトレーナーは反省点に耳を傾ける。其々の反省点はトレーナーの見解とほぼ一致していた。

 スズカは自分のスタイルに固執しすぎ、テイオーは前のウマ娘についていきたがるという悪癖が出て、マックイーンは切れ味勝負では分が悪く、スタミナ勝負に持ち込もうと焦り、スカーレットは負けん気が悪い方に出て、ウオッカはスカーレットを意識しすぎて仕掛けを誤った。ゴルシはいつも通り意味不明なので置いておく。

 

「スぺは惜しかったな。展開が向いたのもあるがよく仕掛けを我慢したな」

「はい、ちょっとペースが速いと感じました。でもデジタルちゃんに差されちゃいました」

 

 スペシャルウィークは疲労のせいか力のない笑みを浮かべる。正確に言えば仕掛けを我慢したというより遅らされていた。

 確かにペースは速いのは感じていた。だがすぐそばに居るデジタルの存在が気になり、その不気味な存在感が引力のように縛り付ける。

 4コーナーを迎えこのままでは差し切れないと意を決し仕掛けたのだった。もしデジタルが居なければ仕掛けが早まり差し切れなかったかもしれなかった。

 スピカが反省会をする一方プレアデスのトレーナーはデジタルの元へ駆け寄りタオルと水分を渡し、デジタルは礼を言うのが億劫とばかり頭を僅かに下げ、汗を拭き水分補給する。

 トレーナーは声をかけようとするが止める。その恍惚の表情を見れば心境は手に取るように分かっていた。

 

「いや~最高だった!ゴールドシップちゃんの力強いストライドとゴール前での気色悪って感じ!ウオッカちゃんのワイルドさと情熱的な瞳とゴール前での信じられないって驚きの顔!ダイワスカーレットちゃんの揺れる肢体とツインテールと負けるもんですかって食いしばる時に見せる八重歯!メジロマックイーンちゃんのゴール前でのメジロ家の優雅さをかなぐり捨てた荒々しさ!トウカイテイオーちゃんのボクが1番だって感じの勝負根性!サイレンスズカちゃんのクールさに先頭の景色に割り込んだ時に見せた驚きと悔しさ!」

 

 デジタルは相当疲労しているのにもかかわらず、呼吸を整えることなく興奮そのままに生き生きと喋り続ける。

 

「何よりスぺちゃん!ドバイで一緒に併走したこともあったけどまるで違う!やっぱりウマ娘ちゃんはレースに近ければ近いほど煌めくね!あ~あ、実戦でスぺちゃんを感じたい!」

 

 先程のレースの記憶を反芻する。ダートプライドのメンバーに加えてスピカのメンバー、合計12人の極上のウマ娘と一緒に走って感じられた。ドリームシリーズが夢の11レースと呼ばれているが、それに匹敵するものだった。

 

「少し質問ええか?」

「何!?」

「そのスピカ達を感じたのは道中か、それともラストの直線か?」

「直線だけど、何!?」

「デジタル、本当にトリップ走法で走ったんか?直線でもサキー達のイメージは居たか?」

「当たり前でしょ!」

「そうやな、変な事聞いてすまん」

 

 至福の時間に水が差されたとばかりに睨みつけ語気を荒らげて答え、トレーナーはタブレットを見ながら訝しむ。

 現役屈指の末脚を持つスペシャルウィークを差し切ってゴールしたのであればトリップ走法を使ったことが分かる。

 スピカメンバーは模擬レースの本気に対してデジタルは本番のレースの本気に近かった。もし本番で走っても同じ結果にはならないが、1着を取れたことは大きい。さらに録画していた映像を見ても限りなく理想的なフォームで走れていた。

 その証拠にデジタルはスペシャルウィークに幅数センチまで寄せながらも接触せず走り切った。

 スペシャルウィークほどのウマ娘が寄れる事はなく、もし従来のトリップ走法では数センチ単位で蛇行し接触していた。この数センチの蛇行などのロスを無くすのが改良したトリップ走法である。

 トリップ走法は力を全て使い切り意識を想像したイメージに向ける。

 ドバイでもサキーに追いつくためにトリップ走法を使い、追いついた後はサキーを感じる為にトリップ走法を止めて意識を全て向けた。それはイメージを構築しながらサキーを感じることが不可能だったからである。

 

 だが今はトリップ走法でダートプライドのウマ娘をイメージしながら同時に現実で走るスピカのメンバー達に意識を向け感じていた。

 想像と現実の両方でウマ娘を感じる。そのマルチタスクをすればかなり脳を酷使し倒れても不思議ではない。だが今は疲弊しているが健在だ。これは成長していると捉えるべきだろうか。そして本番はさらに興奮状態になり神経が研ぎ澄ましてウマ娘を感じ力を引き出すだろう。

 その時はどれほどの走りを見せるのか。トレーナーの胸中にはデジタルに対する期待と危うさを抱いていた。

 

「ねえ白ちゃん。今日はこの1本だけ?」

「特に決めて無いがどないした?」

「スぺちゃんは充分に感じたんだけど、他のスピカのメンバーは完全に感じられなかったんだよね。折角の機会だし感じておきたいんだよね」

「ああ、そういうことか。交渉してくるわ。ただもうトリップ走法は使うな。さっきの走りで充分完成しとると分かった。これ以上はやる意味はない」

「でもトリップ走法使わないと感じられないよ」

「すんな」

「でも」

「すんな!」

 

 トレーナーが声を荒げその声量にデジタルは体をビクリと震わせ、スピカのメンバーやトレーナーは思わず視線を向ける。

 

「すまん、お前ならトリップ走法を使わずとも充分に感じられるって言いたかったんや」

「そんな怒んなくてもいいじゃん。分かった分かった。しないから交渉よろしく」

 

 トレーナーは逃げるようにしてデジタルの元を離れ、スピカのトレーナーの元に向かい交渉を行う。

 デジタルの今のトリップ走法はキレすぎている。この走りを何回もやればパンクすることは目に見えていて、自身も感じる為なら使用してしまうことは容易に予想できたので、敢えて語気を荒らげて釘を刺していた。

 その後交渉は成立し、何本か模擬レースを行った。1着を取ることはなかったが終始満足気な表情を浮かべていた。

 

「お疲れ、どうだった久しぶりの模擬レースは?」

「最高だぜ!あの緊張感良いよな。それにスカーレットには勝ったし」

「はぁ!?何言ってんのよ!最後のレースなんて完全に着拾いでしょ!あんなのノーカンよ!」

「はぁ!?どこが着拾いだよ!完全に1着狙いに行った結果だろ!」

 

 スピカのトレーナーの言葉を切っ掛けにウオッカとダイワスカーレットは額をぶつけ合いながら言い争う。最早名物と呼べるようなやりとりであり、他のメンバーも特に止めることなく見守る。

 トレーナーは他のメンバーの表情からも充実感や高揚感を見て取る。他の陣営に手の内を見せることになったが、それ以上にお互い刺激を受け最高の状態でWDTターフに挑めそうだ。

 

「それでアグネスデジタルと走ってどうだった?」

「初めて走りましたが、脚質もある程度自在性が有り、スタミナ、スピード、パワー、中距離に必要な能力を高水準で備えています。WDTターフに選出されたのも納得です」

 

 サイレンススズカが代表して総評する。スズカの意見はある程度スピカの総意でもあった。だがその後は言葉を濁し言いづらそうにし、周りに助け船を求めるように視線を向ける。

 

「気持ち悪い」

「ストーカーみたい」

「少し不快でした」

「笑いながら走るとか怖えよ」

「後ろについても背中からガン見されてるみてえ」

「全体的に粘着質ですわ。例えるなら底なし沼に嵌り、全身にヒルが這い上がってくる感覚ですわ」

「やめてよマックイーン!想像して鳥肌立っちゃったじゃん」

 

 トウカイテイオーが口火を切るとともに一斉に率直な愚痴のような感想を姦しく言い合う。スペシャルウィークは頬を掻き苦笑いをしていた。

 普段のデジタルは奥ゆかしくしようと努め、相手に気取られないようにウマ娘やウマ娘同士のやり取りを見ている。

 だがレースになると自制心のタガが一気に外れてしまう。ウマ娘が本能のように走り勝利を求めるのと同じようにウマ娘を感じようとする。その向けられる意識が不快感になっている。

 スペシャルウィークも最初のレースではマックイーンが例えたような底なし沼に嵌ったような粘着質な不快感を覚えていた。

 

 そしてトレーナーはメンバーがデジタルについての愚痴を言う姿を見て若干驚いていた。

 この模擬レースにデジタルを呼んだのはメンバーが今まで走ったことがないタイプだったからである。

 かつてスペシャルウィークがグラスワンダーに負けた時に感じたという勝利への執念、それはスペシャルウィークを恐怖させ疲弊させた。

 デジタルについてはスペシャルウィークやプレアデスのトレーナーから話を聞き、他のウマ娘とは違う価値観で走り、ウマ娘を感じるという目的で走るウマ娘である。その為に向けられる意識は体験したことが無いプレッシャーを与えるかもしれないと考えていた。

 そしてトレーナーの予想以上にストレスが掛かっていたようだ。世界は広くデジタルのような価値観で走り、デジタル以上にプレッシャーを与えてくるウマ娘が居るかもしれない。そういったウマ娘に対峙した時に疲弊しないようにする予行練習でもあった。

 

 デジタルは鼻歌混じりでクールダウンしながら弛緩した笑みを浮かべる。

 スピカのメンバー達を思う存分に堪能し、最初のレースで曖昧だった記憶を何本か走る事で完全に補完していた。

 複数回レースを走るメリットを生かし、1本目はサイレンススズカやダイワスカーレットの逃げ脚質のウマ娘を感じたいから出来るだけ前目につける。ウオッカやゴールドシップを感じたいから差しや追い込みにつけるなど、ターゲットを絞ってレースに臨んでいた。

 

 レース内容も1着を取れなくてもそれなりに好走しているように見えたかもしれないが、より近くで感じようとした結果であり、ある意味勝負を完全に度外視していた。

 

「お疲れアグネスデジタル」

 

 デジタルがクールダウンをしているとスタンドから観戦していたシンボリルドルフが声をかけてくる。クールダウンを中断して立とうとするが、そのまま続けろとジェスチャーを出しそのまま続ける。

 

「シンボリルドルフちゃんも見てたの?」

「ああ、興味があったのでな。良い走りだった」

 

 ルドルフは感慨深げに言葉を紡ぐ。1本目の最後の走りは凄まじい末脚だった。そして中央に在籍していた頃より走りが洗練され無駄が無くなり強くなっていた。

 以前地方では強くなれないと言った時、ウマ娘への愛で強くなると答えた。

 それは古臭い精神論だと切り捨てた。だがこうして以前より強くなった姿を見せた。

 より良い環境で鍛える方が強くなるという持論を否定するつもりはない。だが精神論も時には環境以上に重要であると認識させられた。

 

「1本目の走りが出来ればサキー達に勝利する可能性は充分にあるな」

「勝つとかはいいよ。でもこれで少しでも皆に近づけると実感できて嬉しい」

「そうだな、その走りが出来れば追いつき離されることなくサキー達を感じられるだろう。ダートプライドでの目的達成を祈っているよ」

「ありがとう。楽しそうだね」

「そうか?アグネスデジタルが世界の頂点にどんな走りを見せるか楽しみだからかもな」

 

 シンボリルドルフは別れの挨拶を済ませコースから立ち去る。その際にデジタルに見えないように一笑する。激励の言葉で勝利を祈ると言わなかったのは初めてだった。

 絶対的な勝利至上主義ではないが、勝利は重要なものであると思っていた。その価値観にひびを入れられた。まるで自分の領域が広がっていくようで不思議な爽やかさを感じていた。

 デジタルも後ろ姿を見ながら想いを馳せる。今までのルドルフは愛想笑いを見せていたが本心では笑っていなかった。だが今は表情は崩れていないが初めて笑ったような気がする。やはりウマ娘が笑う姿を見るのはこちらも嬉しい。

 ストレッチを終えるとチームプレアデスのメンバー達がトレーニングしている場所に駆けていった。

 

───

 

 間接照明の温かみがある光がバーカウンターに座るスピカのトレーナーとプレアデスのトレーナーを照らす。店内ではバーテンダーがグラスを吹く小気味良い音が響いていた

 

「お疲れさん、今日はおごりや、好きなだけ飲んでくれ」

「お疲れ様です。では遠慮なく」

 

 2人は軽くグラスを当てて乾杯すると中身を一気に飲み干す。

 

 デジタルとチームスピカの模擬レースが終わった後、プレアデスのトレーナーはスピカのトレーナーに声をかけ飲みの誘いをした。

 スペシャルウィークがドバイで世話になったお礼ということで参加してもらったが、スピカ全員を駆りだしたことへの申し訳なさへのお詫びと新進気鋭のトレーナーの話を聞きたいと考え誘った。

 スピカのトレーナーも二つ返事で応じ行きつけのバーにプレアデスのトレーナーを招待していた。

 2人の飲み会は和やかに進んだ。終始ウマ娘やトゥインクルレースの話を続け、過去の名レースの話やそれぞれのトレーニング理論を語り合い、話が進むと同時に酒の量も増えていく。

 

「スぺは凄いんですよ!どんな時も前を向いて!」

「デジタルだってどえらいもんや!ダートプライドを企画し実現させたんやぞ!」

 

 2人の会話は次第に自分のチームのウマ娘の自慢話と化していた。

 これが凄いあれが凄いとひたすら言い続け、大の大人がするような会話では無かった。

 言い争いは延々と続くとかと思われたがスピカのトレーナーが何かに気づいたのか、入り口に向かって手を振り呼びかける

 

「お~い、おハナさん~一緒に飲みましょうよ。白さんが奢ってくれるってよ~」

「おう奢ったる。こっちで一緒に飲もうや東条くん」

 

 東条トレーナーは露骨に顔を顰める。日頃の疲れを癒し気分転換しようと店内に入ったら2人が居た。明らかに出来上がっていて絡まれると面倒くさいと判断し外に出るところを見つけられた。

 スピカのトレーナーの誘いを断るのは問題ないが年もキャリアも上のプレアデスのトレーナーの誘いを断るのは今後に影響が出る可能性がある。渋々とバーカウンターの席についた。

 東条トレーナーが参加したことで2人の自慢話大会は軌道修正され、レースやトレーニングについてなど真面目な話となった。

 

「そういえばいよいよWDTターフやな。正直デジタルのことで手がいっぱいで情報が入ってこなかったがどうなっとる?お互いのメンバーの調子はどうや」

「こちらは完璧です。それにありがたいことにスピカメンバーの走りを見せてもらったことで、調子や弱点も分かりました」

「ふふ、甘いなおハナさん。今日のレースでお互い刺激し合いさらに成長した。過去のデータに頼っていると痛い目にあうぞ」

 

 スピカのトレーナーと東条トレーナーはプレアデスのトレーナーを挟んでにらみ合う。プレアデスのトレーナーは2人のにらみ合いを酒のつまみとばかりに呷る。

 

「もしアグネスデジタルが出走していたら、どんなレースになってだろうな」

「それは少しだけ考えた頃がある。トレーナーならどんな作戦を立てますか?」

 

 スピカのトレーナーの何気ない言葉に東条トレーナーは反応し問いかける。

 以前から勝負師としての一面について高く評価し、どんな作戦や奇襲をしかけるか興味があった。

 

「そう言われてもな、今回のWDTターフについては調べとらんし枠も決まっとらんし当日のバ場も分からん。それにパドックを見て作戦のインスピレーションが降りることもあるかなら。何とも言えん」

 

 東条トレーナーはプレアデスのトレーナーの言葉に肩を落とす。

 確かに枠順やバ場状態が分からない状態では作戦の立てようが無いが、何か驚くアイディアを期待していた。

 

「ではダートプライドはどうですか?勝算は有るのですか?」

 

 東条トレーナーは質問を変える。ダートプライドならデジタルが地方に移籍したといえど当事者のようなものだ。

 調べ尽くして何かしらの勝ち筋を見出しているだろう。そして純粋にどのような勝算が有るか興味があった。

 プレアデスのトレーナーは間を取るようにグラスにある残りの酒を一気に飲み干す。グラスと氷が当りカランという音が響く。

 

「ダートプライドは別に勝ちを目指していないからな。デジタルが全ての力を発揮して少しでも本懐が達成できるようにと指示を出した。もしかしたら奇策や奇襲の類で相手の力を出させずに勝つ方法が有ったかもしれんが、それをやったらトレーナー辞めるわ」

 

 東条トレーナーは僅かに目を見開きプレアデストのレーナーを見つめる。

 テイエムオペラオーとメイショウドトウを撫で切った天皇賞秋、大外一気で相手の長所を封じこめ虚をつき勝利をもぎ取り、その光景が強く印象に残っていた。

 トレーナーであり勝負師でもある。それがプレアデスのトレーナーに持っている印象だっただけに、相手の力を封じ込める方法を探さないという発言は意外であった。

 

「逆に聞くがデジタルが勝つと思うか?」

「正直厳しいと思います」

 

 プレアデスのトレーナーの問いにスピカのトレーナーは即答する。

 ドバイワールドカップでデジタルとサキーの走りを現地で見ていた。ラスト100メートルでの差し切り、思い出しただけで身震いする。

 あれが世界の頂点の力、デジタルは常識外れのウマ娘であり期待感は有るが、世界の頂点に届くイメージが湧かなかった。東条トレーナーも同意するように無意識に頷いていた。

 

「ですが、それは昨日までの感想です。今日のアグネスデジタルの走りを見て、何かしてくれると思いました」

 

 模擬レース1本目の差し切り、あの時のデジタルを見てドバイの時のサキーを想起した。あの走りが出来ればサキー達に勝てるかもしれない。

 

「東条君はどう思う?」

「私も同意見です」

 

 東条トレーナーも模擬レースを見てスピカのトレーナーと同じ気持ちを抱いていた。明確なデータを提示して勝算を説明できないが、何かやってくれるという期待感を抱いていた。

 

「そうか」

 

 プレアデスのトレーナーは安堵の表情を浮かべる。デジタルの走りを見てサキー達と充分にやれると考えていた。

 だが自分の考えは楽観的観測にすぎない可能性が有ると同意を求めるように質問していた。トレーナーが恐れていたのは勝てないことではなく、サキー達についていけず全てを感じられないことだった。

 

「2人はチームのウマ娘が怖くなることはあるか?」

「怖いですか?」

「理解を超えるというか、未知への恐怖みたいなもんや」

「無いですね。ゴルシは何考えているか分からないですが怖いと思ったことはありません。それに想定を超えて成長してくれた時は恐怖より喜びが大きいです」

「私もメンバーについては把握している自負がありますので、未知への恐怖はありません」

「そうか」

 

 プレアデスのトレーナーは確認するように呟くと酒を呷り思考に拭ける。その重々しい雰囲気を察し、スピカのトレーナーと東条トレーナーは2人で会話を続ける。

 今日のデジタルの走りに末恐ろしさを覚えていた。走りのキレもそうだがトリップ走法の内容もそうだった

 デジタルは模擬レースの1本目で5人分のイメージを構築しながら直線の僅かな時間でスピカメンバーを5感で感じ相手の心理状態まで予測していた。

 心理状態の予測はデジタルの妄想という可能性が有るが、恐らくある程度合っているだろう。

 

 レースは全力で走りながら相手を観察し、レースの流れを見て動き仕掛どころを瞬時に判断しなければ勝てない。身体だけではなく脳も酷使する過酷なスポーツだ。時にはゴール直後に力尽きて倒れる者も居る。

 そしてデジタルは勝つための判断は放棄していたが、5人の精巧なイメージを構築すると同時に直線で抜き去る短時間でスピカのメンバーの姿や息遣いや匂いなどの膨大な情報を5感全てで脳に刻み込み、さらに相手の精神状態まで予測した。それは普通にレースに勝つために思考をめぐらすより脳を酷使する。

 大概のウマ娘なら脳が酷使を恐れてブレーキを踏む。だが脳内麻薬の快楽物質の効果で脳は快楽を求め、脳を酷使し体の限界以上の力を引き出してしまう。

 トレーナーはトレーニングの後にかかりつけの病院に行き精密な検査し、結果特に異状が見られなかった。だが全く安心できなかった。

 

 本番では今日の模擬レース以上に出走メンバーを感じる為に限界を超え、感覚を研ぎ澄ませるだろう。

 身体と脳を酷使すればするだけ危険領域に踏み入れ故障する可能性が増える。そして躊躇せずに、いやブレーキの存在を知らないかのごとくアクセルを踏み続けて危険連領域に突入するだろう。

 だがこのレースに懸ける想いを考えれば仮定の話で止めることはできない。もし止めれば後悔を抱え続けながら生きていくことになる。

 プレアデスのトレーナーはバーテンダーに酒を注文すると不安を断ち切るように一気に飲み干した。

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