対神幻創市街・練馬 ~去りし楽園の開拓者~   作:笑う蕁麻草

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知名度による補正

 調布市を走る国道20号沿いのハンバーガーショップに、食事をとるルーラーの姿があった。時間は午後11時を過ぎたころである。同席しているのはマスターではなく、黒髪の女一人。サーヴァント・アーチャーたる織田信長である。

 かつてこの国の近畿、中部、関東地方を支配し、戦国時代の終焉までの道筋を立てた人物。第六天の魔王を自称した尾張の傾奇者。近代にいたるまで、あらゆる伝記や小説に描かれた日本国の大英雄である。

 歴史書においては例外なく「男性」として描写されるこの人物だが、第二次世界大戦下で行われた聖杯戦争に召喚された際、その正体が女性であった事が確認された。その実際を知るのは当時の日本軍の一部と、彼女の召喚者たる沙条を含めた現日本政府の上層部のみである。

「そもそも英霊というのはの、召喚された土地の知名度に応じて【補正】を受けるのじゃ。不思議なもんじゃのう。」

 その本人が、ルーラーの前でハンバーガーにかじりついていた。

「むむ。興味深いですな。補正ってのはつまり、大きさが変わったりするアレですな。」

 対するルーラーもまた、ベーコンやチーズが挟み込まれた三段重ねのハンバーガーにかぶりついている。

 サーヴァントたるこの二人には、定期に魔力供給を得る必要はあっても、飲食や睡眠の必要は無い。このあたりの行動は生前から持ち合わせる習慣や嗜好によるものであった。

「肝要なのは宝具の威力やステータスなんじゃなあ、これが。背の丈なんかが変わることもあるかもしれんの。わしなんかそんなに生きておった頃と変わらんがの。若干縮んどる気がするんじゃが。」

「能力が増えるというのはまた豪勢ですなあ。はあ。であれば信長さんなんか、よほど強いんじゃないですか?」

「あったりまえじゃろう。わし一回聖杯戦争で勝ち残っとるんじゃぞ。記憶は無いがの。」

 手についたケチャップをべろりと舐める信長のしぐさには、確かに多くの日本人が思い描く「織田信長」の印象に近しいものがある。姿こそ大衆の抱く想像とは異なるが、豪胆で他人の目を気にしない性質が見て取れる。

 しかし対するルーラーの方も妙な落ち着きがあった。紙コップを手に取り、ストローから音をたててオレンジジュースを飲む。強大なサーヴァントとして現界した織田信長の前にいるとあっては、沙条のようにへりくだるようであっても、それを恥と呼ぶ者は無いだろう。

「なるほど。座とか言う場所が僕らの本体ってわけですか。こちらはコピーのようなものだというのだから、なんだか頼りない心地ですな。」

 そういうとルーラーはガハハハと一人で笑った。

 対する信長の方は少々苦々しげに目を細める。

「油のいらぬ灯りがこの世のすべてを照らし、街並みも変わり果てた。それでもなおもこの国がわしを求めておるとあっては是非もあるまい。」

 おおむね現代日本人と同じ時を生きたルーラーは、慣れ親しんだ小説やテレビドラマのように、信長が「是非もない。」と口にするのが可笑しくて仕方が無かったが、さすがにそこでゲラゲラと笑う事はしなかった。

「それにしても信長さん。その補正というものが、例えば私たちの体や心を生きていた頃とは別の形に捻じ曲げるなんてことはあるんでしょうかねえ。」

「ふむ。実はわしも詳しくないが、多分あるんじゃろうな。よくわからんので、今度沙条に聞き、詳しく文を……メールをやろう。」

 サーヴァントが召喚時に付与される特性はいくつかある。アーチャーやルーラーといった「クラス」と呼ばれる特殊の霊基。それに付随する「単独行動」や「騎乗」などのクラススキル。これらは生前の技能を元にしながら、より高次、あるいは抽象的な技能として召喚時に付与される。

 またルーラーの肉体に多数生じた「令呪」と呼ばれる刺青様の器官などは、そもそも生前の来歴とはほぼ無関係に与えられたものである。

 

「困ったもんだな。練馬の彼も、サーヴァントになったからには、えらい能力を使うかもれんですね。」

「なんじゃ、バーサーカーの話だったか。魔術師どもの見立てでは、アレは神霊の類らしいの。生前からあんな感じだったんじゃろ。わしらとは元からして別のものじゃ。」

 神霊。人の信仰を得たモノ。世界の伝説に数多語られる神々なるモノ。古き、大いなるモノ。

 その現界、というよりは顕現こそが、白い壁の出現をはじめとする異変の真相であるというのが現在日本国政府が有望視する仮説であった

 各地の魔術組織を頼り使い魔を放つと、壁の中には確かに一人のマスターとサーヴァントが存在している。おそらくはバーサーカー。そして数百分の一で帰還する使い魔から得た情報によると、低い神性を持つ存在。

 そもそもがして信長や頼光が召喚されたのは、彼等が「神を殺しうる英霊」と期待されたことによる。公にされることは無いが、その情報はこの一連の事件に対する大前提であった。

「あー、そこがどうにも納得できなくてですね、僕。」

「なんじゃと? ほお、それがわしを呼び立ててまで話したかったという、今夜の本題かの?」

 ルーラーは口ごもる。どう伝えれば良いのか、頭の中で優先順位をつける。ルーラーは話好きではあるが、空気を読んだり、相手に合わせたりすることを苦手とする性質であった。

「むむ。まずあのバーサーカーは、おそらく僕の知人なんですわ。」

「おぬしの知人じゃと? であれば現代人か? 奇異な事じゃが、まあ続けよ。」

「で、その人の名前を信長さんとかね? お国の人らに漏らすのはいたたまれないと思うわけです。僕と同じで彼には、今も生きている家族がありますからね。」

「……ふむ。続けよ。」

 信長の目つきが鋭さを増していく。明らかに気分を害している。

 しかしルーラーの方は、自分の言わんとする事を整理するので手いっぱいである。

「なので、信長さんたちが宝具をじゃんじゃん撃つよりもね。皆さんには壁に穴でもこしらえてもらって、僕が行って話してくる方が良いんじゃないかと思うわけです。」

「おぬし……このわしに穴掘りをせよと申すか?」

 信長の眉間には青筋が立ち、口元の顔筋にはわずかな痙攣が見られた。

「ユンボにね、魔力とか流すのが良いと思うんです。それにほら、彼には信長さんじゃ勝てないし。」

 魔術師たちが時間をかけておこなった調査とはまるで異なる意見であり、にわかに信じるのは難しい。いや百歩譲って信じたとしても、敵の親族を気にして真名を隠す態度は度し難い。そもそも、ルーラー自身が、存命中の家族に対する配慮から自身の真名を明かしていない状況である。

 そして本人を前にしての戦力外通知。すでにだいぶと赤くなっていた信長の顔が、その決定的な一言を受けて、今度は青くなった。

 人気のない店内に、数十の火縄銃が現れる。ガチガチと金属がこすれる音がハンバーガーショップの店内に響き渡る。

 この火縄銃は桶狭間の逸話に由来するものであり、そのクラスをアーチャーと規定された織田信長の主武装である。

「わしを小娘と見ておるようじゃの。」

「うひー! 待って待って、違うんです信長さん。これは大変まずいぞ!」

 一方ルーラーはバタバタと手を振り、席を立って逃げだす。応戦の意志はまるでない。

 怒りに顔をゆがめた信長であったが、念のために一度店内の様子を見渡した。少し離れた場所で驚愕の表情を浮かべる店員がいるが、他に客は無く、流れ弾を受けるような場所に経つ一般人はいない。

 救国の英霊としてその身を律する信長の最後の理性はここに尽き、次の瞬間には店内の半分を粉塵へと変えんとする撃鉄の音が響き渡った。

 

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