勇者の記録(完結)   作:白井最強

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勇者の疑惑#4

「ありがとうございました。先生さようなら」

「はい、さようなら。帰り道は気を付けてね」

 

 エイシンプレストンは姦しく騒ぎながら出口に向かう子供達を見送りながら感慨にふける。先生という呼ばれ方は未だに馴染めない。それに先生と呼ばれるほど人間も出来ておらず技量も高くない。もっと精進しなければと思いながら帰り支度を始める。

 プレストンは最近になって道場に通っている小学生たちを指導するようになっていた。きっかけは道場の師範からの任命で、最初は人に教えられる実力ではないと断ろうとしたが、人に教えるのも稽古と諭され指導役をすることになる。

 そして指導を通して改めて未熟さを実感する。基本動作を1つにしても、感覚でやっていた動作を言語化し子供でも理解できるように伝える。それは想像より遥かに難しかった。

 最初は上手く伝わらなかったが、その度に家に帰り動作を分析する日々が続いた。その結果多少なりとも説明できるようになり、それと同時に動作の精度が上がったような気がする。

 

 帰り支度をしながらチームプレセペのトレーナーについて考える。自分は小学生と良くも悪くも単純で、素直な性格の子供達の指導をしているのである意味楽だ、だがトレーナーはエゴが強く一筋縄でいかないウマ娘達の指導を常にしていた。

 さらに成績が下がれば周囲からのプレッシャーも強くなる。改めて大変な仕事であり同時に尊敬の念を抱く。そして友人のデジタルもいずれはトレーナーになる。訪れる苦労を想像し思わず同情する。

 するとバックが振動で揺れる。振動の長さからして電話だろう、中からスマホを取り出すと液晶にはデジタルと表記されていた。

 

「もしもし、今丁度デジタルのことを考え…」

「プレちゃんちょっと聞いてよ!」

 

 デジタルの大声がプレストンの言葉を遮る。その声量に反射的にスマホを遠ざける。

 プレストンはデジタルの心境を推理する。その声の大きさとテンションの高さからして、相当苛ついているか怒っているようだ、気分によっては相手しないのだが、今日のプレストンは騒がしい子供達の世話をしたので、心境は指導者で多少なり心に余裕が有った。

 

「はいはい、聞きますって、それでどうしたの?」

 

 プレストンの言葉を皮切りにデジタルが捲し立てるように愚痴を吐き出す。テンションが上がって聞き取りにくい部分を脳内で翻訳しながらデジタルの言い分を纏める。

 天皇賞秋での敗因について意見が割れ、トレーナーが頑なにデジタルの意見に賛成しない。

 サブトレーナーが頼りないどころか見る目が無く、模擬レースで走ったメイショウボーラーの実力を正しく見極められていない。それが主な愚痴だった。

 

「全く!白ちゃんも黒坂ちゃんも節穴過ぎ!中央はトレーナーの質を高めたほうが良いと思うな」

「それでどうするの?2人が節穴だから1人でやるの?それとも別のチームに移籍するの?」

「そうだ、チームプレセペを紹介してよ。プレちゃんを育てたトレーナーだから実力は確かだよ」

 

 プレストンはデジタルの言葉を聞き思考する。贔屓目が入っているかもしれないが、トレーナーの実力は保証する。トレーナーでなければGI4勝もすることはできなかった。だがトレーナーとデジタルの相性が良いかと言われると首を傾げてしまう。

 プレストンの目から見てもチームプレアデスのトレーナーあってこそのデジタルであると思う。いずれは仲直りして元の鞘に収まるとは思うが、これでチームプレセペに移籍してしまうと色々と面倒になる。

 ここはサブトレーナーの元に居る間に怒りが収まり、トレーナーの元に戻るのがベストだ。

 

「デジタル、仮に知り合いのトレーナーのチームに要領が悪く物覚えが悪いウマ娘が居たとして、そのウマ娘が使えないからと蔑ろにされるか、切り捨てられようとしていたらどう思う」

「許せないって、そんなトレーナーは即刻免許剥奪すべきだね」

「逆にデジタルだったらどうする?」

「それはもちろん、分かるまで懇切丁寧マンツーマンで指導するに決まってるでしょ」

 

 プレストンはデジタルが落ち着くように落ち着いた声色でゆっくりと喋る。デジタルもプレストンの狙い通り少しだけ落ち着いて喋っていた。

 

「そして、今のデジタルは許せないって言ったトレーナーと同じことをしようとしている。要領が悪くて物覚えが悪い黒坂トレーナーを切り捨てようとするなんて、まさにそれでしょ」

「あのさ、プレちゃん。黒坂ちゃんはウマ娘ちゃんじゃないし立場も違うよ。トレーナーは社会人で労働者、ダメな社員がいればクビになるのは自然なことでしょ」

 

 プレストンのスマホが握る手が無意識に強まる。黒坂をウマ娘に置き換えて説得しようとしたが失敗した。まさかデジタルが経営者的な視点を持っているとは思わなかった。

 そしてそんな事常識でしょう的な語り口は神経を逆撫でていた。苛つきを抑えるように小さく息を吸い、説得するロジックを組み立てなおす。

 

「デジタルの将来の夢は多くのウマ娘が所属するチームのトレーナーでしょ?」

「そうだよ」

「だとしたら必然的にサブトレーナーを雇うことになる。それを少しダメだからってクビにしてたら誰も来ないわよ。多少至らぬ点が有っても許し育てるぐらいの器量を見せないと、これが良い予行練習だと思って自分がサブトレーナーを育てるぐらいの気概を持ちなさい」

 

 プレストンはデジタルを教えている小学生に見立て、諭すようにゆっくりと喋る。

 弟子が師を育てるという言葉があるが、あれは指導を通して自身の至らなさを確認し修正することで、結果成長しているという意味だ。

 そしてデジタルに言った言葉は文字通り、弟子が師を指導して育てるという意味合いだった。どれだけ上から目線だとは思ったが、それぐらいの傲慢さと余裕が有った方が上手く事が運ぶと考えていた。

 

「でもプレちゃん、そんな先の事を見据えるよりも今なんだよ。今をベストに過ごしたい。あと9年、いや6年は走りたいから」

 

 デジタルは電話当初の興奮気味な声とはうって変わり、シリアスで重苦しさすら感じるような声で呟く。プレストンはデジタルの愚痴の根本にはそれなりに切実な悩みがあるのを理解した。

 

「とりあえず、トレーナーにはさっきの話は伝えておく」

「ありがとう」

「とりあえずはよく考えることね、衝動的に行動した結果、取り返しがつかなくなることもあるし」

「分かった。今日は愚痴を聞いてくれてありがとう。プレちゃん愚痴を言いたくなることが有ったらいつでも聞くから」

「そうならないことを願うわ。それじゃあ、じゃあねデジタル」

「じゃあねプレちゃん」

 

 プレストンは電話を切ると同時に息を吐く。デジタルは夏に今後の人生設計を考えたが、基本的に刹那的に生きるウマ娘だ、先の話より今に拘るのも無理はない。それに先の天皇賞秋では大敗を喫し、今をどうにかしなければという感情にさせるのだろう。

 そしてデジタルと話していると得も言われぬ焦燥感に駆り立てられる。これは天皇賞秋で大敗からの焦りによるものではない。デジタルは何に焦っている?

 プレストンは焦りの原因を考えるが答えが出ることは無かった。

 

───

 

「ごめんなさい」

 

 デジタルはメイショウボーラーとの模擬レースを実施した翌日、トレーニング場で黒坂に会うやいなや開口一番で謝罪の言葉を述べた。

 

「いくらムシャクシャしてもトレーニングをサボったのはダメだよね。今後は二度としないから」

「いやこちらも非がありました。今後は気を付けてください」

 

 黒坂は思わぬ言葉に戸惑いながら謝罪を受け入れる。本当なら黒坂から謝罪の言葉を言うつもりでいた。しかしデジタルから先に謝罪の言葉を言われ機先を制されていた。

 

 デジタルはプレストンに愚痴を溢したことで精神が落ち着き、自分を内省する余裕が生まれていた。

 流石にあの態度はマズかった。黒坂はサブトレーナーでまだ若く経験不足でまだ見えないこともあり、自分とメイショウボーラーの実力差を正しく把握できなくても仕方がない。

 それに天皇賞秋でも自分の敗因を正確に分析してくれた。多少至らない点が有ったとしても自分を理解してくれる。そんなトレーナーを手放すのは悪手だ。ここは自分の非を認めトレーナーを手元に置く方が得になると判断していた。

 

「それで今日は何する?どんなトレーニングでも言う通りするよ」

「そんな特別な事はしません。ただトレーナーから引き続き暫くメイショウボーラーと模擬レースをして欲しいと依頼がありました。その相手を引き受けてくれますか?」

「勿論!てっきり罰ゲーム的な何かをするかと思ってたよ。こんなのご褒美じゃん!」

 

 デジタルはどんな懲罰トレーニングをさせられるかと身構えていたが、トレーナーの言葉を聞くと小躍りをしながら満面な笑みを浮かべて喜びを表現した。

 

 

 トレーニング終了後の夜、デジタルは寮の広間にある共有スペースのソファーで座りながらスマホを操作する。

 本来なら自室のPCウマ娘の動画などを見ながら時間を過ごすのだが、ここ最近は自室でなく寮の共有スペースでスマホを使いながら時間を過ごしている。

 タップダンスシチーはレースに向かうにつれて心身を研ぎ澄ましていき、それにつれて口数が減り空気もピリついていく。

 デジタルとしては研ぎ澄ましていくタップダンスシチーを見て感じたいところだが、タップダンスシチーにとって邪魔な存在である可能性が高く、その可能性を考慮してこうして避難していた。

 スマホをいじりながら今週末のエリザベス女王杯について調べる。やはり注目するウマ娘はスティルインラブとアドマイヤグルーヴだろう。

 

 スティルインラブはメジロラモーヌ以来のティアラ3冠ウマ娘だ。その偉業はそうだが若手のトレーナーとの二人三脚で歩んだ軌跡は知れば知るほどエモい。

 そしてアドマイヤグルーヴはデビュー前から期待されていたウマ娘で、ティアラ三冠レースは全て1番人気で走ったが全てスティルインラブに敗れた。次のエリザベス女王杯は是が非でも勝ちたいと執念を燃やしているだろう。そういったウマ娘の情熱もエモい。

 エリザベス女王杯について想いを馳せると同時に、共用スペースに居るウマ娘達の様子を観察する。自由時間を自室のルームメイトと過ごすウマ娘も居れば、複数人で集まり共用スペースで過ごすウマ娘も居る。

 ネットや雑誌でウマ娘達の人となりや関係性を知ることも出来るが、寮で生活していると自分の目で人となりや関係性が知れる。

 これは学園生だけの特権だ、その特権を思う存分行使すべくエリザベス女王杯について調べながら周りのウマ娘の様子の観察を同時に進行していく。

 レースの話、今後の将来の話、話題のファッションの話、トレーナー達の話、アスリートとしての真面目な話題から年頃のガールズトークなど様々な話題で盛り上がっている。

 

「信じろって、グルーヴなら勝てる」

「大丈夫、今まで培ったものを出せれば勝てる」

 

 デジタルはその声を聞き何気なく視線を向ける。そこにはアドマイヤドンとアドマイヤマックスとアドマイヤグルーヴが居て、2人がアドマイヤグルーヴを励ましている。

 エリザベス女王杯について調べている中レースの中心人物の一人が現れるというタイムリーな遭遇に、思わず全体から3人に意識を傾ける。

 

「またあの娘に負けるのかな……勝てない星の元に生まれているのかな……」

「そんなことない。ティアラ3冠の全部は勝負の綾だ、10回やれば5回は勝てる。つまり互角」

「私もドンの言う通りグルーヴとスティルインラブに差は無いと思っている」

「でも負けるってことは実力が同じでも、あの娘が持っていて、私は持っていないってことでしょ……」

 

 アドマイヤドンとアドマイヤマックスがアドマイヤグルーヴを励ますが益々落ち込んでいく。デジタルも2人の私見と同じくアドマイヤグルーヴとスティルインラブに差は無いと思っている。

 だがそれはアドマイヤグルーヴにとってはなおさら悔しいのだろう。実力が同じであれば自分がティアラ3冠を取れた。ちょっとしたボタンの掛け違いあまりにも結果が違っていた。

 

「グルーヴ、私はクラシック級だけで走る3冠よりシニア級も走るエリザベス女王杯こそ価値があると思う。ティアラ3冠レースが1レース100ポイントなら、エリザベス女王杯は1億ポイントぐらいかな」

「そうだ、ティアラ3冠がなんだよ、そんなもん前座だ」

「1億ポイントってベタなクイズ番組でもないよ」

 

 アドマイヤグルーヴは思わず吹き出す。それを見た不安そうだった2人の表情が少しだけ晴れる。

 

「それにグルーヴは持っていないっていうけど、今回は持ってないのはスティルインラブの方だ」

「どういうこと?」

「ティアラ3冠は全て1番人気のグルーヴが負けた。でも今回は相手が1番人気だ、グルーヴは2番人気ぐらい、つまりグルーヴが勝つ!」

「そう、私は1番人気で負け続けた。皆の期待を裏切って……」

 

 2人の励ましでやる気を得て少しずつ上がっていたアドマイヤグルーヴの耳が一気に垂れ、アドマイヤマックスは思わずアドマイヤドンの腹を肘で小突く。

 

「ティアラ3冠で全て1番人気を背負って走った。それは私やドンには分からない程のプレッシャーだったと思う。でもそれはグルーヴを強くした。その成果はエリザベス女王杯できっと現れる」

「本当に?」

「ああ、あとグルーヴは持っていないって言ったけど、私がグルーヴに与える」

 

 アドマイヤマックスはアドマイヤグルーヴの手に何かを握らせる。それは中央ウマ娘協会で販売しているヒシミラクルのお守りだった。

 

「何かご利益が授かるっていうから便乗して、あとお百度参りしてそのお守りに念を込めていたからきっとご利益があると思う」

「ありがとう。レースに持っていく」

 

 アドマイヤグルーヴはぽつりと呟く。運がないと落ち込んでいるなか、アドマイヤマックスは運を与えようと自分の為にお百度参りしてくれた。効果は有るか分からないがその心遣いは心に届いていた。

 

「うん?でもマックス、そのお守りそこまでご利益無いんじゃね?」

「どういうこと?」

「ヒシミラクルって何かピタゴラスイッチ的な不運で怪我したって聞いたけど。そんな人のお守り貰ってもね~」

「じゃあ、もう百度参りだな。二百度参りならヒシミラクルの運の無さを帳消しできる」

「いや、三百度参りだ。アタシもやる。日曜まであと3日だから1日三十参りか」

「待って、グルーヴは前日に京都入りで出発する前に渡さないといけないから残り2日だ。徹夜でやれば間に合う。とりあえず外出申請して」

「いいよ、そこまでしなくて。マックスの想いはヒシミラクルの不運に負けない。私が勝って証明してあげる」

 

 アドマイヤグルーヴの表情は少し前までの暗い表情から一転し、晴れやかで自信と決意に満ちていた。

 

 デジタルはニヤついた顔を見られないように手で口元を隠す。実にエモい場面を目撃できた。アドマイヤグルーヴの為にお百度参りするアドマイヤマックスの献身性は実にときめかせる。

 アドマイヤマックスとは安田記念で一緒に走った。デジタルに心奪われ偶像として崇拝したウマ娘、幸福を得るために理想の偶像に縋りつき、大切なアドマイヤとの関係性を断った。

 人聞きでアドマイヤと復縁できたと聞いたが実際にその目で見て確信できた。袂を分かったマックスも分かられたドン達も一連の出来事について理解し合い、さらに仲が深まった気がする。

 アドマイヤマックスについてはレース後もその動向が気になり様子を窺っていた。

 本来ならこれを機に仲良くしたいとも思ったが、自分の存在のせいでアドマイヤマックスの心を乱し、復縁の邪魔になるのではと考え距離を置いていた。

 アドマイヤとは復縁できた。だがレースではどうか?理想の偶像を感じるよりの幸福を見つけられたかのか?レースでは走ることはなかったがレース映像を見ることでどうなったかを知り、その表情は生き生きとしていた。

 

 かつて1番に感じたいウマ娘が居なくとも、その次に感じたいウマ娘ちゃんを見つけ、チームやトレーナーが喜ぶ顔が見ると嬉しいって気持ちを上乗せする事で今まで以上に幸せになれるとアドバイスした。

 それをアドマイヤマックスが実践できているかは分からない。だが今はレースでもプライベートでも充実して楽しいと思っているのは分かる。

 今のアドマイヤマックスは今まで以上に魅力的で、レースを通して感じたいと思うウマ娘の1人だ。一緒に走ればアドマイヤマックスの心が乱れてしまい、考慮しなければならないが、相手の事を考えなければ一緒に走りたい。

 アドマイヤマックスの次走は香港マイル、香港は2000メートルだが2回走っている。マイルでも充分に対応できる。ウマ娘断ちの改良の為に年内はあと2走と考え、マイルCSかジャパンカップダートで試すつもりだったが、香港マイルの為にマイルCSを走るべきか。

 

 デジタルは香港マイルについて調べるが、暫くするとマイルという単語から朝日杯FSに意識が移り。朝日杯について調べ始める。

 主に見ているのは朝日杯に出走予定のウマ娘や今後のジュニア級重賞に出走するウマ娘のアカウントや、所属チームのアカウントである。これは趣味と実益を兼ねた行動だった。

 趣味の面としてはウマ娘達を調べることによってその内面や人間関係を把握する為である。

 毎年多くのウマ娘がレースの世界に飛び込んでくる。その中には素敵なウマ娘や心をときめかせる関係を紡いでいるウマ娘を居る。全てのウマ娘を把握することは不可能だが、少しでも多くのウマ娘や関係性を知り楽しみたかった。

 そして実益の面としては朝日杯に出走するウマ娘を調べるためである。

 メイショウボーラーの次走はGI朝日杯、GIというレースは特別だ、大半のウマ娘がその舞台にすら立つことは叶わず、多くのウマ娘がその栄光を求める。

 出走ウマ娘それぞれにドラマがある。その背景を知ればどのウマ娘にも感情移入して応援するだろう。それでもメイショウボーラーに勝ってもらいたい。それ程までにチームの後輩は特別な存在である。

 

 勝つためのレースの展開予想や、出走ウマ娘の技術的なスカウティングはトレーナーがする。ならば別方向からアプローチしようと考えていた。

 デジタルが注目したのはメンタル面だった。ウマ娘の気質や交友感関係やバックボーンを知ることで、レース展開の予想やメイショウボーラーが勝つための道筋が見えてくるかもしれない。だがそれも徒労かもしれないと自虐的に笑う。

 メイショウボーラーと模擬レースを続けているが1日ごとに力をつけている。

 最初はメイショウボーラーを試すようなレースを作る余裕が有ったが、今ではそんな余裕がなく全力で挑み何とか先着しているというレース内容だった。

 手前味噌だがシニア級でもそれなりの実力が有るという自負があった。いくら才能が有るウマ娘でも成長途上のジュニア級だけが出るGIレースなら完勝できる自信が有る。

 その自分と互角のレースが出来るのだ、恐らく朝日杯はよほどの大物が潜んでいるか、誰かが覚醒でもしない限りメイショウボーラーの完勝で終わるだろう。

 そしてメイショウボーラーは未完成であり、ジュニア級で成長が頭打ちするタイプではない。このまま成長すれば歴史的な実績を残すウマ娘になるだろう。

 もし一緒のレースで走れば負けるかもしれない。だが先輩の意地と後輩の壁として全ての力を振り絞り先着してみせる。それがメイショウボーラーの成長に繋がる。

 そして感じる為に出来る限り先着し、負けるとしても少しでも足掻いて近づいてみせる。デジタルの思考は朝日杯ではなく、いずれメイショウボーラーと相まみえるGIレースの妄想に切り替わっていた。

 

───

 

 黒坂サブトレーナーは几帳面な人物である。どんなに疲れていようが出した本は所定の場所に戻し、ゴミもゴミ箱に分別していた。だが今はゴミが散乱し、PCが置いてある机周りは栄養ドリンクが散乱していた。

 その部屋の主はどんな些細な情報を見逃さまいと目を見開きながらPCの画面に映る映像を見つめる。映像にはアグネスデジタルとメイショウボーラーの模擬レースの様子が映っていた。

 どう考えても理屈に合わない。心技体においてデジタルの方がメイショウボーラーより明らかに勝っている。だが模擬レースを繰り返すたびに差は縮まり、今日のレースはハナ差だった。

 レースを見始めた初心者は着差が絶対的指標として実力差を測るが、トレーナーやサブトレーナーならば着差ではなくレース内容で実力差を測る。例えハナ差でも絶対に覆らない圧倒的な差な事もある。だが今日のレースは紙一重の差、実力伯仲と言って差支えない。

 

 考えられるのはメイショウボーラーが急成長している可能性だ、本番と模擬では違うのは分かっているが、模擬レースでもデジタルと実力伯仲のレースをしている。その実力はジュニア級の枠を飛び越えている。

 さらに言えば明らかに未完成だ、それでデジタルと互角とは末恐ろしい才能だ、このまま順調に成長すれば日本の歴史に名を残す。いや世界的名選手になるだろう。

 

 だが一つだけ疑問が生じる。それは走破タイムである。メイショウボーラーのタイムは確かに優秀だ。それはジュニア級にしてはというだけであって、歴史的な名選手だと仮定すれば遅い。その程度のタイムならデジタルであればもっと差をつけられるはずである。

 黒坂は検証を続けた結果ある仮説に辿り着く。恐らくメイショウボーラーは相手の実力を削ぎ落す力に長けているウマ娘だ、過去には走破タイムが過去の名選手より比べて遅いがGIを幾つも勝利したウマ娘が居た。そういったウマ娘は何かしらの術で相手の力を削ぎ落し、結果的にタイムが遅くなってしまう。

 黒坂はその仮説に辿り着いたが、メイショウボーラーがどのようにして力を削いでいるか分からなかった。どんな現象にも理屈がある。黒坂は血眼にしながら強さの理屈を調べ続けた。

 

──

 

「うわ、どうしたの、その顔?」

 

 デジタルはトレーニング場に着て黒坂の顔を見て思わず声をかける。顔色が悪く目元にははっきりと隈が出来ていて、言葉に出さずとも徹夜明けであると雄弁に語っていた。

 

「今日は休めば?メニューさえもらえば自分でやるから」

「気遣いありがとうございます。でもお構いなく」

「それで徹夜までして何してたの?」

 

 デジタルは興味本位で問いかける。かつてウマ娘の映像を徹夜で見た結果トレーニングに支障をきたし、トレーナーにこっぴどく怒られた事があった。

 黒坂ならやりたいことがあっても自重して止めるタイプだと思っていただけに、今の状態は意外で徹夜するまで何をしていたのか興味があった。

 

「メイショウボーラーのレース映像を見ていました」

「メイショウボーラーちゃん?」

「模擬レースといえどジュニア級でありながらアグネスデジタルとここまで競り合える。その実力は相当高い、歴史的選手になりえる逸材だと理解しました。ですが何が優れているか分かりませんでした。優れている点を解明すべくレース映像を見ていたら気づけば朝でした」

「分かる分かる。アタシもウマ娘ちゃんの映像を見ていたら気が付けば朝でしたって事があった。それで何が優れているか分かったの?」

「メイショウボーラーの優れている点は相手の強さを削る力だと分かりました。ですがどうやって削っているか理屈はまるで分かりませんでした」

 

 デジタルは黒坂の顔を覗き見る。黒坂の性格からして未知を恐れる気質だと思っていたが、その表情は晴れやかに見えた。

 

「それにしてはスッキリした表情しているね」

「ある天才数学者が居て幾つもの数式を発見したのですが、本人もその公式が何故正しいのか分からないそうです」

「へえ~、数学なんて理屈の世界で全て理論立てて証明できると思ってた」

「メイショウボーラーの力も同じ類なんでしょう。天才でも自分で説明できないことがある。それを凡人が理解できるわけがない。という結論に至りました」

 

 黒坂は今日の昼過ぎにメイショウボーラーに会い、走る時に何を考えているのか尋ねたが、特筆すべき思考や理論は実施していなかった。最初はそんな訳はないと何度も問いただしたが、数学者のエピソードを思い出し今の結論に至った。

 

「そして話が変るのですが、ローテーションについて提案があります」

「どんな提案?」

「今年の最終目標は東京大賞典で、新しいウマ娘断ちを試すためにマイルCSかジャパンカップダートのどちらかを走りたいという希望でしたね」

「そう、別にその2つじゃなきゃ絶対にヤダってわけじゃないけど」

「ならばマイルCSを走るべきと提案します。アグネスデジタルは2000メートルも走れますが、マイラー寄りのウマ娘だと考えています。それにジャパンカップダートは2100で、距離が長い可能性もあります。仮にこなせたとしてもレースの反動がマイルより大きいと判断します。それなら適性のあるマイルで走った方が反動は少ない」

「なるほど、そう言うならマイルCSにしよう」

 

 デジタルは黒坂の提案にデジタルは了承するように頷く、一方黒坂はその様子を見て内心で胸を撫で下ろす。デジタルとは信頼関係性が築けていなく、今の提案も納得できず、さらに信頼を失う可能性を危惧していた。

 

「それでウマ娘断ちの期間は1週間にします。そして試した結果で日数を増減するという方向で良いですか?」

「いいよ」

「それで、オフを挟むのでメイショウボーラーとの模擬レースは今日で一時中断になりますが」

 

 黒坂はデジタルの顔色を窺うように話す。デジタルはメイショウボーラーとの模擬レースを楽しんでいた。それを中断され機嫌を悪くするか心配していた。

 

「まあしょうがないか、マイルCS後に成長したメイショウボーラーちゃんを感じられるかを楽しみにしながら、ウマ娘断ち期間を過ごすとしますか。今日は目一杯感じて感じ溜めしないと」

 

 デジタルは特に機嫌を損ねることなく気持ちを切り替えるように模擬レースに向けて準備運動を始めた。

 するとメイショウボーラーとトレーナーがコースにやってくる。トレーナーと黒坂は打ち合わせを始め、デジタルとメイショウボーラーは一緒に準備運動を始める。

 

「今日で一旦模擬レースは最後だから」

「え?何か別メニューでもするんですか」

「ちょっとウマ娘断ちで1週間ぐらい学園から離れるから」

「大丈夫ですか?かなりきつくて力石みたいになってたって聞きましたよ」

「力石って?」

「力石ですよ。知らないですか?あしたのジョー、漫画やアニメの」

「ごめん、知らないや」

「じゃあ貸しますよ。名作ですから」

「じゃあ借りようかな。ウマ娘断ちの最初はやることなくて娯楽作品があると良い暇つぶしになるんだよね。あとその漫画ウマ娘ちゃん出て無いよね?」

「出て無いと思います」

「一応ウマ娘断ちするから、絵でもウマ娘ちゃんの姿を見たらアウトだからさ」

「確認しておきます。出発は何時ですか」

「明日はオフだから明後日」

「しかし厳密というかストイックというか」

「でしょ、テキトーに見えるかもしれないけどストイックなんだよ」

 

 2人は気の置けない会話をしながら準備運動を続ける。模擬レースをしてから2人の距離感は一気に縮まっていた。程よく体が温まるとウッドチップコースに向かいスタート地点に着いた。 

 

 デジタルはスタートするまでの僅かの時間を利用してメイショウボーラーを観察する。黒坂の強さは相手の力を削る力、そして削る力の理屈は分からないと言っていた。今日のレースでその理屈を解明しようと試みようとしていた。

 それは黒坂の為でもなく知的好奇心から生じた考えではない。メイショウボーラーというウマ娘を理解することでより感じられるかもという自分の欲求だった。

 

 レースがスタートしメイショウボーラーがハナを切りデジタルは後ろにつく。メイショウボーラーを風避けにして力を温存する。

 今日は最初の時のように相手を試すようなレースはしない。正確には出来ない。今では本気で走らなければメイショウボーラーに勝つことはできないほど実力は拮抗していた。

 直線迄の道中はメイショウボーラーが前を走り、デジタルが1バ身後ろにつくというスタート直後と変わらない位置取りで進んでいく。傍から見れば一見変化がないように見えるが道中では駆け引きが繰り広げられていた。

 前のウマ娘が速ければ速いほど後ろに居るウマ娘は風よけの恩恵に与り力を温存できる。ならば出来るだけペースを遅くすればいいと思うかもしれないが、そうなると末脚が優れているウマ娘が居た場合に瞬発力勝負に負ける。

 メイショウボーラーの刻むペースは後ろに可能な限りに風よけの恩恵を与えないように落とし、かつ後ろの末脚自慢に負けない程度に距離を稼ぐ速さでまさに理想的なペース配分だった。

 デジタルはレース中ながら内心で頬が緩む。この短期間でここまでペース配分が出来るようになったか、レースでは緊張など様々な外因で出来ないかもしれないが、練習でこれだけ出来れば充分だ。本当に成長した。

 

 直線に入るとデジタルはメイショウボーラーの後ろから横に移動して溜めていた力を一気に開放する。

 後輩を叩きのめして悦に浸る趣味はないが、ここは全力で叩きのめす。

 自信はレースを走るために必要だ、だが自信は過信にいとも容易く変化する。メイショウボーラーがこのレースに勝てば、自信を身に着け過信に変化してしまう。GIに挑むまでは過信を持ってはならない。

 残り100メートルとなりメイショウボーラーとの差は半バ身まで差を詰める。

 追う者の中には思った以上に差が縮まらない事に焦り心を挫いてしまう者も居る。だがデジタルにはそれらの心は無い。メイショウボーラーが強いことは分かっている。この程度は予定通りだ。

 ゴール地点に近づきにつれてその差はクビ差ハナ差と縮まっていく。そしてゴールを通過した瞬間2人の身体は重なっていた。

 

「どっちですか?」

「わからない」

 

 メイショウボーラーはゴール板を通過して即座にデジタルに尋ね、デジタルは首を横に振る。余裕が有れば分かるかもしれないが、今のレースは全力で走り余裕は全くなかった。

 2人はゴール板付近に居たトレーナーの元に駆け寄る。模擬レースなので写真判定はしておらず、最終判定はトレーナーが下す。写真判定程正確では無いがトレーナーであれば僅差でも判別できる。

 

「トレーナー、どっちが勝ってました」

「俺の目ではメイショウボーラーの方が態勢有利やった」

 

 トレーナーの言葉にメイショウボーラーはガッツポーズを何度もして喜びを爆発させる。

 

「だが!」

 

 トレーナーはアクセントを強調して大声を出す。その声量にメイショウボーラーはガッツポーズを止め、トレーナーの方を向く。

 

「デジタルはウッドチップの破片が目に刺さりかけて避けたなど様々なアクシデントがあった。それが無ければ勝っていたのはデジタルや」

「……ちょっと白ちゃん~。そういうこと言わないでよ~恥ずかしいじゃん。負けは負けでしょ」

「そうだったんですか?すみません!目は大丈夫ですか」

「大丈夫、手でガードしたから。それより道中のペースは完璧だったよ。あの感覚を忘れないでね。逃げは自分でレースを作れるのが最大の強みだから」

 

 デジタルは話題を変えるようにメイショウボーラーを褒めたたえる。メイショウボーラーはデジタルの言葉に嬉しさを隠し切れないと、勢いよく首を縦に振って相槌していた。

 

「強いと思っていましたが、まさかここまでとは」

 

 黒坂は模擬レースが終わりクールダウンしているデジタルに思わず呟く。歴史的選手になる可能性があるメイショウボーラーならいずれデジタルに先着することも有ると思っていたが、まさか今日がその日になるとは思っていなかった。

 

「本当にね。けど、今日はあくまでも模擬レースだからね。本番と模擬レースは別物だから」

 

 デジタルは飄々とした態度で返事する。傍から見たら言い訳に聞こえるが本人は言い訳だとは思っていなかった。

 トレーニングと本番では思いの強さも感情の重さも違う。感情や想いが大きく重くなればなるほど、近づいて感じたいという自身の感情も強くなり力が増す。

 

「そういえば、黒坂ちゃんが言っていたメイショウボーラーちゃんの強さを削る力を見極めようとしたんだ」

「それでどうでした?」

「分かんなかった。本当の天才の技術はアタシみたいなウマ娘には分からないや」

 

 デジタルはおどけるように手を広げる。ペースを調整して相手が有利にならない展開を作る。それは黒坂が言う強さを削る力ではないだろう。そんな事は大概のウマ娘が実践し分かるはずだ。黒坂が言いたい事はもっと深い話だろう。

 全く悟られずに相手の力を削る。これをされたら敗因を分析できず何度も負けることになる。何とも恐ろしい技術だ。

 

 するとデジタル達の元にトレーナーが寄ってくる。デジタルは露骨に不機嫌な表情を浮かべた。

 

「デジタル、すまんな。咄嗟の嘘に乗ってくれて」

「別に、ああ言っておかないとメイショウボーラーちゃんが調子乗っちゃうかもしれないし」

 

 デジタルはぶっきらぼうに答える。トレーナーはアクシデントが無ければデジタルが勝っていたとメイショウボーラーに伝えた。だがそれは嘘であり、アクシデントに巻き込まれることなく力を発揮して負けた。

 

「要件はそれだけ?」

「いや、デジタルに伝えなあかん重要な話がある」

 

 トレーナーは重苦しい空気を発しながら喋る。その言葉にデジタルは思わず意図的に外していた視線をトレーナーに向けた。

 

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