十一月某日、日本国東京都において、この一連の騒動は始まった。深夜十二時を過ぎた頃、都内練馬区の上空において奇怪な光の束が出現。巨大な鳥のような姿をした「彼」は、徐々に拡大し、練馬区のほぼ全域を覆いつくした。この一件を受けて隣接する板橋区からも、応援のため消防・警察が出動、しかし「白い壁のようなものが邪魔をして」練馬区内へと侵入する事はできなかった。
光の束は午前三時には拡大を停止。光の束と共に現れた「白い壁のようなもの」は、あらゆる物、人、加えて電波等を遮断し、事実上この一区を完全に他の地域から隔絶した。
この「災害」による「練馬区消失」は報道を通じて世界中に知れ渡る事となった。
自衛隊と民間企業の協働により壁の破壊が試みられたが、現段階ではそのことごとくが失敗している。
いつしか巷では、この壁に関する様々な噂が流布するようになった。
壁は、物理的な作用によって破壊する事ができない。
壁は、人間が生み出したものではない。
壁は、魔法の力で守られている。
【1】
そこは名古屋市中区の一角。
名古屋では珍しく、わずかな積雪が確認された十二月のとある深夜。奇怪ないでたちの男たちが市営地下鉄東別院駅のホームに降りた。
彼らの多くは、剃り上げた頭に黒い法衣を着込んだ仏僧とおぼしき姿である。京都に本部を持つ、とある寺院に由来を持つ僧侶たち。彼らは東別院駅からほど近い真宗大谷派名古屋別院へと向かっていた。
僧侶たちの目的はとある儀式の遂行。その意味で、彼らの活動は彼らの信教の自由を基盤とした至極真っ当なものである。しかし、そのスポンサーとする団体が、この場合は問題であった。
名古屋別院において僧侶たちを迎えたのは、この寺院の僧侶たちではなく、黒いスーツの男ただ一人。この儀式のスポンサー側から派遣された人物であり、その身分はとある省庁の職員。すなわち国家公務員である。
その可否は個別の事例、細かな背景や状況によって異なるうえ、最終的な判断は裁判所が下すのが常であるけれど、原則的にこの日本という国においては国およびその機関による宗教活動が禁止されている。その根拠は最高法規たる憲法に求められ、違法ならぬ違憲行為として強く制限される。
過去の判例を鑑みるに、今回のように特定省庁を依頼主とした宗教的儀式の遂行は、きわめて明確な違憲行為である。
違憲性を遠ざけるために様々の迂回路があったものの、結局のところ男の派遣元たる某省は、儀式決行の当日に彼以外の職員を同伴させなかった。その真意が文面として残されることは無かったが、少なくとも遠路より現れた仏僧たちには、スポンサーたる某省が面倒ごとを避け、たった一人の職員にすべての責任を押し付けたという形に見えた。
さりとて問題はない。この儀式の遂行は、法治の下では違憲ではあるものの、この国が今まさに陥っている困難を打開するためには、きわめて有望な策である。遵法性は無くとも、そこに大義がある。
であるからこそ、名古屋別院を所有する真宗大谷派、そして黒服の仏僧たちを派遣したとある教団は、この儀式の遂行に同意した。
スーツを着た男は仏僧たちを迎えると、彼らを境内へと案内する。集団の目指す場所は本堂ではない。その境内にあるひとつの遺構こそが、彼らの目ざす場所であると同時に儀式の祭具そのものであった。
術式、英霊召喚。
その原型は西洋魔術の体系から派生し、この国のある地方都市において完成された。
人類史に名を遺した英霊たちを根源の座と呼ばれる高次の場より招来し、エーテルの肉体を付与する事で「サーヴァント」と呼ばれる使い魔として使役する。
本来は相応の霊脈を有する土地、そこに貯蔵された適切量の魔力と言った様々の条件が必要となる。しかし、東京練馬区に「白い壁」と「巨鳥」が出現して後、この国にあるほぼ全ての霊脈が異常な励起状態にあり、その恩恵として、原理の上ではあらゆる場所において英霊召喚が可能となっている。
事実、この一か月の中でも数回、在野の魔術師が国内で「アサシン」のサーヴァントを召喚する事に成功している。今まさに名古屋別院で執り行われようとしている儀式は、本質的にそれと同種であったが、国家権力が介在する都合、その下準備は万全であった。
スーツの男が仏僧たちにA4サイズの書類を配る。
「この書類は説明の後に回収します。撮影、持ち帰り等は無きよう……」
という注意と共に、男は僧侶たちに書類の内容の説明を始めた。
これから召喚する英霊についての簡単な情報、そして、その英霊が有する能力の詳細。
同様の説明はすでに一度行っている。しかし、実際に召喚に立ち会う者にのみ重ねて言い含めておくべき事項が追記してある。
すなわち、この度召喚する英霊の危険性。
魔術・英霊召喚は本来、より大きな儀式の一部として用いられるものである。かつて数回に渡り行われたそれは、通称「聖杯戦争」。今回召喚する英霊は、半世紀以上前の聖杯戦争に旧日本軍が関与した際にも、召喚に応じている。
「失礼、質問はよろしいかな。」
一通りの話を終えた後、一人の老いた僧侶が手を上げた。この儀式のため、僧階を問わず全員が同じ暗色の袈裟を着込んでいるが、風貌からしてそれなりの立場にある者に見えた。
「どうぞ、可能な限りでお答えいたします。」
「その、なんですかの。この方を召喚した際に、私たちが……ええ、殺されるなんて事はありゃあせんですかね?」
「英霊が危害を企てる様子があれば、即座に令呪による対処を行います。」
――令呪。
マスターが自らのサーヴァントに対して持つ絶対命令権。過去の聖杯戦争においても、その働きは記録されている。
「なるほど。その令呪、というモノをお持ちのあなたであれば、かの偉大なる武将を屈服させ、その蛮行を収める事も可能であると。そうであれば、まあ良いのですがの。」
スーツの男は眉をひそめる。彼らには伏せているが、かつて旧日本軍が秘密裏に召喚したサーヴァントは、その初めのマスターを即座に惨殺している。
その事実に感づかれたか?
「御坊、私たちは協力関係にあります。なにかしら思う所があるなら、この場ではっきりと申していただきたい。」
「お国の方々ほどではございませんが、拙僧らにも情報というのがあります。そもそもですの、この度全国で起こっている騒動は聖杯戦争ではございませぬゆえ、聖杯から賜るという令呪があなたの身に宿るというのはおかしな話でございます。そこで私ども改めて聞いて回ったのですがの、近日アサシンの召喚に成功したというマスターのことごとく、令呪を獲得するに至らず召喚を行っていたと」
スーツの男はしばし黙る。僧侶たちがまとう雰囲気に変化はない。こうやって疑念をぶつける事もふくめて彼らの計画通りという事だろう。その沈黙に意味を与えないギリギリの所で、男は左手を高く掲げた。
その袖口をまくると、手首の付け根部分、地肌の上に赤い2筋の刺青のようなものが覗く。
「かえって疑念を増すものと考え、詳細の説明を省いておりました。これが本物であるという事を示す方法が見つからなかったためです。」
そもそも令呪はサーヴァントを召喚するマスターのみに与えられる、いわば聖杯戦争への参加証のようなものである。しかし、サーヴァントの召喚という儀式に限れば、この令呪が必須というわけでは無い。というよりも、今回のような異常事態に乗じた召喚では、令呪を用意することは極めて至難である。
スーツの男が令呪を有していたとあれば、この「仕入先」が問題となる。このような魔術的儀式を行うにあたっての「提携先」はここに姿をさらした宗派のみである、という事で話が進んでいた。
「なるほど、令呪はお持ちと。それはつまり、私どもや真宗大谷派とは別に、お国の方々が頼りになさる魔術師たちが在るという事で相違ありませんか?」
魔術。このような儀式を含む不可思議の体系は、有り体に「魔術」と呼び習わされる。その神秘は本来、個々団体とそれを運用する個人、あるいは家系による秘事である。
他の団体を経由した令呪の備えは、果たしてこの僧侶たちの心証をどう害するか。
スーツの男は言葉を選ぶように間を取り、恭し気に応えた。
「確かにこの令呪を入手するため、とある在野の魔術師と接触いたしました。しかし、頼りとするのは皆さまのみ。断りを欠いたことについて、どうかご容赦いただきたく。」
男の格式ばった口調に、僧侶が思わず破顔する。
「はは。そう硬くならずとも。そもそも英霊召喚というのが外来の術にございます。神秘の秘匿と言うのは確かに我らの活動の大前提ではありますが、内から出たものでは無い故、我らの真髄がよそに漏れるような事態にはなりますまい。」
「ご理解いただき、感謝します。」
「ふむ。しかし、信頼というモノは、目に見えず、おのずとその言動で示すもの。どうでしょう、その令呪を用意した術者の名前ばかりでも、開示していただく事はできませぬか? 我らがそれを漏らさぬことが、かえって双方の信頼を篤くするものと考えます。」
スーツの男は再び逡巡する様子を見せたが、そこに居た僧侶たちの多くが、その仕草が演技である事を見抜いた。まるで事前に、その情報を暴露する事を、予行していたかのように。
「この令呪の移入元とは――」
僧侶たちの中には、「マキリ」の一族の名が挙がると推測する者もあった。もとより令呪という装置を提供できる魔術師など、その開発者である血筋を除いて他にない。
しかし、僧侶たちは令呪にまつわる例外の一つを知らなかった。
「―――先に東京都調布市にて現界した【ルーラー】のサーヴァントでございます。」
このような前置き、腹の探り合いを経たものの、いよいよ名古屋別院での儀式は決行された。
先の大戦時と同様、その英雄は「救国英霊」としてエーテルの肉体を得てこの世界に限界する。
この真宗大谷派名古屋別院にかつて存在した古渡城の城主、すなわち戦国時代を変革し自らを第六天の魔王と称した傑物、織田信長の召喚がこの地で果たされた。
【2】
かの大英霊・織田信長が現界するほんの三日前。東京都調布市において一人の老人と、一人の青年が連れ立って歩いていた。
深夜2時を過ぎた頃だが、まばらに人の行き交う姿がある。
その会話に聞き耳を立てる者があれば、そこに若干の違和感を覚えたかもしれない。
「先生、今夜は遅いですから、まず私の部屋におこしください。」
そう呼びかけるのが「老人」、対して「先生と呼ばれた青年」はその言葉を意に介さず、ずんずんと前へ進んでいく。
「見なさいよ、あ……あ~、Aくん。これは貸し自転車じゃないですか。これは良いものですよ。僕は自転車が好きでね。」
先生と呼ばれた青年は路上にあるレンタサイクルに興味を持っていた。右手でべたべたとサドルに触れる。まだ二十代と思しきこの青年には、左手が無かった。左肩から先が長いシャツでおおわれているが、その袖はこいのぼりのようにはたはたとたなびくばかりである。
「ははあ、便利な時代になりましたよ。この自転車は専用の駐輪場がある場所ならどこで乗り捨てても良いものです。」
老人の方も、のんきに講釈を述べ、財布からICカードを取り出した。小銭を入れる穴はどこかと探す青年にかわり、レンタサイクルを二台持ち出して見せる。
「これは便利ですね。ははあ、さては日本もクレジット払いが主流になりましたか!」
「いえ、これはプリペイドカードの仲間ですね。先に一定額振り込んでおくと使えます。使いすぎがありませんから重宝しますね。」
「なるほど、プリペイドというと、テレカみたいなもんですか。」
青年の言動は妙に浮世離れしたところがあったが、老人の説明を受けるとその仕組みを容易に理解した様子であった。
ケラケラと笑った後、青年は右手のみで器用に自転車をこぎだした。隻腕の青年と老人は、しばらく二人で夜のサイクリングを楽しんだ後、同じ場所にもどり自転車の料金を払った。
「いや~満足しましたよ。足を動かすとアイデアが湧きますね。霊体なんぞになっていても、スカスカとして気が滅入るばかりです。」
「それは結構です。そうおっしゃる所もうしわけないですが、先生には今後もぼちぼち霊体化をお願いするかもしれません。」
青年はがははと尊大に笑う。
「なにを小さくなっていますか。Aくんは僕のマスターですからねえ。」
道行く人がいても、あるいはこの「状況」を深く知る魔術師がいたとしても、隻腕の青年とAと呼ばれる老人の関係性を正しく推し量ることができる者は少ないだろう。
彼らはマスターとサーヴァントであるが、同時に弟子と師であり、また友人でもあった。
サーヴァントとして召喚された英霊は、原則としてその人生における全盛期の姿を取る。このため、サーヴァントの多くは死の間際の年齢ではなく、青年期の姿を取ることが常である。ただしこの隻腕のサーヴァントに限れば、老成した姿がその逸話における全盛期と見る事もできるかもしれない。
実際に、「キャスター」のクラスで召喚されれば、彼は九十を過ぎた老人の姿である可能性が高い。しかし、この度「ルーラー」のクラスを得ての限界であるからこそ、このように若い姿にある。
「その事ですが、先生。私は謝らなくてはいけないと思っておりまして。」
「はあ、なんのことですか?」
「聖杯戦争ではないにしても、このような戦いの一幕にお呼びたてしてしまいまして。」
青年はしばらく、ぽかんと口を開けていたが、その意味する所に思い当り、微笑んだ。
「確かに僕は争いがきらいですね。戦争となれば、まあアレはえらい(大変だ)。しかし、戦争だなんだって題がついてもね、中身は冒険ものだったりロマンスだったりするでしょう。だいたいあなた、小説家なんだから。」
「あ。はは、確かに私も、戦争とタイトルを打って活劇を書いた事はあります。」
「今回は活劇ですよAくん。どこかのジャングルや遺跡に行くわけじゃないけれどね、大冒険なんですよ。だから僕はそこそこ楽しいですよ。」
そう語る青年、ルーラーの姿を見て、Aは静かに涙を飲んだ。感動や大細工にはまだ早い。もしこれが小説なら、これは物語のほんの序盤である。だから、ここで「報われた」などと思ってはいけない。
感情の変化を隠すように、老人Aは恭しく、大げさな動きで青年に頭を下げる。言いたくなかった言葉を、しかしここで口にしなくてはいけない。
「先生、改めまして、この国に住む者の未来のため、【練馬のバーサーカー】討伐にお力添えいただきたく存じます。」
当然に了承する。そういった風に微笑む青年のシャツの奥、その胸元に赤い刺青のごとき文様が幾筋も刻み込まれている。生前の彼には存在しなかった「器官」である。Aは、まるで痛々しいものでも見たかのように目を背けて、のどの奥に生じた嗚咽を飲み込んだ。
【3】
英霊召喚、ひいてはその原型となった聖杯戦争の儀式において、アサシンはことさらに特別なクラスであった。その起源たる冬木の地においては、このクラスにハサン・サッバーハと呼ばれる英霊のみが召喚される事が「儀式に先んじて」決定していた。
記録上は定かではないが、複数人の英霊がこの真名に該当するようである。かつて実在した暗殺教団を統べた歴代の長たちにこの名が与えられたものと推測される。しかし例外と言うのは常にあり、先の大戦中、ドイツ第三帝国によって召喚されたアサシンは「岡田以蔵」であった。また、最終的には国外で消滅が確認されたものの、近年新宿区で「ジャックザリッパー」を真名とするサーヴァントが召喚されたという報告もある。
触媒の選定や儀式の内容によって、このクラスにおいてハサン以外の英霊が召喚される事は有り得るとされる。
この度召喚されたアサシンの真名は「風魔小太郎」であった。
風魔忍軍の頭領。風魔小太郎。その有名に反して、実態を記録した文献は少ない。謎多き忍びの者。影の歴史に生きた異形の戦士。
そんな彼は、現在中野区内の小さなアパートでインターネットサーフィンに勤しんでいた。
「これが全て薬の知識とは、信じられないな。しかし、この【化学式】というモノがやっかいだ。」
赤い髪は乱雑に伸び、特に前髪は両目をかくす長さである。ひどく目に悪そうであるが、サーヴァントたる彼の肉体にはそのような枷が無い。
元より薬物の取り扱いに長けていた彼であるから、現代の薬学というのがどのようなモノかについて興味を持っていた。しかし残念ながら、そこで使われる知識や用語が高度に専門的であるために、そこそこに時間をかけなければ知識を得ることは出来ないと判断した。
ブラウザの、薬物に関する情報が列挙されたタブを閉じた後、今度は国内大手掲示板「2ちゃんねる」をのぞき込む。インターネットから市井の情報を集めるために、SNSなど活用する事も懸案したが、ああいったツールはすでに実社会で構築されたつながりを基礎とする必要がある様子。サーヴァントとしてつい先日この世界に「出現」した小太郎には、そのような足がかりが無い。個人的な情報をあけっぴろげにしなくてもインターネットの恩恵を得られるサービスとなると、おのずと2ちゃんねるに限られるというのがこの数日をインターネットとの格闘に注いだ彼の結論であった。
戦国時代の人間とは思えない慣れた様子で、小太郎は「練馬区に生じた壁」に関するスレッドを確認し始める。
書き込みのすべてを読み進める必要は無い。新しい情報が公示されれば、そのほとんどすべてここにリンクされる。
数分で新たに出そろった情報に目を通すと、小太郎はすぐにパソコンをシャットダウンした。
ネットは一日一時間(ぐらい)まで。小太郎自身がうすうすと気づいていたことだが、彼の生前に存在しなかったこの利器は、どうやら彼自身の性格にとても適合しているらしい。気をぬくと、何時間でもネットサーフィンをしてしまう。程度を逸するというのは彼の好まざるところであったから、後ろ髪ひかれつつ、マウスから手を離す小太郎であった。
近所の衣料品チェーンで買ったコートを着込み、外出の用意を始める。
目的は定時の偵察である。小太郎のアパートは、中野区の中でも、現在「壁」が出現している練馬区との境界にほど近い場所に立地している。一日に3度ほど、この近辺を偵察することを目下の主たる活動としていた。
江古田の森公園を訪れた小太郎は、途中で買った肉まんを食べながら、新宿区と中野区の間に発生している「壁」を見上げていた。小太郎を召喚した「マスター」は立場上、この事件に関するあらゆる情報を手にする事ができる。しかし先月ここに出現した「練馬のバーサーカー」の正体はいぜんとして知れない。
深夜十二時を過ぎてもなお、江古田の森公園のあちこちを灯りが照らしている。東京という街は世界でも類を見ない大都市であるというが、治安は良いらしい。この時間であっても、注意を払えば危険の無い夜歩きが可能であろう。
戦国の世にあっては、世界は明確な二つの区分を有していた。すわわち裏と表。光さす世界、影のびる世界。現代にあってもその区分は残っているが、小太郎の見る限りではだいぶとその境目はあいまいになったようである。
闇は、人の悪性を覆い隠す漆黒は、いったいどこへ消えたのだろうか。
静かな公園の中に出現した「白い壁」を見上げながら、小太郎はそんなことを考えていた。
このやや詩的に過ぎる思索は、風魔小太郎という忍にはあるまじき「油断」を生み出していた。
一本の木の陰から人影が現れる。
「ん?」
小太郎にとり、この「アレはなんだろうか?」と考える時間こそが致命的であった。
視界の隅を光の筋が走る抜ける。それが刀による斬撃であると気づいたときには、すでに小太郎の影は真っ二つに切り裂かれていた。