対神幻創市街・練馬 ~去りし楽園の開拓者~   作:笑う蕁麻草

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第一の闘争

 風魔小太郎にとり、現代の日本は過ごしやすく、楽しい場所であった。特にプライバシーという感覚が心地よい。部屋にこもっている自分を誰かが起こしたり、呼び立てたりすることをわざわざ強い言葉で制限する必要がない。他人の私的な時間に立ち入ることが不躾であると、だれもが当然に了承しているのだ。

風魔忍軍の頭領として、夜昼の区別なく様々の報告や要請を引き受けた彼である。他人の闘争のために呼び立てられるのはいつもの事。生前はもとより、英霊となった今もそこにさほどの違いはない。大切なのはその仕事の隙間に、どれだけ個人的な楽しみを持てるかであった。

 小太郎の個人的な楽しみ。例えば現代日本で調達できる各種の資材を用いた「変わり身」を試すことなどがそれである。

 江古田の森公園において「白い壁」の監視を行っていた折、突如木陰から現れた一人の少女が小太郎に切りかかった。この時に生きたのが身代わりの術である。

 襲撃者の日本刀が小太郎のコートを真っ二つに切り裂く。しかし、そこにはすでに風魔小太郎の姿はない。

「公園という場所は、市民が憩いを得る場所だそうです。」

 小太郎の声だけが辺りに響く。アサシンたる風魔小太郎はA+相当の気配遮断スキルを持つ。

 甲冑に身を包み、日本刀を構えた少女。彼女は声の方角に向けて刃先を向ける。そこでようやく刃の異常に気付いた。先ほど小太郎を切った際だろうか。その太刀部分にびっしりと、繊維と黒い油のようなものが付着している。もう一度ふるっても、本来の切れ味は期待できない。小太郎がコートの下に仕込んだジャケットは、防刃性に加えて刃の鋭さを減ずるための加工がなされていた。

「壁で少々狭苦しいですが、しかしこの公園は和やかで良い場所だと思います。そんな所で無粋な真似は辞めましょう。それに僕とあなたが相争う理由があるのでしょうか?」

 本来の聖杯戦争とは、七人のマスター、七人のサーヴァント、そのすべてが相争う蠱毒のごとき儀である。しかし今回のように聖杯の介在しない英霊召喚であれば、そこに闘争の大義はない。

 そもそもがして敵対者の偵察を主たる目的として召喚された都合、小太郎には敵対するサーヴァントを打ち倒して自らの主に栄光を持ち帰るという行動原理が存在しない。

 ましてや、そこに現れた少女の姿は彼が先んじて雇い主に知らされていたサーヴァントのものであった。決して彼が争うべき相手ではない。忍としてはやや極端に心根の優しい小太郎であればこそ、一度刃を交えたとしても、そこに和解の可能性を模索する慎重さがあった。

 しかし、

「……虫が。夜闇に潜む者たちの頭領と聞いていますが、なかなかよく喋るものですね。」

 その少女の声音は、ひどく冷酷なものであった。黒く澄んだ瞳の奥に憎悪は無い。しかし、薄暗い侮蔑の色があった。

 同時にその日本刀が、小太郎の声がする方向とは反対に向けて一振りされた。しぐさとしては「一振り」である。しかしその速度が尋常のものではない。剣先が音速を超えたことを示す破裂音が深夜の公園に響き渡る。

 次の瞬間、そこには左腕に傷を受けた小太郎の姿があった。

「き、さ、ま……!」

 苦悶に歪む小太郎の顔を、少女が値踏みするようにねめつける。

「気配を断つという事に関しては多少の覚えがあるようですが、そのような手妻で私の眼を欺くことはできません。例えばその声が何に反射したのかを見定める事が出来れば、姿が見えずとも切りつけるくらいの事はできましょう。」

 並みのサーヴァントを凌駕する小太郎の気配遮断は、決して「声の方向を聞き分ける」という程度の技能によって看破できるものではない。それが何らかの比喩か、あるいは少女自身が持つサーヴァントとしてのスキルによるものか、小太郎には判別できなかった。

 しかし、おそらくは小太郎と同年代と思しき目の前の少女には、「声を見る」という事ができても不思議が無い。そう思わせる、純粋な強者としての風格が備わっていた。

「源……頼光!」

 そのサーヴァントの真名を叫び、小太郎は大きく飛躍した。手にした鎖鎌がジャラジャラとけたたましい音を立てながら、少女の首にのびる。

 頼光、と呼ばれた少女はその様子を視認し、少し首を傾げた後に、鎖鎌を両断した。加えて、小太郎がその大ぶりな動作に隠れて足先から放った小型の爆弾を視認すると、頼光はこれを素手でつかみ、壁に向かって放り投げる。

 欠伸でもしそうな呑気な所作で、しかし攻撃の一切を律儀に迎撃して見せた。

 爆薬の閃光が夜の公園を明るく照らす。

その中に色濃く映し出された小太郎の姿を、頼光の刀が真っ二つに切り裂いた。今度は先ほどと違い、重い手ごたえがある。小太郎がコートの下に着こんでいた薄手のシャツがちぎれとび、あたりに血しぶきが舞う。

 しかし、そこに小太郎の肉片は存在しない。

 変わり身による逃亡に気づいた頼光は追跡を行うために地面を蹴る。同時に先ほどまで血と見えていた液体が強い光を放ちながら燃え始めた。ナパーム弾などに使用される焼夷剤である。

「くっ!」

 このままでは公園内部が火災に見舞われることになる。ここに来て初めて焦りの表情を浮かべた頼光の目に、不可解なモノが写った。あたりの芝生に転がる、植物の種にも似た黒い丸薬。

 頼光の判断は早い。それが小太郎の放った爆薬である事を察知し、その両足で地面を強く蹴りつける。土壌がめくれ上がり、丸薬は頼光から少し離れた場所に散らばりながら火の手を挙げた。

 魔力による加工か、その爆発は丸薬のサイズから推定される威力を大きく上回るものであった。

 小太郎が繰り出した攻撃の一切から無傷で生還した頼光であったが、その表情はさきほどまでの落ち着きを失っていた。わずかな怒り、そして困惑、加えて羞恥心。

「風魔小太郎……。鬼種の血を持つ忍びの者。次に会う時は、聖杯戦争の一幕として貴方の首を落とすことにしましょう。」

 憎しみを込めた頼光の声は重く、すでに数百メートルの距離を走る小太郎の耳にまで、はっきりと響いていた。

 

 

サーヴァント・源頼光から逃れた小太郎は、急ぎ自らのマスターのもとへと駆け付けた。

 そこは渋谷区某所に建つ一軒の家。豪邸と言って差し支えないこの場所に住むのは、現在この国が置く19人の国務大臣の一人である。小太郎がマスターとする魔術師は、この大臣宅の一室に滞在していた。

 気配を消して勝手口側の門を飛び越え、屋根伝いにマスターの書斎へと滑り込む。部屋の住人である青年は、すでにベッドで眠りについていた。

「お休み中のところ、申し訳ありません。我が主カウレスどの。小太郎が参りました。」

 カウレスと呼ばれた男は声に気づき、むくりと身を起こす。両目を眠そうにこすり、あくびをかみ殺しながら小太郎の方を見る。

「今何時だ? どうしたんだよ小太郎、そんなに慌てて。」

部屋の中には1台のデスクトップPCと大きめのトランクが一つ。天井には洗濯ひもが取り付けられており、ハンカチが数枚干してある。あまり魔術師らしさの無い簡素な部屋であった。

 それもこれも、この男、カウレス・フォルヴェッジという男が伝統的な魔術師の生活よりも、現代的な都市生活を好むことによる。

「は。カウレスどの。急ぎご報告に参りました。先ほど、この小太郎が江古田の森公園において壁近辺の巡回を行っていた所、サーヴァント・セイバーの襲撃を受けました。」

 カウレスの目に驚愕の色が走る。

「セイバーってのは、えっと……平安時代のの女サムライのことか? それとも、ノブナガがもう一人呼ぶって言っていた方か?」

「平安の女武者、源頼光の方かと思われます。」

「よく逃げ帰ったな。一度見た限りだが、この国ではトップレベルの英霊だろう。」

「生前に源氏の剣術を間近で見いてたのが良かったようです。再度会えば、我が宝具を持ってしても勝率は低いと思われます。」

「待て待て、再戦があるのか? そもそも今回の件は聖杯戦争じゃないんだからさ。」

 小太郎の顔つきが厳しくなる。

「左様にございます。今回我らが召喚に応じたのはただ一人のバーサーカーを討伐する事が目的。しかし、セイバーめはこの闘争を【聖杯戦争】と呼んでおりました。」

 カウレスは頭を押さえる。もともと彼は、十数年前にルーマニアのトランシルバニア地方で起きた「大戦」とも呼ばれる聖杯戦争の生き残りである。英霊同士の闘争というのがいかに苛烈を極めるか、経験の中で熟知している。

 

「分かった、小太郎。お前はしばらく、あのアパートから出るな。それなりの強度の絵結界も張ってある。」

「カウレスどの。しかしそれでは練馬のバーサーカーの偵察は……」

「お前を呼んだのも、そのセイバーやノブナガの奴を呼んだのも、基本的にはこの国のお偉いさんたちだ。万が一何かの間違いで聖杯戦争が始まっちまったとしても、そこに小太郎が巻き込まれる筋は無いはずだ。だから、襲われる必要もないし、こちらから攻勢に出る必要もない。なんていうか……ともかく俺たちの問題だろうから、気にしないでほしいんだ。」

 小太郎は少し呆れたように肩をすくめたが、その口元はほころんでいた。

 任務とあっては一切の慈悲を切り捨てる小太郎であるが、その性根は概ねお人よしである。余計な闘争には関わるなというマスターの配慮を嬉しく思っていた。

「お心遣い感謝いたします。カウレスどのにはどうか、この状況の解明をお願いしたいです。しかし、敵が頼光だけとは限りません。しばらくは護衛としてカウレスどのに付き従います。」

 カウレスは少し考え、自身のサーヴァントの意見を尊重することにした。

「そうか、ありがとう。小太郎。いや、事が聖杯戦争となると、念の為お前のことはアサシンと呼ぶほうが今後のためかもしれないな。」

「僕の呼び方はカウレスどののご随意に。夜分の訪問、失礼いたしました……。今後はできるだけ就寝中の報告は避けたいと思います。」

 やや気まずいように主のプライバシーに配慮する小太郎の姿がおかしくて、カウレスは声を上げて笑った。

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