城戸沙織には両親が居ない。
唯一の肉親は祖父である城戸光政だけであり、彼からは両親は事故で亡くなったのだと聞かされ沙織は育ってきた。
しかし沙織はその事についてずっと疑問に思っていたのだ。亡くなったというならば何故両親の墓どころか、遺影ひとつも残されていないのか……と。
沙織をとても愛し可愛がってくれている祖父が、自分の子供を嫌っていたとは思えない。だがいつもは質問に対して明瞭な回答で応じてくれる祖父も、そのことに関しては毎回はぐらかしてばかり。使用人や祖父の側近に聞いたところで、返ってくる答えは存在しなかった。
そのうち沙織は自分の出自に関して、深く考えてはいけない事なのだと理解するようになった。というよりも、自分に言い聞かせ納得させた。何故なら沙織がその質問をすると、大好きな祖父が決まって困った顔をするからである。あんな顔をさせてしまうくらいならと、沙織は自分が疑問を飲み込むことを選択したのだ。
だが沙織には一年に一度だけ。……居ないはずの両親の気配を感じる瞬間があった。
それは毎年九月一日。沙織の誕生日である。
城戸光政の孫娘である沙織には、黙っていても誕生日にはいろんな人間から豪華なプレゼントが贈られる。だがその中に毎回ひとつだけ、他に比べてみすぼらしいともいえる質素な手作りの贈り物がまぎれていた。
最初の贈り物は不格好なぬいぐるみ。辛うじてユニコーンだと分かる、角のくっついた手作りの馬のぬいぐるみだった。幼いころ、それこそ赤ん坊の頃から沙織はそれに寄り添い、抱きしめながら眠っている。成長してからも「子供っぽいかもしれない」と恥じらいつつ、眠る時は手放せない。それはぬいぐるみから、自分を見守るような温かな気配を感じていたからだ。のちにアテナとして覚醒した折に、送り主の小宇宙の残滓を無意識に感じ取っていたのだと知ることになるが、とにかく沙織はその気配がとても好きだった。
毎年贈られる差出人不明の質素なプレゼントだったが、毎回決まって一枚だけカードが添えられていた。「九月一日。沙織ちゃん、誕生日おめでとう」。……たった一文だ。しかし「沙織お嬢様」や「沙織様」などと呼ばれることがほとんどだった沙織にとっては、沙織ちゃん、と書かれたそれが面はゆくも嬉しかったのである。
しかも、これは祖父が亡くなった後の遺品整理の時に偶然見つけたのだが……。一番初めのプレゼント、ユニコーンのぬいぐるみに添えられていたであろう最初のバースデーカード。そこには以降もらったものと同じ文面が書いてあるだけだったが、祖父の筆跡で受け取った日付がメモされており、更には「命名、沙織」と書かれた紙が添えられていた。つまり祖父はこのカードを見て、沙織の名前を決めたと考えられる。となれば、プレゼントの送り主は少なくとも沙織の名付け親。
だからこそ沙織は贈り物が両親からではないかと、密やかに考えるようになった。
きっとおじい様と両親は何かが原因で仲たがいをしてしまって、絶縁し離れて暮らしているのだろう。もしかすると両親は粗末な生活を送っているのかもしれない。そして孫だけはそんな生活環境に置いておけないと考えた祖父が、沙織だけを引き取ったのかもしれない。死んだと伝えられたのは、二度と会わないことが条件だったからかもしれない。それでも、せめて匿名での贈り物くらいは許してやろうと祖父は考えたのかもしれない。そして経済的に厳しいかもしれない両親は、沙織を想って毎年心のこもった手作りの贈り物をくれるのだ。……たくさんの"かもしれない"を、沙織は考えた。
しかし、その考えは祖父が他界する際に間違いだったと知る事となる。
沙織は現代に降臨した女神アテナの化身。……最初から、両親など居なかったのだから。
祖父が亡くなった後は
そして現在。沙織はこれからいよいよ、教皇との戦いを決意し聖域へと赴く。……しかしその大事な局面で。否、大事な局面だからこそ沙織はふと思いをはせる。
(贈り物の主は、誰だったのかしら。両親では無かった。では、誰が私にこんな慈しみの小宇宙を向けてくれたのでしょう)
沙織ちゃん。そう呼んでくれたのは、誰だったのだろうか。
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一三年前、城戸光政にアテナを託した私とアイオロスはふと重大な事に気が付いた。それが何かといえば、城戸光政にアテナの誕生日を伝えていない、という事に関してだ。
おそらくこれからアテナは城戸光政翁の孫、城戸沙織としての戸籍を得るだろう。当然それには出生日が記されるが、城戸光政はアテナが誕生……もとい地上に降臨した日など知るはずも無い。もしかすればアイオロスと城戸光政が出会い、アテナを託された日……アテナが暗殺されかけた縁起の悪い日を誕生日にされかねないと焦った私たちは、すぐに対策すべく動いた。といっても、何をしたかといえば誕生日プレゼントを贈っただけなのだが。
……さすがに、預けたばかりで誕生日を伝えるためだけに直接姿を現すのは憚られたからな。きっと光政翁が察してくれるだろうと、希望的観測の元贈り出した。
うっかりアイオロスがもろにギリシャ語で「アテナ」と書こうとしていたのには焦ったな、そういえば。城戸光政以外の目に触れたらどうする気なのだ。小さい子宛ての誕生日祝いなら、まあちゃん付けでいいんじゃないか? ということで宛名はアテナでなく沙織ちゃん呼びに落ち着いたが。0歳児に様とかさん付けは堅っ苦しいしな。
ちなみに誕生日を記したカードに沿えたプレゼントはユニコーンのぬいぐるみだ。金が無いから不器用なりに作ったのだが、ユニコーンにしたことに特に他意は無い。ああ、無いとも。別に某ユニコーン星座の彼が不憫だったからとか、前世で読んだ別の漫画のパロディを妙に覚えていてそこに出てきた邪武……じゃなかった、ユニコーンのぬいぐるみが結構可愛かったから採用したとかではないとも。
ちなみにその後アイオロスが「私もアテナの誕生日を祝いたい!」などと言い出すものだから、毎年交代で贈り物を作ってこっそり贈るというのが習慣化してしまった。どうせ豪華なプレゼントに埋もれて、下手したら不審物として処理されて本人の手元には届いていないかもしれないが……。まあ、我々の自己満足だ。
しかし私とアイオロス……というか私が、あるミスをしていたことに十三年経ってから気づくことになる。
そしてそのミスと継続された誕生日プレゼントの因果が巡り巡って帰ってきた現在。……私たちはアテナ城戸沙織……胸から偽物の黄金の矢を引き抜いたまま握り締めている、沙織ちゃんに抱き着かれているわけで。
「お会いしたかったですわ! お父様に、お母様!」
「「違う!?」」
何がどうしてそうなったのか。
説明するためには、少々時間を遡る事となる。
ちょっと短め。次のお話へのつなぎ回