対神幻創市街・練馬 ~去りし楽園の開拓者~   作:笑う蕁麻草

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神秘殺し

「わしの具足じゃと?」

 霞が関某所、古びれた職員用の体育館の地下室に、豪勢な居室が設けられていた。

 天蓋の付いたベッドに、大理石の食卓。そして革張りのソファー。その上には部屋の内装に似合わぬビロードの脇息。腕を置き、ゆったりとした姿で室内を眺めているのはかつてこの国の王となるはずだった人物である。

 戦国の覇者、織田信長。

 先日名古屋において召喚された英霊であり、先の大戦中に行われた第三次聖杯戦争においても現界を果たしている。歴史に伝わる所とは異なり、その姿は黒髪のやせぎすな少女であった。

 一方、ソファの横、なぜか畳敷きとなった床面には、スーツ服姿の男が正座していた。先日の名古屋別院の儀式に同伴した官僚。この沙条広樹という中年の男が、信長のマスターであった。

「左様にございます。殿が愛用なさった南蛮具足は現存いたしません。しかるべき職人に手配をかけております。しばしお待ちを。」

「ふむ。ヒロキおぬし、わしに具足を穿き戦場に立てと申すか?」

 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべ、織田信長は沙条に詰め寄る。

「そのような意図はございません。殿の世より四百年あまり、多くのものが失われました。可能なものからお返しせねばと考えております。」

「やけに殊勝ではないか。ではわし、城が欲しいの。安土城の代わりになるようなでかいやつを頼むぞ。」

「殿の新たな居城はすでに手配しております。当面はこのように窮屈な場所となりますが、どうかご容赦いただきたく存じます。」

「なんか至れる尽くせりじゃの!? その気の回し方は猿のやつの真似か? おぬしら、わしに傅きすぎなんじゃが。」

 沙条にとり、その態度は当然のものであった。第三次聖杯戦争において旧陸軍により召喚された英霊・織田信長は、現界するやいなや当時のマスターを惨殺。瞬く間に軍部を掌握している。

 その後の活躍も恐るべきものであり、儀式に干渉してきた魔術協会、ドイツ第三帝国、そして聖杯戦争の生みの親とも言える三家の魔術師をことごとくだしぬき、一度は大聖杯を獲得するにいたっている。

 この英霊は高い能力を持つ反面、気性が荒い。先の現界時にドイツの軍服を模した衣服を好んだという記録を目にした沙条がすぐに「現代風のアレンジメントを大胆に施した」具足を発注したのも、機嫌取りのためである。

「半世紀前の召喚においては、我々の先達が殿に大変な無礼を働き、手打ちを受けた者もあると聞いております。その非礼をお詫びしたいというのが本意でございます。」

「そうかあ? まあ、わし偉いからの。だが沙条、さっさとその職人に文をやれ。具足の代わりに作って欲しいものがあるとな。」

「何をご用意いたしましょう。」

「すまーとほんとかいうあれじゃ。お前も持つのじゃぞ?」

 新しきものを好み、古きものを廃する革新の王。それは、沙条やその背後にある日本政府が信長に期待した「神秘殺し」の性質でもある。

「すぐにカタログをご用意いたします。」

 

「うむ。よきにはからえ。しかし沙条よ、わしが頼んだもので一番重要なものを忘れとるぞ。貴様、二人目のセイバーの件はどうじゃ?」

 

 沙条は苦い顔をした。機嫌をとるような真似をしたことが裏目に出たと感じた。

「恐れながら申し上げます。在野の魔術師をマスターとして儀式を行っておりますが、セイバー豊臣秀吉の召喚には成功しておりません。いくつかの触媒を試しましたが、どうやら殿と同様に触媒よりもその土地による因縁が強く影響するようです。」

 セイバー。聖杯戦争において召喚される七つの英霊のその一つである。高いステータスを持ち、魔力による攻撃にも耐性を持つクラスとされている。信長はそのセイバーとして、かつての臣下である豊臣秀吉の召喚を行うよう指示をしていた。

「そういうものか? であれば清洲や大阪あたりまで出向いてあやつを呼べばよかろう。新幹線があるじゃろうが、新幹線が!」

「おそらく殿の現界が契機となり、一度日本全国で励起した霊脈ですが、現在の東海地方においては不活化しております。清洲を含む愛知県全域での英霊召喚は至難でございます。」

「なるほど。では大阪はどうじゃ?」

「大阪においても、一度励起した霊脈はすでに不活化しております。おそらく、先日京都において1件、鳥取県において1件の英霊召喚が行われたためかと。」

 ふむ、と信長は思案する。

 そもそも今回の練馬における変災によって、日本全国の霊脈が励起状態となった。しかし、その魔力によって繰り返しの英霊召喚が可能となるのは東京を中心とした関東の地域ばかりであり、他の地域では一度か二度の英霊召喚がなされるとそれ以上の魔力は得られなくなる。加えて、土地という触媒の影響が強く、国外の英霊を召喚することがほぼできない状態である。

「のう、沙条よ。おぬしも魔術師じゃよな。東京を中心に大量の魔力が流れ出たとして、それがくまなく日本の全体、それこそ蝦夷地や琉球にまでいきわたったのは何故じゃ? 霊脈というのは、国という人間の都合で線引きした形に沿って流れているのか?」

「不明です。しかし、調査が至難というだけで、近隣諸国やその海底においても同様のことが起こっている可能性はあります。」

「まあ、確かにそうじゃ。調べた範囲がこの国の中だけじゃというなら是非も無い。しかし、そもそも魔力というのはそこまで早く流れるものなのか? 一度流れたのなら、大元が枯れておらん限りは何度も流れそうなものじゃがの。」

「なるほど……。殿、私どもの見落としがあるかも知れません。再度全国の霊脈を調査させます。」

「まあそうじゃの。あと、何か変化があればそれもすべて記録してわしに申せ。」

「何か、といいますと?」

「なんでもじゃ。天気とか木の様子とか、あと市井の民の姿、暮らしぶり、流行などなど、ともかく全部じゃ。魔術師という連中はどうにも、自分たちが慣れ親しんだものを中心に世界を見ようとする。貴様も部下もともかく普段から筆を持ち歩き、見たものを片っ端からしたためて……、いや、写真をつけためーるでわしに報告せよ。」

「承知いたしました。同様のことをルーラーにも申し伝えておきます。」

「あの男か……。なんじゃ、こう。わしああいうやつが苦手なんじゃが。まあ、気づいたことをこちらに伝えよと申しておけ。少なくとも敵ではなかろう。」

 

 信長は先日顔を合わせた隻腕の男、サーヴァント・ルーラーの姿を思い起こす。都合、練馬のバーサーカーを倒すための協力関係となったが、どうにもその手の内が読めない男。

 聖杯戦争においては、真名を隠すのは当然の戦略である。英霊の性質が露見すれば、おのずとその弱点やつけ込むべき性格も露見する。しかし、調布市を中心に活動を行うこのルーラーは「プライバシーへの配慮」を主張して真名を明かさなかった。

「僕はほら、名乗るほどのね、大した者じゃないんですよ。いやあしかし信長さんね。もちろん知ってますよ。これはえらいもん見たぞ! 長生きはするもんですねえ。」

 いやいや英霊じゃし一度死んどるんじゃぞおぬしと、つっこみそうになった。

 このサーヴァントの存在はひどく不可解である。通常の聖杯戦争に「ルーラー」のクラスは存在しない。聖杯戦争という儀式に修正を要する異常があった時にのみ、聖杯自身によって召喚される存在である。そもそもがして聖杯が関与しない今回のような事態においては、本来存在しないはずのクラスだ。

「すっかり忘れてたんだけどね、ほら、一応作戦とか立てるもんでしょう? こういうのは。」

 どうもルーラー特有のスキルによって、他のサーヴァントの位置や真名が立ちどころにわかるようである。面識があった沙条を通さず、昨日も友達かなにかのように信長を訪ねてきた。作戦がどうこうと言っていたが、実際に信長が話したのは桶狭間や長篠の思い出話ばかりである。

 あれが人類史に名を刻んだ英霊のふるまいであろうか。新聞記者が取材をするような様子であった。

 

「のう沙条、やはり猿のやつをセイバーとして呼ぶのはやめにせい。」

 ルーラーのことを思い出しながら、信長はそのように指示した。

「殿、よろしいのでしょうか?」

「うむ。今回は敵味方に分かれたりせんので、猿のやつを呼ぶのもよいと思ったんじゃ。あいつは強い。わしさえいれば話も通じるじゃろう。しかし、ルーラーのように特権を持つ者とは折り合いが悪くなるかもしれぬゆえ。」

「ではやはり、先に京都で召喚に応じたセイバーを招聘いたしますか。」

「ちと堅苦しいのが難点じゃがの。だがしかし、神秘や魑魅魍魎のごときを相手取るなら、あやつは確かに適任なんじゃ。」

 信長はソファを降りるとそそくさとコートに手を伸ばす。方針さえ決めてしまえば、信長の行動はおそろしく速い。半世紀前の現界時に着ていたものによく似た真っ赤なコートを羽織り、外出の用意をする。

 

「セイバー・源頼光。平安の神秘殺したるあやつなら、神殺しも確かに為すじゃろう。」

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