勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と新世代#5

「セイシンフブキのマスコットフィギアは売り切れました~!セイシンフブキのマスコットフィギアは売り切れました!」

 

 中年の男性ボランティアスタッフはグッズ販売所で声を張り上げて周囲の客達に伝える。すると列を並んでいる客から落胆の声が聞こえ始める。

 

「他にもセイシンフブキのキーホルダー等のグッズはございます。これを機に購入如何でしょうか」

 

 ボランティアスタッフの声に、列を並んでいる客から仕方がない買うかと、妥協の呟きとともに他のグッズを買っていく。その様子にボランティアスタッフは安堵のため息をつく。

 今日の客入りは予想以上に多い。メインレースはGⅡ日本テレビ盃だが、まるでGIかしわ記念当日のようだ。

 この客入りは中央の人気選手のアグネスデジタルが出走するのも要因の1つだが、やはり昨日のセイシンフブキとアジュディミツオーの舌戦が大きいだろう。

 アジュディミツオーのセイシンフブキへの宣戦布告の様子を録画された映像は、ファンによってネットに拡散され反響を呼んでいた。

 ボランティアスタッフもその場にいたがアジュディミツオーの並々ならぬ覚悟が感じ取られた。

 そしてセイシンフブキからもかつての面影が感じ取られた。最近は精彩を欠いた走りを見せているなか、今日が復活の狼煙になるのではないかと期待していた。

 それは他の客達も少なからず感じているようだ。その証拠にセイシンフブキとアジュディミツオーのグッズの売り上げが今まで以上に伸びている。

 今年のグッズ収益ナンバーワンはナイキアディライトだが、今日は売り上げで2人に大きく水をあけられていた。

 

「はい、了解しました。そちらに向かいます」

 

 無線でインフォメーションセンターに迷子が何人も保護されているので、ヘルプに来てくれと報せがくる。中年男性は他のスタッフに了解を取りインフォメーションセンターに向かう。

 今日は目が回るように忙しい、だがGⅡでこれだけの人がレース場に着て観戦してくれる。それが嬉しくもあり忙しさも全く苦でなかった。

 

「あの、すみません、迷子のお子さんが居るようなのですが」

 

 すると走っている途中で黒髪の三つ編みに眼鏡をかけたウマ娘が申し訳なさそうに声をかけてくる。

 

「それはどちらですか?」

「ゴール板から約200メートル手前のラチのところです。私がインフォメーションセンターに連れて行っても良かったのですが、赤の他人が連れていくのはどうかと思いまして」

「わかりました。私が保護して連れて行きます」

「では、案内します」

「いえ、お手を煩わせるわけにはいきません。特徴を仰って下さるだけで充分です。お客様は船橋レース場をお楽しみください」

 

 黒髪のウマ娘はボランティアスタッフの言葉に説得されたのか、迷子の特徴を伝えるとお手数かけしますと丁寧に頭を下げる。

 ボランティアスタッフはどこかで見たことがあるようなウマ娘だと思いながら、迷子を保護しに向かった。

 

 忙しいなかそれを客に悟らせないような言葉遣いと雰囲気、さらに客の提案も手を煩わせるわけにいかないと丁重に断った。何より船橋レース場をお楽しみくださいという一言が心に響いた。流石南関東のボランティアスタッフの接客は素晴らしい。

 ヒガシノコウテイはメモとペンを取り出し先程のスタッフについて記述していく。

 

 どうすれば盛岡レース場に多くの客を集め顧客満足度を上げられるか?それはヒガシノコウテイにとって至上命題だった。

 そのためにアイディアを振り絞り試行錯誤を繰り返してきた。だが自分1人ではアイディアにも限界があり、見えないこともある。ならば他のレース場を参考にすればいい。

 ヒガシノコウテイは仕事の合間を縫って、各地方レース場や中央のレース場に向かって調査していた。そして今日は船橋レース場に足を運んでいた。

 

 船橋レース場の運営の調査、それも来た目的の1つだが別の目的もあった。それはアジュディミツオーのレースを見る為だ。

 地方総大将としての力を手に入れたいと教えを請いに来た地方の後輩、アジュディミツオーに助言を与え、アジュディミツオーも助言に従い努力してきた。

 そして今日のレースで努力の結果が実るのか確かめにきた。地方総大将としての力を手に入れられたかは映像で見ただけでは分からない。だが生で見れば分かる。

 さらに言えばアジュディミツオーとセイシンフブキの師弟対決が純粋に見たかった。前日に起きた舌戦、あれは刺激的で魅力的なパフォーマンスだった。

 ヒガシノコウテイはレース場グルメを食べ、行われているイベントを見学する。暫くの間仕事をしつつ船橋レース場を満喫するが、時計を見て後ろ髪を引かれながらパドックに向かう。

 アジュディミツオーが変ったかどうかの判断材料の1つとして、パドックの様子があげられる。これは近くで自分の目で見なければならない。

 第6レースのパドックからスペースを確保しながら只管待つと、10レースに近づくにつれ徐々に人が集まり、直前になると身動きがとれない状態になっていた。

 

『只今より第10レース、GⅡ日本テレビ盃のパドックを開始します』

 

 場内のアナウンスでパドックが開始され人気の低い者からステージに現れる。

 

『4番人気、5枠5番ナイキディアライト選手』

 

 ナイキアディライトがステージに現れると同時に歓声があがる。

 日焼けした浅黒い肌色に額にハートマークに似た痣が特徴的なウマ娘だ。今日はGIではないので全員が指定の体操服である。

 日に焼けた肌から見える四肢の部位を見ただけで鍛えこまれているのが誰でも分かる肉体だった。初めて見た客は思わずどよめいている。

 

 クラシック級では羽田盃と東京ダービーの南関東2冠ウマ娘、シニア級になってからは精彩を欠くも今年に入ってGIかしわ記念ではセイシンフブキを破り1着、帝王賞でも現役ダート最強の呼び声高いアドマイヤドンにハナ差の2着と善戦し、地方のナンバーワンはナイキアディライトという認識が固まりつつあった。

 本来なら1番人気でもおかしくないのだが今日は4番人気、ファンは1番人気に押し上げられなかった不甲斐なさに心を痛めているのか精一杯の声援を送る。

 ナイキディアライトはステージに上がる際には人気に対する不満か表情が険しかったが、ファンの声援を聞いて即座に笑顔を作る。

 人気で劣っても応援してくれる人は多く居る。その人達のために地方の為に頑張って欲しい。ヒガシノコウテイは心の中でエールを送る。

 

『3番人気、4枠4番アグネスデジタル選手』

 

──今日は割れるのか?

──またオモシロステップを見せてくれよ

 

 一部の観客から茶化す声が聞こえ、一帯から笑いが起きる。昨日のデジタルの様子はアジュディミツオー達と同じようにネットに拡散されおもしろ動画扱いで広まっていた。

 元々中央の人気選手であるがこの一件でさらに認知度が高まり、今日の客入りの1つの要因にもなっていた。

 だがこの人気は色物扱いによるものではない。前走は宝塚記念で敗因は距離によるものであるのは明らかで、今回は1800メートルで距離適性に合い、同じ舞台で勝利しているのでコース適性も充分だ。本来なら1番人気でもおかしくない。

 デジタルは茶化す声に一切の反応を示さず悠然とステージを歩く。

 するとヒガシノコウテイと目線が合うと満面の笑みを浮かべ手を振ってアピールする。ヒガシノコウテイも気まずそうに手を振っていた。

 その結果ヒガシノコウテイの存在が知れ渡り、辺りから騒めきが起きていた。

 

『2番人気、5枠5番アジュディミツオー選手』

 

──師匠越えだ!アジュディミツオー!

──セイシンフブキに勝って南関のトップに駆けあがれ!

 

 昨日の件でより期待度が高まっているせいか、アジュディミツオーが現れると一層の歓声があがった。

 ヒガシノコウテイは思わず耳を塞ぎながら様子を見ると一瞬視線が合う。表情から意気込みは伝わってくるが不安も伝わってくる。精神面では万全というわけではなさそうだ。

 まだ地方総大将としての力を手に入れていないかもしれない。だがウマ娘は一瞬で変われる。レース中に何かしらの変化が起きるのを期待するしかない。

 

『1番人気、7枠8番セイシンフブキ選手』

 

──恩返しなんてさせるなよ!

──シニア級の厳しさを見せてやれ

 

 セイシンフブキが現れるとこの日1番の歓声があがる。

 いくら精彩を欠いていても船橋の象徴はやはりこのウマ娘であるということか、その人気は根強い。さらに昨日のやりとりで期待感を煽られれば1番人気なのも納得だ。

 セイシンフブキはヒガシノコウテイの存在に気づくことなくステージを練り歩く。傍から見ても集中力と気合いが分かる。それは現役時代に一緒に走ったかつてと同じ姿だった。

 ファンは復活を願っているが決して夢物語ではなく、充分に起こりうる可能性がある。

 

「流石アグネスデジタルさん、地元22人の人気に負けていませんよ」

「何か昨日の様子がネットに拡散されて面白おかしく紹介されたみたい。白ちゃんにも怒られちゃったよ。アタシだって人の為にやったんだから、少しぐらい多めに見てくれてもいいのに」

 

 デジタルは唇を尖らせサブトレーナーの黒坂に愚痴を溢す。昨日の件で海外に居るトレーナーから連絡があった。状況を説明したが今回は穏便に済んだが本来しようとしたパフォーマンスをしていれば変な誤解を招き、互いに不利益が生じると叱られていた。

 

「それより見た?コウテイちゃんが居たよ!アタシのレースを見に来た……それはないか。きっとフブキちゃんを見に来たんだよ。いや師弟対決を見に来たんだよ!かつてのライバルの師弟対決を見るコウテイちゃんは何を思うか?いや~、色々と妄想が捗りますな」

 

 デジタルは怒られた不満から一転して嬉々として喋り始め、その様子に黒坂は少し困惑していた。そんな様子に気づくことなく喋り続ける。

 

「でも良いよね~師弟対決。『まだ師匠越えは早いわ~!』って後輩ウマ娘ちゃんをコテンパンにして、悔し涙を流しながらも再起を誓う姿を見るのも良いし、アタシが後輩ウマ娘ちゃんに負けた後それっぽい事言って、後輩ウマ娘ちゃんが涙を隠すために深々と礼するのもいいよね。いいな~フブキちゃん、アタシもやりたい~」

「アグネスデジタルさん、そろそろ本バ場入場ですのでそろそろ」

 

 黒坂がデジタルに若干申し訳なさそうに告げる。気が付けば他のウマ娘達はトレーナーとパドック後の打ち合わせを終わらせ、何人かのウマ娘は列を作りながらデジタルを睨む。デジタルが入場しないせいで待たされていた。

 

「おっと、行かないと。黒坂ちゃん何か言いたいことがある」

「今年の秋を占う重要な一戦ですが、結果を気にせずに」

「黒坂ちゃんは真面目だね~。元々結果なんて気にしないから」

 

 デジタルは小走りで向かうと、待たされたウマ娘達にペコペコと頭を下げながらコースに入っていく。

 黒坂はその様子を見送りながらデジタルについて思考する。レースに同行するのは初めてだが、レース前のパドックながら他のウマ娘を気にして、勝利への意気込みが感じられなかった。

 チームのウマ娘のレースに同行したことがあるが、入れ込んだりナーバスになっていたりと様々な仕草を見せる。全てはレースに勝ちたいという気持ちから発生するものだが、それらがまるで感じられなかった。

 さらに元々結果なんて気にしないからという言葉、前哨戦で試したい事柄がある際に、勝負度外視でレースを走ることもある。それでも思考は次のレース、勝利向けられている。

 だがこのレースで次のレースに試したいことがあるわけでもなく、単純に今日のレースの過程を楽しもうとしている。改めてアグネスデジタルと言うウマ娘の特異性を理解していた。

 

 ヒガシノコウテイはデジタルが慌ててコースに入る姿を見て思わず微笑む。

 相変わらずだ、アジュディミツオーを中心にレースに出走するウマ娘は勝利を目指す。セイシンフブキもダートの探求を重視し勝利を目指していなかったが、今日は弟子に負けない為に勝利を目指す。そんな中デジタルだけは勝利を目指していない。 

 パドックに居た観客達はレースを見る為に忙しくスタンドに向かう。ヒガシノコウテイは圧迫感から解放されゆったりとスタンドに向かう。

 今日は1人で船橋レース場に来ているので、レースを見る為のスペースを確保してくれる人員は居ない。レースをいい場所で見るスペースを確保するか、パドックをいい場所で見るスペースを確保するか2択のうち、どちらかを選ばなければならずパドックを選んだ。

 この目で見られなくともオーロラビジョン映像は見える。オーロラビジョンの映像を見ながら会場の雰囲気を感じるだけでも、アジュディミツオーの変化は分かるだろう。ゆっくりと歩いていると後ろから声をかけられる。

 

「やあ、ヒガシノコウテイ君も来てただなんて意外だね」

「どうも、初めましてアブクマポーロさん」

 

 ヒガシノコウテイは礼儀正しく挨拶する。アブクマポーロはメイセイオペラのライバルとして顔も知っているが、直接話すのは初めてである。

 

「今日は1人?それとメイセイオペラは元気かい?」

「今日は1人です。あとメイセイオペラさんは元気ですよ。協会職員の先輩として色々と教えてもらっています」

「一般企業に勤めていたと聞いていたが?」

「協会の力になりたいと数年前に転職しました」

「そうか、それで今日は何で来たのだい?」

「船橋レース場への個人的視察、あとはアジュディミツオーさんとは個人的に交流がありまして、何個か助言しました。その成果が出ているのかと気になって」

「もしかしてミツオー君がボランティアスタッフとして働くようになったのは君が関係しているのかい?」

「え?」

 

 ヒガシノコウテイは思わず声を出してしまう。今の会話の流れでその質問になる?しかも正解である。

 

「恐らくそうだと思いますが、何故分かったのですか?」

「メイセイオペラもよく手伝いをしていたみたいだからね。そこから連想で君たちの力を手に入れる為にやっているのかと考えた。正解とは私の勘も捨てたものではない」

 

 アブクマポーロも驚きながら説明する。今の答えは完全に当てずっぽうだった。

 

「ミツオー君も悩んでいたようだかね。別の力を習得しようというのは悪くはない。メイセイオペラやヒガシノコウテイ君が持つ地方の為に走るという気持ちが生む力、私やフブキは理解できないが、確かにそれはある」

 

 アブクマポーロは懐かしむように言う。その力で現役時代は何度も苦しめられた。

 

「セイシンフブキさんの教えに反すると思いましたがあまりにも悩んでいたので、余計なことをしたかもしれません。謝らせていただきます」

「謝ることじゃない。孫弟子が何を取り入れようが自由だ、それにフブキも特に気にしていない」

「そうなのですか?てっきりダートを極めるのに不純物だと毛嫌いすると思っていましたが」

「確かに、昔なら即破門にしていただろうが、何だかんだ丸くなったんだよ」

「それはよかった」

 

 アブクマポーロは胸を撫で下ろし、ヒガシノコウテイを見て思わず口角が上がる。本当に寛容になったものだ。

 

「しかしセイシンフブキさんとアジュディミツオーさんのレースは楽しみですね」

「ああ、弟子と孫弟子がレースで一緒に走る。楽しみだ」

「羨ましいです」

「私が?」

「いえ、アジュディミツオーさんが」

 

 ヒガシノコウテイが遠い目をしながら喋る。自分の中で師匠と言えるのはメイセイオペラだ、

 姉のような存在で様々な事を教わった。いつかレースで一緒に走るのを夢見たがそれは叶うことはなかった。

 

「そういうなら私も羨ましいよ」

「アジュディミツオーさんがですか?」

「いや、フブキがだよ」

 

 アブクマポーロもヒガシノコウテイと同じように遠い目をしながら語る。

 未熟ながらも少しずつ成長する弟子の姿、それは嬉しくも有り、いずれ相まみえると考えると高揚感があった。

 だが自身のケガによる引退で相まみえることがなかった。それは現役生活での心残りの1つだ。

 

「では、それぞれ感情移入しながらレースを楽しもう。そういえば1人で来たと言ったが見る席は有るのかい」

「いや無いです。立ち見でレースが見られたら幸運ですが」

「よかったら上の席で一緒に見ないか?臨場感は味わえないがレースは良く見える。こう見えても関係者だから1人ぐらいは顔パスできる」

「いや、特別扱いされるわけにはいきません」

「遠慮することはない、それに岩手ウマ娘協会の職員なら、視察という名目で上がれるだろう。どのみち上で見られるから問題ない」

「では、お言葉に甘えて」

「では行こう。この後予定はあるかな?なければ今日のレースを肴にしながらダートについて語り合おう。フブキのライバルであるヒガシノコウテイ君と一度語り合いたかったんだよ」

 

 2人は肩を並べながら上に向かう。お互いが成し遂げられなかったことを出来る相手に想いを重ねる。願わくは悔いが無いようにと願っていた。

 

 

『空には分厚い鈍色の雲が浮かんでいます。GⅡ日本テレビ盃、ダートコンディションですが、昨日の大雨の影響か、雨は止んでいますが不良です。今年の日本テレビ盃は豪華メンバーが揃いました。地元の船橋からは各世代を代表するウマ娘が、中央からはGI6勝ウマ娘アグネスデジタルが参戦しました。JBCに向けての重要なステップレース、地方勢が意地を見せてJBCに向けて弾みをつけるか?中央勢がレベルの高さを見せつけJBC、あるいは別路線で羽ばたくのか?レースがスタートしました』

 

 其々の想いを抱きながら日本テレビ盃が始まった。

 

 

 

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