勇者の記録   作:白井最強

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勇者と去りゆく英雄たち、そして新たな出会い

香港国際競争が終わり年を越した1月。

 

 部屋の窓から外を見渡すとそこは一面銀世界に覆われていた。葉がすっかり枯れ落ちた木々に雪が乗っかっており、その重さに耐え切れず枝が折れる。そのベキベキ折れる音は窓を閉め切っている部屋の中でも聞こえてきた。

 そしてアグネスデジタルとエイシンプレストンは木が折れる音を聞きながら、積雪も寒さも無縁な自室でココアと茶菓子を片手に映画を見ていた。

 

 

「かなりオモシロかったね。やっていることはベタなんだけど、ついついハラハラドキドキさせられちゃう」

「でしょう」

 

 アグネスデジタルの言葉にエイシンプレストンは満足げな表情を見せながらリモコンを操作し映像を停める。

 トレセン学園では記録的積雪により複数のトレーニング施設が使用不可になっていた。屋内のトレーニング施設は使うことは可能だが、元々屋内施設を使用予定のチームに屋外でトレーニングができなくなったチームが加われば、屋内施設の定員はあきらかにオーバーしてしまう。

 それを避ける為に屋内施設利用権利を抽選で決めることになり、デジタルが所属するチームプレアデスは抽選から漏れてしまう。そうなるとトレーニングも碌にできないので急遽オフになった。

 

 だがオフになってもこの積雪では行動は大幅に制限されこれといってやることもなく部屋に戻る。すると同じく抽選にもれてオフになったプレストンも居て、暇つぶしに映画をみることになった。

 

 二人が見ていたのはとある香港映画である。

香港国際競争から帰ってからプレストンは香港映画を何本も見るなどやたら香港文化に興味を示していた。香港マイルの勝利がよほど嬉しかったのか、それともよほど香港の空気が合ったのか。

 そして度々香港映画を一緒に見ようと薦められていた。デジタルにとってさほど興味がなかったが、自分もウマ娘関連の映像などを一緒に見ようとなかば強引に誘っていたので断りづらくもあった。いざ見てみると予想以上にオモシロく満足できるものであった。

 

「でも、ウマ娘ちゃんが足りなかったな~それがあればもっとよかった」

「結局そこなのね」

 

 デジタルの言葉を受け流しながらプレストンはディスクを取り出しケースに入れ、何気なくテレビをつけてザッピングする。昼の三時を過ぎたこの時間では大半の局がワイドショーをやっており、著名人の不祥事や今日の積雪について話している。

 

「そういえば一月前まではあたし達のことをいつも報道していたのよね」

 

 プレストンはココアを啜りしみじみと呟いた。

 日本ウマ娘による香港国際競争GI三連勝という偉業に世間は大いに沸いた。空港では多くの人に出迎えられ、帰ってからも祝勝会や取材などで多忙な日々を過ごしていた。だが一週間も過ぎれば有マ記念やWDTの話題に関心が移り報道量は減少した。

 

「そうだったね。でも白ちゃんが『なんでうちのデジタルがキンイロリョテイより扱いが低いんや!日本のマスコミはレースの格よりドラマを優先するんか!』って怒ってマスコミに抗議しようとするんだもん」

 

 デジタルはトレーナーの真似をしながら喋り、ものまねのクオリティが思った以上に高くプレストンは思わず笑みをこぼす。

 

「フフフ、愛されているじゃない。でも言ったら悪いけど、デジタルやあたしよりキンイロリョテイさんのほうを特集したほうが視聴率取れそうだし、仕方が無いでしょ」

 

 スランプを経てGI勝利。

 南部杯、天皇賞秋、香港カップの破竹のGI三連勝。

 それに比べればシルバーコレクターが引退レースで劇的な勝利、なによりキンイロリョテイのキャラクターのほうが視聴者にとっては魅力的だった。特集でも二人よりリョテイに時間を割き、現役時代の気性難エピソードや香港ヴァーズ勝利後の脱衣事件などもう見飽きたよと言ってしまうほど報道していた

 

「そうだよ、それなのにそこのところ全く理解しようとしないんだもん。それにあたしに時間を割くぐらいだったらプレちゃんやリョテイちゃんの魅力を紹介したほうがいいよ」

 

 デジタルはそのことを思い出したのか腹を立てる仕草を見せ、プレストンは過去の事を思い出し思わず頬を緩ませる。

 デジタルもトレーナーと同じように自分よりプレストンの扱いが小さいと抗議しようとしておりプレストンは恥ずかしかったので全力で阻止する。

 二人とも抗議しようとするところをみるに、やはり似たもの同士なのかもしれない。

そしてデジタルは自身を過小評価しているというか、無頓着な傾向がある。そこはある意味美徳なのかもしれないが、デジタルの報道量が削られることで応援している者や気にしている者が悲しむことを忘れないで欲しい。現にプレストンもデジタルが番組や記事で賞賛されているのを見ると自分のことのように嬉しかった。

 ワイドショーでは今年は何が流行するかという話題になり、二人も今年の話になっていた。

 

「そういえば、プレちゃんは今年のローテはどうするの?」

「まずはGⅡの中山記念から始動して、次は香港のGIクイーンエリザベスカップで次は安田記念、で調子がよければ宝塚記念。デジタルは?」

「あたしはフェブラリーステークスでウラガブラックちゃんと走って、大阪杯でオペラオーちゃんとドトウちゃんと走って、安田記念でプレちゃんと走って、宝塚でプレちゃんとオペラオーちゃんとドトウちゃんと走る。うん完璧なローテーション。今から楽しみだな~」

「さらりと言っているけど、フェブラリーから大阪杯って凄いローテーションね。もういっその事フェブラリー、大阪杯、かしわ記念、安田記念ってダートと芝交互に走れば」

「う~ん、確かに、かしわ記念にウラガブラックちゃんが来るかもしれないし有りといえば有りかも。でもそれだと宝塚がキツイな…」

 

 プレストンは冗談めかして言ったがデジタルは本気で自身のローテーションを検討し始める。

 ダートと芝のレースはまるで別物である。芝で速くてもダートでも速く走れるというわけではなく、芝でGIに勝ったウマ娘がダートのGIで同じように力を発揮し勝てるものでもない。それだけ求められるものもと適正が異なり芝とダートの間には大きな壁があると言える。

 普通ならこのようなローテーションを走ることはできないし、走れたとしてもトレーナーも提案しない。だがこの二人ならやりかねない。改めて常識外れなウマ娘とトレーナーだなとプレストンは思っていた。

 

 すると緊急速報のテロップと音が流れる。プレストンは思考に没頭するデジタルをよそにテレビに意識を向ける。

 

 何が起こった?災害か、訃報か、歴史的快挙か?

 まあおそらく自分には関係ないことだ。今までもそうであり、速報を見てもへえ~と呟く程度のことだろう。だがそれはプレストンにとって関係のあることだった。

 

「うそ?」

 

 プレストンは反射的に呟いてしまう。テロップが出ている時点で嘘なわけはないがそれでも信じられることではなかった。このことは噂話一つすら聞いていない。寝耳に水とはまさにこのことだ。

 

「どうしたの?……うそ?」

 

 プレストンの呟きにデジタルは思考の世界から現実に意識を取り戻された。そしてはテロップを見た瞬間持っていたマグカップは手から離れフローリングの床に落ちる。ゴンと鈍い音とともにココアが茶色いシミを作った。

 

――――――――テイエムオペラオー選手、メイショウドトウ選手、現役引退を表明

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

カツ、カツ、カツ

 

 蹄鉄の音が反響しトンネル状の空間に響き渡る。いつもは18人分の音が響くのだが今日に限り二人分の音だった。

 

 一人は宝塚歌劇団の主役が着そうな華やかな服を身に纏った栗毛の小柄な少女が背筋を伸ばし悠然と歩いていた。

 その栗毛の少女の後ろからもう一人少女がついて来る。髪は鹿毛で緊張か不安のせいかビクビクと辺りを見渡している。身長は栗毛の少女より8センチ程度大きいもののも猫背のせいか同じ、むしろ低いような印象を抱いてしまう。

 自信ありげに悠然と歩く者、その後ろをおっかなびっくり歩く者、まるで行進する王様とそれに仕える従者のようだった。栗毛の少女が何気なく後ろを振り向きビクビクと歩く鹿毛の少女が目に映りやれやれとため息をついた。

 

 

「ドトウしっかりしてくれよ、ウマ娘のなかで最も美しく最も速かったこのボクの引退ライブなのだからさ」

「ごめんなさい……でも私なんかがオペラオーさんの引退ライブに参加どころか、合同だなんて畏れ多くて……」

 

 ドトウはオペラオーの言葉に委縮したのかビクついて縮こまった身体がさらに縮ませ、相手の顔色をビクビクと覗っていた。

 その様子を見てさらにため息つく、だがその様子は嫌悪ではなく、相変わらずだというあきらめといつも通りであるという安堵の心情が混じっていた。

 

「確かに!本来ならボクの豪華絢爛なオンステージな予定だったのに残念だよ」

「ごめんなさい……もう帰ります」

「でも君は一度でもボクに勝ったのだ。その実力と功績は僕の華麗なる引退ライブに参加する資格は充分にある。胸を張りなよ、でないとボクの引退ライブがみすぼらしいものになってしまうだろう」

 

 オペラオーは激励するかのようにドトウの肩に手を置く、それに呼応するようにドトウの背筋はピンと伸びオペラオーを見下ろした。その様子を見て満足気に頷いた。

 

「それでいい、ウマ娘は美しく、そして観客達には美しい姿を見せないと」

「はい」

 

 二人はバ場に向かって歩みを進める。その威風堂々とした姿は先程までの王様と従者ではなく、王様ともう一人の主役の姿だった。薄暗い地下バ道を抜けると出迎えたのは眩しいばかりの太陽光と観客の声援だった。

 

『今入場してきました!テイエムオペラオー選手とメイショウドトウ選手です。温かい拍手と声援でお迎えください』

 

 アナウンサーの声とともに万雷の拍手と声援が二人に降り注ぐ。オペラオーは堂々と、ドトウは少し恥ずかしながら声援に応えコースを回り始める。

 

 テイエムオペラオーとメイショウドトウが引退発表した数日後、二人の功績を称え中央ウマ娘協会は阪神、京都、中山、東京レース場で二人による合同引退式と合同引退ライブを開催することを発表する。

 今までの引退ライブは一人で行われていたが、二人による合同ライブは歴史上初めてのことだった。

 まるで二人のライバル関係を象徴するかのような合同ライブ、その姿を人目見ようと多くの人が集まり、そして最後のライブが行われる東京レース場にもGIとかわらないほどの観客が集まっていた。

 

『数々のレース場で走ってきた二人ですが、この東京レース場でも素晴らしいレースを見せてくれました。日本ダービーではテイエムオペラオー選手、ナリタトップロード選手、アドマイヤベガ選手の三強対決で注目を集めました。そしてレースも三強による直線での攻防は手に汗握りました』

 

「ボクも若かったな。あの時のボクじゃあそこから仕掛けてトップロードとベガを押しきれるわけないのに。ちなみにドトウはあの時は何をしていた?」

「テレビでダービーを見ていました。あの時は羨ましいというより別世界の出来事を見ているようでした」

 

 二人は思い出話に花を咲かす。すると二人は肌寒さに身を震わした。そういえばこの時期で東京レース場を走ったことは無かったな、そんな他愛も無いことを考えながらキャンターで第一コーナーを回る。

 

『テイエムオペラオーが連勝で迎えた秋の天皇賞、一番人気は勝てない。そのジンクスはシンボリルドルフ、メジロマックイーン、サイレンススズカなど数多の名ウマ娘を飲み込んできました。しかしその魔物すらテイエムオペラオーの勢いを止められませんでした。一番人気での勝利を果たしジンクスに終止符をうちました』

 

「オペラオーさんはジンクスのことは知っていたのですか?」

「もちろん。でもボクのように強いウマ娘には関係ないことさ!」

「私は気にしちゃうタイプです。あの時はジンクスでもいいから縋りたかったです…」

 

 二人は第二コーナー、三コーナーを回る。レースだったら直線に入るに向けて様々な想定を考え思考をめぐらせながら走る。しかし今の二人は過去を振り返り目に映る景色を目に焼き付け思い出をかみ締める。

 そして四コーナーを回り二人は直線に入る。ファンは東京で行われた二人のレースを見た当時の興奮を思い出すように歓声を上げる。

 

『そして秋の天皇賞を勝って迎えたジャパンカップ、後のGI六勝ウマ娘、ファンタスティックライトがやってきました。ゴドルフィンという名の黒船の襲来、しかし二人はその脅威から日本の威信を守ってくれました。この府中の直線での三人の叩き合いは後世に語り継がれることでしょう』

 

「あの時はついに勝ったと思ったんですけど」

「あれは危なかった。ドトウが予想以上に粘るし、後ろからもファンタスティックライトが来るし」

 

 ゴール板から残り数メートルのところでオペラオーは突如停止し、それを見たドトウも動きを止めた。するとオペラオーはドトウの前に手を差し出す。その意図を察したドトウは手を握りながら歩調を合わせゴール板を通過した

 

『今はゴール板を通過!最後は同着です』

 

 お互いを讃え合うかのような同着、その心憎い演出は観客の心を震わせ歓声を上げる。

 ゴール板を通過するとホームストレッチには仮設の表彰台が設営され、そこにオペラオーとそのトレーナー、ドトウとそのトレーナーが立つ。そして司会進行が壇上に上がった。

 

『これより引退式を執り行います。では二人の活躍を振り返ってみましょう』

 

 すると東京レース場に設置されているオーロラビジョンに映像が流れる。二人の競争人生を振り返るものであり、ドラマチックに仕上げられたその映像は観客を興奮させる。そしてオペラオーとドトウもその映像を見ながら過去を振り返っていた。

 映像が終わると、オペラオーとドトウとトレーナー達を交え現役生活を振り返っての話が始める、それが暫く進行すると進行が話を切り出した。

 

「それでは、ここで花束贈呈です。今日は去年の天皇賞秋で激闘を繰り広げた。アグネスデジタル選手がお越しくださりました」

 

 司会の声とともにデジタルが入場し、笑顔を浮かべながら花束を二人に渡した。そしてデジタルは司会からマイクを受け取る。

阪神ではキンイロリョテイ、京都ではナリタトップロード、中山ではアドマイヤベガと二人の式それぞれに縁が深い人物が二人の花束を贈り、コメントを残していった。そして東京では二人の希望もありデジタルがその役に指名された。

 

「え~皆さんこんにちはアグネスデジタルです。あたしは一競技者であると共に二人の大ファンでした。その思いは皆さんにも負けません!」

 

デジタルの開口一番のファン宣言に観客から『知っているぞ~』『俺のほうがファンだ!』野次のような合いの手のような言葉が投げかけられ会場の笑いを誘う。

 

「かっこよくて、可愛くて、強い二人はあたしの憧れで天皇賞秋に出たのも二人と一緒に走りたいからという思いで決めました。そして幸運にも二人に勝つことができました。これは一生の自慢でおばあちゃんになっても自慢します!あたし達はオペラオーちゃんとドトウちゃんの活躍をリアルタイムで見られた世界一の幸せ者です!そしてこの後ウマ娘ファンになる人たちに自慢しようよ!そして語り継ごう!オペラオーちゃんとドトウちゃんは最高のウマ娘だって!」

 

 デジタルの言葉に観客は歓声を上げ拍手がおこる。そうだ自分達は伝説を目撃した幸せ者だったのだ。ファン達が心のどこかで思っていたことをデジタルは代弁していた。

 デジタルのコメントが終わり引退式もドトウとオペラオーの言葉で最後となる。観客はその姿と言葉を焼きつけようと集中し緊迫した空気を作り上げる。ドトウがマイクを受け取り喋り始めた。

 

「皆さま今日はわざわざお越しくださりありがとうございます。

私はどんくさくて臆病で何の取り得もないウマ娘でした。でもそんな私に辛抱強くトレーニングに付き合ってくれたトレーナー。そして何度負けても声援を送ってくださったファンの皆様。皆様は負け続けても声援を送ってくださいました。そのおかげで私は立ち上がることができGIを取る事が出来ました。

そしてオペラオーさん。貴女と何度も一緒に走っている時は辛く苦しいと思った時もありました。でも今は楽しかったとはっきりと言えます。一緒に走った時間は一生の宝物です。本当にありがとうございました。」

 

ドトウは深々と観客にお辞儀し、オペラオーにも深々とお辞儀をする。その姿は今までで一番凛々しく堂々としていた。ファンの中ではその姿と成長ぶりに涙を流す者も居た。

そしてマイクはドトウからオペラオーに渡された。

 

「ボクのファン達!今日は着てくれてご苦労だね!ボクの華麗なる伝説は今日で閉幕だ。皆の声援はボクの華麗なるレースを華やかなものにしてくれた。それは少しだけ感謝しているよ。ありがとう。

そしてドトウ。最初はどんくさい奴だとは思っていたけど、気づけばいつもボクの隣に居て、ついに一度だけ追い抜いた。それは賞賛に値するよ。ボクがウマ娘界で最高のナンバー1なのは当然として、キミは最高のナンバー2だ!」

 

 最高のナンバー2。

 それはオペラオーにとって最大の賛辞だった。オペラオーからライバルへの言葉に観客達は湧きあがる。そしてその言葉に感極まったのかドトウは手のひらで顔を抑えていた。

 

「さあ、湿っぽいのはここまでだ!これからはボク達の最高のライブをお送りしよう!ドトウ!」

「はい!」

 

オペラオーの言葉に反応するように持ち歌のBGMが流れ始め、二人はマイクを持ち壇上に上がる。しんみりとした空気は一気に熱を帯びる、この日のライブは二人が行ったどのウイニングライブよりも盛り上がっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お疲れオペラオーちゃん、ドトウちゃん。今日のライブはほんと~に良かったよ!」

「ありがとうございます」

「観客のノリもよかったし最高のライブだった。ボクの最後に相応しいものだったよ」

 

 ライブが終わり控室に帰った二人をデジタルが出迎える、差し入れのペットボトル飲料水を二人に手渡すと二人はタオルで汗を拭き椅子に腰掛けながらペットポトルのキャップを開け中身を飲む。

 

「これで観客の前でライブをするのも最後なのですね…最初は恥ずかしかったですけど、今はもうできなくなると思うとさみしいです」

「ああ」

 

 ドトウの言葉にオペラオーも相槌を打つ。

 これほどまでの観客を前にしてのライブ、それは日常では体験する事ができない興奮と快感をもたらす。そして非日常の体験をすることがないことを二人は改めて実感していた。

 

「そしてトレーニングもしなくていいのですね」

「そうか、もうあの厳しいトレーニングをしなくていいのか。でもドトウの場合だとすぐに肉がつきそうだから、節制しないとダメだぞ」

「オペラオーさんも節制せずポッチャリした姿を見せたらファンが悲しみますよ」

「フフフ、言うようになったな」

 

 仲むつまじい姿にデジタルも笑顔見せる。二人の顔はどこか穏やかで満ち足りている表情を見せていた。二人は今後の事を話題にしているとデジタルが二人の会話に割って入るように話しかけた。

 

「オペラオーちゃん、ドトウちゃん。ねえ知ってる?大阪杯がGIになったんだって。距離も2000だしさ…二人ともまだ衰えていないよ…だからね、三人でまた一緒に走ろうよ…」

 

 デジタルは涙で声を詰まらせながら喋る。言ってはならないと脳が命令するが、口が勝手に動いてしまっていた。

 

 二人が引退するという緊急速報の後に引退会見が開かれた。

それを見た後デジタルはすぐさま二人の元に向かい真意を問いただそうとした。何で相談してくれない、友達ではないのか?そんな気持ちでいっぱいだった。

そしてデジタルは二人の引退に全く納得していなかった。だがそれはプレストンに止められる。

 二人は考えに考え抜いて引退を決めたはずであり口を出すべきじゃない。それに友達だからこそ相談できないこともある。できることは二人の意志を尊重し笑顔で送ってやることだ。そのように諭されデジタルは想いを心の奥に押し込め、笑顔で送り出そうと努めた。だがその想いは奥に押し込めただけであり解消されたわけではなかった。

 

 デジタルの言葉にオペラオーとドトウは顔を見合わせる。そしてオペラオーが一つ息を吐き語り始めた。

 

「デジタル、確かに衰えたといってもそれはほんの僅かだと思う。今後のGIでも展開や運が良ければ勝てるかもしれない、でもそれじゃダメなんだ。ボクはファンやデジタルにラッキーで勝つような姿じゃなく、実力で勝ってきた全盛期の姿で皆の記憶に残りたい。だから引退を決めた」

 

 かっこ悪くないよ。言葉に出かかったがそれを口に出す事はできなかった。

 オペラオーはナルシストであり、そして誰よりもかっこいい王者であろうとし続けた。そのナルシズムが衰えてもなお玉座にしがみつくより、潔く去り後に続くものに玉座を明け渡すことを良しとした。

 

「ドトウちゃんは?ドトウちゃんもそうなの?」

 

 オペラオーの言葉に込められた意志から説得は無理だと感じ取ったデジタルはドトウに話題を振る。ドトウはデジタルの目をまっすぐ見て答えた。

 

「私は少し違います。GIに向けて厳しいトレーニングをして当日を迎えます。でもパドックにもゲートにもそしてレース中にもオペラオーさんの姿がいない、もうオペラオーさんと一緒に走る事は無い。そう考えたらフッとやる気がなくなってしまいました」

 

 デジタルはドトウの言葉を聞き、何も言う事ができなかった。

 ドトウの理由は他の人が聞けば甘いだの、軟弱だの言うかもしれない。だがドトウにとってオペラオーはそれほどまでに大きい存在だった。二人には外野には分からない絆が有り、それを絶たれたドトウにもう一度走れと言うことは口が裂けても言う事ができない。

 

「わかった。ごめんね、わがまま言って。今までお疲れ様。オペラオーちゃん、ドトウちゃん」

 

デジタルは改めて二人に労いの言葉を掛ける。その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだった。

オペラオーは自らの美学から、ドトウはライバルへの想いから引退を決める。それはじつに二人らしい引退の理由であり納得がいくものだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうしたものか」

 

 デジタルのトレーナーの独白がチームルームに反響する。

 オペラオーとドトウが引退した翌日、デジタルは気落ちする様子も無くトレーニングに励む。一見普段とは変わらない様子だった。だが人の目は騙してもデータは騙すことができない。

 タイムが落ちている。これはフェブラリーステークスまで日にちがあり仕上がっていないということを加味しても見過ごせないものだった。オペラオーとドトウが引退した事が無意識に影響しているのだろう。それにウラガブラックが怪我によるフェブラリーステークス回避も不味かった。

 主目的であるウラガブラックの回避により、デジタルのフェブラリーステークスへのモチベーションは一気に下がった。

 フェブラリーのウラガ、大阪杯のオペラオーとドトウ、組んでいたローテーションの中でデジタルは二つのレースの主目的を失った。残るは安田記念のエイシンプレストンだけだ。このまま気が抜けた状態でレースに出ることは危険であり、他のウマ娘の枠をつぶすことになる。このままの状態が続けばレースを回避すべきだ。

 そうなると安田まで三ヶ月以上間を空ける事になる。それまでモチベーションを失ったままトレーニングをさせれば効果は薄く何より怪我をする可能性が増す。ここはリセットを兼ねて実家に帰郷させるか。トレーナーの悩ましい声が再びチームルームに反響する。

 

――――どうしよう

 

エイシンプレストンも布団に包まりながらデジタルのトレーナーと同じように悩んでいた。

デジタルは元気が明らかに無い。自分を心配させまいとしているのか表面上は平静を装っているが、すぐに分かるものだった。

 楽しみにしている3つのイベントのうち、1つがいつ再開するか分からない延期状態、1つはもう二度と行われる事は無くなった。無理もない事である。

 デジタルは自分と走る事を楽しみにしていると言ってくれた。ならばオペラオーとドトウが出ない大阪杯にエントリーするか、だがそうなると中山記念、大阪杯、香港のGIと三回走る事になる。大目標が香港のGIであり、そこまでタフではない身体の自分としては万全を期すために消耗するGIの大阪杯は挟みたくない。

 しかしデジタルと走る予定の安田記念まで待つ事なれば腑抜けてしまうかもしれない。友人が腐っていくのは見たくはない。自分を優先するか、友人を優先するか。プレストンはその二つの間で悩んでいた。

 

――――どうしよう

 

 デジタルも布団に包まりながらトレーナーとプレストンと同じように悩んでいた。

何だか力がわかない。オペラオーとドトウの引退に納得し笑って送り出したつもりだが予想以上にダメージが有る様だ。まるで身体にぽっかり穴が開いた気分だ。それにウラガブラックも怪我でフェブラリーを回避しいつ復帰するか分からない。

 ならばフェブラリーのウラガブラック、大阪杯のオペラオーやドトウの代わりになる、ときめくウマ娘を探そうと思ったがそうはいなかった。以前なら妥協できたがオペラオーとドトウと一緒に走った至極の幸福を体験してしまったこの身体では妥協はできなかった。

 楽しみは2つ消えて残りはエイシンプレストンと走る安田記念だけだが、その長い間楽しみの無く宙ぶらりんで待つのは正直辛い。

 

 デジタルはふと携帯電話を手に取りネットを立ち上げて調べ始める。

 楽しみが無ければ探せばいい、香港カップの時の様に将来のステータス+ときめく相手の合わせ技でオペラオーとドトウがいる大阪杯並みの楽しみが見つかるかもしれない。デジタルは海外のレースを調べ始めていると3月に行われるドバイミーティングについて調べ始める。

 ドバイミーティングとは毎年3月下旬の土曜日にアラブ首長国連邦のドバイにあるメイダンレース場で開かれる国際招待競走の開催日、および同日に行われる重賞の総称である。一日に多くのGIレースが開催され、レースの規模、質ともにデジタル達が出走した香港国際競争より上とも言われている。

 ダートの1200から芝の3200と様々なレースがあるが、調べるレースを自分が走れそうなドバイターフは1800メートル、ダート2000メートルのドバイワールドカップに絞った。

 ドバイターフは1800メートルという距離ゆえに世界中の強豪中距離ウマ娘やマイルウマ娘が参戦するレースになっている。そしてドバイワールドカップは今ではアメリカのブリーダーズカップに並んでダートの最高峰と位置づけられているレースである。

 

「あっ!」

 

 デジタルは驚きのあまり大声を出してしまい慌てて口を押さえた。プレストンを起こしてしまったか?聞き耳を立てるが特に起きた様子は無く胸をなでおろす。

 ドバイワールドカップについて調べていると凱旋門賞に勝ったサキーというウマ娘が出るということで、サキーについて検索し画像を見た瞬間声を出してしまった。

 それは香港のトイレで出会ったあのウマ娘と同じだった。応援に来ていたと言っていたのでデビュー前のジュニアの選手だと思っていたがまさか凱旋門賞に勝ったウマ娘だったとは。しかも自分と同世代である、あまりに初々しかったので勘違いしてしまった。

 そしてレース内容は初々しい姿とは裏腹に凄まじかった。イギリスのヨークレース場で行われる芝約2100メートルのGIインターナショナルステークス、夏のヨーロッパレース界のビッグレース、各地の中距離の強豪が集まるレースでは二着に七バ身。そしてエルコンドルパサーが挑戦した芝世界最強を決める凱旋門賞では二着に歴代最大着差の六バ身。圧倒的な強さだ。

 

 スタートを上手くきり、道中はロスなく先行し、好位から素早く抜け出し、直線で鋭く伸び相手を突き放す。

 完璧なレース運びで相手に絶望感を与えの心を砕くその走りはデジタルに衝撃を与えた。初々しい外見と凄まじい走り、そして何よりデジタルが興味を示したのは彼女が醸し出す雰囲気だった。

 サキーの表情、声色、所作、それらはデジタルを惹きつけ見ているこちらの気分を明るくさせてくれる。生まれ持った天性の陽性、そしてトイレで会った時に感じた人懐っこさと安心感、まるで太陽のようだ。それがサキーに抱いた印象だった。

 興味が沸いてきた、他には情報がないのか。デジタルは引き続きサキーについて調べ続けた。

 

 

「おはよう」

「おはよう…ってどうしたのその顔?」

「うん…携帯で調べ物していたら止まらなくて」

 

プレストンはデジタルの顔を見て目を見開く。顔色が悪く目の下にクマができている、一晩中起きていたのだろう。

 

「それで何を夜中まで見ていたの?」

「いや~サキーちゃんのことを調べていたら、朝になってたよ」

「サキーって凱旋門賞に勝った?」

「そう、実はあしたシャティンのレース場のトイレで会ってたんだよ!友達になれそうだなと思っていたけどまさか凱旋門に勝ってたなんて!それで…」

 

デジタルはなおも矢継ぎ早に喋ろうとするがプレストンがそれを手で制した。

 

「話は教室で聞いてあげるから学校に行く準備しなさい」

「は~い」

 

 デジタルはパジャマから制服に着替え登校の準備を始める。徹夜しているせいか瞼は落ちかけ着替えている最中でもフラフラしている。体調は最悪そうだがそれでもデジタルから生命力や活力のようなものが漲っているのをプレストンは感じていた。

 それはオペラオーとドトウと走る前のデジタルの雰囲気と似ていた。何があったか知らないがもう大丈夫そうだ。プレストンは友人の復活を嬉しく思いながら登校の準備を進めた。

 

 

 

「白ちゃん、あたしがサキーちゃんとドバイワールドカップで走ったらどうなる?」

 

 授業の大半を熟睡して過ごしたデジタルはチームルームに向かいトレーナーを見つけるといの一番で尋ねた。唐突の質問に面を喰らいながらもトレーナーはシミレートを開始する。ドバイのダートの特徴、サキーとデジタルの持ち時計、様々な要素を考慮し答えを導き出す。

 

「まあ、最低五バ身差はつけられるだろうな」

「五バ身差?マジで?」

「大マジや」

 

 デジタルは半信半疑で聞き返しトレーナーは力強く頷いた。GIを三連勝しオペラオーとドトウに勝ち、トブーグにも勝った自分ならもう少し着差は小さく、もしかしたら勝てると言ってくれると密かに期待していたが。だが世界のトップクラスが集まる凱旋門賞で六バ身もつけて勝ったのだ。それぐらいの差はつけられるかもしれない、だがトレーナーの答えは少なからずショックだった。

 

「なんや?ドバイワールドカップに出たいんか?」

「うん!サキーちゃんと一緒に走りたい!」

 

 デジタルは訴えかけるようにトレーナーを見つめる。サキーは調べれば調べるほど魅力的なウマ娘だった。その存在はオペラオーやドトウと同等にデジタルを魅了していた。

 一方トレーナーはデジタルのドバイワールドカップへの出走を二つ返事で許可できなかった。香港カップに勝ったデジタルならドバイワールドカップへの招待状届くかもしれない。

 だがサキーはとんでもなく強い。もし自身の想定通り五バ身差という大差で負ければプライドが砕かれ今後の競走生活に影響が出るかもしれない。そんな懸念があった。

 

「ねえ白ちゃん。どうやったらサキーちゃんとの五バ身差を埋められる?五バ身も離されたらサキーちゃんを近くで見られないし感じることもできない。それじゃ出る意味がないの、サキーちゃんに近づくためならどんなことだってやるよ」

 

 デジタルの言葉と眼差しに決断的な意志が込められており、トレーナーの懸念は消し飛んだ。五バ身差と言われ落ち込むどころか、どうその差を埋めるかを考えすでに前を向いている。

 何を弱気になっているのだ。プライドが砕かれる?そんなもの砕かせなければいい。自分の知識と経験を総動員させその差を埋めればいいだけだ。

デジタルなら自分のどんな作戦に応えてくれる。デジタルならどんなハードトレーニングにも耐えられる。そして世界一にも届くはずだ。

 

「よし、今日からどキツイ練習メニューになるぞ。覚悟はできているな」

「勿論!サキーちゃんに近づくためなら例え火の中水の中!」

 

トレーナーの言葉にデジタルは力強く答える。こうして二人の世界一への旅は始まった。

 




競馬でもオペラオーとドトウは合同引退式をおこなったそうです。粋ですよね

あとオペラオーとドトウの引退報道が速報テロップで出ました。
ウマ娘レースは国民的スポーツということでサッカーのカズが日本代表に落ちたときもテロップで速報が出ましたので、オペラオーとドトウほどのウマ娘なら出るでしょうと判断しました

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