勇者の記録(完結)   作:白井最強

93 / 119
勇者デッドエンド#1

 アグネスデジタルは駆け足で寮の自室に向かうと、本棚から中央ウマ娘協会の規定が網羅されている書籍を取り出し、部屋を出て行く。目指す先は中央ウマ娘協会の役員室である。

 この体は衰えている。断じて認めたくないが最早逃れ慣れない事実だ、そしてこのままではあと9年間現役で走るという目標も達成できない。

 問題は中央ウマ娘協会の規定、中央に所属しているウマ娘は2回目の移籍が出来ないという項目だ。これを改訂しなければ未来はない。

 

「失礼します!」

 

 デジタルはノックして部屋に入室する。そこには役員と秘書が打ち合わせをしていた。思わぬ来訪者に役員たちは驚くが構わず歩を進める。

 

「失礼ですがどちら様でしょうか?アポイントは取られましたか?」

「この規定を変えてください!」

 

 デジタルは秘書の言葉を無視し、机に座る役員の目の前に書籍を勢いよく置くと、ページを開き赤ペンで囲まれている規定文を見せる。役員は勢いに気圧され思わず規定文を黙読する。

 

「この規定文がどうしたというのだ?」

「移籍できる回数を今すぐ無制限にしてください!お願いします!」

 

 デジタルは勢いよく90°の角度で頭を下げる。その姿に役員たちは戸惑い見つめる。

 

「理由は何なのだ?」

 

 役員は率直に尋ねる。本来であれば一介の学園のウマ娘がアポなしでの嘆願など門前払いしてもいいのだが、とりあえず話だけ聞いてやるという度量と余裕があった。

 

「アタシは既に1回地方に移籍して中央に移籍して戻ってきました。あと9年間現役として走るという目標のために、どうしても地方に移籍しなきゃいけないんです!」

 

 デジタルは興奮で言葉に詰まりそうになりながら必死に訴える。此処が人生のターニングポイントだ、何としてでも説得しなければならないと決死の覚悟でいた。

 

「ルールというものは必要が有るから決められている。それを個人の願望で変えることはできない。それに走るだけなら中央でも可能だろう」

 

 役員はその様子を冷ややかに見つめる。皆の為であるという大義名分や理論武装してくると思っていたが、今の言葉は自分の願いをねだっているだけだ。これでは子供が親におもちゃを買ってと喚いているのと変わらない。

 

「それじゃあダメなんです!アタシには……時間がなくて……このままじゃレースでウマ娘ちゃんを感じられない!ウマ娘ちゃんを感じる為には地方に移籍しないといけないんです!」

 

 デジタルは衰えると喋ろうとした瞬間思わず口を噤む。力が衰え始めていると認識し始めている。だが言霊という言葉があるように、口にして他人に聞かせれば絶対に覆らない確定事項になってしまう気がして、言葉にすることはできなかった。

 そして自分の気持ちの強さに主張を変えてくれるという僅かな可能性を願いながら、熱を込めて弁明する。だが役員達には一切響いていなかった。

 レースでウマ娘を感じる為にはある程度実力が同じでなければならない、だが中央ではクラスの降格が無く、このままではレースで差をつけられウマ娘を感じられない。その為にはランクが低い地方で走らなければならない。それがデジタルのロジックである。

 だが今の言葉では説明不足であり、理解できるとしたらトレーナー等のデジタルをよく知る人物ぐらいである。さらに言えばウマ娘を感じるという感情は普通の人間には理解できない。

 

「アタシはウマ娘ちゃんを感じるのが大好きで!最早生き甲斐なんです!ウマ娘ちゃんを感じられない人生なんて考えられない」

 

 デジタルはさらに熱を込めて喋る。情熱が有れば人の心は動くと信じていた。

 だが熱を帯びれば帯びる程役員達の態度は冷ややかになっていく。それは感情の機微に疎いデジタルにすら感じられる程だった。

 

「元々……せい……」

「それで終わりか?私も暇ではないので退出願おう」

「元々言えば中央のせいでしょう!ダートプライドの時に意地悪して走らせないせいで!アタシは地方に移籍するはめになって!それさえ無ければこんな規定に苦しむことはなかった!それに中央だってアタシがワールドベストレースの勝者ということを利用して散々広告塔にしたでしょ!既定の1つや2つを変えたってバチ当らないでしょ!さっさと変えてよ!」

 

 デジタルは役員たちの態度に業を煮やしてのか、今まで溜め込んでいた不平不満をぶちまける。

 中央に復帰してからの各メディアへの露出や広告塔としての活動、それは中央からの要請もあったがあくまでも本人の意志だった。

 オペラオーに学んだ主役としての責任、サキーが願う誰もがレースを見る世界、ヒガシノコウテイが願う地方の活性化、セイシンフブキが願うダートへの注目の高まり、それを実現するために活動した。だが今はその気持ちを忘れ中央への不満に変化してしまっていた。

 役員は青筋を立てながらデジタルの言葉は黙って聞く。かつてシンボリルドルフが妥協案を出したが、ダートプライドに出走する為に移籍したのはデジタルの勝手である。

 そもそも出走は中央への反逆行為であり、デジタルは中央の利益を損なう反乱分子だった。中央への復帰後のメディアへの露出は謂わば中央に対する禊であり、して当然の行為という認識だった。

 

「では退出してもらおうか」

 

 役員は無表情で淡々と言葉を発する。デジタルの表情は怒りから絶望に変わっていく。この瞬間に規定改訂という願いは絶たれた。

 説得とは相手の機嫌を取り、利を示すものである。だがデジタルがしたことは相手を怒らせ利を示さず、自分の要求だけ一方的に伝えただけである。この結果は当然だった。

 平時であればその事を理解してもう少し上手く立ち回れただろう。だが衰えを自覚し置かれている状況の悪さを理解してしまった今は平時とは程遠い精神状態だった。

 

───

 

「バカ!分からずや!少しぐらい変えたっていいじゃん!」

 

 デジタルは役員達に不平不満を呟きながら寮への帰路につく。

 その独り言は周りに聞こえるほどの声量で、すれ違ったウマ娘は思わずデジタルに視線を向けるが本人は気づくことは無く、その独り言は部屋に帰っても止まらなかった。

 この恨み言は一種の心の防衛行動だった。規定の変更が叶わなくなり、デジタルが置かれた状況は絶望的といえるものになっていた。

 仮にトレーナーの予測通りに下降線を辿ればデジタルがレースを通してウマ娘を感じられる機会と時間は少ない。だがそれを自覚すれば絶望で心が軋んでしまう。それを避けるために怒りに矛先を向けていた。

 

「おい、うるさい、邪魔だから出ていけ」

 

 同室のタップダンスシチーが独り言を呟き続けるデジタルに苦情を言う。

 ジャパンカップまで残り2週間を切り今は集中力と勝利への渇望と意志を高める大切な時期、それをデジタルに邪魔されたらたまったものではない。

 

「なんで?そっちが出て行ってよ」

 

 デジタルは役員への怒りをタップダンスシチーにぶつけるように敵意を込める。

 確かにタップダンスシチーの言葉はぶっきらぼうで優しくはない。しかしレース前に起こる傾向で、普段は気の良いウマ娘であるのは知っている。

 いつもならデジタルが気を利かせて部屋を出る。だが今は非常に虫の居所が悪く、タップダンスシチーの言うことを聞く気はさらさらなかった。

 一方タップダンスシチーもデジタルの態度に癇に障ったのか、明らかに不機嫌そうな態度を見せる。

 

「ここは共有スペースだ、独り言なら誰も居ないところで言え」

「そっちだって勝手に殺気立っていい迷惑だよ。こっちが気を利かせて出て行ってあげてるんだから、偶にはそっちが出て行ってよ」

 

 タップダンスシチーは好戦的な言葉に僅かに戸惑う。デジタルは大人しく今まで特に口答えしたことがなかった。そして戸惑いは次第に怒りに変わる。

 

「お前が出てけ、何にムカついているが知らないが、そんなしょうもない不満でアタシの邪魔するな」

 

 タップダンスシチーは見下した視線をデジタルに向けながら言い放つ。

 東京芝2400メートルは日本ダービーと同じ舞台、つまりシニア級のダービーに位置づけられるレースである。そしてジャパンカップは思い入れ深いレースでも有った。

 日本所属のウマ娘で初めてレースに勝ったカツラギエース、そのレースを見てこの道を目指そうと決めていた。

 思い入れ深くシニア中距離最強を決めるレース、そのレースで現役中距離最強のシンボリクリスエスを倒す。それが今年の最大目標、いや人生の最大目標と言っても過言では無かった。

 その一心で天皇賞秋を回避してまでジャパンカップに標準を定め備えていた。その為には完全に人事を尽くさなければならず、デジタルの存在は邪魔以外の何物でもなかった。

 

「しょうもなくない!」

 

 デジタルは声を張り上げ言い返す。その表情は怒りで目を見開き興奮で息が荒かった。

 今のデジタルにとって衰えという問題は人生における最大の問題だった。それをしょうもないの一言で括られることは聞き逃すことが到底できなかった。タップダンスシチーはデジタルの地雷を的確に踏み抜いてしまった。

 

「何も知らないくせに、しょうもないの一言で纏めないでよ!アタシに言わせればジャパンカップの方がしょうもないよ!今年負けたって来年がある!来年負けても再来年がある!未来がある!未来があって道があるウマ娘ちゃんにアタシの感情は分からない!」

 

 デジタルに渦巻く感情は妬みと憎しみだった。未来のレースに向けて努力し情熱を注ぐ。

 どのレースを走りどこに向かえばいいか分からないデジタルにとって、タップダンスシチーは羨望の対象だった。そして負けても次があり時間という掛け替えのない財産があるのが憎かった。

 

「そっちもしょうもねえの一言で括るな!」

 

 タップダンスシチーはデジタルに近づくと襟首を荒っぽく掴みながら言い放つ。思い入れが有り、シンボリクリスエスが居るジャパンカップをしょうもないの一言で括られるのは我慢ならなかった。

 そしてデジタルは負けても次があると言った。だが来年はシンボリクリスエスが引退しているかもしれない、何かのアクシデントにより東京レース場で開催できないかもしれない。自分が引退しているかもしれない。来年も同じジャパンカップを走れる保証はない。

 

 タップダンスシチーは敵意と怒りを込めてデジタルを見つめる。デジタルもタップダンスシチーに妬みと憎悪を込めて睨み返す。2人の睨み合いは異変を聞いて、駆けつけたウマ娘達に止められるまで続いた。

 

───

 

 エイシンプレストンは玄関につきリュックサックを置くと同時に自然に深く息を吐く。その途端に緊張感が解けたのか疲労感が一気に増し、それと同時に左わき腹に痛みが走る。

 今日はスパーリングでいいのを貰ってしまった。レースでもキックバックの芝生が当って目が腫れたなどの負傷を負ったこともあり、痛みには多少耐えられる自信はあったがやはり痛いものは痛い。

 本来ならゆっくり風呂に入って疲れを取り、明日への英気を養うのだが今日はそうはいかない。身体に活を入れ床に散らばっている本や雑誌を片付け始める。

 それなりに綺麗にしているつもりだが、一人暮らしで以前の寮暮らしのように他人に気を遣わなくていいので、多少なり散らかっている。

 こんなことなら普段から掃除しておけばよかった。そもそも急に来るのが悪い、事前に連絡をもらえば準備をしていた。内心で愚痴を言いながら雑誌を整理し、掃除機をかける。

 するとインターホンが鳴る。部屋を一瞥しとりあえずは大丈夫だと判断し玄関に向かう。扉を開けると見知った人物が居た

 

「お世話になりま~す。これお土産、詳しくは知らないけど美味しいんだって」

「手土産を持ってくるぐらいの気遣いはできるようになったのね」

「それはお世話になるんだからね」

「いや、まだお世話するとは決めてないけど」

「うそ~、友達なら助けるのは当たり前でしょ」

「冗談よ、狭いところだけど上がって」

「お邪魔しま~す」

 

 プレストンは疲労感を押し込め。いつも調子でデジタルを招き入れた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。