勇者の記録   作:白井最強

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この話ではアグネスデジタルはもちろん実装ウマ娘はいっさい出てきません。



勇者と皇帝と求道者#2

「準備はできたか?」

「はい」

 

 トレーナーの言葉にウマ娘が答える。長い黒髪は三つ編みにメガネ、一昔前のステレオタイプの文学少女のような容姿である。彼女の名前はヒガシノコウテイ、岩手ウマ娘協会に所属する俗に言う地方ウマ娘である。

 ヒガシノコウテイは振り返り自身が住む寮を見つめる。朝の5時を回っているがこの季節は日が短くまだ夜のように暗く、外灯の薄暗い光が学生寮を照らしていた。鉄階段の塗装は完全に剥がれており、外壁も薄汚れてヒビが入っている。今まではトレーニング設備の充実のために資金を回しているらしく学生寮の修繕は後回しになっていた。

 だが自分が次のフェブラリーステークスに勝てばグッズが売れて岩手に人が集まる。そうなれば修繕費をすぐに賄えるはずだ。ヒガシノコウテイは決意を新たにし寮を後にして駐車場に向かう。車で駅まで向かい新幹線で東京に向かうことになっている。

 ヒガシノコウテイは辺りを見渡す。夜にかけて雪が降ったせいか一帯は銀世界になっている。これは今日のトレーニングは中止でみんなで雪かきをすることになるだろう。しかしフェブラリーステークスの前々日会見のために東京に向かわなければならず雪かきに参加できない。そのことを心の中で謝罪しながら新雪に踏みしめながら歩いていく。

 2人は駐車場に着くと思わぬ光景が待ち受ける。

 

「ヒガシ先輩頑張ってください!」

「岩手の力を見せてやれよ!」

 

 駐車場には多くの人が待ち受け二人に激励の言葉を投げかける。岩手トレセンのウマ娘達はもちろんトレセン近くの近隣住民までが出迎えていた。

 

「みんなどうして?」

「それは地元の星が中央に殴り込むんだ。出迎えないわけにはいかないだろう」

 

 ヒガシノコウテイの言葉に行きつけのケーキ屋の店長が威勢よく答える。だが言葉とは裏腹に寒さで体を震わせ歯がカチカチと鳴っている。さらに周りを見てみると店長と同じように手に白くなった息を吐きかけながら寒さを凌いでいた。

 岩手の2月の朝の気温は氷点下を下回る。寒くないわけはない。それなのにわざわざ激励に来てくれたのか。皆の気持ちにヒガシノコウテイは思わず涙ぐむ。

 

「おねえちゃん!おねえちゃん!」

「なに?」

 

 声がした足元に視線を向けると幼女のウマ娘がいた。膝をつけて視線を合わせ笑顔で答えた。

 

「これあげる!幼稚園で作ったの!」

 

 幼女は満面の笑みで手渡す。それは円形の木材に金色の折り紙を貼り付けた物だった。これは金メダルだろうか?本来金メダルは1位になってから貰うものであり、レースが終わっていないのに貰うのはまだ早い、だがそれを言うのは野暮である。少女に礼を述べると金メダルを懐に大切にしまった。

 

「テイちゃん」

 

 一人のウマ娘が声で呼びかける。そのウマ娘は栗毛のロングヘアーで肌は雪のように白く、鈴の音のような声色とおっとりとした笑みは周囲の人を癒す不思議な雰囲気を醸し出していた。

 彼女の名前はメイセイオペラ。かつては岩手ウマ娘協会に所属しており、唯一地方ウマ娘でありながら中央のGIを制した。そしてヒガシノコウテイとは幼馴染であった。

 

「オペラお姉ちゃんも来てくれたの!?」

 

 ヒガシノコウテイはメイセイオペラの元に駆け寄り手を握り嬉しそうに笑顔を見せる。その表情はヒガシノコウテイをいつも以上に幼く見せ二人が話し合う姿は本当の姉妹のようだった。

 

「あまり気負わず腕試しの気持ちで気軽にね。あと怪我にも気をつけてね。テイちゃんは真面目で頑張り屋さんだから地方のために岩手のためにって無理しそうだから」

「うん」

「あとこれあげるね。いらないかもしれないけどお守りとして」

 

 メイセイオペラは懐からあるものを取り出しヒガシノコウテイの手を包むようにして渡す。それは赤色と黄色のリストバンドだった。赤色の物には「明」黄色のものには「正」と文字が刻まれていた。これはメイセイオペラが現役時代につけていたものであり両親の手作りである。

父親の名前と母親の名前の漢字を一つとって繋げれば明正となりメイセイと呼べる。一種の語呂合わせのようなものである。

 母親はレースでつらいこともあるが明るくいて欲しいという意味を込めて「明」

 父親はレースで真っ直ぐに走り心も真っ直ぐでいて欲しいという意味を込めて「正」

 二つの意味と愛情を込めて両親はメイセイオペラに手渡した。そしてメイセイオペラはそれをお守りとしすべてのレースにこれを装着していた。

 そのメイセイオペラに対する深い愛情は幼じみで家族ぐるみの付き合いをしていたヒガシノコウテイも分かっていた。

 

「いいの?だっておじちゃんとおばちゃんがオペラお姉ちゃんに渡してくれた大切なものでしょ?」

「私はいいの。お父さんとお母さんが自分たちの込めた念はレースの時しか発揮しないって言っていたから。だからレースで走るテイちゃんにあげる」

「ありがとう…」

 

 メイセイオペラは二つのリストバンドをヒガシノコウテイの手を包み込むように渡す。そのリストバンドには喜びや悲しみなどメイセイオペラが体験したすべての感情、そして今まで背負ってきた皆の想いがレースで詰まっているように重かった。

 

「では皆様行ってきます!必ずフェフラリーステークスの優勝レイを岩手に持って帰ります!」

 

 ヒガシノコウテイは少し声を大きく出して挨拶をする。すると皆は囃したて照れくさそうにはにかんだ。

 

「みんなが出迎えるなんてメイセイオペラがフェブラリーに出たとき以来か?」

「はい、あの時の私は出迎える側でした。今は選手として送られる側なんて少し感慨深いです」

 

 ヒガシノコウテイは助手席に座り皆が見えなくなるまで後ろを振り向きながら、感傷に浸るようにつぶやく。そういえばあの時も雪が降っていたな。

 車は10分ほど走ると駅に到着しトレーナーとヒガシノコウテイは東京行きの新幹線に乗り込んだ。新幹線が発車して数分後ヒガシノコウテイは大きなアクビをかく。早起きと緊張のせいであまり眠れなかった。

 

「すみません。少し寝ていいですか」

「ああ、いいぞ」

 

 トレーナーの許可を得てから瞼を閉じる。すると睡魔によって瞬く間に眠りの世界に落ちていく。そして夢の世界で過去のことを思い出していた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ヒガシノコウテイは岩手で生まれたウマ娘である。そして同世代のウマ娘と比べて体が弱く幼少期の健康診断で将来はレースに出ることは無理だと医者から通告されていた。その通告は少なからずショックであった。その姿を見かねた医者が地方には中央で走れないと宣告された者が集まっており、ヒガシノコウテイのように体が弱いものでも走れるかもしれないと教えた。

 各地にある地方が運営している地方ウマ娘、そこは中央ウマ娘協会が運営しているトレセン学園に入学できなかった者が門を叩く。医者の言葉から地方に興味を持ち始める。

幸運なことに岩手ウマ娘協会のウマ娘達が走る盛岡レース場は家のすぐ近くにあった。近所の年上の幼じみである姉のような存在のメイセイオペラと一緒にレースが開催されるたびに盛岡レース場に足を運んでいた。

 

 地方に所属するウマ娘はアグネスデジタルなどが所属している中央ウマ娘協会が運営するトレセン学園に入学できなかった者、中央のレースで結果ができなかった者などである。それゆえに都落ちなどマイナスなイメージがついてしまう。

 だが岩手レース場で走るウマ娘たちは自分の境遇に悲観することなく走る歓びを噛み締めるように懸命に、そして楽しそうに走っていた。その姿はヒガシノコウテイの心を強くうたれ、そして同じように心打たれたファンが熱心で暖かい声援を贈る。ウマ娘とファンたちが作り上げるどこか暖かな雰囲気はあっという間に虜になり、同じようにメイセイオペラも虜になっていた。

 大人では中央より地元の地方に熱中することはあるが、ヒガシノコウテイのように幼い子供が中央ではなく地方に熱中することは珍しいことだった。この年頃の子供は大人より郷土愛が弱く、地方よりレベルも人気も高い中央のほうに興味を示すことは自然なことだった。そんな地方に興味を持つヒガシノコウテイはマイノリティであり学校でも浮いた存在だった。だがそれでもかまわない。同じように岩手のウマ娘たちを愛するメイセイオペラというたった一人の理解者がいるだけで充分だった。

 

 レースを見始めてから数年の月日が経った頃、岩手ウマ娘界の伝説となったスターウマ娘が彗星のごとく現れた。

 

トウケイニセイ

 

 デビューから連戦連勝し、瞬く間に岩手ウマ娘界のトップに君臨する。その存在と強さは二人を夢中にさせていた。二人の同級生たちのアイドルが中央のダービーウマ娘であるならば、二人のアイドルはトウケイニセイだった。ある日イベントとしてトウケイニセイのサイン会と握手会が二人の住む近所で行なわれることになる。

 

「どうしよう、すごく緊張してきた」

「私もだよテイちゃん」

 

 二人は緊張を紛らわすようにお互いの手を握りながら列に並ぶ。

 会場は近くのスーパーのイベントスペースで行われ、トウケイニセイが来るであろうスペースはパーテションで簡易的にスペースを作った質素なものであり企画の予算の無さが伺える。買い物客も何のイベントだろうと視線を向けるがトウケイニセイのサイン会だと知ると興味なさそうに次々と去っていく。それが岩手ウマ娘レースの現状の知名度だった。

 

 定刻になるとサイン会が行われ列が徐々に前に進んでいき、それに比例するようにヒガシノコウテイの心拍数も上がっていく。そしてヒガシノコウテイの番がやってくる。係員に促されてブースに入り憧れのトウケイニセイとついに対面した。

 

 いつも応援しています。

 

 そう言おうとするが緊張のあまり頭が真っ白になり言葉が吹き飛んでしまう。それでも何とか思いを伝えようとアタフタしているとトウケイニセイはその様子を笑うことなく優しげな声で話しかける。

 

「確かメイセイオペラちゃんと一緒にいつもレース場に来てくれている子だよね?」

「え、あ、はい。えっと何でオペラお姉ちゃんのこと知っているの?」

「さっき軽く話したからね、いつも応援に来てくれてありがとう」

「はははい!」

 

 ヒガシノコウテイは外に並んでいる人たちに聞こえるほどの大声で返事をする。あのトウケイニセイが自分の事を知っている。それだけで天に昇るほど嬉しかった。

 

「小さい子供が何度もレース場に来てくれるのは珍しくてさ、みんな中央で興味を持って会場に来てはくれるんだけど、いざ見るとなるとレース場の施設やライブがしょぼいって来なくなるんだよね」

「そんなことない!盛岡レース場で走る皆はかっこいいです!」

 

 トウケイニセイが自虐気味に語るがそれを即座に否定する。その速さと勢いに目を見開きそして嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう。じゃあ将来は中央じゃなくて盛岡で走ってくれる?」

「はい!あ……でも……あたし体が弱くてお医者さんからレースには走れないかもって言われて……」

 

 最初の勢いよく返事するが、次第に勢いと声量は小さくなり最後は消え入りそうな小さな声で目には涙を溜めて今にも泣きそうだった。するとトウケイニセイは人差し指でヒガシノコウテイの目元をそっと拭き白い歯をみせ励ますように肩に手を置いた。

 

「大丈夫!私も体が弱くて小さい頃医者にレースに走れないって言われたけど、こうしてレースを走れている。だからヒガシノコウテイちゃんも大きくなったら体が丈夫になって走れるようになるよ」

 

 トウケイニセイもヒガシノコウテイのように体が弱く、それゆえに中央のトレセン学園の入学試験は不合格となり中央で走る道は絶たれていた。

 

「本当に!?」

「本当本当」

 

 その言葉を聞きヒガシノコウテイは飛び跳ね先ほどまでの暗い表情が嘘のように明るくなる。知らなかった。完全無欠だと思っていたトウケイニセイが幼少期は同じように体が弱く医者にもレースには走れないと言われていたとは。それならば自分もトウケイニセイのようになれるかもしれない。それは暗闇のなかで見つけた一筋の光のようだった。

 

「あたしガンバル!好き嫌いしないで一杯食べて一杯練習してトウケイニセイさんみたいになる!」

「おお、未来のエースの登場だ。これで岩手は安泰だ」

「そして速くなって岩手レース場で走って、オペラお姉ちゃんと桐花賞で一緒に走るの!オペラお姉ちゃんはすっごく速いんだよ」

 

 桐花賞とは年末岩手レース場で行われるレースであり、中央の有マ記念と同じようにファン投票の数で出走ウマ娘を選出する岩手で一番のビッグレースである。そしてそのレースを走ることは夢でもあった。だが医者に体が弱いと診断されこの夢は実現できないと思っていた。だがトウケイニセイの話を聞き実現可能であると思い始めていた。

 

「よし、それじゃあ私も混ぜてよ。三人で桐花賞走ろう」

「うん」

 

 ヒガシノコウテイは小指をトウケイニセイに差し出し、それを同じように小指に絡ませて指きりの約束を交わした。

 

 すると係員がトウケイニセイに無言の圧力を与える。気づけば一人に与えられている時間をオーバーしていた。もう少し話していたいが他のファンを待たせるわけにはいかないと急いで色紙にサインを書き手渡した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「頼んだぞトウケイニセイ!」

「中央を止めてくれ!」

 

 10月の盛岡レース場、天気は曇りで空は鈍色に染め上がる。ゲート入りを前に集中力を高めるトウケイニセイに声援が飛ぶ、その声色は声援というより祈りの声だった。

 

地方交流元年

 

 中央ウマ娘協会のウマ娘は今まで地方のレースには出られなかったが、制度改革により中央のウマ娘でも出られる地方のレースが設立され、それと同時にあるウマ娘が頭角を現した。

 

ライブリラブリイ

 

 南は佐賀から北は門別まで地方のダートレースに出走し次々とその地域の地方の強豪ウマ娘を撃破していく。その戦歴は全国を平定していく豊臣秀吉を髣髴させ『将軍』の異名をとっていた。そしてここ盛岡で行われる重賞レース南部杯に勝てば九州、四国、中国、関西、中部、関東、北信越、東北、北海道の地方ウマ娘とレース場で勝利することになる。それは地方の完全敗北を意味ことだった。

 だが岩手には地方にはまだトウケイニセイがいる。42戦42勝。すべてのレースに勝利という圧倒的な成績の岩手の怪物。その強さは他の地域の地方ウマ娘ファンにも知れ渡っていた。

 中央の将軍と岩手の怪物のレース。果たしてどちらが勝つのか?その結果を見届けるために、何より岩手の怪物を後押ししようと岩手ウマ娘ファンはもちろん他の地方のウマ娘ファンもレース場に足を運び、その日の入場者数は過去の最大記録を更新していた。そしてメイセイオペラとヒガシノコウテイも盛岡レース場に訪れていた。

 

「大丈夫、大丈夫だよテイちゃん」

 

 メイセイオペラは観客席に座りヒガシノコウテイの手を握り締めながらトウケイニセイの様子を見つめる。その声は微かに震え手もいつもより冷たい。メイセイオペラはレース場を包み込む重苦しい空気に呑み込まれていた。何より憧れであるトウケイニセイが負けるかもしれないという不安と恐怖に押し潰されそうだった。

 

「心配しないでオペラお姉ちゃん。トウケイニセイさんは勝つよ」

 

 一方ヒガシノコウテイは何の憂いもないと言わんばかりにメイセイオペラに笑顔を向ける。メイセイオペラを不安がらせるライブリラブリイは敵であり、トウケイニセイはそんな敵をやっつける正義の味方だ。

ならば負けるはずが無い。

 正義の味方が敵をやっつけて皆が喜ぶハッピーエンドを迎える。それはヒガシノコウテイにとって太陽が東から昇り西に沈むことのように当たり前のことだった。

 

 

 

『ライブリラブリイ先頭!ライブリラブリイ1着!中央の将軍が全国平定!トウケイニセイは2着!トウケイニセイ敗れる!』

 

 ライブリラブリイが一着で入線した瞬間に観客がおこした行動はライブリラブリイへのブーイングの声を浴びせることでもなく、トウケイニセイが負けた事に対する嘆きの声をあげることでもなく沈黙だった。正確に言えばあまりのショックで言葉を発する事ができずにいた。それはヒガシノコウテイも同じだった。

 

 負けた?あのトウケイニセイが負けた?これは何かの間違いだ、きっと夢に違いない。ヒガシノコウテイは同意してもらおうとメイセイオペラに視線を向ける。するとメイセイオペラは泣くでもなく嘆くでもなく周りの人と同じように虚空を見つめ唯呆然としていた。

 そのショック状態はライブリラブリイのウイニングライブまで続き、観客達は会場を後にする事もなく唯ウイニングライブを呆然と見つめ続ける。その異様な光景は後日ライブリラブリイにこの世の地獄と言わしめるほどだった。

 ライブが終わり会場から出るようにアナウンスされた後金縛りが解けたように次々と席を立ち会場を後にする。そして観客達は幽鬼のようにフラフラとした足取りで歩いていく。

 人はあまりのショックの出来事が起きると状況を整理する為に交通機関を使わず歩いて帰路に着くという話がある。そしてその説を立証するかごとくファン達は駅に向かわず大通りをフラフラと歩いてく。それはホラー映画のゾンビの行進のようだった。

 そしてメイセイオペラとヒガシノコウテイもお互いの手を握りながら同じようにフラフラと歩いていく。手を握っていないと魂がこの世から離れてしまう、そのような錯覚に陥っていた。

 

「くそ!あともう一年早ければトウケイニセイが負けるわけはなかったんだ!」

 

 ある一人の中年のファンが電柱を力いっぱい蹴りつけ喚き散らす。多くのファンはその様子に関心を示さず幽鬼のように歩き続ける。だがヒガシノコウテイは手を離しその中年のファンに歩み寄る。

 

「どういうことオジさん?」

「トウケイニセイは足元の爆弾に年齢による衰えでとっくにピークを過ぎていた!本来ならとっくに引退していてもおかしくなかった!けど、中央に対抗できるのは自分しかいないって体に鞭打ってレースに出て……」

 

 トウケイニセイはサイン会で幼少期は体が弱かったと言った。それは過去形ではなく現在進行形のものだった。

 体の弱さ、足元の弱さは克服できていなかった。その足元の弱さゆえに練習もろくにできず怪我と折り合いながら走り続けていたのだった。

 そして衰え。ライブリラブリイの走りは凄くピーク時のトウケイニセイでも勝てるとは断言できないものだったが今日のトウケイニセイは明らかに峠を過ぎていた。ヒガシノコウテイはむせび泣く中年のファンを見ながら呆然と立ち尽くす。そして突如走り出した。

 

「テイちゃん?」

 

 放心状態だったメイセイオペラがふと我に帰る。すると手にあったヒガシノコウテイの感触がなくなっていた。いつの間に居なくなったのだろうトイレにでも行ったのかな。そう考え逸れないようにその場に留まっていた。だが5分、10分経ってもヒガシノウテイは現れない。そして顔から血の気が引いていくとともに事の重大さに気づいた。

 

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 時刻は18時をまわっており日は完全に落ちていた。辺りは薄暗く普段なら河川敷を照らしてくれる月の光は雨雲で覆われ雨粒が河川敷に降り注ぐ。

 そんななかメイセイオペラは栗毛をなびかせながら河川敷を走っていた。レインコートも着けていない体と顔面に雨粒が容赦なく打ち付けられる。普段であれば雨粒などうっとおしいと感じるぐらいだが今は違う。ウマ娘は最高時速であれば70キロを出せるが今はその半分程度の30キロで走っている。その際に雨粒が当たればそれは相当な衝撃であり走ろうとする意思を挫くには充分な痛みである。それでも走り続けた。

 

 ヒガシノコウテイがいなくなった。それに気づいたメイセイオペラはすぐに自分の親とヒガシノコウテイの両親に連絡する。その際は混乱で支離滅裂に泣きそうな声で必死に状況を伝えた。

 ヒガシノコウテイの両親から引率を任されたのに何をやっているんだ!自分があれだけショックを受けているのだから幼いヒガシノコウテイはもっとショックを受けているはずだ。だからこそしっかりしていなければならないのに、トウケイニセイが負けたショックで放心状態になってしまっていた。メイセイオペラの胸中は後悔恐怖不甲斐なさなど様々なネガティブな感情が渦巻きいつの間に涙が流れていた。だがすぐに涙を拭き行動を起こす。交番にいる警察に状況を伝え自らも探し始める。

 学校、商店街、図書館など居そうな場所は片っ端から探したがそれでもヒガシノコウテイはいなかった。そして探しておらず心当たりがある場所は一つしかなかった。

 

 メイセイオペラは息を切らしながら河川敷下の土手を見下ろす。川と川を繋ぐ橋の下、スプレーで壁に落書きされているスペースにはダンベルや雑誌などが散乱していた。

 メイセイオペラは将来に岩手ウマ娘協会でレースを走るためにこの場所でトレーニングをしていた。走り込みをおこない、ウェイトトレーニングをおこない、ヒガシノコウテイがそれをサポートする。そして二人でトウケイニセイのウイニングライブの真似も何十回もおこなった。ここはメイセイオペラとヒガシノコウテイの二人だけの秘密のトレセンだった。

 するとそのスペースに一人の少女が倒れていた。その姿は見間違えるはずもない、ヒガシノコウテイだ。

 

「テイちゃん!」

 

 メイセイオペラは血相を変えながら土手の斜面を下りて駆け寄り体を抱き抱える。呼吸は異常に荒く歯を食いしばりながら足首に手を当てている。患部に触ると熱を帯びていた。ヒガシノコウテイは体が弱く、過度な運動をしてしまうと喘息のように呼吸が荒くなり足首が痛くなると言っていた。まさに同じ症状だった。

 

「オペラお姉ちゃん……」

「テイちゃん!ダメじゃないそんなに運動したら!お医者さんにも言われたでしょ」

 

 メイセイオペラは安堵な気持ちとは裏腹に強い語意で叱責してしまう。ヒガシノコウテイにとって過度な運動は命に関わることだった。それを知っているがゆえの叱責だった。

 

「オペラお姉ちゃん……どうしてあたしの体はこんなに弱いの?どうしてこんなに足が遅いの?……体が強かったら、足が速かったらトウケイニセイさんの代わりにライブリラブリィなんてやっつけてやるのに」

 

 ヒガシノコウテイは大声を上げて泣き始める。それは体の苦しみや足の痛みによるものではなく悔しさからだった。中年の男性からトウケイニセイの話を聞いた瞬間すぐさま自分たちの練習場がある土手に向かって駆け出していた。

 トウケイニセイさんを!オペラおねえちゃんを!レース場で応援していた皆を悲しませたライブリラブリィが許せない!あたしがやっつけてやる!

 そのためには強くならなければならない、速くなければならない。悔しさと怒りに身を任せて自らの症状を忘れ強く速くなるためにひたすらに走る。結果症状が発症し倒れ込んでいたのだった。

 

「でもトウケイニセイさんでも勝てなかった……。そしてこれからも中央のウマ娘が岩手に来るんでしょ……あたし達は勝てないの?岩手の…地方の皆はまたいじめられるの?中央に意地悪されて地方に来て、それでも楽しく走っていたのにまたいじめられるの?悔しいよオペラお姉ちゃん……」

 

 メイセイオペラは悔しさと自らの無力さに震えるヒガシノコウテイを力いっぱい抱きしめた。

 

「テイちゃんは必ず病気が治って、強くて速いウマ娘になれる。だから焦らないでゆっくり治していこう。テイちゃんが病気を治して一緒に走るまで私が岩手を……地方を守るから、中央のいじめっ子をやっつけてあげるから。そして地方のウマ娘は中央に負けないってことを証明してあげるから」

 

 ヒガシノコウテイの耳元で優しくそして力強く宣言する。腕の中にいる同じく岩手のウマ娘を愛する幼き少女の姿を見て決意を固めた。

 地方交流が始まり今後も中央のウマ娘が岩手のレースに参加してくるだろう。あのトウケイニセイですら勝てなかったのだ、今後は厳しい戦いを強いられ負け続けるかもしれない。そうなればファンたちも岩手のウマ娘達の弱さに愛想が尽いた。岩手のウマ娘達が負ける姿を見たくないと客足は離れるだろう。そうなれば自分とヒガシノコウテイが愛した岩手は暗く閉ざされる。

 そうならないためには光が必要だ。トウケイニセイのように、いやそれ以上の光が必要だ。ならばなってみせる。メイセイオペラの性格は大人しく主役になるようなタイプではなかった。だがヒガシノコウテイを見て覚悟を決めた。これ以上幼じみを悲しませるわけにはいかない。

 

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「がんばれ!がんばれオペラお姉ちゃん!」

 

 東京レース場のゴール板付近でヒガシノコウテイは力の限りの声でメイセイオペラに声援を送る。喉が枯れてしばらく声が出なくてもいい。力いっぱい声を出してやる。その大声に呼応するように周囲の人間もそれに負けじと大声でメイセイオペラに声援を送る。

 

 トウケイニセイが負けて引退してから数年後、メイセイオペラの予見通り中央のウマ娘が盛岡でおこなわれるレースに参戦し圧倒的な力で蹂躙していく。それでも悔しさを胸に押し込め雌伏の時を過ごし、岩手ウマ娘協会に所属すると少しずつ着実に力をつけていった。そしてトウケイニセイが務めていた岩手のエースの座にはメイセイオペラがつき、エースとして中央のウマ娘を迎え撃ち、ほかの地方のレースに参戦していく。

 アブクマポーロ、コンサートガールなどの地方の強豪とも数々の激闘を繰り広げ、盛岡でおこなわれた重賞マーキュリーカップでは中央のウマ娘を返り討ちにする。その実力は現役のダートウマ娘で最強とも呼び声高かった。中央を返り討ちにし盛岡を守るその姿は岩手ウマ娘ファンが待ち望んでいた英雄の姿だった。そして岩手の英雄はついに中央に打って出る。

 

フェブラリーステークス

 

 二月の東京レース場でおこなわれるダート1600メートルでおこなわれるGIレース。そのレースにメイセイオペラは参戦することを表明した。その一報に岩手ウマ娘ファンは一気に活気づいていた。

 地方所属のウマ娘で中央のGIレースに勝ったものは誰ひとりもいない。地方ウマ娘にとって出るだけでも困難なのが中央のGIレースだ。そのレースに出るどころか勝つ可能性が充分にある。

 地方ウマ娘が中央の舞台で勝つという歴史的快挙を一目見ようとファンたちは一同に東京レース場に訪れる。その一団の中にヒガシノコウテイもいた。そして東京レース場に岩手の一団を迎えたのは会場に訪れた観客たちの好奇の目線だった。

 勝てないのにわざわざご苦労だな。地方でいいレースをしているかもしれないが中央は違うぞ、せいぜい思い出でも作ってくれと観客たちが視線でそう語っている気がした。

 それに対してヒガシノコウテイは胸を張る。オペラお姉ちゃんは強い、必ず勝ってくれるはずだ。だがトウケイニセイがライブリラブリィに負けた時の光景がフラッシュバックする。絶対が絶対でなくなった瞬間。だが頭を振りその映像を打ち消す。オペラお姉ちゃんはあの時宣言通り中央から岩手を守ってくれた。そして地方の強さを証明してくれる。ならば信じるのみだ。ヒガシノコウテイは悠然とゴール板付近に向かう。

 

『完全に抜け出した!完全に抜け出したのはメイセイオペラ。やりました!ついに!ついにやりました!東北の英雄が中央の壁をこじ開けました』

 

 レースはメイセイオペラの2バ身差の勝利、まさに横綱相撲と呼べるほどの内容だった。ゴール板を駆け抜けた瞬間ヒガシノコウテイは絶叫する。そして岩手の応援団も絶叫する。その絶叫は地方ウマ娘の実力にどよめく東京レース場によく響いていた。

 そして地下バ道に戻る前に岩手の応援団を見つけたメイセイオペラは深々と頭を下げる。夕日を背に茜色に染まったその姿は神々しかった。ヒガシノコウテイはメイセイオペラの姿を脳内に強く焼きつける。この光景を忘れることは一生無いだろう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「着いたぞ」

 

 トレーナーの声に呼び起こされてヒガシノコウテイは目を覚ます。倦怠感を感じながらもゆっくりと新幹線を降りる。やはり岩手と比べると暖かいというのが降りた際に感じた印象だった。

 

「相変わらず凄い人ですね。初めて来たとき人の多さに戸惑ったことを思い出します」

 

 ヒガシノコウテイは忙しなく歩く多くの通勤者を目で追いながら懐かしむように呟く。メイセイオペラの応援のために初めて東京駅に降りたときは人の多さに酔い迷子になりかけたことを思い出していた。

 

「それでどこに行くのですか?」

「東京レース場の近くに有るホテルだから府中に向かう。府中はここから中央線で新宿に行ってそこから京王線に乗るみたいだ。中央線は…あっちだな」

 

トレーナーはスマートフォンを見ながら中央線のホームに向かいヒガシノコウテイもそれについて行く。そしてホームについた二人はしばらく待つと電車がやってくるとその電車の外装に驚く。

 

「わあ、すごい」

 

 二人が乗るのはラッピング電車だった。フェブラリーステークスのラッピング電車で1両ごとに出走するウマ娘の写真やらプロフィールが書かれていた。自分のものはあるだろうかと発車時間ギリギリまで探したが見つけられず慌ただしく乗車した。

 

「中央はこんな宣伝しているのですね」

「ああ、岩手じゃ逆立ちしてもできないな。これが中央の資金力か、おっ、このテレビでもフェブラリーステークスのCMをやっているぞ」

 

 トレーナーは車内に取り付けられているテレビに視線を移す。一方ヒガシノコウテイは流れゆく車窓の景色を眺めながらフェブラリーステークスについて思いを馳せる。

 

 フェブラリーステークスを勝利した後のメイセイオペラはGI南部杯や帝王賞に勝つなど地方の大将格としてふさわしい活躍をみせる。

 メイセイオペラが活躍するなか、ヒガシノコウテイも辛抱強く治療に励んだことで体質も徐々に強くなりレースを走れるほどに強くなっていた。そしてヒガシノコウテイはウマ娘レースに出られる年齢になると中央のトレセン学園に受験することなく、岩手ウマ娘協会の門を叩いた。

 これでメイセイオペラと一緒に走れる、その日を夢見ながらトレーニングに励む。だがそれは叶うことがなかった。

 メイセイオペラは怪我により入れ替わるようにして現役を退き、その跡を継ぐようにヒガシノコウテイは力をつけ岩手ウマ娘の頂点となった。

 そして岩手の頂点として迎え撃つGI南部杯。中央からはGIフェブラリーステークス覇者ノボトゥルー、ジャパンカップダート覇者ウイングアロー、ダートの強豪ゴールドティアラ、そしてアグネスデジタルも参戦していた。

 相手は強い、だがこの南部杯はメイセイオペラが決死の思いで防衛してきた岩手ウマ娘の誇りだ。自分の代でそうやすやすと渡すわけにはいかない、この日のために万全の準備を行い全身全霊で迎え撃つ。結果はアグネスデジタルの二着だった。

 盛岡レース場から思わずため息が漏れる。岩手の至宝の流失、それは岩手ウマ娘ファンにとって少なからずショッキングな出来事だった。

 メイセイオペラが守ってきたものを手放してしまった。悔しさと自身の不甲斐なさに幼少期以来泣いていなかったヒガシノコウテイは思わず涙した。そして追い打ちを掛けるがごとく衝撃の事実を知る。

アグネスデジタルは本気じゃなかった。南部杯をステップレースとして目標はGIレースJBC(ジャパン・ブリーダーズ・カップ)であった。

 行きがけの駄賃で岩手の至宝は奪われたのか!ヒガシノコウテイは激怒した。この借りはJBCで必ず返すと心に誓う。

 だがアグネスデジタルはJBCから急遽天皇賞秋に参戦を決め、次走は香港カップと芝路線を歩みダート路線に戻ってくることはなかった。このままリベンジの機会は訪れず終わってしまうのか、そう思った矢先にアグネスデジタルがフェブラリーステークス出走の一報を受ける。

 それを知りすぐさまフェブラリーステークスに出走登録をおこなった。リベンジの舞台はメイセイオペラが勝ったフェブラリーステークということに何か運命じみたものを感じていた。

 

「オペラお姉ちゃんごめんね。無茶するから」

 

 ヒガシノコウテイは呟く。

 

 現状では厳しいレースになることは必至であり勝つためには無茶をするしかない。その無茶の代償に競争寿命を縮める、いやここで終わるかも知れない。だがそれでもかまわない。そうしなければアグネスデジタルには勝てない、それほどまでの相手だ。

 ヒガシノコウテイはおもむろにポケットに手を入れてメイセイオペラからもらったリストバンドを強く握った。

 




まさかのすべてオリキャラ!
一話でちょいキャラで出したヒガシノコウテイがこんな形で出てくるとは一話を書いている時は全く思っていませんでした。

一応解説をしておきます。ヒガシノコウテイのモデルはトーホウエンペラーです。

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