IS EVOL A KAMEN RIDER? 無限の成層圏のウロボロス SI-N   作:サルミアッキ

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全部が全部嘘ってわけじゃない

たまに感動してうるっとしたし、騙して悪いなぁとも思ったよ



第七十六話 『あるいは裏切りという蛇』

「仮面ライダー…――――」

「……エボル?」

 

 宇宙ゴマやアストラーベ、星座早見盤の意匠が目立つ赤と金の毒々しい外見となった彼。胸のリアクターの高速稼働が終息し、立ち込めていた赤黒い星雲のオーラが消えていく。コブラを模したアイパーツが、邪悪に光った。

 

「さあ、一夏が体内で錬成し直してくれたドライバーの調整に入ろうか。…――――だが、流石にここは動くのに狭い。場所を変えるとしよう」

 

 おぞましい姿に変わったとしても、穏やかな声音が変わることはない。それが一番恐ろしい。彼女らの不安をより煽ってくる。

 パチン。小気味良い音がカフェの地下施設に響く。フィンガースナップをしたエボルの周囲がモザイク状に入れ替わった。

 一瞬で視界が暗転すると、戦兎と千冬がいる場所は真っ暗な神社の境内。草木も眠る丑三つ時のため人っ子一人存在しない。

 

「……テレポート?」

「中々懐かしいだろう、篠ノ之神社(ここ)は。お前を拾った場所だ」

「ジョークセンスがないのは変わらないんだな…!」

 

 戦兎は顔を険しくしてエボルを見据え、両手に持ったフルボトルをビルドドライバーにセットした。

 

「何で、アンタはこんなことしてるんだ?オレとのこの一年は全部嘘だったのか…!?」

 

【ラビット!】

 

「ホント、濃密な一年だったな。全部が全部嘘って訳じゃない。たまに感動してうるっとしたし、騙して悪いなぁ、とも思ったよ」

 

【タンク!】

 

「なら、なんで…!」

「俺には壮大な計画があってね。それにはお前らの力が必要だったのさ」

 

【ベストマッチ!】

 

「ッ変身!」

 

【ラビットタンク!イェーイ!】

 

 戦兎の身体に赤と青の装甲が合わさり、纏わりつく。蒸気を噴き出して変身シークエンスが終了すると、エボルの目の前に立つビルド。その姿は勇ましいが、どこか危うい。

 

「基本フォームか、面白いな。一つ遊んでやろう、それと……」

 

 エボルが千冬に向かって対消滅を引き起こすエネルギー波動を放った。

 

「!」

「お前は邪魔をするなよ、世界最強(ブリュンヒルデ)

 

 織斑千冬の持っていたISが、存在から崩壊する。虚空に少女の断末魔が聞こえた――――気がした。

 

「あんた…、ッッ!」

 

【ドリルクラッシャー!】【海賊!】

 

 そのISの悲鳴を感じたのだろうか。稀代の天才科学者はその手にドリルクラッシャーを出現させ、青いフルボトルをセットする。

 

【ボルテックブレイク!】

 

 全てを押し流す波濤が斬撃となってエボルを襲う。周囲の大地を抉り、岩肌を露出させる程の威力だ。

 だが、赤と金のライダーはその場から一歩も動かない。悠然とした態度で、腰に添えていた手を前方へと突き出した。

 

「ふん、ふふ。フェーズ1の、40%でこれくらいか」

「くそっ…!」

 

 一瞬で濁流は元素に還元され、余剰エネルギーによって周囲の大地まで蒸発する。そして彼は残像を残し、彼女らの目の前から消え去った。

 

「な、どこに……、がっ!?」

「おいおい。大丈夫かー?」

 

 エボルのニードロップがクリーンヒットした腹部を押さえ、悶え苦しむビルド。彼女のウサギのアイパーツを握りながら、エボルはビルドを無理矢理立たせてやる。その乱暴な行為で、戦兎の手からドリルクラッシャーが零れ落ちた。

 続けざまに放たれようとするエボルの一撃。それを見てビルドは乱暴に身体を捻り、ドライバーのフルボトルを変更する。

 

「っビルド、アップ!」

 

【ホークガトリング!イェーイ!】

 

 装甲が霧消し、エボルの手から逃れたビルド。変身が完了すると、彼女はソレスタルウイングを展開し、空高くへと飛翔する。

 

【ホークガトリンガー!】

 

「ふぅむ……ならこれにするか」

 

【スチームブレード…!】

 

 高速移動に伴って放たれる弾丸をバルブ付きの剣で斬り落とし、緩慢な挙動で余裕たっぷりに避ける。その様子は、まさに凄まじく戦いなれた狂人。今まで他人に優しく接してきた人間ができることではない。

 

「オレの攻撃が当たらないっ?なんで…!」

「勘違いすんな。お前の力は細胞レベルでオーバースペックだよ、誇っていいぞ。…――――ま、遺伝子を改造して篠ノ之束の状態よりもスペックを引き上げたんだが。あぁ、感謝の必要はねーぞ」

 

 彼はふざけた口調でビルドの力を嘲笑うと、海賊フルボトルを抜き取ったドリルクラッシャーを、そのまま持ち主へ投擲する。

 

「くぁッ…!」

「戦兎ぉ。これ貰うぞ?」

「な、んだと…?フルボトルを使って、何するつもりだ…?」

「こうするつもりだ」

 

【パイレーツ!】【ライダーシステム!】【クリエーション!】

 

 エボルドライバーからEVライドビルダーが部分的に展開され、エボルの手元に弓型のライダーウェポンを形成した。

 

【カイゾクハッシャー!】

 

 手に出現した武器を見て、千冬はその端正な顔を驚きで歪めた。

 

「まさか……、戦兎の創り出したビルドの武器を使えるのか…!」

「あぁ。なにせ、エボルドライバーはビルドドライバーのベースになった始まりのベルトだからな」

 

 それは慢心か、それとも生来の気質なのか。エネルギーをチャージしている間、ビルドの攻撃を避けながら千冬の独り言に丁寧な捕捉を与えてくる。エボルにとっては暇つぶしとして丁度良い相手であるらしい。

 

「っ…なら!」

「ふはは…、はははァ?」

 

【…100!フルバレット!】

【…海賊電車!発射!】

 

 やがて、互いにライダーウェポンに蓄えられた力を解き放つ。

 真昼の如き光に包まれる神社の境内。仮面を付けた二人は、互いに一歩も引くことはない。

 

「くっ、う、づぁ……ァァァ嗚呼ああああああッ!」

「……ふんっ」

「ッ⁉」

 

 エネルギーが衝突し、拮抗する。激しい爆炎と爆風を生み出し、衝撃によって木々が倒壊する。

 ビルドはその余波によって体勢を崩し、地面を勢いよく転がった。

 

「ハザードレベルの上昇は予想以上だな。よくついてこれるもんだ」

「がぁっ…!あんたの口ぶりだと、そのドライバー、こっちの上位互換か…――――!」

 

 咄嗟に立ち上がり、手に新たな力を掲げる戦兎。

 

【ラビットタンクスパークリング!イェイイェーイ!】

 

 白色の軌道を描き、エボルの高速移動に追従してくるビルド。何度も赤と青の衝撃が空中で炸裂する。数秒の間に何十合も拳を交わしているらしい。辛うじて視界にとらえられた千冬の頬に冷や汗が流れた。

 

【四コマ忍法刀!】

 

 炭酸の泡を身体に纏わせ、側転やパルクールで攻撃をかわしながらエボルの剣戟と斬り結ぶ。

 

「お前の考察の通りだ。だが、それを抜きにしても、お前は俺に勝てない…、はあッ!」

「がはァッ!?」

 

 エボルの鋭い右ストレートで、ビルドの強固な装甲から火花を散らす。その光が蛇の顔を濡らし、夜の闇の中で金色の鎧が怪しく浮かび上がった。

 

「く、あ――――一撃でここまで……、今のは、まさか……装甲部分の空間を飛び越えて、ダメージを?」

「戦兎!無事か!?」

 

 ただのボディーブローを喰らっただけで、彼女は地に伏せるしかない。それほど隔絶した攻撃を放つ仮面ライダーに、戦兎も千冬も焦りを感じ始めていた。

 

【Cobra…!】

 

 戦闘を行う彼は無情そのもの。エボルはトランスチームガンにコブラロストボトルをセットし、躊躇うことなく引き金を引く。

 

「これでくたばってもらっちゃあ、困んだよなぁ?」

 

【Steam Break…!】

 

 蛇行する光弾は、獲物となる兎を執念深く追いかける。

 

「っッッ……!」

 

 ブラッドスタークの時よりはるかに強化された攻撃によって、ビルドは境内を越えて木々が生い茂る森の中へと吹き飛ばされる。

 トランスチームガンを放り投げると、エボルはドライバーのハンドルへと手を伸ばした。彼の口から厳かな、しかして残酷な告別がビルドに贈られる。

 

「どう、して…勝てないんだ…!」

「分からないか?篠ノ之束を下し、お前という存在を創ったのがこの俺だということを」

 

 ハンドルを持つベルトから、讃美歌のようなメロディが流れだす。

 

【Ready go!】

 

 金と赤の装甲が闇を纏い、どす黒く気味の悪いエネルギー粒子が溢れる。対してコブラのアイパーツは爛々と熱された。自然体のまま、彼がだらりと垂らした右手に赤々と超新星が輝き出す。

 

「っ……戦兎!マズい、逃げろ‼」

「無駄だ。兎は蛇から逃げられない…」

「くゥっ…!」

 

 戦兎は痛む身体に鞭打ちながら、ビルドドライバーのハンドルを回し、その一撃を相殺しようと天才的な頭脳を回転させる。

 

「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ‼」

 

【Ready go!ボルテックフィニッシュ!】

 

 破れかぶれに思える叫びと共に、ビルドは渾身の力を込めてエボルに両足蹴りを叩きこむ。赤と青の光が真っ暗な境内に反射し、そして…――――。

 

「はぁァァァァァァァァッッ!」

 

 

――――がきん

 

 

「…どうした。迷いが透けて見えるぞ?」

「…な――――!?」

 

 ボルテックフィニッシュを()()()()()()『無傷のエボル』が、煌々と瞬く拳を持ち上げた。

 

「じゃあな」

 

【エボルテックフィニッシュ!】

 

「…――――ぁ」

 

 響く衝撃。そして爆発。刹那に炸裂する激痛すら生易しい感覚。

 

【Cia~o!】

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ‼」

「戦兎‼」

 

 余波によって、空間に光り輝く星図が描かれる。その光景は残酷にも美しい。

 周囲の空気が拳圧で衝撃波となり、正義の味方は流星の如く吹き飛んだ。ビルドの変身が解除され、口から血を吐く女が大地に臥す。

 親友に駆け寄った千冬は、彼女が戦闘不能な重体であることを悟った。手足や肋骨は折れ、内蔵の幾つもが間違いなく損傷している。

 

「あ、あっ…あ、ぁ、あ…」

「戦兎ッ、戦兎ぉッ‼惣万、もう止めろ!やめてくれ⁉」

 

 夜の帳に懇願の声が虚しく響く。ただ、それだけだった。

 

「…――――戦兎。どうした、そんなもんか。ピンチじゃねぇの?」

 

 境内の砂利を踏みしめる音が聞こえる。悠然と“それ”がやって来る。戦闘の余波で倒壊した木々に火が灯り、彼女らと彼をおぞましく照らす。

 

「今のお前からは、ハザードフォームになった時の気概が感じられない。人をムシケラみたいに殺すファウストが、科学を悪用する俺達が、お前は許せなかったんだろう?」

 

 エボルから漏れ出る声は柔らかく、優しく諭す母親のような口調だった。

 

「そのために、ビルドの力で悪者退治をしてきたんだろ?なぁ、完全無欠のヒーローさんよ」

 

 嘗て、篠ノ之神社(ここ)の境内で震えていた少女が、口を開いた。

 

「……でき、ないよ……できるわけ、ねぇよ…っ!」

 

 かつて目が覚めた時、雨が降っていた。神社には誰もいなくて、寒くて、冷たくて、心細かった。全てが流れ落ちてしまった何も無い自分に怯え、俯くしかできなかった。

 

「今の俺を創って、くれたのは……、あんただ…!」

 

 孤独だった自分。何も無かった自分。そんな価値がない因幡野戦兎という存在に傘を差しだし、隣を歩いてくれたのは、目の前にいる青年だった。

 

「あんたのおかげで、……オレは人間らしくいられた……、あんたを、信じて……、あんたに、救われて……ッ、なのに……」

 

 もう、変わってしまった。

 

「こんなのって、ねぇよ……なんでだよ、あんまりだ……!倒せるわけ、ねぇだろ……!」

 

 初めは絞り出すように、次第に音量が壊れたラジオのように、慟哭の声が夜を裂く。華奢な拳が地面を叩き、柔らかな皮膚が裂けて血が滲む。

 

「オレは、こんな事をする為に戦ってきたんじゃ…――――ないんだ‼ないんだよぉっ⁉」

「…――――なぁ、疑問に思わなかったのか。どうして俺がお前をビルドにして数多くの敵と戦わせてきたのか」

「…――――ぇ?」

 

 その血を吐くような天才の懇願に、エボルはやれやれと首を振った。それだけだった。先程までの親愛と恩情、戦兎たちへの庇護の心など欠片も無い。

 

「ボトルの浄化だと思うか?それは違う。ボトルの生成自体その気になれば俺でもできる。何より必要だったのは、白騎士事件によって無茶苦茶になったこの世界の再編だ」

 

 エボルはつらつらと語り出す。その口ぶりは、あくまで不干渉を決め込む他人の様だった。

 

「かつて、『お前達』が引き起こした『白騎士事件』からおよそ十年。世界は女尊男卑の風潮が広がりだし、盛んになった兵器や人工生物の軍事開発によって、混沌を極めていた…」

 

 戦兎は顔を青ざめ、千冬は唇を嚙み締めた。血の味がするその言葉に、二人は反論をすることが許されなかった。

 

「そこに現れた怪人たちと戦う正義のヒーロー、『仮面ライダー』!記憶喪失ながらも自分の過去を探し求める因幡野戦兎!彼女と手を携え協力し、世界を守るため悪の組織『ファウスト』と戦うIS学園の生徒たち!…――――成程、よくある王道展開だが嫌いじゃない」

 

 エボルはシナリオを品評するかのような口ぶりで、彼女らの行ってきた軌跡を追う。幾つもの事件、様々な戦い、彼女らが成し得た正義を忌憚なく讃える。

 

「…だが、仮面ライダービルド。お前は知りたくもない真実を知る。お前は生み出されたことが、罪そのものだ。お前の嘗ての姿はISの発明者である女、『篠ノ之束』。だから俺はお前に『因幡野戦兎』という名を与えてやった」

 

 エボルの手のひらに炎の文字が浮かび上がった。

 

AM I SENTO INABANO? (オレは因幡野戦兎なのか?) NO.(…違う)

 

 

 そのアルファベットは入れ替わる。蛇が与えた真実を、無明の中の炎となりて詳らかに暴き立てる。

 

 

I AM TABANE SINONONO.(私は篠ノ之束だよ)

 

「俺は与えてやった。お前の名前を、戦う力を、安寧を得る居場所を、仲間と共に歩める未来を、そしてありふれた幸福に笑える人としての心を。狂った天才『篠ノ之束』では知る事の出来なかった全てを」

 

 絶望の表情を貼り付かせた戦兎に向けて、惣万はつらつらと言葉のナイフを突き刺していく。

 

「お前は俺がいなければ、因幡野戦兎という存在になれなかった。お前を構築(ビルド)するその魂も、思い考える気持ちでさえも俺がデザインしたものだ。どれだけ俺を否定しても、その事実は変えられない」

 

 にやり、と。仮面の奥で彼が嗤った気がした。

 

「お前は俺には逆らえない。全ては俺の計画通りだ」

 

 がらがらと、足場が崩れていく浮遊感。今まで築いてきたものが、またも壊される。自分で再創造(リビルド)する余地すら失わせようと、全てのものが暗き闇へと吞み込まれていく。

 

「自分が無いお前は、誰かのために戦わなければ自分を確立できなかった。無知だったお前は、人を恨むことすらできない罪過を知ってしまった。こんな世界を創った以前のお前が、今のお前自身の運命を決めたんだ」

 

 がぱりと開いた純黒の穴。奥から吹き荒れるのは、誰も逃れられない潰えた希望だったもの。とどめとばかりに、惣万は小さな白兎に決定的な一言を突きつけた。

 

因幡野戦兎(今のお前)という存在は、かつての自分(天災)の後始末のためだけに生まれたんだよ」

「…――――ぇ、ぁ?」

 

 張り詰めていた心が、ぷつんと切れた。篠ノ之神社に、突然不気味な静寂が訪れる。

 

「愉快だったよ。お前は正義の味方を演じていたにすぎない。俺もお前らも、織斑一夏たちも、この『インフィニット・ストラトスの世界』で仮面ライダーごっこをしていただけなんだよ」

 

 惣万は戦兎や千冬に向かってカラカラと笑う。その口ぶりは、子供の下らないなりきりごっこを見て嘲っている擦れた大人のようだった。

 

「分かっただろ。如何にお前らが踊らされていたのか。お前たちじゃ、俺には勝てない。こんなもので遊んでいるお前じゃあな」

「…――――」

「……ッッ!」

 

 絶望、恐怖、嘆き。彼女らの苦しむ様子さえも他所に、ふと思い出したように手を叩く。

 

「あぁそうだ。幻がボトルボトルうるせぇんだった……貰うとしようか」

 

 エボルが何処からか取り出した赤いパネル。それに手をかざすと、散らばった十数本のフルボトルが意思を持ったかのようにそのスロットに装填されていく。

 

「フフ、この分なら『混乱の塔』の屹立は近いな…ん?」

「…どうして戦兎にこんな仕打ちを…。惣万、貴様、よくも裏切ったな……っ!」

 

 死んだ魚のような目で俯き、ビルドドライバーを取り落とした戦兎に代わって、世界最強が困惑と怒りの声を上げた。茫然自失する彼女のそばで肩を貸し、千冬は惣万にその鋭い目を向ける。

 

「おいおい、俺の本性を見破れなかったクセによく言うよ」

「何時からだッ…!何時から貴様は……!」

()()()()()()()。一緒に過ごして十数年、色んなことがあったよなぁ。お前たち“織斑”に触れて、『人間』が如何に愛すべき愚かな存在か、よぉーく分かったよ」

「ッッッッッ!ぁ、ぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッッッッッ‼」

 

 握りしめた拳が、エボルの装甲に突き刺さる。

 

「俺に効くわけないだろ?お前が傷つくだけだ、やめておけ」

 

 だが、彼女の攻撃に微動だにしなかった惣万は、煽るわけでもなく、ただ諭すように彼女の手を払い除けた。

 

「…――――ん?」

「ならばこれならどうだ……。確か、トランスチームガン(コレ)は普通の人間にも使えるんだったな?」

「…――――そうだ。自分の遺伝子データが入っている人間ならば、な」

「煩い!」

 

 千冬の手には、投げ捨てられ境内に落ちていた黒い小銃があった。そして、片方の手の中には『銀色のコブラ』のレリーフがある小さなボトル。彼女はそれを、トランスチームガンへとセットした。

 

【Cobra…!】

 

 …――――不可解なことが、起きた。

 

「何?」

 

 変身のロックが解除され、トランスチームシステムの駆動が承認された。見よう見まねで引き金を引き、千冬はその身に血に塗れた罪悪の鎧を纏う。

 

【Mist Match…!C-C-Cobra…!Cobra…!】

 

 火花が散る。黒に煙り瞬き消える赤い光が、散華する命を思わせる。

 

【FIRE!】

 

 仮面ライダーエボルの前に、ブラッドスタークが立っていた。

 

「――――、オイオイ」

『ぐ、ぅ…成程。こうなるのか。悪くない着心地だな…!』

 

 不具合が出ているのか、苦悶の声を上げながらも、彼女は不敵にその身を構えた。

 

「――――。あぁ…変身できたのは()()()()()()か。それで?そんな無茶をした程度で、俺に勝てるとでも思っているのか?」

『…あとは、経験で補える』

「はっ、なるほど!道理だな。だが……」

 

 赤い残像を残し、エボルは瞬間的に移動する。スタークの背後に、側部に、そして目と鼻の先という至近距離に。

 胸に当てられたエボルの掌底が、夜の中で煌々と輝き出した。

 

『がっ…!』

「お行儀の良い道場剣術如きでは、俺には及ばない」

 

 超星の如く爆発する彼の手の平。その衝撃はトランスチームシステムの防御装甲を貫通する程だった。彼女の皮膚が焼ける匂いがした。

 

『……そうだな、それは知っているさ…!』

「ん?」

 

 腹部に何かが当たったのが、気になった惣万。彼はゆっくりと目線を下げる。

 

【Steam Shot!Cobra…!】

 

「うぉっと!」

 

 鎌首を擡げたコブラがエボルの身体を吹き飛ばさんとした。その攻撃を喰らい、彼は思わずたじろぎ後退ってしまう。

 

「……ふはっ、やるねぇ。意外に泥臭い戦い方もするじゃねぇか」

『戦兎、引くぞ!』

「……ぅ、あ……。ああ…」

 

 千冬は戦兎を小脇に素早く抱えると、テレポート機能を発動しようと引き金に指を掛けた。だが、スタークの機能を知っているのは彼女だけではない。

 

「逃がすと思うか?」

『う、ぐっ!』

 

 トランスチームシステム本来の持ち主が、即座にその行為を妨害してくる。マスクの下の千冬の顔に冷や汗が流れ出す。このままでは分が悪いことを、彼女は豊富な戦闘経験からひしひしと感じていた。

 …――――その時である。

 

「…ッ、キル、プロセス…‼」

「何…ッ」

 

【エボLドラ、Γイバ、エボ…――――エえEEA@a;Ee∀…¿】

 

 突如として、仮面ライダーエボルの外見が溶けるように消えていく。千冬が見たのは、閃光を上げて爆発するドライバーの破片だった。神社の境内に、大小さまざまな欠片が落ちる。

 

「戦兎、お前……」

「前、に…似たような、ことがあったから、ちょっと参考に、ね…」

 

 惣万は驚いたような、してやられたような複雑な顔で戦兎を見ている。彼女の手の中には小型の起爆スイッチが握られていた。

 

「…ッ、ます、たー…一週間、オレが何もせずに、いると思ってたの…?」

「……――――成程?驚いたよ。ISの技術を応用して、ドライバー内部に破壊装置を量子格納していたのか。気付けないわけだ…」

 

 彼女の対応力や手段を択ばないその姿勢を素直に称賛した惣万。そして、にやりと不敵に笑う。

 

「だが、手札を晒しちまったな。()は、無いぞ」

「…っ」

「まぁ良い。今日のところは引いてやる。折角復元したドライバーもまた修理が必要みたいだしな」

 

 砂利の上に残る幾つもの部品をエプロンの中に収め、惣万はいつも通りの笑顔でこう言った。

 

さよなら(・・・・)、戦兎。千冬……――――Addio(永遠に)

 

 そして、…―――最も親しかった青年は、影も形もなくなった。明けないかと思えるほどの真っ暗な闇が、残された孤独な二人を包むのみだった。

 

「…――――惣万。もう、…――――戻らないんだな」

「…お帰りって…、もっとちゃんと聞いておけばよかった…――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…、く、くく」

 

 孤独/蠱毒になった蛇は嗤う。

 

「はは、あははは…ハハハハハハハハハハハハハァ‼アァーハハハハハハハハハハハハハァァァッッッ‼戦兎ぉ!お前はやっぱり最高(さいっっっっこお)だ‼まさか未知の物質(ダークマター)製の俺のドライバーを、一時的とはいえ停止させるものを作るとは、なぁぁぁあ‼だがそうだ、そうでなければならない…‼お前らが『俺に創られた偽りのヒーロー』だったとしても、『仮面ライダーごっこをしていた、ただの人間』だったしても‼」

 

 彼は喜びの歌を高らかに詠う。悦びを以って絶望を笑う。愛し、育み、慈しんだ子供のような存在が自分を超えてきてくれた。ただ一つの願いのみで世界を壊してきた彼にとって、彼女への思いは一入だった。

 嘲って、哂って、嗤って、笑った。やがてその声が小さくなり、途絶えると…、そこにはもう、あの優しかった男はいなかった。

 

「…お前たちは、どんな人をも守る『愛と平和の戦士』でなければならない。俺を倒すには、それしかない」

 

 高層ビルの上、眼下に広がる満天の如き光。天上に瞬く朧げな命。

 

「……――――この蒼穹も、星も、お前たちも。この世に溢れる変質したもの全て、異物としてしまった俺の罪だ」

 

 蛇は己が自死を(こいねが)う。尾を噛み潰し、一つの円を形作る。

 

「俺が旧き罪なる世界を滅ぼし、お前が正しき新なる世界を創る……――――。それが“災い”である俺達に与えられるべき、罰だ」

 

 聖なる悪魔の思い描くその夢が、現実のものとなり始めていた。

 

 

 

 

「この争いと偽りに満ちた世界を壊し、正しいインフィニット・ストラトスの世界を創る…――――それが、俺の『プロジェクト・ビルド』だ」

 




 

今後の進め方の優先事項

  • 瞬瞬必生(本編のみを突っ走れ)
  • 夏未完(消え失せた夏休み編の復旧)
  • ちょいちょい見にくい部分を修正と推敲
  • 全部

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