勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者と漆黒の帝王#2

 とある郊外にその寺は有った。特に歴史的に価値があるわけではなく、最寄り駅から車で30分以上掛かるアクセスの悪さのせいで参拝者は滅多に来なく寂れていた。そんな地元住民も知らない寺だが、あることで有名だった。

 入り口の鳥居から本殿まで4443段、高低差700メートル、その段数と高低差は日本でも屈指だった。

 

 明朝5時、まだ日が昇らず薄暗い辺り一帯を車ライトによって照らされる。車は入り口の鳥居周辺に停車し、2人の人物が車から降りる。1人はチームプレアデスのサブトレーナーの黒坂、もう1人はアグネスデジタルだった。

 デジタルは辺りを執拗に確認してから車から降り、準備運動を始め数十分ほどする。

 準備運動が終わると黒坂は力を込め歯を食いしばりながら、車からリュックサックとバンクルを取り出す、バンクルはウマ娘用の重さで、リュックにも重りが詰め込まれていて一般男性が持ち運ぶには相当の重さである。

 デジタルはリュックサックを背負いバンクルを足首に装着すると体に馴染ませるように軽く体を動かす。

 

「恐らく人が来ることはありませんが、途中で来ましたら伝えますので」

 

 黒坂はデジタルにウマ娘用のインカムを渡し、デジタルはインカムを装着しながら頷き、階段を一気に駆け上がった。

 

 デジタルはトレセン学園に天皇賞秋までの休学を申請する。申請理由はレースで万全を期すため、その理由にトレセン学園の責任者は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 休学の主な理由は病気やケガ経済的な理由などだが、レースに万全を期すためという理由で申請するウマ娘も少なからず居る。そういったウマ娘の大半は外厩でトレーニングを積む。

 

 外厩とはトレセン学園以外のトレーニング施設で、シンボリなどの名門と呼ばれる集団が保有していることが多く、なかにはトレセン学園以上の設備の施設も有る。

 トレセン学園は日本でも最高峰のトレーニング機関を自負している。それがトレセン学園より外厩を利用されれば面目は丸つぶれである。今のところ外厩の使用を制限する制度はないが、トレセン学園の責任者からの心証は悪くなる。

 デジタルとトレーナーはトレセン学園の責任者に対して、外厩舎を使用しない事と、何故トレセン学園から離れなければならないかを説明した。

 トレセン学園の責任者は説明を聞き、ある者は困惑し、ある者は真面目に答えろと声を荒らげた。だが話を聞くにつれ必死に悩み考え抜いた選択であることに気づく。

 理屈は理解できない。しかしトレセン学園としてはウマ娘の自主性と多様性は尊重すべきである。

 それにトレセン学園の設備が外厩より劣っているからではなく、トレセン学園でも外厩でもデジタルの望みは叶えらないから出て行く。それなら面子は保てる。結果休学申請は受理され、天皇賞秋まで休学となった。

 

 デジタルは集中して階段を駆け上がる。脚の指先から踵や膝への連動は上手くいっているか、腕を振るタイミングにズレはないか、己の身体に問いかけていく。

 ここではトレーニングを見るトレーナーも居なければ、走る姿を録画する機具もない。頼れるのは自分の感覚のみ。漫然とトレーニングすれば効果は得られない、今まで培った感覚と知識を総動員して鍛える。

 デジタルは走りながら体にかかる負荷を分析する。階段ダッシュのトレーニングは初めての経験だが、負荷としては坂路で走るのと似た感覚だ、さらにリュックとアンクルの斤量によって負荷は増している。これならいつもトレーニングと遜色ない。

 一方アンクルとリュックサックの斤量によってフォームが乱れる可能性が有る。しかしトレーニングをする為には仕方がないと割り切る。

 

 ウマ娘の脚力は人間を遥かに凌ぎ、そのウマ娘が全力で走る際に他者と接触すれば大事故に繋がる。

 事故を防ぐ為にウマ娘達はウマ娘専用レーンやトレセン学園などの全力で走れる場所以外では速度を制限する。

 本来であればこの階段ダッシュも安全のために速度を抑えなければならない、だが速度を抑えればトレーニングの強度が足りなくなる。

 速度を抑え強度を増やす、その為にアンクルや重り入りのリュックを背負う。今のデジタルが走る速度は人間のアスリート程度まで落ちていた。

 頂上に着くとすぐさま階段を下る。ここでも上り程ではないが意図的にスピードを速める。階段は登り下りの方がより負荷が掛る。

 階段を下りながら、つま先は常に正面を向き外に向かないようにとフォームを意識する。今まで日常生活で階段を降りることはあってもトレーニングで降りたことはなく、特に意識したことはなかった。

 それから何回か階段を往復しトレーニングを終わらせる。

 

「階段ダッシュのトレーニングはどうでした?」

「思った以上にきつかった。これなら大丈夫だと思う」

 

 トレーニングを終え車で移動するなか、デジタルはアイマスクをつけ車内の後部座席でふんぞり返りながら喋る。

 トレセン学園でのトレーニングと同等の強度のトレーニングをするにはと、トレーナー達と考えたのが階段ダッシュだった。

 開始前には少し不安だったが、いざ実践するとそれなりの負荷が掛っていた。これなら及第点だろう。

 

「しかし、ウマ娘ちゃん断ちするのも大変だね、トレーニングするにも、あんな遠くまで行かないといけないだなんて」

「そうですね。ウマ娘と接触しないようにすると色々と制限が掛かりますから」

 

 黒坂は苦笑しながら同意する。階段ダッシュトレーニングはそれなりに知られているトレーニング方法だ、デジタル達がトレーニングした寺は日本でも有数の階段数と高低差で、強度を求めて運動する者達が来るかもしれないと思われるが、実際は滅多に人は来ない。

 階段ダッシュトレーニングは段数と高低差が無くとも回数でカバーすればよく、何よりアクセスが悪く今日は平日で人が来る可能性はゼロに等しかった。

 寺で階段ダッシュをトレーニングにしたのは強度の他に他者に出会う確率を減らす目的があった。

 ウマ娘がトレーニングするのはトレセン学園などの専門施設だけではない。

 レースから退いた者、レースの道を選ばなかった者達が健康の為に街中で走っている。それらのウマ娘達に出会ってもウマ娘断ちは失敗する。

 デジタルは黒坂に話しかけるのを止めヘッドフォンをつける。サングラスやヘッドフォンをつけているのは街中を走るウマ娘の姿や声を知覚しないための予防策である。

 車で走って1時間後、デジタルは車から降りて玄関から家に入る。ここは黒坂トレーナーの実家で天皇賞秋までは世話になることになっていた。靴を脱ぎ黒坂トレーナーに案内されながら、階段を上がり部屋の前に案内される。

 

「ここが暫く過ごす部屋になります。好きに使ってください。何かあれば言ってください」

 

 デジタルは下に降りる黒坂を見送り、ドアノブを回し部屋に入る。

 中央奥にベッドが設置され、左の壁際には机、右の壁際には本棚や棚が設置され、棚には写真やトロフィーが飾られている。ホテルの部屋とは違う生活感漂う空間に少しだけ居心地の悪さを覚える。

 デジタルは何気なく棚に視線を向ける。これは卒業式での写真、これは部活の写真、トロフィーには県大会準優勝と刻まれている。暫く物色していたが、盗み見しているようなバツの悪さを感じ、部屋の中央に置かれている段ボールに視線を向け封を開ける。

 天皇賞秋までは黒坂の実家で暮らすことになり、空いている部屋の一室を借りていた。この部屋の持ち主は黒坂トレーナーの姉で、大学までこの部屋で生活していたが就職後は1人暮らしをしている。

 デジタルは段ボールから教材と筆記用具を取り出し、机に置き椅子に座る。

 すると机には絶対合格という文字が刻み込まれていた。当人の当時の心境に想いを馳せながら自分も頑張らないとペンを握る。

 

 朝のトレーニングをした後は授業を受け、放課後はトレーニングして、夜は自由時間、これがトレセン学園での大まかなタイムスケジュールだ。

 デジタルも休学中だが、同じタイムスケジュールで過ごしていく。朝のトレーニングを終えて同じように日中は勉強する。だが勉強する内容が違いトレーナー試験に関するものだった。

 普通ならばトレセン学園で行っている授業の勉強をすべきなのだが、教師の授業を受けた友人のノートを見ながら勉強するのが効率的であると考えていた。

 ノートには先生がここはテストに出ると言われた項目などがチェックされているなど、重要な情報が記されていることが多い。

 デジタルは教材を読み、ひたすらノートに単語を書いていく。学園ではトレーナーが教師としてトレーナー試験に関することを教えてくれたが今は居ない。

 教師役が居ない今の状況で出来る勉強は暗記だ。数学のような理解が必要な項目は後回しにし、歴史など暗記が重要になる項目を勉強していく。

 暗記項目を声に出しノートに書きこんでいくことで体に刻み込んでいく。50分勉強して10分休憩を4セット、昼食休憩を挟んで2セット。それが学園でのタイムスケジュールで同じようにこなしていく。

 

 昼食休憩を挟んで1セット目、デジタルの表情には疲れの色が見えていた。

 学園での授業を受ける姿勢はどちらかと言えば受動的で、教師の雑談やこの話は真剣に聞かなくていい内容だと判断して気を抜くなど力を抜ける時間が有る。

 だが今は能動的に勉強し力を抜く時間は一切なく、50分間頭を動かしている状況だ、さらに発音しペンを動かし続け、普通に授業を受けるより体力を消費する。何度もペースダウンが頭に過るが何度も退けながら続ける。

 アラームが鳴りると思わず深く息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかり天井を見上げる。休憩時間は友人と話しスマホでツイッターやインスタグラムを見れる。だが今は出来ない。

 デジタルは休学するにあたって、スマホを黒坂に預けていた。スマホを持っていれば誘惑にかられウマ娘の情報を摂取してしまう。それを塞ぐために物理的に絶っていた。

 友人と話しスマホをいじることが、いかに授業を受けるストレスや疲れを緩和していたことを実感していた。

 せめて気がまぎれないかと何気なく本棚を物色し、ファッション雑誌を手に取る。ファッションには興味が無いが多少は気分転換になるだろう。パラパラとページを開き流し読みをする。すると突如雑誌を壁に向かって投げ捨てた。

 

 今のは大丈夫か?デジタルは鼓動が速くなるのを実感しながら自問する。

 

 ページを開いている際にゴールドという単語が視界に入る。その瞬間あることを思い出す。

 ゴールドシチー、100年に1人の美ウマ娘と呼ばれ、トゥインクルレースを走りながらファッションモデルとして活躍していたのは有名な話である。

 そしてゴールドシチーは金髪でページに写るモデルも金髪だ、このページに写っているモデルはゴールドシチーかもしれないと瞬時に判断し、強制的に情報を遮断した。

 ウマ娘断ちを決意して初日から失敗するところだった。こんなところにトラップが潜んでいるとは思わなかった。これからは慎重に行動しなければならない。

 デジタルは決意を新たにし大人しく目を閉じて休むことに専念し、インターバルが終わると後ひと踏ん張りだと活を入れ勉強を開始する。

 

────

 

「さてと、どうやって暇をつぶそうかな」

 

 デジタルはベッドに飛び込み呟く。勉強を終えた後午後のトレーニングをする。

 今朝に行った寺に向かって階段ダッシュをして、家に帰宅した後は筋力トレーニングをした。

 近場にはトレーニングジムがあり、そこではトレセン学園程の施設では無いがウェイトなどを使ってトレーニングが出来る。

 しかしジムに行けばウマ娘がトレーニングしている可能性がある。それを危惧し家で筋力トレーニングをした。

 家で出来る筋力トレーニングは腕立てや腹筋などの自重トレーニングになる。

 自重トレーニングはバーベルなどを使うウェイトトレーニングと比べ強度が足りない。それを補うために数十キロのバンクルが巻き付いていると思い込むことで脳を錯覚させ、強度を補おうとしたが出来なかった。

 デジタルはトリップ走法などでウマ娘をその場に居るように錯覚できるが、ウマ娘が絡まないとその想像力を発揮できなかった。

 

 トレセン学園ではトレーニングが終わった後は自由時間だ。

 過去のレースやウマ娘のチャンネルやツイッターやインスタグラムを見て至福の時間を過ごし、今も同じように楽しみたいのだが、ウマ娘断ちをしている状態では出来ない。仕方が無いのでベッドの横に置いてあるタブレットやゲーム機を物色する。

 

 娯楽は人を楽しませ安らがせる。それは心の栄養で健康にとって極めて重要だ。そしてデジタルにとっての娯楽はウマ娘を見たり聞いたりすることで、ウマ娘分を摂取することだ。

 今の状況では娯楽を楽しめず、健康を損なう可能性は高い。ならば他の娯楽で紛らわせないかとサブトレーナーとトレーナーは考え、漫画、小説、映画、TV番組など様々なコンテンツを楽しめるようにタブレットを与えていた。無論それらの作品にウマ娘が登場していないのは確認済みである。

 

「今日はこれでも見るか」

 

 デジタルはタブレットを操作する。見ようとしているのは巷で話題になった映画で流行に疎いデジタルでも知っていた映画だ。タブレットを壁に立てかけ少しでも暇つぶしになればいいと願いながら頬杖をつきながら視聴を開始する。

 

 

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