日本国にとり、カウレス・フォルヴェッジが招聘に応じたことは幸運だった。
十一月に練馬で生じた前例の無い異変が降霊儀式・英霊召喚によるものという事までは、国内の人員のみである程度の推測が可能であった。しかし、先にこの国で聖杯戦争が行われたのは約七十年前のことである。情報や一部の証人は残っていても、直接英霊の使役を行い、実際に関係を築くことができた人間は一人もいない。
最上位の使い魔たるサーヴァントたちの中には、容易に術者を殺害する者もある。このため、円滑な関係を築くことが死活問題となる。
何に替えても「経験者」が必要だ。過去に英霊の召喚を行った者、そして今なお生きている者。
十数年前のルーマニアで行われた「聖杯大戦」においてバーサーカーを従えたカウレスという男は、このニーズを満たしていた。
「俺が以前召喚したのは、フランケンシュタインの怪物だったよ。小太郎は知ってるか?」
「申し訳ありません、カウレスどの。あいにくと存じませぬ。」
電車に揺られながら、カウレスは姿を隠した小太郎に念話を送る。
昼の山手線は人気が少ない。このまま新宿まで、どうやら席に座っている事ができそうだ。
「小太郎と違って、あいつはだいぶ自己主張が激しかったよ。言語能力はほとんど失っていたけれど。」
「強力な英霊だったのですか?」
カウレスはしばし思案する。
「必ずしも強力とは言えなかったな。狂化によるステータスの底上げと宝具の性質が合致していたから、決して弱くはなかった。ただし、あの時は他に強力な英霊が多くいたからね。」
「バーサーカーとなると、魔力の消費も激しいでしょう。まったく、練馬の奴はどうしてあんなに長く限界を保っていられるのか。」
「練馬の場合、どこかに魔力の供給源がある。そのあたり、今から会いに行く奴は詳しいから聞いてみようと思う。」
二人が向かっているのは新宿の高級ホテルに滞在する、セイバーのマスターであった。
「セイバーのマスターは、カウレスどののご家族なのですよね? その方は、あの女武者が私を襲撃したことを関知しているのでしょうか。」
「まあ家族、のようなものだな。そのあたりはおいおい説明するよ。まだ分からないが、確かにあいつなら小太郎を襲うぐらいはしてもおかしくない。警戒は解くなよ。」
カウレス主従が電車に揺られている頃、新宿の喫茶店にもう一体のサーヴァントが存在した。調布市を拠点とする隻腕のルーラーである。
「いやあAくん、信長ちゃんは本当に怖いですね。今ハっと気づいたんですけど、やはりあれは本物の戦国武将ですよ。」
「先生、だからあれほど怒らせないようにと言ったじゃないですか……。」
ルーラーのマスターたるAは、ひどく疲弊した様子だった。調布市のハンバーガーショップにおける大立ち回りは、外で待っていたAがアーチャー・信長に頭を下げる事でどうにか収まった。しかし、練馬のバーサーカーの正体を明かさないというルーラーの指針は変わらず、結局のところ信長との協力体制を築くことはできずじまいとなった。
「まあ、良いのですよAくん。あ、そうだ。僕ね、信長ちゃんとメールアドレスを交換したんですよ。後でちょっと電話してみますかね。」
「先生、メルアドで電話はできませんよ。」
とぼけた会話をしながらコーヒーを飲む二人は、この喫茶店で人を待っていた。店内に人気は少ない。
待ち会わせの相手は平安の神秘殺したるセイバー・源頼光。ルーラーはその特権的スキルによりて、その真名はもちろんのこと、昨日彼女が風魔小太郎を襲撃した事まで承知していた。
「まあねえ。同じ人間だから、話して聞かせるのが良いと思うんですよ。今から会う頼光さんだってそうです。今回は勝ちのこっても聖杯は無いよ~って言えば、無駄な争いにはならんでしょう。なにせ今回の件は聖杯とか言うのとは無関係なのだから。」
「本当に……先生はそうお考えですか?」
「Aくん、思わせぶりな物言いですね。僕はブードゥーの呪いとか、ああいう魔術は好きだけどね。魔術師そのものだったことは無いんですよ。君がそう言うとどうにも不安になるじゃないですか。」
源頼光が小太郎を襲撃したというルーラーの報告を受けてから、Aは物憂げな様子だった。
「サーヴァントという存在は、聖杯戦争の副産物というわけではないようです。おそらくはその儀式の構成要因、いや、リソースと表現した方が良いかと。」
「ふむ、よく分からんですなあ。」
ルーラーががぶりとコーヒーを飲み干す。顔がカップに隠れる時間が一瞬存在した。
「でもまあ、Aくん……あれ?」
店内にガラスの割れる音が響き、ルーラーの肉体が宙を舞った。
驚いたAがその場で伏せる。
一方、すぐに立ち上がったルーラーはのんびりとした仕草で辺りを眺めて、店内に人がいない事を確認。ほっと息をついた。
「いやあ、安心しました。店員もいないですね。」
目の前には甲冑を着込んだ一人の少女。セイバー・源頼光の姿がそこにあった。
「人払いをしました。当然の配慮です。そもそも、このような市街を場所を戦場に選ぶとはどういう了見でしょう?」
ルーラーが困ったように傾げた首に、まっすぐと日本刀の切っ先が向けられている。
「まあまあ落ち着いて、頼光さん。私は争うつもりは無いんですがね。」
「あなたの妙な余裕、ルーラーという傍観者じみたクラスによるところでしょうか。」
「私は小さいころから呑気な性分なんですよ。そうではなくて頼光さん、なんだか聖杯戦争を始めたそうじゃないですか。」
「ええ、だからこそ貴方の持つ令呪が交渉材料になる、そういうお考えでいらしたのでしょう?」
「……え? ああ、そうなんですよ! いやあ、なるほどなあ!」
ルーラーの体に発生した令呪は、サーヴァントに対する絶対命令権である。これを特定の勢力が手に入れることができれば、信長を含むすべてのサーヴァントに対して自害を命じることも可能である。しかし、当のルーラーにはそこまでの考えは無かった。
「あなたのように遊び半分で戦に出る者を、私は好みません。殺しはしませんが、抵抗するのであれば四肢を残す義理もございません。」
バチリバチリと音をたてながら、頼光の剣が雷をまとった。魔力の一部を雷に変換したものである。
ルーラーの右腕を切り落とすように振るわれた日本刀の一閃は雷電を放ち、店内の調度品を吹き飛ばす。
斬撃それ自体から発生した衝撃波が店内を駆け巡り、天井の一部がバラバラと辺りに散らばる。
床を這うように店外に脱出したAは、道路に飛び散る窓ガラスのかけらを避けながら店内の様子をうかがっていた。
常人であれば、いや、サーヴァントであったとしても、あの斬撃を受けてはひとたまりもない。
ましてや戦闘の技能を持たないルーラーにとり、魔力放出をともなう近接攻撃はあまりに不利であった。
「参ったなァ、これは。」
しかし、粉塵の舞う店内には、無傷のまま座り込み頭をかくルーラーの姿があった。
「頼光さん、喧嘩は辞めましょう。腹が減りますよ。」
ルーラーは頼光の攻撃を回避したわけではない。少女が放つ気迫に押され、その場にしゃがみこんだだけである。高い幸運のステータスがこの状況に影響した可能性もある。
対する頼光は無言。わずかに眉をひそめた後、次は無防備に投げ出されたルーラーの足を切り落とそうと考えて、刃を振りかぶった。
頼光の動作は迅速であったが、それより早くルーラーが何かを口にする、その動きの方がわずかに早い。
「【――ドゥク】よ、手を貸してくれ。」
頼光の剣に再び紫電が宿る。店内をまばゆい光が包んだその時、頼光は眼前にたたずむ第三者の影を見た。
突如現れたその人物は、木の葉の衣に身を包み、顔と思われる文様が描かれた円錐形のマスクをかぶっっている。足元だけが露出し、軽快にステップを踏んでいた。
頼光は即座に理解した。それはサーヴァントに許された神秘の一つ。人間の幻想を骨子に作り上げられたもの、すなわち「宝具」と呼ばれる特殊の武装。ルーラーという英霊の本質と不可分にある、力の形。
「いつ見ても、そそられる姿だ。」
ルーラーが笑う。その瞳に写るのは戦意ではない。まるで古い友人との再会を喜ぶような、穏やかな感情が湛えられていた。