得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】 作:アッパーカット
「酷い目にあいました……」
「大変だったな」
「誰のせいかわかって言ってます? 多分わかってないですね了解しました!」
「なんだろうな、馬鹿にされている気がするぞ」
ミューは地面に行儀よく座り、ようやく人心地ついたようにため息をついた。
ここはクロウの寝ぐらの掘っ建て小屋である。ミューにしつこく首輪をつけようとしてくるチンピラをとりあえず殴り飛ばし、静かな場所を求めて寝ぐらに帰ってきたのだ。
クロウが茶を出すとミューはそれをひどく微妙な視線で見つめてすたすたと外へと出て行き、数分で戻ってくると、いくつかの野草を採取してきていた。
そして数分後、クロウの目の前には、嗅いだこともない香りのする液体が注がれた器があった。
「どうぞ。少し苦味がありますが、気分を落ち着けるはずです」
「……! よくわからないが、味がするぞ」
「評価の基準が味があるかないかなのですか……?」
本当に自分の選択は間違っていないのだろうか、この人に仕えて未来はあるのだろうか。もういっそのこと封印するなら、もう少しまともなマスターに反応して封印が解けるようにしておいて欲しかった、とさめざめ涙するミューに、クロウは器を突き出しながら聞いた。
「うまいな。もう一杯くれ。あと、ミューに聞きたいことがあるんだ」
「あ、はい。なんですか?」
うまいという評価に少しだけ気分を持ち直したミューが茶を注ぎながら聞き返すと、クロウは頷いて言う。
「下層に行く方法が知りたいんだが」
「……あー、ええと、はい。それですか」
ミューが微妙な表情で器を差し出すと、クロウは案外と気に入ったのだろう、二口で飲み干すと、もう一度器を突き出しながら首を捻る。
「どうしたんだ?」
「……その前に。クロウさんの事情について詳しく教えていただけませんか? その、『ステータスが無い』という部分について」
「ああ、そうだな」
クロウは今度はちびちびと器を傾けながら、自分のことを説明する。
ステータスのどの欄も空白であり、その強弱以前にそもそも存在すらしないこと。下層に出入りしようとすると跳ね返され、進入できないこと。
若干の手間を要しながらその説明が終わると、ミューは少しの間考え込み、言いにくそうに口を開いた。
「あの」
「ん? なんだ?」
「……おそらくですが。クロウさんはなんらかの要因で、迷宮に『魔物と同カテゴリの存在』として認識されているのではないですか?」
「?」
「魔物にはステータスが存在しません。また、基本的に階層を跨ぐことが不可能です。これはクロウさんの症状と一致すると思うのですが……」
「……おお。なるほど」
クロウは頷いた。言われてみればその通りだ。
頷いて先を促すと、ミューは話を続ける。
「その仮説に従えば、クロウさんにはおそらく、三つの選択肢が存在します」
「三つもあるのか?」
「ええ、まあ実行できるかは別ですけど。まず一つ目……」
ミューが指を折る。
「魔物が階層を跨ぐ時と同じように考えれば良いのですから、要するにクロウさんが誰かにテイムされれば良いのです。使い魔扱いとなれば、下層に侵入できる可能性はゼロではないと思います。……おすすめはしませんし、不可能だと思いますが」
「なんでだ? できそうな気がするんだが」
そう聞き返すと、ミューは苦笑する。
「不可能というのは、クロウさんが誰かにテイムされるという部分です。テイムというのは要するに従魔契約でして、色々と方式が存在するのですが……共通して、魔物側が主人へと全幅の信頼や服従を捧げ、主人と強い繋がりを持つことが必要とされます」
「ふむ」
「要するに力で従えられる魔物相手だからこそ成り立つ方式でして、結局のところ人間であるクロウさんにはまず不可能かと。……というかですね、そんな方法が成立されてはならないのです。悪用されれば取り返しがつきませんから」
「そうか」
こほん、とミューは咳払いをして、指をもう一本折り曲げる。
「二つ目。これはテイムの利用と比較すれば随分と現実的と言えます」
「どんなのだ?」
「いわゆるスタンピード……魔物の壊走現象を利用する方法ですね。テイムされていない魔獣が階層間を移動する方法は、ほぼこれしか存在しませんし。スタンピードに便乗すれば、階層の移動を成し遂げられる可能性はかなり高いかと思われます」
「おお、よさそうだな」
身を乗り出したクロウだったが、しかし気まずげに目を逸らすミューの様子に何かを悟った。クロウは座り直して聞く。
「それで、なにが問題なんだ?」
「そのですね……そもそもスタンピードの発生は、一つの階層で数百年に一度起きるという程度の現象でして。生きているうちにその時期に居合わせられるかと聞かれても怪しいですし、近いうちになどと言われても、その、さらに無理が……」
「ミューの提案はあまり役に立たないな」
「それは私のせいじゃありませんよ。それでですね、三番目。現実的にはこれが一番可能性が高いかと思われるのですが……」
「ふむ、なんだ?」
ミューは指をもう一本、折り曲げて言う。
「魔力による大禁呪……階層転移です。これはもう、ものすごくシンプルです。魔力で無理矢理空間を繋げて、強引に移動する力技ですねー。……もちろん、色々と欠点もあるのですが」
「どんな欠点だ?」
落とし穴がありがちなミューの話に慣れてきたクロウがそう聞き返すと、ミューは我が意を得たりとばかりに解説する。
「まずは、狙った場所に出ることができません」
「最初から駄目に聞こえるんだが」
クロウがその言葉に、ミューは弁明する。
「だって、それは仕方がないのですよ。階層転移は力技も力技……魔力のゴリ押しで移動するだけですから。イメージとしてはそうですね、濁流に呑まれて死にそうになりながらその辺の藁に縋る、というか。何を掴むかなんて気にしていられないのです。……あ、でも、ある程度の融通といいますか、流石に転移先が魔物の腹の中ということはありませんので安心してください」
「……まあ、いいか。あとはなんだ?」
「そうですね。次に、階層転移の魔法を使える人がほぼいません」
「まるで駄目じゃないか」
クロウがそう言うと、ミューはドヤ顔をキメた。
「フフフフ……しかしこれに関しては解決したも同然です! 何故ならこの私、ミュールリーハには転移の魔法が使えるのですから!」
「そうか。すごいな。……どうしてメイドにそんな魔法が必要なんだ?」
「私はあらゆる状況に対応できるように造られていますからねぇ。例えば『はー動きたくねぇ動きたくねぇ死んでも動きたくねぇ俺が動くくらいなら世界が滅びろ魔力だけは有り余っているんだ』系のマスターが存在するとしましょう。そんな時は転移魔法の出番です」
「よくわからないが、たぶんその男は死んだ方が世のためだな」
「そうですか? 私としてはそんなマスターに仕えることができればメイド冥利に尽きるのですが。……そして最後、ある意味でこれが一番の問題といいますか」
「なんだ?」
クロウが聞くと、ミューはきっぱりと言った。
「魔力が全然足りません」
「どこまでも駄目じゃないか。魔力が足りないというのは、どのくらいだ?」
「そうですねぇ……」
「この魔鉱石だとどのくらいだ?」
その辺に転がっていた小さな魔鉱石をミューに渡すと、ミューはそれをしげしげと眺める。そしてクロウに聞いてきた。
「あの、クロウさん。これは無くなっても困りませんか? よければ貰い受けたいのですが」
「ん? いいぞ」
「ありがとうございます。では……」
そう言うとミューはその小さな口を開けて、はむ、と魔鉱石を噛んだ。クロウが眼を丸くしていると、ぽりぽり、と音が聞こえる。食べているのだ。
「メイド、というのは……石を食べる生き物なのか……?」
戦慄とともに問いかけると、ミューはのんびりと言う。
「いえいえ、こうやって魔力を補給しているのですよ。クロウさんとはステータスの関係で仮契約になりそうですし、外部からの魔力補給は重要です」
「歯が、硬いんだな」
「へ? ……いえこれは口の中で直接、魔力に精製変換しているのでよ。流石にこの硬さを噛み砕くのは無理ですねー」
ミューはそんなことを言いながら口をもぐもぐと動かし、ついには魔鉱石を飲み込んだ。眼を丸くしたままのクロウに向かって言う。
「かなり薄味でしたから……この魔鉱石の換算だと、随分な量になると思います。それこそ小さな山一つくらいの量でしょうか?」
「山、一つ……」
ミューの言葉を繰り返すクロウに、ミューは勢い込んで言う。
「さあさあクロウさん、これから頑張って一緒に魔鉱石を貯める生活に入りましょう! 長い長い時間をかけて主従の絆を育み、その果てに栄光を掴むのです! ……安心してください、その頃にはきっとクロウさんも私がいなければ呼吸もできないような立派なマスターになれているはずです!」
「たぶんだけどな、ミューの頭はおかしいんじゃないか」
「フフ、フフフフ……! あの絶望的状況から長期雇用契約にまでこぎつけるとは……! 流石は私、ハイパーメイド……!」
悦に入っているミューの耳にある言葉が聞こえてきたのは、その時だった。
「あるぞ」
「えっ?」
ミューはクロウをまじまじと見つめる。そして恐る恐る聞いた。
「あのクロウさん。……もう一回、どうぞ?」
「だからあるぞ、魔鉱石。山一つぶん」
「……えっ?」