勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者の疑惑#1

『さあ、レースがスタートしました』

 

 トレーナーは関係者席からアグネスデジタルの様子を見つめる。

 チームのウマ娘のレースを見る際はターフビジョンで全体の様子を見ながら、コースを走るチームのウマ娘の様子を交互に見る。

 彼女達がレースを走る目的は勝利だ、そうなるとトレーナーも勝敗が気になり、自然に先頭のウマ娘や直線で伸びてきているウマ娘に注意が向けられる。

 そしてデジタルがレースを走る目的は勝利ではなく、いかにウマ娘を感じられるかである。

 デジタルがウマ娘を感じているか否か、それを判別するには顔を見ればいい、トレーナーは双眼鏡でデジタルだけを見ていた。

 レースが始まりデジタルは第3コーナーを曲がる。スタートから顔はずっと幸せそうな顔をしていた。ウマ娘断ちの効果で多幸感が増えているのか、今まで最も幸せそうだと言っても過言ではなかった。

 

『集団のウマ娘も直線に入った』

 

 後方のウマ娘達も第4コーナーを曲がり直線に入る。デジタル曰く直線に入るとウマ娘の想いや感情がさらに大きくなる。それを感じることこそがレースの醍醐味と口にしていた。

 残り400メートル、まだ足を貯めているのか表情に全力疾走による苦しさは見られず、恍惚の表情を浮かべている。

 

 残り300メートル、流石にもうスパートをかけなければ先頭を走るウマ娘に近づけない、トレーナーの考えと同じようにスパートをかけたのか、表情に苦しみの色が含まれる。

 

 残り200メートル、デジタルの表情は苦しみの他に焦り、困惑、絶望などのネガティブな感情の色が加わる。途中まで見せていた恍惚の表情は瞬く間に消えていた。

 

 残り100メートル、その表情の色は益々深まっていく。

 

 ゴール板を通過する。減速し始めた時には、この世の終わりを迎えた時のような表情を浮かべていた。

 

「黒坂君、デジタルは何着だった?」

 

 トレーナーは隣で見ていたサブトレーナーの黒坂に尋ねる。デジタルだけを見ていたので、どのウマ娘が1着になり、デジタルが何着でゴールしたのか分からなかった。

 だが表情を見れば着順が良くないのは分かった。

 

「最下位です」

「ドべやと!?」

 

 トレーナーは思わず聞き返す。着順は良くないと思っていが最下位だとは全く予想していなかった。

 前2走の成績が芳しくなかった。だがウマ娘断ちを経てメンタルは仕上がり、ウマ娘を感じたいという欲でどんなウマ娘にも食らいつけると信じていた。それだけにその結果はショッキングだった。

 

「黒坂君、急いでデジタルを迎えに行こう」

「分かりました」

 

 トレーナーと黒坂は急いで関係者スペースを飛び出し、地下の裁決室に向かった。

 

「正直レースの結果を信じられません。アグネスデジタルは故障でしょうか?」

 

 エレベーターに乗りながら黒坂は不安げな声でトレーナーに尋ねる。

 どんなに強いウマ娘でも負けるときは負ける。だが問題なのは負け方だ、最下位で終わるとは全く予想していなかった。デジタル程のウマ娘があれほどの大敗を喫するとしたら、故障としか考えられない。

 

「故障はしていない、それは確実や」

 

 トレーナーは断言する。デジタルの表情に苦痛に耐えている様子はなかった。その言葉に黒坂は驚愕の表情を浮かべていた。

 

「でしたら、なんであの着順なのですか?」

「俺にも分からん!ただデジタルに何かが起こった。それを確かめに行くんや」

 

 トレーナーの無意識に語気が荒くなる。デジタルは自分の予想を尽く超えていくウマ娘だが、今回は悪い意味で予想を飛び越えた。

 早急に原因を解明しなければならない。裁決室に向かう足取りは無意識に早まっていた。

 

 トレーナー達は息を乱しながら裁決室に入りデジタルを待つ。すると窓の外から地下バ道を歩くデジタルの姿が見える。

 顔を俯かせ足取り重く歩いている。その姿はこの世の不幸を全て背負い込んでいるような重苦しさで、その陰気さは離れているトレーナーたちにも届くほどだった。

 

「デジタル大丈夫か!?」

 

 トレーナー達は思わず飛び出し駆け寄る。デジタルもトレーナー達に気づいたのか顔を上げる。

 その表情は不安と困惑が綯交ぜになりあまりにも弱々しく、こんな表情は今まで見たことがなかった。

 するとデジタルはトレーナー達の存在に気づき、視線を向け駆け寄る。

 

「今日は朝ごはんのシリアルを少し食べ過ぎた!小魚の骨が歯の間に刺さったのが気になった!蹄鉄が外れかけてた!芝のギャップに足が取られた!キックバックの芝が手に当たって痛かった!」

 

 デジタルはトレーナーに駆け寄ると、縋りつきながら敗因を語る。その表情はひどく動揺していた。

 

「こんなはずはない!次走ったらこうはならない!信じてよ!」

「ああ、信じとる」

 

 トレーナーはデジタルの肩に手を置きながら慰めの言葉を掛ける。だが内心ではその様子に戸惑いを覚えていた。

 レース中に蹄鉄が外れてしまう。前のウマ娘によって剥がされた芝のギャップに脚を取られてしまう。それらは明確な敗因になることはある。だがレースを見ている限りそんな様子はなかった。

 何故そんなウソをつく?何よりテイエムオペラオー等のウマ娘と触れ合い、このような言い訳は決して言わず潔く結果を受け止めるはずだ。

 

 会場がシンボリクリスエスの強さと天皇賞秋連覇の偉業を目撃した興奮で声を上げるなか、メイショウボーラー達は呆然とコースに居るデジタルを見下ろす。直線に入りズルズルと引き離されていき、最下位でゴール板を通過した。

 デジタルは大切な仲間でもあり、チームの誇りでもあった。自分たちの理解を超えた行動をし、常識はずれの力を発揮しレースを勝利していく。

 強いウマ娘は様々居るが、チームプレアデスのメンバーにとって、デジタルこそ強さの象徴だった。その強さの象徴が無残に破れた。

 

「こんなことがあるわけがない……きっと故障です。何かあったに違いありません。様子を見に行きましょう!」

「そうだな、レースも終わったしウマ娘断ちも解禁だろうし、行こう行こう」

 

 メイショウボーラーの呼びかけに、チームメイト達も応じ、ファン達をかき分けてデジタルの元に向かう。

 怪我したから負けた。それが起こった出来事を説明するのに最も整合性がある仮説だった。寧ろそうあって欲しいと祈ってすらいた。

 

「今日は朝ごはんのシリアルを少し食べ過ぎた!小魚の骨が歯の間に刺さったのが気になった!蹄鉄が外れかけてた!芝のギャップに足が取られた!キックバックの芝が手にあたって痛かった!」

 

 チームメイト達が見たのは酷く狼狽するデジタルの姿だった。

 レースとは思い通りいかないものだ、レース前の調整が上手くいかないことや、レース中でも様々なアクシデントが起きる。全て思い通りレースを走れたウマ娘はほんの一握りだろう。

 気持ちは分かる。だが人前で負けの言い訳を喋り続ける姿は酷く情けなく見るに堪えない。チームメイト達の誰もが来た道を戻っていた。

 

──

 

「お疲れ様です」

「お疲れ、それより昨日のJBCクラシック見た?アドマイヤドンちゃん強かったね。これでJBC3勝目!同一GI3勝目は史上初の快挙だよ!アドマイヤドンちゃんも意識してたのか並々ならぬ執念を感じたよ!小さい体に秘める大きな負けん気、まさに小さな巨人だね!あとはアジュディミツオーちゃんも惜しかった!ダートウマ娘のプライドと地方のウマ娘としてのプライドを胸に秘め砂の首領に挑む。エモいです!あとナイキアディライトちゃんがアジュディミツオーちゃんに抜かれる時に『頼んだぞアジュディミツオー』って声をかけたんだって!地方の後輩に抜かれた悔しさを押し込めて、地方の威信をかけてアドマイヤドンちゃんに挑む後輩にエールを送る!最高にエモいです!ごちそうさまです!」

「どうどう、後で聞きますから。しかしレースを見てますけど、ウマ娘断ちはもういいんですか?」

「あれはもう終わり、これからはウマ娘断ちで見られなかったレース映像やツイッターやインスタの過去ログやチャンネルの動画とか見ないと。忙しくなるぞ~」

「ほどほどにしておいてくださいよ」

 

 デジタルはチームの控え室に入るとチームメイトに気分良く話しかける。その様子を見てチームメイト達の空気が緩み、控え室の雰囲気は和やかなものになるが、メイショウボーラーはその様子をじっと見つめていた。

 デジタルが来る前チームメイトたちはよそよそしかった。天皇賞秋で取り乱す様子を目撃してしまう。それは仲間の恥部を見てしまったようで、罪悪感と気まずさが芽生えていた。

 そしてデジタルが現れるとまるで何事もなかったように話しかける。

 自分が喚く姿を見られたのを知っているのか、それとも知っているのに気づいていないふりをしているのか、それは分からないが、その様子を見てチームメイト達は見なかったことにした。それでいつも通りの関係に戻れる。

 だがメイショウボーラーは見なかったことに出来なかった。チームプレアデスに入った理由はデジタルがチームに居たからだった。

 芝とダートの垣根を軽々と越えて、中央から地方に移籍してでもダートプライドに出走し勝利する。その姿に憧れていた。

 天皇賞秋でデジタルは敗北した。敗れたことはショックだが、勝ち続けられるウマ娘は歴史上でもひと握りで、そういうこともあると辛うじて受け止められる。だがその後がいけなかった。

 負けたことを認めず喚き散らし敗因を他に擦り付け、決して自分のせいにはしない。

 それは競技者として醜い姿だった。忘れられることなら今すぐにでも忘れたい。だがあの醜態が脳内にこびりついて離れなかった。

 

──

 

「じゃあ、また明日」

「また明日」

 

 デジタルはチームメイト達と別れてトレーナー室に向かう。今日はトレーナーの勉強の前に天皇賞秋の反省会と今後のローテーションについての話し合いがある。

 勉強も反省会も気乗りがしない。今すぐにでもボイコットして部屋に帰り、枯渇していたウマ娘分を補給したい。

 だが反省会はともかく、勉強は将来トレーナーになるために必要なことだ、今勉強をする習慣をつけなければ将来はもっと苦労する。渋々とトレーナー室に向かう。

 

「来たよ」

 

 デジタルは扉を開けてトレーナー室に入る。そこにはトレーナーとサブトレーナーの黒坂が居た。

 トレーナーは居るのは当然だが、黒坂が居るのは意外だった。2人とも神妙な表情をしている。早く終わらせて勉強を始めたいと思いながらソファーに座り、2人と向き合った。

 

「じゃあ、天皇賞秋の反省会を始めよか、まずはレース当時の心境や起こった事を話してくれ」

「分かった。まずはスタートしてウマ娘ちゃん達の姿や息遣いや匂いとかをキャッチした。あれは情報の洪水だったね。でもウマ娘ちゃん分に飢えていたから全部いただきました。いや~あれはよかった。それで……」

 

 デジタルはレース中の出来事を喜々として語る。5感が極限までに鋭敏になり、出走ウマ娘の心理や感情が漠然と理解できた。

 皆が不安や恐怖を抱えながらも、其々が持つ夢や願いの為に克服する様子は煌めいていて、まさに理想の光景だった。

 

「それで直線に入って、どうなった?」

 

 トレーナーの一言にデジタルの顔色が露骨に変化する。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら渋々と語り始める。

 

「分かんないよ。アタシだってウマ娘ちゃんを感じようと全力で走った。それでもズルズルと引き離されていった。せっかくウマ娘断ちまでしてレースを走ったのに、1番良いところを感じられなかったら意味ないよ」

 

 デジタルは唇を噛み締める。全力を出しているのに置いてかれた。

 ウマ娘を感じようにも物理的に距離は離され、近づこうともがいた結果ウマ娘を感じる余裕がなくなり、あれだけ鋭敏だった5感から得る情報は薄れ、思考や情念が感じられなくなっていた。

 天皇賞秋はこれまでの苦労とレースで得た幸福感がまるで釣り合わず、徒労と言っても差し支えないほどだった。

 

「トレーナー、アグネスデジタルの大敗の原因について幾つか仮説があります」

 

 デジタルの言葉を聞いていた黒坂が徐に手を挙げる。トレーナーが発言を促すと、自分の思考を纏めるようにゆっくりと喋り始める。

 

「今回はアグネスデジタルのウマ娘への執着を高めることで走力を上げようとウマ娘断ちを実施しました。その結果、ウマ娘への執着が極限までに高まり、5感が研ぎ澄まされました。その研ぎ澄まされた5感は相手の思考や心理状況まで読めるようになりました」

 

 黒坂はデジタルに視線を向け今言ったことが事実か確認するように喋る。

 5感で得た情報で相手の思考や心理状況を理解する。俄かに信じがたいが、もし可能だとしたらレースにおいて強力な武器となる。デジタルは事実だと伝えるように軽く頷く。

 

「ですが、アグネスデジタルは道中ではウマ娘を感じられたことへの幸福感で興奮状態、つまり掛かりっぱなしの状態だったのではないでしょうか?」

 

 一般的にウマ娘が掛かる要因としては周りに囲まれるストレスや、ペースの遅さへのフラストレーション等が挙げられる。

 掛かったウマ娘は落ち着くまで暴走気味にスピードを上げてしまい、その結果エネルギーを消費してしまい、レースを走りきる体力を残せなくなる。

 デジタルはレース中では暴走した素振りは見られなかった。だが先ほど語った心境は興奮状態の一種で、掛かっていたとも捉えることもできる。

 仮に掛かっていたとすればスタートから直線までの約1500メートルを掛かった状態でいたことになる。そうであればデジタルほどの実力があるウマ娘でも大敗して当然、寧ろあの程度の負け方ですんだことが驚きだ。

 黒坂は2人の様子を窺う。トレーナーは組んでいた腕がピクリと動き、デジタルは当時の状況を振り返っているのか顎に手を当て考え込んでいた。

 

「次にトレーナーはウマ娘を絶つことでアグネスデジタルの精神的強さを強化するのが目的だったと思います。確かにウマ娘への執着が増し、精神的強さが強化されたと思います。ですがウマ娘断ちの影響でトレセン学園を離れ、充分な環境でトレーニングができませんでした。その結果フィジカルが落ちてしまった。それも敗因の1つだと思います」

 

 黒坂はトレーナーをチラリと見る。いくらデジタルが精神力で常識はずれの力を発揮しても限度がある。レースで速く走るためには肉体の力が最も重要だ、肉体をある程度鍛えて、そこに精神力を上乗せする必要がある。トレーナーはデジタルの精神力を過信しすぎた。

 そして黒坂の言葉はトレーナー批判と捉えることもできる。だがトレーナーを批判する意図はなく、意見に反対しなかった時点で、自らにも責任があると考えていた。

 

「今回は失敗しましたが、感覚の鋭敏になることで他のウマ娘の思考や心理状況が読めるなど、アグネスデジタルがさらに成長できる可能性は発見できました。今後は肉体と精神のバランスをとりながら、長所である精神面を伸ばせれば、次のレースでは巻き返しが期待できると思います」

 

 黒坂は緊張しながらトレーナーに視線を向けて反応を見る。まるで学生時代のレポート発表後に教授の言葉を待っている時の心境だ、トレーナーが仮説にどう返すか不安を感じていた。

 

「黒坂君の今言った要因がデジタル大敗の原因やと考えとるんやな?」

「はい。トレーナーは他の要因があると考えているのですか?」

「ああ」

 

 黒坂の問いにトレーナーは頷く。トレーニングの質の低下と道中掛かってしまった事が敗因、黒坂はこの仮説にはかなりの自信があった。

 だがトレーナーは他の要因があるというような素振りを見せる。答えは何なのか全く思いつかなった。

 

「それは何ですか」

「答えはいたって単純、それは……」

「黒坂ちゃんが言った通りに決まってるでしょ」

 

 デジタルがトレーナーの言葉を遮る。その声色は低く警戒心や敵対心が見えていた

 

「敗因はトレーニングの質の低下と心のバランス調整ミス、それで決まり。ウマ娘断ちは良いアイディアだと思ったけど失敗だった。この失敗を次に生かそう」

 

 デジタルは自己完結するように一方的に捲し立てる。第一声とは異なり声色は明るいが自分の言葉が結論であり、反論を一切許さないという意志が込められていた。

 

「それはちゃう。お前が負けたのは……」

「だから黒坂ちゃんが言った通りって言ってるでしょ!」

 

 デジタルは目の前にあるテーブルに手を叩きつけ勢いよく立ち上がる。テーブルは衝撃によりヒビが入っていた。

 その行動と音に黒坂は体をビクリと震わせ、トレーナーは全く動じることなくデジタルに視線を向ける。一方デジタルはこれ以上なく目を見開き、トレーナーを睨みつける。

 

「まあ白ちゃんの気持ちは分かるよ。アタシが主導だけど結果的に間違ったトレーニングさせちゃったんだからね。でもアタシは責めないから」

 

 デジタルは取り繕うように笑顔を作り親し気にトレーナーの肩に手を乗せる。一方トレーナーの表情はデジタルの笑顔に釣られることなく真顔だった。

 

「アタシがそうだって言ってるのに納得しないみたいだね。白ちゃんは敗因が別にあると考えていると、だったら証拠を見せてよ。仮説じゃ納得しないよ。明確な証拠を見せて」

 

 デジタルはさっさと証拠を出せとトレーナーの目の前に手を出す。表情は笑顔から徐々に険しくなり敵対心を現しにしていく。

 

「現時点では明確な証拠はない」

「なにそれ?そんなんでいちゃもんつけたの」

 

 デジタルは軽蔑の感情を示すように鼻で笑った。

 

「白ちゃんにはガッカリだよ。黒坂ちゃんに自分の失敗を指摘され認められないからって、有るはずもない敗因をチラつかせて、証拠を出せと言われれば黙る」

 

 デジタルは叱責するように語り掛ける。トレーナーは俯くことなく、自分が間違っていないと主張するようにデジタルの目を見据える。その態度が気に入らなかったのか、目を見開き語気を強めていく。

 

「天皇賞秋は徒労だったよ。味わった苦労と得た幸せの量が割に合わない。ハッキリ言うけど、止めなかった白ちゃんには相当怒ってるんだよ。何で止めてくれなかったのって?それでも自分の否を認めれば水に流すって決めてたんだよ、けど何その態度?一向に反省の態度を示さないで」

 

 黒坂はデジタルの様子を冷ややかな目で見つめる。確かに止めるべきだったかもしれない。

 だがいくら経験が乏しい子供が決めたといえど、選択には多少の責任を持たなければならない。今のデジタルは失敗を全てトレーナーのせいにして責任転嫁していた。

 

「それだからいつまで経っても中堅程度なんだよ。将来は絶対に白ちゃんみたいなトレーナーにはなりたくないな」

「アグネスデジタル、気持ちは分かりますがそれ以上は」

 

 黒坂は立ち上がってデジタルを制する。流石にサブトレーナーとしてトレーナーへの批判は見過ごせなかった。するとデジタルは黒坂に視線を向けると不機嫌さを露わにしていた表情が一変し、笑顔を浮かべながら話しかける。

 

「よし決めた。これからは黒坂ちゃんの指導を受けることにしよう。これ以上ウマ娘ちゃんを感じる機会を潰されたら溜まったもんじゃないよ。これからはアタシのトレーナーは黒坂ちゃんだから」

 

 黒坂は思わぬ急展開に判断を求めるようにトレーナーに視線を送る。チームの責任者はトレーナーだ、仮に了承してもデジタルの指導を一任するわけにはいかない。

 

「勝手にせい」

「待ってください。考え直してください。アグネスデジタルは一時的な感情で言っているだけです。トレーナーも熱くならず冷静になって」

「俺は本気やぞ。デジタルが俺に不信感を抱いておるなら今後も悪影響が出る。それならば黒坂君に任せるのも1つの手やろ」

 

 トレーナーは淡々とデジタルに言い放つ。冷静に話し、売り言葉に買い言葉で言ったわけではないのは分かる。しかしアグネスデジタルのトレーナーを担当するという人事はあまりにも予想外で唐突だった。

 

「じゃあ決まり。黒坂ちゃん行こう。それより原因を分析したってことは改善案も考えてるんでしょ、その改善案でアタシの最高のレースを取り戻そう」

 

 デジタルは声を弾ませ戸惑う黒坂の手を引きながら部屋から出ていく。トレーナーはその様子を黙って見送った。

 


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