勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と隠しダンジョン#13

「ではこちらがパスになります。会場に居る際は首からぶら下げるなどして、見えるようにしておいてください」

 

 プレアデスのトレーナーは氏名と職業を紙面に記載し、受付から貰った入場許可証を首にぶら下げ会場に入る。

 トレーナーも所属ウマ娘を数々のGIに出走させ、何度も前々日会見に参加していた。そして今日行われるダートプライド前々日会見は今まで来たどの会場より豪華であり、力の入れ具合がうかがえる。

 トレーナーは関係者席に移動し辺りを見渡す。記者席にはスポーツ紙や新聞各社にテレビ夕日など腕章を付け、日本の各種マスコミが来ている。マスコミ達は其々が会見前に入念な打ち合わせをし、どこか忙しない。

 それはタイムスケジュールの問題にあった。ダートプライドの前々日会見の数時間後にウインタードリームトロフィーターフの前々日会見が行われる。幸い会場はここから近く終了予定時間から出発しても十分に間に合う距離にある。

 だが各社もレース関係に割り当てられる人数が少ないのか、ダートプライドからウインタードリームトロフィーの取材をハシゴする記者が多く、仕事量の多さと同じ日に記者会見をするダートプライド運営に愚痴を漏らしていた。

 さらに外国人らしき人物が腕章を巻き、そこには海外のニュースでよく見かける社名が書かれている。海外のマスコミも多数来ているのが分かる。比率としては半々ぐらいであった。

 この比率はブロワイエが参戦したジャパンカップでも無く、日本で行われるレースでは類を見ないものであり、いかに世界から注目されているか分かる。

 しばらくすると会場が暗転すると日本人と外人の司会進行が壇上に上がりスポットライトが当る。

 

「皆さま長らくお待たせしました。これよりダートプライド前々日会見を開始したいと思います。では出走ウマ娘の方々に登場してもらいます。まずはこのウマ娘からです。東北の皇帝ヒガシノコウテイ選手」

 

 司会は日本語と英語で喋るとともに後ろのパネルでは紹介VTRのようなものが流れ、場を盛り上げるBGMが流れる。

 この会見は世界中にネット中継され、見ている者を少しでも楽しませようという演出である。

 トレーナーはやることが派手だなと思いながら壇上にあがるヒガシノコウテイに目を向ける。

 白のロングドレスを身に纏ったヒガシノコウテイが壇上に上がると一斉にフラッシュが焚かれる。その光と会場の規模と人数に驚きながらも、会場の面々に一礼する。

 

「続いては南関東の求道者、セイシンフブキ選手です」

 

 セイシンフブキは黒のパーティースーツを身に纏う。ヒガシノコウテイと同じように一瞬会場の規模と人数に驚くが、直ぐに平静を取り戻し、特に会場の人間にアクションを見せることなく、堂々とした足取りで壇上に上がる。

 

「続いてはゴドルフィンの大器、ストリートクライ選手です」

 

 ストリートクライは勝負服の色である青を基調にした丈の長いタイプのドレスを身に纏う。その瞬間海外マスコミが居る場所からフラッシュが焚かれ、その眩しさに一瞬目を細めていた。

 

「続いては太陽のエース、サキー選手です」

 

 サキーも青を基調にした丈が短いワンピースタイプのドレスを身に纏い、太陽をモチーフにしたネックレスをかけていた。

 ストリートクライ以上のフラッシュが焚かれるが、目を細めることなく、良い写真が撮れるようにそれぞれのマスコミ達に視線を向けていた。

 

「続いてはアメリカの英雄、ティズナウ選手です」。

 

 次にティズナウが壇上に上がると日本のマスコミから声が上がる。彼女が身に着けているのはセイシンフブキらが纏っているような女性物のパーティースーツではなく男物のスーツ、色はディープピンクとド派手である。

 そして派手なファッションに存在を消さるどころか、さらに存在感を引き立たせ、投げキスをマスコミ達に向けながら壇上に上がる。

 

「続いては勇者、アグネスデジタル選手です」

 

 アグネスデジタルはGIの前々日会見で着る青と赤と黄色のドレスを身に纏っている。

 周りはティズナウの存在感に目を奪われて気づいていないが、トレーナーは出走ウマ娘に見惚れて締まりがない顔をしているのに気づく。相変わらずの様子に呆れながらも安心していた。

 

「ではこれより枠順抽選会を始めます。では最初にヒガシノコウテイ選手お願いします」

 

 ヒガシノコウテイは抽選ボックスに向いくじを引き、枠順を声に出すとともに会場の人間に見やすいように広げると、後ろにあるモニターに枠順が表示される。

 レースにおける枠順は重要な要素である。それは日本ダービーなどの18人立てのレースなどでは特に重要で、逃げウマ娘が外枠を引けば、先頭に立つためには内枠の逃げウマ娘より長い距離を走らなければならず、差しウマ娘が内枠を引けば他のウマ娘に包まれて直線で抜け出せない可能性がある。

 だがダートプライドは6人による少人数のレースであり、影響は少ない。

 だが少ないだけでゼロではなく、僅かな影響で勝負を左右することを知っている。其々はダービーに挑むウマ娘のように一喜一憂しないものも祈りながらくじを引く。

 そしてデジタルも別の意味で祈りながら引いていた。避けたいのは最内枠と大外枠、理由はそれ以外の枠ならスタート前に左右のウマ娘を感じられるからである。

 

1枠サキー

2枠ティズナウ

3枠ストリートクライ

4枠アグネスデジタル

5枠ヒガシノコウテイ

6枠セイシンフブキ

 

 デジタルはあからさまにガッツポーズするなか、他のウマ娘は感情を見せなかった。

 枠順が決定すると6名は設置されていたテーブルに座り、記者たちからの質疑応答に移る。司会が促し記者たちは一斉に手を挙げる。

 

「東スポです。ストリートクライ選手とサキー選手とティズナウ選手は日本では初めて走りますが、何か不安はあります?」

「日本のダートはドバイやアメリカのダートと違って、パワーが必要なコースですがしっかりと調整をして、ゴドルフィンの外厩で日本のダートでは何度も走りましたので問題ありません」

「私も問題ありません」

 

 サキーは流暢に、ストリートクライは必要最低限の言葉で記者の質問に答え、ティズナウにマイクが渡される。

 

「私はサンフランシスコのビーチで何度も走ったから問題ない。嘘だと思うなら今度ベイカービーチに来てみるといい、そこには溝が出来ているよ」

 

 ティズナウは軽口を叩き一部の記者たちは笑い声をあげる。その様子をセイシンフブキは明らかに不機嫌そうに見ていた。

 暫く質疑応答は続いていく。手を挙げる記者たちの数が減っていくなか、突如ティズナウが手を挙げる。その突然の行動に会場に居る人間はざわつき司会は動揺する。

 質疑応答で選手が手を挙げるなどことは今までに無かった。司会は無視するかあえて指名するかと迷うが、指名したほうが面白くなりそうだと判断した。

 

「日本のマスコミ諸君に質問が有る。何故日本はダートではなくサンドでレースをするんだい?これではアメリカのレースには勝てないぞ。それともサンドでやっているからアメリカで通用しないという言い訳を作っているのか?それではダメだ。どんなに無様に負けて現実を知る事になっても頂点に挑まなければ成長できない」

 

 通訳から翻訳される言葉を聞き、日本のマスコミは騒めく。無意識に発せられる上から目線の言葉、それが日本のマスコミを不快にさせていた。

 一方ティズナウは不快にさせる気持ちはサラサラなく、純粋なアドバイスのつもりであった。

 頂点であるアメリカに挑むには同じダートにするのが合理的であり、日本のダートで走ることは負けた時の言い訳であると捉えていた。

 するとセイシンフブキが青筋を立てながらマイクをとり、マスコミが答える前に喋る。

 

「天候を考えろ、雨が多い日本で水はけが悪くて雨に弱いアメリカの土なんて使えば、大半のレースが中止になる。それとも日本はダートのレースをするなってことか?あとアメリカの砂浜走ったぐらいで日本のダート対策してるつもりか?随分と舐めてんな」

 

 その声色は明らかに怒りが滲み出ていた。その無知さもそうだが、明らかに日本のダートを見下している感情が読み取れていた。

 

「なるほどその答えで納得しておこう。次の質問だ。セイシンフブキとヒガシノコウテイは何で地方というマイナーリーグで所属し、ダートというマイナーリーグで走るんだ?ヒガシノコウテイ、そうやって中央に所属していれば強くなれたという言い訳はやめるんだ。マイナーリーグのトップで居ることは心地よいかもしれないが、それではダメだ。ぬるま湯に浸り続ければ腐っていく。挑戦しなければ進歩は無いぞ」

 

 ヒガシノコウテイの眉が僅かに動く、ティズナウはそれに気づくことなく言葉を続ける。

 

「セイシンフブキもダートで走るレベルの低い者に勝って優越感に浸っていてはダメだ。より高いステージで挑み、強くなってアメリカのダートに挑んで来い。敗北を恐れず私に挑むガッツがあればやれるはずだ」

 

 セイシンフブキは思わず立ち上がり、ティズナウに敵意をぶつける。

 ダートは芝の2軍、地方は中央の2軍、それは公には口にしないが、日本のマスコミやレースファンが心のどこかで思っていたことだ。そのキーワードはある種のタブーであり、2人の感情を最も揺るがす言葉の1つだった。

 ティズナウはデジタルに視線を向けると話を続ける。

 

「そしてアグネスデジタル、何故BCクラシックに挑む前にアメリカで走らず、日本の南部杯というレースで走った?本気でBCクラシックに勝つつもりだったのなら、前哨戦とアメリカのレースを走るべきだ。1回もアメリカのダートで走らないでBCクラシックを勝つつもりだったのか?」

 

 ティズナウの声色はヒガシノコウテイとセイシンフブキに話しかける時と比べ明確に怒りの感情が帯びていた。

 レベルの高いアメリカのレースで走らず、日本のレースを選択することはとても許容できるものでなく、その行為はBCクラシックを侮辱する行為であると捉えていた。

 会場の緊張感は一気に高まる。日本のウマ娘達はティズナウの挑発的な言動にどう答えるか?記者たちは固唾を飲んで様子を見守る。そして最初にマイクを取ったのはアグネスデジタルだった。

 

「南部杯は走ったのはコウテイちゃんとフブキちゃんと約束したからだよ」

 

 デジタルはボソリと簡潔に答える。ドバイワールドカップに向けてトリップ走法の改良の一環で船橋と盛岡に訪れた際に南部杯を3人で走ると約束した。

 フェブラリーステークスの時に感じたのは恐怖だったが、今度は全てを受け止め感じて最高の体験ができると胸をときめかせていた。

 だが勝利中毒に侵されて無意識に2人を感じることでは無く、勝つことが目的になってしまっていた。これは消し去りたい失敗であり、そのせいか声が暗く落ち込んでいた。

 一方ティズナウは目を血走らせて睨みつける。BCクラシックに勝つことより約束を優先した。約束を守ることは人と正しいが、アメリカ至上主義であるティズナウにとっては間違っている行為だった。

 デジタルはティズナウの視線に気づく、その怒気に普通のウマ娘なら委縮するところだが、恍惚の笑みを浮かべていた。

 ウマ娘が向ける感情に置いて無関心以外は全て嬉しいものだった。侮蔑も怒りも呆れも全てを受け止めて快感に変えていた。

 その奇妙な光景に気づいた会場の人間達は不気味がるなか、ヒガシノコウテイが喋り始める。

 

「確かにティズナウさんの言う通りです。地方は中央より施設も人材もいなく、最初から所属を志す者はほとんどいなく、中央には入れなかった者が門を叩いて所属しているのが現状です。一般的にはマイナーリーグ扱いされたとしても仕方が有りません」

 

 地方に対する愛着と誇りを持ち、地方を侮辱されたからには怒りを露わにするかと予想していた。だがその声は驚くほど静かで落ち着いていて、その声は会場の緊張感を和らげていた。

 

「ですが、メイセイオペラ選手やアブクマポーロ選手は地方に在籍しながら中央の強豪ウマ娘に勝利し、GIも勝利しました。そして私も地方で強くなりこの場所に立っている。断言します。地方は中央のマイナーリーグではありません。中央の方法で強くなれなかった者が強くなれる、もう1つメジャーリーグです。ダートプライドに勝利しそれを証明します」

 

 喋り終わった瞬間、感嘆の声が上がる。大人しいヒガシノコウテイが啖呵を切った事とその発言によるものだった。

 地方はもう1つのメジャーリーグである。その言葉は会場や中継を見ている地方ファンや地方ウマ娘と境遇を重ねている者に響き、一切の迷いもなく言い切ったその姿に皇帝の風格を感じていた。するとセイシンフブキがタイミングを見計らって喋りだす。

 

「さっきから聞いてれば芝に挑戦しろだ?それじゃあダートが芝の下みてえじゃえねえか。何べんも言ってるが、そんなものは世間が決めた価値観だ。アタシはそんなこと欠片も思ってねえし、ダートは芝よりスゲエんだよ」

 

 会場の人間はあることに気づく、以前ならティズナウの発言を聞いたら即乱闘に発展していただろう。その言葉はまさしく逆鱗に触れるものだった。だが激情を迸らせながら、必死に怒りを抑えて成長を感じていた。

 

「それをダートプライドに勝って証明する。あと何でアメリカに挑まないのかって言ってたよな?それはお前らがお薬キメまくってるからだよ!ちゃんと薬は抜いてきたよな?ボロ負けして、BCクラシックで外敵に勝利したのがお薬のおかげでしたってバレないように気を付けな!」

 

 セイシンフブキ確かに成長した。それは我慢を覚えたのではなく、怒りを腕力ではなく言葉に変換することを覚えたに過ぎなかった。

 ティズナウは言葉を聞き思わず立ち上がりを睨みつける。セイシンフブキも全く目を逸らさず睨みつける。

 アメリカは他国比べると薬物の規制が緩く、他の国ではドーピング扱いの薬物も使用が許可されていた。

 日頃から効果が高い薬物を使って鍛えているアメリカのウマ娘と勝負するのは分が悪いと考える日本の関係者が多く、アメリカのレースに走らない理由の1つとなっていた。

 そしてダートプライドでは日本のルールで行われる、このままではメディカルチェックに引っかかるのは明白であり、ルールを聞いた直後から日ごろから使っている薬物は断ち、その結果メディカルチェックを無事に通過していた。

 

「あとティズナウとストリートクライはBCクラシックとBCマラソンのレイと勝ち鞍を賭けて、負けた方はレイを献上して勝ち鞍も公式記録から消すんだよな?消すっていうのはどれぐらい消すんだ?文字通り完全に消すのか?」

 

 セイシンフブキは会場が剣呑な空気に包まれているなか、唐突にストリートクライとティズナウに尋ねる。

 

「完全に消すことはできない。公式記録を消すことは不可能だ。出来ることは個人ができる範囲で消す事だ。例えば該当レースに勝ったと一切公言しない、雑誌のインタビューでプロフィールが載るが、該当レースの勝ち鞍を記載させないなどだな」

「記録の消し具合は個人の裁量ってことか」

「そうなる。しかし私が負ければ最大限に記録を消すことに努める。負けることはあり得ないがな」

 

 ティズナウが代表して問いに答える。その声色には侮辱された憎しみが未だに籠っていた。セイシンフブキは1つ深呼吸をした後に、覚悟を決めた表情を浮かべ言葉を紡ぐ。

 

「アタシもその賭けに参加する。賭けるのは南関4冠とかしわ記念のレイと勝ち鞍だ」

 

 その言葉にこの日1番に会場が騒めく。何故わざわざ首を突っ込む。ストリートクライとティズナウのレイと勝ち鞍を奪ってもセイシンフブキには何1つメリットが無い。

 様々な疑問が浮かび上がり、ティズナウも侮辱された怒りを忘れ、困惑していた。

 

「ティズナウはムカつくがBCクラシックに対する思いとか誇りは分かってるつもりだ。それを賭けるってレースに挑むってことは相当の覚悟で臨んでいる。アタシはこのレースに是が非でも勝ちたくてね。勝つためには退路を断たせてもらう」

 

 セイシンフブキはこの1戦でダートの未来に大きく関わると予感していた。

 もし勝てばファン達の目線を芝からダートに向けられる。それだけの規模とビッグネームが揃った。その為には自らもティズナウ達と同等の覚悟で挑まなければ勝てない。

 

「BCクラシックとブリーダーズカップのメインであるBCマラソンの価値とその勝ったレースと同等だと思っているのか?」

 

 ティズナウは苛ついた顔を浮かべながら問いかける。由緒あるBCクラシックと金とレーティングで集めたといえど、腐ってもブリーダーズカップのメインレースだったBCマラソン、この2つであるからこそ賭けは成立している。

 日本のよく分からないレースで天秤が釣り合うと思う考えは傲慢であり、アメリカを侮辱するものだった。

 その考えを見越したのか慌てるなとジェスチャーをしながら話を続ける。

 

「別にこのタイトルに思い入れは無いし、BCクラシックとかと価値が釣り合っているとは思っていない。アタシはこれらにダートウマ娘としての誇りや魂や意地とかダートに関する全ての感情や想いを賭ける」

 

 その言葉に地方に詳しい関係者は思わず息をのむ。言葉に出たダートウマ娘としての意地と誇りと魂、誰よりダートに情熱を燃やし誇りを抱いてきたことを知っている。

 そしてレイにダートに関する感情を全て賭けると言った。そうなるとレイの価値は途轍もなく重くなる。

 

「そして私も同じくセイシンフブキ選手と同じように賭けさせていただきます。賭けるレイと勝ち鞍は東京大賞典と南部杯です」

 

 ヒガシノコウテイの言葉に会場の騒めきが膨れ上がる。その行動は誰も予想できず、隣に居たセイシンフブキもマジマジと見つめる。

 

「南部杯と東京大賞典は中央から地方のタイトルを守ったという私の誇りです。特に南部杯は私の地元のGIレースで、岩手の皆と勝ち取った掛け替えのないものです。その想いはティズナウ選手のBCクラシックやセイシンフブキ選手のダートに懸ける想いに負けていないつもりです。受けていただけますか?」

 

 ヒガシノコウテイもセイシンフブキと同様にこのレースに是が否でも勝ちたかった。

 勝てば地方の力を世界に証明し、注目が向けられる。そうなればオグリブームと同様のブームを起せるかもしれない。その為には同様の覚悟で臨まなければ感じており、セイシンフブキの行動が切っ掛けとなり行動を起こした。

 2人の気迫と覚悟に気圧された会場の騒めきは静まっていく。そして静寂を打ち破るようにティズナウは大きく手を叩いた。

 

「素晴らしい!全てを懸けて私に挑む覚悟と決意!彼女達は偉大な挑戦者だ!日本のマスコミはドリームトロフィーターフで走るウマ娘では無く、彼女達を賞賛すべきだ!喜んで挑戦を受けよう。キミ達のレイは私の展示室に偉大なる挑戦者から勝ち取った物として、丁重に展示しよう。ヒガシノコウテイとセイシンフブキは負けて多くの物を失うだろう。だが世界一に挑んだ経験を糧に彼女達は這い上がり強くなるだろう。そして強くなりアメリカに挑み、BCクラシックに挑戦してくれ。私は2人の挑戦を歓迎する。皆2人に盛大な拍手を!」

 

 ティズナウは挑発された怒りを忘れ、高揚する感情を吐き出すように声高らかに叫ぶ。

 ヒガシノコウテイとセイシンフブキから恐怖や不安の感情を感じ取っていた。2人が賭ける物は自分と同等の物であり、それを失う恐怖や後悔も同等である。

 自身も尊大な態度で隠しながらもアメリカの誇りを失う恐怖に耐え、その感情を理解すると同時に尊敬の念を抱いていた。賞金に釣られた有象無象だと思っていたが、全てを懸けて挑む偉大なる挑戦者だった。

 そして会場の人間はティズナウに促されるように拍手を送る。これは促されてしたわけではなく、このレースは互いの全てを懸けた歴史に残るレースになり、歴史の目撃者になれるという興奮と期待を表現するものだった。

 これまでのレース前会見では見ないやり取りを目撃したことで、独特の熱を帯び始める。それに応えるようにサキーがマイクをとった。

 

「私は認識を改めなければなりません。このレースは末永く語り継がれるレースになると確信しました。このレースに勝つことは凱旋門賞に勝つのと同様の名誉であり、勝者は多くの人々に知れ渡るでしょう。私はこのレースに勝ちたい。それには相応の覚悟が必要です」

 

 サキーの言葉に次の展開が予想できたのか会場は一気に湧き上がる。だがそれに水を差すようにティズナウが割って入る。

 

「凱旋門賞を賭けるか?ドバイワールドカップか?キングジョージか?3つを賭けるか?ふざけるな。BCクラシックとBCマラソンとヒガシノコウテイとセイシンフブキが賭ける物に釣り合うと思うのか?」

 

 その発言に会場が何度目かのざわめきが起こる。世界4大タイトルの内3つを賭けても物足りない、その価値観は理解しづらいものだった。

 だがティズナウにとっては当然の条件だった。凱旋門賞とキングジョージはアメリカに劣るヨーロッパというマイナーリーグの芝のGIレース、ドバイはアメリカと同じダートだが金でメンバーを集めた成金レース、世間はどう思っているか知らないが、この3つのタイトルを合わせてもBCクラシックの価値とはまるで釣り合わない。

 

「これは世界4大タイトルのうちの3つという価値だけではありません。私には夢が有ります。世界の4大タイトルをとって業界の象徴となり、レースの魅力を世界中の人に伝え、1人でも多くのウマ娘と関係者を幸せにする。その夢まであと1歩のところまで来ました。そしてダートプライドに負けて勝ち鞍を記録から消されれば夢から一気に遠ざかります。この3つには私の夢が懸かっているのです」

 

 サキーは自分の不注意で怪我をしたことによりBCクラシックへの出走を断念した。あと一歩で業界の象徴になる道を自ら断った。そのことを心の底から後悔していた。

 自分が4大タイトルを取って業界の象徴になれないことで、多くのウマ娘と関係者が不幸にさせてしまうと思っていた。

 これ以上は僅かな寄り道をできず、勝ち鞍を奪われることは致命的な遅れとなる。ダートプライドに勝ち、今年の内に4大タイトルを一気に取る。

 それはサキーにとっては目標ではなく、もはやノルマだった。その為にはいくらでも犠牲を惜しまない覚悟を持っていた。

 

「いいだろう」

 

 ティズナウはぶっきらぼうに了承する。只の凱旋門賞には何も興味が無いが、夢が掛かっているのなら別だ。その想いはティズナウやヒガシノコウテイやセイシンフブキが懸けている気持ちと同等と判断していた。

 だが2人のように表立っては褒めない。アメリカから逃亡した軟弱者に変らず、他の国で走っているアメリカ出身のウマ娘より僅かにマシ程度の認識だった。

 

 そして抱いていた夢を打ち砕く、アメリカで走っていればBCクラシックに勝利する強さを身に着け、その夢を叶えられた可能性も有った。だがその可能性を自ら手放した。そのことに気づかせ心底後悔させる。

 会場の興味は自然に残り1人となったデジタルに向かう。5人は勝ち鞍とレイを賭けている。どうするか?会場の興味はその一点に向けられていた。

 だがデジタルはサキー達のやり取りを無我夢中で眺め、会場の人間の視線に全く気付いていなかった。数秒後さすがに気づいたのか、マイクを取り喋り始める。

 

「みんな良いね!それぞれの大切な物を賭けてレースに臨む。最高に輝いてるよ!思わず見とれちゃった!」

 

 己の全てを懸けてレースを走ると宣言するなか、緊張感に引きずられることなく、その様子を全力で見て楽しんでいた。

 そのマイペースぶりは張りつめていた会場の空気が弛緩させる。

 

「そんな皆をアタシは感じたい。そして皆と同じ舞台に立たないとダメみたい。だからアタシも賭けるね。賭けるのはマイルCS、南部杯、天皇賞秋、香港カップ、フェブラリーステークスのレイと勝ち鞍、あとはそのレースの思い出かな」

 

 デジタルは重苦しい空気を一切見せずあっけらかんと言い放つ。だが雰囲気とは裏腹に賭けているものは大きかった。今まで勝利したGI5レース、それを全て賭けると言った。一方思い出という言葉に一同は首をひねっていた。

 

「マイルCSはプレちゃんと一緒に走る3回目のレースで、絶対にGI取ってやるって意気込んでいて素敵だったな。今思えばアタシに負けたくないって思ってたのかな?直線を走るなか、皆が驚きながらも必死に食らいつく表情も尊かった。今思い出しただけでもたまらない!」

 

 一同の気を知らないと言わんばかりに思い出を語り始める。マイルCSの話が終わると南部杯から天皇賞秋と順に思い出を語り続ける。その独演会は5分間ほど続き、業を煮やしたティズナウが語気を荒らげながら結論を急ぐ。

 

「あっ、ゴメンね。本当ならあと1時間ぐらい喋られるんだけど、まあ結論から言うとアタシは負けたら、レイと勝ち鞍とこの大切な思い出を封印する。負けたら一生思い出さない」

 

 一同が言葉の意味を理解できずにいるなか、プレアデスのトレーナーは思わず席を立ち上がる。デジタルにとってレースを通してウマ娘を感じた記憶は何よりも重要であり、それは勝利より価値が有る。

 トレーナーは思わず声を出して提案を阻止しようとするが、寸前で言葉を飲み込む。

 デジタルは今までのダートプライドの出走ウマ娘を通して、自身も相応のものを賭ける覚悟で挑まなければ、あっと言う間に千切られてしまいレースを通してウマ娘を感じられないと悟ったのだ。

 軽い口調で言っているが、このわずかな間で恐ろしいほど深く思案して結論を出したのだろう。

 中央から去るという犠牲を払って、さらに犠牲を払わなければならないのか?いや、これほどまでの犠牲を払ってでも価値が有るということか。

 トレーナーには決断に口を出すことがとてもできなかった。

 

「アグネスデジタル、それは神に誓って言えるか?」

「勿論」

「いいだろう。仮にもアメリカ出身のウマ娘なら約束を破るという恥さらしな真似はしないだろう。他の者もそれでいいか?」

 

 ティズナウの言葉を皮切りに其々が了承する。賭けるレースの思い出の価値は分からなかった。だがその分からないものは自分達が賭けているものと同等の重さと価値が有ると察知していた。

 そしてティズナウはスタッフに3枚の紙を持ってこさせるとマスコミに見えるように掲げ喋る。

 

「これは誓約書だ、ストリートクライとの賭け用に作ったが5名にも書いてもらう。内容はさきほどセイシンフブキの質問に答えたものだ。それ以外のことは一切記載していなく、他の者が不利益を被ることはないと神に誓う」

 

 誓約書は英語、日本語、アラビア語で書かれ、ティズナウは会見の場でストリートクライに書かせ、証人として各マスコミに渡すつもりだった。5人は誓約書に名前を記載しティズナウに渡した。

 こうして出走ウマ娘全てがレイと勝ち鞍を賭けるという異常事態に発展した。

 負けた者が失う物があまりにも大きすぎる。普通のウマ娘ならこんなことはしない、GIでもないエキビションレースに何故そこまで賭けられる?会場に居る人間の大半は出走ウマ娘達の感情を理解できなかった。

 だが熱は確実に伝わっていた。このレースは確実に歴史に残る。一同が抱いていた予感が確信に変わっていた。

 

「え~っと、ではそろそろ会見終了時間が迫ってきましたので、それぞれ一言お願いします。」

 

 熱に当てられて呆けていた司会が正気を取り戻し、スケジュール通り進行を始め、ヒガシノコウテイから話し始める。

 

「ダートプライドの前に各地方のレース場で地方ウマ娘によるレースが行われます。よろしければ足を運んでください。初めて見る方はレベルが低い、施設が豪華ではないと思うかもしれません。それでもレースを走るウマ娘は己の存在を証明しよう、勝って地方からなり上がろう、様々な想いを抱きながら走っています。その熱は中央より負けていないと自負しています。そして地方に携わる全ての関係者はお客様を楽しませようと様々な創意工夫をおこなっています。そのサービスの質も中央に劣っていないと自負しています」

 

 ヒガシノコウテイの脳裏には地方に関わる全ての人間の記憶が蘇る。レースを走るウマ娘、コースを整備する造園課、運営スタッフ、それら全ての人間の情熱はヒガシノコウテイの胸を熱くさせる。

 

「世間では私のことを地方の英雄と言ってくださる方がいらっしゃいます。ですがそれは違います。地元のレースで懸命に走り、ウイニングライブで工夫を凝らしお客様を盛り上げ、交流重賞で地方の誇りを守るために中央を迎え撃ち、そして地方の力を示す為に中央に挑んでいったウマ娘達、そして地方を盛り上げようと努力している関係者の方々、そんな地方を応援してくださるお客様すべてが地方の英雄なのです。そしてその英雄たちが築き上げ紡ぎ守り抜いてくれた文化の素晴らしさと強さを地方の代表として私が証明します。そしてその勝利は私のものではありません。地方の勝利です」

 

 喋り終わると一部の人間から拍手が起こる。地方で行わるレースについて言及し、勝利を自分では無く地方の勝利と言う。その献身性と奥ゆかしさは実にヒガシノコウテイらしかった。

 会見を見ている地方関係者の全ての気持ちが一致した。地方の代表はヒガシノコウテイだ。マイクはヒガシノコウテイからセイシンフブキに渡される。

 

「おいおい、コウテイさんはアタシも居るのに地方の代表を名乗るのか?」

「はい、私が地方の代表です」

 

 セイシンフブキは茶化すように喋り、ヒガシノコウテイは胸を張って断言する。その様子に会場から笑いが起きる。

 

「まあ、アタシにその資格はないからいいや。だったら日本ダート代表を名乗らせてもらう。これを見て何言ってんだって思っているダートウマ娘達、安心しろ、このレースに勝ってダート世界一としてマイルでも中距離でもスプリントでも挑戦を受けてやる」

 

 セイシンフブキは高らかに宣言する。ダート代表を名乗れる者に必要なものは強さであり、その強さを生み出すのはダートへの情熱と愛だ。そしてダートで一番強く情熱を懸けているのは自分であるという確固たる自信が有った。

 

「明日はドリームトロフィーターフが行われる。それを見た奴らはダートプライドも見てくれよ。そうすればダートと芝のどっちがスゲエか分かるからな」

 

 セイシンフブキはダートプライド以外に勝つ以外にも別の勝負を挑んでいた。それはドリームターフトロフィーとダートプライドのどちらが見ている者を惹きつけ心躍らせるかかの勝負である。

 以前なら芝が上という価値観から焦っていただろう。だが今は全くなかった。

 自分が居て、及ばないながらもダートを極めたヒガシノコウテイが居て、気に入らないながらも強いアグネスデジタルが居て、ティズナウやストリートクライやサキーというビッグネームが居る。外国勢の覚悟と強さは肌で感じ、情けない走りはしないという予感があった。

 ならば問題ない、この面子ならダートの素晴らしさを理解させられる最高のレースが出来る。

 

「そしてダートを志そうと思いながら、世間の評価が気になって芝を走ろうとしてる奴ら、安心しろ、明日でそんな評価がひっくり返って胸張ってダートに行けるようにさせてやるよ」

 

 セイシンフブキはマイクを置く、以前であれば最後の言葉は言わなかっただろう。

 様々な経験を通して、自分の為では無くダートを志す者の為に走るようになった。後に続く者の達を想っての言葉であり、それは紛れもなく日本のダート代表を名乗るのに相応しい姿だった。

 続いてストリートクライの番となる。他のウマ娘達がレイと勝ち鞍を賭ける話をしている最中も特に何も言わず、出走ウマ娘の中で最も心中を図れていなかった。

 

「私はドバイワールドカップで、サキーさんとアグネスデジタルに負けた。でもそれはキティが居なかったから。キティが私のスタッフになってからまだ負けていない」

 

 ストリートクライはキャサリロがいるほうに指を指す。一同視線はストリートクライが差した方向に集まり、キャサリロは視線を受け思わず目を伏せる。

 

「私は大したことないウマ娘、でもキティが居れば違う。過去現在未来において私達は最強だ。だからそれを証明する。このレースで5人に勝って、ドバイワールドカップでサキーさんとアグネスデジタルに勝って、キングジョージと凱旋門賞でもサキーさんに勝って、BCクラシックでティズナウに勝つ。それで文句が有るなら、日本だろうが、香港だろうが、オーストラリアだろうが、ダートだろうが、芝だろうが、マイルだろうが、スプリントだろうが長距離だろうが、全て勝つ」

 

 ストリートクライの言葉に有る者は失笑し、ある者は呆れていた。

 世界4大タイトルに勝利する事すら困難である。それをさらにスプリントやマイル、はてや長距離まで勝つ。これは子供すら言うのが憚れる夢、いや妄想ですら描かないだろう。

 今はレース体系が細分化され、それぞれの分野にスペシャリストがいる。異能の勇者と呼ばれたアグネスデジタルですら、ダートと芝、マイルと中距離の垣根しか超えられない。この発言は最早狂人の戯言だった。

 だが微塵も疑っていなかった。どんな相手でも勝ち続ければその偉業は讃えられ、ストリートクライを支え半身であるキャサリロというウマ娘は永遠に歴史に残る。これこそが究極の成り上がりであり、それに相応しいウマ娘であると信じていた。

 そのために勝ち続ける。ストリートクライの中には断固たる決意と情熱の炎が燃え上がっていた。

 次にサキーにマイクが渡される。

 

「まずはこの場を借りて、ダートプライドに関わってくださった地方ウマ娘協会、夕日テレビ、アメリカやUAEの関係者様全ての方にお礼申し上げます。そして同日にウインタードリームトロフィーターフが行われます。日本の強豪ウマ娘達が集結し、魂が揺さぶられるレースが行われます。明日は日本という地で最高のスポーツエンターテイメントが行われるでしょう」

 

 サキーは堂々とした口調で喋り始める。ダートプライドに出走する身でありながら興行相手であるドリームトロフィーを宣伝する。普通のウマ娘ならそんなことはしない。だがサキーの考えは違った。

 ダートプライドとドリームトロフィーは争う相手ではない、数あるパイを奪い合うのではなく互いが得するように助け合うべきだ。

 全てのウマ娘と関係者の幸福、それが行動原理であり、その為に身を削ってまで尽力してきた。

 だからこそ関係ないウインタードリームトロフィーターフについて宣伝し、中央のウマ娘にも幸せになってもらいと願っていた。

 

「そして会見を見ている方々にお願いが有ります。どうかこのレースことを周りの人々に教え、できるならばレース場に足を運んでください。誘うのが恥ずかしい、レースが好きなのを知られるのが嫌だと思うかもしれません。ですが勇気を持って踏み出してくれないでしょうか?東京レース場での行われる日本最高峰のレース、地方という素晴らしい文化が育まれたウマ娘達の熱戦は必ず心躍らせます。そしてダートプライドは歴史に残るレースになります。これを目撃しないのは人生の損失です」

 

 熱弁を振るい訴えかける。彼女の行動原理は全てのウマ娘と関係者の幸福、そしてもう1つあった。

 レースが地球上で最も素晴らしいエンターテイメントであり、魅力を知らない者は全て不幸である。レースを1人でも知ってもらうことである。

 その傲慢と呼べる思考によって幼い頃辛い目にあい、その考えはできるだけ奥底にしまっていた。だが今は奥にしまいこんだ感情が浮上し始めていた。

 その証拠に目撃しないのは人生の損失であると言った。その強い言葉は時には反感を買うことがある。それは身をもって知っていながら、1ファンとしてのダートプライドは伝説的なレースになり、見なければ損であるという感情が気持ちを高ぶらせ、普段では言わない言葉を言わせていた。

 そしてマイクはティズナウに渡る。

 

「まず日本国民とウマ娘に言っておこう。ウインタードリームトロフィーという前座を見た後はダートプライドを見るがいい。レースにおいて最も素晴らしく強いのはアメリカで、最も権威が有るBCクラシックに連覇した私が最高で最強のウマ娘であり、走るレースが最高のレースになる。そして見ることで目指すべきはヨーロッパでないことを学び、世界最高峰の舞台であるアメリカに挑戦するべきだ。それが強くなる最大の近道だ」

 

 ティズナウは日本という国に怒りは抱いていなく憐れんでいた。

 中央ウマ娘協会がヨーロッパの方が強く価値が有るという間違った価値観を植え付けたことで、ヨーロッパやドバイや香港に遠征することで挑戦した気になり、アメリカには挑戦しにこない。

 これでは一生弱小国のままである。セイシンフブキに他国から挑む不利を説かれても意見は全く変わらない

 

「そして全世界のアメリカ出身でありながら、海外で走るウマ娘達よ、刮目するが良い。強いウマ娘とは王者の魂を持った者だ。王者の魂とは勝つことではなく挑戦し続けることで得られる。アメリカのダートこそ世界最高のステージで有り、そこで走り続けることこそ挑戦だ。キミ達は海外で走る事を選んだことで王者の魂を得られる機会を永遠に逃した。ぬるま湯に逃げ込み、その先で勝利を重ねて得た強さが、真の王者の魂を得た者にとっていかに無力か、アグネスデジタルとサキーを破って証明する」

 

 ティズナウはサキーとアグネスデジタルに指をつき付ける。その瞬間大量のシャッター音とフラッシュが焚かれる。

 本来ならこの感情は胸に秘めておくつもりだったが、盛り上がるようにと敢えて口に出して、大げさなアクションをつけて演出していた。

 最後にティズナウからデジタルにマイクが渡される。

 

「ティズナウちゃん、サキーちゃん、ストリートクライちゃん、コウテイちゃん、フブキちゃんにお願いが有ります。ダートプライドでは最高に煌めいてね。皆と走って感じた記憶を脳に刻み込んで、死に際の走マ灯でも思い出すような最高の思い出にしたいから」

 

 その言葉は一見相手へのエールに聞こえるかもしれないが、そんな綺麗なものではなかった。相手を思いやる気持ちはサラサラ無く、100%自分の欲の為である。

 そして興奮する感情を必死に抑え込む。出走ウマ娘達の姿を間近で眺め、お互い感情と思想をさらけ出しぶつけ合った姿は大いにときめかした。

 少しでも気を抜けば、妄想の世界に没入し、目を血走らせ鼻血を出しだらしなく涎を垂らすという無様な姿を晒すだろう。

 

 デジタルのコメントが終わると簡単な記念撮影をおこない、前々日会見は終了した。

 

「テイちゃんお疲れ様」

 

 ヒガシノコウテイが控室に帰るとメイセイオペラが出迎え、ミネナルウォーターを渡す。メイセイオペラは緊張していたのか勢いよく飲むヒガシノコウテイの姿は見ながら、こみ上がってくる感情を必死に抑え込む。

 会見で堂々と受け答える姿はまさに地方の代表に相応しい姿だった。幼い頃後ろをくっついていた内気な少女がここまで立派に成長した。母親の心境はこのような感じなのだろうと違うことを考えながら、涙を堪える。

 

「ごめんね。勝手にレイを賭けて、でも……」

「分かってる。それにあのレイはテイちゃんの物だし、どう扱うのも自由だから」

 

 メイセイオペラは世界を相手にしたことがない、故にヒガシノコウテイの感情は完全に理解できないが、本人がここまでしなければ勝てないと考えたのなら、考えを支持する。

 明日のレースは大半のウマ娘が多くを失う潰しあいと化した。本当なら今すぐにでも出走を取り消しさせたい。だが軽はずみな行動では無く、熟考した結果であることは分かり、外野が口を出せる問題ではない。

 もし負ければ南部杯に勝利したことは公言できず、次第に記憶は風化していくだろう。それは勝ち取るために払った苦悩も後悔を徒労となることを意味する。余りにも残酷な結末だ。

 だが自分は忘れない。岩手のファンの為に全力で走った若き皇帝の姿は記憶に焼き付いている。そしてその姿を次世代に語り継ぐ。それが友人として1人のファンとして唯一出来ることだ。

 

「お疲れさまフブキ」

「めちゃくちゃシビれました!」

 

 セイシンフブキが控室に帰るとアブクマポーロとアジュディミツオーが出迎える。アジュディミツオーは興奮が抑えきれないと近づき、セイシンフブキはそれを邪険に扱う。

 

「ダートGI2勝程度でダート代表を名乗るなんて大きく出たね」

「いいじゃないっすか。勝ってば王者ですし、文句言う奴は片っ端から叩きつぶします」

「王者の鑑だね」

 

 セイシンフブキとアブクマポーロは軽口を叩き合い、お互い笑みを零している。だがアブクマポーロの表情が真顔になる。

 

「フブキ、命をかけるつもりで走るのはいいが、命はかけるな」

 

 セイシンフブキがダートに懸ける熱やエネルギーは凄まじい。人生の全てをダートに懸けていると言っても過言ではない。それをレイにダートに関する全ての感情と想いを賭けた。

 明日のレースはダートの素晴らしさを見せるために、己が賭けたダートへの感情と想いを守る為に文字通り死力を尽くすだろう。

 限界を軽々と超えて行きつく先は破滅だ。怪我による引退で済むならまだ良い。最悪力尽きたところに運悪く頭がラチなどにぶつかり……アブクマポーロの脳内では最悪の情景が鮮明に浮かんでいた。セイシンフブキは黙って頷く。

 

「師匠、パスポート取るのめんどくさいですよ」

「分かってるよ。東京大賞典でダート世界一決定戦だ」

 

 2人は元日の誓いを思い出しながら拳をぶつけ合った。

 

 

「1日に言ってたのはこのことか」

「うん」

 

 ストリートクライはキャサリロの言葉に頷く。1月1日に色々な国に行くことになると言っていた。レースは欧州やアメリカだけではなく世界各国で行われている。

 オーストラリアのメルボルンカップは長距離レースとしては世界最高峰のレースであり、香港スプリントではスプリントに特化した香港ウマ娘が多数出走し、その実力は欧州のスプリンターより強いという評価も有る。そうなると世界を飛び回らなければならない。

 

「しかしデカいこと言ったな。記者たちは目を丸くしてたぞ」

「私はそう思ってるから」

 

 キャサリロはストリートクライの瞳を見て身震いする。

 過去現在未来において最強のウマ娘、これ以上のビッグマウスは存在しないと思えるほどの大言だ、そしてストリートクライは一片の迷いもなく信じている。その狂信ともいえる純粋さに恐怖を覚えると同時に不安や葛藤が芽生える。自分はこの親友についていけるのか?何故そこまで信じきれる?

 だが刹那で不安を塗りつぶした。ストリートクライが自分の力を信じてくれるなら、自分もストリートクライの力を信じる。ダートでも芝でもスプリントでもマイルでも中距離でも長距離でも最強のウマ娘だ。2人なら不可能はない。

 互いが信じあい道を突き進む。でなければこの正気のさだとは思えない道のりは歩めない。少しでも信じきれなくなれば道は途絶える。

 

「クライ、私達は最強だ。過去現在未来においても最強のウマ娘だ」

「うん、私達は最強だ。過去現在未来においても最強のウマ娘」

 

 2人はお互いの額をつけあうほど近づき目標を呟く。それは互いが暗示をかけあっているようだった。

 

「サキー、お前がしたことが分かっているのか?」

 

 殿下は腕を組みながらサキーを睨みつける。その威圧感に取り巻きは息をのむ。

 本来ならティズナウとストリートクライのやりとりのはずだった。

 お互いが負けることを考えていなく、1着になられなかったことは想定せず細かい取り決めは決まっていなかった。

 ところがセイシンフブキやヒガシノコウテイがこの賭けに介入するという予定外の事態が発生した。これでレイと勝ち鞍を失う可能性が増えた。そしてサキーも介入し、残りのアグネスデジタルも介入した。その結果ストリートクライとサキーのどちらかはレイと勝ち鞍を失う事態に発展してしまった。

 仮にサキーが介入しなければ、勝つことでストリートクライのレイと勝ち鞍を守ることができた。自身もそのことに気づいていたはずだ。

 

「私が勝てばこの手でストリートクライの勝ち鞍を消すことになる。そのことは分かっていました。それでも私はこのレースに勝ちたい。勝って業界の象徴になるという夢の為には必要なことでした」

 

 サキーは殿下の威圧感に臆することなく言い切る。自分がレースに勝てばストリートクライが勝ち取った勲章を奪うことになる。それだけではない、セイシンフブキ、ヒガシノコウテイ、ティズナウ、それぞれが勝ち鞍に対する想いは充分に伝わっていた、なにより友人であるデジタルの勲章まで奪うことになる。

 賭けに介入しなければ自分が勝つことで他の5名のレイと勝ち鞍失うことは無く、一番被害が少ない。これが正しい方法だった。だがそれを分かっていながら賭けに介入した。

 全ては自分の為である。この勝負に勝つことでより業界の象徴としての高みに駆け上がれる。その為にこの賭けに介入しリスクを背負うことが必要だった。

 

「そうか、ならば勝て」

 

 殿下はそう言い放つと踵を返し会場を後にする。サキーは他のウマ娘の為に業界の為にと身を尽くしていた。だが初めてエゴをむき出しにした。その結果どう成長するか期待していた。

 このレースではゴドルフィンは少なくない被害を受ける。どちらかが勝つことでどちらかの夢を喰らう。その結果勝った者はさらに成長するだろう。そしてその者がゴドルフィンをさらなる高みに導いてくれるという予感を抱いていた。

 

「デジタル」

 

 プレアデスのトレーナーは会見が終わると声をかける。何を話すかは決めていないが思わず声をかけていた。大井の現トレーナーは無言でデジタルから離れて2人が話す場を作った。

 

「そうだ白ちゃん、雑誌でインタビュー受けたらトレーナーのプロフィールで指導した主なウマ娘の項目で何のGIに勝ったって載るでしょう。だからアタシが負けたら載せないでね」

 

 デジタルはいつも通りについでとばかりにトレーナーに頼む。自身の思い出を賭けることへの深刻さは全く感じられなかった。

 

「そういえばそうやな。しかしよく気づいたな」

「それは出来る限り記録を残さないようにしないとね。あと……」

 

 トレーナーはデジタルの眼前に手を伸ばし言葉を止める。ウマ娘の勲章はトレーナーの勲章でもあり、デジタルの記録を消すことはトレーナーの記録を消す事でもある。これは賭けごとで他人のチップを無断で借りてベッドするようなものだ。その事に気づき流石に悪いと思ったのだろう。

 だがダートプライドでウマ娘を感じる為に必要であれば喜んで応じるつもりであった。

 

「しかし大事になったな」

「そうかもね。まあ、皆と同じ舞台に立たなきゃ感じられないし、必要経費みたいなものだよ」

 

 トレーナーの胸中に必要経費という言葉が響き渡る。慣れ親しみ何人もの友人が居た中央から地方に移籍し、レイと勝ち鞍と思い出を賭ける。

 普通に考えれば何故そこまで犠牲を払わなければならないと思うところだが、必要経費とさも当然のように割り切っている。改めて感心すると思うと同時に末恐ろしさを感じていた。

 

「フンフン~フン♪」

 

 ティズナウは無意識にアメリカ国歌を口づさみながらスーツから私服に着替える。

 今日の会見は完全に予想外の流れになったが、良い意味で想定を超えていた。

まずはセイシンフブキとヒガシノコウテイが自分達の賭けに介入してきたことだ。

 会見前までは2人に対してそこまで興味が無かった。考えていたことはゴドルフィンのストリートクライとサキーとアメリカから逃げたアグネスデジタルを叩きつぶすことで、正直にいえば居ても居なくてもどちらでもいいぐらいのモブだった。

 だが2人はモブではなく全てを懸けて挑む偉大な挑戦者で有り、今まで走ってきたアメリカのウマ娘と同じく挑戦し続ける王者の魂を引き継がんとする者だ。

 そんな挑戦者と走ると心が躍ると同時に一段階高みに引き上げられていく。

  2人はレースで現実を知ることになるだろうが、挑戦する心は消して挫けないだろう。

 中には嘲笑する者が居るだろうが、それは真の挑戦を知らない者だ。彼女たちの魂は引き継がれいずれアメリカに牙を向く脅威になる。

 そしてもう1つの予想外はサキーとアグネスデジタルがレイと勝ち鞍を賭けたことだ。2人のレイと勝ち鞍にはそれぞれ夢と思い出が込められている。それは2人にとってレイと勝ち鞍より重要なものであることは分かった。

 実力差を思い知らせ無力感を味合わせれば満足していたがそれだけでは足りなかった。レースに勝ち大切な物を奪う。それがアメリカから逃げた軟弱者に相応しい末路であり、自身の怒りが収まる。

 明後日のレース後にストリートクライとサキーとアグネスデジタルが全てを奪われ無力感で地面に這い、日本の2人が挑戦し続けることで得た王者の力に感銘し見上げる姿を想像し、顔がにやけていた。

 

 こうして波乱に満ちた前々日会見は終了した。翌日の各スポーツ新聞の1面はWDTの記事では無く、ダートプライドの会見の記事になり、そのドラマのようなエンターテイメント性に溢れた様子は反響を呼び、より一層注目を集め期待感を煽らせた。

 

 そして2月2日日曜日、ダートプライド当日を迎えた。

 

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