ルーラーと頼光が遭遇した頃、カウレスと小太郎はセイバーのマスターが居住するホテルの一室にいた。
「カウレスさん、私の父はあんたの世話になった。悪いことは言わないから、手を引いてはもらえんか。」
気配を遮断してカウレスに付き従う小太郎は、セイバーのマスターの姿をじっくりと観察していた。
恰幅が良い。肥満体と言いかえて差し支えないだろう。金色の髪に金色の髭。貴族じみた白いスーツには、何やら金色のバッヂがつけられている。小太郎にそのバッヂの意味は分からないが、その魔術師が周囲にやたらと威厳を示そうとするタイプだという事は分かった。
部屋の主の名はゴルドルフ・ムジーク。かつてカウレスが所属したユグドミレニア一族に名を連ねた者。先のルーマニアにおける聖杯大戦でセイバー・ジークフリートを召喚したゴルド・ムジークの長男である。
「俺が手を引くというのは、俺のサーヴァントをお前のセイバーに殺させるってことか?」
「そ、そうじゃない! もったいぶった言い方だった! 違うんだよ、手を組もうという提案だったんだよ。カウレス兄さん、私はあんたを頼りにしているんだ。」
カウレスは怪訝そうに顔をしかめる。このゴルドルフという男は、体形や服装の趣味の問題でそうは見られないが、まだ二十代手前の若者である。カウレスの方がいくらか年齢は上だ。
昔から兄貴分として関わっていた経緯もある。カウレスのしかめ面はゴルドルフを怯えさせるのに十分であった。
「頼りも何もさあ……。まずお前は俺の助手として日本に来たわけだろ。それがセイバーの召喚ができたってんで、別行動をしていたわけだ。それがお前、いつから聖杯戦争なんか始めたんだよ。」
ゴルドルフの背筋が丸くなる。
「いや、その、カウレス兄さん? 状況が変わったのさ。私は親父とは違う。独断で行動なんかする気は無いんだ。だがな、この国の役人どもはまったくわかっとらん。件の【練馬のバーサーカー】の宝具を利用すれば、間違いなく聖杯を生み出す事ができる。私だって決して無益な争いをしようとしているわけじゃないんだ。」
「バーサーカーの宝具だと。うん、錬金術師としてのお前の発言は信用するさ。まず、キチンと順を追って説明してくれ。手を組むとか、組まないとか、そういう話は後だな。」
「う、うむ……。」
ドゥクドゥクというものが存在する。それはパプアニューギニアのニューブリテン島に住むトライ族の秘祭である。
精霊ドゥクドゥクは、トゥブアンと呼ばれる地母神のごとき存在から繰り返し生み出されるとされている。祭儀に参加する男性は、このドゥクドゥクとトゥブアンを模した仮装を着込み、踊りや、貝貨の収集を行う。
かつてはこのドゥクドゥクは神に近しい存在として、罪人に対する懲罰、放火、あるいは殺人までをも許容されていた。その性質は、神話的世界観の見立てや再現のみではなく、村の治安維持や政治活動などにも及ぶ。
目に見えない内なる原理を、実社会に生きる人間たちに伝達するメッセンジャー。ドゥクドゥクという存在は、人の倫理の外にある広大な摂理の代弁者である。
現在では、その祭儀自体が観光客向けの見世物となっているが、ルーラーは生前に真のドゥクドゥク・ダンサーたちと関わりを持っていた。
ルーラーの宝具【博覧・精霊結社(ドゥクドゥク・ダンス)】は、数十のドゥクドゥク・ダンサーを召喚し、助力を受けるという性質のものである。
頼光の視界に突如現れた「ドゥクドゥク」の一体は、特に攻撃的なそぶりを見せることは無い。喫茶店の床の上でステップを踏んでいる姿は、愛嬌を感じさせるほどである。
しかし頼光の反応は迅速であった。ひと飛びに壁際まで後退し、ルーラーとドゥクドゥクの双方から距離を置く。同時に魔力の一部を雷として、その刃に流し込んだ。ルーラーの身のこなしを見る限り、決して武勇に優れた逸話を持つものではない。この雷撃を帯びた刀身の一振りで、ルーラーを葬るには十分である。
一方、ルーラーの右手には小さな太鼓のようなものがあった。トライ族の伝統的な楽器「ポコポコ」である。
それを器用に片腕で叩きながら、彼は自らが召喚したドゥクドゥクに話しかけていた。
異国の言葉である。頼光にはルーラーが何を話しているのか分からない。しかし、その会話が自らの不利を招くものである事は容易に想像ができる。
「敵が宝具を使用した。」というこの状況、頼光は一刻の猶予も無いものと考えていた。
魔力放出によって強化された雷電の一刀を、一足の跳躍に合わせてルーラーの脳天へと振り下ろした。
源頼光という武人は、決して不要な殺生や弱者を虐げるような闘争を好まない。しかし、一つ据えた目的のためなら「徹底して」武力をふるうという気質を持つ。相手が明らかに自分より弱いとしても、そこに容赦はない。
しかし、ルーラーを左右方向に切り分けんとする刃は、その横へと大きく逸れた。
まるで全力で走っているところを何かに躓いたように、頼光の体はあらぬ方向へと転げていく。全体を粘り気のある液体で包まれたような心地。心技体の合一を為し、スキル・無窮の武練を有する頼光というサーヴァントにはあり得ない事態である。
「は~、これがあの童子切ですか。よくわかりませんが、大した名刀ですよこれは。」
ルーラーが感心した様子でゆっくりと動く頼光の刀を眺めている。
「こ……か……」
頼光はうまく言葉を出す事ができなかった。その内面に動揺はない。また、生存を致命的に害するような干渉も受けていない。一瞬のうちに自らの肉体が他人のものへと変じたような不協和がある。
声自体は出そうと思えば出せるはずだ。しかし、能力としてはそうであっても、彼女の声帯が持つ筋力が、普段と大きく違う。身体全身についてもそうである。手足を駆動する筋力がひどくぎくしゃくとする。生前からの愛刀もまた、恐ろしく重く感じる。
「この刀は現存するようだから、私の宝具ではどうにもできんのですよ。だから貴方自身の方をデフォルメさせてもらいましたよ。」
「ルーラー、私に何をしましたか。」
頼光が問い詰める。声に同様の様子はない。すでに頼光はその変調に適応し始めている。
それに対して、そそくさと逃げ出そうとしていたルーラーは振り返ると、困ったように答えた。
「言うなれば、宣伝ですかな。あなたは人気者ですから。」
そう言い残すと、ルーラーはどたどたと走り出した。頼光がその背に向けて軽く刀を振るう。サーヴァントとしての強靭な肉体ではなく、丁寧な重心の移動を伴う横なぎの一閃である。
その刀はあっさりと、逃亡するルーラーの背に浅い切り傷を作った。刀の切っ先に触れただけで胴を二つに切り裂くほどの力は、今の頼光には無いようである。
ギャアと悲鳴をあげると、ルーラーはひょこひょこと店外へと逃げ出していった。
新宿の街において、全力でサーヴァントと戦うことは得策ではない。頼光の宝具であれば破壊の対象は選ぶ事が出来るが、しかし魔力放出にともなう雷光や、切りつけた時の発生する衝撃波が街や人を傷つける可能性がある。ましてや今の頼光は練馬のバーサーカー打倒とはまったく異なる思惑で動いているのだから、国家の資本によるバックアップは期待できない。
店外に逃げられた時点で、気配遮断スキルを持たない頼光になすすべはない。
しばらく何事かを思案していた頼光であったが、ため息をつくと店内の片づけを始めた。破壊した机や食器は戻せないが、無傷のものと分けたり、飛び散った埃や汚れを払うぐらいはできる。とっくに逃げ出した店主には、実に申し訳ない事をしてしまった。
そうやって体を動かしながら、自分の身体能力がどの程度低減している事を確認する。外見と同様に、おそらくは十代半ばの少女と同程度の筋力しかない。
頼光がそのような窮地にある中、彼女のマスターたるゴルドルフ・ムジークはしぶしぶと停戦を承諾していた。
一方、街に逃げ出したルーラーは彼のマスターである魔人Aと合流していた。
「先生! ご無事ですか?」
「ああ~、切られてしまいましたよ。こりゃ、えらいわ~」
「止血……。ではなく、そうだ令呪を使いましょう。あの魔力量なら傷なんてすぐ消えますよ。」
「いやいや、Aくん、そんなことしたら勿体ないでしょう。とりあえず腹が減りましたよ。食べていれば治るんですから、ここいらでラーメンでも食べて帰りましょう。」
「あ、はあ。なるほど、動揺していました。先生の消化スキルは大したものですね。お呼びした時は何の役に立つのかと頭をかしげておりました。」
「スキルというのは、分かるようで分からんね。あ、あそこの店にしましょう。フハー、まったく喧嘩はろくなもんじゃない。腹が減るばかりだ。」
のんきにラーメン屋を指さしていたルーラーは、ふと思い出したようにAの方を振り向いた。
「ねえAくん。源頼光って知っていますよね。」
「あのセイバーのことですか。知っているというのはどの程度を言うのか。」
「あ、いやいや。御伽草子とか講談に出てくる方ですよ。キャラクターとしての源頼光って、どういう人物ですかね。」
「はあ、と言っても先のセイバーとそこまでイメージに差は無いですよ。」
「と、言いますと?」
ルーラーがAを見る目つきには、いたずらを楽しむような様子があった。
「ええと、講談では四人のお伴を連れていて。酒呑童子や土蜘蛛を退治した武者で……あとはそう、昔から清楚な美少女というイメージが……あれ?」
史実においても、後世のフィクションにおいても、源頼光は屈強な武者として伝えられる事がほとんどである。しかしなぜかAの脳裏には、鎧を着こんだ少女の姿が思い浮かんでいる。セイバーの存在を見た後であれば、そういう事もあるだろう。しかしそのイメージは、まるでずっと昔から知っていたような気がした。
「ああ~。やっぱり博覧の宝具を使うとAくんにも影響が出ちゃいますね~。」
ルーラーが面白そうに笑いだす。
「ちょっと先生、どういう事ですか! 先生の宝具と頼光のイメージがどうしたって言うんですか。」
「さあ。また面白い事に使えそうだから、教えたくないですね。飽きたら教えてあげますよ。」
Aはしぶしぶという様子で、ラーメン屋の暖簾をくぐるルーラーの後に続いた。