勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者の就活#1

 エイシンプレストンは運転席にいる父親に礼を言ってから車から降りて目の前の家を見る。

 ガレージには車が2台あり、庭にはブランコなどの遊具が置かれている。

 どうやら家主がDIYで作ったようで所々不格好だが温かみがある。しかし使用するものが居ないのかメンテンスされておらず、所々劣化の跡が見られる。

 それらの遊具に目を向けながら庭を通り過ぎ呼び鈴を押して扉の前に立つ。呼び鈴を押し家の住人が反応するまでの時間は妙な緊張感がある。無意識に体を動かしながら待つ。

 

『ハイ、どちら様?』

『エイシンプレストンです。アグネスデジタルさんはいらっしゃいますか?』

『プレちゃんか、ちょっと待ってて』

 

 会話が終わると扉の奥から足音が聞こえどんどんと大きくなり、扉が開くとアグネスデジタルが出てくる。Tシャツにショーパンというトレセン学園の時の部屋着とはまた違うラフな格好で現れる。

 

『ようこそ、ゆっくりしていって』

『お邪魔します』

 

 宝塚記念を出走したデジタルは疲れを癒すために休養を命じられた。トレセン学園でいつも通り過ごしても良かったのだが、長期休暇をもらったのでこの機会にアメリカに里帰りしていた。

 里帰りしてのんびりと過ごしながら英気を養っているなか、エイシンプレストンも里帰りしていることを知る。プレストンとデジタルも実家がケンタッキー州にある。

 デジタルはこの機会にプレストンに実家に遊びに来ないか何気なく提案したところあっさり了承して、こうしてデジタルの実家に遊びに来ていた。

 

『どうする?ご飯にする?それとも少し休む?』

『じゃあ、ご飯で』

 

 プレストンはデジタルに案内されリビングに向かうとデジタルの父親と母親が出迎える。

 

『ようこそ、ゆっくりしてください』

『日本ではお世話になりました』

『こちらこそお世話になります』

 

 プレストンは2人とハグして挨拶を交わす。友人の両親と顔を合わせるのは独特の緊張感を抱くのだが、以前にダートプライドの時に顔を合したせいか特に緊張することはなかった。

 挨拶を交わした後は食卓につき昼食が始まる。メニューはアメリカのごく普通の家庭料理で変に気を使って豪勢な料理が出るよりごく普通の料理が出るほうが気は楽だった。

 それからプレストンやデジタル幼少期の話題やトレセン学園在籍時の話題で会話は弾み、昼食は和やかに進んだ。

 

「さて、このあとどうする?アタシの部屋に行く?それとも外をプラプラする?」

 

 デジタルはリビングのソファーでくつろぎ一息つきながらプレストンに尋ねる。

 プレストンを家に遊びにくるように誘ったが自分の部屋でくつろぎ駄弁るか、近くの繁華街に行って遊ぶかぐらいしか考えていなかった。

 もう少し綿密に計画を立ていても良かったが、そんな仰々しくもてなさなくとも楽しく過ごせるだろうと思っていた。

 

「外って何かあるの?」

「映画館とかカフェとかショッピングモールとか」

「うちの地元と大して変わらないわね。折角だし何か変わったことしたいな」

「変わったことか」

 

 デジタルは予想外の反応に頭を悩まし、プレストンも言っただけでデジタルに丸投げするのも悪いと何がしたいか考える。

 

「そうだ、あれやろうよ。よくデジタルが推し活でやってるやつ、好きなウマ娘の所縁の地に行くやつ」

「聖地巡礼?」

「それ、その聖地巡礼」

「いいけど、誰の聖地巡礼するの?」

「アンタの」

 

 プレストンはデジタルを指さし、デジタルも確認の意味を込めて親指で自分を指さす。

 

「え~?アタシの?面白くないって」

「いいじゃん折角デジタルの地元に来たんだし、映画館とか行くの何て日本でもやってきたし、特別な事したいな。ホストなんだから客をもてなしてよ」

「何か図々しいな。まあそういうやりますけど。ママ~!パパ~!ちょっと出かけてくるから、夕食までに帰ってくる」

 

 デジタルは仕方がないと了承し両親に出かけることを伝えると玄関に向かう。プレストンもその後に付いていく。

 

「他のウマ娘ちゃんの聖地巡礼なら行くとこ何て山ほど有るんだけど、自分の聖地巡礼となるとどこに案内すればいいのやら」

「じゃあ、まずこの庭から、ウイニングライブを見て影響して真似したとかあるでしょう」

「何で分かったの?もしかしてエスパー?」

「大概のレース好きは真似するからね。かく言うアタシもやったし」

「プレちゃんもやってたんだ、意外~」

「小さい頃の話よ。それより当時の気分になってやってみてよ」

「しょうがないな、リクエストとかある?」

「ケンタッキーダービーのアンブライドルド」

 

 デジタルは庭に移動すると適当な場所に陣取り歌い始める。

 最初は自信なさげに真似をしていたが、思い出してきたのか徐々にテンションが上がってきてノリノリで歌う。その姿は幼きプレストンがウイニングライブで見たアンブライルドにそっくりだった。

 

「上手い上手い、そっくりだったよ」

「そう?久しぶりにやったから自信薄だけど、でも懐かしいな。小さいときはレースを見た翌日は友達の家に遊びに行ってウイニングライブの真似をしたな。プレちゃんは?」

「アタシはお風呂場でやってたかな。何か恥ずかしかったし。それで次はどこ案内してくれる?」

「次はどこ行こうかな~、あと移動手段どうする?これから行こうと思うところ少し距離あるから、車出してもらうこともできるけど」

「距離はどれぐらいなの?」

「全部周っておおよそ20キロぐらい」

「それなら走る。ご両親に車を運転させるわけにいかないし、その代り風よけよろしくね」

「了解」

 

 2人は軽く準備運動をしたのち、ゆっくりと走り始める。トレーニングとは違いゆっくりと走っていたので余裕があり、デジタルは当時の通学路を懐かしむ。

 スクールバスの車窓から見た景色、季節ごとに違いは有るがほぼ変わっていなかった。そしてバスの内装や友達との喋った内容など次々と頭に蘇る。

 

「いや~風よけがいると楽だわ。レースでもこうやって風よけにしたりされたりしてたな」

「アタシは小さいからそこまで効果薄いんだよね。逆に大きい子だと恩恵がデカイんだけど、ヒシアケボノちゃんとかの後ろにつくと楽なんだろうな」

「確かに、もしレースのワールドカップみたいなのが有ったら、誰かがアシストしたりするんだろうな」

「アシストって?」

「本命の前を走って風よけになる役、直線になったら進路を譲って脚を溜めた本命が1着を狙う」

 

 デジタルがプレストンの前の位置でウマ娘専用レーンを走る。この季節は気温30℃を超える日もあるが、今日は比較的に涼しく風も吹いているので軽く走るには心地良かった。

 そして2人はジョギング程度に軽く走っているが人間の乗るママチャリの全力程度にはスピードが出ているので、プレストンはより風よけの恩恵に預かっていた。

 

「到着、ここがアタシの通ってた小学校です」

 

 2人は数十分間走り目的地に到着し、プレストンはじっくりと校舎を眺める。自分が通っていた小学校とは違いレンガ造りのレトロな感じだ。

 

「小学校の時のデジタルはどんな感じだったの?」

「普通だよ。勉強もそこそこで、トラブルも起こさなかった。プレちゃんは?」

「自慢じゃないけど、勉強は結構できたし、運動能力もトップクラスだった」

 

 2人は学校の敷地を周りながら小学校時代の思い出を語る。本当なら校舎や校庭に入りたかったが、入り口は締まっていて無断で入れば不法侵入で罰せられる。

 敷地を一周した後は正門に背中を預けながら雑談を続ける。すると中年の男性が2人の元に近寄ってくる。その視線から警戒心が窺えた。

 

「すみません。この学校の卒業生で近くに立ち寄って懐かしくて、すぐに出て行きます」

 

 恐らく不審者と何かと勘違いされたのだろう。デジタルは頭を下げながらその場を立ち去ろうとするが男性の言葉で足を止める。

 

「キミはアグネスデジタル君だね?」

「はい」

「ああ、大きくなったね。テレビで見たが実際に見ると成長を感じるよ」

 

 男性は親し気に話しかけデジタルは男性を見つめる。そして数秒後何かを思い出したような表情を見せた。一方プレストンは状況が飲み込めずにいた。

 

「デジタル、その方はどちら様?」

「えっと、こちらはアタシが通っていた時の校長先生、そしてアタシの友達のエイシンプレストンちゃん」

「初めまして、エイシンプレストンです」

「初めまして、この小学校の校長です」

 

 デジタルはプレストンに気を使って校長を紹介し、2人は挨拶を交わす。

 

「エイシンプレストンさんは……アグネスデジタル君の日本のトレセン学園での友人で?」

「はい、ルームメイトでした。しかしよくご存知で」

「アグネスデジタル君と一緒に香港で走っていたのを覚えています」

 

 3人は軽く雑談を交わすと校長が本題とばかりにデジタルに問いかける。

 

「今日はどうしてここに?」

「プレちゃんが家に遊びに来て、暇つぶしにアタシが通っていた小学校に行こうという話の流れになって来ました」

「そうですか、よろしければ中に入っていきますか?そのほうが昔を懐かしめるでしょう。一応防犯上の理由で2人に同行することになりますが」

「いいんですか?では喜んで。いいよねプレちゃん?」

「アタシは別に構わないけど」

 

 校長は鍵束を取り出すと正門の隣にある扉を解錠し中に入り、デジタル達も後をついていく。

 中に入ると一面の芝生にサッカーゴールやバスケットボールゴールや滑り台などの遊具が設置されている。一般的なアメリカの小学校の校庭だった。

 デジタルは目を輝かせながら、プレストンは懐かしむように周りを見渡す。2人は幼い頃の思い出が徐々に蘇っていた。

 

「他の小学校も同じような感じなんだ。しかし小さいな、今なら余裕でダンクとかできそう。デジタルは何して遊んでた?」

「バスケとかサッカーはやんなかったな。アタシ球技のセンス無いし。校庭ではベンチで皆とお喋りしてたかな。でもレースごっこはよくやってたな。ウマ娘の友達と走ったり、人の友達を背負って走ったり、そういえばイージーゴアとサンデーサイレンスごっこして怪我したな~」

 

 デジタルは昔を懐かしみ楽しそうに語る。ごっこ遊びで転倒して腕を骨折したことがあったが、今では良い思い出だ。

 

「そういえばタカラヅカキネンは残念でしたね」

「えっ!?宝塚記念を知ってるんですか!?」

 

 デジタルは思わず驚く、日本の宝塚記念など一般的どころかアメリカのレース好きでも大概の者は知らない程世界的にはマイナーレースである。さらに自分が出走して負けたのを知っているのに驚いていた。

 

「はい、噂でアグネスデジタル君が日本に行ってトゥインクルレースで走っていると聞きまして、動向をチェックしていました。GI6勝にティズナウに勝って世界一になるなんて」

「いや、一応は非公式レースなので参考記録ですけど」

 

 校長先生が感慨深げに語るなかデジタルが恐縮そうに訂正する。意外な人物に見守られていた事が嬉しくもあり恥ずかしくもあった。

 

 3人は思い出話に咲かせながら校庭をぶらつき、区切りがついたら校舎の中に入っていく。

 デジタルは思い出を振り返るように各学級の教室に入っていき、目を輝かせながら机に座ったりして思い出を振り返っていく。そして4学年の教室に入ると校長が何かを思い出したかのように語り始める。

 

「そういえば覚えてますか?確か4年生の時でしたよね。アグネスデジタル君が校長室に連れていかれたのは」

「あ~、ありましたね。そんなことが」

「え?何をやらかしたの?」

 

 プレストンは歯切れが悪く相槌を打つデジタルを見て問い詰める。

 アメリカでは担任の言うことを聞かない子供や勉強しない子供は校長室に連れていかれて、説教を受けることがある。比較的に真面目と言ったデジタルが素行不良だったことに興味があった。

 

「えっと、当時は授業中にウマ娘ちゃんの雑誌や小説を読んでたんだよね」

「それは休み時間や家に帰ってやりなさいよ」

「ごもっともなんだけど、早く読みたいって我慢できなかったんだよね。それで担任の先生と言い争いして、校長先生のところに連れていかれた」

「それで注意を受けて親を呼ばれて説教を受けたと」

 

 校長室に行った大概の生徒は校長先生が親に連絡し、お宅の娘さんは学校で勉強していませんとハッキリと告げ家に帰らされる。その間は校長先生から説教を受ける。

 プレストンは校長室に行ったことが無いが、クラスメイトの何人か連れてかれ文句を言っていたのを覚えている。

 

「親を呼ばれることはなかったよ。ただそんなに楽しいのかって聞かれて、そこからぶっ続けでレースやウマ娘ちゃんの魅力を語った」

「何かやりそうだわ。それで何時間ぐらい語ったの?」

「3時間ぐらい」

「それ業務妨害でしょ」

 

 デジタルはバツが悪そうに頭を掻き、それを見てプレストンは思わずため息をつく。

 校長は忙しいと聞いている。そして今とは違って周りの気持ちを考えず好き勝手喋っていたのだろう。興味が無い分野の話を聞かされるのは苦行であり業務妨害だ。

 

「その時は暇でしたから、業務に支障はなかったです」

 

 校長はデジタルに助け船を出すように擁護する。あの時のデジタルは本当に楽しそうに喋っていて、ついつい聞き入ってしまったのを覚えている。

 デジタル達はその後一通り学校を回ったのちに小学校を後にし、中学校など所縁の地を訪問していく。時間は瞬く間に過ぎ気が付けば日が落ち始めていた。

 そして今日の聖地巡礼ツアーの最後の場所に訪れる。そこはデジタルの家の近くにある野球場数個分ほどの広大なスペースの丘だった。

 

「これが噂に名高い。始まりの地か」

「噂に名高いかは兎も角、ここで白ちゃんと初めて会った場所です」

 

 もしデジタルとトレーナーが出会わなければ、稀代のオールラウンダーが生まれることがなければ、出会うこともなかった。そう思うとプレストンも少しだけ感傷的な気分になっていた。

 

「ここで白ちゃんから送られたトレーニング書とか見て、トレーニングしたりしたんだよね」

「選手としての原点か、結構勾配も有るしトレーニングするには良い場所ね」

「そうそうミホノブルボンちゃんの話を聞いて何回も坂を上ったりしたな、アタシはミホノデジタルだって」

 

 プレストンはデジタルの話を聞いて懐かしむ。自分も幼き頃は特別になりたいとシアトルスルーの真似をしたものだ。

 

「折本人も居ることだし、デジタルとトレーナーの出会いの場面を再現しようか」

「へえ~、プレちゃんそういうことしたいんだ。意外」

「別に特段したいわけじゃないけど、聖地巡礼したなら再現するのが楽しみだって言うし、折角ならね」

「しょうがないな、じゃあ出会いの場面からで、プレちゃんは道路から駆け上ってアタシに声をかけてね」

 

 それから2人は出会いを再現するなどして思い出のシーンを再現して楽しみ、頃合いを見て帰宅していく。

 

 

「お邪魔しますっと、うわ……」

 

 帰宅した2人は夕食を堪能しお風呂に入った後はデジタルの部屋で過ごすという流れになる。

 プレストンは一声かけて扉を開けてデジタルの部屋に入るが圧倒され思わず声を出してしまう。

  私室に入るのは初めてだが、寮での共同生活でどのような部屋かはある程度予想出来ていた。だが完全に予想を上回っていた。

 左右の壁どころか天井すら埋め尽くすウマ娘のポスター、そして左右の棚には関連書籍や録画したビデオやDVDなどがぎっしりと詰まっており、栗東寮の4部屋分ぐらいの広さのスペースが1部屋分まで埋まっていた。

 

「何か実にらしい部屋ね。寮の時は大分加減してたんだ」

「流石に共用スペースだし加減してたよ。あと別の部屋にレプリカ勝負服とか飾っているグッズ置き場があるけど見に行く?」

「まだ有るの?」

 

 賞金でグッズを買い漁っていたのは知っているが、別部屋が作れるほどコレクションしていたのか、プレストンは思わず乾いた笑いを浮かべる。

 

「もはや図書館レベルね。レンタル料とか取れば商売になりそうって、うわ懐かしい、家にあるよ」

 

 プレストンは何気なく本棚から手に取った本を見て懐かしむ。アメリカ3冠ウマ娘シアトルスルーの自伝であり、親にせがんで買ってもらったのを覚えている。

 それから2人はレースの雑誌やDVDを見たり、小学校中学校の卒業アルバムを見るなどして時間を過ごしていく。時にはお互い本を読み合って無言の時間もあるが、気まずさはなく沈黙すら心地よかった。

 

「デジタル、将来の予定って決めてる?」

 

 プレストンは読んでいた雑誌を手に置くと唐突に問いかける。

 

「将来?今のところ走るレースは決めてないけど」

「もっと先の話、現役を引退した後のこと」

「一応はトレーナーになって、ウマ娘ちゃんのハーレムを築くことかな」

「それだったらどこでやるの?日本?それともアメリカに帰る?どこで勉強してどこで研修受ける?」

「どうしたのプレちゃん急に、そんな先のことなんて分かんないよ」

 

 デジタルは読んでいた本を置きプレストンを見つめる。あまりに唐突な質問に困惑していた。

 

「最近将来設計を考えているんだけど悩むんだよね。いつまで世界一を目指すか、仮に武術で世界一になったとしたらどうするか、武術をやり続けるか、それとも武術の最強を証明するために総合格闘技でもするか、引退した後はどうするか、通っている道場を跡に継いで道場主として道場を経営するか、ざっと挙げただけでもこんなにある」

「そんな先のことを考えても仕方がないって、目の前のことに集中しなきゃ世界一になれないよ」

「分かっているけどね」

 

 プレストンはため息をつく。デジタルの言う通り先のことを心配せず、目の前の目標を達成するために邁進すればいい、だがある程度道しるべがないと進めない性分である。

 

「折角だしデジタルも考えてみれば人生設計、大雑把でもいいからさ」

「考えるってどんな感じにさ」

「こんな感じ」

 

 プレストンはデジタルにスマートフォンを投げ渡す。そこには試合に勝つには?技の精度を高める、どうやって?動作を録画して確認するなど、提案と対応方法などが多岐に渡って書かれている。

 さらに総合格闘技に挑む場合や道場を継ぐ場合など進む分野に応じて事細かく書かれ、何歳で何を達成すべきなどの目標も書かれていた。

 

「うわ、めっちゃ書いてるんじゃん。こんな色々考えてるの?」

 

 デジタルは画面を見続ける。大量の文章で目が滑るが相当細かく書いている。細かくマメだと思っていたが、ここまで先のことを見据えていたとは思えなかった。

 

「まあ、ここまでしろとは言わないけど大まかでもいいから考えてみたら?」

 

 デジタルもプレストンの言葉に考え込む。将来の夢は決めていたが、大雑把なことしか考えていなかった。これを機に考えてみるのもいいかもしれない。

 

「じゃあ考えてみるか。まずは現役で走るでしょう。それから引退後は勉強してトレーナーになる」

「それでいつまで現役する予定なの?」

「そんな分からないよ。でも出来る限り走りたい」

 

 デジタルはしみじみと語る。長期休養を経てレースを走ったが改めてレースを通してウマ娘を感じることは素晴らしいと実感できた。

 いつぞやプレストンと話して10年も現役で走れないと言った。別にGIでなくてもいい、どんなレースでも構わない。だが出来るだけ多く長く走って感じたいという想いが膨らんでいた

 

「それじゃあ、現時点の最長現役年数を参考にしましょう。えっと最長現役年数は?」

「ミスタートウジンちゃんだね。確か12年間トゥインクルレースで走っていたかな」

「12年って、信じられない」

 

 プレストンはデジタルの言葉が正しいか確認しようとネットで検索する。確かに現時点でのミスタートウジンが最も長い年数走っている。

 改めて見ると驚異的な数字だ。身体の丈夫さや選手生命の長さもそうだが、精神も強い。いくら使い減りしないといえど衰えは確実に来て、外野からも色々と言われただろう。それでも走り続けたのは尊敬に値する。

 

「それで走るのは最後まで中央所属でいい?」

「いや、走れるなら地方でもどこでもいいよ」

「それだとグラベストダンサーっていう地方の選手が最長ね。15年間現役で走り続けている。途方もない数字だわ」

「よし、あと9年現役で走る!目標が明確になるとモチベーションが出てくるね」

「じゃあ、次は目標達成のために何をすべきかを考えてみるか」

「え~っと、健康に気を使うとか?節制するとか夜更かししないとか?」

 

 デジタルは思い当たることを思いついたままに述べる。今まで速く走るためにすることは考え実行したが、長く現役をするためにやることは考えたことがなかった。

 

「そんなところか、アタシも詳しくは知らないけど他のスポーツのベテラン選手でも調べてみれば何か分かるかも。でもウマ娘の衰えは特殊だから」

 

 プレストンは悩まし気に息を吐く。

 ウマ娘は人と比べ抜きんでた身体能力を有しているが筋肉量などは人の女性アスリートと変わらない。

 ならば何故ウマ娘と人類と能力の差が有るかは現時点では解明できていない。だがある仮説がたてられている。

 ウマ娘には人と違う内なる別の魂を宿していると言われ、それをウマ娘ソウルと呼称し、そのウマ娘ソウルが力を与えていると言われている。

 そのウマ娘ソウルが衰え始めると身体能力も衰え始めると言われている。

 また衰えは完全に個人差であり、クラシック級の頃には衰え始めるウマ娘もいれば、ミスタートウジンのように比較的に衰えず長年走れるウマ娘も居る。

 そして現時点で衰えの進行を止める方法は確立していない。

 

「一応いくつか方法は有るらしいけど、民間療法というか眉唾ものだし」

「それでもアタシはやるけどね」

「まあそこは科学の進歩を待つとして、次は現役引退後の話か、トレーナーになるにしてもどうしたいの?日本でやるか海外でやるか、日本だったら中央と地方があるけど」

「やるとしたら日本かアメリカか英語が母国語の国だろうね。只でさえトレーナー試験は難しいのに、別の言語を覚えてテストするのは時間がかかり過ぎる」

 

 トレセン学園のサポートがあったにせよ日本語を習得するのに大変苦労した。現時点で喋ることには苦労しないが、漢字の読み書きなどは未だに自信がない。

 さらにトレーナーになるには日本の最高学府であるT大に入学するより難しいと言われ、トレーナーから勉強漬けの日々を数年してやっと合格したという苦労話を聞いている。

 そう考えれば日本や英語が母国語でない国のトレーナー試験に受けるのは現実的では無い。

 

「そうなるとトレーナーになるとしたら日本とアメリカとイギリスか」

「でもやるとしたら思い入れがある日本かアメリカかな」

「それで目標はウマ娘のハーレムを作るだっけ?それなら日本でトレーナーになったほうがいいんじゃない。日本なら実績は充分で知名度が有るだろうし、最初はメンバーが集まると思う」

 

 デジタルはプレストンの言葉に思わず頷く。トレーナーとしての夢は多くのウマ娘と関わることだ、その為にはチームに多くのウマ娘が所属する必要がある。

 その為に必要なのは指導力などだが、手っ取り早く集めるにはネームバリューを生かして集めることだろう。自分の現時点の勝ち鞍において、アメリカで評価されるのはダートプライドぐらいでそれ以外は評価されない。それなら日本でトレーナーになったほうがいい。

 

「それでトレーナーになるとしたらデジタルが現役最長年齢を更新するとして、約10年後か、比較的に余裕があるけど勉強の計画は?」

「えっと……現役を引退してから頑張ればいいかなって」

「甘い、時間は限りなく有効活用しないと、今からでも遅くないから勉強を始める」

「でも現役の時は走ることに集中したほうがいいんじゃない」

「別に現役の為に24時間費やしているわけじゃないでしょ、空いている時間でトレーナーになるための勉強すればいい、それか時間を作るか、例えばウマ娘の映像を見るとか調べるとかの時間を減らすとか」

「それはダメ!これは最早ライフワーク!それを減らすなんてとんでもない!」

「だったら睡眠時間を減らすことね。その分寿命が減ってトレーナーをやる時間が減るかもしれないけど、兎に角勉強する時間を作る」

「ぐぬぬぬ……確かに」

 

 デジタルはプレストンの反論に思わず唸る。過去にトレーナー試験の教材を購入し読んでみたが、あまりの難解さにその日で読むのを止め、今では寮の自室にある本棚の奥底にしまい、その日から引退してから勉強を頑張ろうと目を背けていた。

 だがトレーナーになって少しでも長い時間ウマ娘達と触れ合うには現実から目を背けず困難に立ち向かわなければならない。

 

「よし、明日から頑張ろう!」

「今日からよ、今日頑張らない者に明日は来ない」

「分かった!」

 

 デジタルは勢いよくスマートフォンを取り出して電子書籍のページに飛ぶ、試験の教材はもちろん運動生理学、栄養学、ダンス、歌唱に関する本などトレーナーライセンス試験に合格するために必要そうな教材は片っ端に購入する。

 

「よしやるぞ、まずは現時点の実力と雰囲気を確認するために過去問をやってみよう」

「アタシにも問題見せて、どんな問題か興味あるし」

「いいよ。うわ選択問題じゃなくて全部記述式なんだ」

「これは難しいわ。というより知らなかったの?」

「恥ずかしながら」

 

 それから2人はトレーナーライセンス試験の過去問を解きながら夜は更けていく。

 内容は専門的で深い知識がなければ解けない問題ばかりの連続だった。だがデジタルはレースを走ったウマ娘についての問題だけは全て正解していた。

 そして2人は眠気が襲ってきたころには過去問を解くのを止めると電気を消してベッドに入る。

 

「昨日は楽しかったよ。今度はアタシの家に遊びに来てよ。そんな遊ぶところはないけど」

「来た時はプレちゃんの聖地巡礼するから色々準備しておいてね」

「分かった。トレーナーライセンスの問題はチンプンカンプンでやる気が萎えるかもしれないけど、少しの時間でもいいから勉強しなさいよ。残り時間は9年もあるんだから何とかなるでしょ」

「確かにそう考えるとやれる気がする。じゃあね」

「じゃあね」

 

 プレストンは手を振って挨拶するとタクシーに乗って去っていく。

 昨日は思い出に残りやすそうな特別な事をしたわけではない。近くをぶらついて部屋で本を読んでお喋りしただけだ。

 だが本当に楽しく思い出の1ページに残るだろう。もし機会があればオペラオーやドトウなどの友人も招待して一緒に過ごしたいものだ。

 そして昨日は楽しいだけではなく有意義な時間でもあった。人生設計を考えることで自分が何をやりたくて、その為にどんな行動をするべきかぼんやりと分かってきた。次にすべき行動はこれだろう。

 

 デジタルは家に戻ると荷造りを始めた。

 

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