勇者の記録   作:白井最強

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勇者パーティー魔都香港へ#3

『セイエイタイシ!セイエイタイシ!世界よ刮目せよ!これがセイエイタイシだ!』

 

香港国際競争第1レース香港スプリント。連勝記録を伸ばし続ける香港のセイエイタイシが世界各国から集まった快速スプリンターを完封。地元の英雄の圧勝劇に観客たちのボルテージは一気に高まり、割れんばかりの歓声が起こり勝者を称える声がレース場内に響き続ける。その音量は凄まじく地下にある関係者控え室にも届いていた。

 

「強いと思っていたがこれほどまでか、寒気がしたわ」

「これが世界ですか」

「これに勝てるウマ娘なんておるんか?」

 

椅子と机程度の最低限の用具しかない質素な控え室でトレーナー達はセイエイタイシの強さに畏敬の言葉を吐く。 控え室にはレース映像を映すモニターが設置されており、関係者もレースを見ることができた。

 

「さてと、地元の英雄さんが会場を温めてくれたしさらに盛り上げてくるか。いや、あたしが勝ったら盛り下がるか」

 

控え室にいたキンイロリョテイが椅子から立ち上がり獰猛な笑みを浮かべる。

この後はOPクラスのレースを挟みキンイロリョテイが出走する香港ヴァーズがおこなわれる。リョテイがパドックに向かおうとするがアグネスデジタルが制止した。

 

「ねえ、せっかくだから、みんなで円陣組もうよ。こういうのやってみたかったんだ」

「いいぜ、軍団対抗戦前みたいでテンション上がるぜ。やるぞジジイ」

「しょうがない」

「あたしもちょっと憧れていたのよね。あたし達もやりましょうトレーナー」

「何か学生に戻った気分です」

 

リョテイとプレストンとそのトレーナー達が次々と肩を掴み円陣を作る。デジタルのトレーナーも小っ恥ずかしいと嫌がっていたがデジタルが強引に腕を掴み輪に入れた。

 

「で誰が音頭取るんだ?」

「じゃあキンイロリョテイちゃんお願い」

「よし」

 

リョテイは了承すると鼻から大きく息を吸い声を張り上げた。

 

「あたし達の目的はヴァーズ、マイル、カップの三タテだ!ぶっちぎりで勝って香港の英雄さんの勝利なんて観客の頭から吹き飛ばしてやろうぜ!いくぞー!!

「「「「「おう!」」」」」

 

六人の声が控え室に反響する。有終の美を飾るため、自身の強さの証明と周りへの感謝を示すため、将来の夢と個人的嗜好のため、そしてパートナーの願いを叶えるためにそれぞれが勝利を目指す。そしてチームとして戦うという今までに味わったことのない体験と連帯感が皆を高揚させていた。

 

「デジタル、プレストン。あたしが後輩のために露払いしておいてやるよ。後に続けよ」

「うん。頑張ってね」

「期待しています」

「リョテイ、悔いだけは残すなよ。真っ白に燃え尽きてこい」

 

三人の言葉にリョテイは無言で腕を上げて答える。

香港ヴァーズ。キンイロリョテイ出陣。

 

 

 

『そして先頭はゴドルフィンのエクラールが先頭だ。後続から5バ身から6バ身のリードをとっている。そしてキンイロリョテイが集団から抜け出してきた、捕らえることがキンイロリョテイ?』

 

香港ヴァーズはエクラールに支配されていた。

道中は絶妙なペース配分でレースを引っ張り、3コーナーあたりからややペースを上げると、後続を引き離しにかかる。

不意打ちを受けた格好になった2番手以下もペースを上げるが4コーナーを回ったときには7~8バ身のリードをとっておりエクラールにとってはセーフティーリードだった。そして見ているものにもこの差がセーフティーリードであることがわかっており、実況の声にも悲壮感が漂っている。

 

「キンイロリョテイちゃん…」

「キンイロリョテイさん…」

 

デジタルとプレストンは祈るように名前を呟く、この差を差し切るのは相当厳しい。だがキンイロリョテイなら、日本ウマ娘界屈指の潜在能力を秘めているといわれるリョテイならやってくれるかもしれない。そんな期待を込めながら二人は再びキンイロリョテイの名を呟いた。

 

『キンイロリョテイも懸命に追う!残り200メートルを切ってその差は3バ身から2バ身!頑張れキンイロリョテイ!』

 

(これ、無理かもしれねえ…)

 

キンイロリョテイの心に諦めが去来する。キンイロリョテイは計算してレースを走るタイプではないが、50走という豊富なキャリアから自分のスピードと相手のスピードとリードを考えて差し切るのは無理であるという答えを無慈悲に出していた。

 

(結局最後も銀メダルかよ…あたしらしいと言えばらしいか)

 

その時エクラールと目線が合いその顔は笑っていた。レース中にウマ娘同士の視線が合うことは滅多にない。あるとすれば横に並んだときぐらいだ。だが何故前と後ろの位置で目線が合う?その答えは一つだった。

 

(てめえ勝った気でいやがるな!)

 

エクラールは勝利を確信していた。この差を詰められるはずがない。レースをすべてコントロールしての勝利は格別なものだった。そしてその余裕と優越感から敗者の姿を確認しようと思わず後ろを振り向いたのだった。だがその行動がリョテイの中に潜む爆弾に火をつけた。

 

「調子乗ってんじゃねえぞ!」

 

『先頭との差が2バ身、1バ身半、1バ身!』

 

リョテイは雄叫びをあげる。

すべてを燃やし尽くす!自分も知らない体中のすべての力を燃料にするかのような激走。そのブースターがついたような走りはエクラールとの差をみるみるうちに縮めていく。

そして迫り来るリョテイの足音を聞きエクラールの表情から笑みは消え失せていた。なんでそこから伸びる!?ありえない!?

 

エクラールも懸命に食い下がる。だが潜在能力をすべて開放したリョテイの末脚に対抗する力を持ち合わせていなかった。

 

『キンイロリョテイ差し切った!なんとあの絶望的な位置から差し切りました!何というウマ娘でしょう!長い旅路の終着点は金メダルだ!』

 

エクラールは肩をがっくり落とす。その表情は信じられないものを見てしまったという表情だった。そしてリョテイはエクラールに勝ち誇るように笑いながら吐き捨てた。

 

「ざまあみろ」

 

リョテイは立ち止まり周辺を見渡す。これがプレストンの言っていた1着の、GI1着の景色か。気のせいかいつもよりすべてが綺麗に見える。そして嬉しいという感情がマグマのようにこみ上げ体中を駆け巡る。それは心地よいものだった。

すると正装に身を包んだウマ娘がリョテイの元にやってきた。 香港ではレース直後歩きながら勝利インタビューをすることになっている。

 

『優勝おめでとうございます』

「あっ?何言ってるかわかんねえよ」

 

インタビュアーは全世界で放送していることもあり英語で喋る。だがリョテイには全く理解できず心地よさを味わっている最中に邪魔されただただ不快だった。それでもなお英語で喋るインタビュアーにだんだんとイライラしてきたリョテイはマイクを奪い取る。

 

「おい見たか!これがあたしの!日本ウマ娘界の実力だ!アイ、アム、ナンバーワン!」

 

リョテイは日本語で叫び人差し指を天高く突き上げた。

その瞬間観客席から耳がつんざくような歓声があがる。あの位置から差し切ったレース。そしてこのインタビュー。この破天荒さがシャティンレース場の観客の心を一気につかんだ。

 

「リョテイよくやったぞ!」

「やればできるじゃねえか…」

 

リョテイが意気揚々と引き揚げてくると日本人のファンが一斉にスタンド前に駆け寄り大歓声を上げる。中には涙をこぼしながら歓声を上げるファンもいた。

するとリョテイは突如勝負服を脱ぎだす。上着、ズボン、装飾品、レース用シューズなどを日本人ファンに投げ入れる。これはリョテイなりの応援してくれたファンへの感謝の気持ちをこめたプレゼントだった。ありとあらゆる物を投げ入れ気づけば装着しているのは下着だけだった。それでもリョテイは全く意に介することなく地下バ道に降りていく。

 

「ジジイ!ジジイやったぞ!金メダル取ってきたぞ!」

「ああ…よくやった…お前は世界一だよ…」

 

計量室でトレーナーを見つけたリョテイはいの一番駆け寄り抱きついた。トレーナーもその勢いと同じように強く抱きしめた。下着一丁のウマ娘と中年のトレーナーが熱い抱擁を交わしている。その光景は異質であった、普通なら戸惑う場面だが二人から溢れ出す感情を感じたギャラリーは祝福するように拍手を送った。

 

――――――――――――――――――――

 

「すごい!すごいよキンイロリョテイちゃん!」

「あそこから差し切るなんて!」

「だろ。あたしは凄えんだよ」

 

控え室に帰って来たリョテイにデジタルとプレストンが賛辞の言葉を送る。

信じられない!あんな位置から差し切るとは!あの位置はプレイヤー目線からしてまさに絶望的だった。だがリョテイはその絶望の壁をぶち破って勝利をもぎ取ったのだ!なんて精神力!なんて潜在能力か!リョテイのレースは二人の魂を揺さぶりボルテージを一気に高めた。

 

「さて、露払いはやっておいた。次はお前だ。気張れよプレストン」

「プレちゃんなら楽勝だよ」

 

リョテイは力強く、デジタルは優しくプレストンの背中を叩く。プレストンはそのエールに力強く頷いた。

 

「プレストン。君なら勝てます」

 

プレストンのトレーナーはエールを送る。その言葉は短く端的だったがその中には百の励ましの言葉が込められておりそれをプレストンはしっかりと感じ取っていた。

 

 

 

 

「はい、勝ってきます」

 

香港マイル エイシンプレストン出陣

 

 

 

『さあ四コーナー回ってエイシンプレストンは大外を回した。この位置取りは厳しいか』

「おいおい内つけよ。そんな大外ぶん回しちゃだめだろ」

 

キンイロリョテイが思わず愚痴をこぼす。勝つとしたらレースの流れに乗ってロスなく回り内を突くべきだ。だがリョテイの考えとは反対のプレストンは大外を回していた。そしてその考えはリョテイとデジタルのトレーナーも同じく思っていた。三人が不安そうに見つめるなかデジタルは平然とモニターを見つめている。

 

「デジタル随分余裕だな」

「不安じゃねえのかよ」

「プレちゃんならあそこからでも差し切れるよ。大丈夫大丈夫」

 

デジタルのトレーナーとリョテイの言葉に笑顔見せて答える。何故そこまで自信満々に答えられる。盲信かそれとも確信なのか、リョテイとトレーナーにはデジタルの心境を推し量れなかった。

 

『先頭はチャーミングシティだ、チャーミングシティが先頭だ。しかしそこにゴドルフィンのチャイナヴィジットが襲いかかる』

 

逃げ粘るチャーミングシティに青色がトレードカラーのゴドルフィンが猛然とせまる。脚色は完全にチャイナヴィジットが優っており抜き去ろうとした瞬間、さらに外から次元の違う脚で突っ込んでくるウマ娘が一人いた。

 

『外からエイシンプレストン!?エイシンプレストンだ!チャイナヴィジットを一気に抜き去った!』

 

残り150メートルで先頭に立つとそこからは独走だった。他のウマ娘も食い下がろうとするがそのスピードの前に抵抗すら許されない。最後50メートルは完全に流し自分の力を見せつけるように観客席に向かって派手なガッツポーズを決める。

 

二着との着差は4バ身。これが後の香港で最も有名な日本所属ウマ娘になるエイシンプレストンの衝撃のデビュー戦だった。

 

「おい、あいつこんなに強かったのかよ!」

「これは北さんも惚れ込むわけだ」

「こんなのが同期か、ダート走れてよかったなデジタル。ダート走れなかったら今後は路線が被って全部持っていかれるかもしれへんぞ」

「でしょ~!プレちゃんは本当に強いのだ!」

 

あまりの圧勝劇に言葉を失っている三人の前にデジタルは自慢げに笑みを見せる。

どうだ!あたしの友達は凄いんだ!もっと褒めろ!デジタルの表情はそう言いたげだった。

 

レースが終わりプレストンへのインタビューが始まるがレース場はいまだにザワザワついている。リョテイの勝利が熱狂ならプレストンの勝利は困惑だった。

リョテイのあの差し切りは凄まじかったが、あの世界トップレベルのファンタスティックライトに勝つポテンシャルを有しているリョテイならまだ分かる。

だがプレストンは何だ?追加招待で選ばれた脇役がゴドルフィンのウマ娘をぶち抜き、超一流のようなパフォーマンスを見せた。これほどのウマ娘がGI一勝しかしていないなんて、日本のレベルはどれだけ高いのだ。観客たちはただただ困惑していた。

 

『優勝おめでとうございます。物凄い末脚でしたね』

『ありがとうございます。後方で脚を上手く貯められました』

 

ウマ娘のインタビュアーの英語にプレストンも英語で答える。アメリカ生まれなだけあって流暢な英語だった。インタビューが進みインタビュアーから一言ありますかと聞かれ、プレストンは力強く答えた。

 

『レース場に来てくださった皆様。私がエイシンプレストン!是非この名前を覚えていてください!』

 

 

 

 

これは追加招待扱いにした香港ウマ娘協会、そして帯同ウマ娘と勘違いした名を知らぬウマ娘たち。覚えておけ、エイシンプレストンの名を。

最後の言葉は無名扱いした者達に対するささやかな恨みから出たものだった。

そしてプレストンはキンイロリョテイに倣うように指を二本天高く突き立てた

ざわめきが収まらないなかプレストンは胸を張りながら地下バ道をおり計量室に向かう。そしてそこにはプレストンのトレーナーの姿があった。

 

「お疲れさま。まあこれぐらいプレストンならできると思っていました」

「ありがとうございます。この度は色々とご迷惑をおかけしました」

「これだけぶっちぎって勝ったのだから多少は自信を持てたでしょう。これからが大変ですよ。今じゃアグネスデジタル以上に世界から注目されるウマ娘ですから」

「はい!」

 

プレストンは力強く返事をする、自分への自信のなさ、デジタル対しての嫉妬と劣等感、すべて見透かされていたのか。流石トレーナーだ。 でもこれで自信を持つことができた。そしてデジタルと肩を並べられたような気がする。

 

プレストンはこの勝利によって自分にまとわりついていた何かが取り除かれた気がした。 それはとても爽やかな気分だった

 

「さすがプレちゃん!信じてたよ!」

「ありがとう。これもデジタルのおかげね」

 

控え室に戻ったプレストンにデジタルはその胸に飛び込むように抱きつく。 あの時の強くてかっこいいプレストンが戻ってきた。それが堪らなく嬉しかった。

プレストンは胸に飛び込んできたデジタルの頭を優しく撫でていると、後ろからリョテイの手が迫り頭を乱暴に撫でる。

 

「すげえじゃねえか!あたしの舎弟にしてやるよ」

「キンイロリョテイさんにもご迷惑おかけしました。あと舎弟にはなりません」

 

手荒く労を労うリョテイに謝罪の言葉を述べながら舎弟入りはきっぱりと断る。 リョテイはその様子にニヤリと笑みを浮かべるとデジタルの方に向き話を切り出す

 

「さて、あたしがど派手に勝ち、プレストンもど派手に勝った。香港ジャックの計画は順調に進んでいる。そして最後の大とりだ!しくじるなよデジタル!」

「頑張ってね。デジタル」

「うん。ちょっとパドック行ってくる」

 

デジタルは二人の言葉にVサインで応じるとパドックに向かっていった。

 

シャティンレース場は異様な空気だった。

最初は香港の英雄による圧勝劇で幕を開けお祭り騒ぎになると思っていた。だが香港ヴァーズと香港マイルではゴドルフィンでもなくフランスやイギリスやアメリカでもない日本のウマ娘が素晴らしいパフォーマンスを見せて勝利する。この展開はレース場にいる誰ひとり予想していなかった。そして最後の締めをくくる香港カップに日本のウマ娘が出てくる。となれば注目されないわけがない。

 

パドックでデジタルに向けられる視線に含まれる期待感は日本では感じたことがないほど大きかった。デジタルもその視線の圧を感じていた。

 

香港ではパドックを終えたらすぐに地下バ道を通って本バ場入場が始まる。地下バ道に行くこの僅かな時間でトレーナーとウマ娘は最終確認をおこなう。

 

「作戦は昨日の打ち合わせ通りや」

「うん。わかった…」

「どうした?まさか緊張しているのか?」

「う~ん。ちょっとだけ不安かな」

 

デジタルは人差し指と親指で僅かな隙間を作るジェスチャーを見せる。

 

「キンイロリョテイちゃんとプレちゃんがあれだけ派手な勝ち方したから、あたしも派手な勝ち方しなきゃいけないでしょ。でも白ちゃんの作戦だと勝ち方が地味だから文句言われそうかな~って」

「なんやそんなこと心配しておったのか。香港カップは格が高い分マイルやヴァーズと比べてメンツのレベルが高い。だから勝つだけでも充分や。気にするな」

「へ~じゃあキンイロリョテイちゃんとプレちゃんには『弱メンツに派手に勝っただけで調子乗るな』って言ってたって伝えておくね」

 

「それは勘弁してくれ、エイシンプレストンはともかくキンイロリョテイに伝わったらマジでど突かれる」

「冗談冗談」

 

二人はおどけるような口調で喋り、示し合わせたように笑った。デジタルとトレーナーも周囲の期待と日本ウマ娘の連勝の勢いに乗って勝たなければならないというプレッシャーを程度の差はあれど感じていた。

 

「そういえば知っとるかデジタル?ヴァーズとマイルでの二着はゴドルフィンの所属で、トブーグもゴドルフィンや。きっと目の色変えてお前を負かしにくるぞ。」

「うん。名門ゴドルフィンがジャパニーズ相手に三タテされるわけにいかない!そんな感じの視線を向けてくるんだよね~。これであたしを注目してくれる。やっぱり一緒に走るんだったら意識してもらいたいのが乙女心だよね~」

「それに他のウマ娘もお前に注目している、モテモテやんけ。勝ってくれたキンイロリョテイとエイシンプレストンに礼言っておけよ」

「本当だね」

 

二人は引き続き軽口を叩き合う。だがそうすることでプレッシャーが薄れフワフワしていた感覚が地に足がついた感覚に変わっていた。そうしているうちに地下バ道入口まで着く。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「あっちょっと待て」

 

トレーナーは入口に向かうデジタルを呼び止めその手にものを握らせる。中には赤黄黒のトリコロールカラーのヘアピンがあった。

「香港で買ったヘアピンや。よかったらそれを着けて走ってくれ」

 

それはダンスパートナーのヘアピンだった。

ダンスパートナーが走ったクイーンエリザベスカップ。あの時は未熟で海外のことをわからずその結果は5着。だがダンスパートナーの実力は勝ったウマ娘に劣っていなかった。

 

 

 

 

負けたのはダンスパートナーではなく自分だ。だからこそせめて罪滅ぼしに負けた舞台と同じ距離のレースでダンスパートナーの私物だけでもゴール板を一着で通過して欲しい。それが願いだった。

だがこれでプレッシャーを感じてしまっては元も子もない、なので真意は伏せる。

 

「なに?香港カップ用のおしゃれアイテム?」

「まあ、そんなところや」

「白ちゃんにしてはセンス良いね」

 

デジタルは礼を述べて前髪にヘアピンを着ける。そしてトレーナーは関係者専用の観覧席に、デジタルは地下バ道に向かっていく。

 

(白ちゃんもセンチメンタルだよね~)

 

デジタルにはトレーナーの真意は筒抜けだった。一目見ただけであのヘアピンがダンスパートナーの物だとわかった。この計らいを知ったダンスパートナーはどんな反応を示すだろう。恥ずかしがるか?喜ぶか?だが嫌がることはないだろう。

どのウマ娘達も愛おしいく喜ぶ姿は見るのは至福である。たった数グラムの斤量でウマ娘の喜ぶ姿が見られるなら着ける以外の選択肢はない。

 

『各ウマ娘入場です』

 

入場してくるウマ娘を大歓声が出迎える。香港カップは香港国際競争の大とりのレースだけあって観客の歓声も一際大きい。

 

『ゴドルフィンの欧州ジュニアBクラスチャンピオン!惜敗が続くがこのレースを勝ち飛躍なるか?トブーグ』

 

トブーグの入場で一番の大歓声が上がる。観客席を一瞥するとブロンドヘアーを靡かせ返し運動をおこなう。トブーグはこのレースの一番人気である。ここ最近では勝てていないものもイギリスダービー3着、イギリスチャンピオンステークス2着が評価されてのものだった。日本ウマ娘躍進が続くなかでの一番人気、それだけ欧州のレースのレベルが高いという評価だった。

 

『地方ダート、中央芝の次は海外だ!テイエムオペラオーとメイショウドトウを撫で切った末脚は炸裂するか?二番人気アグネスデジタル!』

 

デジタルが入場するとトブーグに劣らないほどの歓声が上がる。デジタルは周りを見渡す。一方を眺めれば高層ビル群が立ち並び、一方を眺めれば山が見える。自然と人工物が交じり合う不思議なレース場だ。そして観客席を見渡し目当ての人物を見つけるとそちらに駆け寄った。

 

「デジ子~頑張れ~!」

 

スタンド前ではダンスパートナーが大声で応援している。そしてお手製の垂れ幕を手すりにかけている。

そこには「プレアデス魂!アグネスデジタル」と書かれており自分をデフォルメしたイラストも描かれていた。文字は毛筆で書いたように荒々しくデフォルメイラストとのギャップに思わず笑みをこぼす。するとダンスパートナーと目線があった。

その瞬間デジタルは装着したヘアピンを指さす、伝わっただろうか。そしてデジタルは返し運動に向かう。

 

 

全ウマ娘の入場が終わり全員はゲート前で準備運動をしながらゲート入りを待つ。するとトブーグがアグネスデジタルに話しかけてきた。

 

『ヘイ、あんたがアグネスデジタルか?』

『そうだよ。よろしくねトブーグちゃん』

『英語がわかるのか、丁度いい。私はマイルやヴァーズで負けたチームの三下とは違うからな。覚悟しておけ』

 

デジタルはトブーグの言葉にほんの少し不快感を表す。同じチームメイトを馬鹿にするのは好かない。 その態度をみたトブーグはデジタルを鼻で笑う。

 

『ファンタスティックライトに勝ったテイエムオペラオーとキンイロリョテイの両者に勝ったアグネスデジタルというから注目していたがあまちゃんだな。チームメイトは友達じゃない、ただの競争相手だ』

『そんなこと言っちゃだめだよ。ウマ娘ちゃんはみんな仲良くしなきゃ』

『私に勝てたら仲良しこよししてやるよ』

『あっ言ったね。じゃああたしが勝ったら仲良くするんだよ』

『ああ、無理だけどな』

 

トブーグは高笑いをあげながらゲートに入っていく。そしてデジタルもゲートに入っていく。

一緒に走るメンバーではトブーグを推していたが少しばかり評価を下げなければならない。プロポーションは日本で言えばタイキシャトルのような感じで素晴らしい。

だが心が荒んでいる。だがこういう跳ねっ返りを自分の友情パワー走りでレースに勝利し、その走りに感銘を受けたトブーグが改心する。そして自分のことをお姉さまと言って慕ってくれる。うん中々良いシュチュレーションだ。

 

デジタルは様々な妄想を巡らせる、これがデジタル流の集中力の高め方である。 そしてスターターの準備終わりゲートが開く。14人立てによる香港カップが始まった。

 

『さあゲートが開いて飛び出したのは…アグネスデジタルです。アグネスデジタル好スタート』

 

デジタルは誰よりも早く飛び出し先頭に立つ。だがトブーグがスピードを上げハナを主張しデジタルはそれに付き合わず先頭から3番手のポジションにつけた。

 

「おいおいおい、あいつの脚質は差しだろう。あんな前につけていいのか」

「デジタルは差しだけではなく先行もできます。現にダートでは先行で南部杯に勝っていますが……」

 

日本チーム控え室では思わぬ展開に騒めく。マイルチャンピオンシップや天皇賞秋では豪快な差し切り末脚の印象が強いデジタルがまさかの先行策。これは狙い通りなのか?

 

「どう思いますトレーナー?」

「アグネスデジタルほどのウマ娘ならある程度ゲートを出るタイミングを調整できます。後方待機しようとしたが間違ってゲート良く出てしまったということはないでしょう。これは意図的です」

「白が周囲の予想に反した行動を取るときは何かしら勝算がある場合だ」

 

プレストンの問いにトレーナー達が見解を述べる。そしてその見解は正しかった。

デジタルのトレーナーはデジタルに先行するように指示したのだ。理由は3つ

 

1つ目はバ場の性質。

シャティンのバ場は粘っちこく時計が掛かるバ場である。このようなバ場では天皇賞秋のように直線一気で差し切ることは難しい。

 

2つ目は走る相手

トレーナーは香港カップに出てくるウマ娘達を調べあげ、今回のウマ娘達に逃げの脚質はおらずレース展開はヨーロッパのように団子状態になることが予想する。そうなると前が有利で後ろは明らかに不利だった。

 

3つ目はコースの形状

シャティンレース場でおこなわれる2000メートルのレースはスタートからしてすぐに第一コーナーを迎える。すると遠心力で外に振られて距離ロスしてしまう。それを防ぐにはハナに立つ勢いで先行するか、早々に後方待機してゆっくりと回るかである。

 

この3つの理由から先行したほうが有利であると判断しデジタルに指示した。そしてこの先行策は思わぬ利点を生み出す。

デジタルは枠抽選で外枠を引く。トレーナーとしては内枠を引きたかったがそれは結果的に幸運だった。

リョテイとプレストンの活躍によりデジタルへの警戒度が想定以上に増していた。そのことによりデジタルを恐れ囲まれて身動きが取れなくなる危険性が増えていた。だが外側なら多少外を回せば囲まることはなく、逆に内枠だったら先行しても囲まれて身動きが取れなくなる可能性があった。

 

(アグネスデジタルが先行?差しじゃないのか?)

(うん、ここはトブーグちゃんの後ろ姿が見られる特等席だ。さあ、あたしにすべてを見せて)

 

トブーグは粘着質な視線を受け薄気味悪さを覚えながらも逃げを打つ。絶妙なペース配分でレースを引っ張り、スローペースの流れを作る。レースは特に動かず淡々と進んでいき4コーナーに入るところでデジタルは一気にとペースを上げ直線に入った際には先頭に躍り出た。

 

『先頭はアグネスデジタル!残り400メートルを押し切れるか!?』

 

全ウマ娘がスローペースによって貯められた末脚を解放する。全員がデジタルを目標に猛然と追い詰めるがデジタルとの差は一向に縮まらない。

残り300メートルをきりデジタルは一バ身のリードをキープする。このまま押しきれるか?デジタルを応援するものに希望が宿る。だがそれを打ち砕くようにトブーグがジワジワとデジタルとの差を縮め、そしてついにクビ差まで追い詰める。

 

『追いついたぞジャパニーズ。根性勝負だ。お前みたいなあまちゃんに負けない!』

『いいよ。あたしだってオペラオーちゃんとドトウちゃんの日本の一のど根性ウマ娘ちゃん達と一緒にトレーニングしたんだから』

 

デジタルが引き離しにかかるがトブーグも影のようにぴったりと離れない。まさに根性勝負といえるデッドヒートだった。

 

『辛いだろう?苦しいだろう?だがあたしは耐えられる!これがゴドルフィンの力だ!お前みたいな島国でぬくぬくしている奴とは鍛え方が違う!』

 

ゴドルフィンに所属しているという誇り、ゴドルフィンの厳しいトレーニングに耐え抜いた自信がトブーグに力を与える。並みのウマ娘ならとっくに心が折れるが歯を食いしばり懸命に耐える。その形相は鬼のようだった。

だがその差は縮まらない。トブーグは思わず並走しているデジタルに視線を向ける。そして驚きで目を見開く、デジタルは笑っていた。

 

何故笑っていられる!?

 

デジタルもトブーグのように苦しかった。だが苦しさより多幸感が優っていた。

汗の臭いは柑橘系のような爽やかで、弾む息遣いは少しハスキーボイスで胸をトキメかせ、躍動する肉体は興奮させる。そしてこの絶対に負けないというこの情念は体をゾクゾクさせる!トブーグのすべてがデジタルに幸福感を与えていた。

 

『残り100メートルでアグネスデジタル僅かに先頭!がんばれ!ゴールはもうすぐだ!』

 

デジタルは依然クビ差のリードを保っている。

もっと!もっと一緒に走りたい!だがデジタルの願望とは裏腹にゴール板は目前に迫っていた。楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまう。一抹の寂しさを覚えながらデジタルは最後の力を振り絞る。

 

「トブーグちゃんとの根性勝負楽しかったよ。また一緒に走ろうね」

 

デジタルは日本語で語りかける。無論トブーグには言葉の意味はわからない。だがその言葉は死刑宣告のように聞こえていた。

『アグネスデジタル香港カップ制覇!ヴァーズ、マイル、カップの三連勝!』

 

日本のウマ娘による香港国際競走3連勝

その歴史的偉業に日本の応援団から歓声が上がる。そしてそれが波紋のように広がりレース場の観客たちも次々に歓声を上げる。

そしてデジタルは日本チームの偉業を誇るように指3本を天高く突き上げた

 

『くそ……強い……』

 

勝ち誇りデジタルの後ろ姿を見つめながらトブーグは言葉を吐き捨てる。

デジタルとの差はクビ差か2分の1差といったところだろう。見ているものには逆転可能な僅差に見えるかもしれない、だが本人にはとてもそう思えなかった。

どこまで行っても追いつくことができない永遠の着差。こんな気分を味あわされたのはあのウマ娘と走った時以来だ。

 

そんなトブーグを尻目にデジタルの状態が落ち着いたのを見計らいインタビュアーが近づきインタビューが始まる。

デジタルは息を整えながらインタビューに応じた

 

『おめでとうございます。大変タフなレースでしたが』

「サンキュー」

『四コーナーを抜け出すスピードは素晴らしかったですね』

「あー、アイム…パワフル…フォースコーナー……ストレート……パワフル……」

 

レース上では勝者のアグネスデジタルがどんな言葉を語るか固唾を飲んで見守る。そして発せられた言葉は意味不明な英語だった。

 

 こいつは何を言っているんだ。予想外の出来事にレース場はざわついている。

 

『はい!素晴らしいレースでした!ありがとうございます。アグネスデジタル選手に今一度声援を!』

 

インタビュアーの言葉に促されるようにレース場の観客は再び歓声をデジタルに送った。

 

 

「何だよあのインタビュー!あたしの英語よりひでえな!何だよ」

「ねえ、何て言おうとしたの……」

 

香港国際競争の大とり、香港カップに勝利し控え室に凱旋するアグネスデジタルを迎えたのは笑い声だった。

キンイロリョテイはひとしきり大笑いした後デジタルのインタビューの様子を滑稽に演じる。

エイシンプレストンは必死に笑いを耐えようとするがリョテイのモノマネを見て我慢できずに吹き出してしまう。トレーナー達も同じように笑いを必死にこらえていた。

 

「う~違うの!あれはあたしの英語回路があの時だけいかれたの!本当ならペラペラなんだよ!」

「何だその言い訳!いかれているのはお前の頭だ!」

 

デジタルの言い訳を聞きリョテイはさらに笑い転げる。デジタルは恥ずかしいのか悔しいのか思わず地団駄を踏んだ。

インタビュアーの英語の質問に『はい四コーナーを回ったときには余力は充分にありましたのであのまま押し切れる自信はありました』と答えようとしていた。

 

だがいざ話そうとすると単語が全く頭に浮かび上がってこなかった。ヒヤリングはできるのに全く言葉が浮かび上がらない。それはデジタルにとって未知の体験だった。

それでもデジタルは懸命に英語で答えようとした結果が『アイム、パワフル、フォースコーナー』だったのだ。

インタビュアーもデジタルがアメリカ出身だったのでプレストンのように流暢な英語を話せると思っていたが、あまりに拙い英語だったのでインタビューにならないと早々に切り上げてしまった。

 

「いや~俺もモニターで見ていて唖然としたわ……これじゃあ将来トレーナーになっても海外のウマ娘は来ないな、なんたってアイム、パワフル、フォースコーナーやからな…そんな英語しか喋れないトレーナーには預けたくないわ」

「違うの!白ちゃんはあたしが英語喋れるって知っているでしょう!」

「そうなんかパワフルフォースコーナー」

「ううっ!プレちゃんも何とか言ってよ」

「そうなのパワフルフォースコーナー」

「プレちゃんまでひどい!」

 

デジタルはさらに地団駄を踏む。その姿は全員の笑いを誘い控え室には笑い声がいつまでも響き渡った。

 

 

レースが終了しある意味メインイベントといえるウイングライブが始まる。

ライブの順番もレースの順番と同じでスプリントに勝ったセイエイタイシのライブから始まった。

 

香港の英雄セイエイタイシの持ち歌はもはや香港の誰もが知っている曲であり、観客の完璧な合いの手とコールアンドレスポンスで大会史上一番の盛り上がりを見せた。

そして次はキンイロリョテイのライブがおこなわれ、ハードロックな曲は言語の壁を越えて会場を盛り上げる。

エイシンプレストンの持ち歌は典型的なJポップだが海外用にと英語で歌い上げる。インタビューと同様な流暢な英語で観客を満足させた。

最後にデジタルのライブが行われ自身の持ち歌をプレストン同様に英語で歌い上げる。今度は英語回路が正常に作動しちゃんと歌えることができた。インタビューの時とは別人のような英語に観客は誰しも驚いていた。

 

「いや~日本語で盛り上がるかとちょっと心配していたけど思った以上にノリが良くて盛り上がったな」

「はい、あたしもシャティンの雰囲気が好きになりました。また香港でウイ二ングライブしたいです」

「じゃあ来年も一緒に行こうよ」

「それもいいわね」

 

ウイニングライブが終わりジャージに着替えて意気揚々とホテルに引き揚げる。三人ともライブの手応えの良さに満足気な顔を浮かべていた。初めて聞く曲で本来なら好きでもない外人の曲のライブなど空気が冷め切ってもおかしくないはずなのに、観客たちは盛り上げようと勤めてくれた。

これがライブを盛り上げなければならないという勝者への敬意なのかわからない。だがその心遣いは三人に届いていた。

 

「プレちゃん、キンイロリョテイちゃん。ちょっとトイレに行ってくる」

 

急に尿意を催したデジタルは急ぎ足でレース場にあるトイレに向かう。確かまだ空いているはず、だがこれで空いていなかったら結構やばいかも、そんな不安を感じながらトイレに駆け込む。幸いにもトイレは空いており無事に用を足すことに成功する。

洗面台で手を洗い二人の元に向かおうとした瞬間、個室から出てきた人物と鏡越しに目があった。

その人物はウマ娘だった。同い年ぐらいで身長は170センチほどで青い瞳に褐色の肌、髪は茶髪のポニーテール、服装は上下青のジャージだった。

 

「貴女は香港カップに勝ったアグネスデジタルさんですか?」

「うん、そうだけど」

「レース見ていましたよ。強かったですね」

 

ウマ娘の少女はデジタルに握手しようとするが手を洗っていないことに気づき、手を洗いハンカチで拭いてから一方的に手を握ってきた。

人懐っこくて一気にコミュニケーションの間合いを詰めてくる娘だな。それがデジタルの抱いた第一印象だった。

 

「そしてライブも驚きました。インタビューでは拙い英語だったのにライブではあんな流暢な英語が喋れるなんて、何でインタビューの時はああなったのですか?」

「あの時はあたしの英語回路が壊れちゃって、上手く喋れなかったの。今はもう大丈夫だけど」

「英語回路ですか、でも言いたいことはわかります。私も母国語は英語なのですが、アラビア語ばっかり喋っていると時々英語が出なくなるんですよ」

「アラビア語?てことは」

「はい、ゴドルフィンに所属しています」

「へえ~チームゴドルフィンの選手なんだ。でもヴァーズとマイルには出ていなかったからよね。スプリントに出ていた?」

「違います。今日はチームメイトの応援に来ました」

 

今日走っていないということはゴドルフィンに入団したばかりのジュニアクラスだろう。それなのにわざわざ異国まで応援に来るなんて頭が下がる。

そして今日のヴァーズ、マイル、カップの二着は全員ゴドルフィンの選手だ、デジタルは目の前のウマ娘にチームメイトと勝利の喜びを分かち合わせることができなかったことにわずかばかりの罪悪感を覚える。

 

「気にしないでください。結果は残念でしたがアグネスデジタルさんが気に病むことじゃありません」

「そう言ってくれると助かるな」

 

デジタルは心境を見透かされた動揺を隠すように愛想笑いをする。ここまでピンポイントに読めるのか、その洞察力に舌を巻く。

 

「ところでゴドルフィンの中で推しのウマ娘って居る?」

「推し?推しってなんですか?」

「ええっと……例えばキレイだなとかカッコイイなとかカワイイなとか思うチームメイト居る?」

 

ゴドルフィンは世界中からウマ娘が集まる人材の宝庫だ。ネットでも情報を手に入るがせっかくゴドルフィン所属のウマ娘に出会えたのだから実際に体験した生の声を聞いておきたかった。

 

「そうですね……憧れなのはドバイミレニアムさんですね」

 

そこから褐色のウマ娘から様々な情報が語られた。話すことはすべてデジタルの興味を引くものだった。最初は冷たいイメージを持っていたが、誕生日に逆ドッキリをしかけたなど所属選手たちの年相応でチャーミングな面を聞くことでイメージが変わっていた。

そして話の中で一番興味を引いたのはファンタスティックライトの話だった。

ジャパンカップでテイエムオペラオーとメイショウドトウと走った際に二人の強さをクレイジーと賞賛したらしい。

この情報は今まで聞いたことがなかった。あのファンタスティックライトがクレイジーというほどの強さを持っていた二人のことが友人として誇らしかった。

 

「うん。ちょっと待って」

 

ポケットのなかで振動する。携帯電話を見るとラインメッセージで『早く帰ってこい』と書かれていた。時計を確認するとトイレに入ってから10分以上経過していた。いつの間にこんなに喋っていたのか。

 

「友達に呼ばれているから出るね。長々と話を聞かせてもらってごめんね。楽しかったよ」

「いえ、こちらこそ」

 

デジタルは小走りでトイレの出口に出る。すると出口付近で立ち止まり振り返る

 

「あっそうだ。トブーグちゃんのこと知っている?」

「はい」

「もし良かったら『チームメイトとは仲良くして』と伝えておいて」

 

レース前に交わした約束。これは所詮口約束で強制力は何一つない。だがそれでももしかして約束を守ってくれるかもしれない。その意志を確かめたかったがライブの最中でも会話を交わすことができず意思確認をできなかった。ならば約束を思い出してくれるように伝言を頼みたかった。

 

「分かりました。伝えておきます」

「ありがとう。練習がんばってね。アナタならきっと凄く強くなれるよ」

「何でそんなことが分かるのですか?」

 

走り出そうとしたデジタルの動きが止まる。妙なところで食いついてきたな、社交辞令と受け取るかと思っていたが。

 

「なんというか、スター性があるというかオーラを感じたの、もしかしたら凱旋門賞取っちゃうかもね」

 

冗談めかして言うと褐色のウマ娘もクスクスと笑いだす。

 

「はい、アグネスデジタルさんの言葉通り凱旋門賞が取れるように頑張ります」

「じゃあね、またどこかのレースで会おうね」

「はい、さようななら」

 

デジタルは出口を出て走り出す。そして褐色のウマ娘もデジタルの後に続くようにトイレを出た。

 

「ずいぶんトイレ長かったけど大丈夫?」

「いや~ゴドルフィンのウマ娘ちゃんと偶然あってね、色々と聞いていたの。いい話が聞けてよかったよ」

 

デジタルは二人と合流し車に乗ってホテルに向かう。その車中でプレストンは事情を聞いていた。相変わらずデジタルの行動に頬を緩ませる。そしてデジタルはトイレで会ったウマ娘のことについて考えていた。

少ない時間での交流だったが楽しかった。気に入ったというか波長が合う感じだった。日本のトレセン学園にいれば友達になれただろう。デビュー前のジュニアクラスのA級かB級だろう。もし彼女が成長したら本当にどこかでレースができるかもしれない。そうなったら楽しいだろうな。そういえば名前は何ていうのだろう?聞き忘れていた。

デジタルはトイレで出会ったウマ娘に思いを馳せながら車窓から流れていく香港の夜景を眺めていた。

 

 

 

店内で流れるジャズの生演奏に客たちはその心地よい音に耳を傾けながら酒を楽しむ。

ここはデジタル達が止まるホテルにあるバー。ホテルのロビーに店がありその音は店内の客たちだけではなくロビーにいる宿泊客たちにも届いていた。

 

「じゃあデジ子の勝利を祝して乾杯~!」

「乾杯」

「乾杯」

 

トレーナーとダンスパートナーはカクテルを、デジタルはジュースを片手で持ち乾杯する。

ホテルに帰ったウマ娘達とトレーナー達はそれぞれ勝利を祝っていた。大々的な祝勝会は日本で帰ってからおこなう。それだったら今日はそれぞれのパートナーと静かに祝おうじゃないかと自然とそういう流れになり各々が好きに祝っていた。

そしてデジタルとトレーナーもどこで祝おうか考えていると、トレーナーがダンスパートナーも祝いの席に呼んでいいかと提案しデジタルもそれを了承した。

 

「デジ子~凄かったぞ~かっこよかったぞ~可愛かったぞ~」

 

ダンスパートナーがデジタルに抱きつき頭と顎をペットのようになでる。その感触は心地よかったが若干酒臭かった。

 

「ダンスパートナーちゃん飲んでた?」

「おう!ホテルで祝い酒していたら白先生に呼ばれてここに来た!バーテンダーさん!この子が香港カップに勝ったジャパニーズ・ストロングフォースコーナーのアグネスデジタル!」

「それはもう止めて…」

 

ダンスパートナーは酔っぱらいのノリでバーテンダーに話しかけ、デジタルは恥ずかしさで俯く。バーテンダーは『おめでとうございます』と爽やかな笑顔でいなしていた。

 

 

 

 

「しかしレースは心臓に悪かったぞデジ子。エイシンプレストンみたいにもっと圧勝してよ」

「あのメンツで圧勝しろなんて無茶言うな」

 

トレーナーが異を唱える。

香港カップにはゴドルフィンのトブーグだけではなく、アメリカのGIアーリントンカップに勝ったドイツのシルバノ。去年の覇者フランスのジムアンドトニック。アメリカGIブリーダーズマイル三着のアイルランドのバッハ。フランスGIオペラ賞に勝ったフランスのルーラテールと数多くの強豪がいた。その相手にプレストンのように圧勝できるウマ娘なんて世界中でもひと握りだ。

 

「レースだって先行策とるしさ、お前差しウマ娘じゃなかったんか~いって思っちゃったよ。直線だって叩き合いで心臓バクバク」

「そうか?俺は負ける気が全くせえへんかったぞ」

「そうなの?いいな~白先生にそんなに信頼されて」

 

ダンスパートナーは泣き真似をしながらデジタルの胸に飛び込み、デジタルはよしよしと頭を撫でる。髪は手入れが行き届いており予想以上にサラサラで役得とばかりに感触を楽しむ。

 

「ところでダンスパートナーちゃん。ヘアピンに気づいた」

「気づいたよ。白先生が貸してくれって言うから貸したけど、デジ子が着けていたのか」

「じゃあヘアピンの意味は分かる?」

「意味?」

 

ダンスパートナーは目をキョトンとして首をかしげる。意味はわかっていなかったか。デジタルはトレーナーの方を向いた。

 

「だって、白ちゃん。直接口で言ってあげなきゃ」

「ええわ。恥ずかしい」

「思っていることは言葉にしないと伝わらないよ」

 

楽しげなムードで緩んでいたデジタルの表情が真剣味を帯びる。

思っていることは口にしないと誰にも伝わらない。

それがエイシンプレストンの件でダンスパートナーから教わったことだ。トレーナーの想いは素敵なものだ、それを知れないのはダンスパートナーにとって残念なことである。 デジタルの雰囲気に押されたのかトレーナーはカクテルを一気飲みし思いを伝えた。

 

 

「ダンス。お前のクイーンエリザベスの5着はお前のせいじゃない。俺の未熟が招いたことや。だからせめてもの罪滅ぼしでお前の魂が入ったヘアピンだけでも一着を取ってもらいたかった。香港での調整方法もシャティンのバ場もスローペースになるのもダンスが走ったから分かったことや。デジタルの勝利はダンスのおかげでもありダンスの勝利でもある。ありがとう」

 

トレーナーは深々と頭を下げ、恥ずかしかったのかダンスパートナーからそっぽを向いた。

 

「そうだったんだ、知らなかった。ありがとうダンスパートナーちゃん」

 

デジタルもトレーナーに倣い深々と頭を下げた。あの作戦はダンスパートナーとの経験を元に考案したのか、あの作戦がなければ勝てなかったかもしれないし、トブーグとの素敵な体験はできなかった。

 

「デジ子の勝利は私の勝利か…」

ダンスパートナーは噛み締めるように言葉を繰り返し天を仰いだ。

自分がやってきたことは無駄じゃなかった。自分の経験が後輩の糧になり、その後輩の経験がそのまた後輩の糧になる。ああウマ娘のレースは何て素敵なのだろう。そして自分の経験を後輩に生かしてくれるトレーナー。そんなトレーナーと一緒に走れて自分は幸せだったのだな。

 

「じゃあ!インタビューではそれを強調しておいてね。香港カップ勝利の偉業の要因が私だって知ったら会社も特別ボーナスくれるかもしれないし」

「ああ、大々的に言っておいたる」

「よし!改めて乾杯だ」

「おう乾杯」

「乾杯」

 

三人は再び乾杯する。グラスがぶつかり澄んだ音が発する。その音はいつもより澄んでいた気がした。

 

 

香港カップ シャティンレース場 芝2000メートル

 

着順 名前 所属国  着差 人気

 

1  アグネスデジタル       日            2

 

2 トブーグ      UAE    クビ   1

 

3 テーラテール       仏    1 7

 

4 ホークアイ          英 1    6

 

5  ジムアンドトニック       仏 2    3

 

 

 

チームゴドルフィンが使用する遠征用ジェット機の機内の空気はひどく重苦しかった。

全勝を目録見み臨んだ香港国際競争は全敗に終わる。

 

香港スプリントは歴代スプリンターでも五指に入ると評判の地元の英雄セイエイタイシのまえに破れた。建前上全勝を掲げていたがある意味仕方がないと割り切っていた。だが残りの三レースは予想外だった。

 

完璧にレースを運びながら常識はずれの末脚に屈した香港ヴァーズ。

脇役に子供扱いされた香港マイル。

期待のホープが負けた香港カップ。

 

イギリス、フランス、アイルランド、アメリカなどの先進国ではなく、最近の活躍は目が見張るものはあるが本音では後進国と思っていた日本に三タテを喰らったのだ。その屈辱は耐え難きものである。

 

「すみません遅れました」

 

そんな重苦しい車中に明るく朗らかな声が響き渡る。そのウマ娘は身長170センチほどで青い瞳に褐色の肌、髪は茶髪のポニーテール、服装は上下青のジャージだった。

彼女は申し訳そうにしながら自分の席に向かう。その際に時々止まりながら声をかけていた。

 

「エクラール、上手くレースをコントロールしていたよ。あんな大駆はそうそう出ないから次もこのレースみたいにできれば勝てるよ」

「ありがとう」

「チャイナヴィジットも離されても最後まで心が折れなかったね。その気持ちは必ず次に繋がるから」

「がんばるよ」

 

褐色のウマ娘はレースで走ったウマ娘たちに労いと励ましの言葉をかける。その言葉は力を与え彼女の雰囲気が車内の重苦しい空気を変えていく。声をかけ終わると指定席であるトブーグの隣に座った。

 

「お疲れトブーグ」

「次は勝ちますよ」

 

トブーグはぶっきらぼうに答える。レースに負けた苛立ちもそうだがこの人の存在が苛立ちを加速させる。

自身はトップクラスの実力を持っているのに、どのウマ娘もすべて尊いと重賞にも勝っていないウマ娘にも聖母ぶって接してくるのが気に入らなない。はっきり言って嫌いだ。

 

「そういえばアグネスデジタルから伝言を預かったよ『チームメイトとは仲良くして』だって」

「チッ。あいつまだそんなこと言っているのかよ。というよりあいつと会ったのですか?」

「ええ、面白い人だよね。出会ってすぐにゴドルフィンで推しのウマ娘を教えてくれって聞かれたよ、そんなこと聞かれたのは初めて」

「あんなの笑いながら走っている気持ち悪い奴ですよ」

「それに私に『アナタなら凄く強くなれるよ』って、私も少しは名が知れていると思っていたけどまだまだだな~」

 

褐色のウマ娘は楽しげに語りだす。するとトブーグは悔しげにつぶやいた。

 

「次同じレースで走ったら絶対に勝ちますけど、今日の香港カップはどうやっても勝てなかった…走っても走っても絶対に追いつけない感覚を味わいました。あの感覚はレースの着差は違いますけど、あなたと一緒に走って以来ですよ、サキーさん」

 




以上で香港編は終了編です。

巷ではキンイロリョテイのSSを見かけるなか、香港ヴァーズのシーンだけ書くのが何か美味しいとこだけ頂いてしまった感があって恐縮です。

あとこの話で香港スプリントに勝ったウマ娘のモデルは当時の香港スプリントには出ていません。
出したのは作者の趣味です。

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