勇者の記録(完結)   作:白井最強

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本編の遥か先の話です。



求道者への追憶

「6枠7番セイシンフブキ選手」

 

 東京の夏空に光輝くスポットライトを浴びながらセイシンフブキがパドックに現れ、その姿に観客達から大歓声があがる。

 

「頼むぞセイシンフブキ!お前の南関4冠を見に来たんだからな!」

「地方の意地を見せてくれ!」

「アブクマポーロの跡を継いで、地方を守ってくれ!」

 

 セイシンフブキはそれらの声に露骨に不機嫌さを露わにする。その敵意を察知したのか観客達の声は尻つぼみになっていく。

 アブクマポーロの跡を継ぐ?何故ダートを裏切ったカスの跡を継がなければならない。自分だけの目指す道がありそれを求めるだけだ。

 地方の意地を見せてくれ?勝手に地方に感情移入して気持ちが良い結末を見たいだけだろう。それだったらヒーローショーでも見ていろ。

 今日のレースはクラシック級で誰がダートで1番強いのか決めるレースだろう。地方だとか、アブクマポーロの後継者とか余計なことは考えず、ダートの走りだけを見ればいい。

 ダートこそ真の強者が走るレースだ。その素晴らしさは芝に劣っていない。いや勝っている。

 

「おい、客が声援を送ってるんだ。少しぐらい愛想を振りまいたらどう?」

 

 パドックの舞台裏に帰ると、大井のメイショウアームは初対面ながら苛立たしい様子を隠すことなく声をかけてくる。セイシンフブキは地方の英雄であるアブクマポーロを公然と批判し、大半の地方ウマ娘から嫌われていた。

 無視して通り過ぎるが、肩を掴まれて強引に振り向かされる。

 

「アンタのせいで地方のイメージが落ちるのよ!少しは周りのこと考えてよ」

「だったらお前はダートの事を考えろ。あと地方気にしてますよアピール止めろ」

「どういう意味?」

「お前の走りには芝で走りたいって未練がタラタラなんだよ。そんな奴が地方に愛着を持ってるわけないだろう。今日は勝負服着られてよかったな。それを思い出にしてさっさと引退しろ。お前はダートに相応しくない。消えろ」

 

「この!」

 

 メイショウアームは激昂し襟首を掴み、セイシンフブキも襟首を掴み一触即発となる。それを見た係員と地方のウマ娘は慌てて2人を引きはがす。他の地方ウマ娘はメイショウアームの傍により宥めるが、セイシンフブキの元には誰も寄らなかった。

 

「クソが!」

 

 セイシンフブキは舌打ちしながら地下バ道からコースに向かう。

 ダートプロフェッショナルが集まり、培った全てをぶつけるのがダートGIだ。だがこのレースにダートプロフェッショナルは1人も居ない。地方のウマ娘はメイショウアームと同じように芝で走りたかったという未練があることは走りを見れば分かる。

 そして中央勢も最初は芝で通用せず、ダートで通用したから走っているような奴ばかりだ。最初は芝で走ってもダートに真剣に向き合っている者も稀に居るが、例外ではない。

 特にカチドキリュウ、ダートOPに勝ちダートに本腰を入れると思ったが、芝のGⅢに勝ってから芝路線で走りNHKマイルと日本ダービーに惨敗しておめおめとダート路線に戻ってきた。そんな奴が居るだけでダートが穢れ価値が下がる。

 セイシンフブキ達は本バ場入場を済ませゲート入りする。思い通りいかせてやるものか、絶対に一泡吹かせてやる。地方ウマ娘達は敵意を向けてセイシンフブキがいるゲートに視線を送るが思わず目を背ける。

 全身から怒気を漲らせ、その怒気は出走ウマ娘全員に向けられていた。何でそんな親の仇のように怒っている?そこまで恨みを買われたようなことはしていないはずだ。

 

 理不尽で理解不能な怒り、その怒気に当てられたせいか悪寒が過る。

 

『枠入り完了して……スタートしました。中央のカチドキリュウ少し出遅れた。そしてハナを切るのは史上初無敗の3冠ウマ娘セイシンフブキがいきます』

 

 セイシンフブキが先頭に立った瞬間、全てのウマ娘の勝つチャンスは潰えた。ゆったりとした流れから徐々にペースを上げて後続の足を使わせていき、第4コーナーを迎え後続との差を広げていく。

 

『残り200メートル、先頭はセイシンフブキだ。後ろをチラリと見る。2番手カチドキリュウ、内を通ってメイショウアーム。東京の真夏の夜にブリザード圧勝!』

 

 逃げながらレースの上がり最速、着差は小さいが明らかに余裕を残した走りだった。

 とんでもなく恐ろしいウマ娘が出てきた。地方のファンはその走りの凄まじさに寒気を覚えるとともに将来の活躍を確信していた。

 セイシンフブキはゴール板を過ぎると息を乱さないまま、疲労のせいで膝に手を置き項垂れるカチドキリュウの元に向かい耳元で呟く。

 

「酷え走りだな。初めての大井ってことを考えても最低だった。日本ダービーに出走した私ならダートのダービーぐらい楽勝だわってか。もう2度とダート走るな」

 

 カチドキリュウは殺気にも似た敵意をぶつけられその場にへたり込む。日本ダービーでは17着の惨敗で、今日のジャパンダートダービーもウイニングライブ圏内の3着だったが惨敗だ。まるで勝てる気がしない。

 セイシンフブキとはレースに掛ける意気込みも技術も何もかもが違っていた。正直ダートならもしかしたらと思っていたが、その心は完全にへし折られていた。

 その様子を冷酷な目で見下ろす。ダートプロフェッショナルが競い合うのがGIレースだ、だが集まるのはこんな半端者ばかりだ。自分の活躍で理想とする未来を作り上げる。決意を新たにして地下バ道に向かう。

 

「お疲れ様でした。お話よろしいですか?」

 

 レースやウイニングライブが終わり、帰路に就く途中に記者たちに捕まった。

 セイシンフブキは反射的に記者に凄む。只でさえ胸糞悪いウマ娘と走り、ダートレースが低レベルだと思われて機嫌が悪いなか声をかけてきた。

 無視するつもりだったが、後ろにいる船橋ウマ娘協会の人間がインタビューを受けろと睨みつけながら無言のメッセージを送ってくる。

 これ以上問題を起せば出走停止処分を与えると釘を刺されていたので仕方が無くインタビューを受けることにした。

 

「史上初の無敗の南関東4冠達成ですが、今の心境は」

「まあ、今のアタシと周りのダートウマ娘を見れば当然じゃないっすか」

 

 記者たちはそのビッグマウスにお~と感嘆の声をあげる。これはビッグマウスではなく、無敗の南関東4冠は当然の結果だった。

 

「次の出走予定は?ダービーグランプリですか?」

「クラシック級にマシなダートウマ娘はいないんで、もういい。日本テレビ盃に勝って、JBCクラシックに出走かな。シニア級ならマシなダートウマ娘も居るだろ」

「なるほど。他にはセントライト記念からの菊花賞はどうでしょうか?」

 

 若い女性記者が発した菊花賞という言葉を聞いた瞬間に体から怒気が吹き出す。それを感じ取っていないのか言葉を続ける。

 

「今日の走りは途轍もないスケールを感じました。ダートクラシック級で敵無しを証明したのであれば、今度は芝に挑戦してみるのはどうでしょうか?地方在籍での中央クラシック制覇、これは地方ファンの夢であり皆が期待……」

 

 女性記者は最後まで喋りきることはできなかった。セイシンフブキが女性記者の頬を掴み強制的に口を噤ます。その体は吊るされていた。

 

「挑戦?何で芝のゴボウと走らなきゃいけねんだ!それにダートを芝の下に見てんじゃねえよ!あと走りにスケールを感じたとか抜かしてたよな?どこをどう見たら芝で走ろうって選択肢が出てくるんだ!どう見てもダート特化の走りだろうが!お前の目は節穴か!?今すぐくり抜いてやるよ」

 

 セイシンフブキは空いた手の人指し指と中指を突き立て女性記者の目に近づける。

 

 

───

 

「それからは協会の人間やウマ娘達でフブキを止めて大騒ぎさ、本来なら暴行事件だが幸運にも記者の人も申し訳なかったと穏便に済ましてくれた。だが協会の人間は怒り心頭で半年の謹慎処分。それがJBCに出なかった理由さ。あっそこの肉団子食べていいよ」

「はい、いただきます。でも師匠はその時期は怪我してたんじゃないっすか」

「無理すれば出走できた。けど謹慎期間だし万全を期して東京大賞典にしたんだよ」

 

 アジュディミツオーとセイシンフブキはアブクマポーロに言われたようにお玉で肉団子を掬い、他にも鍋にあるネギやニンジンなども自分の取り皿に移す。

 年末のある日、アブクマポーロから忘年会をしようという誘いが届く。

 セイシンフブキは面倒くさいと拒否しようとするが、アブクマポーロが直接出迎えられ忘年会に強制参加となり、今こうしてアブクマポーロの自宅でコタツに入りながら鍋を囲んでいた。

 

「でもその記者が悪いですよ。何で師匠の走りを見て菊花賞を走るなんて選択肢が出るかな。どう見てもダートプロフェッショナルの走りでしょう。アタシが言われたらこうですよ。こう」

 

 アジュディミツオーはシュシュと口で風切り音を鳴らしながら拳を宙に繰り出し、セイシンフブキがうるせえと横っ面にジャブを放つ。

 

「まあ、気持ちは分かるが手を出すのはいけないよ」

「なら大師匠ならどうします?」

「それはその女性記者に何故そう思えたのか問いただし、その意見はどこが間違っているか徹底的に教えるよ」

 

 アジュディミツオーとセイシンフブキは顔を顰める。理路整然と徹底的に完膚なきまでに芝に向いていないと説明するだろう。そうなったら自分の無学さを恥じて記者を辞めるかもしれない。

 

「しかし、聞く限りでもあの時のフブキは尖りまくってたみたいだね」

「まあ、若気の至りというか、でもムカつきません?碌にダートの走り方が出来ないくせに芝への未練タラタラなんですよ」

「まあ、その気持ちは分かる」

 

 アブクマポーロは頷く。現役時代はダートの地位はさらに低く、中央のウマ娘もモチベーションが低く、目に生気が宿っていない者も少なくなかった。

 

「しかし、碌にダートの走り方を知らないって言うが、私に言わせてもらえば当時のフブキなんて他の出走ウマ娘と大して変わらないよ。ほら、スタートしてからのここ。それは違うだろう」

「そうっすね。そこはもう少し踏み込みを強くすべきでした」

「そして第1コーナーのここ、下手だね」

「本当に、お恥ずかしい」

 

 アブクマポーロはノートパソコンを取り出すとセイシンフブキが勝ったジャパンダートダービーの映像を流し、それを肴にしながら鍋をつつく。アブクマポーロが指摘する度に苦笑し、次第には目を背け始める。

 一方アジュディミツオーはそれを呆然と眺める。画面に映る走りのどこが悪いのか全く分からなかった。

 

「ミツオー、明後日までにこのレースでアタシの走りのどこが悪いか箇条書きで書いて提出な」

「マジっすか。年末なんだからゆっくりしたいですよ。宿題増やさないでくださいって。それに分からないっすよ」

「なら私が手伝おう、答えは教えないがヒントぐらいは与えよう」

「アブクマさん甘やかさないでくださいよ。アタシの時はそんなことしてくれなかったじゃないっすか」

「孫弟子には甘くなるものさ、それにフブキには少しスパルタだったことを反省してるんだよ」

 

 アジュディミツオーは2人の和やかなやり取りに釣られるように笑みを浮かべる。一時期は絶縁状態だったとは信じられないほど仲が良い。

 鍋料理を食べ終わるとアブクマポーロとアジュディミツオーが後片付けを始め、台所で皿を洗う。すると2人の背後からセイシンフブキが手を叩き大笑いする声が聞こえてくる。

 

「プハハハ!下手クソ!」

 

 2人は何事かと皿洗いを中断しセイシンフブキの元に向かう。PCの画面にはウマ娘達のレースの様子が映っていた。

 

「何がそんなにオモシロイ……これ誰のデビュー戦ですか?」

「姐さんのデビュー戦だよ。あの1枠が姐さん」

「本当だ。なんか初々しいっすね」

 

 アブクマポーロはセイシンフブキの言葉を聞くと顔を紅潮させ、マウスを操作していた腕に掴みかかる。

 

「何でそんな映像が残っている。やめないか!そんなものを見ても何の利益にはならない。それよりメイセイオペラとの東京大賞典とかはどうだ?自分で言うのも何だがあれは上手く走れた。きっと2人の利益になる」

「その映像は見まくったから脳に焼き付いてます。やっぱり初心に帰らないと。ミツオー、姐さんを抑えておけ!課題はアタシのジャパンダートダービーのレポートじゃなくて、姐さんのデビュー戦だ。これならお前でも問題点を箇条書きできるぞ!優しい師匠でよかったな」

「分かりました!」

「やめるんだミツオー君、大師匠命令だ、今すぐ手を放すんだ」

「すみません。師匠の命令は絶対なんで」

「しばらく抑えておけ、うわ酷い、姐さんにもこんな時代が有ったのか。人は成長するもんっすね~」

「これは新手の拷問か?やめてくれ」

 

 セイシンフブキは意向返しといわんばかりにニヤついた笑みを浮かべながらデビュー戦の映像を流し、お笑い番組を見るように大笑いする。アブクマポーロは拘束されながらジタバタと身を悶えていた。

 

───

 

「夢か」

 

 セイシンフブキは1人呟き目を開ける。ジャパンダートダービーに、その映像を見て鍋をつついたダートプライド前の忘年会、随分と懐かしい記憶だ。

 ダートダービーはともかく忘年会など何気ない日常だが案外覚えているものだと記憶力に感心していた。

 目を開けてゆっくりと体を起こそうとするが体は上手く反応せず、想定より時間をかけながら布団から出て立ち上がり、身体の調子を確かめる。

 やせ細りしわついた手、白髪交じりの髪の毛、体中に纏わりつくほんの僅かな倦怠感、若い頃の記憶を思い出したせいか、今の肉体との差がより一層になる。

 セイシンフブキが現役引退してから長い年月が経ち齢70歳を迎えていた。今は息子夫婦の家に住み老後生活を送っていた。

 

「おばあちゃん無理しないでね。少しでも体調が悪くなったらすぐに電話して、すぐに来るから」

「わかってます」

 

 息子の嫁が心配そうに声を掛けながら水筒や帽子を受け取り外に出る。すると容赦ない熱気と日差しが襲い掛かり気力を削ぐ。

 暦は8月中旬、もっとも暑いと言われる時期の日中に老人が出かけるとなれば嫁も不安がるのも無理ない。

 だがこれはライフワークであり生き甲斐だ。額や背中に汗を浮かばせながら歩き始める。目的地は船橋トレセン学園だ。

 歩き始めてから10分後、到着すると正門を潜り抜けそのまま敷地内を歩き始め、船橋のウマ娘がトレーニングするコース前にあるベンチに腰を掛ける。

 セイシンフブキの日々の日課、それは船橋トレセン学園に所属しているウマ娘のトレーニングを眺めることだった。

 歳が経ってもダートへの興味は一向に衰えることはなかった。暇さえあれば日本や世界各地のダートレースを観戦する日々を送り、こうして後進の様子を眺めていた。

 本来であれば部外者は立ち入り禁止なのだが、ダート界に顔が利いているので顔パスで入っている。

 

「フブキおばあちゃん、こんにちは。今日は暑いから気を付けてね」

「ええ、そっちも暑いから気を付けてね」

 

 トレーニング場に集まってきたウマ娘達が次々に言葉を交わす。学園のウマ娘達もセイシンフブキの存在を認知り、名物おばあちゃんとして親しまれていた。

 談笑しながら準備運動するウマ娘を眺めているとセイシンフブキと同じ年代の老人がベンチに向かい横に座った。

 

「風邪は治ったのかミツオー?」

「はい、ばっちりです」

 

 アジュディミツオーは若かりし頃と変わらない人懐っこい笑顔を向ける。

 アジュディミツオーも現役を引退後、セイシンフブキと同じように娘夫婦の家で老後生活を送っていた。

 2人は現役引退後も連絡を交わし交友を深めていた。そして齢70近くになってもこうして肩を並べて同じ風景を見ている。もはや腐れ縁だなと思いながらもその縁に感謝していた。

 2人は最低限の言葉を交わしながらウマ娘達を眺める。現役時代と比べてトレーニングの質、ダートに対する理解度も格段に上がっていた。何よりも芝に対する劣等感もなく、ダートプロフェッショナルになるために船橋でトレーニングしているんだという誇りのようなものも見られた。

 

「しかし、老人2人がこうして飽きもせずトレーニングを眺めてるってボケ老人みたいっすね」

「まだボケてねえよ。それに全く飽きない。トレーナーは何を教えているのか?今のダートのトレンドは何なのか走りを見て推理するのが楽しい」

「ですよね」

 

 セイシンフブキはサラリと言い放ち、アジュディミツオーも静かに相槌を打つ。

 こうして好きなダートウマ娘がトレーニングする様子を穏やかに眺めている。なんと幸せなのだろうと2人は幸せを噛みしめる。暫くお互い無言で眺めていると、セイシンフブキが何気なく話す。

 

「そういえば懐かしい夢を見た」

「何の夢っすか?」

「ジャパンダートダービーの夢、そしてその映像を見ながらアタシとミツオーとアブクマ姐さんと鍋をつついた忘年会」

「忘年会?そんなのやりましたっけ?」

「まあ、やったんだよ」

「アブクマさんですか、そういえばもう半年か、早いですね」

「そうだな」

 

 2人はしみじみと呟く。今年の2月にアブクマポーロが死去した。長年ダート界に貢献してきたアブクマポーロの死は地方ウマ娘界やダート界に大きな衝撃を与え、告別式には多くの関係者やファンが駆け寄った。

 そして長年親交があったセイシンフブキとアジュディミツオーもショックが大きく、2人で集まり泣きながら夜を明かした。

 

「しかし、アタシ達が走ってた頃と大分変わったよな」

「そうっすね。ダートGIも大分増えましたし。クラシックだって賞金もポイントも芝とほぼ同じ。最初に芝走ってからダートに転向するウマ娘もほとんどいません。皆正真正銘のダートプロフェッショナルです」

「それに韓国とかこっちのダートみたいな砂で走っている国だと、こっちの東京大賞典に勝つのが一昔前の日本の凱旋門賞みたいな扱いになってるしな」

 

 2人は嬉々として自分達の時代との変化を語り合う。50年以上の月日が経ったことで劇的に変化した。だがその変化は自然発生したものでは決してない。

 現役を退いてもダートの事を考え、ダートの為に行動したアブクマポーロやアジュディミツオー、そしてセイシンフブキの成果であるという少しだけの自負があった。

 

「ダートの地位を芝と同等かそれ以上に上げる。その夢は叶ったかもな」

「ですね」

「もう死んでも後悔ないな」

「ですね。不謹慎ですけどダートに関してはマジで夢は叶いました。トゥルーエンドってやつです」

 

 トゥルーエンド、言い得て妙だがその通りだ。細かいことをいえばやりたいことはそれなりに有るが、ダートに関しては全ての夢が叶った。後はこの穏やかな日々が続くくらいか。

 その後もトレーニングを見ながら時折相談にくるウマ娘達にアドバイスを与える。気が付くとあっと言う間にウマ娘達はトレーニングを終えて、寮に帰宅していた。

 

「じゃあ、また明日な」

「はい、また明日」

 

 セイシンフブキはアジュディミツオーに別れを告げ、家路に就き眠りにつく

 

───

 

『最後はこの人!ダートに全てを捧げてきたダートの求道者セイシンフブキ!』

 

 セイシンフブキは実況アナウンスと観客の大歓声に意識が覚醒する。

 そこは地下バ道だった。この感じは大井レース場だ。そして体の変化に気が付く。皴の無い手に体中から活力が湧いてくる。これは現役時代におけるピークの体だ。それに現役時代の勝負服も身に纏っている。

 体は自然と動き地下バ道を抜けてコースに立つ。すると東京の夜空が目に映ると同時に耳をつんざくような大歓声が出迎え思わず耳を塞ぐ。

 この声量はスタンドの客だけの者じゃない、恐らくスタンド周りにも入れなかった客が映像を見て歓声をあげているのだろう。ダート人気が上がっているといえどこの盛り上がりは尋常じゃない。

 周りを見て状況を受け入れ始める。何故か現役時代の体に戻ってレースを走らなければならない。このゲートの位置からするに2000メートル、帝王賞や東京大賞典と同じ条件だ。

 

「フブキちゃん、久しぶり。今日はよろしくね」

 

 セイシンフブキは見知った顔を見て思わず胸を撫で下ろす。だが自分と同じようにアグネスデジタルも現役時代の姿になっていた。

 

「これは何のレースだ?」

「夢の第11レースだよ」

 

 その言葉を聞いて心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

 夢の11レース、

 

 歴代で最も強いと思うウマ娘を選ぶファン同士の遊びで有り、アブクマポーロやアジュディミツオーとダートにおける夢の11レースの出走メンバーは誰かとよく語り合ったものだ。

 セイシンフブキはアグネスデジタルの姿を今一度見つめる。生粋のダートウマ娘じゃないオールラウンダーだがその実力は折り紙付きだ。11レースに出走する資格は充分にある。

 

「フブキさんお久しぶりです。今日はよろしくお願いします」

 

 声を掛けられ後ろを振り向くと3人のウマ娘が居り、思わず笑みを浮かべる。

 

 岩手の皇帝 ヒガシノコウテイ

 岩手の英雄 メイセイオペラ

 岩手の怪物 トウケイニセイ

 

 3人ともダート界に歴に残る名選手だ。

 ヒガシノコウテイはアグネスデジタルと同じように何度も一緒に走っており実力は折り紙付き。メイセイオペラも尊敬するアブクマポーロと鎬を削ったライバル、その実力は一緒に走った事がないが充分に理解できる。

 そしてトウケイニセイ、時代に嫌われた悲劇の怪物、あと少し早く生まれていれば交流GIを何勝していたといわれ、岩手ウマ娘最強の呼び声高い。だが知っているのは衰えている時であり全盛期を知らない。

 夢の11レースに出走するということはバリバリの全盛期だろう。現役で走ったことないウマ娘と競い合える。これに心躍らないウマ娘は居ない。

 

「フブキ、どちらがダートプロフェッショナルか雌雄を決しようじゃないか」

 

 セイシンフブキは思わず目頭を押さえ涙を堪える。死んだはずのアブクマポーロが全盛期の姿で蘇っている。

 

「おやおや、泣くほど嬉しいのかい」

「当たり前っすよ。今日こそ師匠越えさせていただきます!」

 

 涙を拭いながら高らかに宣言する。かつて一緒に居た時はトレーニングで何度も千切られてきた。その末脚は心に刻まれていた。

 絶対にあり得ないと思いながらも何度も夢描いた全盛期のアブクマポーロとの対決。誰か何をしかた知らないが、この場に呼んでくれたことを心から感謝する。

 

「それはこっちのセリフです!師を超えるのが弟子の務め。恩返しをさせていただきます」

 

 アブクマポーロの影から出るようにアジュディミツオーが出てくる。その姿もデビュー前では無く、今日の老人でもなく現役全盛期の姿だ。

 アジュディミツオーはセイシンフブキの跡を継ぐように頭角を現し、多くのGIを勝利した。

 なかでも歴代ダート最強候補のカネヒキリとの叩き合いの末に勝利した帝王賞は今でもファンの間で語り継がれている。

 

「師匠越えって、東京大賞典で果たしたじゃねえか」

「あれはピークを過ぎてるんでノーカンっす。全盛期の師匠に勝ってこそ恩返しです」

「やってみろ」

 

 アジュディミツオーは満面の笑みを浮かべ拳を突き出し、セイシンフブキは不敵な笑みを浮かべて拳を付き合わせる。

 贔屓目無しでアジュディミツオーは歴代ダート最強に名を連ねるウマ娘に成長した。自分だったらどうレースをするか、アブクマポーロと同じぐらいに何度も夢描いていた。

 

「よう、アンタも呼ばれたか」

 

 セイシンフブキは目についた葦毛のウマ娘に声をかけメンチをきる。これも倒したいと夢描いていた相手だった。

 

「どうも」

「怪我をするのは本人の体質だししょうがない。だがたった2走物凄えパフォーマンスの走りをしただけで神格化されちゃ、残った奴らはたまらねえ。今日のレースに勝って伝説を終わらせてやるよ」

「それは無理。勝つのは私」

 

 葦毛のウマ娘も臆することなくセイシンフブキを睨みつける。彼女の名はウラガブラック、数奇な運命によってダートを走り歴代ダート最強の呼び声高いウマ娘である。

 ダートを走ったのは武蔵野ステークスとジャパンカップダート、だがその凄まじいパフォーマンスは多くの人の記憶に残る。

 そのパフォーマンスは認めるところである。もし当時のフェブラリーステークスに出走していれば負けていたかもしれない。だが多くの経験を積みフィジカルを鍛えた今なら負けるつもりはさらさらない。

 

「こんばんは~。ウマドルのファル子だよ。よろしくね」

 

 ツインテールのウマ娘が演技がかった声で挨拶してくる。スマートファルコン、現役時代では一緒に走ることのなかったウマ娘だった。

 最初のイメージは最悪だった。最初はダートで走り、芝のOPに勝ったから路線変更し皐月賞で惨敗して再びダートに戻る典型的な芝上がりのウマ娘、しかもダートは人気が無いからと愚痴を漏らしていたらしく。もしリアルタイムで知ったら殴りこんでいただろう。

 だが次第にダートウマ娘としての誇りを抱き始め、人気を上げるために様々な活動し、ダート界に貢献した。今では正真正銘のダートウマ娘と認めている。

 そして何より強い。その高速コーナーリングは歴代屈指であり、大井2000メートルのレコードホルダーだ。

 

「そしてアンタも来てるだなんて正直予想外だ」

「夢の11レースに私が呼ばれるなんて、すまない」

「いや、世間が何と言おうがダートの方が強い。資格は充分にありだ、オグリキャップ」

「ではよろしく頼む」

 

 オグリキャップは手を差し出しセイシンフブキはそれに応じ力いっぱい握る。オグリキャップも表情を変えず握り返す。

 

 幼い頃笠松レース場でオグリキャップが走る姿を見た。その時に受けた衝撃は今でも覚えている。

 この強さならダートの未来を変えてくれると信じたが、中央に移籍すると主戦場を芝に変更しダートを走ることはなかった。その時はダートから逃げたと泣き喚いたのを今でも覚えている。

 今この場で走れる。それだけ今までの憎しみがチャラになってお釣りがくる。

 他にもカネヒキリ、ホッコータルマエ、コパノリッキー、クリソベリル、ヴァーミリアン、ヴィクトワールピサ。そうそうたるメンバーが出走する。

 これは自分が選んだダート2000メートルにおける夢の11レースのメンバーそのものだった。

 きっとこれは夢だ、だが夢とは思えないほどリアリティーがある。

 今日の昼、アジュディミツオーにダートに関する夢は叶ったといったがあれは嘘だ。この夢の11レースに勝利して、自分がダート歴代最強であると証明する。

 

 闘争心が沸々と湧き上がって抑えきれない。老いてから感じなかったこの血沸き肉躍る感覚が心地良い。

 ダートを最も愛し全てを捧げ最も強いのはダートの求道者セイシンフブキだ!

 

『さあ!ダートファンが待ち焦がれた夢の第11レース!今…スタートしました!」

 

───

 8月18日 自宅の寝室にセイシンフブキの遺体が発見される。死因は心臓発作によるものと判明する。その表情は穏やかで眠るように息を引き取った。

 

───

 

『姐さん!いよいよっすね』

『ああ、ダートの求道者とダートの哲学者の力を見せつけようじゃないか!』

『テンション高いっすね!』

『それはそうだ。弟子と一緒にダートの本場で走れるんだからね。まあ本当は1着のフブキと2着のミツオー君が来るべきで、3着の私は来るべきではないだがね』

『あいつはまだこっちに来るのは早いっす。いずれ来ると思うんでその時に譲ればいいでしょう』

『それもそうだ。今はこの権利を享受するとしよう。おや出迎えが来てるね?』

『ようこそ世界ダート夢の11レースへ』

『サキーか、久しぶりだな。ここに来たってことは?』

『はい、セイシンフブキさんのすぐ後ですね』

『そうだったのか。それでレースに出るんだろ?』

『もちろん、世界4大タイトル制覇の夢は諦めてませんよ』

『そいつは楽しみだ。それで誰が出走するんだ?』

『ストリートクライも居ますよ』

『そっか、あいつもこっち来てたもんな。他には』

『シアトルスルー、セクレタリアト、アファームド、アーリダーなどレジェンドウマ娘が多数です』

『さすがアメリカ、早々たる面子だな』

『何ビビッてんっすか!アタシ達でワンツーフィニッシュでしょう』

『ツースリーフィニッシュです。1着は私です』

『言うじゃねえか』

『2人ともお喋りはそこまでにして、答えはレースで決めようじゃないか』

『そうですね。ではレース場で』

『ああ、レース場で』

 




8月18日にセイシンフブキのモデルであるトーシンブリザード号が死去しました。
この小説を書く前はトーシンブリザードの存在を知らず、フェブラリーステークスの話を書くために調べているうちに知りました。

調べていくうちに思入れが深くなり、北海道で実際に会って「モデルにしたウマ娘を出しますがよろしいでしょうか?」とお伺いをたてたりもしました(笑)

史上初の無敗の南関東4冠、4冠がかかったジャパンダートダービーは単勝倍率1.0倍。圧倒的な支持をうけながら完勝しました。

船橋競馬協会のホームページのトーシンブリザードの紹介文にも『2001年の春、中央競馬ではアグネスタキオンやクロフネ、ジャングルポケットといった3歳馬がターフを盛り上げていた。
しかし、「あの春の最強3歳馬は、トーシンブリザードだった」と、南関東ファンは今でも胸を張って言える」当時の地方ファンに与えたインパクトの大きさがわかります。

地方が持つロマンと幻想、それを持っていたのがトーシンブリザードだと思います。

この小説やデジタルの話を読んで、1人ででも多くの人がトーシンブリザードのことを知り、記憶にとどめてくれれば幸いです。

トーシンブリザード号のご冥福をお祈りいたします

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