アグネスデジタルは周りを見渡しながら歩を進める。辺りは木々に包まれて木漏れ日が差しており、山道を歩いていく様子はまるでピクニックに行くような気分だ。
だがピクニックと違い周りの人々は軽装ではなくドレスアップしている者が多い。自分も軽装ではなくドレスアップしたほうが良かったのかと不安にかられながら、山道を登っていく。
駅から歩いて15分後、目的地にたどり着くと旅の疲れや服装の不安など彼方に吹き飛んでいた。
「ここがアスコットレース場か」
デジタルはユニオンジャックを施したスタンドを見ながら感慨深げにつぶやいた。
ストリートクライとキャサリロと会食をした翌日、デジタルはニューヨークから飛行機でイギリスに向かっていた。旅行の目的は本日行われるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを見る為である。
ヨーロッパレース界上半期の中長距離最強を決めるレースと位置づけされ、その格は芝最高峰のレースと呼ばれている凱旋門賞に引けを取らず、世界4大レースの1つに数えられている。
デジタルは入場ゲートでチケットを購入する。チケットには一般用とゲスト用があり、チケットの種類によって入れる範囲が異なり、少し奮発してゲスト用のチケットを選んだ。
敷地に入ると近くの売店でレースカードを購入する。レースカードとは日本のレーシングプログラムのようなもので、内容は各レースに出走するウマ娘の紹介などレーシングプログラムと内容はさほど変わらなかった。
レースカードでタイムスケジュールを確認する。早めに来たので第1レースまで時間が有のでパドックが始まるまで暇つぶしに敷地内を探索する。
敷地内にはカフェやバーなどの飲食店がいくつかあり、パドックエリアの裏ではピクニックスペースでのんびりできるなど、どことなく東京レース場に似ている印象を受ける。
そして一番印象的だったのはスタンドのエントランス内でジャズの生演奏が行われるなど、エントランス外でも民族楽器の生演奏なども演奏されていたことだ。曲調も陽気で気分が高揚しお祭り気分になる。
デジタルはパドックが始まる頃には最前列に陣取り観察する。緊張している者、興奮している者、やる気を漲らせている者、様々な感情や表情が見られるのはイギリスでも日本でも変わらず万国共通なのだと改めて実感していた。
パドックが終わるとゴール板付近に移動する。日本のレース場と違い最前列はラチのすぐ近くである。さらにレースによってはウマ娘達が外に広がるので、間近で見ることもできる。
それから暫くはパドックとゴール板付近を行き来しレースとウマ娘達を堪能し、瞬く間に時間が過ぎていく。
第3レースが終わりデジタルは時刻を確認するとパドックではなくゲストエリアにあるイベントブースに向かう。そこにはイベントを出来るだけ近くに見ようと何人かが陣取っていた。デジタルも空いているスペースを見つけて陣取るとイベント開始を待つ。
「お待たせしました。今日は欧州上半期を締めくくるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスが行われます。そこで歴代の勝利者に来てもらい今日のレース展望や過去のレースの思い出など色々語ってもらいたいと思います。暖かな拍手でお迎えください。まずはブロワイエさんです」
司会の紹介とともにブロワイエが登壇し暖かな拍手で出迎えられる。現役時代の勝負服に寄せたデザインの豪華なドレスを着ており場は華やかさに包まれる。
ブロワイエは凱旋門賞ではエルコンドルパサー、ジャパンカップではスペシャルウィークと走り日本と縁が深いウマ娘である。さらに勝利したキングジョージでは同期のエアシャカールとレースを走っていた。
エアシャカールはダービー2着で大概のウマ娘は菊花賞に向けて休養するなか、果敢に欧州最高峰のレースに挑んだ姿は同期として誇り高い。
「続いてサキーさんです」
続いてサキーが登壇する。現役時代の勝負服と同じ青色のドレスを着ている。ダートプライドで着ていた丈が短いワンピースタイプのドレスとはデザインが違い、より格調高いデザインである。
ダートプライドの時は健康的な美しさだが今はより大人で艶やかな印象を受ける。
デジタルはスマホで写真を取りながらサキーやブロワイエを堪能する。するとカメラ越しにサキーの目線が合い、ウィンクした姿が映る。
そのファンサービスにデジタルは気持ち悪いほど顔をニヤつかせながら写真を撮り続けた。
イベントは2人の来歴や近況の紹介から始まり、レース映像を交えながら過去のレースを振り返り、そして今日のレース展望や予想などを話す。時折冗談を交え終始和やか空気で進んでいき、皆が楽しめたイベントになった。
「いや~眼福眼福、まさかブロワイエちゃんのお姿まで見られるなんて、これも日頃積んだ徳のおかげかな」
デジタルはホクホク顔でイベントスペースからパドックに戻りレース観戦を続行し、メインレースを迎える。
レースはアイルランド出身のドノヴァンが1番人気に見事に応え勝利する。ターフの外から伝わる想いと情熱などの様々な感情、どこの国のレースでもウマ娘達が競い合う姿は素晴らしいと改めて実感していた。
ロンドン街中のとある大衆向けレストラン、そこには労働者や家族連れなど様々な人が訪れていた夕食を楽しんでいた。そしてデジタルとサキーは一番の奥のテーブル席に座っていた。
「前もって声をかけてくれれば来賓席に招待しましたのに」
「レースは来賓席の見やすいところじゃなくて出来るだけ前で見るのが好きなんだよね」
「それにイベントも見ていたなんて、友人に見られるのは妙な気恥ずかしさがありました」
「でもしっかりウインクしてくれたよね。視線頂きましたって嬉しさで叫んじゃいそうだったよ」
「ファンサービスはしっかりしないといけませんから」
「流石意識高い」
2人は気の置けない会話を楽しみながら料理を来るのを待つ。
デジタルがイギリスに来た目的はアスコットレース場でキングジョージを見ること、そしてサキーと会うことだった。
ダートプライド後も連絡を取り合いどこかで会おうと約束していた。だがお互い予定が合わず時間が過ぎていくなか、サキーがロンドンに足を運ぶことを知ったデジタルは丁度良い機会とイギリス旅行を計画しロンドンに来ていた。
「しかし、中々会えなかったね」
「申し訳ないです。ありがたいことに多くの仕事を頂いて日本に行く時間がなかったもので」
サキーは若干申し訳なさそうに頭を下げて謝罪する。現役引退後はレース番組のコメンテーターの仕事に就いていた。
番組内では関係者へのインタビューやレースの予想をしていた。他にもコラムの執筆やレースとは関係ない番組でもゲストなどで出演など精力的に働いているようだ。その多忙の日々のなかでは現役選手として日本で走っているデジタルとは予定が中々合わなかった。
「売れっ子だし、しょうがない。あとテレビは見られないけどコラムは読んでるよ。エモい文章でいつも胸がキュンキュンしてる」
「ありがとうございます。私としては取材したウマ娘の魅力が1人でも多く伝わるようにと書いているだけなのですが」
「それがいいんだよ。サキーちゃんの愛が読者に伝わっている」
デジタルは力強くサキーを褒める。全てのウマ娘と関係者の幸福を願うサキーの進路は気になるところであり、当人はコメンテーターという職に就く。
積極的に広報活動をしてレースを見てくれる人の数を増やそうという考えであると予想していた。
そして予想通りサキーは業界内外でも徐々に人気を博し、欧州では徐々に観客動員数や視聴率やグッズの売り上げが増えているそうだ。きっとサキーの影響だろうと信じていた。
「あと改めて安田記念優勝おめでとうございます。見事な復活劇でした。芝ではなくダートで叩いて勝つというのがデジタルさんらしいです」
「ありがとう。復帰戦は足に負担がかからないダートが良いって白ちゃんが言うから」
「そしてレースですが、内側で進路が開いたのが勝因の1つかもしれません。外を回していたら届かなかった」
「うん、運よく開いてよかったよ」
「正確にはデジタルさんが進路を開けさせたのではないでしょうか?」
サキーはデジタルを見つめ、表情や眼球の動きなど様々な動きを見て反応を確かめる。
レース映像を見たがあれは前にいたウマ娘が寄れたというより意図的に移動した感じだった。2人のウマ娘が都合よく同じタイミングに左右に動き、デジタルの前にスペースが出来た。
「まあ、そうだね。運も良かったけどアタシもアクションを起こした結果、スペースが出来た」
「一体何をしたのですか?」
「それは秘密かな。ある人に教わった一子相伝の技だからアタシの口から言えない」
デジタルは悪戯っぽい笑みを浮かべる。その様子はまるで謎かけをしているようだった。
「確かに現役の選手が技を教えるのは不用意ですね。その謎はいずれ解いてコラムの題材にさせてもらいます。そこで答え合わせをしてください」
「分かった。ならヒント、安田記念でアタシの前を走っていたウインブレイズちゃんとタイキトレジャーちゃんに話を聞けばいいよ」
「ありがとうございます」
すると2人の会話に割って入るように料理とノンアルコールワインが運ばれる。サキーとデジタルは其々のグラスにノンアルコールワインを注ぐ。
「では再会を祝して乾杯」
「乾杯」
2人はガラスを当てノンアルコールワインに口をつける。
それから2人は様々なことを語った。近況や最近のレース業界について、時間が瞬く間に過ぎていく。
「ねえサキーちゃんって、将来の人生設計ってある」
「人生設計ですか?」
サキーは思わず疑問形で返事する。デジタルからこのような真面目な話題が出るのは意外だった。
「最近友達から人生設計を考えていたほうがいいって言われて考えたんだよね。その友達は凄い細かくて何歳までに何をするとか書いていて、幾通りの進路についても考えてた」
「それは細かいですね」
「それでアタシも大雑把に考えたんだよ。それで参考までに聞いてみようかなって」
「なるほど、私もその友人のようには細かく考えていませんが大まかには考えています」
「よかったら聞かせてくれない?」
「いいですよ」
サキーはノンアルコールワインを一口飲み語り始める。
「まずは今の仕事をして知名度を高めます。そして世界ウマ娘協会の役員になり、最終的には世界ウマ娘協会のトップになります。よりよい世界を作る為には権力を握って作り替えるのが一番ですから」
デジタルは予想外の言葉に食事の手が止まる。サキーはウマ娘と関係者の幸福のためにとレース業界のアイコンになろうと尽力していた。引退後もその夢を実現できるような仕事に就くとは思っていたが、予想以上にスケールが大きさだ。
「随分とスケールが大きい夢だね」
「夢というより、野望ですかね。あとこれは内緒にしておいてもらえますか」
「それはいいけど、何で内緒にするの?ウマ娘ちゃんの為に協会のトップに立つなんて素敵な夢だと思うけど」
「世間的にも権力を欲しがるのは好まれませんから」
デジタルはサキーの言葉に納得する。自分はサキーの人柄を知っているので本心でウマ娘達と関係者の為にトップになろうとしているのを知っている。だが世間から見れば権力欲しさに目指していると邪推される可能性は充分にある。それを若者が口にすればさらに好感度が下がるだろう。
「協会のトップか、どうすればなれるのか想像できないや」
「かく言う私も同じです。コメンテーターから役員になった人が居るので、同じルートで役員になってからは現時点ではノープランです」
「しかし若者が組織のトップに成り上がりを目指すだなんてドラマみたいだね。そういえばドラマであったな。夢を抱いた若者が組織で成り上がったけど、夢を忘れて権力を守ることに固執するようになっちゃったって話、まあサキーちゃんがそんな風になるわけないけど」
「もしそうなったらデジタルさんが私を止めてくれますか?」
サキーは真剣な眼差しで問いかける。その表情はいつものような明るさがなく憂いと悲壮さが合わさり、今までにないものだった。
サキーの様子にデジタルは反応に窮する。思ったことを冗談半分で口にし、サキーも軽く流すと思ったがこんなに真剣に捉えるとは思っていなかった。
「冗談です。デジタルさんの手を煩わすわけにいきませんし、手段が目的になる事は決してありません。絶対に」
サキーはアタフタするデジタルを尻目にクスクスと笑う。その様子はデジタルが知るいつものサキーで思わず胸を撫で下ろす。
「そういえばデジタルさんの夢や将来の人生設計は何ですか?」
「将来設計としてはまずはあと9年現役で走り続けて、現役生活中にトレーナー試験の勉強をして、現役引退後に即トレーナーになるかな。大雑把だけどこんな感じ」
「9年と具体的な数字ですけど、それには理由が?」
「日本での現役の最長記録が16年だから、それを基準にして。本当なら死ぬまで走り続けてウマ娘ちゃんを感じたいけど、それは無理だからギリギリ実現可能なラインってことで」
サキーは生き生きと将来設計を語るデジタルを見て、トレーナーになれるかはともかく、計画通り走り続けられるという予感を抱く。
「ものの相談なんだけど、選手寿命の衰えを抑制したり復活させる薬とかトレーニング方法とか知らない?」
「残念ながら」
サキーは残念そうに首を振り、デジタルは僅かに肩を落とす。もしそんなものがあればゴドルフィンが真っ先に実践している。それがあればもう少し長く現役で走り、世界4大タイトルを勝ち取っていたかもしれない。
「それで現役を引退した後はトレーナーになるということですが、その後の展望はあるのですか?」
サキーとしては落胆したデジタルの気分を変えようと話題を変えたつもりだったが、デジタルはさらに落ち込み思わずため息をつく。
「それはストリートクライちゃんにも言われたんだよね。実はトレーナーになった後の事は考えていなくて、それにトレーナーになることをゴールにしてたらトレーナーになることすらできないって」
「ストリートクライと話したんですか?」
「里帰りのついでにニューヨークに行って、キャサリロちゃんとストリートクライちゃんと食事して色々と話したんだけどそこでね。2人には自分達の夢を叶えるウマ娘ちゃんを育てるって目標が有るけど、アタシにはそういう目標が無い」
デジタルは当時の記憶を思い出したのか再びため息をつく。一方サキーは悩みを解決する言葉を模索する。確かにストリートクライの言葉は一理ある。目標は想定のものより高くすべきだ。
かつての自分も世界4大タイトル制覇を目標にしていたがそれでは勝てないと思い、無敗かつ各レースで最大着差の記録を更新するという意気込みで臨んでいた。
「なら、一旦目標や動機を再確認するのもいいかもしれませんね。デジタルさんは何故トレーナーになりたいのですか?」
「それは将来ウマ娘ちゃんと関わっていきたいし、そうなるとトレーナーでしょう」
デジタルは己の動機を振り返りながら動機を話す。目的はウマ娘達とのハーレムを形成し、時には濃密に関わり、時には空気となってチームメイト達の触れ合いを見守り、ウマ娘達を感じることである。
「目的はウマ娘達と関わること、となるとトレーナーという職は目的を達成する手段の1つ、もしトレーナー以上にウマ娘と関わる職種が有ればトレーナーにならなくてもいいということですか?」
「う~ん、そう言われるとそうかも」
デジタルは悩まし気な声を出して返答する。動機はウマ娘達と関わることで、トレーナーが最も関われるからなりたいと思った。もしトレーナー以上にウマ娘と関われるならその職に就くだろう。その発想はなかった。
「でも、現時点でトレーナー以上にウマ娘ちゃんと関われる仕事は無いと思う」
「それは私も思います。ではウマ娘達と関わるという目標を叶える為に設定する大きな目標ですが、とりあえずは日本一のトレーナーを目指しましょう」
「日本一?別にリーディングトレーナーになりたいと思ってないけど」
サキーが掲げた目標にしっくりこないのか、デジタルの声のトーンが下がる。
デジタルはそこまで上昇志向や出世欲が無い。現時点でもレースにおいても勝ちたいという欲よりウマ娘を感じたいという欲が勝っているほどだ。
そしてトレーナーになっても目的はウマ娘を感じることで、地位や名誉は全くと言っていいほど興味が湧くことはないだろう。
サキーはデジタルの気の抜けた反応を見て予想通りだと思いながら順序だって説明する。
「まずデジタルさんは出来る限り多くのウマ娘と接して感じたいんですよね」
「そうだね。色んなウマ娘ちゃんを感じたい」
「では一般的なウマ娘は弱小チームと名門チーム、どちらに入りたいと思いますか?」
どのチームにも素敵なウマ娘ちゃんが居るから選べない、デジタルはそう答えようとするが言葉を飲み込み一般的な思考で考える。
名門チームのリギルの入団でテストには多くのウマ娘が居た。より強くより速くなる為には自分を成長させてくれるチームに入団したいと思う。
「それは名門チームじゃない?」
「そうです。人はより高いレベルの場所に集まります。ということはデジタルさんが仮に日本のトップトレーナーになればより多くのウマ娘が指導を受けたいと集まります。そうなるとより多くのウマ娘と触れ合う機会が増えます」
「ふむふむ」
「さらに強いウマ娘は凱旋門賞、ドバイワールドカップなどの海外のビッグレースに挑戦するでしょう。そうなると現地のトレーナーと交流できれば、そのチームのウマ娘と触れ合い感じる機会が有るかもしれません」
「なるほど!」
デジタルは思わず手を叩く。最初は全くピンとこなかったがサキーの説明を聞いて確かにその通りだと思えてきた。
「そして多くのウマ娘を感じる為に少数精鋭型のチームではなく、多くのチームメンバーが居るチーム作りを目指すべきです。そうすれば多くのウマ娘と関われます」
「でもそれだとウマ娘ちゃん一人一人と触れ合う時間が減っちゃうし、自分だけで何十人ものウマ娘ちゃんの面倒を見きれないよ」
「そこはサブトレーナーを雇えばデジタルさんの負担は減ります」
「そっか、サブトレーナーを使えばいいのか、うちのサブトレーナーは白ちゃんの代理って感じだからな」
チームプレアデスではトレーナーがチームのウマ娘の指導に当たっているが、スカウトや海外のレースの視察や勉強会などで海外に行くことが多い。その間にチームのウマ娘達を指導しているのがサブトレーナーの黒坂である。
トレーナーが事前にメニューを組み、サブトレーナーが報告又は現場判断でメニューを修正などして指導している。トレーナーがトレセン学園に居る時は資料整理などの雑用をしている。
チームプレアデスでは基本的にトレーナーかサブトレーナーが1人で指導するので、他のチームで大人数のウマ娘を複数のサブトレーナーで指導するというイメージが湧かなかった。
デジタルは将来を想像する。トレーナーになってから瞬く間に成績を伸ばし多くのウマ娘達が指導を受けたいと門を叩く。
サブトレーナーを雇い出来る限りのウマ娘を受け入れるシステムを作り、メイントレーナーとしてサブトレーナーに指示を与える。各サブトレーナーから報告を受け、それを元にチームのウマ娘達に直接指示を与え、時には面談などしてメンタルの不安などを解消する。そして多くのウマ娘が目的を叶え笑顔になる。
今まで不明瞭だったトレーナーとしての活動が以前より具体的にイメージができるようになっていた。
「うん!何かやれそうな気がしてきた。ありがとうサキーちゃん。目指すは日本一のトレーナー、そして何十人ものウマ娘ちゃんを指導する日本一の大きなチーム!」
「お役に立ててうれしいです。あと指導力はそうですが、チームという組織のトップに立つことになりますので、人心掌握術や組織運営の術を今の内に学んだほうがいいかもしれませんね。私見ですがデジタルさんは個人主義というか、そういったことは苦手そうですから」
「うん、苦手。でもサキーちゃんは得意そう」
「組織運営はいずれ世界ウマ娘協会のトップを目指す者として勉強中ですが、人心掌握術というか人に好かれる術は自分なりには知っています。業界のアイコンになるには多くの人に好かれなければなりませんから。よかったら教えましょうか?」
「お願いしますサキー先生!」
「では基礎編として……」
それからサキーの人心掌握術のレクチャーが始まる。デジタルは話を聞きながら重要そうな言葉をスマホに打ち込んでいく。
話は人心掌握術からサキーのプライベートやレースでの思い出話に変っていき、デジタルも過去やレースの話をしていく。
以前ドバイで話した時はサキーが多忙の身であるために僅かの時間しか話せなかった。だが今は時間を気にすることなく思う存分語り、店の営業時間ギリギリまで話していた。
店を出ると賑やかだった通りは人影が疎らで他の店も閉まっていた。
「あ~楽しかった。今日は付き合ってくれてありがとうね」
「こちらこそ、とても楽しい時間でした。明日以降のご予定は?もし観光するのでしたら時間を作って案内しますよ」
「いいよ、わざわざ時間を作ってもらうのも悪いし、他の観光名所には興味が無いからこのまま日本に帰る予定」
「そうですか」
サキーは思わず笑みを浮かべる。ウマ娘に関すること以外は一切興味が無い、実にアグネスデジタルらしい。
「時間があればまた会いましょう。今度は私が日本に行きます。日本のレースは勿論、ヒガシノコウテイさんやセイシンフブキさんが所属している地方のレースも見てみたいし」
「是非来てよ。アスコットやロンシャンにも負けないぐらいに素敵な場所だから」
「楽しみにしています」
2人は別れの挨拶を交わし手を振り合いながら別々の方向に歩き始める。するとサキーが歩みを止め背中を向けるデジタルに少し声量を大きくして話しかける。
「デジタルさんが日本一のトレーナーになる。ストリートクライが史上最強のウマ娘を育てる。その目標はある意味私の夢だった世界4大タイトル獲得より困難かもしれません。ですから困ったことがあれば何でも相談してください。出来る限り尽力はします。そして挫けないでください。もしデジタルさんやストリートクライが目標を達成できれば、ウマ娘達にとって大きな希望になります」
ウマ娘のトレーナーはどの国でも少なからずいる。だがどのトレーナーもGIを勝つウマ娘を輩出できず、世間的には決して1流と呼べるトレーナーはいない。
その理由として人間のトレーナーとの間にある不思議な絆が信じられており、その絆がウマ娘を強くすると信じられている。
真偽はともかく現状として1流と呼べるトレーナーは全て人間であり、結果が信憑性を増している。その結果、トレーナーを志望するウマ娘が二の足を踏んで別の道を歩んでしまう事がある。
自分でその説を覆してやるという意気込みが無い人間ならば大成できないと言われればそれまである。だが1つの成功例が有れば希望を持てトレーナーを目指し1流と呼ばれるトレーナーになれるかもしれない。
どんな困難な道でもほんの僅かな希望が有れば歩める。デジタルとストリートクライには成功例という希望になってもらいたかった。トレーナーを目指すウマ娘達の為に、そして本人たちの夢の為に。
「分かった!絶対に諦めないでウマ娘ちゃんの希望になるから!」
デジタルは宣言するように大きな声で返事しサキーに向けてサムズアップする。
サキーの言葉の全ての真意は分からないが、その言葉は自分と世界中の全てのウマ娘の幸福を願った言葉で有るのは分かる。
自分が日本一のトレーナーになればウマ娘のハーレムを作るという夢と世界中のウマ娘の幸福に繋がる。ならばなってやる、日本一のトレーナーに。
デジタルは再びサキーに背を向けて歩き始め、ここ最近の出来事を振り返る。
プレストンと話すことでトレーナーになるという漠然とした目標に具体的なプランができた。
ストリートクライとキャサリロと話すことで、ウマ娘がトレーナーになることの困難さとトレーナーになる為に足りない物を知った。
サキーと話すことで自分に足りない物を補うための具体的な目標とその為に必要なスキルを知れた。
今回の帰郷と旅行は楽しいだけではなく実に有意義だった。今回で得た気づきや教訓を胸に刻み、日本での生活を送ろう。
デジタルの中で根拠は無いが、現役最年長記録を更新しながらレースを走って思う存分ウマ娘を感じ、引退後もトレーナーとして大成し日本一になっているという明るい未来が鮮明に浮かんでいた。