IS EVOL A KAMEN RIDER? 無限の成層圏のウロボロス SI-N   作:サルミアッキ

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惣万「モッピーちゃんやーい。どこ行ったんだー?」
千冬「貴様、もしやロリコン……?」
柳韻「娘はやらんぞ!」
惣万「あ、や。結構です。兎耳カチューシャ(笑)と義姉になりたくないんで」
柳韻「それはそれで複雑だ……」

一夏「でなー、そーまにぃってばりょうりがじょーずでなー」
箒「へ、へぇ……うらやましい…。うちにも、ねえさん、いるんだけど、かぞくいっしょに…、あそんだことなくて…」
一夏「それならこんどうちきなよ!かふぇでけーきでるんだぜ!」
箒「そ、そうか……。あ、ありがとう…!」
篠ノ之母「(……ッッッ!箒ちゃんに初めて友達できた…ッッッ!)」


第五話 『再築のアイデンティティー』

 眠る時は決まって身体が痛くなる。自分の雇い主にとって、俺は愛玩動物と変わらないのだろう。

 

 菊座が裂けることは毎日だったから、慣れた。身体に蚯蚓腫れが起こるのなんてほぼ確実だった。善人を装い、聖母のように慈しむ若い女もいたりしたが、心の中は溝川みたいに爛れ、脳髄には劣情と肉欲くらいしか詰まっていなかった。

 幼い顔が気に入ったのか、自分に依存させようとしてくる変態もいた。まぐわいながらキャットファイトを強制する放蕩貴族もいたりした。

 飢えている時にマフィアに拾われ、生きている野犬を食えと言われた。しかも1m近い大きさで、牙を剥き出しにしたどう考えてもアレな狂犬だった。何とか殺して貪ったが、噛みつきでぱっくり傷が開き、骨折もした。

 ある時は見世物として同年齢の子供と戦い、彼女を■しておきながら、夜ベッドに招かれ大人の相手。あぁ、あと人間狩りの的にされたこともある。

 

――――ある時は。

 

――――ある時は…。

 

――――ある時は……。

 

 

 俺はいつも痛かった。ずっとずっと痛かった。首絞め、感電、鞭打ち、焼きごて、拷問用の木馬、指輪のメリケンサック、畜生の牙、金的、散弾銃の弾、木製のノコギリ、わき腹に刺さるナイフ、馬との獣姦……。幼い頃、俺は痛みでできていた。

 

 だが、なにより辛かったのは、その身体の痛みが心に響いてこなかったことだった。触覚や痛覚は脳に情報を与え続けている。だが、どうしてか「苦しい」と思うことができなかった。

 前々から、――――それこそ前世からその歪みは分かっていたが――――まざまざと直視すると、成程これは酷い。こんなもの『人間とは言えない』。

 何も感じず、誰にとっても都合の良い欲望の受け皿。人間の悪意に怒りさえ湧いてこない。今心にあるのは、何かに対する申し訳なさ。

 

 俺がいなくなったら別の誰かが似たような目に遭うのだろうな。それは少し、申し訳ない。ただ一人、されど一人。

 

 ああ、俺には分からない。死ねないと思う理由だって無かったというのに。生きようとするのも、もしかしたら自分の生きる理由が分からないからなのか。はてさて、やっぱり俺には分からない。

 

 結局俺は、多くのものを取りこぼしてきた。きっとこれからもそれは変わらない。変えられない。自分の心から落ちる感情さえ“すくえない”のだから。

 

 俺は、どうして……。何で、あれ?……。

 

 

 

 

 ……痛くない?

 

 

『おはよう。よく眠れた?』

 

 目の前には、整った女性の顔があった。

 

『あ、あぁ……そっか。悪いね、泊めてもらって』

 

 身体は全く以って問題無い。性交で蝕まれるあの倦怠感は無いということは、この女性は手を出してこなかったということか。

 

 もうお昼だと彼女に促され、食卓に座った。そこにはイチジクとエビのバルサミコサラダやら、ベーコンとエスカルゴバターの野菜盛沢山キッシュやら、マスカットを添えたシェーブルチーズ&生ハムサンドやら、ハーブとジャガイモ入りのミネストローネスープやらが並び、この国では貴重な一杯のコーヒーが温かい湯気を立ち昇らせている。

 

『あなたもコーヒー飲む?』

『ん。……あ、美味しい』

 

 金持ちの恩恵で夜明けのコーヒーを何度も味わった俺であるが、その違いは全く分からなかった。貧乏舌だったのだとその時は思っていたのだが、その女が淹れたであろうコーヒーの味は、初めて俺の脳が認識した。

 感動したのだ。自分の為に、心を揺り動かすことができた。――――そんな気がした。

 

 

 

 石動蒼穹という女は、(俺が言えたことではないが)どこか浮世離れした人間だった。紛争地帯ではないとはいえ、すぐ裏通りにストリートギャングが巣食うこんなクソ貯めで、ひときわ異彩を放っていると言って良い。

 裏の人間、スジモノが溢れるこの街で突っかかられることも多いが、次の日になれば誰もが視線を逸らしひそひそ話。何かがあったことは明確で、脛に傷持つ人々でさえ不干渉を決め込むことになる。

 下水だらけの街に馴染んできた俺は、散歩や買い物ついでに彼女の二つ名の数々を耳にした。

 

 

――――曰く、かつては最も闇深い組織にて活動していた戦争屋。

 

――――曰く、戦地に現れ、存在しない者(アンネイムド)を誅す暗部殺し。

 

――――曰く、大空を渡る殺人者。

 

――――曰く、『亡国(ファントム)』の死神。

 

 

 そんな奇妙な同居人がどういう訳か、一緒に来ないかと尋ねてきたのが、出会って二ヶ月経った頃だった。資金がようやく溜まり、日本へトンずらするらしい。

 

『……同類意識があるとは思うけど、コレは度を越えてるんじゃないか?見ず知らずの餓鬼を助けて、可愛がってもらって恐縮なんだが、結局アンタと俺は他人だろ?ほかにも助けを求める人間なんて幾らでもいただろ』

 

――――なぁ、どうして俺だったんだ?

 

『人を助けるのに、理由がいるの?』

 

 心底不思議そうな声で俺に尋ねてくる。そのきれいごとの正しさに少し……腹が立った。

 

『あぁいるね、当然。見返りを期待しないのは、正義の味方気取りの偽善者さまだ。アンタが俺を助ける理由はなんだ?』

『そう……あなたはそう思うことができるのね。安心したわ。私みたいにリハビリの必要は無さそう……』

 

 彼女の目には、俺と同じものが映っていた。

 

 痛かった。生まれた時から痛かった。

 そんなふうに感じて生きてきて、その痛みと苦しみが結びつかない人間の目だった。

 

『うん、そうねぇ……そう思うのも、当然よね』

 

 彼女の表情が夕陽に照らされていた。彼女の表情はくしゃっと歪み、恥ずかしそうに赤くなった頬を掻きながら彼女は言った。

 

『私ね、寂しかったのよ。私はちょっと数奇な運命を辿っちゃってね……家族も、同族もこの世にいないの。だから………………』

 

 

 

『私さ、似たような貴方にお帰り、って言うの、好きなのよ……。何か、家族って感じがしてさ。そんなため、だったりする。恥ずかしいけどね』

『……アンタ』

『やっぱり、おかしい?』

『……その問いかけは狡いな』

 

 母親ではない。長い時間を共に過ごしたわけでもない。だが、俺の耳に届いたソレは、紛れもなく“真実”で、紛れもない“凡庸な人間の願い”で。

 

『……ただいま。義母さん。随分回り道して、帰ってくるのが遅くなった』

『……おかえりなさい。私も小さい頃はそうだった』

 

 その日から、眠りに就くのに痛みが伴わなくなった。それが、それだけのことが。ほんのちょっぴりの安心が、なによりもかけがえがなくて。

 自分という存在が、普通の人間になれた気がした。

 

 俺はずっと取りこぼしてきた。感情の大半も、自己愛も――――だけど。感謝の心、慈しみの心だけは、残っていた。

 

 良かった。あぁ、ちょっと――――安心した。ありがとう、お義母さん。

 

 

 

 

 

 そうして、俺達は機会があり、日本へやってきたのだった。

 

 今の俺を形成(ビルド)したのは、間違いなくこの時の彼女との……いいや、義母さんとの二人の暮らしだ。

 俺は間違いなくどこかおかしい。狂っていると言われても納得しよう。

 でもそんな自分にも、生きる意味はあったのだ。

 蒼穹という母親が求めてくれる限り、絶対に。

 

 

 雨降るあの日、“母さん”に出会ったことで自分の明日を投げ出さずに済んだのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……。そんなところだ」

 

 彼は己が半生を語り終えた。その壮絶とも言える人生に、呆気にとられている二人。男娼や家畜扱いの人生だったと語られては、如何に己を律し人の道を鍛える人間らであっても絶句せざるを得ない。彼は目の前の千冬に向き直る。

 

「千冬、済まない。今までこのことを黙っていて。だが、聞いただろう?俺はお前等と一緒にいるべき人間じゃ無いのかもしれない。今のうちに俺と縁を切るのも、一つの選択として『そんなことはない』…――――へ?」

 

 惣万のマヌケな顔と対照的に、千冬は鋭くも優しい視線で彼を見ていた。

 

「私がお前を見捨てるという選択肢はない。そこまで弱い女ではないさ、甘く見るなよ」

「あぁ、うん…。お前が強いのは知っている。けどな…――――、俺は多分、独りでも生きていける」

 

 ぶっきらぼうに、吐き捨てるように。捨て鉢とも、無感動ともとらえられる口調で彼は言う。それは事実なのだろう。周囲の理解を得られずとも、誰かにどれだけ蔑まれようとも生きてこれたのは、彼が独りに慣れ過ぎていたからだ。それなのに人を思いやることができるのは、歪以外の何でもない。生きるのに苦しむだろうに、その苦しみさえ感じられない。だから狂っていると己を断じる。

 だから、だろう。痛ましかった。

 

「じゃあ何で、お前はそんなにも悲しそうなんだ?見てみろ、自分の手を。血だらけじゃないか」

「あぁそうだよ。たくさんの似たような人間たちを…」

「違う」

 

 千冬はゆっくりと近づくと、俯いた彼の目の前に跪く。力無く項垂れる彼の固く結んだ拳に、自分の手をそっと重ねた。

 

「自分で自分を傷つけるのはやめてくれ、と言っているんだ。ほら、爪が突き刺さっている。ったく、男なんだから伸ばしても得などないだろう、全く…」

 

 びくり、と恐れるように痙攣する惣万の手。指と掌の間に、白い指が差し込まれた。血に濡れても彼女は彼の拳を解そうと優しく触る。

 あたたかった。あの日、雨上がりの蒼穹と同じ温もりが、惣万の手を包んでいる。

 

「…――――、…」

「お前は今生きている。“人間”として生きてるんだよ…そんなに自分を卑下しないでくれ。お願いだ」

 

 思いやられている。救おうとしてくれている。明日の笑顔を見たいと思われている。普通の人間であるならば、そのきらきらとした輝きに憧れるのだろう。届かないものだと知りながらも、その手をそれへと伸ばすのだろう。

 それでも、自分より他の者が大切だった彼は…――――。

 

「納得、できないのか…」

「…――――ごめんな」

「いや、私がどうこう言えるものではないのもわかるさ。わかってはいるんだ。誰にだってそんなものはある…――――」

 

 哀しさと共感をにじませて、彼の手から噴き出た血をハンカチで拭う千冬。彼女は誰かのために悲しみを拭い去りたいと思ったことは初めてではない。一夏を守りたいと思った時と同じだった。いいや、同じと思うのはお門違いなのかもしれない。しかし、それでも…――――。

 

「だが、願うことは自由だろう?お前が自分を傷つけなくていいことを、私は願っている。…――――多分、一夏だって同じだ。あいつは歳の割に、意外に聡いからな」

「どうして、お前たちが…」

「お前は優しい男だ。一夏にも良くしてくれている。そんな友だちが苦しんでいるのを見て手を伸ばすことが、おかしいのか?」

 

 例え、彼が報われてはならないと謗りを受けても、誰かが理解していると分かっていて欲しかった。世界がどれほど残酷であっても、ほんの一滴でもあたたかな潤いがあることを感じて欲しかった。自分たちが、どこかの誰かに助けられたように。

 

「お前の近くで、一夏も私も願い続ける。自分自身を愛せますようにと。他人に優しいお前が、己の心にも優しくなれますようにと」

 

 願わくは…――――。痛みを感じられない彼に、苦しみを塗り替えられる幸せを。彼の心に愛と平和を。彼の過去を知って、千冬はそう思わざるを得なかった。

 

「あぁ、理由がいるならせめて…『私も今を生きる人間でいたいから』、とでも思っておけ」

「…――――なんだそれ?変なの」

「あぁ、それでいい。お互い様だ」

 

 自分が彼を憐れむことができる立場ではないのは分かっている。それでも、彼は救われなければならないと…――――。

 

「おい、触れるな。お前の手も汚れるぞ?」

「構わん。拭けば落ちる。何より、道場ではお転婆娘で通っているからな。怪我には馴染み深い。このくらいは別に」

「いや、お転婆ってレベルじゃなくない…?それジョーク?何、千冬ジョーク言えるの?」

「…――――私とて洒落は分かるさ…」

 

 二人はようやく手を取り合った。千冬は初めて、心に被った仮面をずらして話し合ったように思えたのだ。

 

「っと、と?」

「…――――ぉぃ」

「あ、ごめん…、ちょっとダメージが抜けきってなくて、ふらふらしてて…」

「…――――馬鹿者」

「あでっ」

 

 よろけて彼女にもたれかかる惣万の頬が、妙に温かった。




 惣万は一般人の感覚を持ってはいますが、サイコパス気質もあるようで……。何で私は逸般人しか書けないんだろうか……。

2020/12/25
 一部修正

 ウォシュレットが苦手なのは男娼の子供時代を思い出すから。本作で経験豊富なのが主人公とか……。

今後の進め方の優先事項

  • 瞬瞬必生(本編のみを突っ走れ)
  • 夏未完(消え失せた夏休み編の復旧)
  • ちょいちょい見にくい部分を修正と推敲
  • 全部

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